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    <title>平日開店ミシマガジン</title>
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    <updated>2010-09-03T10:23:49Z</updated>
    <subtitle>ひと月かけて完成する、ミシマ社のウェブ雑誌「平日開店ミシマガジン（通称ミシマガ）」。多彩な作者による、いろとりどりのコラムが楽しめます。平日は毎日朝10時半に更新。</subtitle>
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    <title>第14回 人生はこれからだ</title>
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    <published>2010-09-03T10:23:49Z</published>
    <updated>2010-09-03T10:23:49Z</updated>

    <summary>「まだ何も始まっていない。 人生はこれからだ」。 という天の声を聞いた。 　...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="ミルコの六本木日記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<p>「まだ何も始まっていない。<br />
人生はこれからだ」。<br />
という天の声を聞いた。<br />
　<br />
あの日私は原宿の「龍の子」にいた。<br />
ひとりお昼を食べに。<br />
「まだ何も始まっていない」。<br />
そうかそうか。そうなのか、と胸のうちで何度も繰り返す。<br />
四川麻婆豆腐が胃に沁みてくると、涙が止まらなくなった。<br />
 <br />
年配の女性がひとりで来て私の目の前に座った。<br />
白髪のショートカットで、とてもきれいな人だった。<br />
長く仕事をしている女性なのだろう、泣いている私のほうは見ずに手元にひらいた手帖に目を落としながら、あたたかく、そこにいてくれたと思う。彼女には、すべてお見通しな気がした。成功も、挫折も、何もかも。<br />
このとき私ははっきりと、大好きだった居場所を手放す決意をする。<br />
地下にある「龍の子」から表へ、階段を上がると、もう違う自分が始まっている気がした。<br />
これからあたらしい世界がひらけるのだと思うと、目に入るものすべてがまぶしかった。<br />
　<br />
自分の病を知った日は、ここからそう遠くない。<br />
私は絶望したが、予感があった。<br />
私が死ぬのはずっと先。<br />
病気と寿命は別である。もし今後、再び病をえたとしても、あきらめない。<br />
何度でも復活して、もっと年をとったら、いつか「龍の子」のときのあのひとのように、見知らぬ若者を黙って励ましたい。<br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>第14回 ミハイル・ゴルバチョフ</title>
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    <published>2010-09-03T10:23:22Z</published>
    <updated>2010-09-03T10:23:22Z</updated>

    <summary>Михаил Сергеевич Горбачёв 最近は某宗教家さんとの対...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
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        <category term="声に出して読みづらいロシア人" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<p>Михаил Сергеевич Горбачёв</p>

<p>最近は某宗教家さんとの対談くらいでしかお見かけしませんが、一時期のこの人の人気はそりゃあすさまじいものでした。<br />
もう誰も覚えてないと思うけど、「ゴルビーのパイプライン大作戦」なんていうゲームも出たくらいです。<br />
なぜか空から落ちてくるパイプ同士をくっつけて、モスクワと東京の間にパイプラインをつなぐというシュールなゲームでした（まぁ、あれは当時の人間から見ても暴走気味でしたが）。</p>

<p>ソ連の政治家でありながら、「話が通じそうな人」という印象がギャップを生み、それが人気につながったこともあるでしょう。<br />
でも、この人のゴツゴツした名前の響きも人気の要因のひとつではなかったかと、私は勝手に踏んでいます。<br />
「ゴルバチョフ書記長の子小ゴルバチョフ書記長」なんて早口言葉が生まれたくらい、この名前は当時の日本人にインパクトを与えました。</p>

<p>ミハイル・セルゲーヴィチ・ゴルバチョフ。<br />
ペレストロイカ、グラスノスチなど斬新な政策でソ連の再興を図り、その結果としてソ連を消滅させた男。<br />
ロシア南部スタヴロポリ地方の農村の出身。<br />
子どものときから成績優秀で、村の人々はそんなミハイル少年をモスクワの大学に行かせるためにカンパをして資金を集めた、という美談を聞いたことがあります。</p>

<p>ちなみに、この秀才君の苗字の由来である「ゴルバーチ」って語の意味は、「せむし男」です。<br />
わりと放送コードギリギリの言葉を、我々は連呼していたわけです。</p>

<p>実はこの人、西側に迎合してソ連を崩壊に導いたということで、さらには名前の意味もあってか（？）、ロシアではあまり人気がありません。<br />
ガルバチョーフ、と発音すると、ロシア語っぽくなります。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p><img src="images/txt_01.gif" alt="主旨" height="23" width="46" /></p>

<p>「ロシア人の名前は何であんなに長ったらしいのか？」と、よく言われます。時にはもっと単刀直入に、「なんであんなに滑稽なのか？」とすら言われたこともある。<br />
確かに、ロシア人といえば、「ドストエフスキー」「ムソルグスキー」「ゴルバチョフ」など、ゴツイというか愛想がないというか、そんな名前ばかり。<br />
ですが、「グジェ」とか「ドヴァ」とか、「ルグスキー」なんて不可思議な文字列は、ロシア人の名前でも呼ばない限り、一生声に出すことはないはず。<br />
だったらせっかくなので、読みづらいけど、大声で唱えてみよう。気分が晴れたり晴れなかったりするかもしれません。<br />
本連載では、そんな怪しげな響きのロシア人名を厳選して紹介するとともに、その人物のプロフィールを解説。ロシア人の名前の仕組みについてもわかる。役には立たないが。</p>]]>
    </content>
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    <title>第30回 鶏そぼろ丼　茄子と挽肉のザーサイ煮込み</title>
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    <published>2010-09-02T10:57:19Z</published>
    <updated>2010-09-02T10:57:19Z</updated>

    <summary> みなさんこんにちは。もう9月だというのにこの暑さ・・・。体にこたえます。ク...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
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        <category term="白山米店のやさしいご飯" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<div class="img_r"><img alt="0902-2.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0902-2.jpg" width="180" height="242" /></div>

<div class="img_l"><img alt="0902-1.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0902-1.jpg" width="75" height="84" /></div>

<p>みなさんこんにちは。もう9月だというのにこの暑さ・・・。体にこたえます。クーラーを発明した人、天才☆　今年の夏は、アイスの消費量がスゴイと思います。ガリガリ君が店頭から消えたとか・・・（笑）。</p>

<p>先日、お盆にママンの実家（最高気温で有名な館林!! この日も確か、37～38℃越え！！）に行ったとき、久しぶりに「<a href="http://r.tabelog.com/saitama/A1104/A110403/11003654/" target="_blank">モア松屋</a>」で牛乳アイスを食べてきました！！　懐かしいのとあまりの美味しさに2個平らげ、さらに夕食後にお土産で買ってきたモナカアイス、翌朝にアイスキャンデー。これで確実に太りました・・・（泣）。</p>

<div class="img_r"><img alt="0902-3.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0902-3.jpg" width="250" height="528" /></div>

<p>田舎から埼玉の上長瀞駅近くにある<a href="http://rose.zero.ad.jp/vodka/" target="_blank">阿佐見冷蔵</a>の天然かき氷を食べに行ってきました。（あんなにアイス食べたのに・・・笑）。お盆だからか、夏休みだからなのかメチャクチャ混んでいて、１時間半も並んで食べました（今どきディズニーでもそんな並ばないし・・・。ファストパスつくってくれーい）。38℃の炎天下の中並んで、かき氷にありつけたときは、とても幸せでした。シロップもこだわっていて（写真左から）「秘伝のみつ」「アールグレイ紅茶」「黒落花生ミルク」を頼みました。天然氷は食べても頭が痛くならないようで、最後までおいしく食べられます。</p>

<p>そんな中、父上はひとり奈良へ遷都くんに会いに行ったそうです。色んな神社やお寺を巡って浄化されたのか、優しくなって帰ってきました。なので、ここのところご機嫌がよろしいみたい。京都で写真の鱧（はも）寿司を買ってきてくれて、ママンとふたりで食べました。</p>

<p>あまりに暑かったので、今年初のごま汁つくりました。ごまはちゃんと炒って、すり鉢ですった方が香りもコクも出ておいしいです。</p>

<p>今回のお料理は、お鍋ひとつでさっと作れる２品です。ご飯で長い夏の疲れをとりましょう。</p>

<p><strong>１．間違いなく美味しい鶏そぼろ丼<br />
２．茄子と挽肉のザーサイ煮込み</strong></p>

<p>です。</p>

<h4>●間違いなくおいしい鶏そぼろ丼</h4>

<p>＜材料（2人分）＞</p>

<p><img alt="0902-4.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0902-4.jpg" width="660" height="348" /></p>

<p>＜作り方＞<br />
１．鍋に＜材料＞のAを入れ、中火。箸４本でほぐすように8～10分くらいかき回しながら、しっとりとしたそぼろにする。最後にみりんを入れて、アルコール分を飛ばし、旨味とつやをつけ、火を止める。</p>

<p>２．丼ぶりにご飯を盛り、そぼろ、玉子、紅生姜をのせてできあがり。半分食べたところで焼のりをちぎって混ぜこめば、またまたおいし～い☆<br />
<br></p>

<p><em>白山家お母さんより</em></p>

<div class="img_l"><img alt="0902-5.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0902-5.jpg" width="75" height="103" /></div>

<p>そぼろ、ご飯、玉子の三位一体のおいしさ。自家製赤梅酢に漬けた生姜をのせて食べると"日本人でよかった"と思います。そぼろをつくるとき、おいしくなぁれ！ と思ってかき回してね。お料理には、調味料以外のつくり手の"気"が入りますから、簡単と気を抜かないように！<br />
お弁当にすっごく合います（昔から定番ですね）。そぼろと玉子の２色弁当。紅生姜で３色。インゲンの青色を加えたら４色。こんなお弁当つくってもらえたら、その日は最高の気分ですね。食べる人の顔を想い浮かべてつくっちゃう。人間は想像する生き物ですものね。今の世には想像力が足りないなー。</p>

<p>自由が丘のおいしい鶏肉専門店「寿々木屋」さん。夫が小さいときからあって、仕事をしている方もずーっと変わらない一緒の３人。奥さまの「ありがとうございます」の明るい声が焼き鳥の煙のむこうから聞こえ、ずーっと変わらないでいてほしい人気店です。</p>

<p><em>白山家娘さんより</em></p>

<div class="img_l"><img alt="0902-1.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0902-1.jpg" width="75" height="84" /></div>

<p>間違いなくおいしいです！ ぜひお試しあれ～。<br />
<br><br />
<br></p>

<h4>●茄子と挽肉のザーサイ煮込み</h4>

<p>＜材料（2人分）＞</p>

<p><img alt="0902-6.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0902-6.jpg" width="660" height="492" /></p>

<p>＜作り方＞<br />
１．フライパンを中火にかけ、ゴマ油大さじ１とBを香りよく炒めたら、次にAを炒め火を通す。</p>

<p>２．水切りした茄子、インゲン、干しエビの戻し汁と水を入れ、フタをして火を少し強め3分煮込む。<br />
　　<small><strong>※途中１回混ぜ合わせる。</strong></small></p>

<p>３．酢小さじ１を入れ火を強め、煮汁が茄子と程よくからむくらいで、仕上げのゴマ油を入れてできあがり。<br />
　　<small><strong>※中華料理に入れる最後の酢は、油っぽさを消して、隠し味になります。</strong></small><br />
<br></p>

<p><em>白山家お母さんより</em></p>

<div class="img_l"><img alt="0902-5.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0902-5.jpg" width="75" height="103" /></div>

<p>ヒスイ色の茄子が、とろーんとおいしくてご飯が進みます。干しエビの代用は、桜エビ、スルメもいいかも。今度やってみますね。<br />
できたての熱々をいただいたら、外食みたいで幸せ。使い残りのザーサイや干しエビは、チャーハンに入れたり、お豆腐の上にのせて、ネギのみじん切り、熱々のゴマ油をジュッとかければビールが飲みたくなる一品に。茄子の皮は、きんぴらやかき揚げに入れて使い切ります。</p>

<div class="img_r"><img alt="0902-7.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0902-7.jpg" width="250" height="151" /></div>

<p>応用で茄子をゴーヤに変えて、ゴーヤ１本、人参5cm、水量を200ccにして、こしょうを多く酢小さじ2で仕上げる。ゴーヤの苦味が、くせのあるザーサイ、干しエビで和らいで、残暑払いにピッタリ。<br />
<br></p>

<p><em>白山家娘さんより</em></p>

<div class="img_l"><img alt="0902-1.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0902-1.jpg" width="75" height="84" /></div>

<p>暑いからか、わたしはゴーヤの方が好きでした。<br />
茄子の方は丼ぶりにしても美味しそう。<br />
<br><br />
<br></p>

<div class="img_r"><img alt="0902-8.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0902-8.jpg" width="250" height="717" /></div>

<p><strong>＊＊白山家お母さん便り＊＊</strong></p>

<p>残暑お見舞い申し上げます。</p>

<p>連日の暑さで、疲れが出るころ。<br />
みなさま、お体ご自愛ください。</p>

<p>灼熱の中、植木鉢の白い芙蓉は、<br />
道路の反射熱もそ知らぬ顔で涼しげに咲いております。</p>

<p>白山家の玄関には、夏の器。<br />
ずいぶん前に、川越の骨董市（毎月２８日）で求めたもの。<br />
海模様と瀟酒な形が気に入って自分に奮発。<br />
毎日使いにはまだ下ろせず、夏になるとお玄関に飾ります。</p>

<p>煮物は米農家の方との交流会でいただいた切り干し大根きんぴらが、しっかり甘辛く味付けされていて、おいしかったから。<br />
わたしも、その土地の人の気分になり、いつもより濃い目の味付けでつくった煮物。</p>

<p>大根の皮とずいきを干したのを、だし昆布の残り、さつま揚げと一緒に煮た始末のおかず。</p>

<p><br><br />
<br></p>

<p>先週、米農家の方から伺ったお話。</p>

<div class="img_r"><img alt="0902-9.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0902-9.jpg" width="250" height="417" /></div>

<p>稲は暑さに負けず順調に生育し、例年より収穫が早く、豊作だそうです。<br />
一方、世の中は米余りで、豊作も安易に喜べないとか・・・。<br />
お米が安く買い取られているので、政府からの支援金があっても米農家の経営は厳しく、跡取りができない状況だそうです。<br />
５０～６０歳代の米農家の方が多いそうで、将来の米づくりどうなるのだろう・・・。国民の義務で"徴米制"があったら、米づくりを支えられて、合理主義から脱却できて、自然と共生した暮らし・・・NO RICE, NO LIFE.なのに・・・。ごはん、たくさん食べましょう。<br />
お米の値段は、国産食品と考えたら、かなり安い。<br />
おむすびにしておけば、忙しい朝でもサッといただけて腹もちもいい。<br />
米は体を温める食品。一日の活力となります。<br />
お米を食べてほしくて、ごはんに合うお料理をつくろうと決意しちゃいました。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>第39回 完璧な自由を求めて</title>
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    <published>2010-09-01T10:03:13Z</published>
    <updated>2010-09-01T10:03:13Z</updated>

    <summary>何日も夜の時間を誰とも話さずひとりで過ごすのは久々だった。静まりかえった部屋...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="遊牧夫婦" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<p>何日も夜の時間を誰とも話さずひとりで過ごすのは久々だった。静まりかえった部屋の中でひとりになってみると、自分がいつもはふたりで旅をしているんだ、ということを改めて実感させられる。　<br />
ひとりだったらどんな旅になっていただろうか、と想像してみる。</p>

<p>バンバリーには行っていなかっただろうし、そしたらラマレラに行くこともなかったかもしれない。すでに中国に着いていたかもしれないし、いや、そもそも一年も旅が続いていなかったかもしれない。<br />
いずれにしても、ひとりだったら全く違う旅になっていたはずだ。そしてその一方、ひとりだったらこの修行の日々はもう少し楽だったかもしれないとも思うのだ。話し相手が身近にいるのに話せないと思うからなんだか妙に苦行な気がしてくるからだ。こういう修行はやはりひとりでやるべきなのだ。</p>

<table width="660" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="0901-1.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0901-1.jpg" width="640" height="427" />
<p>夜の道場</p>
</td>
</tr>
</table>

<p>しかしそれにしても、こんな生活を期限なく続けている僧侶たちはすごい。自分は何日だけと思うから頑張れるようなもので、一生この生活を続けるというのは全く次元が異なる。そういえば、チェンマイの他の寺院で会った僧侶がこんなことを教えてくれた。<br />
「タイ仏教では、守るべき戒律が複数あるんです」<br />
その戒律は、一般人と僧侶で分かれていて、一般人が守るべきものは次の5条。</p>

<p>１．生きものは殺してはならない<br />
２．盗んではいけない<br />
３．ひとつの愛を貫くこと<br />
４．嘘をつかない、汚い言葉を口にしない<br />
５．酒を飲まない</p>

<p>酒を飲まない、というのを除けば、これはまあそれほど大変なことではない。<br />
20歳未満の修行僧は、これが10条ある。そのうちの５つは、上の５つ。ただし、３つ目だけは「ひとつの愛を貫くこと」ではなく「女性に触れてはならない」と、格段に厳しくなる。そしてその上に次の5つが加わって10条となるのだ。</p>

<p>６．夕食を食べてはならない<br />
７．歌や踊りをたしなんではならない<br />
８．香水をつけてはならない<br />
９．金銀を身につけてはならない<br />
10．ぜいたくはしてはならない、高いベッドに寝てはならない</p>

<p>そして、20歳を超えた僧侶たちは、さらにいろいろ、なんと227条もあるという。上の10条に加え、僧侶だけのものが200条以上あるのだ。<br />
この生活を数日疑似体験しただけで、タイで僧侶として生きることの厳しさを、少しは垣間見ることができた。これは日本で坊さんになるのとは全く違う次元の覚悟が必要なように思う。しかしその一方で、僧侶は公共の交通機関には無料で乗れたり、また一般の人も僧侶によく喜捨する。タイの社会が僧侶たちに対してしっかりと敬意を払っているのが見て取れる。</p>

<p>ちなみに、一般人も守らなければならない「生きものは殺してはならない」という戒律は、肉を食べてもいいことはどう両立するのかとカナダ人僧侶のプラ・ノアに聞いてみると、<br />
「自分で殺さなければいいんだよ。だから市場に売っている肉だったら食べてもいい」<br />
とのこと。若干、腑に落ちないものを感じたが、その辺がタイっぽいファジーさなのかな、と勝手に解釈した。<br />
そんなことをいろいろと考えながらぼくは、自分たちを指導してくれるカナダ人僧侶プラ・ノアが、どうしてこのような生活をしにはるばるカナダからタイへやってきたのかが、ますます気になってきた。<br />
そして4日目も同じように、起きて座って歩いて食べて読んでフリーセルして寝る、と字面だけ見ると楽しげで怠慢な休日のような、しかしハードな一日をなんとか乗り切ると、いよいよぼくらが決めた最終日がやってきた。</p>

<p>その5日目。帰ることを決めていたので、ぼくは朝からルンルン気分だった。まるで高校時代のバスケ部合宿の最終日を彷彿とさせる。そしてその昼、プラ・ノアに会って、今日で修行を終えます、という旨を告げると彼は<br />
「もう少し頑張ってみないか、もう少ししたら何か変化があるはずだから」<br />
と熱心にぼくらに訴えた。そして、さらにこう聞いてくる。</p>

<p>「光が見えることはなかったか？」<br />
考えてみると、もしかしたらこれのことかな、という瞬間がないこともなかった。<br />
光が見えたかどうかはわからないけれど、座ってメディテーションを続けていたときに、<br />
何かふと、違った感覚なったような気がしたことはあった――そう話すと、プラ・ノアは、それだよ、という顔をしてさらに言った。</p>

<p>「もう少しだよ。もう何日かやれば、それがもっとはっきりとしたものになるはずだよ」</p>

<p>と。そういわれて、マジですか、と少し心躍るものがあったのは確かだ。<br />
が、しかし、このときにはすでにぼくの集中力は切れていた。この日、帰ることはすでにモトコとともに決めていて、その気持ちは変えようがなかった。たとえ、その光のようなものが何か特別なものであったとしても、自分にはそれを確認するだけの忍耐力がすでに残っていなかった。爆発寸前だったモトコも、ここに来てからむしろスナック菓子消費量が増え、すでに帰る気満々だった。<br />
その気持ちをプラ・ノアに正直に告げた。すると彼は、少し残念そうにしながらも快く理解を示してくれた。<br />
そしてそれからぼくは、今度は自分の目的を果たすべく彼に尋ねた。<br />
「できればあなたのことを記事にしたいのだけれど、話を聞かせてくれないか」<br />
と。それもプラ・ノアは快諾してくれた。</p>

<p>この４、５日の間、プラ・ノアの生活の疑似体験をしながら、毎日彼と面談しているうちに、彼はぐっと自分にとって身近な存在になりつつあった。<br />
彼の透き通った小さな声には、いつも熱がこもっている。なんとか少しでもブッダの教えを、瞑想の力を理解してほしい、そして苦しみから解き放たれてほしい。そんな気持ちが感じられ、メディテーションをしながら、ぼくの頭にはいつも彼の声が響いていた。仏教の世界を垣間見にくる旅人たちを、彼はとても真剣に指導していた。</p>

<table width="320" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="0901-2.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0901-2.jpg" width="300" height="450" />
<p>プラ・ノア</p>
</td>
</tr>
</table>

<p>いまはオレンジ色のローブを着て、頭を剃り、ひとりの僧侶として生きているが、彼にとって、自分自身がそのときのぼくたちの立場であったのはそう遠い昔のことではないのだ。<br />
「ぼく自身、5年前は、旅人のひとりだったんだ」<br />
それがいま、僧侶として旅人に接する立場になった。</p>

<p>「昨晩は一睡もせずにメディテーションをしていたんだ。3日前もそうだったよ。夜寝ない人というのは、次のどれかに限られる――女のことを考える男、男を狙う女、金や宝物のことを考える人、盗人。そして、あとは、涅槃を目指す僧侶だよ」</p>

<p>そう自分のことを話してくれるプラ・ノアは、すでにぼくの師ではなく、ひとりの同世代の西洋人だった。同じく旅をしながらも、しかし自分とは全く異なる道を選んだ彼の言葉に、ぼくは引き込まれていった。</p>

<p>――幼い頃から、「神」を意識していた、と彼は言った。5歳ごろに見た「悪夢」が今でも忘れられない。<br />
「兄が父親を殺すんだ。今でも兄が刺す場面がちゃんと思い浮かぶ。そしてその夢から覚めたとき、結局はみんな死ななきゃならないんだ、ということに突然気がついた」</p>

<p>学校へ行くのは、仕事をするのは、なんのためか。結局はすべて死ぬためなんじゃないのか。そう思ったとき、どうにかしてそんな流れの中から飛び出したくなった。<br />
学校をやめ、酒や薬物におぼれて過ごした。その日々は楽しくもあったが、ひどくけだるく、いつもどこかで別なものを求めていた。<br />
「そして16歳のときに、道教についての本と出合ったんだ。数ページで心を動かされたよ」<br />
そうして中国へ憧れを持つようになったが、彼にとってその教えが道教であるかどうかは特に重要ではなかったのかもしれない。というのも、彼は本を読んだのちには、いつかダライ・ラマに会いに行くのだ、と友だちに言っていたというのだから。</p>

<p>いずれにしてもそうして、宗教の世界に眼を向けていった彼にとって、タイを旅したことがその後の人生を変えることになった。２カ月間何もせずに、ただ酒を飲んでダラダラするだけの日々をタイで過ごした。そのあとに中国に行こうと、飛行機のチケットまで買ったのだが、その前に立ち寄った寺院で体験した1カ月間のメディテーション修行によって、彼の生き方は決まった。彼は強烈に、タイ仏教の世界に惹かれていったのだ。<br />
そしてそれから、幸せを感じながら2年間の修行に励んだ。その後、迷うことなく彼はタイで仏僧として生きる道を選んだのだ。<br />
「初めてこのローブを着ようとしたとき、それは私の体に飛びついてきたんだ。まさにこれは自分の天職なんだと思ったよ」</p>

<p>それから3年が経った。そしてプラ・ノアはこのとき25歳になっていた。<br />
彼はプラ（僧）を「完璧な職業」だと表現した。誰も傷つけず、誰とも争う必要がない職業は、これ以外にないはずだと彼は信じている。<br />
カナダに戻ったときも彼は自分の生活を貫き、食料の施しを受けようと民家を訪ねたが、警察を呼ばれてしまい、やってきた警察に「ダイジョーブか？」と言われたことがあった。また彼には常に、守るべき227もの厳しい戒律がある。それはぼくらから見たら、全く容易なことではない。<br />
にもかかわらず、今の生活の最大の喜びは何か、と聞くと、プラ・ノアはこう言った。<br />
「自由だ」<br />
と。<br />
「僧侶になってぼくは、すべてから自由になり、何も心配することがなくなったんだ」全くためらうことなく彼はそう言ったのだ。<br />
一点の迷いもないようにそう言う彼に、ぼくは若干の羨望すらおぼえた。しかし一方で、その彼の言葉にどこか引っかかるところもあった。人は本当にすべての苦や欲から「自由」になどなれるものなのか、と。<br />
だが彼自身にもその答えはわかっていない。その答えが得られていないからこそ、ときに夜を徹して瞑想に励み「涅槃」を目指すのに違いない。<br />
「この生き方こそが自分らしいんだろうな。だから、このローブを脱ぐことは決してないと思う」</p>

<p>彼の話を聞き終えると、ぼくらは荷物を片付けて、満たされた気持ちをお布施としておいて山を降りた。<br />
ぼくは自分自身の生き方に対して、プラ・ノアのような確信を持ってはいなかった。いつどうなるかわからない、半年先どこで何をやっているかもわからない、というような状態だった。そして、だからこそ、プラ・ノアにもきっと、さらなる内奥の叫びがあるような気がして、それを聞いてみたかったという思いにも駆られた。しかしぼくはそこまで聞きだすことができなかった。</p>

<p>その夜はもちろん、チェンマイの町で豪華な夕食を喜び勇んで食べに行った。豪華な、といっても、行きつけの安い食堂で、パッタイ（焼そば）やソムタム（パパイヤサラダ）に加えて何品か料理を多く頼み、そしてビールを「ぷっはー！　うめー！」と飲み干した程度であるのだが、それはそれは優雅なディナーに思えた。すべてがいつも以上にありがたく思えた。<br />
そうしてこの夜、食べる喜びをいつも以上に感じながら、思った。こうして、あらゆることに喜びを感じられるようになることが、プラ・ノアの言う「自由になること」なのかもしれないな、と。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>流浪堂　二見彰さんに聞きました</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/hon-asobi/013.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2010://1.1080</id>

    <published>2010-09-01T10:08:24Z</published>
    <updated>2010-09-01T10:08:24Z</updated>

    <summary>古本屋は、セッションなんです 二見さん（右）と相方の木村さん（左） ――　こ...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="本屋さんの遊び方" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<h4>古本屋は、セッションなんです</h4>

<table width="320" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="0824-2.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0824-2.jpg" width="300" height="200" />
<p>二見さん（右）と相方の木村さん（左）</p>
</td>
</tr>
</table>

<p>――　こんにちは、今回はよろしくお願いします。</p>

<p><span class="name">二見</span>よろしくお願いします。</p>

<p>――　いつ来ても世界観ありますよね。とくに表紙のデザインとタイトルが目につく本がとても多いです。</p>

<p><span class="name">二見</span>ありがとうございます。古い本って面白いんですよ。こないだなんか、もう売れちゃったけど、『車窓から見る日本の植物』という本があって、よく考えてみるとこれおかしいですよね。</p>

<p>――　と言いますと？</p>

<p><span class="name">二見</span>だって、車窓から見るって、電車から見るわけでしょ？　歩きながらタンポポとか見るならわかるけど、動いているわけですから、遠くのは小さくて何だかわからなくて、近くのは動いているわけだからブレブレでしょう？　どうやって確認すんだって（笑）　</p>

<p>――　本当だ（笑）。面白い。</p>

<p><span class="name">二見</span>車窓からっていうので、いろいろ本はあるけど、植物ねえ・・・</p>

<p>――　シュールですよね。お店のコンセプトを、あえて言うなら何なのでしょう？</p>

<table width="320" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="0824-3.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0824-3.jpg" width="300" height="200" />
<p>ついつい手を伸ばしたくなるタイトル＆デザイン。こんな本がたくさん。</p>
</td>
</tr>
</table>

<p><span class="name">二見</span>うちは古本屋なんで、ほんとお客さん任せというか。もちろん市場に仕入れにいったりして自分たちの好きなものとかリクエストがあるものは買ってきますが、お店の雰囲気にあわせてお客さんが「うちに合うから」って持ってきてくれた本で、できていったようなものです。</p>

<p>――　素敵ですよね。読むひとが、読む本を買う本屋の棚をつくってゆく。古本屋っていいですねホント。お店はもうどれぐらい続いているんですか？</p>

<p><span class="name">二見</span>2000年オープンで、今年で11年目ですね。相方と僕、ふたりとも同じ古本屋でバイトとして働いていて、それで独立してこの本屋をつくったんですよ。</p>

<p>――　やっぱり本が好きだったんですか？</p>

<p><span class="name">二見</span>いや、全然そういうわけではなくて（笑）。　僕は実は、18歳ぐらいからプロを目指してバンドをやっていたんです。大学も中退しちゃって。でもそのバンドが解散してしまって、なんか「あーあ」って感じで燃え尽きてしまって、プラプラしていた。で、旅行が好きなので、とりあえずお金を稼いで旅にでも出るか、と思ってたときに、先輩に「バイトやらないか」って誘われて、26歳ぐらいのときに初めて古本屋で働いたのが、この仕事につくきっかけでした。</p>

<p>それまでは別に、本も読んでいたことは読んでいたんですが、自分で本屋をやるほど好きではない感じでしたから。とにかく、バイトだからやってみようという、ただそれだけでしたね。</p>

<p>――　なんか『ちびまる子ちゃん』とかのエピソードに出てきそうな不良ですね（笑）。</p>

<p><span class="name">二見</span>たぶんバイトが古本屋でなかったら、今こうして古本屋をやってないでしょうね。八百屋だったら、八百屋をやってたかもしれないし・・・。</p>

<p>――　でも、古本屋で働いていてやっぱり面白かったと。</p>

<p><span class="name">二見</span>面白かったですね。棚をつくるとか、自分でセレクトしたものを並べて飾るとかそういうことが好きだったんですよ。本に惹かれたのではなくて、本の背表紙とか装丁とかに興味があって始めたんですよね。</p>

<p>それと、一冊から広がってゆく世界みたいなものが楽しかったんだと思います。装丁やカバーの色もそうだし、作家自身の周辺のことを知るのも楽しかった。たとえば、画家の宇野亜喜良の近くに天井桟敷の本を置いたり、寺山修司を並べたりとか。なんかそういうのがバンドに似てるんですよね。</p>

<p>――　と、いいますと？</p>

<p><span class="name">二見</span>バンドって、たとえばメンバーが何か曲の断片をつくってきたら、そこにドラムがリズムをつけて、ギターが肉づけしていくというような、"セッション"をやるでしょう。そうやってスタジオで曲が生まれてゆく。うちの本も、それと同じ感じで並べていったんですよね。</p>

<p>――　なるほど。たしかにそうですね。タイトルやデザインの特徴から、その本の隣に並ぶものが決まっていくというか。</p>

<p><span class="name">二見</span>そうそう。そういうバンド的な好奇心で始めてしまったんです。表紙の絵や文字で棚を飾ってゆく。それが始まりでしたね。あと、値段をつけるというのも面白くて。古本って、客観的な価値があるものは、自然に相場の値段が決まるじゃないですか。たとえば夏目漱石の『我輩は猫である』の初版だと、それだけで価値がだいたい決まる。でも、たとえばさっきの『車窓から見る日本の植物』は、客観的な相場というのが、あってないようなものなんですよね。</p>

<p>――　（笑）そうですね。とても面白そうではあるけれど。</p>

<table width="320" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="0824-4.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0824-4.jpg" width="300" height="450" />
<p></p>
</td>
</tr>
</table>

<table width="320" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="0824-5.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0824-5.jpg" width="300" height="200" />
<p>店内は古本がぎっしり。この世界観がついつい通いつめたくさせる。</p>
</td>
</tr>
</table>

<p><span class="name">二見</span>そう。その面白いっていうのも、時代で変わるんですよ。たとえば時代が変わってしまったら、真面目な本が滑稽に思えることもあるし、著者が意図したこととは違う意味合いの面白さが生まれてゆくこともある。そこに値段をつけてゆく面白みっていうのがわかったんですよね。</p>

<p>――　なるほど、なるほど。</p>

<p><span class="name">二見</span>お客さんがその値段で買っていってくれたら、僕がつけた面白さの値段みたいなのが共有できたことになる。それって、すごく面白いんです。儲かったとか、そんなのとは全然違う感覚というか。</p>

<p>――　お金がモノとの交換でなくて、感覚の交換に使われるんですね。いやあ、面白い。</p>

<p><span class="name">二見</span>植草甚一って人がいて、あの『ワンダーランド（後の「宝島」）』の責任編集をしたり、映画とかミステリーとかジャズの批評とかをしていた有名な人ですが、その人なんて古本屋に行ったら、「この値段が適正だ」って言って、自分でそこに売ってる本の値段を書き換えて買ったらしいんですよね。なんかそういう感覚、僕はちょっとわかる気がするんです。</p>

<p>――　めちゃくちゃ面白いですね。でも、本をお金と交換するのって、本来そういう意味があるのかもという気もしてきます。</p>

<h4>バンドマンゆえに、開店もバンド的</h4>

<p>――　お客さんはどんな人が来られるのでしょうか？</p>

<p><span class="name">二見</span>うちの店は、これといった専門性もないので、年齢は20代前半から、バラバラですよ。OLさんも多いし、スタイリストさんや、デザインを勉強している人なんかもよく見かけますね。ネギを買い物バッグに差したおばちゃんとかも通ってくれてますね。</p>

<p>――　入り口にある巨大な棚も、かなり楽しいですよ。すべて自作されているとか？</p>

<p><span class="name">二見</span>そうですね、店内の他の棚についても、主に相方の得意分野なので、いろんな材木集めてトンカントンカンやってます。まあ僕はアイデア担当みたいな感じで（笑）。見せ方としては、きれいに区切るのではなくて、できるだけあちこちを見て触れてほしいという気持ちがあります。</p>

<p>――　手に取ったときに存在感がある本が多いですね。ここに来ると本ってモノなんだなって再確認してしまいます。</p>

<p><span class="name">二見</span>そうですね、自然とそういう本が増えていったんですよねえ。学芸大学という町的なものもあるかもしれないですね。学生が今でも多いし。お客さんが求める、「価値観を変えてくれる何かへの飢え」みたいなものが、作用しているかもしれないです。</p>

<p>――　始めたときからこういう世界観だったんですか？　お店は。</p>

<p><span class="name">二見</span>いや・・・何も考えなくて始めたようなもんだから、最初は３カ月ぐらいもてばいいかな、とか思ってたんですよね。</p>

<p>――　まさに、バンド感覚ですね（笑）。</p>

<table width="320" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="0824-6.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0824-6.jpg" width="300" height="200" />
<p>なんと明治期の日本が発行していた海外旅行ガイド。こんな博物館未遂なものも、あるんです。</p>
</td>
</tr>
</table>

<p><span class="name">二見</span>古本屋で働いていたときというのは、毎日同じとこに通って、時間になったら帰ってという感じで、つまりは社員みたいなもんじゃないですか。そういう毎日を過ごしていると、ついつい性格上、ポンと外に飛び出したくなるんですよね。今から思えば、何も考えてないから、ビジネスマンになりきれなくて遠回りしたところはありましたね。肉体労働やれば返せる借金だったし、なんとかなるだろ、みたいに思ってました。でも続いちゃったんですよね。</p>

<p>――　始まりってそういうものなんですよね。</p>

<p><span class="name">二見</span>この業界には横も縦もつながりなかったですからね・・・。引くに引けない感覚だからこそ、始まるものがある。それが結局、この店の個性になっていったんでしょうね。</p>

<h4>読み手がつくる本棚で、本との出会いをつくってゆく</h4>

<p>――　いま、出版界では、電子書籍が話題になってます。</p>

<p><span class="name">二見</span>そうですね。</p>

<p>――　情報としては紙の本と同じなのに、なんかリアリティ沸かないというか。</p>

<p><span class="name">二見</span>そうなんですよね、世代の問題だとも思うんですが、たとえばスターウォーズも新しいのと古いのがあるじゃないですか。どっちが自分にとってリアルかというと、古い方なわけで。あのカクカクした動きだったり、模型感のある背景だとか。もちろん映像の質はすごく上がってるんですが、映画のリアリティって、なぜかああいう昔のジオラマ撮影の方に感じてしまう。</p>

<p>――　わかります。本といっしょですよね。</p>

<p><span class="name">二見</span>想像力ですよね。人間はないもの、足りないものを想像力で補ってゆくところに面白みがある。ツチノコなんてその典型ですよね。</p>

<p>――　ありましたねぇ！　あの変なブーム（笑）</p>

<p><span class="name">二見</span>ちょうどツチノコブームの頃、子どもで、本気で捕まえに行ってましたからね（笑）。不鮮明な雑誌の写真を手がかりにしてですね、行くわけですよ、森の中へ（笑）。</p>

<p>――　今から考えるとすごいリアルさですよね！　今なら、インターネットで情報を集めて、ひたすら本当かどうか確認するだけとか、自分は行動しないでツイッターだけ見ているとかが普通になってしまっている。でもツチノコブームの頃は違った。みんなが本気でツチノコを、誰よりも先に見つけようとして動いた。流浪堂さんの本棚って、そういう時代のリアルさが求めた本、という状態で止まっているんですよね。そこがとても魅力的です。</p>

<p><span class="name">二見</span>アナログですからねぇ。うちは来てもらって、ここで過ごす時間そのものも味わってほしいな、なんて思っています。読むだけが本じゃなくて、出会うのも本だし、本と出会えるのって本屋さんだけですから。</p>

<p>――　それにしても、ロックンローラーから本屋、というのはキャラ立ってますね。</p>

<p><span class="name">二見</span>なんだろう、べつに古本屋だからって、本が大好きで大好きで仕方なかったり、本の話ばかりする必要というのはないと思うんですよね。たとえば八百屋さんが普段から野菜のことしか考えられなくて、もう、この世の他の何よりも野菜が好きだったりしたら、とっつきにくいじゃないですか（笑）。</p>

<p>そういうことだと思うんですよ。もちろん、お客さんにお勧めしたりするための知識は必要だけど、そんなのは、やってるうちについてくる。それよりも、本を通していろんな人に出会って、趣味の話や音楽の話をしているほうが、楽しいですよ。</p>

<p>――　ジャンルを超えたところでどれだけ話せるかというのが大切ですよね。そもそも読書は自分の人間性に水やりをするような行為だと思うんです。</p>

<table width="320" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="0824-7.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0824-7.jpg" width="300" height="200" />
<p>気軽に遊びに来てくださいね！</p>
</td>
</tr>
</table>

<table width="320" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="0824-8.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0824-8.jpg" width="300" height="200" />
<p>流浪堂　東京都目黒区鷹番3-6-9鷹番サニーハイツ103　TEL：03-3792-3082　営業時間：平日12:00～24:00　日祝日11:00～23:00　定休日：定休日なし</p>
</td>
</tr>
</table>

<p><span class="name">二見</span>そうですね。世界が閉じているかどうかが問題になってきますよね。たとえば本好きであるとして、それでも本好きじゃない人とも話せるし、音楽の話もできる、っていうのならいいんです。むしろ素晴らしい（笑）。そうじゃなくて、本のことしか話さないとか、本好き以外と関わりを持たないとかは、やっぱり世界が閉じているし面白くない。</p>

<p>そんなために本があるわけじゃないって、それこそ読み手に本棚をつくってもらう古本屋をやってるから思いますね。それに異業種や違う価値観って刺激になりますよ、毎日本に囲まれて、本買って売ってっていう暮らしですからね。</p>

<p>――　古本だけで終らない古本屋。</p>

<p><span class="name">二見</span>それでこそロック。</p>

<p>――　ありがとうございました。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<div class="img_r"><img alt="0824-1.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0824-1.jpg" width="200" height="300" /></div>

<p>東横線沿い、まちの名前に大学の名を冠する街、学芸大学。当の学芸大学自体は、小金井に移転しており、今はその駅名だけが残っている。それでも下町の風情漂う住みよい町としてみなに愛され続けている。</p>

<p>駅を出ると八百屋さんが「いらっしゃーい！　いらっしゃーい！」と威勢よく野菜を売っている。その八百屋の2階はスナックで、デビッドボウイのようなメイクをしたママが昼過ぎに起きてきたり。</p>

<p>そんな町の駅から徒歩すぐに、流浪堂という古本屋がある。前を通りかかると、まるで映画の世界に出てきそうな本のぎゅうぎゅう感に、本好きでなくても足を止めてしまう。モノとしての本のよさを大切にするこのお店を営む二見さんを、今回は訪ねてみました。</p>

<p>（聞き手：森王子）</p>]]>
    </content>
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    <title>出羽三山で、山伏修行（後編）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/special/020.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2010://1.1105</id>

    <published>2010-08-31T12:00:24Z</published>
    <updated>2010-08-31T12:00:24Z</updated>

    <summary>過去の山・月山 月山は標高1984m。山頂の「月山神社本宮」には、夜・海・魂...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="特集" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<h3 class="clr_BR">過去の山・月山</h3>
<p>月山は標高1984m。山頂の「月山神社本宮」には、夜・海・魂や死後の世界を司る「月読命（つきよみのみこと）」がおまつりされています。また、祖霊安鎮の山としても崇敬され、希望者は先祖供養をすることができます。8合目から往復約8時間かけて本格的な登山に臨みます。</p>
<p class="clr_EG"><strong>あの世に一番近い場所</strong></p>

<p class="center"><img alt="出羽三山夏山行" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0831-1.jpg" height="213" width="645" /></p>
<p>1時半に起床し宿坊を2時半に出発。3時半に月山8合目（海抜1400m）から山頂を目指します。夏でもかなり肌寒く、各々ウィンドブレーカーやポンチョを着込んで、防寒対策。ほぼ真っ暗闇のなか、先頭を歩く先達さんがさす懐中電灯の微かなあかりと前に歩く人の気配を頼りに、御田ヶ原（みだがはら）の湿原に設えられた木道を歩き、「月山中之宮・御田原神社」へ。</p>
<p class="center"><img alt="出羽三山夏山行" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0831-2.jpg" height="200" width="900" /></p>
<p>だんだん空が白んできました。靄がかかっているからか、まるで月のような姿で太陽が顔を出しました。雨が降ることが多い月山では、なかなか拝めないご来光を目に焼きつけます。</p>
<p class="center"><img alt="出羽三山夏山行" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0831-3.jpg" height="213" width="645" /></p>
<p>月山には夏でも雪渓が9合目の手前と山頂に残っています。この雪渓を越えてしばらくすると9合目の山小屋「<a href="http://homepage3.nifty.com/bussyoike/" target="_blank">仏生池小屋</a>」に到着します。時刻は5時半になりました。</p>
<p class="center"><img alt="出羽三山夏山行" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0831-4.jpg" height="213" width="645" /></p>
<p>「仏生池小屋」で朝ごはんを食べます。ここの名物は山菜ラーメン。薄味のスープがうまい！　塩気のある汁物で身体を温めます。自家製の味噌でつくったなめこ汁や月山の天然水で淹れたコーヒーなど、ここのごはんは、おいしいものばかり。</p>
<p class="clr_EG"><strong>ご先祖様にエアメールを出す</strong></p>
<p class="center"><img alt="出羽三山夏山行" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0831-5.jpg" height="213" width="645" /></p>

<p>9合目では濃かった霧もだんだん晴れ、太陽もかなり高くなってきました。月山の裾野や遠方の景色まで、見渡せられるのは本当に珍しい（私自身、6回目の参加にしてはじめて見る景色が多かったです）。今回は一度も雨に降られず、お天気に恵まれました。</p>
<p class="center"><img alt="出羽三山夏山行" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0831-6.jpg" height="300" width="404" /></p>
<p>月山最大の難所「行者返し」。昔、役行者が月山登拝の折り、月山大神に修行の未熟さを諭され、羽黒山に返されたとの言い伝えがあります。巨石と巨石の間を縫うように慎重によじ登っていきます。</p>
<p class="center"><img alt="出羽三山夏山行" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0831-7.jpg" height="213" width="645" /></p>
<p>やっと月山の尾根に辿り着きました。右手には湯殿山が見えます。ここは風の通り道でいつも強風が吹いているのですが、この日はとても穏やか。木道が現れると、頂上はすぐそこです。</p>
<p class="center"><img alt="出羽三山夏山行" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0831-8.jpg" height="213" width="645" /></p>
<p>8時頃、月山頂上に到着。ここから先は撮影禁止になります。入り口でお祓いをうけてから「月山神社本宮」に参拝します。ご祈祷をうけたあと、お社の屋根にあるふたつの鏡（日天と月天）にむかって、お賽銭を投げます。お賽銭が鏡に当たったら、願い事がかなうといわれています。</p>
<p>場所を移して、希望者は先祖供養を行います。小関先生曰く「先祖供養とは、ご先祖様にエアメールを出す」こと。「おかげさまで、家族みんな元気です。ありがとうございます」とおじいちゃんとおばあちゃんに手紙を書くような気持ちで手を合わせて祈ります。</p>

<h3 class="clr_BR">未来の山・湯殿山</h3>
<p>「湯殿山神社本宮」には、山の神様「大山祗命（おおやまづみのみこと）」、五穀豊穣・商売繁盛・縁結びなどの神様「大巳貴命（おおなむちのみこと）」、医業・薬・温泉・酒造の神様「少彦名命（すくなひこなのみこと）」をおまつりしています。ご神体は、巨石とそこから湧出しているご神湯。湯殿山自体が神聖な場であるため、ご神体に人の手を加えることが許されず、社殿を設けていない珍しい神社です。湯殿山のご神湯を産湯に見たてて、生まれ変わり・再生の山とされています。また、「千と千尋の神隠し」のモチーフになったとも言われています。</p>

<p class="center"><img alt="出羽三山夏山行" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0831-9.jpg" height="213" width="645" /></p>
<p>休憩所前に停車している専用バスに乗り込み、湯殿山へ向います。ご神域は撮影禁止。履物を脱いで裸足になり、入り口でお祓いをうけてから「湯殿山神社本宮」に参拝します。</p>
<p>ご神湯の湯ばなで赤褐色に染まった巨石の前でご祈祷をうけたあと、こんこんと湧き流れるご神湯に足を浸しながら、巨石を登っていきます。巨石の真裏にある、梵字川の激流が急落下してできた滝をおまつりしている「御滝神社」に向かって、参拝。今回は時間があったので「三語」「拝詞」を唱和したところ、ざあーっと雨が激しく降ってきました。神職さんから「雨が降ったのは、神様が願いを聞き届けてくださったからですよ」と教えていただきました。お守りなど、お土産を見繕っているあいだに、ものの数分で雨がやみました。こんなことがあっても不思議ではない出羽三山であります。</p>

<h3 class="clr_BR">出羽三山夏山行を終えて</h3>
<p>5年前、出羽三山にはじめて訪れたとき、ご神気みなぎる場所では、木々がこんなにも活き活きといるのかと、その緑の濃さに圧倒されました。出羽三山の息吹を吸い込んで、元気いっぱいになるときもあれば、お山からみぞおちの辺りに、ずどーんと気合を入れてもらうようなときもある。お山からいただくなにかはその年によって変わるから、毎年足を運んでしまうのかもしれません。個人的に思うのは、出羽三山は「家内安全」の山だということ。親から子、子から孫へと受け継がれている講に加わらせていただいていることもあるのか、自然と家族を大切に思うようになりました。とはいえ、出羽三山の生気あふれる自然は理屈抜きにして素晴らしいので、是非一度訪れて、あなたの五感で感じてみてください。</p>

<h3 class="clr_BR">出羽三山のご縁年</h3>
<p>出羽三山には、羽黒山は午年、月山は卯年、湯殿山は丑年とそれぞれの開山の年にちなみ、ご縁年があります。なかでも丑年は出羽三山のご縁年として、この年に参拝すると、一回で十二回分のご利益をいただけると言われています。</p>

<h3 class="clr_BR">おすすめのお土産</h3>

<div class="img_r"><img alt="出羽三山夏山行" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0831-10.jpg" height="300" width="225" /></div>
<p><span class="name">蜂子神社のお札</span><br />
魔除けのお札として、お財布に入れるなどして日頃から身につけます。また、山伏の知恵として、頭痛がするときに、お札の文字が書いてある方を眉間につけ、痛みの緩和に役立てたりする使い方もあります。</p>
<p><span class="name">湯殿山のおあか</span><br />
おあかとは、湯殿山のご神湯の湯ばなを留出させたもの。小さじ1/3～1/2をお風呂にいれれば、自宅で湯殿山のご神湯を味わうことができます。</p>
]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>2010年8月号　編集後記</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/editor-note/012.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2010://1.1098</id>

    <published>2010-08-31T17:23:39Z</published>
    <updated>2010-08-31T17:23:39Z</updated>

    <summary>最近流行りのＫポップ。そうです、韓国アーティストたちのポップミュージックです...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="編集後記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<p>最近流行りのＫポップ。そうです、韓国アーティストたちのポップミュージックです。実は、ミシマガで<a href="http://www.mishimaga.com/special/013.html" target="_blank">いちはやく特集を組んでいた</a>のをご存じですか？<br />
流行を追っかけることはしない雑誌ですが、流行を先取りすることはあるんです。たまには。さて。来月は、何を先取りすることになるのやら。僕たちも楽しみです。皆様もどうぞお楽しみにしてください。</p>

<p>（三島）</p>

<p>先週末、２年前に入会した空手道場で審査があり、１０人組手にチャレンジしました。どうにか完遂できたものの、現在、体中が痛いです。しかし、なぜか心地よくもあるのが不思議。審査後の飲み会の席で、「空手家はマゾなんだよ」という話が出ましたが、案外当たってるかもしれません。</p>

<p>（大越）</p>

<p>	<br />
編集の足立です。先日、韓国の女性アイドルグループ・少女時代のデビューショーケースに行ってきました。緊張しているはずなのに、それを感じさせず、むしろリラックスして楽しんでいるようにみえた彼女たち。ちがう国のステージにたっても、普段どおりの質の高いパフォーマンスをする姿に、さすがプロと唸りました。<br />
今年下半期、少女時代の人気がどこまで広がるか、とても楽しみです（あと、KARAもね）。</p>

<p>（足立）</p>

<p><br />
こんにちは、書き手の森オウジです。ミュージシャンやモノづくりをしているクリエイターの方にインタビューをする、というのが最近多くなってきました。インタビューの仕方というのもいろいろあると思うのですが、僕の場合それは、"戦い"です。自分がインタビューを受けるときに、一番燃えるインタビュアーのイメージ、というのが一番自分にとってぴったりくるインタビューの仕方だと思います。僕の場合はそれが戦いを挑んでくる相手なんです。人間力勝負というか。一度きりかもしれないから、限られた時間でも、本気でパンチしてきてほしい、いつもそんな気持ちで挑んでます。</p>

<p>（森）</p>

<p><br />
今月から、編集後記の最後に【蔵出しミシマガジン】というコーナーを設けました。かつて掲載した記事から「また読みたい、何度でも読んでもらいたい、いま要・最注目」の記事をPICK UPし、少しずつ紹介していきます。<br />
今回は、この一年間の記事をざっと眺め、そのなかから気になった記事を選びました。なぜこの５本だったのか。再読しながら頭に浮かんだのは「粘り強さ」という一言でした。何度読んでも新鮮な言葉に出会えます。５本、じっくり堪能していただけたら幸いです。</p>

<p>（松井）</p>

<p><br />
□□【蔵出しミシマガジン】□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□</p>

<p>■<strong><small class="clr_LB">［構築人類学］</small></strong><strong><a href="http://www.mishimaga.com/ko-jinruigaku/001.html" target="_blank">第１回「なぜ君はいくのか？」</a></strong><small>（2009年7月17日掲載）</small><br />
<blockquote>「ぼくらは『自己』の姿を見定めるために、『他者』と出会いにいく。<br />
文化人類学は、その出会いを通して、社会や世界を考えている。<br />
今回も、その地点から、ゆっくり歩みはじめよう。<br />
そして、他者と出会い、自己を知ることが、<br />
どのようにぼくらの社会／世界をよくすることにつながるのか。<br />
文化人類学という学問は、何をつくりだせるのか。<br />
できれば、その可能性について考えてみたい」<br />
連載第14回目を迎え新たな展開を見せはじめた［構築人類学］。また最初から通して読んでみるのもおすすめです。</blockquote><br />
<br></p>

<p>■<strong><small class="clr_EG">［本のこぼれ話］</small></strong><strong><a href="http://www.mishimaga.com/hon-kobore/003.html" target="_blank">第３回「プロレスは『スポーツの芸術』だ」</a></strong><small>（2009年8月3日掲載）</small><br />
<blockquote>「大なり小なりですけど、プロレスを一生懸命見ている少年ファンって、まずまちがいなくそういう罵詈雑言を浴びせられるんですね。それも何度も何度も。でも、そうやって言われながらも、葛藤しながら、自分自身との対話をくり返しながらプロレスを観つづけて、少し大人になってくると『ショーだ、八百長だ、いんちきだ、くだらない』って言っていたオトナたちは、じつはプロレスのことなんかなにも知らない、こんなにマジメにプロレスを観ているぼくたちよりプロレスについてくわしいはずがないっていう事実に気がつく日が来るんですね」（フミ・サイトー先生インタビューの一言）</blockquote><br />
<br></p>

<p>■<strong><small class="clr_BR">［スポーツ紙バカ一代］</small></strong><strong><a href="http://www.mishimaga.com/spobaka/004.html" target="_blank">第4回「ジャーナリスト兼エンターテイナーになろう」</a></strong><small>（2009年8月5日掲載）</small><br />
<blockquote>「夏の甲子園大会では、プレーボールの2時間前に室内練習場で10分間、『試合前取材』の時間が認められています。これから戦いに赴くナインのナマの声を聞ける、またとないチャンスです。9日目のこの日、わたしは東東京代表の関東一を担当しました。強打者として知られる主将の広瀬君に話を聞きます。相手校やチーム状況に関する話を終え、残りまだ5分ある。ざっくばらんに雑談です」<br />
読後、胸に残るのは・・・。</blockquote><br />
<br></p>

<p>■<strong><small>［本屋さんと私］</small></strong><strong><a href="http://www.mishimaga.com/hon-watashi/017.html" target="_blank">第17回「山陽堂さんを訪ねて（表参道　山陽堂書店さん編）」</a></strong><small>（2009年11月5日掲載）</small><br />
<blockquote>「東京、表参道――。日本中の『おしゃれ』と『かっこいい』をかき集めたようなこの地に、老舗書店・山陽堂はある。待ち合わせ場所によく使われる『表参道交番』のすぐそば。表参道交差点の一角にぽつんと佇む一軒の古い建物がそれだ。外壁に描かれた谷内六朗さんのモザイク画は町のシンボルにもなっている。<br />
知る人ぞ知る表参道一の古い建物、表参道の歴史が凝縮した場所、山陽堂書店とはそういう本屋さんなのである」<br />
今から119年前。明治24年、岡山より上京した万納孫次郎氏が、青山五丁目に店をかまえたところから山陽堂さんははじまりました。山の手空襲や東京オリンピック、店舗の建て替えを経験し今に至るまでのお話を収録しています。</blockquote><br />
<br></p>

<p>■<strong><small class="clr_GL">［特集］</small></strong><strong><a href="http://www.mishimaga.com/special/013.html" target="_blank">「今、Kポップがおもしろい！」</a></strong><small>（2010年5月10、19日掲載）</small></p>

<blockquote>今月25日、東京・有明コロシアムで韓国のアイドルグループ・少女時代のプレミアムショーケースライブが開催されました。このライブは、参加券の封入されたDVD「少女時代到来 ～来日記念盤～　New Beginning of Girls' Generation」（完全生産数量限定盤、8月11日発売）の購入者を対象に行われ、計2万2000人ものファンが集結。DVDは予約で完売し、当初の予想を上回る応募があったため、１回の公演予定を3回に延長するほどの盛り上がりをみせました。
<br>
「ワンダーガールズだったらソヒとか、少女時代ではテヨンとか、これを美少女として売り出されても、日本人はいまいち反応しないよなーと思ったわけです。でも『ソヒ、美少女かあ？』と思っていたのに、あるとき、『ソヒ、めちゃめちゃ美少女じゃないか！』って考えが改まるんですよ。これは見続けないとわからないのかもしれないけど」（『ミュージック・マガジン』編集長 高橋修さんインタビューの一言）
<br>
動画と一緒にKポップのおもしろさを堪能してみてください。</blockquote>
<br>

<p>□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□</p>

<p><br />
<p><small><strong>発行人：三島邦弘</p></p>

<p>編集人：大越裕</p>

<p>ミシマ社　営業チーム、仕掛け屋チーム</p>

<p>ウェブ編集：松井真平</p>

<p>ライティング</p>

<p>足立綾子<br />
<a href="http://www.mishimaga.com/special/019.html" target="_blank">特集：出羽三山夏山行体験記</a>

<p>イラスト　MARINO （ブリン）<br />
トップページ、「読む女」「＜構築＞人類学入門」「声に出して読みづらいロシア人」「本屋さんと私」「スポーツ紙バカ一代」「喫茶店入門」</p>

<p>編集協力</p>

<p>白髪鬼<br />
<a href="http://www.mishimaga.com/russiajin/index.html" target="_blank">「声に出して読みづらいロシア人」</a></p>

<p>足立綾子<br />
<a href="http://www.mishimaga.com/mishi-hana/index.html" target="_blank">ミシマ社の話</a></p>

<p>ウェブディレクター　蓑原大祐　石山豊（株式会社アンアンドアン)<br />
Web制作　<a href="http://www.anandan.co.jp/" target="_blank">株式会社アンアンドアン</a></p>

<p>Special Thanks to all readers and all authors of MISHIMAGA</p>

<p>お便りはこちら <a href="mailto:readers@mishimasha.com" target="_blank">readers@mishimasha.com</a></strong></small></p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>出羽三山で、山伏修行（前編）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/special/019.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2010://1.1102</id>

    <published>2010-08-30T12:43:24Z</published>
    <updated>2010-08-30T12:43:24Z</updated>

    <summary> 先達してくださる羽黒山伏の小関宥潮先生（右）と梅田和幸班長（左） みなさん...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="特集" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<table width="320" class="img_cap">
<tr>
<td><img src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0830-1.jpg" alt="小関宥潮先生、梅田和幸班長" height="213" width="320" />
<p>先達してくださる羽黒山伏の小関宥潮先生（右）と梅田和幸班長（左）</p>
</td>

</tr>
</table>
<small><p>みなさん、猛暑の夏、いかがおすごしでしょうか。<br />
8月も後半にさしかかり、すでに夏休みをとられた方も多いと思います。</p>
<p>アダチの場合、夏休みといえば、5年前からご縁があって、毎年、山形県にある出羽三山の夏山行に参加しています。</p>
<p>「夏山行」といっても、本格的な修行ではなく、出羽三山をめぐる大人の遠足といった方が、イメージしやすいかもしれません。</p>
<p>出羽三山への参拝は、昔から西の伊勢詣りに対して、東の奥詣りと称されてきました。<br />
出羽三山の三つのお山――羽黒山（現在）、月山（過去）、湯殿山（未来）――をめぐることにより、生きながらにして生まれ変わることができると言われています。</p>
<p>今月の特集では、今流行りの「山ガール」ならぬ「山伏ガール」のアダチが出羽三山の魅力をお伝えします。</p>
<p>（取材・文：足立綾子、写真：寺井政智、取材協力：<a href="http://kzyuuu.exblog.jp/" target="_blank">慈光講東京班</a>）</p></small>

<br clear="all" />

<h3 class="clr_BR">出羽三山とは？</h3>
<p class="clr_EG"><strong>約1400年前に蜂子皇子が開山</strong></p>
<p>出羽三山を開山した蜂子皇子（はちこのおうじ）は、祟峻天皇の第一皇子で、聖徳太子の従兄弟にあたります。592年の蘇我馬子の乱で祟峻天皇が暗殺されたのをうけ、難を逃れるために海路北へ。佐渡を経て、由良の浜（現在の山形県鶴岡市）に漂着した蜂子皇子は、三本足の烏に導かれて、羽黒山に登り、羽黒権現を感得。続いて月山、湯殿山を開山したそうです。開山後、修験道の祖・役行者、最澄、空海などが来山し、修行を積んだとも伝えられています。</p>
<p class="clr_EG"><strong>「三語」と「拝詞」</strong></p>
<p>出羽三山夏山行では、各拝所で「三語」と「拝詞」を独特の節回しで各三回唱和します。簡単にいうと、神様に対して丁寧にご挨拶する行為です。「三語」は祓詞・神詞・賀詞から成り立っています。</p>
<div class="column bgc_BLU">
<p><span class="name">祓詞</span>「諸諸の罪穢（けが）れ　祓（はら）い禊（みそぎ）て清々（すがすが）し」<br />
<span class="name">神詞</span>「遠つ神笑み給へ　稜威（いず）の御霊（みたま）を幸（さきは）へ給へ」<br />

<span class="name">賀詞</span>「天（あま）つ日嗣（ひつぎ）の榮え坐（まさ）むこと天地（あめつち）の共無窮（むたとこしえ）なるべし」</p>
</div>
<br clear="all" />
<p>「拝詞」は「綾（あや）にのご真言」とも呼ばれています。</p>
<div class="column bgc_BLU">
<p>「綾に綾に奇（くす）しく尊（たふ）と　月山（つきのみやま）の神の御前（みまえ）を拝（おろが）み奉（まつ）る」</p>
</div>
<br clear="all" />
<p>この「月山」の部分を「出羽（いでは）」「湯殿山（ゆどののみやま）」など、拝所によって変えます。なお、「三語」と「拝詞」は神前での正式なご挨拶として、出羽三山以外の全国の神社でも応用できるそうです。</p>
<p class="clr_EG"><strong>The お山スタイル！</strong></p>
<p>出羽三山夏山行では、白装束をまといます。下着を含めて衣類はすべて白。その上に白衣・輪袈裟（わげさ）・注連（しめ）を着用します。首からさげる注連と左手に結ぶ五色の組みひもは、魔よけとして身に着けます。杖を手に持ち、鈴をくくりつけ、山笠を被れば「お山スタイル」の完成です。いざお山へGO！</p>

<table width="914" class="img_cap_center">
<tr>
<td><img src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0830-2.jpg" alt="出羽三山夏山行" height="300" width="595" />
<p>（右）白の紙紐を編みこんでつくられた注連は、自宅の鬼門の方角につるして、鬼門封じとしても使える。</p>
</td>
</tr>
</table>

<h3 class="clr_BR">現在の山・羽黒山</h3>
<p>羽黒山は標高414m。蜂子皇子を導いた三本足の烏の羽の色にちなんで「羽黒山」と名づけられました。山頂の出羽（いでは）神社には、出羽国の産土神である「伊氐波神（いではのかみ）」と衣・食・住を守護する「稲倉魂命（うがのみたまのみこと）」がおまつりされています。門前町・手向（とうげ）には宿坊が軒を連ね、全国から集う講の宿泊施設・山案内として現在も機能しています。羽黒山は大峯山、英彦山とともに日本三大修験山のひとつに数えられ、出羽三山信仰の中心地です。羽黒山山頂まで全長約2km、標高差270m、2446段もある石段を登り、現世の穢れを祓います。</p>
<p class="clr_EG"><strong>2446段の石段を裸足で歩く</strong></p>
<p class="center"><img alt="出羽三山夏山行" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0830-3.jpg" height="213" width="645" /></p>
<p>車中泊を経て、羽黒山表参道に9時半に到着。石造りの鳥居をくぐり、右手にある「天地金神社」へご挨拶することで、形だけですが現世のお葬式をします。</p>

<p class="center"><img alt="出羽三山夏山行" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0830-4.jpg" height="213" width="645" /></p>
<p>晴れて（？）生きながらにして死者になった私たち。随身門をくぐって羽黒山のご神域に入ります。はじめは「継子坂」といわれる下り坂の石段です。裸足になり、足の裏にじかに感じる石段がひんやりしていて気持ちいい。（ごくたまに出現する細かい砂利道では、強力な足ツボマッサージをされているようで、ちょっと痛い......）</p>
<p class="center"><img alt="出羽三山夏山行" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0830-5.jpg" height="213" width="466" /></p>
<p>しばらくすると祓川にかけられた「神橋」を渡ります。右手に見えるのが「須賀の滝」。昔、参拝者は祓川で禊ぎをして身を清めたそうです。「須賀の滝」の下にある「須賀神社」でお参りします。</p>
<p class="center"><img alt="出羽三山夏山行" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0830-6.jpg" height="300" width="404" /></p>
<p>注連縄が張られているのが羽黒山のご神木「爺杉」（推定樹齢1千年以上）。そのすぐそばに国宝「五重塔」があります。釘をいっさい使わずに建てられた東北地方最古・最優秀の木造建築で、平将門が創建したと伝えられています（現在の塔は約600年前に再建）。</p>
<p class="center"><img alt="出羽三山夏山行" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0830-7.jpg" height="300" width="451" /></p>
<p>ここから「一の坂」スタート。山頂まで本格的な石段登りがはじまります。樹齢300～600年の杉木立のなか、ずーっと先のほうまで続く石段。途中休憩をはさみつつ、「一の坂」「二の坂」をもくもくと登っていきます。</p>
<p class="center"><img alt="出羽三山夏山行" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0830-8.jpg" height="213" width="645" /></p>
<p>「あれ？　氷の旗が見えてきた！」</p>
<p>「二の坂」を登りきったところにある「二の坂茶屋」で軽食タイム！　ここの名物は「力餅」。庄内のお米とお水でつくったお餅の味は格別。他にも味のしっかり染み込んだ玉こんにゃく、かき氷やお蕎麦もおいしい。お天気がいい日は茶屋から庄内平野を臨むことができます。</p>

<p class="clr_EG"><strong>聖地・南谷を経て頂上へ</strong></p>
<p class="center"><img alt="出羽三山夏山行" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0830-9.jpg" height="300" width="200" /></p>
<p>お腹も満たされたところで11時頃出発。続く「三の坂」を登る前にちょっと横道に入り「南谷」に行きます。「南谷」はあまり知られていない羽黒山の聖地です。山伏の方々が修行中に英気を養うために訪れる場所だそうです。しっとりと水分を含んだ柔らかい土のうえを500mほど歩いていきます。</p>
<p class="center"><img alt="出羽三山夏山行" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0830-10.jpg" height="213" width="645" /></p>
<p>歩くこと十数分で「南谷」に到着。ここでのお目当てはストーンサークル。どくだみなどの草が青々と生い茂っている開けた空間に点在している石。石。石。この石の上に立って、しばし休息します。一人専用の小さめのものから二、三人立てる大きめのものまで、大きさもさまざまです。足の裏からじんわりと伝わってくる温かいなにか。車中泊でほとんど寝ていない私たちの重い身体がすっと軽くなる不思議な場所です。</p>
<p class="center"><img alt="出羽三山夏山行" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0830-11.jpg" height="300" width="451" /></p>
<p>「この場所は空からエネルギーが降りてきているんだよ」</p>
<p>との小関先生の言葉をうけ、真似して空に向かって手をかざしてみると、手のひらにピリピリしたものを感じます。傍目からみると、ちょっと怪しいですね（笑）。</p>
<p class="center"><img alt="出羽三山夏山行" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0830-12.jpg" height="213" width="645" /></p>
<p>来た道を戻り、最後の坂「三の坂」へ。「南谷」で充電したことで、日頃の疲れや睡眠不足で重かった足取りが、ぐんと軽くなり、石段登りも終盤なのにさくさく歩が進みます。13時頃、頂上の鳥居に到着。手水舎で足のよごれを洗い、手と口を清めます。</p>
<p class="center"><img alt="出羽三山夏山行" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0830-13.jpg" height="213" width="645" /></p>

<p>開祖・蜂子皇子をまつる「蜂子神社」へ。昇殿してお参りできます。気持ちがしゃんとする雰囲気の神社で、「南谷」と同じくらいおすすめの場所です。そのあと、日本最大級の大きさを誇る茅葺屋根が目印の「出羽三山神社三神合祭殿」にて祈祷をうけます。月山・湯殿山は、豪雪で冬季は閉山するため、羽黒山に三山の神様をあわせておまつりしています。「三神合祭殿」の前にあるのは「鏡池」。ここから500枚もの銅鏡が発見されたことから「鏡池」と呼ばれています。</p>
<p>一日目の夏山行はこれにて終了。宿坊で早めに就寝して（翌日の起床時刻は1時半！）、月山・湯殿山登拝に備えます。続きは後編で！</p>
]]>
        
    </content>
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    <title>第35回 魔曲「ハイサイおじさん」とは？</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/spobaka/035.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2010://1.974</id>

    <published>2010-08-30T11:00:20Z</published>
    <updated>2010-08-30T11:00:20Z</updated>

    <summary>「甲子園には、魔物が棲んでいる」 そんな言葉をご存じでしょうか。春夏の甲子園...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="スポーツ紙バカ一代" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<p>「甲子園には、魔物が棲んでいる」</p>

<p>そんな言葉をご存じでしょうか。春夏の甲子園大会では時折、信じられないようなプレーが起きます。まさかのエラーや暴投で、劇的に勝負が決してしまう。全国大会の代表チームですから、実力的には各地区のトップクラスが集結するのに、どうして？　そうだ、きっと「魔物」の仕業に違いない－。</p>

<p>そして高校野球の聖地には「魔物」に加え、「魔曲」も存在すると言われます。アルプススタンドから流れるブラスバンドの曲に、マウンド上の絶対的エースがペースを乱され、本来の投球ができなくなってしまう。抑えられない。連打を食らう。気づいたら、スコアボードには予想できなかった失点が点灯していた。いったい、なぜ？</p>

<p>今夏の甲子園では興南が沖縄勢として初の夏制覇を果たしました。その裏側には魔曲「ハイサイおじさん」の存在があった－というのが１５日間、甲子園で取材し続けたわたしの実感です。</p>

<p>「ハイサイおじさん」は言わずと知れた喜納昌吉さんの代表曲。志村けんさんが替え歌「変なおじさん」を歌ったことでも知られています。甲子園では沖縄勢が得点圏に走者を進めた際に演奏される「チャンステーマ」としても有名です。この曲が聖地に鳴り響くと、沖縄アルプス席は狂喜乱舞。指笛を鳴らし、盛り上がります。</p>

<p>この夏、「ハイサイおじさん」が一時、甲子園から消えました。７月、沖縄の地元紙に「酒飲みのおじさんをからかう原曲の歌詞が、高校野球にそぐわない」との声が掲載され、演奏を自粛していたのです。教育的見地でいうなら、もはや定番と化した山本リンダの「狙いうち」はどうなるんだという話ですが・・・。</p>

<p>ところが準決勝で、突然の復活を告げます。相手は兵庫の名門・報徳学園。本来ならアウェーであるはずの興南は、４回まで０－５の劣勢でした。琉球旋風、もはやこれまでか。ところが「ハイサイおじさん」のテーマとともに、猛反撃が始まった。５点差を大逆転で決勝進出です。決勝打を放った真栄平は言います。「ハイサイおじさん、めっちゃ聞こえました」</p>

<p>東海大相模との決勝戦。興南アルプスは、ジラします。序盤、チャンスになっても「ハイサイおじさん」を鳴らさない。そして両軍無得点で迎えた４回、興南の攻撃。「ハイサイおじさん」が始まった。その瞬間、伊礼が先制打を放ちます。打者一巡で７点のビッグイニング。「おおおお！」。報道陣も「魔曲」の効果に驚嘆です。打たれた東海大相模のエース・一二三投手は試合後、こう語ってくれました。「興南のあの応援に、のみ込まれたところがあった」</p>

<p>喜納さんはかつて、こんな話をしていたそうです。「『ハイサイおじさん』のモデルは、もともと校長先生にまでなった優秀な人だったのだが、沖縄の戦乱の中でアル中になり、狂ってしまった実在の人物である」</p>

<p>沖縄の美しい海を見るたび「なぜ、こんな素晴らしい場所で、あんな悲惨な戦争が起きてしまったのだろうか」との思いを強くします。「戦争だけは、ダメだ」とも。平和な日本の象徴ともいうべき夏の甲子園大会に、「ハイサイおじさん」が鳴り響く。軽快なリズムに乗って、沖縄の若人が全力プレーで、全国の人々に感動を呼び込む。</p>

<p>決勝のゲームセット後、４万７０００人の大観衆から、自然発生的にウェーブが起きました。閉会式が始まるまで、３周半。敵も味方も関係なく、誰もが両軍の選手たちを、讃えていました。「ハイサイおじさん」も天国から逞しい興南ナインに、拍手を送ったことでしょう。</p>

<p>閉会式後、聖地を吹き抜ける風に、少しだけ秋の気配を感じました。「魔物」も来春まで、冬眠でしょうか。夏が、終わっていきます。 </p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>第14回 犬</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/yomuonna/014.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2010://1.1099</id>

    <published>2010-08-27T10:10:13Z</published>
    <updated>2010-08-27T10:10:13Z</updated>

    <summary> ...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="読む女" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<p><img alt="0827-1.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0827-1.jpg" width="660" height="956" /></p>

<p><img alt="0827-2.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0827-2.jpg" width="660" height="958" /></p>

<p><img alt="0827-3.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0827-3.jpg" width="660" height="961" /></p>

<p><img alt="0827-4.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0827-4.jpg" width="660" height="960" /><br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>第46回 本の価値は、無限大</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/hon-watashi/046.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2010://1.1095</id>

    <published>2010-08-26T10:42:42Z</published>
    <updated>2010-08-26T10:42:42Z</updated>

    <summary>古典を読みふけった日々 ――　百田さんの小説を読んでいると、非常にドラマのつ...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="本屋さんと私" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<h4>古典を読みふけった日々</h4>

<p>――　百田さんの小説を読んでいると、非常にドラマのつくり方が上手で、物語に引き込まれます。また同時に、人物の造形が見事で、「人間というのはこういうものだよな」と感じます。そうしたドラマを生み出せるようになった源は、いったい何なのでしょうか。</p>

<p><span class="name">百田</span>うーん、自分でもはっきりとはわかりませんが、僕の小説に何かが影響を与えているとしたら、20代のときにすごく沢山、古典小説を読んだことかもしれません。それがどんな影響かは、自分でもよくわからないんですが。僕は昔から、あんまり現代小説を読まなかったんですよ。今もほとんど読まないんですけどね。<br />
当時、金がなかったので、文庫本ばかり買っていたんですね。30何年前だと、文庫っちゅうのは今みたいに沢山出てませんから、古典がけっこう多かったんですよ。</p>

<p>僕が本を、本格的に読み始めたのは、大学を中退して放送作家になってからなんです。放送作家は、サラリーマンと違って朝から晩まで拘束されることはないんで、自由時間がめちゃくちゃあったんですね。そのときに、20代から30代にかけての10年間ぐらいで、すっごい量の本を読みました。それが初めての読書体験と言ってもいいぐらい。その頃は、年間に二百冊から三百冊ぐらい読んでましたね。</p>

<p>――　へえー。どんなジャンルの本を読まれていたんですか？</p>

<p><span class="name">百田</span>いやもう、色んなもんですよ。ノンフィクションから小説から。その頃は本を片手にふらっと喫茶店に行って、半日ぐらいがーっとひたすら小説を読んだりしてました。仕事のためとかではなくて、純粋に本を読むのが楽しかった。10代の頃にしっかり本を読まなかったという反動もあったかもしれませんが、本がとにかく新鮮でしたね。</p>

<p>――　作家さんでいうと、誰が好みでしたか。</p>

<p><span class="name">百田</span>純文学をよく読みました。丸山健二さんがすごい好きでしたね。翻訳小説も、ドストエフスキーも読んだし、スタインベックの『怒りの葡萄』なんて今でも大好きです。それからマーク・トウェインの『ハックルベリ・フィンの冒険』や、ディケンズの『デイヴィッド・カッパーフィールド』、新しいところではソルジェニーツィンなんかもよく読みましたね。</p>

<h4>生きる勇気と喜びを</h4>

<p>――　百田さんの小説は扱うテーマがばらばらですが、共通して、自分は犠牲になっても、より大きな、崇高な目的のために生きる人々、あ、スズメバチは虫ですが（笑）、そうした存在を描いているような気がします。</p>

<p><span class="name">百田</span>なるほどなるほど、自分では意識していなかったですが、そう言われると、たしかにそうかもしれないですね。</p>

<p>――　最近の小説で、子どもや女性に対する虐待や暴力を、小説を面白くするための道具として使うことに、不快感を感じるとツイッターに書かれていましたね。</p>

<p><span class="name">百田</span>はい。そういう問題については、ノンフィクションライターの人々が、本当に深い取材をして、真摯な仕事をしています。それをひょいと借りて、娯楽小説の小道具に使って、ワイドショーを見てるような気分の読者に売ろうというのは、なんかセコイというか、いやらしい感じがしましてね。<br />
小説というのは、やっぱり、読む人に「生きる勇気」と「生きる喜び」を与えなければ意味がないと思っているんです。確かに百年前ぐらいは、社会の不正や、人間の悪を小説家が描かなければならなかった時代があったと思うんですよ。そういう告発が、小説家の役目のひとつでもあったのかもしれません。<br />
でも今は、新聞やテレビ、ネットがすごく発達して、そういう情報を常に全部すくいあげて、あらゆるメディアを通じて僕たちに提示してくれているわけです。だからあえて小説家が、そこを後追いする理由が、僕には見つからないんですね。</p>

<p>実際僕は10冊本を買っても、9冊は僕にはあわんと思って捨ててしまう。自分探し系の本もだめですね。読んでいて、「ああ、俺もがんばろう。生きているっていいよなあ」とそう思わせてくれる本がいいです。ひたすら沈み込んでしまうような、暗く落ち込んでいく本、うじうじと部屋に閉じこもっているような小説はまったく読みたくない。人間というのはこんなにひどいんや、こんなに悪なんや、こんなに醜い、社会はこんなにどろどろしているんだ、なんてことを小説で読みたくない。そんなものは、ネットに一杯転がっている。書くなら人間の素晴らしさを書いてくれ、と言いたい。</p>

<table width="220" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="0826-1.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0826-1.jpg" width="200" height="295" />
<p>『リング』（PHP研究所）</p>
</td>
</tr>
</table>

<p>あとは、僕らが日常生活で接しているような、そういう人物とはわざわざ小説でつきあいたくない。どうせなら、僕らが実生活で「こういう人間に出会ってみたい」と思うような、そんな人物に小説の中で出会いたい。</p>

<h4>色んなテーマにチャレンジしたい</h4>

<p>――　最新作の『影法師』も読みながら何度も目頭が熱くなりました。百田さんの描かれる小説の人物は、『永遠の０』の宮部久蔵も、『影法師』の磯貝彦四郎も、まさに「こんな人間に会ってみたい」と思うような人物だと感じます。『リング』で描かれた日本のボクサー、ファイティング原田さんは実在の人物ですが、同様に「こんなにかっこいい男が、かつて実在したのか」と思いました。</p>

<table width="220" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="0826-2.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0826-2.jpg" width="200" height="290" />
<p>『影法師』（講談社）</p>
</td>
</tr>
</table>

<p><span class="name">百田</span>そうですね。『リング』もそういう意味で、小説として書いた作品だといえるかもしれません。『影法師』は、編集者の方が「百田さんの描くかっこいい男が出てくる物語が読みたい」という、その一言から生まれました。最初から時代小説を書こうと思ったわけではなくて、かっこいい男の生き方とは何かを考えるうちに、これは時代小説でしか書けない、と思って生まれた作品です。</p>

<p>――　それまで時代小説を書いたことはなかったんですよね。</p>

<p><span class="name">百田</span>もちろんありません。それまで時代小説を沢山読んだこともありませんでしたから。これを書くために、集中して何十冊も読みましたけどね。</p>

<table width="220" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="0826-3.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0826-3.jpg" width="200" height="301" />
<p>『風の中のマリア』（講談社）</p>
</td>
</tr>
</table>

<p>――　他の作品についてもお聞きしたいのですが、『風の中のマリア』はオオスズメバチが主人公の小説です。スズメバチという人間から遠い存在が主人公なのに、その内面の描写や生き方に非常に共感できて、驚きました。</p>

<p><span class="name">百田</span>スズメバチが主人公の本は、本邦初じゃないかなと思いますね（笑）。昔テレビでオオスズメバチの特集番組を作ったときに、いろいろ調べてみて、これは面白いなあと感じたんです。<br />
いつかはオオスズメバチのドキュメンタリーを撮りたいな、と思っていたんですが、その機会がないまま小説を書くようになって、「そうや、昔、ドキュメンタリーで撮りたかったオオスズメバチを、小説の世界で描いてみよう」と。この小説の中で描かれるオオスズメバチの科学的な生態は、すべて事実です。</p>

<p>――　昔、小学生のときに、シートン動物記を読んで、わくわくしたときのことを思い出しました。</p>

<p><span class="name">百田</span>そうですね、『風の中のマリア』は、小学生の高学年ぐらいの子が読むと、はまるみたいですね。</p>

<p>――　美容整形でまったく別人に生まれ変わる女性を描いた『モンスター』は、どんな経緯で生まれた作品なんでしょうか。</p>

<table width="220" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="0826-4.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0826-4.jpg" width="200" height="295" />
<p>『モンスター』（幻冬舎）</p>
</td>
</tr>
</table>

<p><span class="name">百田</span>じつは『モンスター』は、3、4年前に書いた作品なんです。『永遠の０』を書き上げた直後に、執筆しました。テレビの世界で仕事をしてきて、女性のタレントやレポーター、モデルを何百人も見てきました。女性の美人コンテストの番組もつくったことがあります。テレビの世界で仕事をしていると、自然と女性の容姿というものを見るようになります。そのうちに、「美しいというのはどういうことなのか」「美しいことの意味は何なのか」とずっと考えるようになって、それを小説に描いてみようと思ったんです。</p>

<p>――　『モンスター』を読んでから、街できれいな女性を見ても、「もしや・・・」と思うようになってしまいました（笑）。そういう自分のまったく知らない世界を非常に興味深く描いてくれるのが、百田さんの小説の面白さのひとつであると思います。これからは、どんなテーマを書きたいとお考えでしょうか。</p>

<p><span class="name">百田</span>いろんなテーマにチャレンジしたいんですね。テレビを昔からやっていたこともあって、同じことをやるのが嫌なんですよ。ルーティンワークみたいに同じことを繰り返すのが嫌いなので、常に新しいことをやってきた。それが体に染みついている性分なので、本を書くときも自分がこれまでに書いたことのないものを書きたいと思ってしまうんです。<br />
ミステリー、ホラー、あるいは恋愛。ジャンルは問わずですね。自分はいま、どこまで書けるかわからないので、とにかく力を試してみたいところがあります。</p>

<h4>テレビと小説の違い</h4>

<p>――　小説を執筆する上で、苦労することはありますか。</p>

<p><span class="name">百田</span>テレビというのはアイディア一発のところがあって、なかなかいいアイディアが出ぇへんな、と頭を2時間3時間悩ましたとしても、ひとつ良いアイディアが出たらその瞬間に一気に解決してしまうところがある。でも小説というのは、良いアイディアが浮かんだとして、これでいこうと決めたとしても、そのアイディアを形にするのに物理的な時間が何百時間といるんですよ。文字にして形にするのに。原稿用紙300枚、400枚書くのにはそれだけの時間がいりますからね。</p>

<p>――　作家になられてから、テレビ番組をつくる仕事との違いを感じることはありますでしょうか。</p>

<p><span class="name">百田</span>一番大きいのは、さっきも言いましたけれど、テレビは大勢でつくるけれど、小説はひとりでつくるということです。会議に集まって、どうやこうや言いながらひとつの番組をつくっていくのも非常に面白い仕事です。他人は自分に持っていないものを必ず持っていますから、みんなの意見をもらうと本当に新しい、良いものが生まれます。</p>

<p>それに対して、作家の仕事は本当に孤独ですね。たったひとりでやらなあかんので。でも逆にそれがいいところでもあって、本当に自分の個性が如実にその作品に出てしまう。それが怖いところでもあり、魅力でもあります。</p>

<p>――　テレビの視聴者と、小説の読者。反響という点で違いはありますか。</p>

<p><span class="name">百田</span>そうですね、テレビは本当にマスメディアですから、一回放送すると一挙に沢山の人がどっと見てくれます。しかし、その反響は一日か二日しか続かない。非常に多くの人に見てもらっても一瞬で終わってしまう。<br />
本というのは、テレビに比べると読者の数はぐっと少ないけれど、反響が非常に長く続きますね。何カ月も何年もかかって売れていく。その売れる理由も、大宣伝したからといって売れるものではなく、「あの本よかったよ」という人々の口コミが静かに広がっていってじんわりと売れていく。それは嬉しいですし、楽しいですね。</p>

<p>テレビの視聴率は1分おきに数字が出ますが、それを見ていると、本当にテレビを見ている人はチャンネルをパッパッ変えていることがわかります。またどうやって視聴者がその番組を見ているかも僕らにはわかりません。テレビゲームやパソコンしながらちらちら見ているのか、家族で夕食をとりながらただテレビを点けているのか。でも本は、そういうわけにはいかない。買ったけれど読まない、というのはあるかもしれませんが、読むときには本に向き合って集中しなければいけない。作品に対する接し方、というのはテレビとはまったく違いますね。</p>

<h4>本の価値は無限大</h4>

<p>――　近所の書店で、『永遠の０』が書店員さんイチオシのPOPとともに、どーんと積んでありました。電子書籍など色んな変化が出版界にやってくると言われていますが、そういう時代だからこそ、書店と書店員さんの役割はますます大きくなってくるのではないかとも思います。書き手の立場から、書店さんに関して思われることは何かありますか？</p>

<p><span class="name">百田</span>都内の何千坪もあるような大型書店は、ほとんど全部の本が揃っていますが、それだけあるとお客さんも、何を買っていいかわからない。そうすると、無難に一番売れている本を買うようになる。</p>

<p>それに対して、大都市以外の中小規模の書店は、物理的に限られた本しか並べられないので、出てる本のうちどれを並べるかは、その書店で働いている書店員さんの個性が出ますよね。そうするとその書店は、オーバーに言えば、その街の文化を担っているところがあると思うんです。だからこれから、中規模の書店というのは、個性が重要になってくると思います。誰が行っても「そこに行けばいつでも良い本が見つかる」という書店が、これから重要になるのではないでしょうか。</p>

<p>――　ご自身の本が書店に並んで、売れていくのを見て何を感じられますか。</p>

<p><span class="name">百田</span>感謝以外の何物もないです。今の世の中で、本という商品の値段は、高いとも安いとも言えないところがありますよね。1500円で、本当に何万円出してもいいような価値がある本もありますし、逆に10円の価値もないような本もありますし。<br />
本の値段というのは、編集費、印税、印刷代金、紙代、書店流通費、そういう計算で決まっていきますけど、実は内容に関しては、何万倍もの開きがありますよね。一生の宝物になるような、金には換算できないぐらいの価値がある本もあれば、本当にティッシュ一枚の価値もないような本もある。</p>

<div class="img_r"><img alt="0826.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0826.jpg" width="300" height="225" /></div>

<p>1500円、1600円という値段は、ちょっとしたご飯も食べられますし、安い服も買える。今の日本はそんなに裕福な人が多いわけではないですから、そういう中で身銭を切って本を買っていただくことには、本当に感謝しかないですね。<br />
だから最低でも、そのお金を出していただいた分は、満足感を与えなければあかんと思います。少しでも「買ってよかった」と思ってもらえる本を、これからも書いていきたいですね。（了）</p>

<p><br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>『探偵！ ナイトスクープ』の放送作家を勤めながら、５０歳で小説家デビューした百田尚樹氏。<br />
インタビュー後編では、一作ごとにまったく異なるジャンルの作品が、どんな読書経験から生み出されてきたのか伺いました。</p>

<p>前編は<a href="http://www.mishimaga.com/hon-watashi/045.html" target="_blank">こちら</a>！</p>

<p>（取材・文　大越裕）</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>第21回 またの名を</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/therapist/021.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2010://1.1092</id>

    <published>2010-08-25T11:16:25Z</published>
    <updated>2010-08-25T11:16:25Z</updated>

    <summary>　ここまで来ると、当然店を辞めるという話になるわけだが、その前に時間を現在（...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="セラピスト1年生" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<p>　ここまで来ると、当然店を辞めるという話になるわけだが、その前に時間を現在（2010年８月後半）に戻して、余談。</p>

<p>　私が業務委託契約を結んだこの会社には、セラピストのキャリアパスプランという制度がある。ランクには６段階あり、研修を受けたときは「インターン」、そこから順に「トレーナー」「セラピスト」「チーフセラピスト」「マスターセラピスト」「グランドマスターセラピスト」となるわけだ。あまり詳しくは書けないが、試験を受けてランクが上がれば、その分歩合も上がる仕組みとなっている。<br />
　その中で唯一、試験ではなく３日の研修でパスできるのが、インターンからトレーナーへの道。フルタイム（月に23日）で働いていれば、早い人で３ヶ月、遅い人でも５ヶ月ほどである基準に達するので、希望者は自己申告し、東京でのトレーナー研修（通称「トレ研」）を受けに来る。<br />
　補足だが、全国の店長はほとんどマスターかチーフのレベルにいる。グランドマスターに至っては、このキャリアパスプランができて何年になるかわからないが、噂では通算20人を切っているらしい。つまりグランドマスターになるのは、かなりの偉業なのである。が、私が店を辞める寸前に、勤めて７年の店長がこのグランドマスターに昇格した。本当にすごい人である。</p>

<p>　さて、先日、第18回「思い出すのはきっと」にも出てきた広島のワンちゃんが、トレ研を受けに東京にやってきた。<br />
　これまでに「トレ研で東京に行きます」と連絡があった同期は、福井のユウコさん、大阪のキョウコさん、大阪のネコちゃん、北海道のシイちゃん。多くはトレ研翌日から勤務なので（ハードだ！）一度も逢えずに終わるのだが、大阪のキョウコさんだけは翌日休みをもらえて、トレ研３日目の夜に泊まりにきてくれた。<br />
　ワンちゃんもキョウコさんと同じく休みをもらえたので、同じタイミングでトレ研を受けることになった秋田県出身のアリサちゃんと一緒に、うちに泊まりにくることになっていた。</p>

<p>　ふたりが「こんばんは〜」とやって来たのは、夜の０時も過ぎてから。横浜の中華街でトレ研終了打ち上げ会をしていて、遅くなったらしい。私はその日は朝から取材やらなんやらでぐったりと疲れており、ふたりにシャワーと布団の準備をしてから、早々に寝た。<br />
　翌朝、私たちは近所の喫茶店のモーニングを食べに出かけた。そして、自分が行かずに終わったトレ研の内容を聞き、いまふたりが働いている店や思い出深いお客さんについて、また地獄の研修の思い出話などに花を咲かせた。<br />
　<br />
　アリサちゃんは事情があって現在、成田空港内の店舗で働いている。<br />
　成田空港という場所柄、お客さんは「通り過ぎていく人々」である。搭乗前の時間を有効に使おうという日本人や、日本でのビジネス滞在や観光に疲れた外国人が最後の日本円を使いにやってくる。たいがいは「いまできますか？」と入ってくる人ばかりで、予約電話をかけてきたり、お得なメンバーズカードを作って通いつめたりするいわゆる「常連さん」は皆無に近い。<br />
　でもときには予約電話もかかってくる。</p>

<p>　数週間前、アリサちゃんは予約電話を受けた。<br />
　日本人からだったが、「行くのは私ではなく、外国人２名です。明日の×時から１時間ほど、２名とも個室で入れますか？」と言われたらしい。<br />
　彼女が一部屋だったら予約できる旨を伝えると、「ではとりあえず１名を予約します」と、相手は外国人の名前を言った。そしてこう続けた。<br />
 「あのー、予約名はそうなんですが、実は違うんです」<br />
 「実は違う？　どういう意味でございますか」<br />
 「えーとですねえ、いま映画のキャンペーンで来日中の俳優でして、でも本名で予約するといろいろと......。わかりますよね？」</p>

<p>　さすが空港、こんなこともあるわけだ。実際にアリサちゃんがその電話を受けた翌日、店の前でうろうろしている男性に声をかけられ「今日、×××、予約してないすか？」と訊いてきたという。たぶん週刊誌かスポーツ誌の記者だろう。</p>

<p> 「で、本当にマッサージ受けにきたの？」<br />
　私が訊くと、アリサちゃんが「いやー、来なかったんだよ」と言った。結局、当日に予約キャンセルの電話があったそうだ。<br />
 「でもね、うちの店じゃなくて他の店舗で１名分の個室の予約をしていて、そっちには本人じゃない外国人が来たんだって」<br />
 「へえ、マネージャーかな？」<br />
 「っていうか、SPらしい」と言ってアリサちゃんは笑った。ハハハ、SPがひとりでマッサージを優雅に受けてどうすんだ。その間に本人に何かあったら意味ないじゃん。</p>

<p>　アリサちゃんは「外国人の名前なんて普段ぜんぜん覚えられないけど、その人の偽名だと思うと可笑しくて覚えちゃったよー」と言って、その名前を教えてくれた。</p>

<p>　ジェイソン・イリザリー。またの名を、レオナルド・ディカプリオ。<br />
</p>]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>第2回 2010年8月今月の一冊（後編）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/kongetsu/002.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2010://1.1091</id>

    <published>2010-08-25T10:24:10Z</published>
    <updated>2010-08-25T10:24:10Z</updated>

    <summary>温かい眼差しで描かれた自衛隊的青春小説 『歩兵の本領』（浅田次郎、講談社文庫...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="今月の一冊" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<h4>温かい眼差しで描かれた自衛隊的青春小説</h4>

<table width="220" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="0825-5.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0825-5.jpg" width="200" height="288" />
<p>『歩兵の本領』（浅田次郎、講談社文庫）</p>
</td>
</tr>
</table>

<p><span class="name">渡辺</span>私は、大越裕氏持参の浅田次郎『歩兵の本領』（講談社文庫）です。みなさん自衛隊に入りたいと思ったことはありますか？</p>

<p><span class="name">林</span>あります！</p>

<p><span class="name">渡辺</span>え？？　あり、ありますか？</p>

<p><span class="name">林</span>もちろん。</p>

<p><span class="name">渡辺</span>いやいやいや。この文脈では、「ありません」ですよ。ありませんね？　という感じで「でもこの本読むとちょっと気になっちゃいますよ」という方向に話しを持っていこうと思ったのに、入りづらくなったじゃないですか。<br />
林さん、何かあったんですか？</p>

<p><span class="name">林</span>私、強くなりたいと思った時期がありまして。</p>

<p><span class="name">渡辺</span>なるほどー。</p>

<p><span class="name">三島</span>自衛隊に入る人の動機として多いかもしれませんね。自分を律したいというのは。</p>

<p><span class="name">渡辺</span>なるほど。この本は、９つのストーリーから成っているのですが、ひとつひとつは読み切りでもいけます。一貫して、舞台は陸上自衛隊で、そこに属する人たちが主人公です。まあいうても、高度成長期に世間が浮かれている時代の話です。そんな時代なのに、わけあって自衛隊に入隊している人たちをフォーカスして描いています。</p>

<p><span class="name">窪田</span>おもしろそうですね。</p>

<p><span class="name">渡辺</span>帯がまた気になります。「著者の体験的青春小説」と書かれている。実は、浅田次郎さん自身、自衛隊に入っていたそうなんですね。</p>

<p><span class="name">木村</span>へー！</p>

<p><span class="name">渡辺</span>だからリアルなんですよ。</p>

<p><span class="name">三島</span>なるほどー。</p>

<p><span class="name">渡辺</span>先輩にいちゃもんつけられて鉄拳制裁をくらうのは日常茶飯事。和田士長というすぐ殴る先輩が出てくるのですが、「お前いま何でオレに殴られたか、その理由わかるか？」と聞くんですね。そこで後輩が、「わかりません」と答えると、「オレの腹の虫が悪かったからだ」と（笑）。それで、その和田士長に殺意を抱く渡辺一等陸士というのがいて。</p>

<p><span class="name">大越</span>主要な登場人物ですよね。そういう登場人物がそれぞれなんで自衛隊に入ったのかというエピソードがなかなかおもしろいんですよね。</p>

<p><span class="name">渡辺</span>かつて自衛隊は、地連（自衛隊地方連絡部の略）が、街でガタイのいい兄ちゃんなんかに声かけて「きみ、自衛隊に入らない？」なんてスカウトすることもやっていたそうで。たまたま街をプラプラしてたら地連の人の口車に乗せられて、市ヶ谷の食堂でビフテキか何かを食べさせてもらっているうちに、いつの間にか自衛隊に入ることになっちゃったり。</p>

<p><span class="name">大越</span>まあ、いわば人さらいですよね（笑）。この本は、自衛隊という特殊な軍隊の、それも一番下っ端である「歩兵」にフォーカスして描いてるところがいいんですよね。自衛隊という、日本の鬼っ子のような組織に、吹きだまりのように時代から取り残された青年が集まってくる様子をユーモアたっぷりに描いている。</p>

<p><span class="name">渡辺</span>そうなんですよ。なかの若者たちは、きっと「おれはここで何やってんだよ」とかそういう思いを抱いていて、でもこの本は、そこにある青春をちゃんと描いているから、読んでてなんだか爽やかなんですよ。ひとつひとつの物語があったかい眼差しで描かれているから。きっと浅田さんも若かりし頃、こういう思いを実際に体験されたんだろうな・・・。</p>

<p><span class="name">大越</span>当時はきっと、オシャレな学生からしたら、「自衛隊に入るなんてだっせえ」というような風潮があったんでしょうね。今とは、まったく自衛隊の見られ方も違っていた。</p>

<p><span class="name">渡辺</span>まあしかし、大越さんは、やっぱり男臭い本を持ってきたなあと思いましたが、これ、とてもおもしろかったですよ。皆さんも機会があればぜひ。<br />
続きまして、窪田さんお願いします。</p>

<h4>亡き夫を想い続けた歳月を思う</h4>

<table width="220" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="0825-6.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0825-6.jpg" width="200" height="278" />
<p>『歳月』（茨木のり子、花神社）</p>
</td>
</tr>
</table>

<p><span class="name">窪田</span>私は、茨木のり子さんの『歳月』（花神社）です。これは木村さんの？</p>

<p><span class="name">亜希子</span>私です。</p>

<p><span class="name">渡辺</span>窪田さんはなんでまたその本を選んだのですか？　似合わない・・・。</p>

<p><span class="name">窪田</span>いや、それは「君はこれを読んだほうがいいよ」とアドバイスが出たので、読んでみました。でも、今回読ませてもらってとてもよかったと思いました。こういう世界があるんだなといいますか。もう3回くらい読みましたが、正直「わかった」とはいえないです。なんて説明していいか・・・。</p>

<p><span class="name">木村</span>そもそも、『歳月』はどうやって本になったんですか。</p>

<p><span class="name">窪田</span>これは、亡き夫、三浦安信さんへの思いを綴った詩集です。旦那さんに先立たれた1975年5月以降、31年間の長い歳月の間に書かれた40篇近い詩が一冊の本になっています。でも、これは茨木さんの生前にまとめられた本ではありません。茨木さん自身も2006年2月17日に亡くなられ、その後、甥っ子さんが書斎でみつけた原稿をもとに本にまとめています。そういう経緯についても非常に丁寧に書かれているのですが、なんといいますか、すーん・・・。</p>

<p><span class="name">木村</span>すーん？</p>

<p><span class="name">窪田</span>すごくいいな・・・と。</p>

<p><span class="name">大越</span>何がどういいと思ったのよ？</p>

<p><span class="name">窪田</span>ご主人が亡くなられて、31年間、再婚せずずっとひとりで暮らされていたのですが、ずっとご主人のことを想いつづけるんですね。亡くなられているのですが、よりいっそう強く想う。<br />
ご主人の夢を見て、ぱっと目が覚めて夢だということに気づく。目が覚めて「もういないんだ」ということに気づいたりしたときのことを詩にされたり。</p>

<blockquote>ある夏のひなびた温泉で、湯上がりのうたた寝のあなたに、煌々の満月冴え渡り、ものみな水底のような静けさ。月の光を浴びて眠ってはいけない。不吉である。どこの言い伝えだったろうか。何で読んだのだったろうか。ふいに頭をよぎったけれど、ずらすこともせず戸を閉めることも、顔を覆うこともしなかった。ただゆっくりと眠らせてあげたくて、あれがいけなかったのかしら。いまも目に浮かぶ蒼白の光を浴びて眠っていたあなたの鼻梁、頰、浴衣、素足。　　（『歳月』のなかの「月の光」より）</blockquote>
 <br>

<p>これを読むことで、何がいいと思ったかというと、茨木さんのそのときの気持ちに、すこしだけではありますが、自分が同じ経験をしたような気持ちになれた気がしたんです。想像すらしていなかった部分も、想像することで他人事として悲しかったんだなというよりは、いずれ自分もそうなるのだな、みんなそうなるんだな、と想像して今のことを考えてしまう。<br />
そうなると、今という時間が大切になる。そういうものが書かれて本になっているというのはすごく素晴らしいことだと思いました。</p>

<p><span class="name">星野</span>茨木さんの詩は、教科書とかにも載ってましたね。</p>

<p><span class="name">窪田</span>今までも、もしかしたら読んでいたかもしれませんが、今回静かな海辺で読んだことで、よりいっそう心に染み込みました。<br />
ありがとうございました。では、つぎ星野さん。</p>

<h4>海に行ってひとりで声に出して読んでみよう</h4>

<table width="220" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="0825-7.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0825-7.jpg" width="200" height="284" />
<p>『二人が睦まじくいるためには』（吉野弘、童話屋）</p>
</td>
</tr>
</table>

<p><span class="name">星野</span>私は木村さんが持ってきてくださった『二人が睦まじくいるためには』（吉野弘、童話屋）です。これも詩集です。</p>

<p><span class="name">三島</span>詩集つづきますね。</p>

<p><span class="name">星野</span>これは、吉野さんが編集された詩集ではなくて、編者の田中和雄さんという方がいろいろな詩集から選んでまとめているものです。普段はあまり詩を読まないのですが、読んでいて、文章を読むのと詩を読むのではまったく違う経験なんだなと感じました。</p>

<p>さらっと読んで、何か読み切れなかった気がして、同じ詩を何回も読みなおしてみたり、さっき窪田さんが読んでいましたが、口に出して読んでみてもよかったなと思いました。せっかくだから、海に行ってひとりで声を出して読んだ方が味わえたかなと。</p>

<p>文字の配列とか行の空けかたとか、文章を読むときにはあまり意識しない部分にも意味が感じられて、言葉に持たされている意味もまったく違っている。今回これを読んで、他にも読んでみたいと思えてよかったです。</p>

<p><span class="name">窪田</span>ですよね。</p>

<p><span class="name">星野</span>この詩集は、年を重ねた人が若い人に向けて書いている詩が多く集められている印象でした。それが、うるさい感じで口を出すのではなくて、すごくあたたかい。伝えたいことを、言葉を選んでエッセンスだけを伝えようとしているのが感じられました。</p>

<p>有名な詩で、この本の最初にも出てくる「祝婚歌」は、何度読んでもいいなと思います。最後は、茨木のり子さんが解説を書いています。「祝婚歌」は結婚する姪っ子さんに書かれているそうなのですが、銀婚式を迎える世代にも贈られていい詩だ、と。それに加えて、私みたいに結婚をしていない人にもいろいろと感じるところがある詩です。『歳月』もこないだ木村さんもすごくいいとおっしゃっていたので、読んでみたいと思います。</p>

<p><span class="name">木村</span>詩のおもしろさは、短いセンテンスで、人によってまったくニュアンスが変わるところですよね。小説ともまた違うリズムとかもある。</p>

<p><span class="name">渡辺</span>詩もそういう自由な詩と、俳句とか短歌みたいな形式が決まっているのとかいろいろありますからね。</p>

<p><span class="name">亜希子</span>描いているのはひとつのようであり、たくさんあるようであり。</p>

<p><span class="name">渡辺</span>それを読んだ場所によってもまた変わってくるかもしれないですしね。</p>

<p><span class="name">三島</span>いい詩って、言葉と感情が見事に重なり合っていますよね。だから、すごく短い言葉でもいろんな人に伝わってくる。</p>

<p><span class="name">大越</span>というところで、では、最後のとりは林さん。</p>

<h4>みうらじゅんの「愛」について</h4>

<table width="220" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="0825-8.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0825-8.jpg" width="200" height="310" />
<p>『Love』（みうらじゅん、角川文庫）</p>
</td>
</tr>
</table>

<p><span class="name">林</span>私が読んだ本は『Love』（みうらじゅん、角川文庫）です。これは星野さんが持ってきてくれた、みうらじゅんのエッセー集です。内容としては、基本的に下ネタとかいろいろ自分の経験を思い出して綴っています。</p>

<p>今回は、みうらさんの恋愛観を深く読みとろうと考えながら読みました。<br />
何回か一番最初の彼女の話が出てくるんですね。みうらさんは2浪して武蔵野美術大学に入るのですが、2浪している間に、１９歳のとき上京してきて初めて女性を知る。たぶん、みうらさんはその人のことを忘れていない。<br />
みんな忘れないのかもしれませんが、自分の気持ちに折り合いをつけるのがうまい人と下手な人がいるとしたら、みうらさんは下手な人だと思いました（笑）。</p>

<p>あえて、自分で結論をつけないで、そのまま「何でだったんだろう？」という気持ちを味わい続けているというか、それを楽しんでいるような印象を受けました。愛のかたちもいろいろあって、愛するということも正しい人の愛し方があるわけじゃなくて、対人間でその人にとっていい影響があったらそれは「愛」なのかしら、と思いました。</p>

<p>最後の方で、みうらさんは「なんて自分は自分のことを知らないのだろう」「結局自分は他人のなかにいた」ということを書かれてるのですが、それは異性だけではなくて、いろんな「愛」につながるところなのかなと思った一冊でした。</p>

<p><span class="name">星野</span>すごい深く読み込んでくださいましたね（笑）。</p>

<p><span class="name">林</span>いえいえ。感想いうために、半ば無理やりですが(笑)。</p>

<p><span class="name">星野</span>私は、難しい本をたくさん読みたいときと、そうではないけれど文字は読みたい、かといって何でもいいわけじゃないときがあるのですが、この本は後者の頃に買った本です。<br />
自分が女子校だったこともあって、「男子とは何なのか？」と不思議に思ってたんですね。だから、「男子の本」という感じなんですね（笑）。</p>

<p><span class="name">三島</span>一番最初、ブルース・リーの話だもんね。</p>

<p><span class="name">星野</span>そうなんです。ブルース・リーがすごいとか、いわゆる男子の世界の話で、「そういうところに反応するのか」とか「そういう日常を送っているのか」とか、そういう意味ですごくおもしろくて、男性陣が読んだらどう思うのかなとなんとなく思っていました。大越さんとか（笑）。</p>

<p><span class="name">大越</span>もちろん、みうらじゅんは、師匠ですよ。</p>

<p><span class="name">星野</span>深く何かあるとかではないのですが、みうらじゅんさんってもともと気になる存在でもあり、何か印象に残っていたんですね。それこそ捨ててしまわずに棚にあった一冊。</p>

<p><span class="name">窪田</span>じゃぁ、一歩間違っていれば捨てていた一冊だった。</p>

<p><span class="name">星野</span>ぎりぎり残った。</p>

<p><span class="name">三島</span>みうらさんって、何をやっている人かよくわからない人、というところがいいですよね。</p>

<p><span class="name">星野</span>そうなんですよ。</p>

<p><span class="name">窪田</span>数年前はアングラな人だったと思うのですが、ここ数年目立ってきていますよね。みうらじゅんさんがやろうとしていたことが、ムーブメントというか、かたちになっている気がします。映画になったり、みうらじゅん原作、とか「とんまつりJAPAN」のこととか、誰も知らんやろというようなこととかが比較的目立ってきてますよね。</p>

<p><span class="name">三島</span>コアなファンだけが熱烈に支持しているようなものとかがね。昔よりメジャー感が出てる気がするのですが。</p>

<p><span class="name">大越</span>中学生くらいのときから気に入ったエロ本を切り抜いてエロスクラップというのをつくっていて、ノートで２００冊くらいあるんですよね。</p>

<p><span class="name">渡辺</span>エロ本２００冊じゃなくて、その選りすぐりの切り抜きが２００冊もあるってのが、おかしいですよね（笑）。</p>

<p><span class="name">木村</span>おかしいです（笑）。</p>

<p><span class="name">三島</span>京都にはたまにこういう人いますよね。</p>

<p><span class="name">林</span>みんなに理解されなさ感っていうのがありますよね。でも、読んでいてみうらさんの感覚にまったく違和感がなかったので、私の感覚って男子なんだ・・・、といま思いました。</p>

<p><span class="name">窪田</span>いや、でもこれが男子だっていうのも、少し違う気もする（笑）。こういう部分もあるけど、それがすべてじゃないと思うし。みうらさん自身もこういう部分じゃないところはたくさん持っているけれど、そこは出さないで、エンターテイメントとして出している感じがしますね。</p>

<p><span class="name">林</span>みうらさんには女装をする期間があったそうなんですね。男らしさを求められるのが苦手でなぜか女装をしていた。もしかしたら性別を超えた目標を持っていたのかもしれませんが、そこを目指そうとするところも他人に理解されにくいところなんでしょうね。</p>

<p><span class="name">窪田</span>でも、話芸すごいですよね。</p>

<p><span class="name">渡辺</span>タモリ倶楽部に安斎肇さんと出てるときとか、たのしいですよね。</p>

<p><span class="name">木村</span>なんとなく安心感がありますよね。何か話をふったらおもしろいこといってくれるだろうという雰囲気がある。そういう人が世の中にいると、けっこう平和にしてくれるというか、すごく大事な存在ですよね。クラスにひとり、こういう人がいたらいいですよね。</p>

<p><span class="name">星野</span>うん。</p>

<p><span class="name">大越</span>というところで、よろしいでしょうか。</p>

<p><span class="name">三島</span>これで合宿終了です！　フィー。</p>

<p><span class="name">一同</span>（笑）フィー！！</p>

<p><span class="name">大越</span>長い間ありがとうございました。</p>]]>
        <![CDATA[<p>前編は<a href="http://www.mishimaga.com/kongetsu/001.html" target="_blank">こちら</a>！</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>教文館　吉江美香さんに聞きました</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/hon-asobi/012.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2010://1.1088</id>

    <published>2010-08-24T11:21:07Z</published>
    <updated>2010-08-24T11:21:07Z</updated>

    <summary>「本は大事なもの」という認識がありました。 ――　面白い本や話をいつもたくさ...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="本屋さんの遊び方" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<h4>「本は大事なもの」という認識がありました。</h4>

<div class="img_r"><img alt="0824-14.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0824-14.jpg" width="250" height="238" /></div>

<p>――　面白い本や話をいつもたくさん教えてくださり、ありがとうございます。</p>

<p><span class="name">吉江</span>いえいえ。</p>

<p>――　早速ですが、小さいころから本をよく読まれていたのでしょうか。</p>

<p><span class="name">吉江</span>家にたくさん本があったんですよね。本の背表紙を見て育ちました。『赤毛のアン』とか『若草物語』、『ナイチンゲール』といった本を読みました。印象に残っているのは、小学生のとき同じクラスだった男の子に『<a href="http://www.shinchosha.co.jp/book/214005/" target="_blank">ルパン対ホームズ</a>』を借りて読んだことですね。それまで女の子の読み物しか読んでいなかったので「男の子が読むものは面白い！」と思いましたね。</p>

<p>――　なるほど。</p>

<p><span class="name">吉江</span>当時、本屋さんが毎月本を届けてくれていたのですが、『鉄腕アトム』が楽しみでしたね。帯がシールになっていて。姉がいるのですが、姉も本を読むのが大好きでなぜか『赤毛のアン』が大好きで、アンってシリーズになっているんですけど、その本ごとに手作りのブックカバーをつくったりしていて、家として「本は大事なもの」という認識があったと思います。姉とは色んなことをしたのですが、カセットテープに本の朗読を吹き込んだりもしました。「わたしクララでお姉ちゃんハイジね」とか決めて。</p>

<p>――　声優みたいですね。面白そうです。それ、いつぐらいのことですか？</p>

<p><span class="name">吉江</span>小学校１年くらいですかね。姉が紙芝居を書いて、みんなに披露したこともありました。私がピアノで雷の音を出したりして。とにかく本以外でも姉の影響を強く受けていましたね。自分が好きなものがわかったのは、高校生かな。その後、短大に行って普通に商社に入社したんだけど、面白くなくてすぐやめちゃった。それでたまたま募集してた教文館に入ることになったんです。</p>

<p>――　最初から本屋さんになるぞ！ と決めていたわけではないんですね。</p>

<p><span class="name">吉江</span>そうですね。なんか、受けたときの会社としての「のん気」さが良かったんですよ。</p>

<p>――　たしかに。いい意味での「のん気」さを感じます。お客さま含めみなさん、焦ってないというか。</p>

<p><span class="name">吉江</span>当時、教文館にはたくさんの文化人が来ていました。江國滋さん、三國一朗さん、常盤新平さん、小沢昭一さん･･･。もちろん今も椎名誠さん、嵐山光三郎さん、いしいしんじさんなど、たくさんの方がいらっしゃいます。</p>

<p>――　すごいですね。なんて刺激的な職場！</p>

<p><span class="name">吉江</span>有名無名関わらず、お客さまからいろいろなことを教わります。清水俊二さんというレイモンド・チャンドラーの訳をされている方がいらっしゃったときは、もう、本当に素敵で紳士的な方で。清水さんが素敵だったので、チャンドラーにもミステリーにもそれまで興味があまりなかったのですが、読んでみよう！ と思えましたね。読んで、「清水さん、これ読みましたよ」っていいたくて。そしてミステリーって面白い！ と知りました。</p>

<p>――　確かに本って、何がきっかけで読むかわかりませんよね。装丁、著者、出版社、編集者･･･。訳者もきっかけになるんですね。</p>

<h4>「売り上げがあがれば、いい、ってもんじゃない」</h4>

<p><span class="name">吉江</span>えぇ、いろいろなきっかけで本を知ります。私、本を「商品」として見られなくて。大ヒットにならないと思っても、知ってほしいと思ったら手をかけたくなるんです。売り上げのことを思えばいえないけど、どうしても、大切にしちゃうんです。</p>

<p>――　素敵です。そんな書店員さんに見初められた本は、幸せと思います。</p>

<p><span class="name">吉江</span>木内昇さんの『茗荷谷の猫』を仕掛けたときは、平凡社の方が連絡をしてくださって本人まで伝わって。嬉しかったですね。</p>

<p>――　一冊の本と誠実に向き合われていて、こちらも背筋が伸びる思いです。</p>

<p><span class="name">吉江</span>教文館には「こういった本を置く・置かない」といった意志と誇りがあるんです。昔、『<a href="http://www.asahipress.com/bookdetail_norm/9784255910465/" target="_blank">Santa Fe</a>』って写真集ありましたよね。</p>

<p>――　約20年前ですが、覚えています。宮沢りえさんを篠山紀信さんが撮ったものですよね。</p>

<div class="img_r"><img alt="0824-15.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0824-15.jpg" width="250" height="216" /></div>

<p><span class="name">吉江</span>元々アイドルの写真集というジャンル自体置いていなかったので、あの写真集を教文館では置かなかったんです。</p>

<p>――　当時ワイドショーで大々的に取り上げられていた、話題の写真集をあえて？</p>

<p><span class="name">吉江</span>えぇ。当時の社長が「うちでは置かない」と明言し、それに反対する社員もひとりもいませんでした。「当然そうだよね」という雰囲気でしたね。発売前に予約のお電話をたくさんいただいたのですが、すべてお断りしました。なかには「なんでだよ！？」みたいにおっしゃるお客さまもいましたが、何か誇りのようなものを持って「うちにはありません」と答えていましたね。</p>

<p>――　あきらかに話題の本でも置かない、というのは、すごく勇気のある決断だと思います。</p>

<p><span class="name">吉江</span>社長もね「売り上げがあがればいい、ってもんじゃない」って話していましたね。私もそう思いました。お店も小さいし、全ジャンルの本は置けません。ないものはない。そこで選んだものは、誇りを持って置いていきたいと思います。いろんな出版社の方が良くしてくださって、定年などで去られるんですけど、こんな小さなお店なのに、きちんと引き継いでくださってみなさん営業に来てくれるんですよね。すごく、ありがたいことです。会社同士のつながりを学びました。だから私も、今、自分の下で働いている人にぜんぶ伝えていきたいと思います。</p>

<p>――　どの出版社さんとも、深く確かな関係を築かれているんですね。</p>

<p><span class="name">吉江</span>1885年、125年前に創業した教文館当時働いていた人の写真を見たことがあるんです。125年後に、後輩が見ているなんて想像もしていないであろう、男の人が写っていました。そのとき彼が感じたことや店への思いを、つなげられているのかしらと感じることがあります。50年後に、まだ見ぬ後輩に何かつなげられたらと思います。</p>

<p>――　あぁ、本当にそうですね。後世に何を残せるかを、大切にしたいですね。吉江さん、好きな作家さんや、今注目している書籍はありますか？</p>

<p><span class="name">吉江</span>カズオ・イシグロが好きですね。土屋さんの訳が素晴らしいと思います。</p>

<p>――　私もオススメされて読みました。透明な感覚というか、好きな文体です。</p>

<p><span class="name">吉江</span>あと、『<a href="http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/220011.html" target="_blank">小さなチーム、大きな仕事</a>』といった面白い本をたくさん出しているハヤカワ新書juiceっていうシリーズがあるんですけど、そのシリーズを編集している方が面白いんですよ。今話題の『これからの「正義」の話をしよう』の編集もしたスゴい人なんですけど、髪の毛がロン毛だったり、ちょっと変わってて。</p>

<p>――　へー、同じ方が編集してらしたんですね。ぜひお会いしてみたいです。編集者の方とも顔でつながっているんですね。</p>

<p><span class="name">吉江</span>『これからの「正義」の話をしよう』は、発売前に原稿を読ませてもらい、悩んだのですが仕掛けることを決めました。今となっては原書も完売ですけどね。</p>

<p>――　教文館さんでは、多面で仕掛ける、ってあまりないですよね。たぶん、『これからの「正義」の話をしよう』の仕掛けは、いつも来ているお客さまも「おっ」と思われたと思います。でもこれは面白いですよね。</p>

<p><span class="name">吉江</span>ね。この本の売れ方は、書店界の「希望」だと思うの。答えのない政治哲学を、「学びたい」と思う人がこんなにいるって素晴らしいと思う。うちのお客さまは、真面目な方が多いんです。私なんか全然続かないNHKの語学の本が、キチンと毎月売れたりするんですよ。</p>

<h4>本を、諦めたくない</h4>

<p><span class="name">吉江</span>「いいものは静かに続いていく」というのが理想ですね。電子書籍などいろいろいわれていますが、使い方を知っている人、情報の仕分けができる人が手段のひとつとして使うには、いい手段ですよね。ですが、わたしは本が好きだし、辞書だってまだ売れてるし「諦めたくない」って思います。だって本を読んでいる人ってカッコイイじゃないですか。</p>

<p>――　そうですね（笑）。</p>

<p><span class="name">吉江</span>電車で見た目がどんなにギャル男の人でも、スッと文庫本取り出すと「おっ、いい人なんだ」って思っちゃう（笑）。取り出したのがiPadだったら、少しガッカリしそう。</p>

<p>――　今電車で携帯いじってる人多いですものね。イヤホンもしてたら、完全に閉じた世界になってしまっていて、ちょっと気になります。</p>

<p><span class="name">吉江</span>そう。お店のレジでもイヤホンしたままの人には、あえて小さい声で話すの。「損してますよ」っていってあげたくなります。うちはお客さまとも顔でつながっているので、話かけたいけど、話しかけようかどうかはかなり迷いますね。「前買われた本、いかがでした？」とか。</p>

<p>――　買われたお客さまと本を、覚えていらっしゃるんですね。</p>

<p><span class="name">吉江</span>全員ではないですけどね。たとえば、教文館ではブックカバーが色違いで２種類あるのですが、どっちをかける方か覚えてても毎回聞いた方がいいのか、それとも覚えた色をサッとかけた方がいいのかとか、悩みます。</p>

<p>――　そこまで覚えているんですか？</p>

<div class="img_r"><img alt="0824-16.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0824-16.jpg" width="250" height="268" /></div>

<p><span class="name">吉江</span>えぇ。たまにジャンルごとに色を変えている方もいるので、探り探りですけどね。</p>

<p>――　そんなところまで。頭が下がります。</p>

<p><span class="name">吉江</span>翻訳ものも悩みますよね。初心者向けがいいのか、古典訳がいいか。頼まれ方の口調から推測しますね。そうやって顔なじみになった方が、クリスマスにストラップをくださったり、月島のおばちゃんかららっきょうをいただいたり、会社が銀座近くから離れても来てくださったりと通ってくださり、本当にありがたいですね。だから私も、その方が好きそうな新しい本が入ったらお知らせしたりしています。</p>

<p>――　仕事を越えた、暖かい付き合いをされてて素敵ですね。吉江さんのお人柄が、みなさんとのつながりを生んでいるんですね。</p>

<p><span class="name">吉江</span>いえいえ。</p>

<p>――　書店員のみなさんも知識が豊富な方ばかりですよね。</p>

<p><span class="name">吉江</span>そうですね。それぞれ得意ジャンルを持っているので、お客さまに聞かれたとき、自分が知らなくてもあの人が知ってる、という社員間の信頼はありますね。歌舞伎ならあの人、落語ならこの人･･･とか。</p>

<p>――　さすが。少数精鋭ですね。何を聞かれても誰かは答えられる書店なんて、今となってはあまりないと思います。これからお店をどうしていきたい、といった目標はありますか？</p>

<p><span class="name">吉江</span>もうね、第一の目標は「潰さないこと」（笑）！</p>

<p>――　なるほど（笑）！</p>

<p><span class="name">吉江</span>つなげていくためにね。あと、手作り感を大切にしたいですね。そして、売れればいい、というのを越えて読者の人に届けていきたいです。死ぬ気で書いている作家さんに失礼にならない売り方をしていきたいですね。</p>

<p>――　吉江さんに見初められる本をお届けし続けられるよう、精進します！　今日は長時間、本当にありがとうございました！</p>

<p><br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>今回は、1885年創業、銀座の老舗書店「<a href="http://www.kyobunkwan.co.jp" target="_blank">教文館</a>」にいらっしゃる吉江美香さんにお話を伺ってきました。<br />
教文館さんでは選りすぐりの本がきれいに置かれていて、フェアの切り口や見せ方をいつも勉強させてもらっています。<br />
ほかとはちょっと違ったお客さまと書店員さんが集まる面白空間。その秘密がほんの少しわかりました。</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>第1回 2010年8月（前編）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/kongetsu/001.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2010://1.1087</id>

    <published>2010-08-24T10:38:44Z</published>
    <updated>2010-08-24T10:38:44Z</updated>

    <summary>「怒らず 恐れず 悲しまず」 『中村天風 怒らない 恐れない 悲しまない』（...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="今月の一冊" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<h4>「怒らず 恐れず 悲しまず」</h4>

<table width="220" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="0824-13.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0824-13.jpg" width="200" height="285" />
<p>『中村天風 怒らない 恐れない 悲しまない』（池田光、知的生きかた文庫）</p>
</td>
</tr>
</table>

<p><span class="name">三島</span>では、私からいきます。『中村天風 怒らない 恐れない 悲しまない』（池田光、知的生きかた文庫）。これを合宿中に読ませてもらいました。これは渡辺さんが持参された本でした。<br />
一読して、すばらしい。全員に読んでもらいたい一冊です。合宿中にやった朝の呼吸などが図解で全部紹介されています。（詳しくは「<a href="http://www.mishimaga.com/mishi-online/index.html" target="_blank">合宿レポート</a>」を！）</p>

<p><span class="name">大越</span>「べー」のことも書いてあるんですか？　（呼吸の最後に大声で叫ぶ）。</p>

<p><span class="name">三島</span>そういう呼吸法のことも最後に書かれているお得な一冊です。特におもしろかったのは、ひとつは「アンラーニング」について書かれていることです。</p>

<blockquote>「既存の知識を捨てることをアンラーニング（学習棄却）といいます。捨てた者こそ新しい学びを始めることができる」</blockquote>
<br>

<p><span class="name">一同</span>おお～。</p>

<p><span class="name">三島</span>それを、どういうふうに天風先生は学んだか。</p>

<p>天風先生は30歳の頃、結核を発病します。当時、不治の病で医者から見放されるのですが、ヨーロッパやアメリカなどに救いを求めていろいろ回るんですね。でもどこに行っても「あかん」といわれてしまう。そこで、「もう自分は死ぬしかないのか」と思ったとき、カイロでインドのヨガの聖人といわれているカリアッパ師に出会います。そこで、弟子入りして一緒にインドに行くんですね。</p>

<p>インドでは、すぐに重要なことを教えてもらえると期待していたのですが、なかなか教えてもらえない。そこで「どうして教えてくれないのですか。教えてください」と天風先生は頼みました。するとカリアッパ師は「丼に水をいっぱい汲んでここに運ぶように」といいます。指示に従うと今度は「お湯を持ってこい」、そして「丼の中に湯を入れてみよ」と命じられるんですね。</p>

<p>そこで、天風先生は「水がたっぷり入っている中にお湯を入れたら、両方ともこぼれてしまいます」と答えた。そのとき、カリアッパ師はこういうことをいいました。</p>

<blockquote>「丼の水がお前だ。お前の頭の中にはいままでのへりくつがいっぱい入ったままではないか。いくら私の教えを湯のように注いでもお前には受け取ることはできない」</blockquote>
<br>

<p>そこで、天風先生ははっと気づいた。そこから「よろしい。生まれたての赤ん坊になって私のところに来なさい」といって修行が始まります。まずアンラーニング（学習棄却）をすることから修行が始まっていくのだということが書いてあるわけです。</p>

<p><span class="name">窪田</span>なるほど。</p>

<p><span class="name">三島</span>仕事もそうだと思うんです。編集の仕事も、一冊つくるといろいろと知識はつきます。でも毎回まっさらな気持ちで「どうしたらこの本はおもしろくなるかな」という気持ちで向きあわないと、玄人向けの本はできても、核心をぎゅっとつかんだ面白いものはなかなかできない。だから、このアンラーニングは自分のなかで大切にしたいなと思っています。</p>

<p>それと、もうひとつは「肛門をしめる」ことの大切さです。</p>

<p><span class="name">窪田</span>コーモン？</p>

<p><span class="name">三島</span>このエピソードがまた強烈です。沈没した船があって、死体が波打ち際に打ち寄せられていた。その死体を並べていくのですが、その中にひとりだけお坊さんがいた。でも彼には死相がでていなかった。そこで師は「肛門がしまっているか見ろ」と弟子に指示するんですね。調べたらしまっていた。「彼は肛門がしまっているから生きているにちがいない」といって、蘇生させたら死んでいなかった。</p>

<p>そのお坊さんは、航海の前にひとつだけ自分の師からいわれたことがあった。それは「どんなことがあっても肛門をゆるめるな」ということだった。こんなふうに、尻の穴をしめる重要さを強烈なエピソードとともに書かれています。</p>

<p><span class="name">一同</span>なるほど（笑）。</p>

<p><span class="name">三島</span>日本の多くの人が天風先生の教えに学んでいます。天風先生関係の本はいろいろな角度から書かれているので、何冊か読んでおいたらいいのではないかな、と思いますね。</p>

<p><span class="name">渡辺</span>エピソードがいいんですよね。</p>

<p><span class="name">三島</span>この本は、すいすい読めるので、入門書としてすごくお薦めです。では次、木村さん。</p>

<h4>少女ではいられなかった、サラの少女時代を思う</h4>

<table width="220" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="0824-10.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0824-10.jpg" width="200" height="305" />
<p>『サラの鍵』（タチアナ・ド・ロネ著、高見浩訳、新潮クレスト・ブック）</p>
</td>
</tr>
</table>

<p><span class="name">木村</span>はい。私は、『サラの鍵』（タチアナ・ド・ロネ著、高見浩訳、新潮クレスト・ブック）です。これは見てのとおり、すごく分厚くて「これを持ってきた人は鬼だな・・・」（持ってきたのは三島）と思ったのですが、読み出したら止まらずこの２日間で読み切りました。</p>

<p><span class="name">三島</span>鬼ですみません・・・。</p>

<p><span class="name">木村</span>（笑）いえいえ。ざっくりいうと、ナチスのユダヤ人迫害の話が書かれています。ユダヤ人の迫害は、『アンネの日記』とかで、今までいろいろ知る機会があったと思いますが、この『サラの鍵』のおもしろいところは、1942年のナチス占領下のパリを舞台にしているところです。</p>

<p>私はこれを読むまで知らなかったのですが、フランスでもユダヤ人の迫害はあったんですね。ポーランドのアウシュビッツでの迫害というのは、男の人が主に連れ去られて強制労働をさせられ、ガス室に送られるというものでした。<br />
ですが、フランス政府は「これを機にユダヤ人を一切フランスから追い出してしまおう」という思惑のもとに、解釈を少し歪めて、女の人も子どもも一斉検挙して収容所に送っていたんですね。</p>

<p>まず、その事実を私は知らなかったのですごく驚きました。</p>

<p><span class="name">三島</span>フランスでは誰もその問題に踏み込もうとしないらしいですね。</p>

<p><span class="name">木村</span>国の恥じだということで。</p>

<p><span class="name">大越</span>戦後の新政権下でもそんな事実はないと隠された。</p>

<p><span class="name">木村</span>これは小説なのですが、実際にされていることはむごたらしいですよね。<br />
サラの家族は、お父さんとお母さん、そしてサラと弟がいます。1942年7月16日にユダヤ人一斉検挙が行われ、フランス政府の警察がサラの家にもやってきます。</p>

<p>男性から連れていかれるだろうということで、お父さんは隠れていました。弟も納戸に隠れて、サラは外から鍵をかけていた。でも、女性である本来連れていかれるはずのないお母さんとサラがそのまま連れていかれそうになる。そのときお父さんはたまらず「僕も連れていってくれ」と出てきて、一緒に家を離れます。連れていかれた先は、トイレもないひどい状態のドーム。そこにまとめて押し込められる。</p>

<p>結局、弟は納戸に閉じこめられたまま亡くなってしまうのですが、サラは自責の念にかられるんですね。サラはすぐに帰ってこられると思っていた。自分たちがなぜ徴収されるかもわからなかった。フランスで生まれ、フランスで育っているのに、なぜユダヤ人の血が流れているというだけで徴収されるのか。ユダヤ人であることの何がいけないのかもわからない。押し込められたドームの中では、分け与えられる食べ物も最小限のものだけで、本当にひどい状態だった。</p>

<p>サラは途中で脱走して弟を助けにいこうと動きます。そこから、現代の主人公のジャーナリストと接点がでてきます。時間軸がナチス占領下のパリと現代のパリとで順番に展開されていきます。</p>

<p><span class="name">窪田</span>おもしろそうですね。</p>

<p><span class="name">木村</span>まず、ジャーナリストだったとしても、実際に自分の家族がサラの家庭につながっていくことを知ったときに、正面からその事実に向きあえるかなと読みながら思いました。</p>

<p><span class="name">三島</span>結果的に、旦那さんのルーツを探ることにもなるんですよね。</p>

<p><span class="name">木村</span>今の時代、女の子って、ふわふわしていようと思えば何歳でもいられると思うんですね。でも、主人公のサラという女の子は、途中で少女でいられなくなった。どうやってもしっかりしなくてはいけない状況に置かれるつらい運命についても考えさせられました。</p>

<p>貴金属を渡さなければならない順番待ちだったり、衣服を脱がされて、頭も丸坊主にされる順番待ちだったり、そんな恐怖の連続の少女時代を過ごした。それが、100年も前の話ではないのがすごく恐ろしい。</p>

<p>そして、ひとりのジャーナリストがその事実と向きあわなければいけなくなったとき、ここまで取材しなくてもいいのに、一生懸命自分の家族のルーツ、というか旦那さんのルーツを探っていく。</p>

<p>少し重い内容ですが、迫害というものがどういう精神的なダメージをもたらすのか、ということは読んでおいたほうがいいと思いました。</p>

<p><span class="name">三島</span>日本ではほとんど知られてないですもんね。</p>

<p><span class="name">渡辺</span>いわれてみれば、タランティーノの『イングロリアス・バスターズ』はナチス占領下のフランスが舞台ですよね。冒頭のシーンは、ドイツの親衛隊、ＳＳがユダヤ人をかくまっている農家にやってくるところです。でも、フランス政府が主体となってやっていたということは知らなかったです。</p>

<p><span class="name">三島</span>ナチス側は別に子どもと女性は隔離するという指示は出していなかった。フランス政府が主体的に行っていた。それは戦後いっさい公表されずにいる。</p>

<p><span class="name">木村</span>シラク大統領のときに演説で認めて、謝罪が実際にあるという進歩があります。でも戦争は迫害だけじゃなく、戦争をもたらすことで、日本でも同じようなことが起きた。<br />
それに、読んでいてサラの自責の念が悲しくて悲しくて。</p>

<p><span class="name">三島</span>ジャーナリストがフランスで生まれ育ったアメリカ人なんですね。旦那は生粋のフランス人。だから、彼は彼女の取材には徹底的に反対している。そんな暗い歴史で、しかも自分たちの家族について追うことになるから「なんでそういうことをするんだ」と反対なんですね。そういうこともあって、主人公のジャーナリストはどんどん追いつめられて孤立して行きます。</p>

<p>そういう、自分の置かれている、フランスにおいて何者でもない人種という立場から見えてきた客観的視点というところで歴史を明らかにしていく、という手法で描かれています。</p>

<p><span class="name">木村</span>『戦場のピアニスト』でもドイツ人の将校に助けられるシーンがありましたが、この物語のなかでもサラが脱出するとき、町の警察でいつも親しくしていた人が助けてくれたりする。どんな迫害や絶対的な思想のなかでもやっぱり人の善意は出てきて、それがすごく光になって救われる。</p>

<p><span class="name">窪田</span>それがないとすごく怖いですよね。</p>

<p><span class="name">木村</span>とにかく心が切られるような一冊です。ぜひ読んでください。では次は、亜希子さん。</p>

<h4>スタジオジブリのプロデューサー鈴木敏夫さんという立ち位置</h4>

<table width="220" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="0824-11.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0824-11.jpg" width="200" height="317" />
<p>『仕事道楽――スタジオジブリの現場』（鈴木敏夫、岩波新書）</p>
</td>
</tr>
</table>

<p><span class="name">亜希子</span>わたしは窪田さん紹介の『仕事道楽――スタジオジブリの現場』（鈴木敏夫、岩波新書）を読みました。鈴木敏夫さんは、スタジオジブリのプロデューサーですが、この本は「鈴木敏夫さんの考える仕事論」を書いているというよりは、スタジオジブリの一スタッフとしての立ち位置で、インタビュー形式でまとめられた本です。自分のまわりにいる、宮崎駿さんや高畑勲さんといったすばらしい監督たちの個性とぶつかりながら、それに対して自分はこういうふうに仕事をしてきました、という感じで話がまとめられています。</p>

<p>この本は人をすごく描いているので読みやすかったです。人に恵まれて仕事をすることがいかに大事か、ということを思いました。</p>

<p>たとえば、「スタジオジブリはウォルト・ディズニーを超えるようなアニメーションをつくりたい」という思いがあって、はじめて立体的なアニメーションを目指した。そういうことが、さらりさらりと書いてある。<br />
そこで、「宮崎さんとかは映画を進めるにあたって、実はこんなに淡々とつくっているんだ」とか、「ラストはつくらないことにしているんだ」とか、そういう裏話的な話がでてきます。</p>

<p>割と意外だったのは、「３人の関係がうまくいったのは、尊敬しあう関係でなかったからうまくいったんだ」「信頼はするけれども、それは尊敬という位置づけではなくて、お互いがお互いいいたいことをいいあって、思ったことを伝えて、そういう空気感のなかで仕事を進めてきたのが、自分たちのなかではうまくいった」というところです。宮崎さん、高畑さん、鈴木さんは、そういう関係で成り立ってたんだなぁ・・・と思いました。</p>

<p><span class="name">林</span>へー。</p>

<p><span class="name">亜希子</span>鈴木さんもすごく勉強熱心で、一緒に仕事をするからには「知らない」とはいえない。知らないうえで何かを語ることはできないし、それに対して判断することはできない。もし知らなければ知らないというし、答えようと思ったら、それに関するすべての文献を読み込んでちゃんと話ができるレベルにまで自分を持っていく。</p>

<p>そういう、自分への厳しさや仕事に対する責任感を当然のものとして持ったうえで、そのなかで結局鈴木敏夫さんにとって何が一番楽しいかといったら、人とつきあうことほど楽しいことはないと言っている。<br />
「好きな人ととことんつきあう。好きな人に囲まれて仕事をする。それは最高じゃないですか。精神衛生上もいいし」と語っています。</p>

<p>この本を最後まで読みきれなかったので、鈴木さんがプロデューサーとして実際にどういう仕事をして、どんな役割を果たしているかはしっかりとはわからないのですが、仕事に向きあう心の持ちようがすごくよく書かれているいい本だなと思いました。</p>

<p><span class="name">窪田</span>そうだったんですね。そういうことが書かれてたのか・・・といま話を聞いて思いました（笑）。</p>

<p><span class="name">木村</span>そうなの？</p>

<p><span class="name">窪田</span>僕が印象的だったのは、鈴木さんが『アニメージュ』という雑誌をつくるにあたって初めて宮崎駿、高畑勲の両者にあったとき、「なんだこの人たちは。すごくおもしろい」と思ったそうなんです。でも、話していることについていけないから、毎日会うなか、一語一句書きとっていった。話を全部メモして、打合せが終わったらひとり喫茶店にいって、今度は書きもれているところを補足してもう一度全部書いていった。そして、それを家に帰ってもう一度全部書き写して復習するということを何年間もやり続けていたという話があります。<br />
そういうド根性の上に鈴木さんがあるんだぁ・・・と。</p>

<p>鈴木さんはアニメーターではないので、自分自身が絵を描けるわけではない。だけれど、プロデューサーというサポートのしかたですごいことができるんだなと。僕も自分が著者として何かを書けるわけではないですが、営業として本づくりに関わっている。何かをつくるときの関わり方というのは無数にあって、突き詰めようと思えばいくらでもできるんだなと思った次第であります。</p>

<p>自分自身が「宮崎駿になりたい」ということだけじゃなくて、「鈴木敏夫としてクリエイティブなことができる」というところがおもしろいなと思って、持ってきました。</p>

<p><span class="name">亜希子</span>宮崎さんが鈴木さんの意見を聞いて、設計を変えたり、結末を直すこともあるというのを読んで、そういうこともあるのか、とすごくおもしろかったです。</p>

<p><span class="name">三島</span>仕事道楽っていうのはどこから来てるの？</p>

<p><span class="name">星野</span>この本はインタビュー形式で、最終的にインタビューをしていた人が「仕事道楽」ってつけたんですよね。</p>

<p><span class="name">亜希子</span>私が感じたのは、鈴木さんは仕事をとても楽しんでいる方、という印象で、仕事＝生活のため、ではなく、仕事＝遊び・生活、というところから「仕事道楽」なのかな、と思いました。鈴木さんも宮崎さんもあまり過去にとらわれなくて、執着しないですぐ忘れるんですって。だからこそ、どんな激しい言い合いをしても次にまた新鮮な気持ちでものづくりができると。</p>

<p><span class="name">窪田</span>鈴木さんはもともと編集者なんですよね。編集型プロデューサー。<br />
このなかに、宮崎監督と鈴木さんふたりでぼんやり座っている写真があるのですが、この絵が鈴木さんの一番お気に入りの写真だそうです。そういうところも、鈴木敏夫さんの人柄が出ていていいなと思いました。</p>

<p><span class="name">亜希子</span>では、次、大越さん。</p>

<h4>沖縄という島の「時間を超越したような美しさ」</h4>

<table width="220" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="0824-12.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0824-12.jpg" width="200" height="220" />
<p>『南の島の星の砂』（Cocco、河出書房新社）</p>
</td>
</tr>
</table>

<p><span class="name">大越</span>私は、Coccoさんの『南の島の星の砂』（河出書房新社）です。これは林さんオススメの本です。私は自分で読むために絵本を買ったことがなかったので、新鮮でした。林さんは、なぜこの本を買ったの？</p>

<p><span class="name">林</span>これは8年くらい前、当時からCoccoさんの歌が好きで聴いていたので、店頭で見たとき中身も見ないで即買いした一冊です。Coccoさんの描いた絵をみたことがなかったんですけど、なんというか、試行錯誤しながら描いてるのではなくて、Coccoさんだけに見えてる世界をそのまま描いているようで、すごいと思いました。いろいろ遊び心もあって、じっくり見るとおもしろいです。</p>

<p><span class="name">大越</span>ちなみに、どんな話かといいますと、南の海に、小さな島があって、人魚が暮らしている。そこに降る「星砂」のことを描いているんですが、非常に幻想的な一冊です。私はあんまり絵のことがわからないんですが、それでも、「この絵はすごい」と思いました。なんというか、ミュージシャンが片手間に描いた絵では、決してない。</p>

<p><span class="name">窪田</span>すごいですね。</p>

<p><span class="name">木村</span>色彩感覚もすごいですね。ベースが黒の絵本ってそれまでそんなになくて、出たときすごく売れたんですよ。ベースが黒なのに明るい景色が描かれてたり。</p>

<p><span class="name">大越</span>これは、黒い画用紙にクレパスで描いてひっかいたんですかね？</p>

<p><span class="name">木村</span>どうやって描いたかもよくわからないですよね。</p>

<p><span class="name">窪田</span>色塗ってその上にまた黒を重ねるんですかね？　</p>

<p><span class="name">大越</span>帯に「遠い昔の琉球　記憶の中のオキナワ　そして現実。沖縄で　息をするのは残酷です。でも今　それに挑んでいます。Cocco」というメッセージがあるんですよ。この本が出たのは2002年の9月。2001年に9.11のテロがあって、その頃って、イラク開戦の直前で、アメリカが戦争に向けてどんどん準備をしていった頃ですよね。</p>

<p>イラクには沖縄の米軍基地からも相当の数の部隊が行ったそうですから、当時の沖縄に住んでいると、戦争に向かっている感じがひしひしと伝わってきたんだろうなと思ったんですね。<br />
Coccoさんからすると、自分が生まれ育った琉球、沖縄の小さな島がそういう巨大な力に押しつぶされていってしまうのが、耐えられなかったんではないかな、と。</p>

<p>Coccoさんの今回のコンサート（Rock in japan 2010）でも、「今日の声が広島に届くことを祈ります」ということをおっしゃっていましたが、この絵本を読むと、沖縄という島が持つ、時間を超越したような美しさを感じます。それをCoccoさんはこの絵本に込めたのかな、なんてことを思いながら読みました。</p>

<p><span class="name">三島</span>Coccoさんの高校のときのボーイフレンドは、お父さんが米軍基地の兵隊さんのハーフなんですね。だから、沖縄の人たちが「基地反対、基地反対」ということも受け入れられない。でも、自分は沖縄人。気持ちとしてはどっちでもないわけです。そこで、Coccoさんは自分の無力感に葛藤する。でも、そういうひとつひとつのことをないことにしないで向きあって、歌だとか詩や絵本といろいろなかたちにしている。全部を背負ってやろうとしてらっしゃるところが心を打ちますね。</p>

<p><span class="name">亜希子</span>昔は、在日米軍と日本人の間に生まれたハーフの子たち否定するようで、「基地反対」ということは公には声に出していえなかったそうなんですね。そういう人たちの立場を思うと、いえなかった。けれど、いまはあえていう。「沖縄から基地がなくなればいい」と。</p>

<p>はっきりと口に出していうようになるまで、いろいろな葛藤があって、いまそれを前面に出して歌も歌っている。すごいことだったんだろうなと、その思いをちょっとでも感じたなら受け止めないといけないのかなと思いました。</p>

<p><span class="name">大越</span>という本でありました。ありがとうございました。では、渡辺さん。</p>

<p><br />
（後編に続きます！）<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p><br />
<span class="name">大越</span>「今月の一冊　合宿編」ということで、今回は趣旨を変えて、それぞれが持ちよった本を別のメンバーが紹介するというかたちでやっていきたいと思います。合宿中にそれぞれが読み、3日目に発表する。<br />
という企画が発表されたとき、みんな「どうなることやら」と思っていました。<br />
ところで、これの意図は？</p>

<p><span class="name">三島</span>合宿ならではのイベントにしたかったんです。<br />
かつ、これまでは持ってきた人しかその本を読んでいませんでしたが、単純に、ひとりシェアする人が増えているということで。いままでとは違う化学反応が起こるのではないかという期待もあって。</p>

<p><span class="name">大越</span>なるほど。では、一味違う、今月の一冊を始めましょう。<br />
ジャンケンほい！<br />
</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>第14回 夏の叫び </title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/bunyanikki/14.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2010://1.1084</id>

    <published>2010-08-24T12:12:19Z</published>
    <updated>2010-08-24T12:12:19Z</updated>

    <summary>あなたは観客として、もしくは視聴者としてスポーツを観戦する時、どんな思いを抱...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="実録！　ブンヤ日誌" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<p>あなたは観客として、もしくは視聴者としてスポーツを観戦する時、どんな思いを抱きながら選手たちの戦いを見つめているだろうか。</p>

<p>鍛え上げられた肉体への憧憬、超一流の技術への尊敬、圧倒的なパワーへの畏怖、緻密に計算し尽くされた策略への称賛、自分とは全くかけ離れた者に対する距離、様々だろう。対象が美女あるいは美男だったりすると異性として眼差しを向けることもあるかもしれない。</p>

<p>もちろん沸き上がる感情は、戦う舞台の大きさ、試合展開、もたらされた結果などによって変化する。高揚や興奮があれば、落胆や失望もある。だからこそスポーツは人を魅了する。 </p>

<p>僕の場合、スポーツを見ながら常に抱いてしまうのは「なぜ今、自分はこの場所で戦っていないのだろうか」という訳のわからない問い掛けだ。なぜだかわからないが、自己憐憫に似た強烈な感情に襲われてしまうのだ。自分は客席に座る、またはテレビの前にいる傍観者に過ぎない―。殴られてマットを這わされることのない、負ける屈辱に震えることのない、手にした栄光を決して失うことのない安全圏からの傍観。８年前の夏、そんな当たり前の現実を思い知らされる出来事があった。 <br />
 </p>

<p>２００２年７月２７日。入社したての新人だった僕は、第８４回全国高校野球選手権茨城大会決勝・常総学院対水戸商の一戦を取材していた。水戸市民球場の一塁側ベンチの上に座って眺めた戦いは、もちろん甲子園の切符を賭けた大一番。優勝候補の常総は３回までに水戸商に６失点を喫して劣勢だった。しかし７回、木内幸男監督が送り込む代打がことごとくタイムリーを放つなどして同点。そして、あの瞬間を迎えるのだ。</p>

<p>走者を２人置いた場面で１番・大崎雄太朗が水戸商のエース・長峰（現中日）の速球をライトスタンドに叩き込む。優勝旗をたぐり寄せる３ランだ。超満員の客席からこだまする大歓声と悲鳴の中でベースを回る大崎は鬼神のような顔をしていた。額に浮き出た血管。灼けた肌と泥だらけのユニホーム。英雄になった男は天を仰いで両拳を掲げながらホームインした直後、水戸商のベンチに向かって叫んだ。僕には確かに聞こえたのだ。彼の叫ぶ声が。</p>

<p>「見たかァァァー！！この野郎ォォォーー！！」</p>

<p>そして、常総は甲子園に行った。 </p>

<p>いつもの大崎は素朴な男だった。取材する時は帽子を取って直立不動。ハキハキとしゃべり、田舎っぽいスマイルがお似合いのナイスガイ、というよりむしろ弱々しい印象さえ残す高校３年生だった。ところが、あの瞬間、大崎は己を超越した。ライバルを倒して夢見た舞台に行くこと。仲間たちとの夏が続くこと。何万回も振った素振りが実を結んだこと。監督に報いたこと。そして何より、男として乾坤一擲の勝負に勝ったことへの熱情が大崎を変え、別の領域に連れていったのだ。</p>

<p>一塁側ベンチの上で叫び声を聞いた僕は、今まで味わったことのないような思いに震えていた。心が震えてどうしようもなく、なかなか優勝原稿に着手できなかった。そして自問自答した。「かつて自分は、あのような瞬間を迎えたことがあるだろうか。これから自分は、あのような瞬間を迎えることがあるだろうか」と。生きる上で極めて重要な事が、その問いの中に隠されているのではないだろうか、という気さえした。 </p>

<p>それから僕は大崎の叫びから逃れられなくなった。吉田沙保里、野口みずき、阿部慎之助、谷佳知...取材したアスリートたちが最高の瞬間を迎えれば迎えるほど、あの叫び声を聞いた時のような思いに駆られた。心が震えて、嬉しいのに、どこか苦くて苦しくて、心にポッカリ穴が空くような、訳のわからない感情だった。これからも同じだろう。スポーツを見ることは、自分という現実を直視し続けなくてはならない宿命を負った作業でもあるのだ。 </p>

<p>あの夏の５年後、１７０センチという外野手としては特に小さな体格で「プロは無理」と言われ続けながら、西武ライオンズの一員となった大崎に偶然会った。巨人の２軍の取材で訪れた西武第２球場の近くでバットを持って歩いているところを、思わず声を掛けた。彼は、たったひと夏だけ取材しに来ただけの僕を覚えてくれていた。</p>

<p>「高校生でしたからね、懐かしいですね～」</p>

<p>相変わらず帽子を取って直立不動。ハキハキトークとニコニコ笑顔には磨きが掛かっている。嬉しくなって、思わず聞いてみた。</p>

<p>「あの時、叫んだの覚えてる？『見たかァ！この野郎ォ！』って。あれ、熱かったね。今でも覚えてるんだよ、なんか」</p>

<p>彼は笑っていた。</p>

<p>「覚えてませんよ～。僕そんなことホントに言いました～？」 </p>

<p>別れ際、大崎はバッティンググラブを脱いで右手を差し出してきた。マメでゴツゴツになった手のひらを握ると、あの夏の叫び声が再び聞こえてきたような気がした。</p>

<p><img alt="0823.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0823.jpg" width="300" height="200" /></p>]]>
        
    </content>
</entry>

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    <title>第14回 「社会」と「世界」をつなぐもの</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/ko-jinruigaku/014.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2010://1.1079</id>

    <published>2010-08-20T10:30:11Z</published>
    <updated>2010-08-20T10:30:11Z</updated>

    <summary>最初に「よりよい社会／世界をつくるための人類学をめざして」と書いた。 大きな...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="＜構築＞人類学入門" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<p>最初に「よりよい社会／世界をつくるための人類学をめざして」と書いた。</p>

<p>大きな目標を掲げてしまって、いまになって苦しんでいるのだけども、ここまで書いてくるうちに、なんとなく越えるべきハードルがみえてきたように思う。</p>

<p>途中から「社会」という言葉は使っても、「世界」という表現を控えてきた理由もそこにある。</p>

<p>「精神」、「経済」、「感情」、「関係」。<br />
いずれの回も、いまここで対面し、行為している人と人との「あいだ」に出現する何かとして描いてきたし、考えてきた。</p>

<p>そうやって、いろんな「やりとり」を交わす間柄の集合体が「社会」だとしたら、「世界」は、その関係を超えた遥か向こう側にまで広がっているような領域だといえる。</p>

<p>じっさいには、そのふたつに明確な境界線を引くことはできないのだけれど、ぼくらの想像のなかでは、つねに「つながっている」と実感できる場所や間柄の外に、そこからは手が届かない「世界」が広がっているようにみえている。</p>

<p>さて、文化人類学は、ありとあらゆることを研究テーマにしながらも、フィールドワークという現場に出かけて調査をする手法だけは貫いてきた。</p>

<p>実際に顔をつきあわせて話を聞き、自分の目で確かめ、人びとが生きている場の雰囲気や色やにおいなんかを五官全部で感じとりながら、何かを理解しようとしている。</p>

<p>だから多くの人類学の仕事は、世界の片隅で起きている小さな出来事に立ち会って、その場所から社会の成り立ちを理解することに情熱を傾けてきた。</p>

<p>自分も、10年以上にわたって、エチオピアのひとつの村をたびたび訪れて、そこでともに時間を過ごすことを足場に、いろんなことを考えようとしてきた。</p>

<p>日本とアフリカを往復するなかで生じる疑問や違和感に耳を澄まし、自分の身体の内と外に生起する微細な変化や動きに目を凝らしてきた。</p>

<p>でも、やっぱりその思考は、いろんなモノや言葉のやりとりが連鎖・反復している「社会」の範囲内に止まっていたように思う。</p>

<p>その「社会」のなかでは、自分が向き合っている「他者」との関わり方を通して、何かを変えていくことができるかもしれない。でも、それが「世界」として想像されている領域を動かすことになるのだろうか。</p>

<p>「社会」と「世界」は、どんなつながり方をしているのか？<br />
いったい、ぼくらはどうしたら「社会→世界」の構築に参画できるのか？</p>

<p>たぶん、それがいま考えるべき問いなのだと思う。</p>

<p>いろんなところで、いろんな人が、国家とか、市場とか、グローバル化とか、資本主義だとか、権力だとか、等身大の自分には実感としての「手触り」がえられないものについて声高に語っている。</p>

<p>もしかしたら、あえて人類学の立場で語りなおす必要はないのかもしれない。<br />
人類学に独自の語り口を紡ぎ出せる余地はないのかもしれない。</p>

<p>でも、なんとかしてこのハードルを越えないと、話が完結しないような気分になってしまったのだから、仕方がない。考えてみるしかない。</p>

<p>こう書きながらも、じつは何から手をつければよいのか、わかっていない。</p>

<p>ぐるぐると同じような道をたどるだけで、結局、迷子になってしまうかもしれないけど、とにかく一歩ずつ、考えを進めていこう。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>第45回 ハッと気づいたら５０歳だった（百田尚樹さん編）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/hon-watashi/045.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2010://1.1077</id>

    <published>2010-08-19T11:18:52Z</published>
    <updated>2010-08-19T11:18:52Z</updated>

    <summary>遊んでばかりの子ども時代 ――　今年の春先に、『永遠の０』を読ませていただき...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="本屋さんと私" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<h4>遊んでばかりの子ども時代</h4>

<div class="img_r"><img alt="0819-19.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0819-19.jpg" width="250" height="173" /></div>

<p>――　今年の春先に、『永遠の０』を読ませていただきましたが、あまりの面白さと感動に、本当にびっくりしました。個人的に、映画『ロッキー』以来の感動でした。読み始めたら止まらず、特に最後の50ページは近所の定食屋で読んでいたのですが、涙と鼻水が止まらなくて店員さんに不審がられたくらいです。</p>

<p><span class="name">百田</span>ありがとうございます。</p>

<p>――　それから百田さんの本を次々に読ませていただきましたが、どの作品も非常に面白くて。<br />
太平洋戦争の特攻隊員、高校のアマチュアボクシング、オオスズメバチの世界、美容整形、そして時代劇・・・、まだまだ書きたいテーマがあるそうですが、今日はその源泉がどんな読書体験から生まれてきたのかお聞きできればと思います。子どものころは、どんな本を読まれてきたんですか。</p>

<p><span class="name">百田</span>じつはそれほど本好きじゃなかったんです。ポプラ社の怪盗ルパンシリーズは面白くて、小学4年生か5年生のときに全部読んだ記憶がありますが、そんなに沢山本を読む子どもじゃなかったですね。ただ、父親が本好きで、僕にも本好きになってもらいたいと思ったのか、どこの出版社か覚えてませんけど、少年少女文学全集が家に買い揃えてありました。全部で50冊ぐらいあったかな。読んだのはそのうち一、二冊でしたけど（笑）。</p>

<p>――　へえ、本ばかり読んでいる子どもではなかったんですね。どんな子ども時代を過ごされたんですか。</p>

<p><span class="name">百田</span>毎日、遅くまで外で遊んでました。大阪の東淀川区、駅でいうと阪急の南方、地下鉄御堂筋線の西中島南方のあたりに住んでました。僕が子どものとき、40年ぐらい前ですが、淀川を挟んで反対側の天神橋筋六丁目が当時とても栄えていて、買い物に行くといえば梅田か天六でした。</p>

<p>――　ずっとそこで少年時代をお過ごしに。</p>

<table width="220" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="0819-18.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0819-18.jpg" width="200" height="288" />
<p>『ボックス！』（太田出版）</p>
</td>
</tr>
</table>

<p><span class="name">百田</span>いえ、中学生のときに奈良に引っ越して、高校を卒業するまでは奈良にいました。でも僕の原点は大阪の下町ですね。『ボックス！』の主人公の一人、木樽くんが東淀川区に住んでいて、淀川をランニングするという設定にしたのも、そのためです。</p>

<p>――　では、本を本格的に読むようになったのは、いつぐらいからだったんですか。</p>

<p><span class="name">百田</span>じつは大学を卒業してからなんです。学生時代も、本棚にぜんぜん本が並んでいませんでした。奈良県の高校から同志社に進んだんですが、高校時代は、ぜんぜん勉強ができなかった。<br />
うちの高校は奈良県でも一番か二番ぐらいに勉強ができない学校だったんです。大学に進学する子もほとんどいない。その中でも僕は成績が下の方で、落第の危機が常にあった。高校卒業したときは学力がゼロで、だからその年はどこも受験しなかったんですよ。</p>

<p>――　そうだったんですか。</p>

<p><span class="name">百田</span>高校を卒業しても、予備校に行って授業を聞くのに必要な学力もなかった。しゃあないから中学の参考書を買いなおして、そこから勉強を始めました。夏ぐらいにはとりあえず予備校の授業が理解できるぐらいの学力をつけようと思ったんですが、到底無理で、秋以降もひたすら家で独学していました。</p>

<p>――　しかしそれで同志社大学に合格するんですよね。すごいです。</p>

<p><span class="name">百田</span>いや、すごくないですよ。</p>

<h4>大学ボクシング部に入部</h4>

<p>――　高校のとき、部活は何かやってたんですか。</p>

<p><span class="name">百田</span>いくつか入ってはみたんですが、どうもみんなと一緒に運動するというのは性に合わなくて、どれもこれもすぐ辞めてしまいました。でも体を動かすのは好きだったので、一人で走ってましたね。長距離走は、昔から早かったんですよ。</p>

<p>――　お父さんがボクシングを好きだったそうですが、百田さんご自身も子どもの頃からボクシングがお好きだったんでしょうか？</p>

<p><span class="name">百田</span>そうですね。ボクシングはとても好きでした。</p>

<p>――　大学に入って、ご自身もボクシングを始められますね。</p>

<p><span class="name">百田</span>高校まではボクシングジムが近くにありませんでしたから、やりたくてもできなかった。普通のスポーツやったら高校のクラブでもできますけど、ボクシング部がある学校は珍しいですからね。で、大学に入って、たまたまボクシング部があるのを見つけて、こらおもろいと思って入ったんですよ。</p>

<p>――　では、大学時代はボクシングに打ち込まれたんでしょうか。</p>

<p><span class="name">百田</span>そうですね。三年ぐらい夢中になってやりましたね。戦績は、十七、八戦やって、ふたつぐらいの勝ち越しです。大学は3分3ラウンドで戦うんですが、当時はヘッドギアもなくて、グローブは8オンスでした（現在のアマチュアボクシングの試合は、ヘッドギア着用が義務、グローブは10オンスを使用する）。急所を守るファウルカップもちゃちで、ローブローくらって悶絶するシーンを何度も見ましたよ（笑）。</p>

<h4>「ミジメアタッカー」としてテレビデビュー</h4>

<p>――　百田さんは、３０年ほど前の人気バラエティ番組、『ラブアタック』の出場者だったと伺いました。どういう経緯で出演したんですか？</p>

<p><span class="name">百田</span>たまたま大学の友達の下宿に遊びに行ったら、「俺、明日テレビに出るねん」と言うんです。「どういうことやねん」「ラブアタックって番組や」「面白そうだから僕もついていくわ」ということになって。ラブアタックという番組は、男の出場者が女の子を射止めるために色んなゲームをやって、最後に愛を告白して、クス玉を割ってもらったらカップル成立という視聴者参加型のプロポーズ番組なんですね。</p>

<p>――　かなり人気がありましたよね。僕も子どもの頃に、父親と笑いながら見た記憶があります。</p>

<p><span class="name">百田</span>で、スタジオに行ったら、彼が女の子そっちのけでお客の笑いを取ってるのを見て、「これはおもろいなー、こんなおもろいものには僕も出なあかん」って思いましてね。それで朝日放送のディレクターに「僕も出してくれ」と頼んでみた。そしたら出場できることになって。</p>

<p>女の子には目もくれず、いかにお客さんの笑いをとるかに懸けたら、「アイツおもろい」ということになって、朝日放送からまた出てくれと言われまして。そこから朝日放送との縁ができたんです。何回か出場するうちに、ちょっと有名な出場者になったんですよ。そういう受け狙いの連中は、僕以外にも何人かいて、「ミジメアタッカー」という称号をつけられました。年に何回か、ミジメアタッカーだけを集めた大会も開催されて、それにも出ましたね。</p>

<h4>お化け番組『探偵！ ナイトスクープ』</h4>

<p>――　ミジメアタッカー、覚えてます！　百田さんがそうだったとは。そこからテレビ業界に。</p>

<p><span class="name">百田</span>はい、もう30何年前ですが。そこでいろんなディレクターやプロデューサーと知り合いました。大学には結局5年いたんですが、中退して、ぶらぶらしているときに「遊んでるんやったら、テレビ番組作る手伝いやってみいへんか」と声をかけられました。「ほなやりますわ」とふたつ返事で、アルバイトがてら始めたのが、テレビの業界に入った最初ですね。<br />
しかし働きつつも、「こんな仕事は正業じゃない」と当時から思っていて、「いずれちゃんとした職につかなあかんなあ」と思いながらずるずると続けていました。ハッと気づいたらもう20数年経ってしまった（笑）。</p>

<p>――　最初はアルバイトだったんですね。</p>

<p><span class="name">百田</span>当時も放送作家っちゅう職業はあったんですけど、自分ではそれが正業という意識はまったくなかったですね。出社時間も決められてないし、ふらっと企画会議に出て、あとは全部自由時間ですから、こんなものが大人の仕事とは思えなかった。それが本職となってしまったわけですが。</p>

<p>――　しかし続けるうちに面白くなっていった。</p>

<p><span class="name">百田</span>当時、何もわからない20代の子どもといってもいい青年ですから、テレビ番組をつくること自体は、すごく楽しかったですね。やることなすこと面白かった。関西ローカルが多かったですが、バラエティからクイズ番組まで何でもやってました。放送作家として台本も書けば、ラジオで喋ったり人生相談に答えたり、クイズの問題を作ったり、調べ物もしたり、と。</p>

<p>――　そして『探偵ナイトスクープ』を作ることに。</p>

<p><span class="name">百田</span>はい、あの番組が始まったのは僕が32歳のときです。今から22年前ですね。最初からたまたま、僕がチーフをやることになって、中心となって作ってきました。始まったときは「この番組どれぐらい持つんかなあ。１年か、２年か」と思ってたんですが、まさか22年間も続くとはびっくりですね。</p>

<p>――　最近では、東京でも放映されてますよね（東京メトロポリタンTV日曜午後７時）。</p>

<p><span class="name">百田</span>あれは自分で言うのもなんですが、非常にいい番組だと思います。22年間の平均視聴率が20％を超えてるんです。深夜11時過ぎに始まる番組で、ありえない数字ですよ。</p>

<p>――　よくあれだけのネタを見つけてくるな、といつも思います。</p>

<p><span class="name">百田</span>毎週、調査依頼のハガキやメールが500通ぐらい来ますから。それを僕らが全部読むんです。それはそれは面白いですよ。この500通を読むだけで、そこらの本を読むより、ずっと面白いですからね。</p>

<p>――　あの番組を見ると、「関西人ってみんな面白いのだろうか」と思いますね。</p>

<p><span class="name">百田</span>庶民の笑いのスキルがちゃいますからね。これまでに3000本以上作ってきたので、作る端から忘れていくんですが、その中でも忘れられない名作はあります。例えば「爆発たまご」というネタ。電子レンジに生卵を入れて、最高のタイミングに出したゆで卵は、口に入れて噛んだ瞬間に爆発するんです。その玉子をどうやって作るか、という壮大な実験は、ものすごく面白かった。</p>

<p>最近のものでは、一部男性に人気の「ブーメランパンツ」というタイプの小さいパンツがあるんですが、「それを冷凍庫でカチカチに凍らせて投げたらブーメランみたいに戻ってくるんじゃないか」と考えて、実験をやったのがおもろかった。日本にいるブーメランの世界チャンピオンを厳寒の北海道まで連れて行って、寒い中凍らせたパンツを投げてもらったら、ものすごくきれいな弧を描いて戻ってきた。あれは劇的な映像でしたね（笑）。</p>

<h4>初めての小説を書いた理由</h4>

<p>――　（笑）そうした面白い仕事をしながらも、いつか小説を書こうとは思っていたんでしょうか。</p>

<p><span class="name">百田</span>いやいや、ぜんぜん思ってなかったです。テレビの仕事が面白くて、ずっと続けていました。<br />
しかしあるとき、ハッと気づいたら50歳になっていた。<br />
「もう50か。楽しく面白く生きてきたけれど、やはり歳はとるなあ」と。昔、江戸時代や戦国時代の頃ならば、人生五十年と言われていた。昔だったら人生が終わっとるんやな、と思って、そのときに初めて自分の半生、五十年を振り返ってみた。楽しく生きてきたけれど、何かひとつでも「これは」ということをしたかいな、と。</p>

<p>テレビの仕事はそれなりに面白かったんですけれど、不満もあった。というのは、どんなにアイディアと知恵を振り絞って番組を作り上げても、一回放送してしまったらそれでオシマイでしょう。今ではDVDがあるけれど、その前は放送したら本当に終わりだったですから。</p>

<p>あとひとつの理由は、僕らはテレビを作る前にいつも台本を書くんですが、それを演出するのはディレクターですし、演じるのはタレントで、編集する編集マンがいて、さらに音声や舞台美術などのスタッフもいる。自分がやった仕事は、番組全体の中の一部でしかない。果たして番組作りにおいて、自分の仕事が何％反映されているのか、数値化できないんですね。<br />
だから、何かしら「自分がこれをした」ということをやり遂げたかった。それで自分に何ができるかな、と考えてみたときに、放送作家を長いことやってきたので、字は書ける。それじゃあ、小説の世界に一回、足を踏み入れてみるかと思って50歳のときに書いたのが、『永遠の０』でした。</p>

<table width="220" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="0819-17.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0819-17.jpg" width="200" height="286" />
<p>『永遠の０』（講談社文庫）</p>
</td>
</tr>
</table>

<p>――　『永遠の０』がデビュー作というのが、信じられないです。いきなりあれだけの小説を書こうと思って、書けるものなんでしょうか。</p>

<p><span class="name">百田</span>ありがとうございます。書き始めて最初の3カ月ぐらいは、どうやって書いたらいいか試行錯誤しましたが、その後の3カ月ぐらいで、ばーっと一気にまとめてしまった感じでしたね。自分でも小説を書いてみて、「あ、そんなに難しいものでもないんやな」と思いましたから、多分、誰でも本気で書こうと思ったら、書けるんじゃないでしょうか。</p>

<p>――　百田さんの叔父様の戦争体験を聞いたことが、元になっているそうですね。</p>

<p><span class="name">百田</span>はい。私には4人の叔父がおるんですけれど、そのうち3人が戦争に行っていて、うちの親父も兵隊に行ってます。『永遠の０』を書き始めるちょっと前に叔父の一人が亡くなって、また親父もかなり重い病気で、あまり長くないな、という状況でした。そのときに、「戦争体験者がこうやって日本から消えていこうとしているんやな」と実感したんです。書くなら今しかない、と思って、戦争というテーマを選びました。これだけマニアックな本が売れるとは、正直予想外でしたね。</p>

<p>（次週、後編に続きます！）</p>]]>
        <![CDATA[<p>いま、全国の書店で、ひときわプッシュされている一冊の文庫がある。<br />
『永遠の０』（講談社文庫）、2006年に刊行された百田尚樹氏のデビュー作だ。<br />
敗色濃厚となっていく太平洋戦争の最前線において、「絶対に生きて妻子のもとへ帰る」と誓い戦いながら、特攻に散った一人のゼロ戦搭乗員。「なぜ祖父は死んだのか」現代に生きる青年が、祖父の戦友を訪ね、調べるうちに、凄惨な戦争の実相と、祖父の死の驚くべき真相が明らかになっていく――。<br />
同書を読んだ多くの人々が、「これほど感動する小説を読んだのは初めて」「生きる勇気をもらった」などと絶賛。じわじわと評判が広まっていき、文庫化から約一年が経って売れ行きが爆発、2010年8月現在、55万部の大ベストセラーとなっている。</p>

<p>その作者、百田尚樹氏は、長年テレビの世界を仕事場としてきた。関西圏では知らぬ人のいない人気番組、『探偵！ ナイトスクープ』の放送作家を20年以上に渡って務める。50歳のときに初めての小説『永遠の０』を執筆、それ以来、高校アマチュアボクシングの世界を描いた小説『ボックス！』や、オオスズメバチが主人公の『風の中のマリア』、本格時代小説『影法師』など、一作ごとにまったく異なるジャンルの作品を世に送り出し続けている。<br />
このロングインタビューでは、百田氏が送り出す幅広いジャンルの小説世界が、いったいどのようなバックボーンから生まれてきたのか、じっくりと伺った。<small>（大越裕）</small></p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>第29回 白山家の豚バラ肉一口カツ　モロヘイヤの酸っぱいスープ ラー油かけ　ヨーグルトチーズケーキ 黒糖風味</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/yasashigohan/029.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2010://1.1075</id>

    <published>2010-08-19T11:11:11Z</published>
    <updated>2010-08-19T11:11:11Z</updated>

    <summary> みなさんこんにちは。毎日暑いですね。 わたしは先日、白山レシピにのっている...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="白山米店のやさしいご飯" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<div class="img_r"><img alt="0819-2.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0819-2.jpg" width="250" height="830" /></div>

<div class="img_l"><img alt="0819-1.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0819-1.jpg" width="75" height="92" /></div>

<p>みなさんこんにちは。毎日暑いですね。<br />
わたしは先日、白山レシピにのっている餃子と煮込みハンバーグを作りました。</p>

<p>おいしくできました。さすが白山レシピです(笑)。<br />
これで、カレー、カレーうどん、麻婆豆腐以外にレパートリーが増えました。</p>

<p>さて、今回は最近作った料理を紹介します。</p>

<p>ラタトゥイユをパスタにかけて食べようと思ったら、<br />
ママンがイカ墨を入れてラタトゥイユ入りイカ墨パスタになりました。<br />
かよちゃんからいただいていた甲イカの<br />
新鮮なイカ墨なのでgoodでした。<br />
イカ墨パスタは、仲良しでないと食べられない！　<br />
お互いの口元が真っ黒で、笑っちゃいます。楽しいパスタね。<br />
ラタトゥイユとは、合わせない方が美味しいこともわかりました。</p>

<p>いつもお弁当を買ってくださるお隣の会社の奥さまにいただいた新鮮なじゅん菜。<br />
真夏に激暑の中、じゅん菜鍋にしていただきました。<br />
鍋には必ずうどんが入る。<br />
出汁は濃くして、じゅん菜がシャキシャキトロロ～と旬の味ね。</p>

<p>最後は茄子の皮のキンピラ。<br />
先日、わたしが伺った啓子氏の料理教室で残った茄子の皮をキンピラにしていた、とママンに言ったら早速やっていました。<br />
ご飯のおかずに合います。</p>

<p>今回のお料理は・・・</p>

<p><strong>１．重ね合わせた肉がやわらかくて美味しい ―― 白山家の豚バラ肉一口カツ<br />
２．ザーサイの食感と塩気がアクセント。夏バテにぴったりトローリ ―― モロヘイヤの酸っぱいスープ ラー油かけ<br />
３．混ぜて焼くだけで作れるさわやかな味 ―― ヨーグルトチーズケーキ 黒糖風味</strong></p>

<p>です。</p>

<h4>●白山家の豚バラ肉一口カツ</h4>

<p>＜材料（2人分）＞</p>

<p><img alt="0819-3.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0819-3.jpg" width="660" height="407" /></p>

<p>＜作り方＞</p>

<div class="img_r"><img alt="0819-4.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0819-4.jpg" width="250" height="152" /></div>

<p>１．豚バラ肉うす切り１枚を一口大に畳みます。<br />
<strong><small>※畳み方は、脂を上にして４cmくらいで折り、肉を少しずらしながら、重ね折りします。肉160gで８枚作れました。</small></strong></p>

<p>２．塩、こしょうして、小麦粉、卵、パン粉の順で衣をつけます。</p>

<p>３．油でカラッと揚げます。</p>

<p>４．お皿にキャベツを盛り、からし、ソースをつけていただきます。</p>

<p><em>白山家お母さんより</em></p>

<div class="img_l"><img alt="0819-5.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0819-5.jpg" width="75" height="103" /></div>

<p>息子いわく、厚切りのトンカツよりこの方が美味しいそうです。家庭では厚切り肉だと火の通り加減やカラッと揚げられなかったりもしますが、この一口カツなら家庭でも失敗なく作れます。油も少量で揚がりますし、バラ肉ですから経済的ですね。</p>

<p><em>白山家娘さんより</em></p>

<div class="img_l"><img alt="0819-1.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0819-1.jpg" width="75" height="92" /></div>

<p>パンにはさんでカツサンドにしても美味しいですよ。</p>

<p><br></p>

<p><br />
<h4>●モロヘイヤの酸っぱいスープ ラー油かけ</h4></p>

<p>＜材料（2人分）＞</p>

<p><img alt="0819-6.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0819-6.jpg" width="660" height="386" /></p>

<p>＜作り方＞<br />
１．野菜、肉を切る。</p>

<p>２．鍋にゴマ油を入れ、＜材料＞にあるAを、ニンニクの香りが出て火が通るまで炒める。</p>

<p>３．＜材料＞にあるBを入れ沸騰したら、モロヘイヤ、こしょう少々を入れ、スープの味をみる。（ザーサイの塩気で、ちょうどいいと思います。）</p>

<p>４．酢とゴマ油を入れ、できあがり。いただくときに、ラー油をかけます。</p>

<p><em>白山家お母さんより</em></p>

<div class="img_r"><img alt="0819-7.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0819-7.jpg" width="250" height="173" /></div>

<div class="img_l"><img alt="0819-5.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0819-5.jpg" width="75" height="103" /></div>

<p>すぐできるサンラータンスープです。辛さが苦手な方もいただけるようにラー油はあとで入れます。使い残ったザーサイは、うす切りにして、少々塩抜き後、ゴマ油で炒めてネギとラー油で和えて、お店のお弁当のつけ物になったりします。次回のレシピ「ザーサイとインゲン、茄子のひき肉炒」で使いますので少しとっておいてね。</p>

<p><em>白山家娘さんより</em></p>

<div class="img_l"><img alt="0819-1.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0819-1.jpg" width="75" height="92" /></div>

<p>わたしは辛いのが好きなので、ラー油は多めにかけます。<br />
そう麺を入れて食べても美味しそう♪</p>

<p><br></p>

<h4>●ヨーグルトチーズケーキ 黒糖風味</h4>

<p>＜材料（直径18cm底の抜ける丸型１台分）＞<br />
※オーブン180℃　40分</p>

<p><img alt="0819-8.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0819-8.jpg" width="660" height="169" /></p>

<p>＜下準備＞</p>

<div class="img_r"><img alt="0819-9.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0819-9.jpg" width="250" height="155" /></div>

<p>１．２時間前に、ザルにキッチンペーパーを敷きヨーグルトを脱水。残った水分（清乳）は、ミネラルたっぷりなので、ハチミツレモン、カルピス、スープに使います。</p>

<p>２．焼き型にオーブンペーパーを敷く。</p>

<p>＜作り方＞</p>

<div class="img_r"><img alt="0819-10.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0819-10.jpg" width="250" height="154" /></div>

<p>１．泡立器か電動ミキサーで、やわらかくしたクリームと黒糖をよく練って、なめらかにする。</p>

<p>２．卵を１個ずつ入れ、よく混ぜ合わせる。水分が抜けたヨーグルト1カップ、レモン汁、薄力粉をよく混ぜ合わせる。</p>

<p>３．型に流し入れ、予熱したオーブンで180℃、40分焼く。竹串を刺して生地がつかなければOK。荒熱がとれたら冷蔵庫へ。<br />
<strong><small>※アクセントに乾燥クランベリー、イチヂク、ラムレーズン、パイナップルなど入れても美味しいですよ。<br />
　ヨーグルトの代わりに、水切りしたお豆腐だって作れそう。色々広がる、手軽に作れるチーズケーキ。<br />
　ぜひお作りくださいね。</small></strong></p>

<p><br />
<em>白山家お母さんより</em></p>

<div class="img_r"><img alt="0819-11.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0819-11.jpg" width="200" height="272" /></div>

<div class="img_l"><img alt="0819-5.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0819-5.jpg" width="75" height="103" /></div>

<p>失敗のないさっぱり味のチーズケーキです。市販のフィラデルフィアクリームチーズのパッケージにのっていたレシピを、さっぱり低カロリーにアレンジしてみました。8月15日の母の誕生日には、母の好きなラムレーズンを入れて焼きました。型くずれもないので、お手持ちで猛暑の館林へ。今年は、母のひ孫の「ゆい君」が加わり、４世代でHappy Birthday！ 歳の差85歳！　家族の幸せが世界にありますように！　終戦記念日がずっと記念日で、子どもも大人も健やかにいられるよう願います。</p>

<p><em>白山家娘さんより</em></p>

<div class="img_l"><img alt="0819-1.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0819-1.jpg" width="75" height="92" /></div>

<p>8月１日の弟の誕生日にも焼いていました。<br />
さっぱりしているので夏のケーキにピッタリです。</p>

<p><br></p>

<p><strong>＊＊白山家お母さん便り＊＊</strong></p>

<div class="img_r"><img alt="0819-12.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0819-12.jpg" width="250" height="150" /></div>

<p>立秋が過ぎて、朝夕涼しくなってまいりました。<br />
裏家の木々に蝉がやっと鳴き始めてほっとしたら秋の虫も聴こえて、<br />
暑い中にも少しずつ季節の移ろいを感じます。<br />
先日のお店の花飾りは、ガラスのお皿に貝殻を置き、<br />
水面が見えるようにしました。</p>

<div class="img_r"><img alt="0819-13.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0819-13.jpg" width="200" height="815" /></div>

<p>8月1日は、息子の20歳の誕生日。<br />
食卓は、いつもより賑やかです。<br />
有頭エビ手羽先のパエリアに、今回のチーズケーキ、夏ドリア、酢イカときゅうりのサラダ、ゴーヤシリシリ揚げ、フレンチフライ。</p>

<p>息子は予定日より2カ月い早産でしたから、元気に成人を迎えられて、とっても嬉しい日でした。<br />
乾杯のシャンパンは、ご近所の「<a href="http://www.v-yamazaki.co.jp/jiyugaoka/jiyugaoka.html" target="_blank">ヴィノスやまざき</a>」で。<br />
直輸入のおいしいワインがあって、気軽に入れるワインショップです。<br />
静岡の本店は、普通の個人商店で夫と驚いたほど。<br />
白山米店もパリにおむすび屋、なんちゃって・・・。<br />
根っからの怠け者ですから、ダメですね。</p>

<p>長く自由化丘に暮らしていても、知らないお店がたくさんあります。<br />
26年前からある「<a href="http://jiyugaoka-cafe.info/cafeenseigne/cafeenseigne.html" target="_blank">カフェ アンセーニュ ダングル</a>」も、そうでした。<br />
風格ある贅沢な内装、調度品、高価なカップでいただくコーヒー。<br />
友人のジュースは、<a href="http://www.cristallalique.fr" target="_blank">ラリック</a>のグラスでした。</p>

<p>ゆっくり時間を過ごせる魅力的なカフェには、博識の店主がいらして人が集まるのだと納得。<br />
我が家にあったソウルの雑誌に店主が載っていてまたビックリ。<br />
ジェームズ・ブラウンとストーンズのファンだとか。<br />
また寄らせていただきます。</p>

<p><br><br />
<br></p>

<p><br />
<strong>＜食欲のないときは漬物やのり巻＞</strong></p>

<div class="img_r"><img alt="0819-14.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0819-14.jpg" width="250" height="160" /></div>

<p><strong>茄子の水漬</strong>　<br />
新潟産の新鮮な茄子（玉子大）を見つけて水漬けに。焼きみょうばん、塩で色よく。みょうが、しそ、すりごまをのせ、お正油をちょっとたらしていただきます。<br />
<br></p>

<div class="img_r"><img alt="0819-15.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0819-15.jpg" width="250" height="160" /></div>

<p><strong>シバ漬　</strong><br />
茄子、みょうがをたくさんいただき、赤梅酢で漬けたシバ漬。きゅうり、生姜も入れて下漬けしてから、赤梅酢に漬ければ保存もよく、野菜のムダもなし。<br />
<br></p>

<div class="img_r"><img alt="0819-16.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0819-16.jpg" width="250" height="152" /></div>

<p><strong>のり巻　</strong><br />
息子が好きで、よく作ります。中身はツナマヨキュウリ、梅シソキュウリなど、何でも。正油オカカのときもあります。</p>

<p><br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>第38回 静かなる悪態</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/yubokuhu/038.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2010://1.1072</id>

    <published>2010-08-18T10:15:53Z</published>
    <updated>2010-08-18T10:15:53Z</updated>

    <summary>メディテーション（瞑想）のコースに参加するために、チェンマイから乗り合いバス...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="遊牧夫婦" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<p>メディテーション（瞑想）のコースに参加するために、チェンマイから乗り合いバスに乗って山の上の寺院、ドイ・ステープを再訪した。</p>

<table width="660" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="0818-1.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0818-1.jpg" width="640" height="427" />
<p>ドイ・ステープからはチェンマイの街を一望できる</p>
</td>
</tr>
</table>

<p>円覚寺でのハードだった座禅体験が思い出されて、やっぱりここもキツイのかな・・・と若干尻込み気味で到着したが、入り口の長い階段を上ると、もうそこは寺の中。やるしかない。</p>

<p>着いたのは午後2時ごろ。門をくぐって観光客の合間を抜けて、International Buddism Centerに入っていくと、若いイギリス人の女性とスキンヘッドの白人のおじさんが迎えてくれた。ここはメディテーション体験修行の場として誰にでも開かれた場所で、いかにも仏教好きの西洋人などが集いそうな空間に見えた。指導してくれるのもカナダ人の仏僧なのだ。</p>

<table width="320" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="0818-3.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0818-3.jpg" width="300" height="450" />
<p>ぼくに与えられた部屋。タダでこんな部屋を与えてくれるというのはすごい</p>
</td>
</tr>
</table>

<p>そのイギリス人女性から簡単な説明を受け、ぼくらはそれぞれの部屋に案内してもらった。ここの修行中はほかの人と話してはならないため、一人ひとりに個室が与えられる。部屋は敷地の外れにあり、粗末なベッドと年季の入った毛布があるだけの簡素な作り。しかも、念入りにも男女の部屋は全く違う離れた場所にあり、当然だが、大学生の合宿の「イェーイ！」的浮かれムードは一切ない。<br />
部屋に荷物を置いて、用意してきた真っ白な服を着て準備を整えると、5時からオープニングセレモニー。そしてすぐに修行が始まった。</p>

<p>始まってみると円覚寺とは全然違ったスタイルであることに気づかされる。<br />
すなわち、ここではすべてが自分まかせなのである。背筋が曲がってるぞ！　とカツを入れられることもなく、梅干の舐め方が不十分だ！　と怒鳴られることもない。</p>

<p>だが、課された規則はなかなか厳しい。<br />
一切他人とコミュニケーションを取ってはならない。夫婦でも会話は一切だめ。読書や書き物などを含めて娯楽的なことはすべて禁止。そしてさらに、昼の12時以降は一切食べ物を食べてはいけない。それらを守って、ただひたすら朝から晩までメディテーションに集中しなければならないのだ。<br />
とはいえ、特に誰が監視しているわけではなく、何を強制されるわけでもない。すべて、自分との闘いなのだ。</p>

<p>朝は４時に銅鑼が鳴り、その直後から道場に行ってメディテーションを始める。朝食は７時で、道場でもらえるおかずとご飯を部屋に持ち帰って一人静かにそれを頬張る。食べたらまた道場に戻ってひたすらメディテーション。11時に昼飯をもらってまた部屋に戻り、食べる。そして午後も同様で、途中、僧侶から指導を受けるという時間以外は、夜10時ごろに寝るまでひたすらメディテーション三昧だ。<br />
それが一日のサイクルだ。ちなみに、昼12時以降は何も食べてはいけないと書いた通り、晩飯はない。午後は飲み物以外は一切禁止。朝飯、昼飯を済ませたら、あとは翌朝の朝食まで、何も食べられないのである。<br />
そして、これを21日間続けるのがフルコース。その期間の長さにビビらされるが、途中でやめることは可能だ。ただ、最低3日以上はやってくれ、というのが一応の決まりだった。</p>

<p>同じころ、ぼくとモトコのほかに数人の旅行者がこの修行に取り組んでいた。毎日同じ道場にいるので、一応は顔見知りになるが、もちろん「ハーイ！」などと挨拶を交わすこともなければ、基本的に眼をあわすこともない。ただ、ひたすらそれぞれの修行に没頭しなければならない。<br />
そんなストイックな環境の中、ぼくもモトコも覚悟を決めて、修行を始めた。</p>

<p>メディテーションは、座るのと、立って歩き回るのがあり、この両方を交互に繰り返しやっていく。<br />
まず座る方は、足を組んで腰を下ろし、じっと自分の呼吸だけに注目する。何も考えないというのではない。そうではなく、ひたすら自分の身体のさまざまな動きに神経を集中させろ、と教えられた。足が痛くなったら足が痛いという事実に神経を集中させる。そうやってひとつのことにのみ意識を集中させることによって、他の雑念を追い払うのだ。この方法はかなり合理的に見えたが、それでももちろん雑念は生まれてくるので、それに対してカナダ人僧侶はこう教えてくれる。</p>

<p>「雑念の存在をちゃんと認識するんだ。すると逆にそれを追い払えることがある」</p>

<p>歩くメディテーションもまた同じ。とにかく、一歩一歩の足の動き、手の動き、そして呼吸の音を意識する。自分の身体がいまどう動いているかだけに、全部の神経を集中させるのだ・・・。</p>

<table width="660" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="0818-4.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0818-4.jpg" width="640" height="427" />
<p>メディテーション風景。この道場で、朝４時から夜９時ごろまでひたすら座り、歩く</p>
</td>
</tr>
</table>

<p>毎日はひたすらそのように進んでいく。<br />
ぼくも朝はできるだけ銅鑼にあわせて４時ごろには起き、すぐに道場へ向かった。まだ薄暗くかなり肌寒い中、小さな鐘が並ぶ白い建物の横を通りながら、子どもたちが経をあげる澄んだ声を聞くと、幻想的なムードに包まれる。そして静まった道場に入り、ひたすら座り、歩く。<br />
同じ道場にいるモトコとも一切言葉を交わしてはならず、ただたまに目でやりとりをするだけだったが、彼女もそれなりに真剣にやっているように見えた。<br />
食事の時間になり、食べ物をもらいに行くときにモトコと小声で会話を交わす。「けっこうきつくねー？」と言うと、「そうやな・・・」と彼女も意気消沈ぶりは隠せない。</p>

<p>小さいビニール袋に詰め込まれた食べ物を部屋に持ち帰って一人寂しく食べるわけだが、食事は案外おいしかった。大抵、ご飯と炒め物。炒め物には肉も入っていて、ちょっと意外に思ったが、仏教では必ずしも肉を食べてはいけないということはない、とのことだった。<br />
午後は毎日、僧侶との面談があり、指導を受けることができるのだが、そこでカナダ人僧侶のプラ・ノアは、いつも丁寧に一人ひとりの状況を尋ねてくる。そして、「じゃあ、これからは５分間おきに座る、歩くを繰り返すように」などと指示を与えてくれる。</p>

<p>ぼくにとっては、このプラ・ノアに話を聞くのがメディテーション体験の一番の目的だった。細い身体と剃り上げた頭、そしてメガネをかけた白人の彼は、神経質そうな雰囲気と西洋人的快活さを兼ね備えているように見えた。<br />
修行中、ぼくとプラ・ノアの関係は完全に師と弟子だが、ぼくは彼を取材したいと思ってここに来ていたので、何か彼に聞いてみたい、という気持ちをいつも持っていた。彼はどうしてタイで仏僧になろうとしたのか。同年代の一人の生き方として、聞いてみたいことはいくつもあった。</p>

<p>もの静かで、毎日ストイックな生活を続けているようだったが、時々見せる陽気な笑顔は、宿で会う若い白人旅行者そのものに見えた。が、たとえばプラ・ノアは、モトコに対して何かを手渡すときはいつも、ポンと軽くモトコの前に投げて渡した。女性とは同じものに触れ合ってはいけないという教えがあるようなのだ。<br />
そんな彼の様子から、その人物をいろいろと想像したが、しかし彼ともっとも近くで話せるこの面談の時間は、フランクに話をするという場ではやはりなく、ぼくは師の問いに答え、指導をいただくのみである。<br />
彼と話すのは、この寺院を出るときだ。そう思いながら、ぼくらはまた夜までひたすらメディテーションを続けた。<br />
　<br />
が、この生活――。<br />
思っていた以上にきつかった。ぼくもモトコも、早くも３日で音を上げ始めた。メディテーション自体もハードなのだが、モトコと一切話しちゃいけない、というのが何気に予想以上につらいものがあった。いや、これは別にノロ気とかではなく、単に互いに目の前にいて、ちょっと話したいことがあるのに話してはいけない、というのがじつにストレスフルなのである。</p>

<p>そして3日目、いよいよ隙を見てモトコと道場の裏で待ち合わせ、短い「密会」を決行した。まるで中学時代に、体育館裏でちょっと・・・といった懐かしさ漂う行動だ。誰にも見られていないことを確かめて、久々にモトコと「おおー」と声を出して「再会」し、会話する。<br />
「おいおい、どうするよ？　きつくないか、これ？」<br />
と聞くと、飄々として見えたモトコは、じつはぼく以上にきつかったらしい。<br />
「もうこれ、あかんで。爆発しそうやわ！」<br />
限界という感じだった。そしてさらに、<br />
「私、もう部屋ではポテトチップスとか食べてるでー」<br />
と衝撃の告白。ぼくは部屋での読書は自分に許してしまいながらも、午後に何も食べないということだけはできる限り守ろうとしていたが、モトコはしっかり部屋で腹を膨らませていたのである。</p>

<p>食事の制限もきつかったが、ぼくにとっては、部屋で何も読んでも書いてもいけないというのが全く無理だった。もうこれは最初からほとんど守る気はなく、しかも禁止されるとむしろ精が出てしまうのか、ぼくは日ごろより読書のスピードが上がってしまい、持っていた『点と線』の文庫本をメディテーションの合間に半日ほどで読み終え（もともと読むのがかなり遅いので一冊を半日で読み終えることなどほとんどない）、次の本へと進んでいった（ちなみに次の本は、三島由紀夫の『永すぎた春』。旅中の安宿などで見つかる日本語の古本というのは著者やジャンルがかなり偏っているのが印象的だったが、その点についてはまた改めて書こう）。</p>

<p>さらにしかも、これは不毛のきわみなのだが、ノートパソコンのゲーム「フリーセル」をやりまくってしまった。やればやるほど「オレなにやってんだ？」と不毛感が募っていくことはわかっているのにやめられなくなる、というまさに典型的なダメ野郎パターンに陥っていた。<br />
そんなだったので、ぼくもモトコも、「マジでもう帰りたいな」と口をそろえた。しかし、何がぼくらを思い留まらせたのか、秘密の会合では、とにかくあと2泊がんばろうということになった。そうして短い密会を終え、互いに再びメディテーションへと戻っていった。</p>

<p>一方、その日の夜、ぼくの部屋の隣の空間には、イギリス人の男性が入ってきた。ちょっと挨拶を交わして話してみると、<br />
「やっぱり、タイに来たら仏教、瞑想がやりたくてね。いまからワクワクしてるよ」<br />
などと言い、なかなか熱い思いを持ってやってきたという感じだった。そのとき以外彼と話すことはなかったが、彼は一日でこの修行が決してそんなに容易ではないことに気づいたらしかった。翌日、彼の部屋からは、<br />
「ファーック、ファーック！」<br />
と、静かに、しかしやたらと気持ちがこもった悪態が聞こえてきたのだ。おいおい、口ほどにもないやつだな、と思いつつ、やっぱりこれ結構きついんだな、とぼくは胸をなでおろした。</p>

<table width="660" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="0818-2.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0818-2.jpg" width="640" height="427" />
<p>夜、黄色く輝くドイ・ステープの建物</p>
</td>
</tr>
</table>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>第2回 2010年プロ野球、後半戦ベストナインはこの9人だ！</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/mishi-spo/002.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2010://1.987</id>

    <published>2010-08-18T10:15:47Z</published>
    <updated>2010-08-18T10:15:47Z</updated>

    <summary>脇谷って誰？ 三島前回の「4月までのベストナインを作る」企画はね、一部の野球...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="ミシマガ・スポーツ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<h4>脇谷って誰？</h4>

<p><span class="name">三島</span>前回の「4月までのベストナインを作る」企画はね、一部の野球ファンからは大絶賛だったの。</p>

<p><span class="name">西村</span>え、ほんとですか！</p>

<p><span class="name">三島</span>でもね、僕としては反省点もあってね。ちょっとふつうの人がついていけない展開になったかな、と・・・。</p>

<p><span class="name">西村</span>ああ。捕手で的場（福岡ソフトバンク）を選んだりね。</p>

<p><span class="name">三島</span><strong>ふつうの人も楽しめるのが、ミシマガジン</strong>だからね。ということで、今回は野球にはべつにそんなに興味がない星野さんに、ゲストとして来ていただきました！　彼女に「おもしろい」と言ってもらえるような対談を目指そうと思います。</p>

<p><span class="name">西村</span>星野さん、野球はどれくらいご存知ですか？　巨人の脇谷って、知ってます？</p>

<p><span class="name">星野</span>ワキヤ・・・？　よくわからないです・・・。</p>

<p><span class="name">三島</span>坂本は？</p>

<p><span class="name">星野</span>ああ・・・名前はなんかきいたことある・・・。</p>

<p><span class="name">西村</span>なるほど。わかりました。</p>

<p><span class="name">三島</span>でね。前回の流れでいうと、今回は前半戦ベストナインを決める、ということなんだけどね。でも、むしろ・・・。</p>

<p><span class="name">西村</span>あっ。<strong>後半戦ベストナイン</strong>にしましょうか。</p>

<p><span class="name">三島</span>そう。それ、おもろいと思う。今後の期待を込めて、日本一速い後半戦ベストナインを決めようよ。　</p>

<p><span class="name">西村</span>なるほど。21世紀が終わっていないのに「21世紀最高の映画！」などとうたうようなものですね。</p>

<h4>へえ、ダルビッシュって、おもしろーい</h4>

<p><span class="name">三島</span>まず、投手から。</p>

<p><span class="name">西村</span>そうですね。後半戦ベストナインですからね。岩田（阪神）にしましょうか。</p>

<p><span class="name">三島</span>能見（阪神）でしょ。</p>

<p><span class="name">西村</span>能見！　能見のほうが、復帰早いんでしたっけ。</p>

<p><span class="name">三島</span>星野さん、能見も岩田もケガしてしまって、今投げていないんよ。僕、たまたま能見のケガした巨人戦をテレビで見ていたんだけど、そのとき能見は三塁ランナーでね。で、あるバッターが打って能見はホームにむかったんだけど、なぜか突然三塁に帰塁して、そのときに足の甲骨折したの。タイミングは完全にセーフだったんだけど。あれは謎だった。</p>

<p>あのときは、もう今年の阪神終わりと思った。<br />
でも、最近デイリースポーツのサイト見ていたら、8月初旬に能見がブルペンに入ったみたいなのね。</p>

<p><span class="name">西村</span>能見が復帰したら、阪神優勝するかもしれませんね。</p>

<p><span class="name">三島</span>そうそう。いまたよりになるの、久保だけやからね。<br />
久保のブレイクにも驚いたけどね。</p>

<p><span class="name">西村</span>ねえ。ちょうど去年の能見みたいですね。<br />
まあ、ほんとうのベストナインは、ダルビッシュ（北海道日本ハム）ですけどね。</p>

<p><span class="name">三島</span>今年のダルビッシュって、どうなの？　この最近ちょっとお疲れ気味だよね。</p>

<p><span class="name">西村</span>ええ。8月13日も8回5失点でしたしね。それで防御率も1.93に上がってしまいましたが、その試合前の防御率は1.72で、当然パ・リーグ1位。2位の田中（東北楽天）の防御率2.71との差は、0.99もありました。</p>

<p><strong>この0.99という差はとんでもない数値</strong>なんです。これまでの、シーズン防御率の1位と2位との差の日本記録は、1970年のセ・リーグで、0.97。1位は阪神の村山実で、2位は大洋の平松政次でした。ダルビッシュはそれを上回ったわけです。</p>

<p><span class="name">三島</span>へえ。その年の村山の防御率って、いくらだったの？</p>

<p><span class="name">西村</span>0.98です。</p>

<p><span class="name">三島</span>0.98！？　一試合投げて1点とられないってこと！？<br />
防御率0点台なんてあるんだ。</p>

<p><span class="name">西村</span>まあ、戦前は結構あるんですけどね。戦前は4本でホームラン王になれるような時代でしたから・・・。</p>

<p><span class="name">三島</span>4本でホームラン王！？　僕でもなれそう。</p>

<p><span class="name">西村</span>でも、村山が0.98を記録した1970年の本塁打王は王で、47本ですから。巨人がV6を達成した年で、黄金期の巨人を敵に回しての0.98ですから、なんというか、時代錯誤の記録ですね。</p>

<p>えっと、ちなみに、93年の伊藤智仁（ヤクルト）は、109イニングで0.91。防御率1位は山本昌（中日）の2.05でしたから、故障さえしなければ、防御率でも２位との差でも村山を上回っていたかもしれません。</p>

<p><span class="name">三島</span>あの高速スライダーはすごかったからね。</p>

<p><span class="name">星野</span>へえ。おもしろい。</p>

<p><span class="name">三島</span>おもしろい！？　出ましたね、「おもしろい」が。</p>

<p><span class="name">西村</span>さすが、ダルビッシュですね。</p>

<h4>ラミレスって・・・西武？</h4>

<p><span class="name">三島</span>捕手は、阿部（巨人）？</p>

<p><span class="name">西村</span>まあ、ふつうに考えたら。103試合でホームラン35本ですから。</p>

<p><span class="name">三島</span>さすが、東京ドームやね。星野さん、東京ドームはせまくて、あとなんか空調の関係でホームランが出やすいんだよ。たぶん。</p>

<p><span class="name">星野</span>そうなんですか。</p>

<p><span class="name">西村</span>でもここ最近の巨人の投壊っぷりはいただけないですね。捕手としてはあまり評価できないかもしれません。</p>

<p>だったら、さらなる活躍を期待して、打率3割の嶋（東北楽天）ですかね。野村監督がいなくなって、のびのび打っているのかもしれません。去年は打率.233ですからね。</p>

<p><span class="name">三島</span>ファーストは？　ブラゼル（阪神）しかおらん。</p>

<p><span class="name">西村</span>甲子園球場を本拠地とするチームで35本ですからね。</p>

<p><span class="name">三島</span>星野さん、甲子園は日本一ホームランが出にくい球場なんですよ。広い上に、浜風がふいてきて打球が押し戻されるの。だから、1991年までは「ラッキーゾーン」っていうのがあって、外野フェンス際に柵を設けていてその柵の中にはいったらホームランだったのね。</p>

<p><span class="name">星野</span>へえ。東京ドームとは正反対なんですね。</p>

<p><span class="name">三島</span>ブラゼルがホームラン王とったら凄いよね。<br />
このままラミレスがとったら面白くないよ。</p>

<p><span class="name">星野</span>ラミレスって・・・西武？　あれ、違う？</p>

<p><span class="name">西村</span><strong>惜しい</strong>ですね。巨人です。</p>

<p><span class="name">三島</span>星野さん、なんで西武だって思ったの？</p>

<p><span class="name">星野</span>なんか、ユニフォームが西武っぽいイメージが・・・。</p>

<p><span class="name">三島</span>ラミレス、元ヤクルトやからね。両方青いね。</p>

<p><span class="name">西村</span>ブラゼルは元西武ですけどね。　<strong><small>＊のちにカブレラと間違っていたことが判明</small></strong></p>

<p><span class="name">三島</span>あ、忘れてた！　ファーストはハ―パー（横浜）ちゃう。</p>

<p><span class="name">西村</span>ああ。ハ―パーはブラゼル以上に奇跡ですね。</p>

<p><span class="name">三島</span>29試合でホームラン11本やからね。年間55本ペース。</p>

<p><span class="name">西村</span>しかも、横浜に入った、っていうのが奇縁を感じますね。なにせ、横浜銘菓といえば、「ありあけのハーバー」。実際、ハ―パーとハーバーがコラボレートした企画もあったみたいですよ。</p>

<p><span class="name">三島</span>巨人にとられないように、横浜に「ハ―パー・ハーバー」をつくるべきだと思う。そこまでしてもらったらさすがに横浜を離れられないでしょう。</p>

<p><span class="name">西村</span>ああ。千葉にあったバレンタイン神社以来ですね。</p>

<h4>えーー・・・、青木・・・？</h4>

<p><span class="name">三島</span>セカンドは？　平野（阪神）？</p>

<p><span class="name">西村</span>首位打者とるかもしれませんからね。<br />
しかし、オリックスはなんで濱中と交換したのか・・・。濱中今年、ヒット2本ですからね。</p>

<p><span class="name">三島</span>そうか・・・濱中は、タイガースで久しぶりの生え抜き和製大砲になるはずだったのにね。今年も結局、日本人でたくさんホームラン打っているのは、生え抜きではない城島、新井あたりだし。</p>

<p><span class="name">西村</span>その新井の交換相手の赤松（広島東洋）、今年、ブレイクしましたね。3割前後打って、なんと3番打ってますからね。</p>

<p><span class="name">三島</span>阪神のときは代走要因だったのにね。</p>

<p><span class="name">西村</span>赤松って、もともと守備はすごいんですよ。イニングあたりのアウト数を示す「レンジファクター」でみると、外野手ではダントツなんですよね（詳しくは<a href="http://number.bunshun.jp/articles/-/13264" target="_blank">こちら</a>）</p>

<p><span class="name">三島</span>へえ。すごいね。</p>

<p><span class="name">西村</span>まあ、守備はすごいですが、決して3番を打つような選手ではないですけどね。でも、赤松の前の3番って、「天谷、打率.199」ですよ（笑）。だったら赤松のほうがはるかにまし。ちなみに4番は一時「ヒューバー、打率.195」。</p>

<p><span class="name">三島</span>もう意味不明なくらい貧弱な打線。でも、栗原、復帰したよね。</p>

<p><span class="name">西村</span>はい。復帰戦、ホームラン打ってました。</p>

<p><span class="name">三島</span>じゃあサードは栗原やね。もう三冠王とるくらい、がんがん打ってほしい。<br />
次はショート。星野さん、誰か思いつく？</p>

<p><span class="name">星野</span>いや・・・ぜんぜん・・・。</p>

<p><span class="name">西村</span>ショートはいまもっとも注目すべきポジションですよ。スター続出してますから。坂本（巨人）、中島（埼玉西武）、川崎（福岡ソフトバンク）、鳥谷（阪神）・・・。</p>

<p><span class="name">三島</span>前回も話したんだけど、鳥谷はもうひと伸びほしい。横浜のショートってだれ？</p>

<p><span class="name">西村</span>石川ですね。石川、いま広島のショートの梵（そよぎ）と激しく盗塁王を争ってますよ。</p>

<p><span class="name">三島</span>え、梵ってそんなに走ってるの！？</p>

<p><span class="name">西村</span>今年のカープは「走る野球」ですから。</p>

<p><span class="name">三島</span><strong>というか、それしかない</strong>のでは・・・。爆発力ゼロだしね。じゃ、ショートは梵で。つぎ、外野手。外野の一角は、赤松にしよう。あとは・・・星野さん、どう？</p>

<p><span class="name">星野</span>えーー・・・、青木（東京ヤクルト）・・・？</p>

<p><span class="name">三島</span>おお、青木ね。青木にしよう！</p>

<p><span class="name">西村</span>打率も３割４分台にのせてきましたしね。もうひとりは、T岡田（オリックス）にしませんか？</p>

<p><span class="name">三島</span>出た。パ・リーグホ－ムラン王。</p>

<p><span class="name">西村</span>来年から、パ・リーグは中村（埼玉西武）、T岡田、中田（北海道日本ハム）の<strong>三強スラッガー時代</strong>になりますよ。これまでは、ダルビッシュ、涌井（埼玉西武）、杉内（福岡ソフトバンク）、岩隈（東北楽天）の「エース四天王」の時代だったのですが、ようやく彼らにライバルが現れることになります。</p>

<p><span class="name">三島</span>それはおもろいね。星野さん、中田って知ってる？</p>

<p><span class="name">星野</span>あー、中田翔ですよね。</p>

<p><span class="name">三島</span>そうそう。<strong>あの顔の黒い人</strong>ね。いや、後半戦も楽しみだけど、来年のこの三強の本塁打王争いは楽しみだね。パ・リーグはすごいよ。この対談の結論としては、「これからパ・リーグはすごいことになる」。<br />
星野さん、どうでした？</p>

<p><span class="name">星野</span>そうですね・・・。ベストナインに、巨人や西武の選手はいないんですね・・・。</p>

<p><strong>「ミシマガスポーツ選定　後半戦ベストナイン」</strong></p>

<p>（投）能見篤史（阪神）<br />
（捕）嶋　基宏（東北楽天）<br />
（一）ブレット・ハーパー（横浜）<br />
（二）平野恵一（阪神）<br />
（三）栗原健太（広島東洋）<br />
（遊）梵　英心（広島東洋）<br />
（外）赤松真人（広島東洋）<br />
　　　青木宣親（東京ヤクルト）<br />
　　　T－岡田 （オリックス）</p>

<p><span class="name">西村</span>うーん。たしかにそうだ。なんかBクラスのチームからの選出が多いですね。</p>

<p><span class="name">三島</span>後半戦ベストナインやからね。シーズン終わった後、またこの企画で、彼らを再びベストナインとして選ぶことができたら最高ですね。</p>

<p><span class="name">西村</span>そうですね。シーズン終わった後に、またこの企画ができることを期待したいと思います。（了）</p>]]>
        <![CDATA[<p>一味違ったプロ野球ベストナインをつくる座談会企画「ミシマガ・スポーツ」。今回は前回の三島、西村に加え、野球にはべつにそんなに興味がない星野（ミシマ社）も参加！　三島と西村は星野さんに何度「おもしろいですね」と言わせることができるのか？</p>

<p>三島：阪神ファン歴30年。<br />
西村：編集者。近鉄ファン歴20年。いまも近鉄ファン。</p>

<p>（成績は8月13日現在のものです）</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>第25回 旅することと働くこと</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/mishi-hana/025.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2010://1.967</id>

    <published>2010-08-17T10:40:16Z</published>
    <updated>2010-08-17T10:40:16Z</updated>

    <summary>旅するように働きたい――。 こんな希望をもつ人は多いんじゃないだろうか。とは...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="ミシマ社の話" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<p>旅するように働きたい――。<br />
こんな希望をもつ人は多いんじゃないだろうか。とはいえ、そう思うと同時に、頭ももたげるあきらめの気持ち。<br />
仕事は日常、旅は非日常。だからこそ、旅は特別なものになるんだ。旅するように働くなんてことは土台無理な話だ。<br />
たしかに一理ある。しかし、とも思う。<br />
本当は、旅と働くことはものすごく近い。表裏一体というか、そのものといっていいほど、近い。</p>

<div style="text-align: center;">＊　　　＊　　　＊</div>
<br>

<p>というわけで、今回は、「旅することと働くこと」について語ります。<br />
ちなみに、ぼくは、旅をこよなく愛し、仕事が好きで好きでどうしようもない人です。そのふたつを同時並行的に愛してやまない生活を10年以上つづけています。そうした日々のなかですこしだけわかったことがいくつかあります。<br />
それは、ひとことでいえば、「旅するみたいに働く方法」、とでもいえるでしょうか。ちょっとおおげさですが、いったんこういうことにしておきます。</p>

<p>ではその方法とは、と語る前に、皆さんはどんな旅が好きですか？<br />
旅のカタチはさまざまです。<br />
パックツアー系、バックパッカー系、リゾート癒し系、アドベンチャー系、沈没（堕落）系、自己研鑽系、自分探しのイタイ系など、ひとことで旅といっても、その内実、目的、行動パターンはまったく違います。もちろん、単純に「～系」と分類できるものではありません。ぼく自身、自分の置かれているそのときの状況によって、求める旅のカタチはまったく異なります。日本人が一人もいない地にわが身一人を置きたいときもあれば、一転、海でひたすら、ぼんやりのんびりしたいときもあります（まあ、自分探しのイタイ系旅人になることだけはありませんが）。</p>

<p>とはいえ、どんな旅がもっとも自分に合っているかと問われれば、「孤独な一人旅系」と答えるでしょう。その理由はふたつあるのですが、ひとつには、「ハードな生活が好き」という身も蓋もない事由がいちばんに挙げられます。<br />
というわけでまずは、いわゆる冒険好きなタイプ、あるいはさすらいの旅人系、におススメな「旅するように働く方法」です。</p>

<div style="text-align: center;">　＊　　　　＊　　　　＊</div>
<br>

<p>孤独なさすらいの旅人系――このタイプは、なにをおいても毎日、こう言っていたい人たちだろう。<br />
「明日のわが身さえわからぬ身、まして・・・」<br />
旅に行けば宿は決めず、行き先も決めず、ただなりゆき任せ。今晩どこに泊まるのか、いや、そもそも泊まることができるのか。すべては現地に行けば判明する。駄目なら駄目でそのとき考えるのみ・・・。</p>

<p>旅することが生きることとどれだけ直結しているか。<br />
現地のふつうの人たちがその地で生きている感覚といかに近づくことができるか。<br />
それが最も大切で、その場所の観光名所をまわることなど、もとより眼中にない。<br />
ぼくは典型的なこのタイプだ。</p>

<p>たとえば、プラハに行ったときなんかも、ほとんど観光名所に行った思い出はない。一度だけ、宿の部屋が同じだったモロッコ系ドイツ人と一緒にプラハ城に登った。だけど、そいつもぼくも、あまりの観光客の多さに、「最低」と言って帰ってきただけだった（ここに限らず、世界の観光名所は大同小異だろう）。結局、数週間のチェコ滞在で何をやっていたかといえば、昔ジャーナリストだったというおじいさんから社会主義時代のチェコスロバキア話を聞いたり、昼間街を歩いていたときに見つけたライブハウスに夜になってジャズを聴きに行ったり、日帰りドレスデン旅行をしたり、現地で聞きつけたローリング・ストーンズのライブに行ったり、自炊を試みたり、本を読んだり・・・と、実にたいしたことをしていない。</p>

<p>ただひたすら、毎日何が起きるかわからない、という日々を送っていた。そうして、いつ訪れるかわからない「最高の偶然」にいつでも身を委ねられるよう準備していた。プラハ滞在でいえば、それがローリング・ストーンズだった。プラハに入っても、数日後にストーンズが来るなんて知りもしなかった。たまたま大学の寮のようなところに宿を移ったとき、その大きな宿が不思議なくらい混んでいたので受付のおねえちゃんに訊いたのがすべてだった。</p>

<p>「なんでそんなに部屋ないの？」<br />
「ストーンズが来るからよ」<br />
「え！？　まじで。どうすればチケット手に入る？」<br />
「ダウンタウンにある、この店に行って聞いてみれば」</p>

<p>と言われたのだった（どうでもいい話だが、そのおねえちゃんは、めちゃんこかわいかった）。結果、日本の4分の１ほどの値段でチケットを手に入れた。<br />
とにかく事前に計画なんか立てず、現地で最高の情報を感知する。未知なる毎日をぞんぶんに楽しむ。<br />
そういう旅が好きでたまらない人は、起業したり、フリーになるといいと思う。<br />
これが、その「旅するように働く方法・其の一」（笑）。<br />
ずいぶん乱暴な、と思われたかもしれないが、事実、そうなのだから仕方がない。これほど、「旅」な毎日はないわけだから。<br />
少し（というかずいぶんと）旅のレベルは飛躍するが、石川直樹さんは「旅の酒」というエッセイでこんなことを書いている。</p>

<blockquote>　旅先では・・・食べることと生きることが直結した世界であり、動物としての人間がもつ野性をぼくは否応なく呼び起こされる。<br>
　厳しい環境において、自分のなかで「食べる」ことが動物の世界へ近づく行為であるとしたら、「飲む」ことは、自分を安心できる日常へ呼び戻してくれる行為だといえるだろう。生死を賭けざるをえない場所では、酩酊の快楽を求める余裕はない。身体がねじれるような厳しい状況を切り抜ける直前直後にだけ、人は酒を飲む幸せを心から求めるのだと思う。<div style="text-align: right;">（『全ての装備を知恵に置き換えること』（晶文社）、ｐ９８より）</div></blockquote>
<br>

<p>生死と直結した行動。こうした経験をしたい人であれば、旅と仕事（起業やフリーランス）を直線で結ぶことができることができるだろう。<br />
石川さんがここで言っていることは、ぼくの場合、旅そのものではないが、仕事でまさに経験したことでもある。</p>

<p>起業を決意したとき、ぼくは必然的にお酒を飲まなくなっていた。もともと酒飲みではないものの、仕事でお酒が出る席などでは一杯くらいは飲んでいた。が、それ以降、どんなに大人数の飲み会に出ざるをえないときでも、一滴も口にしなかった。禁酒という願掛けではない。あの当時、いろんな人から「願掛けねえ」と言われたけれど、「そういうことじゃないんです」と言うものの、なかなか理解してもらえなかった。それで次第に説明しなくなったのだけど、そのたびに行き場のない苦しさだけが積もっていった。</p>

<p>とにかく、みんなとおいしく酒を飲み交わすためにも、早く、（生死の）「生」の段階にたどりつきたい。それまでは、とてもお酒を飲む気にはなれないし、そもそも、その資格がないのだ・・・。<br />
人は生きるか死ぬかという状況に置かれると、必然的にお酒を飲まなくなる。<br />
あのとき、そのことを痛感した。<br />
結局、会社をつくり、最初の本を発刊したとき、昔の会社の方が祝ってくださった。<br />
それが半年ぶりの一杯となったのだが、その味は、たしかに生還した、という格別のものだった。<br />
生死を賭けて――。それは、旅であれ、仕事であれ同じことだと思う。<br />
　<br />
毎日がワイルドな旅。<br />
本当はそんなふうに生きたいのに、現状ぐずぐずしている人には、おススメです。</p>

<div style="text-align: center;">＊　　　＊　　　＊</div>
<br>

<p>さて次に、「旅するように働く方法・其の二」です。<br />
これは誰もがちょっとした心がけで行うことができるものです。<br />
ただし、そのとき、旅はたんに「非日常の行為」というわけではありません。<br />
非日常だけを求めるのであれば、そこに行って帰ってきた、という事実だけが残ります。たしかに、体はリフレッシュされ、絵葉書でしか見たことのなかった美しい景色に出会え、あーよかった、と思うことでしょう。だけど、それ「だけ」の旅は、ぼくはもったいないと思います。<br />
旅するからには、やはり、なんといってもあの「ファンタジータイム」をくぐらなければ。<br />
　<br />
先月、7月下旬のこと。尾道からフェリーで瀬戸田（生口島・いくちじま）という小島に渡り、翌日自転車をかりて、瀬戸田と大三島をつなぐしまなみ街道の多田羅橋を走った。橋の真ん中から、急にそこは広島でなくなり、愛媛県になる。大三島に入ると、灼熱の太陽をものともせず、東の海岸沿いに自転車をはしらせ、30分ほどしてからやっと見つけたお店で昼食を食べ、また同じ道を戻ってきた。</p>

<p>橋を渡りきり、ふたたび生口島にはいったときだ。ぼくは、なにを思ったか、サイクリングコースを急に離れた。そして、ほそい坂道をまっさかさまに降りていった。自転車が加速度をあげながら坂をおりきると、突如、蜜柑園や民家が見えた。<br />
その瞬間！<br />
体がふっと軽くなった気がした。まるで重力から解放されたように。<br />
そんな錯覚とともに、左右の景色は、きらきらと輝きをました。この世ではない、どこか美しい国の美しい村に迷い込んだような感覚だった。</p>

<p>そこでは、重力という自然の摂理は働かない。ただ、Ｇから解放された空間と時間が存在する。<br />
そのとき以来、こういう感覚を、「旅のファンタジータイム」と呼ぶことにした。<br />
皆さんも、そういう経験の一度や二度はあるのではないだろうか。<br />
子どもの頃の夏休みなんて、毎日がそうだったかもしれない。<br />
だけど、ちゃんと大人になってもファンタジータイムは訪れる。旅先で、偶然が積み重なったりしたときに。</p>

<p>思い起こせば、ぼく自身、ときどき、そういう時間にめぐり合っていたように思う。ミック・ジャガーが目の前で歌った瞬間もそのひとつだったかもしれない（ハンガリーの温泉でおっさんたちに「触られ」そうになったときは、旅の裏ファンタジータイム。あれはこわかった・・）。<br />
「孤独な一人旅系」が好きなもうひとつの理由は、こういうファンタジータイムが訪れる確率が高いことがあげられる。なんといっても、見知らぬ地に一人きりなのだ。当然、五感はもとよりあらゆる感覚が鋭敏になり、「感じる範囲」も広くなる。<br />
ファンタジータイムは望んで得ることができるものではないが、感覚が鈍っていれば、当然、やり過ごしてしまうものでもあるだろう。<br />
考えるに。<br />
孤独な一人旅のときに発揮する、豊かでかつ鋭い感覚をもちつつ、真っ白な気持ちで偶然に身を任せるとき――。<br />
夢のような時間が舞い降りてくるのではないだろうか。</p>

<p>これは、たんに日常的な仕事を離れ、旅という非日常に身をおくだけでは得ることができない。<br />
かといって、仕事という日常の場で得ることのできないものでもない。<br />
そう、なにも旅に出なくとも得ることのできるものだとぼくは思う。<br />
重力を超越したような気持ちのよい時間は、仕事のなかでも、ちゃんと訪れる。<br />
すくなくとも、ぼくはそういう感覚を得ることがあるし、それがエネルギーになって、そこで得たパワーやら想いを本につめこんでいるつもりだ。<br />
おそらく、どの本にも、作者や出版社やら本屋さんやら、関係した人たちのそういう「重力を超えた感覚」が宿っているのだと思う。<br />
だから、ぼくは本を読むとき、旅に出ずとも、ファンタジータイムに身をおくことができる。もちろん、いつもではないけれど、ときどき、必ず。</p>

<div style="text-align: center;">＊　　　＊　　　＊</div>
<br>

<p>話はころころと転がりましたが、最後に、旅するように働くためにはどうすればいいか、もっといえば、仕事でファンタジータイムを得るにはどうすればいいか、について考えを述べます。<br />
先ほど、「孤独な一人旅のときに発揮する、豊かでかつ鋭い感覚もちつつ、真っ白な気持ちで偶然に身を任せるとき」、ファンタジータイムが訪れるのでは、と言いました。</p>

<p>実はミシマ社では、この「真っ白な気持ち」になるために、ちょろちょろと日々、仕掛けをしています（メンバーが気づいているかどうかは定かではありませんが）。<br />
今日はそのひとつをご紹介します。<br />
それは、毎朝の行事、そうです、神棚パチパチです。<br />
朝、必ず、メンバー全員で、神棚の前にたって拍手を二回打つ、しばらくじっと目を閉じるのです。そのとき、特別な言葉を言ったりなどはしません。ただ、各自が心のなかで、「清め給え、祓え給え、神ながら、守り給え、幸い給え」という、神社にいけば誰もが口にする祝詞を唱え、あとは目を閉じるだけです。</p>

<p>そうすると、不思議なことに、心が透明になったような気になってきます。<br />
なんというか、無理をしてもしかたがないというか、人事を尽くして天命を待つ、という気分になれるというか。<br />
あがいてもしかたがないな、という気持ちに、すっと自然になれるのです。<br />
これって、見知らぬ旅先で、あれもこれも見てやろうと思ったらドツボにはまる、という例の金言にも通じることです。<br />
旅先では自分の感覚に身を任せるのみ。できるだけ先入観を排除して。<br />
それができたとき、気づけば指定されたコースとは違う道に足を踏み入れ、重力から解放された時空間に身を浸すことになる――。</p>

<p>これをお読みくださった皆さんは、ぜひ今日から、「旅するように働きたい」から「旅するように働く」に切り替えてみてください。<br />
自分に見合った旅のスタイルを、仕事のなかにも。<br />
そうすれば、近い将来、重力解放感覚が訪れるやもしれません。<br />
ファンタジータイムはきっとすぐそこ。</p>

<p><br />
次回は、「ファンタジータイムをもう一度」をお伝えします。</p>]]>
        <![CDATA[<p>理想と現実、理論と実践、表と裏、S（出版社）とM（ミシマ社）......。「出版社をつくる！」、「ミシマ社のばあい」という二つの視点から、100年後のミシマ社メンバーに向けて、「ミシマ社が目指すもの」を語る。</p>]]>
    </content>
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    <title>第14回 夏休みにニュースを離れて</title>
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    <id>tag:www.mishimaga.com,2010://1.1066</id>

    <published>2010-08-16T10:43:19Z</published>
    <updated>2010-08-16T10:43:19Z</updated>

    <summary>先週一週間、お休みを頂いてしっかりリフレッシュしてきました。 気持ちも新たに...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="ある日の数学アナ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<p>先週一週間、お休みを頂いてしっかりリフレッシュしてきました。<br />
気持ちも新たにまた頑張って参りますのでお付き合い下さい。</p>

<p>・・・と思ってはいるのになかなかどうして、頭の中が休みモードから<br />
仕事モードへと切り替わらない。<br />
困った困った。<br />
一瞬「これって年をとってきた証拠なのか？」という思いが頭をもたげたものの、<br />
一点だけ思い当たる節があった。</p>

<p>実は、今年の夏休みは、<br />
少し意識してニュースから離れて過ごしてみたのだった。<br />
日々ニュースに触れ、消化して・・・という作業を繰り返していると<br />
どうしても頭の中がニュースでいっぱいになってしまう。<br />
切り替えが上手で情報整理も効率よくぱぱーっとできる人であれば<br />
そんなこともないのかもしれないが、<br />
私はそこまで器用ではないらしい。</p>

<p>寝ても覚めてもなんて表現までいくとオーバーだし、<br />
ちょっとおこがましいが、ほんのちょっとだけそれに近いものがある。</p>

<p>家に帰ってテレビのスイッチ入れても、つい他局のニュース番組を見てしまうし、<br />
自分の番組を見たら見たで反省したり突っ込み入れたり・・・<br />
これが意外と忙しくってあまりリラックスできない(笑)。</p>

<p>そんなわけで、今回はいつもとは意識して「自分スイッチ」を<br />
いつもとは違うモードに入れて夏休みに突入したのだった。</p>

<p>もちろんこれだけのネット社会では、入ってくる情報を<br />
完全にゼロにすることは難しい。<br />
それでも意識するのとしないのとでは全く違う。</p>

<p>朝起きて、時間に終われることなく朝時間を過ごしてモリモリと朝ごはんを食べる。<br />
二度寝した日もあったなあ。<br />
至極当たり前のことだけれど、いつもはおざなりになりがちな一つ一つの行為を丁寧にしていると、<br />
いつもとは時間の流れるスピードが完全に違うことに気がついた。<br />
いかに毎日を大事に過ごしてないか、だ。<br />
これにはちょっと反省してしまった。</p>

<p>午後はプールで泳ぐともなく泳いで、太陽を浴びつつまた泳ぐ。<br />
ほどなくすると、日頃の運動不足が祟ってか、あるいは功を奏してと言うべきか、<br />
適度に疲労を感じる。<br />
毎日の仕事をしていると、肉体的な疲労を感じるというよりは精神的な疲労を感じることが<br />
多いので、適度な気だるさがちょっと癖になりそう。</p>

<p>文字にしてみると別に何てことのない日々のようにも思えるけれど、<br />
私にとって時間の流れるスピードの違いを実感出来たことは大きな収穫だった。<br />
この「体感時間」の違いは一体どこから来るのだろうか。</p>

<p>情報量が多いと脳は同じ時間でも長く感じると聞いたことがある。<br />
旅行の行きと帰りで感じるあの時間差もその為に起こるのだとか。<br />
行きはワクワクしているし窓から見る風景にも初めて見る景色が多い。<br />
すると脳がそれらの情報を処理するのに時間がかかる、ということらしい。</p>

<p>日頃、頭の中で処理している情報量はそれなりに多い方だと思うが<br />
この理屈で言えば時間の流れは遅く感じてもよいはずだ。<br />
でも私にはどうも逆に思える。</p>

<p>ひょっとしたら一つ一つの作業を丁寧にできていないということなんだろうか。</p>

<p>休みが明けると、休みだった日々が昔のことのように感じる<br />
スピード感あふれる毎日に一気に戻された。</p>

<p>もちろんこれはこれで刺激的で、楽しい。<br />
一つ一つ丁寧に作業しつつ、時間の流れるスピードについて、もう少し意識してみようっと。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>第4回 沈黙の語るもの（後半）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/tonari-bousan/004.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2010://1.1063</id>

    <published>2010-08-13T10:29:50Z</published>
    <updated>2010-08-13T10:29:50Z</updated>

    <summary>　『維摩経』（ゆいまきょう）というお経があります。 　お坊さんでも仏様でもな...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="となりの坊さん。" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<p>　『維摩経』（ゆいまきょう）というお経があります。<br />
　お坊さんでも仏様でもない主人公が、次々にお坊さんや菩薩などを、論破していくという戯曲的な性格をもった面白いお経です。１〜２世紀に成立したであろう、と考えられており、日本で著されたもっとも古い書物とも言われ（古事記よりも古い！）、聖徳太子作と伝えられる『三経義疏』（さんきょうぎしょ）の中でも解説されています（ちなみにその他のふたつは『勝鬘経』（しょうまんぎょう）と『法華経』です）。</p>

<p>　そこでも大切なモチーフとして「沈黙」が登場します。<br />
　このお経の主人公の維摩が、そこに集まっている菩薩たちに、分別も対立するものもない世界〈不二の法門に入る〉ということは、どういうことなのですか。と問いかけます。<br />
　それを受けて、徳守菩薩、徳頂菩薩、師子菩薩、妙意菩薩、無尽意菩薩、などなどの菩薩は次々と自分の見解を述べていきます。このあたりのシーンは壮観です。</p>

<p>　例えば徳守菩薩は「〈我〉と〈わがもの〉というのは二つに対立したものです。我があるゆえに〈わがもの〉があるのです。もしも我がないならば〈わがもの〉というものもないのです。これが不二の法門に入ることです」と応じます。<br />
　そして最後の文殊菩薩が答えた後、文殊は、<br />
「さぁ、あなたがお説きください。不二の法門に入るというのは、どういうことですか？」<br />
　と維摩に発言を促します。</p>

<p>　すると、維摩は「沈黙」するのです。（「そのとき維摩は黙然として、言葉がなかった」）<br />
　文殊はその「沈黙」に感動し声をあげます。<br />
「みごとだ。みごとだ。さらに文字や語音も存在しない。これが真に不二の法門に入ることです」<br />
　この議論の聴衆には五千人の菩薩がいましたが、その菩薩、みんなが〈不二の法門に入った〉と経典には記されています。</p>

<p>　僕が仏の教えに触れていると、なにかを説く時、それは「ひとつの真理」を示すというよりは、「両極端のことを同時に大事にしなさい」ということや、「正反対とも思われるなことが、同時におこっていること」を喚起させられることがとても多いです。</p>

<p>　「沈黙」についても同じような印象を受けるのです。<br />
　語りかける言葉を否定するのではなく（なにせこの経典も"言葉"で書かれているのですから）、「世界に現れでた言葉"のみ"で考えてはならない」「そこには同時に、"現れるかもしれなかった"無数の沈黙があることを知りなさい」「沈黙でしか、語り得ないものがあるとしたら、それを静かに耳を澄ませなさい」そのような呼びかけを、感じるのです。これは、僕の個人的な感じ方かもしれませんけれど。</p>

<p>　「沈黙」から悟りを得た五千人の菩薩。そして宇宙の「沈黙」。<br />
　答えめいたものは、今、僕の胸の中にはないですが、せめていつもよりすこし、沈黙というものに耳を傾け時間を積み上げてみたいと『維摩経』から思いました。</p>

<p><br><br />
<img alt="0813-3.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0813-3.jpg" width="660" height="372" /><br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>第13回 ムソルグスキー</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/russiajin/013.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2010://1.973</id>

    <published>2010-08-13T10:28:15Z</published>
    <updated>2010-08-13T10:28:15Z</updated>

    <summary>Модест Петрович усоргский ロシア音楽史を語る上で必...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="声に出して読みづらいロシア人" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<p>Модест Петрович усоргский</p>

<p>ロシア音楽史を語る上で必ず出てくる「五人組」というものがあります。正確には「ロシア五人組」。<br />
西洋的な音楽を追求した（のにどうもロシアっぽさが抜けなかった）チャイコフスキーに対して、彼ら五人組はあえて反西欧のロシアらしい音楽を追求しようとした人たちです。</p>

<p>五人組といっても、別に連帯責任取らされるわけじゃなく、同じような志を持つ作曲家たちの緩やかな連帯みたいなものだったらしい。モノマネ四天王みたいなもんか。違うか。</p>

<p>さてこの五人組の中で、ひたすら(名前的に)異彩を放っているのが彼、ムソルグスキーです。<br />
モデスト・ペトローヴィチ・ムソルグスキーは1838年生まれ。反西欧を掲げる五人組の中でもひたすら「ロシアらしさ」を追求しようとした作曲家です。</p>

<p>そして、非常にロシアらしくアル中になり、精神を病んで奇行・妄言を繰り返す。名前だけじゃなく、実際にもなかなかエキセントリックな人でした。見かねた五人組のメンバーの援助にもかかわらず（あれ、やっぱり連帯責任だったのか、五人組）、４０歳そこそこで帰らぬ人となりました。</p>

<p>アクセントは冒頭に来るので、発音は「ムーソルグスキー」。現地の人の発音を聞くと「グ」はほとんど聞こえない。すると「ムーソルスキー」なので、多少はゴツゴツ感が緩和されます。<br />
ま、ロシア語で「ムーソル」って、「ごみ」って意味なんですけどね（多分、語源的には関係ないですが）。</p>

<p>彼はどちらかというと死後、有名になりました。<br />
「展覧会の絵」というピアノ曲は、フランスの作曲家ラヴェルがど派手なオーケストラ曲に編曲したことで有名になり、「禿山の一夜」はそのあまりの狂いっぷりが、恐怖シーンを表すのに最適だと映画音楽としてひっぱりだこになり、オペラ「ボリス・ゴドゥノフ」は、非常にロシアっぽいオペラとして、ロシア情緒を味わいたいオペラファンの支持を受けています。<br />
死後、拾い上げられたムソルグスキーの曲。これがほんとのごみ拾い・・・いや、不謹慎でした。すいませんすいません。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p><img src="images/txt_01.gif" alt="主旨" height="23" width="46" /></p>

<p>「ロシア人の名前は何であんなに長ったらしいのか？」と、よく言われます。時にはもっと単刀直入に、「なんであんなに滑稽なのか？」とすら言われたこともある。<br />
確かに、ロシア人といえば、「ドストエフスキー」「ムソルグスキー」「ゴルバチョフ」など、ゴツイというか愛想がないというか、そんな名前ばかり。<br />
ですが、「グジェ」とか「ドヴァ」とか、「ルグスキー」なんて不可思議な文字列は、ロシア人の名前でも呼ばない限り、一生声に出すことはないはず。<br />
だったらせっかくなので、読みづらいけど、大声で唱えてみよう。気分が晴れたり晴れなかったりするかもしれません。<br />
本連載では、そんな怪しげな響きのロシア人名を厳選して紹介するとともに、その人物のプロフィールを解説。ロシア人の名前の仕組みについてもわかる。役には立たないが。</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>第22回 ～ミシマ社合宿2010 in 茨城レポート～</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/mishi-online/022.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2010://1.1060</id>

    <published>2010-08-12T22:13:02Z</published>
    <updated>2010-08-12T22:13:02Z</updated>

    <summary>ミシマ社の特徴のひとつは「ギリギリ」。 feelを重視する社風ゆえ、何事も決...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="ミシマ社通信オンライン" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<p>ミシマ社の特徴のひとつは「ギリギリ」。<br />
feelを重視する社風ゆえ、何事も決まるのは直前。</p>

<p>今回も、宿の決定⇒<strong>出発1週間前</strong>、ミシマ社ワゴンの納車⇒<strong>出発４日前</strong>、テーマ「スーパー・ハイテンション」の決定⇒<strong>出発前日</strong></p>

<p>一体何が起こるのか、期待と不安が入り混じる中、合宿がスタートしました。<br />
<div style="text-align: right;">（まとめ：ミシマ社　星野友里）</div></p>

<p><br />
<h4>◆８月５日（木）第一日目◆</h4></p>

<p>朝８時、自由が丘のミシマ社オフィスにメンバー６人が集合。</p>

<p>クボタが合宿のために購入したご機嫌な帽子を見て、<br />
アキコさん「怪物くんみたいやな」。</p>

<p>ところで今回の合宿では、テーマ「スーパー・ハイテンション」を実践するため、毎日ハイテンションの雄たけびを決め、ことあるごとに発することになりました。</p>

<p>というわけで、<br />
本日の雄たけび：小指と人差し指をつきあげ、「<strong>フィー！！</strong>」<br />
（三島発案。スタン・ハンセン先生の「ウィー」より。）</p>

<div class="img_r"><img alt="0812-1.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0812-1.jpg" width="163" height="278" /></div>

<p>残りのメンバーを迎えに、<br />
三郷に向かっていざ出発フィー！</p>

<p><br></p>

<p><br />
車内。<br />
雄たけびウェーブを起こそうとするも、<br />
まだミドルテンションなメンバー。<br />
三島・クボタ「<strong>フィー！！</strong>」<br />
アキコ・ホシノ「フィ。」（小さい声で。）<br />
大越「フィー。」（投げやりな感じで。）</p>

<p><br></p>

<div class="img_r"><img alt="0812-2.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0812-2.jpg" width="225" height="150" /></div>

<p>スカイツリーを横目に通り過ぎ、三郷西インター到着。<br />
この時点のナビ：「新三郷駅まであと10分」。</p>

<p>ナビを信じ、渋滞の国道298号をひた走るミシマ社ワゴン。<br />
「<strong>あれっ？　新三郷駅まであと30分に増えてる！！</strong>」<br />
「えっ？　新三郷に行くのに川口経由するの？？」</p>

<p>駅で待ちわびる渡辺に問い合わせ、逆走していることが判明。<br />
引き返した後も渋滞にはまり、三郷付近の滞在時間、<strong>推定2時間</strong>。<br />
恐るべし三郷・・・。</p>

<p>そしてついに、感動のメンバー合流！！</p>

<p><img alt="0812-3.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0812-3.jpg" width="298" height="552" /></p>

<p>苦難を乗り越えての合流だけに、盛り上がるメンバー。<br />
改めまして、「<strong>フィー！！！</strong>」</p>

<p><img alt="0812-4.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0812-4.jpg" width="450" height="299" /></p>

<p><br></p>

<div class="img_r"><img alt="0812-5.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0812-5.jpg" width="357" height="114" /></div>

<p>守谷PAでの昼食後、<br />
ミシマ社ワゴンは快調に走り、<br />
14時半頃に旅館「とらや」到着。</p>

<p>旅館の目の前は、見渡す限りの海！<br />
旅館の裏手には、「スターウォーズ」の<br />
Ｒ２に似た灯台！</p>

<div class="img_r"><img alt="0812-6.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0812-6.jpg" width="225" height="326" /></div>

<p>水平線の見える会議室をお借りして、<br />
まずは編集チーム、営業チーム、仕掛け屋チーム<br />
それぞれから今期の報告と来期の目標を発表。</p>

<p></p>

<p>続いて、合宿メインイベントその１、<br />
「<strong>ミシマ社寺子屋 in ミシマ社</strong>」開始。<br />
新鮮な空気の中で、五感を開放して、<br />
じっくりと、とても濃密な企画会議をしました。</p>

<p>ミシマ社４周年、そして５周年へ向けて、<br />
それらがひとつひとつ形になっていくと思います。<br />
どうぞご期待ください！</p>

<p><br></p>

<div class="img_r"><img alt="0812-7.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0812-7.jpg" width="225" height="150" /></div>

<p>さて、引き続いては「<strong>今月の一冊 in 合宿</strong>」。<br />
今回は趣向を変えて、他のメンバーが<br />
持ってきた本を合宿中に読み、<br />
その本についてプレゼンを行うことに<br />
なりました。<br />
それぞれが自分では選ばないような本を手に戸惑いつつも、何だか楽しい企画でした。<br />
詳細は後日、「今月の一冊」として別途アップいたします。</p>

<p><br></p>

<p>合宿の山場をひとつ乗り越えて、解放感にひたるメンバー一同、とりあえず海へ！<br />
ゴーグルまで持参して泳ぐ者、砂浜でひたすら合気道の受け身をとり続ける者、ミシマ社山をつくる者、本を読む者、空手の練習をする者、寝る者、みな思い思いに海を満喫。</p>

<p><img alt="0812-8.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0812-8.jpg" width="600" height="142" /></p>

<p><br></p>

<div class="img_r"><img alt="0812-9.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0812-9.jpg" width="230" height="368" /></div>

<p><br></p>

<p>夕飯は海の幸たっぷり。</p>

<p><br><br />
<br><br />
<br></p>

<p>夕飯後、大越兄さんにギターを教わる<br />
クボタ・林。</p>

<p><br><br />
<br></p>

<div class="img_r"><img alt="0812-10.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0812-10.jpg" width="200" height="267" /></div>

<p>・・・さて、問題はここからです。</p>

<p>当初、８人部屋をふたつに仕切って使う<br />
想定でしたが、実際には部屋の形と狭さから<br />
仕切るのは不可能。<br />
ひとり一畳のスペースに雑魚寝という、<br />
体育会系部活合宿状態に。</p>

<p>就寝前、廊下からクボタの「ヒッ！」というひき笑いが聞こえてきました。<br />
メンバー一同何ごとかとそちらを見ると、ポーカーフェイスの大越さん登場。<br />
間違ってふたつ隣の部屋に侵入してしまったそうで、とっさの一言は「失礼。」<br />
どんなときでもダンディな大越兄さんです。</p>

<p>夜中には、「<strong>Wawawawawawa！！</strong>」という本物の雄たけびのような寝言や、「<strong>ルルルルルルー</strong>」と2小節くらいのメロディーを奏でる寝言、「<strong>あっ、それでね！・・・</strong>」と仕事の指示を出しているかのような寝言、いびき、歯ぎしりが入り混じりカオス状態に。<br />
ほとんど眠れなかったメンバー林は宿を抜け出し、満点の夜空を眺めていて、流れ星を見たそうです。</p>

<h4>◆８月６日（金）第二日目◆</h4>

<div class="img_r"><img alt="0812-11.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0812-11.jpg" width="175" height="274" /></div>

<p>本日の雄たけび：親指を突き出して「<strong>ルー！！</strong>」<br />
（20代チーム発案。大越さんの寝言より。）</p>

<p>朝７時起床。おいしい朝食をたっぷり頂く。<br />
ここで、早起きして海に昇る朝日を見た渡辺が一句。</p>

<p>「<strong>太陽は　どこから見ても　太陽だ</strong>」</p>

<p>朝食後は、三島が合気道で習得した呼吸法を、<br />
海に向かって全員で。<br />
朝の海のきれいな空気を一杯に吸い込むと、<br />
身体全体が浄化されるようでした。</p>

<p><br />
宿に戻り、「ミシマ社寺子屋 in ミシマ社」の続き、今度は営業と仕掛け屋の時間。<br />
ミシマ社の本を読んでくださる読者の皆様への感謝の気持ちと、より多くの方々に、ミシマ社の本を手に取っていただきたいという気持ちを込めて、「<strong><a href="http://blog.mishimasha.com/?day=20100810" target="_blank">プレゼント・キャンペーン</a></strong>」を行うことが決まりました。詳細については、ブログとメルマガにてご案内いたします。</p>

<p><br></p>

<div class="img_r"><img alt="0812-12.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0812-12.jpg" width="160" height="226" /></div>

<p>そしていよいよ、合宿最大のイベント、<br />
ロックフェスへ。<br />
ほとんどのメンバーはロックフェス初体験。</p>

<p>灼熱の太陽と、どこまでも広い空の下、<br />
たくさんの観客が思い思いにライブを楽しむ、<br />
解放的で熱い空気。<br />
メンバーのテンションも俄然高まります。</p>

<p>午後３時前、Coccoさんのライブをできるだけ近くで見ようと前方に陣取り、緊張しながら開始を待ちました。Coccoさんが登場した瞬間、会場の空気が一気に変わり、とにかく圧倒的な時間が過ぎました。うまく言葉にすることはできませんが、メンバー全員が、身体で感じたことがありました。それぞれがそれぞれに、この体験を形に変えて、今後の仕事をしていきたいと思います。</p>

<p>大越兄さんの感想「<strong>生まれたからにはロックミュージシャンになりたかった。</strong>」</p>

<p>夕食を終えて近くの温泉ランドに行くと、ロックフェス関連のお客で超満員。<br />
そして０時を１分でも過ぎると、深夜料金がかかることが判明。<br />
残された時間は約30分。しかも洗い場は長蛇の列。ここで女子メンバーは4人でひとつのシャワーを使うという手段をとります。もはや体育会系部活を超えたギリギリっぷり。髪も濡れたまま出てきて「やればできる」と満足気な女子メンバーに、男子陣からは「戦いを終えた戦士のようだ。」という感想が寄せられました。</p>

<h4>◆８月７日（土）第三日目◆</h4>

<p>本日の雄たけび：前かがみの後、招き猫ポーズで「<strong>バッチコイ！！ニャー。</strong>」<br />
（30代メンバー発案。）</p>

<div class="img_r"><img alt="0812-13.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0812-13.jpg" width="160" height="223" /></div>

<p>海辺での呼吸法の後、<br />
朝食と打ち合わせを終わらせ、<br />
最後のイベントはもちろん、スイカ割り！！</p>

<p><br />
海と空と太陽に、<br />
甘くて冷たいスイカ、<br />
最高でした。</p>

<p><br></p>

<p>帰りもまた、三郷で大渋滞にはまりつつ、<br />
メンバー木村家にて、「今月の一冊」プレゼンを収録し、すべての行程を終えたのでした。</p>

<p><br />
<strong>◆合宿を終えて◆</strong><br />
合宿中、海の近くで、よく食べ、よく動き、よく眠り、よく笑ったおかげで、帰ってきた今でも体調が良好です。それは、よいものを作るため、よい仕事をするために、とても大事なことなのだと思います。<br />
ミシマ社の本を手に取って下さる読者の方や、仕事で関わる方々、合宿で出会った方々、みなさまに感謝をしつつ、ミシマ社一同、パワーアップして出版活動に励みます。<br />
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>第20回 悦びもつかの間</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/therapist/020.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2010://1.1057</id>

    <published>2010-08-11T23:02:41Z</published>
    <updated>2010-08-11T23:02:41Z</updated>

    <summary>　12月の銀座はクリスマスの飾り付けがほどこされ、どの店のショーウィンドウも...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="セラピスト1年生" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<p>　12月の銀座はクリスマスの飾り付けがほどこされ、どの店のショーウィンドウもこの年一番の華やかさを競い合っていた。日頃より混雑した街は、颯爽と仕事先へ急ぐ人も、そぞろ歩きを楽しむ人も、買い物目的の人も、誰もが幸せそうだった。毎日がちょっとした祭りのようなものだ。<br />
　私もこのころは新しいことをスタートできたという高揚感が強く、休憩時間に食事ができる店を探して歩いているだけでも心が浮き立った。怒濤のような１年を振り返りつつ、「来年の半ばには本業と副業の両輪をうまく回していけるかな」などと夢見ていた。</p>

<p>　12月10日の初出勤から最初の１カ月を思い出すと、まずはそんな銀座の光景が一番にフラッシュバックする。<br />
　その次に思い出すのが、「労働」という文字だ。つまり肉体労働。</p>

<p>　一昨年、あるプライベートな事情から軽いうつ症状が出て、思いあまって初めて心療内科にかかり、「うつじゃないですけど、眠れないというのであれば」と医師から軽めの睡眠導入剤を処方してもらったことがある。服用すると30分後には完全にブラックアウトするので、それが逆に怖くて、処方された２週間分が過ぎたのちは一度も行かなかった。<br />
　しかしこうしてマッサージを生業に働いてみれば、肉体労働ほど強力な睡眠導入剤はない。寝つくまでに１、２時間あれこれと思案していたのがウソのように、ベッドに入ると３分で寝られるようになった。</p>

<p>　当然ながら、働いたあとの1杯目のビールの味は、まるで長い原稿を書き上げたあとのそれと同じくらい美味だった。ライター業には１、２週間に１度あるかないかの経験だが、肉体労働には毎日それが訪れる。（もちろん毎日は飲まないけれども。）<br />
　この睡眠と最初の1杯は、ここまでハードな肉体労働を生業にしたことがない自分にとっては本当に衝撃だった。私は体を動かして働くということの、シンプルだけども確実な幸せというのを味わっていた。</p>

<p>　その次は、やはり学びのおもしろさだろう。<br />
　なにしろ１週間前にできなかったことが、今日ふとできたりするのである。「あ、これか？」「わ、できた！」と自ら驚くわけだ。<br />
　友人の子どもを見ていて、数日前にできなかったことができるようになっていたりすると、「子どもってすごいなあ。大人はもうあんなふうな激しい成長はしないものなんだなあ」などと感じていたのだが、いやいや、大人もやればわりあいに成長するものである。</p>

<p>　さて、そうは言いつつも、私には本業のライター兼編集を辞めるつもりはひとつもなかった。マッサージはあくまで副業。銀座の店舗で働く以外の日をそれらの打ち合わせや取材にあて、とりあえず当分は休みなしで働くつもりだった。<br />
　でも、実際に店で働いてみると、さまざまな障害が出てきた。</p>

<p>　まず働く前の私には「月23日、シフト制で働く」ということの意味をよく理解できていなかった。飲食店のアルバイトのように出勤の曜日を指定できるわけではなかったのだ。必然、打ち合わせや取材は偶然あいている休日にしかできない。この日程調整に最初は難航した。<br />
・・・いや、正直を言えば、休日には体力がかけらも残っていなかった。<br />
　勤務日は、通勤、着替え、掃除、休憩、勤務時間合わせて一日11時間を拘束される。いくらお客様の施術時間が一日平均３時間程度としても、それ以外に接客したり、あいている時間にはバックヤードで先輩の体を貸してもらって施術を学んだりするわけで、帰宅すれば風呂に入るのが精一杯だし、休日は睡眠を長めに取り、洗濯掃除をして終わるのが関の山だった。</p>

<p>　新しいことを学べる楽しさ、肉体労働の悦びが徐々に落ち着いてくると、私はこの本業を上手にコントロールできない不安と焦燥に駆られるようになってしまった。だんだんと私の表情はイキイキしたものから、そうでないものへと変わっていった。</p>

<p>　そのころに友人から紹介された美容師さんのところに髪を切りにいった。<br />
　彼は私より４つくらい年下の、話題の豊富な楽しい青年だった。二子玉川の大きな美容室で働いて、日に20人近くカットしていたが、数年前に独立し、いまはひとりで小さなサロンをやっている。<br />
　しかも整体も学び、メニューに加えているという。現在も月に５日しかない休みのうちの１日は、実家のある長野県まで師匠に教わりにいっているそうだ。<br />
　私は彼のこれまでの軌跡や実績を聞き出しながら、気持ちが高ぶってしまい、ついには泣いてしまった。彼は私の涙の理由を、まだマッサージがなかなか自分の思うレベルに達しないことだと思ったのだろう、「教えられたものを、すべて自分で壊さないと、次のレベルには行けないですからね〜」と慰めてくれた。</p>

<p>　つまり、私には「本業と副業の両立」には覚悟がなさすぎた。それで結果的には他人に迷惑をかけることになってしまったのだ。</p>]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>第13回 相模原高校×ミシマ社×啓文堂書店相模原店</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/shikakeya/013.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2010://1.1054</id>

    <published>2010-08-11T07:27:27Z</published>
    <updated>2010-08-11T07:27:27Z</updated>

    <summary>今、啓文堂書店相模原店では「県立相模原高校×ミシマ社　コラボフェア」と称し、...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="仕掛け屋だより" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<p>今、啓文堂書店相模原店では「<a href="http://www.keibundo.co.jp/sagamihara/2010/07/post_9.php" target="_blank">県立相模原高校×ミシマ社　コラボフェア</a>」と称し、8月いっぱいまで、高校生が作ってくれたミシマ社ＰＯＰとともに、ミシマ社本のフェアを開催いただいています。</p>

<p><img alt="0810-1.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0810-1.jpg" width="660" height="323" /></p>

<p><img alt="0810-2.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0810-2.jpg" width="660" height="509" /></p>

<p>ミシマ社がなぜ高校生にＰＯＰを作ってもらい、フェアを行うことになったのか・・・？<br />
今回は、一冊の本がきっかけで生まれたミシマ社と相模原高校の物語をお届けします◎</p>

<h4>始まりは一冊の本だった。</h4>

<p>ある日、ミシマ社に一本の電話がきました。<br />
それは『<a href="http://www.mishimasha.com/books/machiba2.htm" target="_blank">街場の教育論</a>』を読んで、とても感動したという高校の先生からで、そこで知ったミシマ社の「一冊の力を信じて」本を作る姿勢に共感いただき職業体験として高校生を連れて行きたい、というものでした。</p>

<p>「わお、嬉しい・・・けど、たいしたおもてなしもできないのにいいのかな？」<br />
と喜びつつ戸惑っていたのですが、先生の熱意におされ、<br />
「よし、今回特別に来ていただこう！」<br />
となったのでした。<br />
そして2010年1月7日、最初に連絡をくださった嘉登先生と高校生２人がミシマ社にやってきたのです。</p>

<p>フレッシュな女子高生に、ミシマ社メンバーもワクワク！<br />
当日は一緒にお昼ごはんを食べ、三島から出版業界やミシマ社の話をしました。<br />
その話を聞く学生さんの目が、とてもキラキラしていたのが印象的でした。<br />
その後は仕掛け屋・林とともに三島の話を聞いて感じた「ミシマ社」についてのＰＯＰを制作してもらいました。</p>

<p><img alt="0810-3.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0810-3.jpg" width="660" height="234" /></p>

<p>彼らが作ってくれたＰＯＰです。<br />
新鮮な色彩感覚、デザインのセンスにビックリです！　<br />
こちらも大変勉強になりました。<br />
ちなみに嘉登先生も斬新なＰＯＰを作ってくれました。<br />
最後に記念写真をパチリ。すごい刺激を受けた１日でした。</p>

<p><img alt="0810-4.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0810-4.jpg" width="660" height="271" /></p>

<p>* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * </p>

<p>それから約１カ月後。<br />
ミシマ社に嘉登先生からのお礼の手紙と『「する」人に学ぶ』という小冊子が送られてきました。<br />
この小冊子のはじめには、こんな文章があります。</p>

<blockquote>この冊子は現代文（２年）の評論教材「『である』ことと『する』こと」の読解学習を深化・発展させるために、インタビューを中心に校外で行った学習の成果をまとめたものです。インタビューに応じてくださった方々は、いずれも、ある職業・立場「である」ことにとどまらず、自らが考え、自らの思いで何かを「する（している）」方々です。その方々との出会いを皆さんの仲間がさまざまな言葉でつづってくれました。</blockquote>
<br>

<p>さまざまな職業で自ら行動している人のひとりとして、嘉登先生は生徒にミシマ社を立ち上げた三島の話をしてくださったようなのです。<br />
実際にミシマ社に来てくれたふたりからはこんな言葉がありました。</p>

<blockquote>私たちはこれからいろいろな障害にぶつかり、自分の進みたい道に全員が進めるとも限らない。辛いことばかりでくじけそうになる日は、きっと誰しも来ると思う。しかし、そんな時は、ミシマ社の方々のように自分がかつて思い描いていた本当にやりたくて頑張れることを思い出し、その頃の気持ちで踏ん張れるよう、今はそのバネになる部分を作ることが大切なのだと思った。</blockquote>
<br>

<p>また、来てくれた子の文章や嘉登先生のお話から、クラスのみんなに書いてもらった小論文には、こんな文章がありました。</p>

<blockquote>「自分の夢ややりたいことを見つけ、信念や志を貫き、ものごとに打ち込むことができるのが、人生ストーリーにおける真の成功なのではないだろうか」
「人にはいつも果たすべき仕事があると考えるならば、いつでも原石はその人の近くにあるはずである。（中略）見つけたら努力し、自らの力で輝かすものである」
「今の世の中を乗り切っていくためには、やりたいことではなくても、とりあえず安定した職に就くことの方がより大切なのではないだろうか」</blockquote>
<br>

<p>三島の話を受けた高校生の言葉は、年齢職業問わず、人の心に呼びかけるものがありました。<br />
いつまでも忘れてはいけない、大切なことを逆に教えてもらった文でした。</p>

<p>* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * </p>

<p>それからまたしばらくして、相模原高校の嘉登先生から連絡がありました。それは、ミシマ社で定期的に行っている<a href="http://www.mishimaga.com/mishi-online/001.html" target="_blank">寺子屋ミシマ社</a>を、高校生向けにやってくれないか、というものでした。</p>

<p>もちろんミシマ社はウェルカム！<br />
そして6月19日、三島と営業・窪田、仕掛け屋・林の３人で相模原高校に参上したのです！</p>

<table width="660" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="0810-6.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0810-6.jpg" width="640" height="210" />
<p>（左）緑がいっぱいの、歴史ある校舎　（右）開放感のある中庭</p>
</td>
</tr>
</table>

<table width="660" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="0810-7.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0810-7.jpg" width="640" height="217" />
<p>（左）昔ながらの、木製の靴箱！！　（右）大学のような部活棟</p>
</td>
</tr>
</table>

<table width="660" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="0810-12.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0810-12.jpg" width="640" height="301" />
<p>（左）恋の予感がする教室　（右）ほっとするお弁当価格表</p>
</td>
</tr>
</table>

<p>長年の青春が詰まったような、どこを切り取っても絵になる趣ある校内に、一同感動！<br />
素敵！　素敵！　と、わたくし林も写真を撮りまくってしまいました。<br />
そしていよいよ、２階の図書室で10人ほどの女子高校生に向けて寺子屋ミシマ社が行われました。</p>

<p><img alt="0810-9.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0810-9.jpg" width="660" height="231" /></p>

<p>どんな本を出したいか、企画段階になったときの高校生のアイデアの豊かさにはミシマ社だけでなく、相模原高校の先生方もみんなで驚きました。<br />
好きな作家や映画、マンガの話をするときの学生たちは、とっても楽しそうで<br />
一緒に参加したわたくし、仕掛け屋・林も「ええっ！ ＡＫＢ48のあっちゃん知らないの？！」<br />
など、いろいろなことを教わりました。</p>

<div class="img_l"><img alt="0810-13.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0810-13.jpg" width="200" height="435" /></div>

<p><br />
ＰＯＰを作る時間では、さらに若い創造力が発揮され、<br />
中にはこんな似顔絵入りのＰＯＰを作ってくれた子も！！</p>

<p><br><br />
<br></p>

<p></p>

<p><br />
最後には、なぜか色紙に３人それぞれ名前を書き、<br />
ちょっとした有名人になった気分になりました。</p>

<p><br />
<br><br />
<br><br />
<br></p>

<p>キラキラの彼らに触れて、ミシマ社メンバーはたくさんのパワーをもらいました。<br />
ワークショップのあとの先生方たちとのお話で、生徒一人ひとりに対する一生懸命な思いを知り一同、胸を熱くしました。</p>

<p>そして、せっかく作ってもらったので、作ってもらったＰＯＰを実際に店頭で展開したミシマ社フェアを啓文堂書店相模原店で行うことになったのです！<br />
店頭では、相模原高校でワークショップをした経緯とその授業風景、実際に高校生に作ってもらったＰＯＰをパネルに貼ったフェア。<br />
８月いっぱいまで開催予定です！</p>

<p>　啓文堂書店相模原店<br />
　神奈川県相模原市中央区相模原１－１－１９　(JR相模原　It's４Ｆ)<br />
　営業時間 １０：００～２１：００</p>

<p>一冊の本がつないだ今回のコラボフェア。<br />
たくさんの人を巻き込んだことで楽しさが倍になり、<br />
「働く」ことの意味を考えるきっかけを高校生のみんなに気づかせてもらえた集大成です。<br />
お近くに住まいの方、相模原高校の学生さんのキラキラを感じたい方、<br />
ぜひぜひ、お店までいらしてくださいませ。</p>

<p><br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>第13回 インタビュー</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/bunyanikki/013.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2010://1.1051</id>

    <published>2010-08-09T10:43:33Z</published>
    <updated>2010-08-09T10:43:33Z</updated>

    <summary>平凡なシティホテルの一室から、林葉直子は遠くを見ていた。窓辺のソファにもたれ...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="実録！　ブンヤ日誌" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<p>平凡なシティホテルの一室から、林葉直子は遠くを見ていた。窓辺のソファにもたれ、煙草をくゆらせる。ある時、震えた指先から灰がカーペットに落ちた。「あ～」。やせ細った彼女は苦い顔をして笑い声を上げた。今の自分への嘲りの声に聞こえた。僕は尋ねる。</p>

<p>「昔のこと、後悔してますか？」</p>

<p>食道炎、胃炎、痔でボロボロの体になった元女流棋士、そして元ワイドショーの寵児は即答する。</p>

<p>「はい、そりゃあもちろん。だって私、不倫とかしてなければ今でも普通に将棋指ししてると思うから。幸せだったんだろうな～とかね。だからね、不倫はするもんじゃないですよ。特に同業者とは。キャハハッ」</p>

<p>１５年ぶりのプロ棋戦は翌日、１８時間後に迫っていた。 <br />
 <br />
記者になって８年。ざっと調べて３００回ほどのインタビューをしてきた。プロ野球選手、五輪選手、かつての名選手、政治家、作家、漫画家、冒険家、女優、アイドル、ＡＶ女優、業界人・・・。スポーツ新聞に登場しそうな職業人には、たいてい会ってきたのかもしれない。</p>

<p>もちろん相手にもよるが、インタビューをする度に新しい緊張がある。「会うのが楽しみ」なんて余裕はない。開始時間が午後の場合は、まず昼食を食べる気にはなれない。徹底的に資料を読み漁って質問を練る。相手が話しやすい流れを生み出すために、どんなタイミングで何を話すべきかを考える。なぜだか先輩が方法論を教えてくれることはない。常に１人で模索してきた。</p>

<p>２００５年、インタビューの名手と言われたライターの永沢光雄さん（翌年他界）に極意を聞いたことがある。咽頭ガンで声を失っていた彼は、ノートに「相手に、こいつは何もできないなあ、と思わせて、男であろうが女であろうが、相手の母性本能をくすぐってしゃべらせちゃうこと」と筆談してくれた。なるほど、と思いながら「これは名人にしかできない」とも思った。少なくとも僕にはできない。失敗した時のリスクが高すぎるからだ。僕は人と会うと決まったら、来歴やデータ、書いたもの、映像、新聞、雑誌の資料などを総動員して調べまくる。そして実際会った時は「そんなことまで知ってるのか。じゃあ喋ってみようか」と思ってくれるように仕掛けることが多い。正攻法だけに、突拍子もない会話には発展しにくい。だから、いかにしてベーシックでありながら少しアヴァンギャルドな方向にも向かってくれるように工夫する。 </p>

<p>取材することを生業にする人間にとってインタビュー以上の真剣勝負はない。リングであり打席でありＰＫ合戦でもある現場だ。ビートたけしに「日本お笑い史」という壮大なテーマについて２５分で聞かなければならない状況に立たされた時は、しょうがないから一生のうちで最も集中した。「聞けるか聞けないか」は「殺るか殺られるか」と同意。時の人を狙うことも多いから、他社とタイミングがカブることも多い。冒頭の林葉も、１時間前に日刊スポーツの記者と会っていることを僕は知っていた。翌日紙面は並べられ、勝敗は明白に出る。絶対に負けられない戦いが、そこにはあったのだ。 </p>

<p>エラソーな言葉を並べたが、８年もやっていてなかなか上達しないのがインタビューの難しさでもある。「よおっしゃ！　完璧だったぜ！」なんて思えたことは皆無だ。ベストでも８５点ぐらいで赤点は数え切れない。でも、反省の連続だからこそ面白い。日常から真剣勝負が消えてしまったサラリーマンにとっては、ヒリつくような時間には何より代え難い魅力がある。また、会いたい人に会って、誰にも話したことのないストーリーを引き出してやろうと思っている。 <br />
 <br />
翌朝の林葉直子は、トロピカルなレインボーカラーのワンピース姿で対局場にやってきた。体調はすこぶる悪そうで、足取りはフラフラ。対局どころか倒れるんじゃないかとさえ思った。巨大なシャネルマーク入りの薄汚れたハンドバッグが、なぜか妙に心に残った。</p>

<p>１５年ぶりの対局は、序盤こそ往年の攻撃センスを見せて優位に進めたが、中盤に初歩的なミスがあり、最後は一方的に敗れた。</p>

<p>その後の会見。林葉は再び笑って言った。</p>

<p>「不倫はしちゃいけない。特に同業者とはね」</p>

<p>今後は将棋界への本格復帰を目指すらしい。また話を聞く機会もあるだろう。僕の勝負も続くのだ。</p>

<p><img alt="0809.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0809.jpg" width="700" height="583" /></p>]]>
        
    </content>
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    <title>第3回 沈黙の語るもの（前半）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/tonari-bousan/003.html" />
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    <published>2010-08-06T10:19:33Z</published>
    <updated>2010-08-06T10:19:33Z</updated>

    <summary>　前回の「仏教ワークショップのような試み」は、いかがだったでしょうか？　口に...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="となりの坊さん。" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<p>　前回の「仏教ワークショップのような試み」は、いかがだったでしょうか？　口に出すのは簡単でも、意外と"地道に毎日"というのは本当に難しいものですね。しかし、栄福寺のウェブサイトにこんなメールが届きました。３４歳、ＯＬの「婚活まんじゅう」さんからのお便りです。</p>

<div style="text-align: center;">＊＊＊</div>
<br>

<p><strong>　ミッセイさん、こんにちわ。四国も暑いでしょうか？<br />
　さて、ミッセイさんがよくお話しになっている、「灌頂施」のことで、最近、実体験がありましたので、メールをさせていただきました。  <br />
　仕事仲間の女性が、退職することになりました。<br />
　とてもステキな方で、信頼して一緒に力を合わせていろんなことを作り上げてきた仲間だったので、退職の知らせを聞いたとき、とても悲しく思いました。彼女なりに考えた末の決断だったはずですし、そうと決めたなら、これからの「新しい道」を応援しなければと思い、メールを送りました。<br />
「まわりの人に、とっても気遣いのできる人柄が、ステキでした。これからも変わらずにいてね」と。<br />
　あらゆる場面で、細やかに気を配る彼女の姿勢が、いつもいつも印象的だったので、そのことをあらためて伝えました。意外なことに、彼女からの返信は、</p>

<p>「"いいところ"を挙げてもらえて、自分にそういうところがあるのかと、ちょっと嬉しくなった」</p>

<p>　彼女にとっては無意識な行動なのでしょうが、周りにいる私たちは、あたたかな心配りにふれて、いつもうれしい気持ちにさせていただいていたのです。そのことを感謝するつもりで伝えた言葉が、彼女にも喜んでもらえる結果となり、なんともあたたかな気持ちになりました。 <br />
　仲間との別れという、さみしい場面ではありますが、偶然にも、"いいところ"を伝えることの大切さを実感しました。彼女には、"いいところ"を大切に持って、そして自信をもってこれからの新しい人生を歩んで行ってほしいと願っています。<br />
　そして私も、彼女から学ばせていただいた「あたたかな気遣い」を忘れずに、前を向いて行きたいなと思っています。</strong></p>

<p>　お便りをどうもありがとうございました。たしかに、自分のいいところをふと人から言ってもらった時に、「えっ、そこ？」と戸惑いながらも、顔がにやけていたことは僕も何度かあるように思います。<br />
　今後もおりに触れて生活の中での「仏教ワークショップ」の取り組みは考え続けようと思います。</p>

<div style="text-align: center;">＊＊＊</div>
<br>

<p>　先日、僕は瀬戸内海の離島で行われた近所の若いお坊さんたちによる、子どもの「お泊まり合宿」に行ってきました。瀬戸内海の離島の多くには、「島四国」遍路が存在します。これは、四国八十八カ所をモデルにして、島のお寺や祠（ほこら）、お地蔵さんを八十八の札所にし、ミニ遍路を島の中につくっているものです（島だけでなく、全国各地にもこのような存在があります）。この島の島四国は江戸時代（１８０７年）に創建されたもので、お坊さんをやめて還俗したお医者さん、修験者、庄屋さんが創建しました。</p>

<p>　僕たちも小学生の子どもたちと一緒に、この島四国を五箇所ほどお参りしたのですが、子どもたちの多くが事前に配った簡単なお経の本を欲しがったのが意外でした。<br />
「これ、くれるん？（くれるの？）」<br />
「おわったら、あげるよ。ほしぃん？（欲しいの？）」「うん」「なんで？」<br />
「法事の時に憶えとったら、かっこええやん。だから、欲しい」<br />
　ということでした。意外とこんなことの連続で、「仏さんを大事にする四国のおばあさん」のような人たちは、どんどん誕生していくのかもなぁ、と思ったりしました。</p>

<p>　バスに乗って、海が綺麗に見える山の展望公園まで登っていると、目の覚めるような大海原の風景が開けてきました。「うぉー、きれいだなぁー」僕は思わず子どもより早く歓声をあげます。すると島に住む子どもが、「えー、そんなに綺麗？」と声をかけてきました。「うん。すごく綺麗！」<br />
「まぁ、たしかに綺麗やとは思うけれど、そこまでは・・・。毎日、みとるしなぁ。オレら」<br />
　まんざらでもなさそうだけど、あきれたような表情、そして素直な言葉にただ笑ってしまいました。</p>

<p>　仏教のことを考えていたり、また普段の生活の中で"沈黙"ということを、今までに何度か漠然と考えてきたように思います。<br />
　お寺にいつか「詩碑」を建立したいという想いがあるのですが、それは河合隼雄さんの最後の著作『<a href="http://www.shinchosha.co.jp/book/125229/" target="_blank">泣き虫ハァちゃん</a>』（新潮社）に寄せられた谷川俊太郎さんの「来てくれるー河合隼雄さんにー」という詩です。この詩を本屋で読んだ時は、「人が人に想いを寄せる」そのひやりとするほどのあたたかな温度に、その場所からしばらく足を進めることができませんでした。その中にも「沈黙」についてとても印象的な言葉があります。</p>

<p>「私がもう言葉を使い果たしたとき<br />
　人間の饒舌と宇宙の沈黙のはざまで<br />
　ひとり途方に暮れるとき<br />
　あなたが来てくれる」（部分抜粋）</p>

<p>　「人間の饒舌と宇宙の沈黙」<br />
　なんという胸を突くフレーズでしょうか。そして僕たちにとっての「沈黙」の意味の大きさを想像しながらも、それをうまく説明できない自分がいます。そういえば、お寺でなにかイベントをするならどのようなものだろう？　と考えていた時に「沈黙会」という集いはどうかと思いついたことがあります。沈黙の少ないこの世界に、沈黙を持ち合って、人が集まる。そのことはなにか、とても「お寺らしい」「仏教らしい」と感じたのでした。そのわりには、おしゃべりな自分を自省して、ぷっとひとり噴き出し、そのままになってしまいました。</p>

<p><br />
＊「沈黙の語るもの（後半）」は次週金曜日の更新です！　どうぞお楽しみに～。<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>第28回 トウモロコシとトマトの夏ドリアガーリックライスゴーヤと人参シリシリのかき揚げカレー塩添え　カレー風味のちくわとアボガドのサラダ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/yasashigohan/028.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2010://1.1045</id>

    <published>2010-08-05T10:25:41Z</published>
    <updated>2010-08-05T10:25:41Z</updated>

    <summary> みなさんこんにちは。私、22年間生きてきて初めて夏風邪をひき咳が止まりませ...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="白山米店のやさしいご飯" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<div class="img_l"><img alt="0805-1.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0805-1.jpg" width="75" height="92" /></div>

<p>みなさんこんにちは。私、22年間生きてきて初めて夏風邪をひき咳が止まりません。<br />
クーラーの使いすぎにはご注意を（笑）！ <br />
先日、ママンの友人の啓子さんが先生をしている料理教室に行ってきました。この日は懐石料理でした。贅沢にたくさんの削り節を使いお出汁をとっていました。そのお出汁で茄子などのお野菜を煮るだけで美味しかったです。出汁の偉大さを改めて実感しました。日本人でよかったなーと思える料理教室でした。</p>

<div class="img_r"><img alt="0805-2.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0805-2.jpg" width="150" height="237" /></div>

<p>さて、今回もちょこっとだけ我が家のライフスタイルを紹介します。</p>

<p>これは昔、まだママンと父が仲良かったころに共作したキルトです。<br />
我が家には、こういうキルトのクッションがたくさんありますが、<br />
これが一番の大作です。<br />
今はママンのベッドカバーになっています。<br />
昔、お弁当屋さんを始めようか悩んでいるとき「キルト屋さんをやる」<br />
という案も出たようですが、ますます怪しいお店になってしまうため、やめたとか（笑）。</p>

<div class="img_r"><img alt="0805-3.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0805-3.jpg" width="250" height="171" /></div>

<p>夏野菜って、色がキレイですね。<br />
こちらはママン散歩コースの途中にある畑で買ったそうです。<br />
茄子は素揚げして甘辛味噌つけて食べたら美味でした。<br />
秋にある検定のアートテーマが野菜なので、茄子でも作ろうかな（笑）。</p>

<div class="img_r"><img alt="0805-4.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0805-4.jpg" width="250" height="177" /></div>

<p>この三角巾、ミシマ社の桃子さんが、わたしたち母娘に手作りしてくれました。<br />
グレーがママン、ブルーがわたしです。<br />
３つずつ可愛いレース編みのお花とイニシャルの刺繍。<br />
わたしは裁縫が苦手なので、こういうの作れるの、<br />
スゴイなーと、尊敬してしまいます。</p>

<p><br />
今回のお料理は・・・</p>

<p><strong>１．熱いときに熱いものを・・・トウモロコシとトマトの夏ドリアガーリックライス<br />
２．ゴーヤ好きになる、ゴーヤと人参シリシリ（千切り）のかき揚げカレー塩添え<br />
３．カレー風味のちくわとアボガドのサラダ</strong></p>

<p>です。</p>

<h4>●トウモロコシとトマトの夏ドリアガーリックライス</h4>

<p>＜材料（2人分）＞</p>

<p><img alt="0805-5.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0805-5.jpg" width="660" height="434" /></p>

<p>＜作り方＞</p>

<div class="img_r"><img alt="0805-6.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0805-6.jpg" width="250" height="141" /></div>

<p><strong>【１】</strong>ホワイトソースを作る<br />
１．トウモロコシの粒を包丁で切り落とし、軸に残った粒元もスプーンでこそげ取る。</p>

<p>２．鍋にバター20ｇを入れ中火にかけ、木ベラでコーンをサッと炒め、小麦粉20ｇを入れ炒める。<br />
<strong><small>※粉と牛乳を入れるときは、火から外して入れるとダマになりにくいです。</small></strong></p>

<p>３．塩、ナツメグ、牛乳を少しずつ入れ、粉を溶かし、絶えずかき混ぜながらとろみをつけていく。<br />
（10分くらいかかるかも・・・。粉がダマになりそうなら泡立て器を使ってね）</p>

<p>４．沸騰してからさらに2分くらい粉っぽさが消えるように中火で混ぜてできあがり。<br />
（焦げやヤケドに注意）</p>

<div class="img_r"><img alt="0805-7.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0805-7.jpg" width="250" height="160" /></div>

<p><strong>【２】</strong>ガーリックライスを作る<br />
１．フライパンにオリーブオイルをひき、切ったソーセージとニンニクを中火でこんがりと焼く。</p>

<p>２．温かいごはんを入れ炒め、塩・醤油・コショウで調味してできあがり。</p>

<p><strong>【３】</strong>グラタン皿にガーリックライスを均一に敷き、【１】のコーンホワイトソースをかけ、チーズ、トマトをのせ、オーブンで焼き色をこんがりつけてできあがり。</p>

<p><br />
<em>白山家お母さんより</em></p>

<div class="img_l"><img alt="0805-8.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0805-8.jpg" width="75" height="103" /></div>

<p>連日の猛暑でバテまして、エアコンを入れてドリアを作りました。ひと手間をかけて、熱いものを暑いときにいただくのもいいですね。カレーの残りごはんの上にコーンホワイトソースでも激ウマです。焼いたトマトが好きで、グラタンの上にものせたらグ～！ でした。</p>

<p><em>白山家娘さんより</em></p>

<div class="img_l"><img alt="0805-1.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0805-1.jpg" width="75" height="92" /></div>

<p>コーンの甘さとトマトの酸味がGoodで美味しいです。我が家はクーラーをつけない激暑の中で、汗をかきながら食べますが、みなさんは涼し～い部屋で食べてくださいね(笑)！</p>

<p><br/></p>

<h4>●ゴーヤと人参シリシリ（千切り）のかき揚げ カレー塩添え</h4>

<p>＜材料（6～8人分）＞</p>

<p><img alt="0805-9.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0805-9.jpg" width="660" height="247" /></p>

<p>＜作り方＞<br />
１． ゴーヤは、たて半分に切る。種のみ取り、ワタは残して5mm幅に切る。</p>

<p>２．人参は千切り。</p>

<p>３．ボールに１，２と桜エビを混ぜ合わせ、小麦粉も全体にまぶして混ぜ合わせる。</p>

<p>４．水を入れながら、手で混ぜ合わせて粉と野菜がつなぎあう水加減にする。</p>

<p>５．170～180℃くらいの油でカラッと揚げる。かき揚げのまわりの油のあわが小さくなるまで、じっくり揚げて、塩やカレー塩でいただく。</p>

<p><em>白山家娘さんより</em></p>

<div class="img_l"><img alt="0805-1.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0805-1.jpg" width="75" height="92" /></div>

<p>ゴーヤの天ぷらは、田舎のおばあちゃんがよく作ってくれて美味しくてママンが真似するようになりました。夏になるとなぜか食べたくなる味です。</p>

<p><br/><br />
<em>白山家お母さんより</em></p>

<div class="img_l"><img alt="0805-8.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0805-8.jpg" width="75" height="103" /></div>

<p>最近ゴーヤは、学校のグリーンカーテンにするほど知られていますが、食べるのは苦手な方も多いかなと思っています。そんな方に、このかき揚げ。どうぞ、お試しください。揚げてやわらいだ苦味に、夏バテの体が"これね！"って喜んでいるようです。<br />
自由が丘の沖縄料理「<a href="http://www.unibirth.org/nantahama/" target="_blank">なんた浜</a>」で知った、シリシリ（沖縄の言葉で「千切り」）という表現が可愛くて、使っちゃいました。沖縄にはシリシリ器という料理道具があるそう。初めての「海ぶどう」は、宝石のように輝いていました。若いときに行っていた西表島が懐かしくなりました。</p>

<h4>●ゴーヤと人参シリシリ（千切り）のかき揚げ カレー塩添え</h4>

<p>＜材料（6～8人分）＞</p>

<p><img alt="0805-10.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0805-10.jpg" width="660" height="247" /></p>

<p>＜作り方＞<br />
１．切ったアボカドにレモン汁をたっぷりかけて、和えておく。</p>

<p>２．アボカドに＜材料＞のＡを混ぜ合わせ、味見する。<br />
　　器に盛り、砕いたアーモンドを散らす。クラッカーやフランスパンの上にのせていただく。</p>

<p><em>白山家お母さんより</em></p>

<div class="img_l"><img alt="0805-8.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0805-8.jpg" width="75" height="103" /></div>

<p>カレー風味のアボカドは、尾山台の「食・彩・酒　となり」というお店でいただきました。具は入っていなかったのでアレンジしてみました。竹輪の代わりにゆで蛸やエビなら、おもてなしになりますね。竹輪は歯ざわりのいい、ちょっとプリプリしたのが美味しいですよ。酢めしの上にのせて、海苔、お醤油をかければ簡単丼ぶりですね。</p>

<p><em>白山家娘さんより</em></p>

<div class="img_l"><img alt="0805-1.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0805-1.jpg" width="75" height="92" /></div>

<p>女性はアボカドがないと生きていけないくらい好き☆って人が多いとＴＶで誰かが言っていました。確かに男性で好きって人、見かけないな～。</p>

<p><br/><br />
<strong>＊＊白山家お母さん便り＊＊</strong></p>

<p>こんにちは。<br />
うだるような暑さで、火を使うお料理はしんどいですね。<br />
先日友人のやっこちゃんから、松戸で農家をされているお兄様が作った青々としたネギをいただきました。<br />
灼熱の中の農作業のご苦労を思えば、台所の暑さなどたいしたことないですね。<br />
太陽をいっぱい浴びた野菜を使える喜びに感謝して、今日もいただきます。</p>

<div class="img_r"><img alt="0805-11.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0805-11.jpg" width="250" height="212" /></div>

<p>８月が近づくと、新聞やＴＶで戦争の記事を目にします。<br />
わたしの部屋には、父が戦争へ出征したときの写真があります。<br />
直立不動、まっすぐな眼差しの青年の姿。<br />
どんな心境だったかを想うと、心が痛みます。<br />
今、ふつうに日常をおくれるのも、先人の方々のご苦労のお蔭です。<br />
何気なく暮らしているけど、戦争体験した庶民、父母の世代への尊敬は、<br />
忘れてはいけません。</p>

<div class="img_r"><img alt="0805-12.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0805-12.jpg" width="200" height="278" /></div>

<p>先日観劇したセレソン・デラックス「<a href="http://www.ts-dx.com/" target="_blank">くちづけ</a>」は、<br />
やさしく心に響く、後からジワジワと考えさせられる内容でした。<br />
超々満員！　政治家も、内輪もめばかりしないで見たらいいのにね。</p>

<p>帰りに新宿御苑で、セレソン初観劇記念樹に<br />
涼しげな葉の「ジャカランダ」を買って帰りました。<br />
御苑は木が大～きくて、フサフサの芝生！<br />
樹齢100年のユリの木陰でお昼寝したら気持ちいいね◎<br />
御苑沿いのおしゃれなレストランでランチして、<br />
木陰で閉門（17:30）までゴロゴロしてるのいいなぁ。</p>

<div class="img_l"><table width="220" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="0805-13.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0805-13.jpg" width="200" height="356" />
<p>根付き「ねこじゃらし」　家のコンクリートのすき間から出ていたの。存在感があって、ステキになりました。たかが草、されど草ね☆</p>
</td>
</tr>
</table></div>

<table width="320" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="0805-14.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0805-14.jpg" width="300" height="169" />
<p>スピード料理の豚キムチ　バラ肉にニンニク、豆板醤、味噌少々、さとう多めで炒めます。</p>
</td>
</tr>
</table>
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>第37回 チェンマイで瞑想する</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/yubokuhu/037.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2010://1.1041</id>

    <published>2010-08-04T19:33:54Z</published>
    <updated>2010-08-04T19:33:54Z</updated>

    <summary>2004年8月23日、ぼくらはマレーシアをあとにした。 国境の手前でバスを降...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="遊牧夫婦" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<p>2004年8月23日、ぼくらはマレーシアをあとにした。<br />
国境の手前でバスを降りて、歩いて出国審査場へ入る。そして出国審査を終えると、国境をなす川に架かる橋を渡る。いよいよタイだ。<br />
橋には車がびっしりと渋滞し、ぼくらは横の歩道を、バックパックを背負って歩いて渡った。橋の上から川を眺めると、チョコレート色に濁ったその川は、子どもでも泳いで渡れそうなほど細く、両側にある家々も、ともにトタン屋根の似たようなつくりで、対岸が互いに別の国という感じは全くしない。</p>

<table width="660" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="0804-1.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0804-1.jpg" width="640" height="427" />
<p>マレーシア・タイの国境。右岸がタイ、左岸がマレーシア</p>
</td>
</tr>
</table>

<p>しかし、前に迫ってくるタイ側の看板には、全く読めないタイ語が書かれ、後ろに遠ざかるマレーシア側の看板には、見慣れたアルファベットのマレー語。明らかにここには大きな断絶がある。それが国境なんだと、改めて思う。<br />
タイはきっとマレーシアよりエキサイティングに違いないと想像しながら橋の上で写真を撮っていると、前方には、大きなバックパックに身体が隠れたモトコが、真っ黒に焼けた肌を輝かせながらふらふらと歩いている。ぼくは写真を撮り終えると、いつもながら彼女のあとを小走りに走って追いかけて、タイへと入っていった。</p>

<table width="320" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="0804-4.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0804-4.jpg" width="300" height="438" />
<p>マレーシアとの国境（border）からタイへ。ハジャイ（Hat Yai）、バンコク（Bangkok）を経て、一気にチェンマイ（Chiang Mai）まで北上した。
</p>
</td>
</tr>
</table>

<p>そのころ、この国境付近ではイスラムの過激派によるテロが相次ぎ、緊張が高まっていた。ぼくもモトコもビビり気味で、この一帯からずらかるように国境からすぐに電車に乗って少し北のハジャイという町まで移動した。ハジャイに着く直前まで、途中駅には大きな銃を持った警官の姿が多数あったが、ハジャイまで来るとその物々しさも影を潜める。そして比較的きれいな宿に無駄に3泊したあと、一気に首都バンコクまで北上し、さらにその10日ほどのち、タイ北部の中心都市チェンマイまで行ってしまうことに決めたのだった。</p>

<p>チェンマイまでは恐ろしく安いバスが見つかった。広く快適な夜行バスなのに、60B（バーツ）、すなわち150円程度。しかもなぜかチェンマイでのホテル一泊付きというのだ。まさかと思っていたのだが、早朝チェンマイに着くと、「ここに無料で一泊できるよ」と運転手。案内されたホテルは、安宿にしては大きく、中には薄暗いけどプールもあるようなところだった。</p>

<p>でもさすがにこの値段だ、部屋はひどいに違いないと想像していると、それが案外そうでもなかった。「パラダイスホテル」という名前ほどの浮かれっぷりはないものの、熱いシャワーも出てなかなか快適。まったくこの安さはいったいどういうことなのだろうと、わけがわからなくなりながら、夜行バスの疲れで意識が朦朧として、ベッドにもぐりこんだのであった。</p>

<p>そんな不思議なスタートを迎えたチェンマイは、ぼくらにとってこれまでになく長逗留する街となった。<br />
チェンマイは、タイ北部の中心都市とはいえ、バンコクに比べるとずっと小さい。昔の王朝が残した赤レンガの城壁に囲まれた部分は端から端まで歩ける程度の距離しかないし、その外側に広がる領域も決して広くはない。<br />
しかし街なかはどこも旅行者でいっぱいで、タイ人も外国人も大いに賑やかに盛り上がっている。<br />
狭い通りには物売りが歩き、バイクがぶるぶると音を立てて走り抜ける。アジアらしい雑然とした熱気に満ち、しかし人々の表情にはどこか力の抜けた穏やかさがある。<br />
そしてそのように賑わう通りには、旅行者用にいくつものカフェや食堂、そして安宿が点在し、旅行者相手の客引きが次々に声をかけてくるのだ。</p>

<p>パラダイスホテルでの無料一泊のあとは、他の安宿に移ることにしたのだが、その安宿の多さにぼくは閉口した。というのもモトコが、通りがかる宿のほとんどすべてを中まで見て、宿泊地の最適化を図ろうとするからであった。<br />
ぼくは基本的に、宿はどこでもよかったし、そこそこいいところがあれば「おお、ここいいね」と気に入ってしまうが、モトコは常によりよいところを探したがる。まだここよりいいところがあるかもしれへん、と。</p>

<p>もちろん、同じ値段ならできる限りきれいな方がいいというのは確かなのだが、彼女は納得できる宿を見つけても、無数にある宿の部屋をできる限りチェックして、さらに上を目指すのである。不動産屋ばりのモトコのその執念は、チェンマイの滞在が長くなりそうだったからなのでもあるが、しかし、暑い中での宿探しは、ぼくにとっては実に面倒くさかった。<br />
歩いていて宿が見えると、ぼくは「やばい・・・」と思い、モトコが思考を巡らす前に通過することを目指すが、彼女が気付かぬはずがない。</p>

<p>「あ、ここにも宿あるでー。ちょっと見てみようさ」とこっちを向く。気付かれたことに落胆しながら、ぼくが「えー、もういいよ」と返すと、モトコはさらに<br />
「ここ、すごくいいかもしれへんやんか」<br />
と畳み掛ける。そしてぼくは仕方なく、モトコともに中を見に行く。<br />
しかし見に入るのはどこも一泊数百円の安宿だ、「すごくいい」ということはなかなかない。最終的に落ち着いた「モトコ的最適宿」も、彼女は「トイレが臭い」と言って、それほど満足していたわけではないのであった。</p>

<p>結局、数日のうちにめぼしい宿はほとんどチェックしてしまったが、そうして歩き回っているうちに自然とチェンマイの街の構造もわかってきた。おいしくて安い焼き飯はここ、居心地のよいカフェはあそこ、ＮＨＫの見られる食堂はあの通りにあるぞ、といった具合に。</p>

<p>さて、宿の品定めに余念がないモトコを横目に、ぼくはチェンマイでどうしても連載の次のネタを探す必要があった。隔月の、しかも１ページだけの短い人物記事なのであるが、慣れない自分はいつも、次の対象はどうしようか、いい人が見つかるかな、大丈夫かな・・・、とおろおろしていた。このころには連載も6回を終え、少しはリズムもできつつあったが、締め切りの１カ月ぐらい前からいつもそわそわしてしまうのだ。</p>

<p>そして、ネタ探しも兼ねてバイクを借りて二人乗りで市内をうろちょろしていると、おお、これだ、という話題が見つかった。<br />
町の少し外側の山中にあるワット・プラタート・ドイ・ステープという寺に行ってみると、そこに一人の若いカナダ人僧侶がいたのである。同世代の白人男性が、タイ仏教の僧侶となって山中の寺で静かに修行しながら暮らしているということにぼくは興味をそそられた。よし次は彼のことを書こう、と思った。</p>

<table width="320" class="img_cap">
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<img alt="0804-2.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0804-2.jpg" width="300" height="450" />
<p>チェンマイの僧侶たち</p>
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<p>タイの町では、橙色のローブを着た僧侶の姿がよく目につく。特にチェンマイは、まるで京都のように寺院が数多く点在し、仏教的空気が色濃く漂っていた。ある寺院に入り若いタイ人の僧侶と話をすると、夕食は摂ってはいけないという教えのもとで彼らが生きていることを知り、単純にぼくは驚いた。すでに職業のひとつというイメージのある日本の僧侶に対して、タイでは僧侶であることがよりその人の生き様に強く密着しているように感じられた。</p>

<p>幸いだったのは、カナダ人僧侶がいるドイ・ステープでは、泊り込んでのメディテーション（瞑想）の体験修行ができることだった。ぼくはモトコとともに、それに参加することをすぐに決めた。モトコもまたメディテーション自体に興味をそそられていた。<br />
　<br />
瞑想など全く縁のなかった自分であるが、突然の展開に一度街なかに戻って準備を整えた。着用が求められる真っ白な服を買いに行き、そして修行前の最後の晩飯には日本食を食べに行った。<br />
そうして心の準備も整えながら、ぼくは大学時代のある日の体験を思い出していた。一度鎌倉の円覚寺で一日泊りがけの座禅体験をしたことがあったのだ。翌日から始まるメディテーション修行のことを考えると、円覚寺での出来事がいろいろと頭の中で蘇ってきた。</p>

<p>・・・・・・大学時代、どうして円覚寺で座禅をしようと思ったのか。その理由は覚えていないが、とにかくぼくは、円覚寺で土曜日に座禅ができることを知ると、いきなり赴いた。<br />
目的の建物の前に行くと、入り口で坊さんらしき人がいきなりこんなことを言う。</p>

<p>「ここの座禅は厳しい。こないだ、体験しにきた若者は夜中に逃げ出したよ。そんないい加減な気持ちなら参加は遠慮してほしい」</p>

<p>遊びじゃねーぞ、といった雰囲気に少しビクビクしてしまったが、ここで帰るわけにはいかない。<br />
参加の手続きを済ませると、座禅の方法を軽く教えてもらってから、大きなお堂の中で20人ぐらいに混じって、夕方５時から座り始める。思っていた以上に足の痛みに早くから襲われたが、そのままぶっ続けで９時まで座る。<br />
すると終わりムードになったので、おお、これでやっと晩飯か、リラックス談笑タイムだな、などと想像していると、出てきたのはあられ数枚とお茶のみ。しかも、それを食べるに当たっての作法が座ってるときより厳しくて、そばの人のまねをしながらがんばったものの何度か怒鳴られる始末であった。</p>

<p>「姿勢を正せ！　お茶は一気に飲め！」</p>

<p>お茶はかなり熱いのに。<br />
そしてその後は「夜座」。今度は寺の境内の好きなところで好きなだけ座禅を組むのだ。これは自由参加だから寝たいやつは寝ていい、と一応言われるのだが、もちろんそれは建前で、ここでがっつりくつろいで快眠をむさぼるというわけにはいかない。<br />
ベテランの一人に連れられ、敷地内の一角に座る。星の明かりに照らされ、木々の揺れる音を聞きながら座っていると、いつの間にか２時間が経っていた。そのころにはベテランそうなおじいさんたちもすでに戻っていったので、安心してお堂に戻り、他の修行者と一緒に畳に寝る。幅の広い一枚の重いマットのような布団を半分に折り曲げ、その間にサンドウィッチの具になった感じで、挟まるようにして眠るのだ。</p>

<p>明朝４時、だったと記憶している。目覚めの合図の銅鑼が鳴ると、なぜか「ドーン」と鳴るのと同時に多くの人が身体を持ち上げた。おお、みんなすでに起きてて鳴るのを待っていたに違いない、というタイミングに、あわてて自分も起きだすと、その５分後にはすでにみなで般若心経を読み始めた。それから少しずつ夜が明けていき、虫や風のそよぐ音を聞きながら３時間ほど座り続けた。そのとき初めて、心地よさに心が静まっていくのをぼくは感じた。<br />
が、朝食が、また厳しい。何やら食事前のお経を唱えながら、米と沢庵と梅干といったものだけを淡々と食べる。食べ終わった梅干の種を口から出したら、こう怒鳴られた。</p>

<p>「まだ実が残ってるじゃないか！」</p>

<p>しぶしぶまた口に入れて静かにそれをなめながら周囲を見てみると、みなきちっと姿勢を正し、だまってもぐもぐと梅干の種をこれでもかとなめつくしていた。すでに食べ終わった人の種を見てみると、周囲に産毛のようなわずかな果肉さえなくなっているのには驚いた。梅干の種は、どこまでもツルツルになるのである。</p>

<p>そのあと掃除の時間となり、そして最後にお坊さんの説法となる。そのとき彼はこう言った。<br />
「私はこれまで何十年も座ってきました。いつか足の痛みなども気にならなくなるかと思い続けながら。しかし、今なおやはり足は痛いんです。そしてその痛みを感じながら、自分が生きている、ということを実感するのです」</p>

<p>そんな内容だった。その言葉を聞いて、少し座禅を身近なものに感じながらも、うーーん、何十年やっても変わらないとなると・・・と、複雑な気持ちになったのを覚えている。<br />
しかし、すべてが終わって解散となったとき、昨夜から何度もぼくを怒鳴りつけてきた年配の参加者が、全く別人のように穏やかで丁寧な様子でぼくにこう聞いてきた。<br />
「近藤さん、どうでしたか。気持ちよかったですか」<br />
そのときふっと、座禅という世界の清々しい魅力が体の中を通り抜け、またやってみてもいいかな、と思ったものだった――。</p>

<table width="320" class="img_cap">
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<img alt="0804-3.jpg" src="http://www.mishimaga.com/files/2010/0804-3.jpg" width="300" height="450" />
<p>修行をしたドイ・ステープの中</p>
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</table>

<p>そんな記憶を思い出しながら、２日後、ぼくらは再びドイ・ステープに戻った。無料なのにも関わらず、食事も部屋も与えられた。一人一部屋。ぼくの部屋は、境内の少しはずれの寂しげな場所にあった。<br />
真っ白な修行着の着用、私語は一切禁止、食事は朝と昼だけで午後は何も食べてはいけない、本を読んだりしてもいけない・・・。寺の中での厳しい規則を前に、どうなることやらと思いつつ、カナダ人僧侶の取材を兼ねたメディテーションの日々が始まった。</p>]]>
        
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