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    <title>平日開店ミシマガジン</title>
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    <updated>2012-05-17T10:57:48Z</updated>
    <subtitle>ひと月かけて完成する、ミシマ社のウェブ雑誌「平日開店ミシマガジン（通称ミシマガ）」。多彩な作者による、いろとりどりのコラムが楽しめます。平日は毎日朝10時半に更新。</subtitle>
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    <title>第52回 きゅうりと鶏そぼろのちらし寿司　新生姜とツナ缶の炊き込みごはん　トマトと河内晩柑のサラダ</title>
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    <published>2012-05-17T10:57:48Z</published>
    <updated>2012-05-17T10:57:48Z</updated>

    <summary> みなさんこんにちは お久しぶりです。いかがお過ごしですか？ 最近の気温の変...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="白山米店のやさしいご飯" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<div class="img_r"><img alt="第52回　きゅうりと鶏そぼろのちらし寿司／新生姜とツナ缶の炊き込みごはん／トマトと河内晩柑のサラダ" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0517-2.jpg" width="250" height="463" /></div>

<div class="img_l"><img alt="第52回　きゅうりと鶏そぼろのちらし寿司／新生姜とツナ缶の炊き込みごはん／トマトと河内晩柑のサラダ" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0517-1.jpg" width="75" height="92" /></div>

<p>みなさんこんにちは<br />
お久しぶりです。いかがお過ごしですか？<br />
最近の気温の変化で、風邪を引いてしまいました流行っているみたいなのでお気をつけて！！<br />
先日のGW、群馬の田舎に行ってきました。</p>

<p>3月におばあちゃん（86歳）が出演した、のど自慢NHK群馬テレビ「カラオケチャンネル」のビデオを見ました。<br />
おばあちゃんは「冥土の土産になる」と言っていて（笑）、テンポのある楽しい歌「月がとっても青いから」をうたっていました。</p>

<p>１カ月ちかく前、雑誌「VERY」（今、発売中！）の撮影があり、ちゃっかりわが家の愛猫ハレちゃんも撮っていただいちゃいました。<br />
カメラマンの平澤太郎さん、ありがとうございました。<br />
ハレちゃん、いつ見ても可愛いな～☆☆</p>

<p>写真のなかのハレは、高貴な感じがして、いつものハレとは違う素敵な写真でした。<br />
改めて写真っていいなと思ってしまいました。<br />
父が配達バイクに乗った家族写真も写していただき、白山家の家宝になりました。</p>

<table width="660" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="第52回　きゅうりと鶏そぼろのちらし寿司／新生姜とツナ缶の炊き込みごはん／トマトと河内晩柑のサラダ" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0517-3.jpg" width="640" height="214" />
<p>「VERT」6月号。30代子育てママ向け情報満載のおしゃれな雑誌です。</p>
</td>
</tr>
</table>

<p>＜お知らせ＞<br />
水曜日のお弁当　5月31日、6月6日はお休みさせていただきます。</p>

<p><br />
さて今回のお料理は、手軽に作れる3品です。</p>

<p><strong>１．パリパリきゅうりと鶏そぼろのちらし寿し<br />
２．新生姜とツナ缶の炊き込みご飯<br />
３．トマトと河内晩柑のサラダ</strong></p>

<h4>●パリパリきゅうりと鶏そぼろのちらし寿し</h4>

<p>＜材料（4～6人分）＞</p>

<p><img alt="第52回　きゅうりと鶏そぼろのちらし寿司／新生姜とツナ缶の炊き込みごはん／トマトと河内晩柑のサラダ" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0517-4.jpg" width="660" height="431" /></p>

<p>＜作り方＞</p>

<p>１．米を炊く。</p>

<p>２．鍋にAを全部混ぜ合わせてから中火にかけ、汁気がなくなるまで炒る。</p>

<p>３．きゅうりはうす切りにし、塩小１弱をからめ、10分置く。<br />
水気をキッチンペーパーでよくしぼる。</p>

<p>４．ごはんの蒸らしが終わったら、飯台やボウルに出し、酢を入れ切るように混ぜ合わせる。</p>

<p>５．２のそぼろと甘酢生姜海苔を混ぜ合わせる。</p>

<p>６．水気のよくしぼったきゅうりを飾り、できあがり。</p>

<p><br />
<em>白山家お母さんより</em></p>

<div class="img_l"><img alt="第52回　きゅうりと鶏そぼろのちらし寿司／新生姜とツナ缶の炊き込みごはん／トマトと河内晩柑のサラダ" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0517-5.jpg" width="75" height="99" /></div>

<p>海苔好きなわが家は、いただく時にも海苔をちぎりのせます。<br />
前日にそぼろ作りときゅうりに塩をしておけば、当日はすぐに出来上がります。<br />
新生姜が出回れば、うす切りにして、甘酢に漬けます。</p>

<p><br />
<h4>●炊ける香りが幸せな　新生姜とツナ缶の炊き込みごはん</h4></p>

<p>＜材料（3人分）＞</p>

<p><img alt="第52回　きゅうりと鶏そぼろのちらし寿司／新生姜とツナ缶の炊き込みごはん／トマトと河内晩柑のサラダ" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0517-6.jpg" width="660" height="274" /></p>

<p>＜作り方＞</p>

<div class="img_r"><img alt="第52回　きゅうりと鶏そぼろのちらし寿司／新生姜とツナ缶の炊き込みごはん／トマトと河内晩柑のサラダ" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0517-7.jpg" width="250" height="166" /></div>

<p>１．米は洗って水気をよく切る。<br />
炊飯器に入れ水150ccを加え、30分～1時間吸水させる。</p>

<p>２．新生姜とツナ缶、酒、醤油を加え、さっと混ぜて炊く。</p>

<p>３．蒸らしがすんだら全体を優しく混ぜて、ごはん茶碗によそう。</p>

<p><br />
<em>白山家お母さんより</em></p>

<div class="img_l"><img alt="第52回　きゅうりと鶏そぼろのちらし寿司／新生姜とツナ缶の炊き込みごはん／トマトと河内晩柑のサラダ" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0517-5.jpg" width="75" height="99" /></div>

<p>出来立てのアフアフは新生姜の辛さが際立つから、生姜好きは嬉しくなります。<br />
ごはんの熱さが落ち着けば、生姜の辛さがなじんで、生姜が苦手な娘もおかわりしていました。<br />
スーパーマーケットで3缶まとめ売りのツナ缶は、よーく見たら鮪ではなくて、鰹でした。<br />
ツナ（鮪）缶じゃなくて、ボニート（鰹）缶とは言わないのね。（かわいいのにね）</p>

<p><br />
<h4>●初夏のすがすがしいトマトと河内晩柑のサラダ</h4></p>

<p>＜材料＞（3～4人分）</p>

<p><img alt="第52回　きゅうりと鶏そぼろのちらし寿司／新生姜とツナ缶の炊き込みごはん／トマトと河内晩柑のサラダ" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0517-8.jpg" width="660" height="222" /></p>

<p>＜作り方＞</p>

<table width="270" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="第52回　きゅうりと鶏そぼろのちらし寿司／新生姜とツナ缶の炊き込みごはん／トマトと河内晩柑のサラダ" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0517-9.jpg" width="250" height="387" />
<p>トマト横切りバージョン</p>
</td>
</tr>
</table>

<p>１．トマトは、食べやすい大きさに切る。晩柑は房をとり小さめに分ける。<br />
新玉ネギは、薄切り。</p>

<p>２．ボウルに１をいれ、オリーブ、パセリとオリーブオイルをシャーっとかける。<br />
塩ふたつまみくらいと、こしょう少々を大きめのスプーンでさっと合える。</p>

<p>３．味見して足りなかったら塩やこしょうを入れ、できあがり。</p>

<p><br clear="all" /><br />
<em>白山家お母さんより</em></p>

<div class="img_l"><img alt="第52回　きゅうりと鶏そぼろのちらし寿司／新生姜とツナ缶の炊き込みごはん／トマトと河内晩柑のサラダ" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0517-5.jpg" width="75" height="99" /></div>

<p>フルーツトマトは高値の花だから、<br />
家にあるフルーツとトマトを合わせてサラダにしました。<br />
酸味の少ない清見オレンジを使った時は、お酢を足してください。<br />
小振りの酸味が残る苺もトマトと合いそう。<br />
ちょっとしたおもてなしにも華やいでいいですよ♪</p>

<p><br />
<strong>＊＊白山家お母さん便り＊＊</strong></p>

<p>みなさまお元気ですか？<br />
季節が移り変わるのは早いですね。<br />
風薫る5月、我家は裏のお家に咲いている夏みかんの花の<br />
あま～い香りに満ちていて、深呼吸をよくしています。</p>

<p>店頭の花が、前回のシクラメンから、菜の花と桃、ニラの花、フリージア、クレマチス、<br />
モッコウバラ、シンビジュウムと、今年も季節を確認しています。</p>

<p><img alt="第52回　きゅうりと鶏そぼろのちらし寿司／新生姜とツナ缶の炊き込みごはん／トマトと河内晩柑のサラダ" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0517-10.jpg" width="660" height="215" /></p>

<p>右：菜の花と桃は、裏のお家からいただいたもの。<br />
右中：ニラは鉢で毎年出る球根。<br />
左中：モッコウバラは、家の隅から滝のように咲いた。生命力に圧倒されます。<br />
左：シンビジュウムは、友人から昨年の出版祝にいただき、今年も咲いて幸せでした。</p>

<p>4月に「天然生活」に載せていただいて、遠くからいらしてくださるお客様もいらして<br />
とてもありがたいことです。<br />
ごはん（お米）のおいしさが伝われば、嬉しいです。</p>

<p class="clr_LB">＜いただきものと食卓＞</p>

<p><img alt="第52回　きゅうりと鶏そぼろのちらし寿司／新生姜とツナ缶の炊き込みごはん／トマトと河内晩柑のサラダ" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0517-11.jpg" width="660" height="150" /></p>

<p>左：賀子さんからいただいた、伊豆松崎の川のり。友人のお母様（宮内貞子さん 79歳）が真冬の夜に採りに行かれるそうです。香りと色が最高です。<br />
中：川のり入り手作りの焼きそばパンは、本当においしい。<br />
右：松崎産のまだ小ぶりの貝「しったか」のみそ汁。たくさんの蕗は、お弁当に登場。</p>

<p><img alt="第52回　きゅうりと鶏そぼろのちらし寿司／新生姜とツナ缶の炊き込みごはん／トマトと河内晩柑のサラダ" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0517-12.jpg" width="660" height="139" /></p>

<p>左：裏のお家からのサヤエンドウ。バター炒めにしました。<br />
中：筍を田舎から兄が沢山持って来てくれて、新玉ネギやサヤと炒めたり、生麩と菜の花と煮たり、筍ごはんに。<br />
左：かよさんからいただいた東京湾のやりいかは、パプリカと塩炒め。</p>

<p><img alt="第52回　きゅうりと鶏そぼろのちらし寿司／新生姜とツナ缶の炊き込みごはん／トマトと河内晩柑のサラダ" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0517-13.jpg" width="660" height="145" /></p>

<p>左：やっこちゃんの松戸のお兄様（農家）の立派なネギ。超旨い。田舎のトマトと茄子とチリ風に。<br />
中：春に、豆ごはんは一度は作らなきゃ。<br />
右：麦秋の今に、冬に仕込んだ麦味噌をいただける生活って、本当に豊かです。かよさんからおしえていただいた鹿児島「<a href="http://www.hatsuyukiya.co.jp/" target="_blank">はつゆき屋</a>」のセットで手軽につくれて、とってもおいしい。</p>

<p><img alt="第52回　きゅうりと鶏そぼろのちらし寿司／新生姜とツナ缶の炊き込みごはん／トマトと河内晩柑のサラダ" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0517-14.jpg" width="660" height="149" /></p>

<p>右：水菜とワカメ、油揚げのサラダ。油揚げは短冊に切ってから炒る。正油、ゴマ油、酢少々をかけて、混ぜれば出来上がり。残っていたカニカマいり。<br />
中：葉山でいただいた筍と、三崎、宮田の加藤農園の産直野菜。ピカピカ新鮮。<br />
左：鰯は、塩水につけてから1日冷蔵庫干ししたのをオリーブオイルに漬けて、圧力鍋でオイルサーディンに。</p>

<p class="clr_LB">＜つくったもの＞</p>

<p><img alt="第52回　きゅうりと鶏そぼろのちらし寿司／新生姜とツナ缶の炊き込みごはん／トマトと河内晩柑のサラダ" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0517-15.jpg" width="505" height="162" /></p>

<p>左：そうめんの箱を紙ナプキンでデコパージュしたもの。整理箱にいい。<br />
右：ティッシュケースとクッキー缶も、色づけ、紙ナプキンで、日常使いに。<br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>第20回  『オオカミの護符』　小倉美惠子さん、足立真穂さん――オイヌさまに導かれ</title>
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    <id>tag:www.mishimaga.com,2012://1.2493</id>

    <published>2012-05-16T10:22:13Z</published>
    <updated>2012-05-16T10:22:13Z</updated>

    <summary>オイヌさまが「出せ」と言っていた？ 『オオカミの護符』（小倉美惠子、新潮社）...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="本のこぼれ話" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<h4>オイヌさまが「出せ」と言っていた？</h4>

<table width="220" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="第13回今月の一冊　2012年2月 今年読んだ中のナンバーワン！" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0307-4.jpg" width="200" height="292" />
<p>『オオカミの護符』（小倉美惠子、新潮社）<br>
50世帯の村から7000世帯が住む街へと変貌を遂げた、川崎市宮前区土橋。長年農業を営んできた著者の実家の古い土蔵で、護符がなにやら語りかけてくる。護符への素朴な興味は、謎を解く旅となり、いつしかそれは関東甲信の山々へ――。都会の中に今もひっそりと息づく、山岳信仰の神秘の世界に触れる一冊。</p>
</td>
</tr>
</table>

<p>――　『オオカミの護符』（新潮社）、本当におもしろく読ませていただきました。先に小倉さんご自身が製作された映画（<a href="http://www.sasala-pro.com/CINEMA/ookami/detail.html" target="_blank">『オオカミの護符』制作：ささらプロダクション</a>）がありますが、　小倉さんは映画を撮られているときから本にしたいと思ってらしたんですか。</p>

<p><span class="name">小倉</span>実は本を書くなんて考えたこともなかったのですが、上映会を見た書評家の東えりかさんが「これは本にしたほうがいい」と働きかけてくださったんですね。それでもこちらは「東さんってどんな人なんだろうかねぇ」という感じでいたんですけど、偶然、共通の知り合いがいることがわかって、その人の導きで「じゃぁ、信頼できる人だから」と本格的に書き始めたんです。その後、新潮社の足立さんを紹介してもらうことになり。</p>

<p><span class="name">足立</span>最初はいまとはまったく違うもので、正直、そのときは「本にするのは難しいかな」と思ったんですね。どうしたらよいかわからなくて。素直に小倉さんにもそう話していました。でも、どうも気になって、ときどき思い出していたんですよ。護符のこととか、「その後、どうなったかなぁ･･･」なんて。そこで、3回目くらいに思い出したとき、「これは何か縁があるのかもしれないな」と考えて、そのときにもう一度お会いしたんですよね。</p>

<p><span class="name">小倉</span>最初はほんとに自分ひとりで始めた作業だったんですけど、いろいろつながりここまで広がって。不思議な本ですよね。</p>

<p><span class="name">足立</span>ほんとうに「つないでもらった」という感じですよね。不思議と、困っていると誰かしらがつないでくれるというか。こうやって賞状までいただいて。この本には思いがけないことが起こります。</p>

<p><span class="name">小倉</span>起こりますね、ほんとに。</p>

<h4>「もうひとつの暮らし」の世界を紹介したい</h4>

<p>――　「護符」を追おうと思われたきっかけはなんだったんですか？</p>

<p><span class="name">小倉</span>土橋という土地の農家に生まれたことが大きいです。私は幼少の頃から学校に通うようになるまで、明治生まれのじいさんばあさんたちの人生観、自然観のなかで育ってきたんですね。だけど、学校に行くようになってからは、いわゆる近代化というか、そういうものの軸のなかで動き出さなくてはいけなくなっていったといいますか。そのなかで、じいさんたちの世界とまったく違う軸を持った世界に自分を完全にあわせることができなかったんです。</p>

<p>――　なるほど。</p>

<p><span class="name">小倉</span>社会人になって思考がどんどん会社型というか、「いつまでに何をする、と決めたらひたすらそれをやる」ということを身につけてきたのですが、いっさいそれはやめて、昔の暮らしの軸にはどのような意味があったのか知りたいし、確認したいと思った。「講」<small>（※）</small>だとか、そういったものが持つリズムとか、そちら側の論理、軸に従ったところに立ってみたいと思ったんですね。</p>

<p><small>※編集注：（素朴な信仰を基盤にした）村の人々の集まり。農村で地神を祭る地神講など、さまざまな種類の「講」がある。『オオカミの護符』では、武蔵御嶽神社に村を代表してお参りに行く人を決める「御嶽講」が詳しく取りあげられている。</small></p>

<p>――　なるほど。僕、この本のなかで印象的なのが、</p>

<blockquote>　御岳山に登ると、まさに「武蔵國」が一望できる。改めてこの山上で「首都圏」と「武蔵國」の二つの言葉を発してみた。すると「首都圏」という言葉は明らかに都心に向けて凝縮していくが、「武蔵國」はむしろ山に向かって柔らかに開けていく音がする。戦後、私たちは東京に目を奪われて慌ただしく過ごしてきたが、祖父や祖母、そして武蔵國のお百姓は皆、山に気持ちを向けて生きてきたのだ。</blockquote><br>

<p>という箇所なんですね。この言葉に出会ったとき、ぱっと開けるような感じがしたんです。僕は京都出身なんですが、京都ってビルの合間でもどこかしらに山が見えるんですよ。そういう場所で生まれ育ったので、東京の空間がどこか窮屈だったんですね。でも、いまはビルに隠れているけど実は東京も山に向かって開けていて、山に包まれているんだ、と思えたら「ある意味、京都と同じじゃないか」と見方が変わって。</p>

<p><span class="name">足立</span>ルーツをしっかりつかめると、どこか安心できますよね。</p>

<p>――　本のなかで、子どもの頃、寝る前に布団のなかで祖母が昔話をそらんじてくれた、というくだりがあって、そこもすごくいい話ですね。</p>

<blockquote>　夜、眠りにつく前は祖父と祖母がその身に宿してきた豊かな世界が私たちに受け渡されるエキサイティングな時間だった。･･･年老いた祖母が少ししわがれた声で「そら」で語る話は、身の深いところに到達し、沈澱していった。</blockquote><br>

<p>――　ああいう体験が小倉さんのなかに眠ってらっしゃるんですよね。絵本の読み聞かせとかではなく、地元の話を地元の言葉で聞いている。それは特別ですよね。</p>

<p><span class="name">足立</span>やっぱり違いますよね。</p>

<p><span class="name">小倉</span>だから、子どもには大人が直に感じていることは、とりあえず伝えておくといいですよね。忘れていてもいつの日か芽が出ると思います。</p>

<p>――　「意味ないから」とかそういうことじゃなくて。</p>

<p><span class="name">足立</span>何かが残るんですよね。</p>

<p>――　そうした体験が、会社員として計算して計画的にやっていたなかで、ぽっと蘇ってこられた。</p>

<p><span class="name">小倉</span>不思議と昔から、ものごとを判断するとき「これは違うだろう」と感じてしまう自分の価値判断があって、それはばあさんとかじいさんから受け継いだものだなぁと。「すごくいいように言ってるけど、なんか違うんじゃないか･･･」とか（笑）。</p>

<p>――　その身体知を受け継ぐというのは、もう絶対にお金で買えない財産ですよね。</p>

<p><span class="name">足立</span>お金で買えないものこそ貴重です。</p>

<h4>安心感をなくしたじいさんたち</h4>

<p>――　なるほどなぁ。そこで、そういった土橋のことを撮影していこうと、どこかの段階で思われたということですか？</p>

<div class="img_r"><img alt="第20回 『オオカミの護符』　小倉美惠子さん、足立真穂さん――オイヌさまに導かれ" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0516-7.jpg" width="300" height="200" /></div>

<p><span class="name">小倉</span>理屈はわからないんですけど、どうも年寄りの風貌が変わってきている気がして。昔の人って、見てるだけで、ちょっと幸せなオーラを出しているというか、素朴だけど、しっかりしていて安心感があった。</p>

<p>最初、じいさんたちが醸しだすその安心感は「年寄りの力」だと思っていたんですけど、最近の70代の人たちの顔を見てても安心しないというのは「どうもそれだけでもないな」と。その違いはなんだろうなと。</p>

<p>そうした、言葉では表しきれないものを映像というのは伝えられるんじゃないかと思った。あと、言葉でも、土橋にしかない土橋オンリーで語られている語感とか抑揚とかね。そういうものも記録しておきたいという気持ちで映像に手を出したといいますか。でも、映画そのものよりは、文章ができたことで新たに映画の魅力が逆に伝わるみたいなことになっているのがおもしろいですね。</p>

<p>――　これを読んだら絶対映画も観たくなりますもんね。ここだけでは終われない（笑）。</p>

<p><span class="name">足立</span>そう。どうにかしないと収まらない（笑）。</p>

<p>――　その後、本を出された後は違うかたちで映画を広める動きは特にないんですか？</p>

<p><span class="name">小倉</span>まだおぼろげなのですが･･･。本や映画をきっかけとして、皆さんが心のどこかで感じている「？」を掬いあげるような語らいの場を開きたいと考えています。「昔の年寄りと今の年寄りは何か違う･･･」とか、素朴な疑問から語りや学びを深める場。</p>

<p><span class="name">足立</span>オイヌさまがやってくれるから大丈夫（笑）。</p>

<p>――　なるほど（笑）。都市の論理ではないところで。</p>

<h4>知りたい気持ちが芽生えてる</h4>

<p><span class="name">小倉</span>ただ最近、地元の新住民の人たちの間での上映会が増えています。「自分たちの住んでるところにこんな文化があったのか」ということがまずすごいと。</p>

<p>――　すごくいいですね。まずはやっぱりそこに住んでいる人たちが「そうか」と気づくことが大事ですもんね。</p>

<p><span class="name">小倉</span>そうそう。そこで、いいなと思うのは、いまある伝統行事をただ形式的に受け継ぐだけではなく、昔の「風土（自然）」とか「人のつながり」とか、そうしたものの構造そのものを理解して、そこからいま何が活かせるか考えていこうという動きになっているのがおもしろい。<br />
「昔の社会って閉鎖的だし封建的だし、別になくても困らないんじゃないか」とみんながどこかで思っていたけれど、意外にその後にできた企業社会がそれより優れているとはいま誰も思ってないというか。</p>

<p>――　そうですね。</p>

<p><span class="name">小倉</span>むしろ「あの風土と共に生きていけたシステムが本当はどういうものだったのか」ということを知りたい気持ちが、この映画を見ようとする人たちのなかに芽生えてきているのがすごく嬉しい。</p>

<p>――　さっきおっしゃられたように、老人も「老人の役割」というか、老人になろうとしない老人が都市化とともに多分増えてきている。そうすると「そら」で物語を語ることができなかったりとか、そもそも伝承するものを自分が持ってなかったりとか、そういうことにもなっていて、でも多分その虚無感をどこかで本人も気づいている。</p>

<p><span class="name">小倉</span>新興住宅地の「建売住宅」の問題ってけっこう大きいと思うんです。いま土橋は7000世帯近くが住む街になっているんですが、神社とかお寺の伝統行事は50軒ほどの「旧住民」の人たちによって続けられているんですね。開発後に住み始めた「新住民」の人たちは、自分たちの住む土地の交渉を直接地元の人たちとしないまま住むことができた。その仕組みは、人をたくさん集めて大きな街をつくるには優れたシステムだったけれど、反面、その土地の祭祀や神事と関わりを持てないまま暮らす人をたくさん増やしたんですよね。</p>

<p>――　講とか、いろんなかたちでのつながっていく行為がいま求められているのは、その辺とも関わりがありそうですね。この本は川崎を舞台にされていますけど、それこそ日本全国で、こういう動きがいろいろ起こってくるんじゃないかなと思いました。</p>

<p><span class="name">足立</span>なんでしょうね、足りないと思っている部分が北海道でも一致していたり、大阪の方から反応があったりするんです。自分たちの土地に置き換えてみなさん読んでくださる。</p>

<p><span class="name">小倉</span>逆にいうと、講とか伝統行事というものは、その土地の風土と乖離してないものだからこそ、どんな土地でも同じように考えられる基盤があるのかもしれないですよね。</p>

<h4>オイヌさまのお告げのままに</h4>

<p><span class="name">足立</span>それで「多分、オイヌさまのこの護符の絵がなんとも入りやすいんだろうね」という話を前にしたんですよね。風土と共に生まれてきた土台を持ちつつ、さらにこのオイヌさまには「可愛くて憎めない感じがある」というか。</p>

<p><span class="name">小倉</span>たしかに（笑）。なんか愛嬌があるというか。怖過ぎもせず。</p>

<p>――　懐かしさもある。</p>

<p><span class="name">足立</span>そう。失礼ながら、ちゃっかりいるような感じがしますね（笑）。</p>

<p>――　そういう意味でも昔のものはよくできてますよね。</p>

<p><span class="name">小倉</span>ツイッターとか見てると、表紙に惹かれて買ってしまった人も多いみたいですね。　</p>

<p><span class="name">足立</span>やっぱり、オイヌさまの力ですかね（笑）。</p>

<p>――　小倉さんのこれ以降のご活動はどんな感じなんですか？</p>

<p><span class="name">小倉</span>『オオカミの護符』のあとに、やはり川崎市北部を舞台とした『<a href="http://www.sasala-pro.com/CINEMA/shijima/detail.html" target="_blank">うつし世の静寂に</a>』という映画をつくりました。いまは次の新作に取り掛かっています。ひとつは長野県の諏訪一帯を舞台にしたもの、もうひとつは奈良市の奈良町で。これまでの反省を活かし、ささらプロダクションの「味わい」を大事にした作品づくりに取り組んでいます。</p>

<p>――　楽しみにしてます。</p>

<p><span class="name">小倉</span>ありがとうございます。</p>

<p><span class="name">足立</span>オイヌさまのお告げのままに。</p>

<p><span class="name">小倉</span>お告げのままに。</p>

<p>――　お告げのままに。いいですね。気持ちがゆったりします（笑）。</p>

<p><span class="name">足立</span>「深く考えない」っていうね（笑）。ふふふ。そういう感じで（笑）。</p>

<p>――　今日はすごくたのしかったです。ありがとうございました！<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<div class="img_r"><img alt="第20回 『オオカミの護符』　小倉美惠子さん、足立真穂さん――オイヌさまに導かれ" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0516-3.jpg" width="200" height="271" /></div>

<p>2011年12月の発売以来、いくつもの書評で取り上げられ、2012年5月現在累計部数11,000冊と、日本全国に静かに広がり続けている、小倉美惠子さん著『オオカミの護符』。ミシマ社でも、2月のミシマガジン「<a href="http://www.mishimaga.com/kongetsu/013.html">今月の一冊</a>」にて、みなが一番読みたい一冊として、ミシマガ大賞に選ばせていただきました。</p>

<p>今回は、ミシマガ大賞受賞を勝手に表彰させていただくとともに、著者小倉さんと編集者足立真穂さんにお話を伺いました。</p>

<p>本の刊行にいたる不思議なお導きのお話や、護符を追うきっかけとなった幼いころの原体験のお話など、『オオカミの護符』をすでに読んだ方も、まだの方も、ぜひお楽しみください。</p>

<p>（聞き手：三島邦弘・星野友里、文：松井真平）</p>]]>
    </content>
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    <title>第20回 「空の跳び方」の撮り方（写真編）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/kanojo/020.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2012://1.2502</id>

    <published>2012-05-15T10:06:14Z</published>
    <updated>2012-05-15T10:06:14Z</updated>

    <summary> どうやって、跳ぶのか。 どうやって、撮るのか。 「ソラトビ写真」歴15年の...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="＜彼女＞の撮り方" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<p><img alt="第20回 「空の跳び方」の撮り方（写真編）" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0515-1.jpg" width="400" height="599" /></p>

<p><img alt="＜彼女＞の撮り方 第20回 「空の跳び方」の撮り方（写真編）" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0515-2.jpg" width="400" height="599" /></p>

<p><img alt="＜彼女＞の撮り方 第20回 「空の跳び方」の撮り方（写真編）" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0515-3.jpg" width="400" height="599" /></p>

<p><img alt="＜彼女＞の撮り方 第20回 「空の跳び方」の撮り方（写真編）" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0515-4.jpg" width="400" height="599" /></p>

<p><br />
どうやって、跳ぶのか。<br />
どうやって、撮るのか。<br />
「ソラトビ写真」歴15年の僕が、次週教えます･･･乞うご期待！<br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>第59回 恩師よ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/spobaka/059.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2012://1.2497</id>

    <published>2012-05-14T18:11:03Z</published>
    <updated>2012-05-14T18:11:03Z</updated>

    <summary>高校時代って、長い人生でわずか3年間だけなのに、なぜこれほど大きな時間なのだ...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="スポーツ紙バカ一代" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<p>高校時代って、長い人生でわずか3年間だけなのに、なぜこれほど大きな時間なのだろう。不思議に思います。あの頃の仲間は今でも、損得抜きで付き合える貴重な存在。照れくさいけど、宝物のようなものだ。そして進むべき道を照らしてくれた、恩師も。</p>

<p>2004年、夏の甲子園。わたしはひとりの投手に夢中になりました。名門・横浜高校のエース、涌井秀章。あの松坂大輔もつけたエースナンバーを背負い、灼熱のマウンドで細い体を躍動させては、力投を演じました。準々決勝では、北海道勢で初めて「優勝旗の津軽海峡越え」を果たした駒大苫小牧に敗れましたが、投げれば投げるほどに球威を増していくような心身のスタミナには、ただただ驚嘆するばかりでした。</p>

<p>どうして、横浜高校はこれほどまでに好投手を輩出するのか。野球ファンならお馴染みの名伯楽がいるからです。小倉清一郎コーチ、67歳。若き才能を発掘し、相手の投手や打者を丸裸にしてしまう「眼」を持った指導者です。当時は野球部長として、涌井の素質を見抜き、徹底的に下半身を鍛え上げるなどの猛練習を課した。現在の涌井があるのも、小倉コーチの指導の賜物でしょう。</p>

<p>かつて2009年には沢村賞にも輝いたライオンズのエースが今季、大きな壁にぶつかりました。開幕3連敗。一向に調子が上がらない涌井に、西武・渡辺久信監督は無期限の2軍降格を通告しました。「もう一度、作り直してこい」</p>

<p>ファームでは朝から若手とともに鍛錬に励む日々。屈辱からはい上がろうとする背番号18に、小倉コーチはこんなアドバイスをしたと明かしてくれました。</p>

<p>「涌井のフォームはきれいなフォームだよね。打者から見ると、威圧感がない。だから、できるだけ投げる時にボールを隠さなきゃならないんだよ」</p>

<p>「いい時と比べて、ユニホームの『LIONS』のマークが0・2秒、早く打者に見えてしまう。『正面を向くのが早い。球離れが早いんだ。もうちょっとケツからいけ。そのためには下半身の粘りが必要だ。もっと走れ』と言ったんです」</p>

<p>「『涌井はよく走る』って西武のなかでも言われているかもしれませんが、僕と一緒に練習していた高校時代に比べれば、まだまだ。そこを鞭打ってやれるかどうかですよ。そうしてコントロールを良くすれば、十分立ち直れると思います」</p>

<p>プロ入り以来、先発完投型として奮投してきた涌井ですが、1軍復活の「舞台」は意外なものでした。ストッパーへの配置転換がなされたのです。渡辺監督は「守護神・涌井」を決断した理由について「一番はクローザーがいないこと」と話しつつ、こう説明します。</p>

<p>「調子が良くなくて、2軍に落とす時も『今のままのピッチングスタイルでいいのか？』というのがあったんだよね。１球で仕留めたり、緩急をつけたりするピッチングができていなかった。短いイニングを投げることで、新たな投球スタイルを見出して欲しいと思ったんだ。復活させるためには、アクションを起こしていかないと。2軍で先発の調整をしていても、どれだけ変わり身があるのかということだから」</p>

<p>2012年5月13日、函館オーシャン球場で行われた日本ハム戦。4－3と1点差に迫られた9回裏、涌井は荒れたマウンドへと歩を進めました。走者を許し、ピンチを招きますが、バックの堅守にも助けられ、無失点に。プロ8年目で初セーブを挙げました。一度は地獄を見た男に、光が差した一日。小倉コーチの声も、携帯電話の向こうで弾んでいました。「数多くいる教え子のなかでも、僕はあの子が一番、好きなんですよ」</p>

<p>卒業から何年経とうが、恩師は温かい眼差しで教え子の行く末を見守ってくれている。小倉コーチの声には、涌井を思う優しさがにじみ出ていました。そうだ。夏になったら、高校時代によく叱ってくれた、あの先生に会いに行こうか。ゲームセットの瞬間、無数のフラッシュを浴びる涌井を見つめながら、そんなことを考えた函館の夕暮れでした。</p>]]>
        
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    <title>第34回 地球のいいなり</title>
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    <id>tag:www.mishimaga.com,2012://1.2492</id>

    <published>2012-05-10T21:33:39Z</published>
    <updated>2012-05-10T21:33:39Z</updated>

    <summary>『毛のない生活』が出て以来、思わぬ懐かしい方から連絡をいただく。 どんなに離...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="ミルコの六本木日記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<p>『<a href="http://www.mishimasha.com/books/kenonai.htm" target="_blank">毛のない生活</a>』が出て以来、思わぬ懐かしい方から連絡をいただく。<br />
どんなに離れていても、あいだがあいても、ある時期を共に過ごした仲間や大切な人とは再びつながれるのだと思うと、励まされる。<br />
がその一方で、そのうちの何人もが、乳がんに罹患していることを知る。<br />
私の本を手に取ってくれたのだから、つまりそういうことでもあるのだが、乳がん蔓延を実感させられ胸がいたむ。<br />
同じ病気になってもひとそれぞれ、病いの性質も治療への取り組みも違うが、どうあっても、同時代を生きた人と、ある修行をしている気がしてならない。<br />
何かの課題を一緒にしょっている。<br />
それを見つめる時間を、与えられている。</p>

<p>本が出て、インタビューを受けたり、同じ体験者の方と交流の機会が増えるにつけ、がんというやつの面倒に直面する。<br />
ないがしろにすると暴れ回り、可愛がりすぎるとつけあがる。<br />
内面の怪物とはよく言ったもので、敵は外ではない、自分のなかに飼っているのだということを、体験的に学ばざるをえない。<br />
予想はできたことなのだが、がんの本を出したことの、リバウンドがちょっときていた。<br />
病気の人として生きていく感に、落ち込みぎみだった。<br />
「もうわりと元気なんですけど」と口では言っても、「治った」と思えないのは生体の奥深さに参っているからだ。<br />
内澤旬子さんがご著書のラストで   " 身体のいいなり" を導きだすくだりは見事としかいいようがない。</p>

<blockquote>意志だけで生きてきたこれまでの人生、身体はつらかったけれども、楽しいこともたくさんあった。
身体(と生活)を極限まで無視した分、得がたく面白いことを見れたし、学べたという自負はある。
でも癌を作るまで（?）身体を本気で怒らせることになったのはまずかった。
<div style="text-align: right;"> 『身体のいいなり』（内澤旬子、朝日新聞出版）</div></blockquote><br>

<p>これを読んで気づかねばならない。<br />
世紀をまたいで生きる私たちの修行は、"地球のいいなり"を思い知ることなのだと。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>第30回 祝宴のチケットは３万円</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/wagaya/030.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2012://1.2491</id>

    <published>2012-05-10T21:27:09Z</published>
    <updated>2012-05-10T21:27:09Z</updated>

    <summary>付き合って３カ月の頃。とんとん拍子で私たちの結婚の話は進んでいったが、決心す...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="わが家の闘争　韓国人ミリャンの嫁入り" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<p>付き合って３カ月の頃。とんとん拍子で私たちの結婚の話は進んでいったが、決心する前には生活にどれ位のお金が必要なのかを検証する必要があった。これから一緒に住む家の家賃、引越代、用意しなければならない家具･･･。</p>

<p>「はあ･･･」</p>

<p>考えるだけでため息が止まらなかった。こんなにも早く結婚することになるとは私の人生計画になかったことだったので、カラッケツだったのだ。私は当時まだ翻訳学校に通っており、学費がかかっていた。一方、旦那は社会人ではあったので、私は彼の貯金に密かな期待を抱いていた。しかし、その期待は彼の貯金残高を見た瞬間に粉々に砕け散った。</p>

<p>「ちょ、ちょっと待って！　いくら若いとはいえ、社会人になってもう４年でしょ？　何でほとんど貯金がないのよ？」</p>

<p>しかし、彼は悪びれることなくこう言い放ったのだった。</p>

<p>「そりゃぁ、俺も最初は貯めてたよ。でも、親戚が亡くなったり、結婚式が続いたりで香典や祝儀を払っているうちに、いつのまにか貯金が消えていっちゃってさ。いつの間にかこうなってしまった」</p>

<p>私は頭のなかのヤカンがけたたましい音を立てて蒸気を噴き出す寸前になりながらも、当時はまだ彼の家に厄介になっていたこともあり、奥歯を噛んで必死で堪えた。貯金がない弁明にこんな原因を用意してくるとは。お金を貯めることができなかった理由を徹底的に追求したい気持ちになっていたけれど、いくら彼を責めてもお金が増えるわけではないので、財布の紐を自分が握ることで満足した。</p>

<p>それから数カ月後、私たちはなんとか籍を入れて新しい生活を始めていた。そんな時、仲良くしていたカップルが結婚するということになり、結婚式に招待されたのだ。私は日本で初めて経験する結婚式となるので、準備をしようと旦那に尋ねた。</p>

<p>「日本も結婚式に祝儀を持っていくんでしょ？　いくら用意すればいいの？」<br />
「そうだね、普通なら３万かな」<br />
「え、な、何？　３万円？　ウォンじゃなくて！？」<br />
「うん。ふたりで一緒に行くとなると５万くらいが相場かな」</p>

<p>私は唖然として言葉を発することができなかった。<br />
あまりの驚きに、その後何度も聞き返してしまった。</p>

<p>しかも、お金がかかるのはそれだけではなく、結婚式に出席するのならば、ドレスでちゃんと正装し化粧もばっちり決めなければならないのだとか。<br />
しかしそんななか、私の頭のなかである点と点がひとつの線で結ばれたのだ。</p>

<p>日本の洋服屋に展示されていた煌びやかなドレスの行方。ハリウッド映画のパーティーシーンでよく見かけるようなあのドレス。普段街を歩いていても、あんなドレスを身に着けている人はいないし、いったい誰が買っているのか、あの洋服屋はちゃんと経営が成り立っているのか。<br />
そんな疑問のすべてが一瞬の内に納得に包まれていった。</p>

<p>しかし･･･だ。</p>

<p>友人の結婚式に出席するとなると、祝儀３万、ドレス代、２次会に出席するならその会費まで準備しなくてはならない。それだけで、わが家の家計の負担は半端ない。さらに、それをふたりで払うとなると、負担は増える一方だ。<br />
友人の人生の一大イベントで、最もめでたいことであることも私の頭から消し飛んでしまい、私はついに口走ってしまった。</p>

<p>「私は行かないからっ！」</p>

<p>その発言の後、わが家では新たな戦争が勃発したのは言うまでもない･･･。</p>

<p>韓国の祝儀の相場は５千円程度。日本の結婚式ではフレンチの高級料理が出るとしても、韓国の相場とはものすごい差だ。</p>

<p>韓国の結婚式は来賓と新郎新婦が簡単に言葉を述べるだけで、おおよそ３０分程度で終わってしまう。式が終わると、新郎新婦は幣帛（ペベク：新婦が結婚した後、新郎の家の人たちに初めて挨拶すること。韓国の芸能人が結婚した映像などを見たことがある人は記憶にあるかもしれない。新郎新婦が家族に土下座のようなことをする、あれのことだ）という伝統儀式を行う。その後、式の出席者はみんな食堂に移動する。食堂は式場内にある場合もあるし、別の場所にある場合もある。ホテルでの結婚式なら食事を取りながら式が行われることもある。幣帛を終えた新郎新婦は来賓が会食している食堂を訪れ挨拶をし、そのまま新婚旅行のため空港に向かうパターンが多い。</p>

<p>少し本題とはそれるが、人生で最も大事なイベントのひとつであるのに、３０分前後というスピードでさっさと済ませてしまってもいいものかと疑問になる方もいらっしゃると思う。実は今、そういった声は韓国でも大いに叫ばれている。私のベストフレンドが結婚したときに、彼女は私と顔もまともにあわせてないのに新婚旅行に行ってしまい、私はとても寂しい思いをしたものだ。</p>

<p>とはいえ、３万は多すぎる。</p>

<p>率直に言わせてもらえば、低価格の飛行機会社も増えた今の時代、そのお金があれば東京からソウルまで往復するには十分足りる。もちろん、韓国でも仲の良い友達が結婚するときは、友達が必要とするもの、例えば家電などをプレゼントする場合もある。共通に仲の良い友達がいる場合は力（お金）をあわせて大きなプレゼントをする。</p>

<p>でも、日本は基本が３万なのだ。</p>

<p>旦那は部下の結婚式に来て祝儀を２万しか払わなかった上司をケチだと言い切った。１万円ではフレンチのような高級料理代と引き出物の代金としてはとても足りない。２万では２で「割り切れてしまう」ため縁起が悪い。だったら３万か･･･といって相場が決まってしまったのではないだろうか。<br />
引き出物もそうだ。欲しくもないものを貰い、貰い物だから簡単にポイッとは捨てることはできない。その歯痒さといったら･･･。</p>

<p>「でも、仕方ないでしょう。ここ日本だもん」</p>

<p>戦火を交えてしばらくして、私の熱弁を旦那はたったの一言で一蹴してしまった。<br />
「何だと？　郷に入っては郷に従えと言いたいのか･･･」と、言い返したかったが、私も冷静に考えてみると、旦那の言うことが理にかなっていたのでやめた。<br />
それと同時に、祝儀が原因で貯金ができなかったという旦那の言葉に、少しだけ同情をしたのだった。</p>

<p>翌日、私は銀行のＡＴＭの前に立っていた。<br />
その手には、一通の貯金通帳が握り締められていた。<br />
憧れのマイホームを買うために、決して浪費せず、必要なお金のみを残し、定期的にきっちりとお金をためていた貯金通帳。</p>

<p>私は涙を飲みながら祝儀のお金を下ろし、こうなったら思いっきりお祝いして、思いっきりおしゃれして、思いっきり料理を楽しむしかない、そう心に誓ったのだった･･･。<br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>第33回 大人のための砂場</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/konmai/033.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2012://1.2487</id>

    <published>2012-05-10T09:59:33Z</published>
    <updated>2012-05-10T09:59:33Z</updated>

    <summary>「こんまいマチ案内」編（vol.26）――Box Gallery Make ...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="高松こんまい通信" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<h4>「こんまいマチ案内」編（vol.26）――Box Gallery Make Merry! -for the creator- の三宅さんのこと</h4>

<div class="img_l"><img alt="第33回 大人のための砂場「こんまいマチ案内」編（vol.26）----Box Gallery Make Merry!-for the creator-の三宅さんのこと" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0510-1.jpg" width="270" height="405" /></div>

<p>日本一長いアーケードのある高松中央商店街。</p>

<p>その南エリアは、単館ロードショーの映画館、小さなライブハウスや演劇ホールのある文化的なスポットです。10年ほど前までは多くの若者で賑わっていたこのエリアですが、今はお店の約3分の1が閉まっているいわゆる"シャッター通り"に。</p>

<p>自分が高校生のときのマチの様子との違いに愕然としたひとりの女性が、6年前、この場所にボックスギャラリーを開きました。</p>

<p>「拠点づくりがしたかったんです」と話すのはBox Gallery Make Merry! -for the creator-を営む三宅さん。ボックスギャラリーとは、並べられた箱の一角を作家が借りて展示販売できるというもの。</p>

<div class="img_r"><img alt="第33回 大人のための砂場「こんまいマチ案内」編（vol.26）----Box Gallery Make Merry!-for the creator-の三宅さんのこと" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0510-2.jpg" width="250" height="188" /></div>

<p>なんと、1日100円以下で小さなお店の店長になることができます。アート系のクリエイターが"立ち止まれる場所"がこの辺りにはない、と三宅さんは会社員時代に貯めた貯金をはたいて物件を借りました。ギャラリーといっても、オープン当初埋まっていたボックスはたったひとつ。しかし、今では50名ほどの作家さんの作品が並び、現在の登録作家数は250名を超えるとか。</p>

<p>また、店の奥には誰でも自由に時間を過ごせるテーブルがひとつ。アーティスト、学生、主婦や子どもなど様々な人が制作したり、おしゃべりしたり、いつ行っても誰かがいて、ワイワイと賑やか。文字通りマチのたまり場となりました。</p>

<div class="img_l"><img alt="第33回 大人のための砂場「こんまいマチ案内」編（vol.26）----Box Gallery Make Merry!-for the creator-の三宅さんのこと" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0510-3.jpg" width="250" height="460" /></div>

<p>「みんなと出会えたことが幸せ」とまっすぐな瞳で話す三宅さん。</p>

<p>MM（マチの人たちは、三宅さんのお店をエムエムと呼びます）でたまたま出会った人たち同士で、イベントを企画したり、新しい作品が生まれたりすることもあります。人と人が出会って、何かが生まれていくときのワクワク感。</p>

<p>三宅さんは、いくつもの"キラキラが伝染する"出会いの化学反応を目の当たりにしてきました。「ここ（MM）だけでは吐き出せないエネルギーが、マチにどんどんはみ出していったらいいのに！」。</p>

<p>時には、MMでマチの未来の企画会議が始まることも。どんな人の意見も否定しない三宅さんの安心感に、集まった人のアイデアと妄想は増殖を続けます。それが、店の中に収まりきらなくなって、マチの中に溢れていく･･･。</p>

<p>三宅さんは、お店の運営だけでなく、クリエイターを巻き込んだイベントを商店街で行ってきました。商店街が"シャッター通り"になってしまったのなら、シャッターの前でお店をすればいい、と若手のクリエイターを集めて各自でつくったものを販売するイベントを行ったり、マチにワクワクがなくなってしまったなら、マチ全体を"ゆうえんち"に見立てたイベントを企画したり。MMの活動のなかで、制作や発表の場を広げていったアーティストも少なくありません。外に出て行った人が再びMMに帰ってきてくれるのも嬉しい、と話す三宅さんはまるで"お母さん"のような雰囲気でした。</p>

<p>　「小さなころは砂場で、みんなでひとつのお城をつくってたけど、大人になったらそういう場所がほんとになくて。自由に来て、遊べる大人のための砂場みたいなところになればいいなあ、と思っています」。</p>

<p><br />
<div class="img_l"><img alt="第33回 大人のための砂場「こんまいマチ案内」編（vol.26）----Box Gallery Make Merry!-for the creator-の三宅さんのこと" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0510-4.jpg" width="250" height="188" /></div></p>

<p><strong>Box Gallery Make Merry! -for the creator-</strong><br />
住所：高松市南新町6-4 第2池田屋ビル2階 東側<br />
☎ 087-835-5818<br />
営：12:00〜18:30（18:30〜制作しているときは開いています。電気がついてたら、立ち寄ってください）<br />
休：火・第2日曜日<br />
<a href="http://ameblo.jp/boxgallerymakemerry/" target="_blank">http://ameblo.jp/boxgallerymakemerry/</a></p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>第12回 コリアンタウン・生野の焼肉。</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/nomikui/012.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2012://1.2485</id>

    <published>2012-05-08T19:24:14Z</published>
    <updated>2012-05-08T19:24:14Z</updated>

    <summary>　大阪のキタ、ミナミ、船場といった中心街の周縁をかすめるようにぐるっと回るJ...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="飲み食い世界一の大阪。" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<p>　大阪のキタ、ミナミ、船場といった中心街の周縁をかすめるようにぐるっと回るJR環状線。<br />
　その19の駅は「大阪城公園以外は全部下町や」というふうに言われている。実際にそれぞれの駅で乗り降りするとよくわかるのだが、たとえば大阪駅の隣の駅「天満」や、木津川と尻無川にはさまれた「大正」など、どの街も違った独特の下町具合な個性を持っている。河口や台地といった地形はじめ土地そのものの様子も集まる店や商店街、街の歴史や成り立ち方も、そこで生活したり仕事をしている人の感じも全然違う。<br />
　また駅前もチェーン系のスーパーが入り、マクドナルドや吉牛があるテナント駅ビルや、銀行や損保金融のオフィスビルがあって･･･、といったお決まりの光景ではなく、まだまだその街その街の手触りからして違うのだ。</p>

<p>　なかでも大阪市南東部の生野区、東成区、天王寺区の３つの区の境界がちょうど接するロケーションにある鶴橋駅は、多くの小商店街と市場、そしてコリアンタウンが混ざりあう形でできているたぐいまれな喧噪の街だ。<br />
　この鶴橋駅は、JR環状線と近鉄、地下鉄千日前線の３つの「鶴橋駅」が交差し連絡する大ターミナル駅だが、まるで昭和30年代の市場や商店街の真っ只中に存在しているような駅だ。</p>

<p>　JRと近鉄の駅が重なる鶴橋駅西口にあなたが降り立つ。するといきなりパチンコ店と立ち食いうどん店、串カツの立ち呑み屋が並ぶガード下の店舗密集地のど真ん中に放り出される。<br />
　書店の雑誌が積まれている平台は路地にはみ出し、まるで店の３分の１が通路を占領しているようだし、その向かいにはウコンや高麗人参、スッポン、マカといった精力ドリンク剤専門のスタンドがある屋台風店舗があったりする。<br />
　そこからほんの100メートル四方に広がるのが、「鶴橋といえば焼肉」として知られる焼肉･ホルモン店密集地帯だ。</p>

<p>　また駅の東側には700軒といわれる店舗数の店が密集するマーケットが広がる。<br />
　西から順にざっと特徴を紹介すると、韓国衣装を含む衣料品やシューズ、バッグ、アクセサリーの商店街（ブランドもののコピーを扱うことでも有名だ）、その南は「高麗市場」と呼ばれるコリアン・フード・マーケット、さらに近鉄東口から東は鮮魚が飛び跳ねる水産物主体の「大阪鶴橋市場商店街」と「鶴橋卸売市場」である。</p>

<p>　ちなみに近鉄大阪線には「鮮魚列車」という名前の電車が毎朝１便走っている。伊勢方面から大阪へ新鮮な魚介を運び、商売する行商人のための団体専用列車だ。<br />
　これは大阪市内へ向かう八尾や東大阪の通勤客が、同乗している伊勢方面からの「かつぎ」つまり鮮魚行商人の持ち込むトロ箱と魚介の匂いに閉口、苦情続出で、昭和38年から「伊勢志摩魚行商組合連合会」の貸し切り特別列車として運行しているのだ。<br />
　編成車両前後の表示窓には「急行／名張」などと記される代わりに、「鮮魚」と表示されているのが実にユニークだ。</p>

<p>　その伊勢・宇治山田発の近鉄の「鮮魚列車」が毎朝到着する近鉄鶴橋駅の東口（いまもこの組合の詰所が改札口北側にあるらしい）はものすごい。<br />
　高架上にある駅以外はすべて市場の店舗で、高架下の改札口を出ると、すぐ前が海産物や塩干の卸に菓子やパンの店が並び、その斜め前はキムチや韓国食品の店といった様相だ。通路は人がすれ違うのにやっとの幅で狭く、さらにごちゃごちゃと交差し、そこに手押し車や自転車も行き交う。ほんの数坪の小さな店がモザイクのように狭いエリアを埋め合い、迷路のような通路が縦横斜めに交差する。</p>

<p>　頻繁に聞こえる頭上の高架を走る電車の音を聞きながら、店がひしめきあうブロックを歩いていると、「JRの駅はどっちだ」「あれ、さっきここ通ったんじゃないかな」というように、必ず方角がわからなくなる。地元の人に案内してもらうか、店舗の店先にいる人に聞くかしないと迷ってしまうのである。</p>

<p>　西に隣接する先ほどの高麗市場は、キムチや韓国食材、韓国料理用の鮮魚店や蒸した豚や豚足などが並ぶ精肉店がメインで、そのなかに焼肉店や店先の鉄板でチヂミを焼いている韓国料理店が混じる。唐辛子とキムチの赤さに目を射られ、ニンニクと魚介類のにおいに頭がクラクラする。</p>

<p>　鶴橋の街としての性格を決定づけているのは、何といっても生野区だ。「区民の4人に1人は外国籍住民です」と区役所のホームページ「区の概要」に記されるエリアで、日本最大級の在日韓国･朝鮮人コミュニティ地区である。<br />
　鶴橋駅はちょうど生野区の北西の端にあり、区への出入口になっている。</p>

<p>　生野区は古来から渡来系の人々が移り住んできた土地である。<br />
　時代が進み日韓併合後は、大正12年に就航した大阪・済州島間の直行便「君が代丸」で多くのコリアンたちが来阪した。その大半が「猪飼野」すなわち生野区の鶴橋から桃谷の東にかけての中心部に集住した。大半が済州島出身者であり、戦前は「日本・大阪・猪飼野、朴○×」といった宛名書きで郵便物が届いたという話もまことしやかに伝えられている。<br />
　近年コリアンタウンとして観光客に知られているのは、鶴橋駅のひとつ南にあるJR環状線桃谷駅の約500メートル東にある御幸通商店街である。この商店街は元々が猪飼野の在日コリアンの日常生活を支える市場であった。</p>

<div style="text-align: center;">＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊</div><br>

<p>　前に述べた鶴橋駅北西側の一角は、とりわけ「焼肉･ホルモンの街」として知られている。<br />
　大阪で「鶴橋に行く」ということは「焼肉を食べに行く」ということと同義である。夕方過ぎに近鉄やJR環状線の電車に乗っていて駅に着きドアが開くと、「鶴橋に着いた」と気がつく。焼肉の脂とタレが焼けた匂いが飛び込んでくるのだ。通勤帰宅客で満員の車内で居眠りをしていても、iPhoneに見入っていても、その匂いで鶴橋に着いたのがわかる。<br />
　そして夕方過ぎに鶴橋駅西口のガード下に降り立つと、煙はほとんど火事場状態で目が痛いほどだ。</p>

<p>　「鶴橋で焼肉」は「カラダの焼肉」だ。<br />
　鶴橋の焼肉店や韓国料理店はバラエティにあふれ、在日コリアンの家族がお見合いの席に使うような店もある。もちろん神戸牛や松阪牛といったブランドの黒毛和牛ロースや刺身のように扱われる極上の生タンを出すような店もあって、それらをグルメ的に楽しみたい欲望も捨てがたいが、どちらかというと身体的な欲求にダイレクトに応えてくれるような店が魅力だ。<br />
　すなわちカルビやテッチャン、ミノ、センマイといったホルモンをどかどかと網にのせ、カンテキ（七輪）が火を噴き、煙もうもうのほとんど非常事態のような状態で食べる焼肉こそ、「わざわざ本場・鶴橋へ焼肉を食べに行く」ことだと地元の大阪人は思っている。<br />
　帰りには衣服や髪に匂いが充満し眼鏡は水滴ならぬ脂滴まみれ、明くる日は人と会うのがはばかられるほどのニンニク臭。大阪の下町で育った人間にはそういう「街場」の身体的な記憶があるものだ。<br />
　<br />
　唐辛子の辛さを効かせた「もみダレ」を揉みこんだ肉や内臓を七輪で焼き、さらにおのおのが手皿の「つけダレ」につけて食べる「焼肉・ホルモン焼き」は、半島ルーツの焼肉料理を大阪の在日が工夫発展させたハイブリッドなソウル･フードである。<br />
　この「つけダレ」方式は、戦後まもなく鶴橋に開店したホルモン焼きの名店［鶴一］がオリジナルだと、以前取材時に聞いたことがある。<br />
　ツラミ（＝頬肉）、ココロ（＝心臓）といった部位の呼び方は日本語由来で、この店の名物でもある「ミノサンド」は、ミノ（第1胃）を掃除（食べておいしくない余計なところを切り捨てる）する際、脂の部分を微妙に残した絶妙のメニューだが、そのミノサンドというちょっとバタ臭いネーミングも、何とも戦後のハイブリッドな感じがする。</p>

<p>　生野区の焼肉・ホルモン店に行くのは、地元のコリアンに店を案内してもらうと余計においしい。<br />
　わたしの親しい友人に金村泰憲という生野出身のラガーマンがいる。現在48歳の声がデカくてよく喋る、うまいもんと酒（そして下ネタ）をこよなく愛する大阪のおっさん丸出しの好漢であり、元ワールドの名フランカーである。大体大時代は大学選手権3連覇中の同志社の連勝を71試合で止めた輝かしい経験を持つ。　<br />
　生野区はこの金村選手はじめ「ラガーマンの名産地」である。彼は地元巽中学、府立布施工業、大体大と「生野出身のラガーマンのエリートコース」を歩んできた。</p>

<p>　「焼肉は脂や。そやからやっぱりホルモン」。<br />
　そう言い放つタフガイのオススメの焼肉店はやはり旨い。鶴橋の焼肉店は長い在日の歴史と舌の肥えた地元民によって鍛え抜かれた「うまくて値打ちがないと店が潰れる」土地柄ゆえ、どの店も特徴があり行きつけ馴染みの店を持つ人が多い。<br />
　なかでも金村氏が「一番、鶴橋の焼肉・ホルモン屋らしい店」と言うのが［空］だ。</p>

<p>　いつ行っても満員。飾り気がなくてシンプル。勢いで肉を食わせる豪快な店で、ホルモン中心に珍しい部位をあれこれと食べられるようにと「量も半分、値段も半分」なのが売り。<br />
　だいたい鶴橋の焼肉店は、1人前の量が130〜140グラムで、2人でなら3〜4皿注文すれば満腹になるのだが、この店は1皿70グラムの設定ゆえ、いろんなホルモンをあれこれ食べられる。<br />
　また細い道をはさんだ隣接する4つの建物が一軒の店になっていて、1人あるいは2人ならカウンターの店、グループならテーブルの店舗に案内され、どんなシチュエーションでもオッケーとなる。</p>

<p>　定番は上ハラミ（量が2倍で1800円）と、脂が良い具合に残っているミノサンド、テッチャン、ウルッテ（これらはすべて500円以下だ）といったところ。赤身には醤油、ホルモンには味噌の特製のもみダレに揉みこまれた肉がステンレスの皿に載ってくる。それをどさっとタレごとガスコンロの上にぶちまける。</p>

<p>　「売り切れ御免」の上ハラミは、さすが肉質に自信ありらしく、ぶ厚く大きく切られている。<br />
　ちょっと強火にして、忙しく箸で肉を広げたりひっくり返しながら、表面だけちょい焦げ状態を確認して付けダレにつける。ジュワーと音が鳴る。熱く煙の立つ肉をすぐに口に入れられるように冷やすように、タレにつけるこの感覚が最高だ。</p>

<p>　ウルッテは喉の部分の軟骨で、食べやすいように細かく切り目が入れられている。こりこりとした独特の食感で、唐辛子味噌を利かせるとビールのつまみにぴったり。<br />
　<br />
　これと同じく鶴橋的「通なホルモン」が、第1胃壁のちょうど脂がはさまった部分のミノサンド。こいつやテッチャンは焼けてくると、滴る脂で一気に煙と炎が出る。</p>

<p>　まるで火事場状態のなか、焼ける端からどんどんタレにつけて口にほうり込む。そしてビールを流し込んで口腔と喉を冷やす。右手にホルモンの箸、左手にビールのジョッキ。これこそ［空］のホルモン焼きの醍醐味だ。</p>

<div style="text-align: center;">＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊</div><br>

<p>　ところでこの4月に、「週刊現代」の巻頭グラビア・ページで、『大人のコリアンタウン』という特集があり、わたしは「日本最大のコリアンタウン生野。ラガーマンの名産地を歩く」という企画を提案した。</p>

<p>　企画が首尾よく通る。金村選手のコーディネートによるディープな生野案内である。<br />
　わたしは「取材」というよりも、ひさしぶりに彼と生野の焼肉ということで、わくわくしながら鶴橋駅西口で待ち合わせる。</p>

<p>　彼は［鶴一］や［空］の鶴橋西口の「焼肉密集地帯」をあえてパスし、まず高麗市場入口にある屋台風の店に案内する。<br />
　［ちぢみ屋・豊山なみえの店］。<br />
　グルメ誌やタウン情報誌で有名な店で、店を切り盛りする「豊山三姉妹」は地元ではちょっとした有名人だ。わたしのやっていた「ミーツ」でも、よく取り上げさせてもらったと記憶する。</p>

<p>　目の前の鉄板で焼いているチヂミは10種以上。肉厚でボリューム満点。オリジナルのすじコン、いかげそ、そして済州島出身者好みのアマダイが絶品。くるっと丸めて紙に包んでくれ、すぐ前のベンチで食べる客もいる。</p>

<p>　「そうか、チヂミか。そう来たか」と思うが、その姉妹の下の弟が日本代表にも選ばれたプロップの豊山昌彦選手（トヨタ）で大体大の後輩ということだ。<br />
　さすがラガーマンの名産地である。<br />
　金村氏とわかった三姉妹のひとりは、すぐ横の焼肉店［新かどや］に入り、初老の女性を呼んでくる。お母さんの道子さんである。彼はデカい身体でデカいチヂミを買い食い、立ち食いがてら、「おばちゃん」から後輩の現況を聞き、自分の現況報告をする。<br />
　金村氏は本人は後輩だからよく知っている。けれども「三姉妹」や「おばちゃん」とは、話した記憶がないそうだが、見ていて話の内容を聞いていると、まるで長い間会っていない親戚のようだ。<br />
　「もっと食べ」と、おばちゃんが焼きたての違う具のチヂミを差し出してくれる。</p>

<p>　このあたりを歩くと「少年の町・生野区」という標語が書かれた看板を見かけるが、まさに「街自体がラガーマンを育ててきた」ということがよくわかる。<br />
　<br />
　続く「アポなし取材」は、コリアンタウン御幸森商店街へ。<br />
　「明大の西原の実家ですわ」。<br />
　そう案内されたのが、商店街入口すぐの韓国食材店［ニシハラ］である。<br />
　へえ、明治の確か91年「大学日本一」の時の副主将だった西原在日選手の実家なんだ。西原選手は明治からNECに行って、現在は明治のヘッドコーチをしてるのでは。<br />
　<br />
　お兄さんの正男さんが、わざわざ自転車で店に戻ってきた。金村氏が携帯電話をかけたからだ。<br />
　お兄さんへは前もって弟の在日さんから、「金村氏が取材で行くから」と伝えられている。けれどもメディアや雑誌名はじめ取材の中身は、まったくもって正確に伝えられていない。さすがの生野のラグビー人脈である。<br />
　とにかく「コリアンタウン生野を地元出身のラガーマン・金村泰憲さんが案内するんですわ」と説明する。</p>

<p>　この店はキムチや焼肉セットなどのネット販売で有名だが、名物の「ホットッ」や「トッポギ」を店頭で調理販売している。ホットッとは韓国の伝統的なおやつで、黒砂糖＆ピーナツ入りが正統。<br />
　観光客のギャルに人気のようだが、「これがまたうまいんですわ」と金村氏。<br />
　お兄さんがわざわざ焼きたてを渡してくれて、食べてみるとさっぱりと甘くてこれはイケる。おまけにそこそこ腹がふくれる。</p>

<p>「ホットッって、こんな甘い食べもんやったんですか」と言うと、「生野は100円。新大久保やったら200円」と笑う。<br />
　しかしこの人も言うこと、大阪丸出しやな。<br />
「現役時代は弟からよく、肉はいらんからホルモンだけ送れ、と連絡ありましたわ」。<br />
　それ、いただきです、書かせてもらいます。<br />
　<br />
　ひとつだけ取材前に「アポ」を取って行った店が［万才橋］である。<br />
　というのも金村氏が、巽中学ラグビー時代の1年先輩のキャプテンと1年後輩のキャプテンを「ひさしぶりに行こう」と呼んでくれているからだ。「オレだけキャプテン、やってないんですけど」と笑う。</p>

<p>　さてこの［万才橋］は「ちりとり鍋」という少しショッキングな名前で呼ばれている焼肉料理の元祖だ。<br />
　ミナミやキタ、神戸で、この「ちりとり鍋」が食べられるようになったのはここ数年のことであり、それまではここ［万才橋］と、この店の次男にあたる中山由夫さんがやっている、ミナミの ［まつりや］だけで食べられたと記憶する。<br />
　<br />
　「ちりとり鍋」の発明は約50年前のこと。<br />
　この店の創業者が近所の町工場の溶接工に頼んで、盛り上がった傾斜の縁がついた鉄板を作ってもらったのがその始まりだ。創業者は鉄工所をやっていたから、仲間うち、仕事仲間である。</p>

<p>　鉄板ではタレや旨みが流れてしまう。かといって深い鍋ではホルモンが煮込みのようになってしまう。鍋のような鉄板をつくって、肉やホルモン、玉ネギ、ネギなどその時に手に入る手頃な食材を甘辛いタレで･･･。<br />
　ホルモン焼きとすき焼きのおいしいとこ取りをしたようなユニークな発想である。<br />
　肉・ホルモンからじんわり肉汁や脂が染み出し、その旨みで野菜を食べる。そして締めにうどんまたはご飯をぶち込んで、鍋のエキスもろとも全部食べてしまおう、というカラダの焼肉である。</p>

<p>　中山由夫さんによると、「父はこれはイケると判断したんやと思います。すぐさま空き地にバラックを建て、店を始めたんですわ」。<br />
　1人前30円。近所の人たちは「30円の鉄板焼きを食べに行こや」と、こぞってその店に行った。料理にまだ名前はなかったようだ。<br />
　<br />
　店に着くとすでに「ひとつ上のキャプテン」の平松敏機さんが来られている。平松さんは現在大阪府立松原高の教諭であり、大体大の先輩でもある。<br />
　良い生地のグレーのスーツを着ているが、シャツはピンクのボタンダウン。ノーネクタイで胸の第2ボタンは外している。若い頃はさぞかし･･･、という高校の先生だ。</p>

<p>　「あー、遅なってすんません」と先輩に言った後、席についてのすぐさまの金村氏の注文は「生中みっつ、キモ焼きみっつと上盛り合わせ三人前。生センマイ、ナムル、キムチ」と早口言葉のようだ。</p>

<p>　食べ方は簡単だが方法がある。<br />
　まずキモ焼き。決して強火で焼かない。キモの周りが白っぽくなったら食べごろ。絶妙のレア状態にしてパクリ。それから上盛り合わせを人数分。食べながら飲みながら、味の具合を見てキムチとナムルを足していく。</p>

<p>　「高校生の頃から、キンソン（金村）はよう（この店へ）来とったなあ。それから釜風呂もセットやなあ」<br />
「中学校でラグビーせえへんかったら、ひたすら喧嘩ばっかりしてたんちゃいますか」<br />
「ラグビー途中でやめて、クロウトになった者、ようけいてるな」<br />
　そういう汗臭く男ぽい地元話は、ちりとり鍋とともにカラダに浸みる。<br />
　とりわけ「日本人と在日がちょうど半々でした」という平松さんの巽中学の頃の話は面白い。<br />
　「体育のサッカーの時とか、自然に日本と韓国が別れるんですわ。僕、日本人ですけど、ズルいしいっつもそっちに入ってました。強そうやったですから」</p>

<p>　半分ほど食べ終わった頃、「ひとつ下のキャプテン」城川清司さんがやってくる。<br />
　大工大高―京都産大というラグビー経歴で、現在は布施ラグビースクールで指導員をしている。<br />
　金村氏は「おい、キモ食べるか？」と言う。鉄板を新しいのに替えてもらってまた一から始める。男の気遣いである。</p>

<p>　昔話に頷きながら「金村先輩には京産大時代、試合前によく呼び出されましたわ。ホンマもう大学生やいうのに、やんちゃなまんまですわ」と城川さんが笑う。<br />
　30年の前の話と20年前の話が、まるで圧縮されて昨日のことのようにシンクロする。<br />
　そしてグルメもヘチマもない、男の、カラダの焼肉、である。</p>]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>第19回 生駒里奈さん（乃木坂46）とデートする写真の撮り方</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/kanojo/019.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2012://1.2483</id>

    <published>2012-05-08T09:39:37Z</published>
    <updated>2012-05-08T09:39:37Z</updated>

    <summary> 現在発売中の乃木坂46『おいでシャンプー』の特典映像の撮影を担当しました。...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="＜彼女＞の撮り方" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<p><iframe width="640" height="360" src="http://www.youtube.com/embed/g2EtJO7ln_E" frameborder="0" allowfullscreen></iframe></p>

<p>現在発売中の乃木坂46『おいでシャンプー』の特典映像の撮影を担当しました。<br />
今回のテーマは"疑似デート"でして、僕はセンターの生駒里奈さんと、動物園へ行って撮りました。<br />
設定は、"見習いカメラマンと彼女（と言っても、まだ付き合っているわけではない）"で、まさに写真をはじめた頃の自分がよみがえります。</p>

<p>生駒ちゃん（が愛称なので、以下こう呼びます）は、あくまでパンダを観に来ているという設定なので、デートというムードではなく、無邪気に動物を観ながらはしゃいでいます。<br />
そんな彼女を横目に、見習いカメラマンはドキドキしながら動物をよそに、生駒ちゃんをこっそり撮っているという構図になります。<br />
「僕→生駒ちゃん→動物」という、見事な三角関係ですね（笑）。</p>

<p>とても天気が良く、まさにデート日和といった感じで、僕は写真をはじめた頃の初々しさを思い出しながら（そんな距離感を意識しながら）、撮影することにしました。<br />
いざ撮ってみると･･･生駒ちゃんが、素晴らしい！<br />
まだ撮影慣れしていないことも功を奏して、素の表情を生き生きと見せてくれました。<br />
それでいて、ふと写真を撮ってみると、一瞬見せる表情がとても豊かで、ときめきに溢れていました。<br />
正直なところ、当時の僕だったら、間違いなく恋をしていたんじゃないかと思います。</p>

<p>写真を撮る時に、僕が意識していることのひとつに、<br />
「いかにして動いてる時に見せる魅力的な姿を、止めた時にも写し出せるか」ということがあります。<br />
今回は、動物を観てはしゃいでいる素の生駒ちゃんの映像の途中で、見習いカメラマンが撮影した（という想定の）写真が挿入されています。<br />
そのギャップが、とても魅力的だと思いました。<br />
映像と写真それぞれの魅力が、うまく引き出されている作品になっているのではないかと思います（エンディングがまたキュンとしますので、ぜひ完全版を見てほしいです）。</p>

<p>以前も書きましたが、＜彼女＞を撮る時は「いかにしてカメラを意識させないか」が大切なのですが、こちらが気をつけなくても、生駒ちゃんはまったくカメラを意識していなかったので（笑）、そんな天真爛漫な彼女を前にした時は、今まで僕が積み重ねて来た写真の技術の一切合切を手放してしまい、生駒ちゃんの世界のなかに溶け込んでいくように、（まだ技術のなかった）写真をはじめた頃の自分に戻りながら、一緒に動物を観て驚き笑い話しながら、自分の好きなように、生駒ちゃんの好きなように撮ることが、結果良かったのだろうと思います。<br />
（個人的には、天真爛漫な子に終始振り回されるというシチュエーションが大好きです。笑）</p>

<p>いろんなタイプの＜彼女＞を撮る時に、そんな個性に対して、いかに自分もいろんなタイプの＜彼＞になれるのか。<br />
あまり自分の撮影スタイルがこうだからとかこだわり過ぎず、合気道のように、うまく身をこなしながら対応していく力こそ、時には必要なのではないかと考えています。</p>

<p>･･･まあ、とにかく生駒ちゃんは可愛かったです。年頃的には、こんな＜妹＞がいたらいいなあ･･･。という妄想も、広がりますね。</p>]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>第76回 旅が生産するもの（番外編）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/yubokuhu/076.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2012://1.2476</id>

    <published>2012-05-08T10:27:57Z</published>
    <updated>2012-05-08T10:27:57Z</updated>

    <summary>　最近、この先をどう書こうかと悩んでいます。 　ロシアに入り、これからシベリ...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="遊牧夫婦" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<p>　最近、この先をどう書こうかと悩んでいます。<br />
　ロシアに入り、これからシベリア鉄道に乗って、バイカル湖のほとりを通って極東のハバロフスクまで駆け抜けるところなのですが、うまく書けずにいるのです。<br />
　そこで今回は、ちょっとロシアの旅から離れて、別のことを書かせていただこうと思います。</p>

<div style="text-align: center;">＊</div><br>

<p>　「『旅は非生産的だ』って近藤さんは言っていましたが、それどういうことなのでしょうか」<br />
　『遊牧夫婦』の旅を終えて日本に帰ってきた直後、2008年の暮れに、ぼくはひとりの友人からそんな意味のメールをもらった。<br />
　友人とは、その前年の2007年に中央アジア・キルギスの首都ビシュケクで知り合った20代の女性だ。ぼくらが中央アジアを東から西へと移動しているときで、彼女は確か1週間ぐらいの日程でキルギスを訪れていた。</p>

<p>　それから一年ほどのち、ぼくらが5年間の旅を終えて日本に帰って少ししたころ、彼女と東京で再会する機会があった。そのときぼくは、自分たちが帰ってきた理由について、彼女に確かこんなことを言ったのだ。</p>

<p>　「5年間、ずっと旅のなかにいたら、ふと、『おれ、何やってるんだろう』って思うときが出てきたんだよね。ただ移動を繰り返してるだけの日々に嫌気がさしてきたっていうか。旅って、なんていうか、非生産的だし、だからもっと、仕事をしたりして生産的な生活がしたいな、って思うようになった。それも日本に帰ろうって思った大きな理由のひとつだったんだ」</p>

<p>　その場では彼女は特に何も言わなかったものの、ぼくのその言葉が引っかかっていたらしい。そのすぐあとにメールで、ぼくが「旅が非生産的」と言った意味を問うてきたのだ。</p>

<p>　そのころぼくは、日本に帰ってまだ２、３カ月しかたっていなく、まだライターとしてやっていくかどうかもはっきり決めてない段階だった。京都に住むことは決まったものの、いきなりフリーのライターとして食べていける自信はまったくなかった。とりあえず理系の仕事にでもつきながら細々と書いていくしかないかなとも思い、派遣の登録にも行った。しかし、就職経験がなく、５年間ふらふらと旅をしていた３０代男にそう簡単に仕事が見つかるはずもない。こちらが興味を持った会社は、どこも会ってもくれなかった。</p>

<p>　もう覚悟を決めてフリーライターでいけ、ってことかな･･･。彼女に会ったのは、そんなことを思っていたころのことだった。</p>

<p>　まだ旅気分を残し、日本でのリアルな生活の行方を想像できないまま右往左往していたが、それでもそのころ自分は、旅に倦んでいた。倦んでいたというのが言い過ぎだとしても、旅することに疲れ切っていて、これからはじっくりと腰を据えた生活がしたいと思っていた。自分は日本でちゃんと仕事をして、日本で普通に生活できるようにはならなければならない。もう３２なんだぞ･･･と。</p>

<p>　その気持ちのなかには、自分は３２歳にもなりながら、社会に対してほとんど何も生み出せていない、積極的にコミットできていない、といったことに対する焦りがあった。まずは日本でしっかりと稼いで食べていくということを最低限実現しなければ、何も始まらない。そのためには自分が何かを生み出さなければならないのだ、と。しかも自分にとってそれが決して容易ではなさそうなことをこのころ実感するようになっていたのだ。</p>

<p>　そう思うのと表裏一体な気持ちとして、良くも悪くも雑誌の原稿料などのわずかな収入で細々と食いつないでこられてしまった旅中の自分が、やたらと非生産的であったように感じるようになった。もっと何かを社会に対して生み出したい、社会にコミットした生活がしたい。そう思った。<br />
「旅が非生産的」と言ったのは、もっと社会との関係性を強くもったなかで暮らしたいという自分の気持ちの裏返しだったのだ。</p>

<p>　そう思っていたころから３年以上がたった。<br />
　いまは一応、文章を書いて最低限食べていけるようになっている。生産的でありたいという思いは、それなりに満たされるようになった。</p>

<p>　その一方、毎日、仕事や子育てに追われ、時間の過ぎ去るスピードの速さに驚愕しながら日々を過ごして、旅らしい旅などまったくできなくなっている。そして、過去の旅を思い出しながら紀行文を書いたり、旅についての講義をしたりしているうちに、再び、強烈に旅をしたい、と思うようになっていることに気づかされた。</p>

<p>　また、自分自身紀行文を書きながらも、正直なところこれまで、紀行文の面白さ、魅力というものを、ぼくはさほど感じたことがなかった。だから自分はもともと紀行文を書くつもりはなかったのだけれど、いろんな経緯から『遊牧夫婦』などを書くことになり、そして昨年から大学で紀行文についての講義を担当しているうちに、紀行文の面白さを徐々に感じるようになってきた。まだ一言でまとめることはできないけれど、それはおそらく、旅というものが人間にとっていかに普遍的で必然的な行為であるかを実感できるようになったということなのだと思う。</p>

<p>　紀行文というジャンルがなぜこれだけ人に読まれてきたかがなんとなくわかるようになってきた。そして、それは同時に、旅の素晴らしさ、魅力を実感することでもあった。<br />
　旅をするということは、なんと豊かなことなのだろうか、と。</p>

<p>　最近そう思い至ったのだ。その時ふと、自分が３年半前に言った、「旅は非生産的だ」という言葉を思い出した。<br />
　友人がぼくに対して、「なぜそんなことを思うのか」と、おそらく少し反感も含んだ気持ちでそう問うてきた気持ちもよくわかるようになってきた。</p>

<p>　きっと自分はあのころ、旅のなかに埋もれすぎ、旅が日常化しすぎて、旅の魅力を完全に忘れてしまっていたのだろう。<br />
　いまはむしろこう思う。旅は、何か具体的なものを生産することはないかもしれない。でも、だからこそ、形では表せない無限の世界をその人のなかに生産するのだろう、と。</p>

<table width="660" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="第７６回遊牧夫婦" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0507-1.jpg" width="640" height="427" />
<p>キルギスの首都ビシュケク。2007年12月。</p>
</td>
</tr>
</table>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>第６回 わんちぇんむぅがやってくる　ヤァ！ヤァ！ヤァ！（下）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/manjigatame/006.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2012://1.2478</id>

    <published>2012-05-07T11:44:45Z</published>
    <updated>2012-05-07T11:44:45Z</updated>

    <summary>　　　ＤＡＹ３ 　 　いよいよ、今回の訪台のメインイベント、台北でのサイン会...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="万字固めがほどけない" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<p>　　　ＤＡＹ３<br />
　<br />
　いよいよ、今回の訪台のメインイベント、台北でのサイン会である。<br />
　会場は台北のシンボル「台北１０１」を間近に見上げる、市内で最も大きな書店だ。台中でのサイン会がどこかアットホームな雰囲気ある会場で行われたのに対し、台北は客席の正面にステージが設けられ、背景に作品の大きなパネルが掲げられ、会場全体から、これからイベントをかましまっせ！　という意欲が充ち満ちていた。当日配られる整理券を求め、書店のオープン前から人が並んでいたとか、遠く香港からわざわざ参加している人がいるとか、またまた「ほんまかいな」の前情報が目白押しだったのだが、会場入りして、実際にイベントスペースにひしめく大勢の人たちを見ると、あながちウソではないのかもと思えてきた。</p>

<p>　おもしろかったのが、サイン会開始を待って書店のあちこちに座りこみ、時間を潰している人の前を堂々通りバックヤードに向かうのに、誰ひとり私に気づかないことである。膝の上に『偉大的咻啦啦砰』を置いて座っている男性と思いきり目が合っても、かけらの興味を示されることなく視線を外されてしまう。そりゃ知らんわな、と思うのだが、知らないのにこの場に来てくれているというところが、逆に作品への愛着を何より雄弁に語ってくれていてうれしい。</p>

<p>　台中サイン会では、同行の台湾出版社の女性がいきなりマイクをつかんで司会を務めたが、今回はちゃんとプロの司会の女性がスタンバイしていた。司会の方が先に登壇し、場をあたためるので、「しゅららぼんコール」が聞こえたら、それに合わせて登場してください、と手はずを伝えられる。何だよ、「しゅららぼんコール」って、と思ったが、今のうちにトイレ済ませておくよう促され、質問する間もなくトイレに向かう。ちょうどイベントスペースの裏を通ったとき、司会の方が先導し、</p>

<p>「はいッ、三、二、一――」<br />
「しゅ、ら、ら、ぼ〜ん」<br />
「声が小さいッ」<br />
「しゅ、ら、ら、ぼ〜ん」<br />
「まだまだあッ」<br />
「しゅ、ら、ら、ぼ〜ん」</p>

<p>　と会場を煽って反復練習しているのが聞こえてきて、あまりにシュールなやり取りに危うく尿意が消えかけた。</p>

<p>　さて、準備は整った。<br />
　ついたての裏にスタンバイし、例のコールが鳴り響くのを待つ。</p>

<p>「しゅ、ら、ら、ぼ〜ん」</p>

<p>　練習していたときとほとんど変わらぬ、それなりに声は大きいが、まったく揃っていない、かつ、どこか物憂げに響くコールに合わせ、私は会場に飛び出した。</p>

<p>　ここでようやく、冒頭部分（「<a href="http://www.mishimaga.com/manjigatame/004.html">わんちぇんむぅがやって来る　ヤァ！ヤァ！ヤァ！（上）</a>」の冒頭）のシーンにつながるわけだが、いくら一日前に同じサイン会を体験しているとはいえ、やはり異国の地で二百人を前にして、平静ではいられない。</p>

<p>　中国語でのあいさつを済ませ、台湾サイン会前の恒例のトークセッションが始まるも、火照った頭はなかなかクールに戻らない。しょっぱなから、小学６年生の少年が、<br />
「関西を舞台にした作品が多いなかで、『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』だけが、他と全然作風がちがうのはどうしてなのか？」<br />
　という、「キミ、本当に小６かよ」と言いたくなる質問をぶつけてきて、いたく動揺する。</p>

<p>　もちろん自分で書いたことなので、時間をかけたら説明はできるのだが、そんな悠長な回答は少年だって求めていまい。今回の台湾訪問で私が学んだ教訓のひとつに、「間に通訳を挟む場合、自分の意見は端的に、正確に述べよ」というものがある。端的に、正確に、よりよい答えを述べなければ、というプレッシャーがいよいよ頭の動きを鈍くする。さらには、余人が聞くと「嘘だろ」と思われるかもしれないが、書き始めるに至った動機や経緯というものは、案外、本人は忘れてしまうものだ。働き始めて数年の人に、「就職活動のとき、どんな志望動機を語って採用されたのか？」と質問したら、たいていの人が「ええと、何て言ったっけ？」とまずは小首を傾げるのと少しだけ似ている。</p>

<p>　だらだらと作品へのスタンスの変化を説明しても仕方がないので、少しだけ軸をずらして答えることにした。</p>

<p>「人間、同じことを続けているとモチベーションが保てないから、ときにはちがうものを挟んで気分転換をし、さらなる高みを目指したいと願うものなのです」</p>

<p>　と十二歳の少年に語っても、何のこっちゃわからないだろうから、</p>

<p>「ずっと掛け算のドリルばっかりやっていたら、飽きてきて、ときには割り算の問題もやりたくなるでしょ？　そういう気持ちの変化です」</p>

<p>　とあえて目線を下げて回答してみたら、まったく腑に落ちない顔で返されドギマギした。司会の女性が笑いながら、<br />
「ちょっと小６には難しい説明だったかな〜？」<br />
　とフォローするのを聞き、私は完全にたとえ話が滑ったことを了解した。</p>

<p>　台湾滞在中、私はあまたの質問を受けたが、果たしてどれだけ相手が納得できる回答を返すことができていたのだろう。今となって思い返しても、まったくといっていいほど確たる手応えを得た記憶がない。<br />
「もしも今、小説家を辞めたら何になりたいですか？」<br />
　という質問に至っては、<br />
「寿司職人」<br />
　という、これまでの人生のなかで、一秒たりとも考えたことのない選択肢を突如として口にしてしまい自分でも驚いた。いったい、どうしてそんな回答をしてしまったのか、海外にいる開放感がなせるわざだったのか、いまだ不思議である。</p>

<p>　もっとも、おおむね頓珍漢な私の回答を、台湾の人々はあたたかく笑って受け止めてくれた。いや、くれたような気がする。台中と同じく、台北サイン会の参加者は十代から三十代がほとんどだったが、男女比はほぼ同じだった。とても興味深かったのは、今回の台湾での二度にわたるサイン会と、普段日本で行うサイン会――、両者における参加者の雰囲気が極めて似通っていた点だ。</p>

<p>　まず、何と言ってもメガネ率が高い。<br />
　実に七割を超えていたと思われる。<br />
　あと、非常に思慮深く、内向的な雰囲気を、その面差しから感じ取れる人が多かった。<br />
　もっとも人間の生活のなかで、読書ほど内向の極みにある行為もないので、どれも読書好きの特徴そのままと言われたらそれまでなのだが、何というのだろう、ほんの少し視線が合っただけで、「本当はたくさんしゃべりたいことがあるのだけれど、しゃべることができない」という、照れともどかしさがない交ぜになった豊かそうな光が、眼の奥でキラキラ、むずむずしている人が日本でのサイン会と同じく、たくさんいたような気がしたのだ。</p>

<p>　サイン会はどこか雑然と、ときに粛々と、得てして和気藹々と続いた。<br />
　私がサインをする間に、はにかみながらパイナップルケーキの詰め合わせを差し出してくれる男性がいた。本当に「香港から来ました」と緊張に震えながら教えてくれた女性がいた。一回でサインは二冊までと決まっていたので、律儀に三回列に並び、これまで台湾で出ている万城目作品すべてにサインをもらって帰っていった女性がいた。自分も台湾で小説を書いている、と自著をプレゼントしてくれた男性がいた。私のエッセイの翻訳を大学の卒論にしました、と冊子にした論文を見せてくれた女性がいた。身長といい、顔つきといい、どう見ても中学生くらいの幼さなので、「中学生ですか？」と訊ねたら、「大学四年生です」と泣き笑いで答えてくれた女性がいた。ちなみに、この過ちを、私は三時間のなかで三回繰り返した。忘れた頃に、中学生としか思えない女性がやってくる。その都度、「中学生ですか？」と口にしたら、決まって「大学四年生です」と返ってきた。四度目、明らかに中学生と思われる女性に、「大学四年生ですか」と訊ねてみたら、「そうです」と驚かれた。</p>

<p>　全員にサインを終えたとき、開始からおよそ三時間が経っていた。スタッフの方から、定員二百人に途中参加の五十人が来場したと教えられた。ひとり二冊のサインゆえ、ざっと五百冊にひょうたんの絵を描き、名前を書いたことになる。<br />
　私は大きく伸びをした。<br />
　心地よい疲労感と達成感に加え、ああ、これで終わっちゃうのかという、祭りの幕が閉じることへの、ちょっとさびしい気持ちとともに、手にした太マジックにキャップを戻した。</p>

<div style="text-align: center;">＊</div><br>

<p>　不思議な国での、不思議な滞在は終わった。<br />
　それはまるでジェットコースターに乗っているかのような毎日だった。<br />
　朝からいくつもインタビューを受け、サイン会をして大勢の人に出会う。読者懇親会というのも開催された。夕食後はきっちり夜市に繰り出して遊び、遅くにホテルに戻って寝不足のまま、翌日はまたインタビューの仕事からスタートだ。あまりにぎっしりと内容が詰まっていたために、昨日こなした仕事を思い出せない。日本に戻ってからも脳内から妙なホルモンでも出続けていたのか、いっこうに気持ちが鎮まらず、出発前の状態に落ち着いて執筆の仕事を再開するまで四日もかかってしまった。</p>

<p>　もしも、こんな生活が十年、二十年と続き、その後、ぱたりと売れなくなってしまったら、とてもじゃないが簡単には元には戻れないだろう、と薬物に頼って悲劇を招いてしまう往年のスターの心理が、ほんの少しわかった気がした。ひゃあ、おそろしい、と肩をすくめ、私は本来あるべき、彩り薄き、身の丈に合った日々に戻る。やはり、私にはこっちの根暗な執筆生活のほうがお似合いである。</p>

<p>　台湾でしこたま撮った写真を現像したら、ぶ厚いアルバムが一冊埋まった。<br />
　どれも楽しい思い出ばかりが写っている。<br />
　小説を書いていても、楽しいことなんてほとんどないし、そもそもがそういうものだと思っていたが、たまにこんなすばらしいご褒美をいただけることがある。てんで出鱈目を書いただけの物語が、ふらりと海を越え、これほど大勢の人をよろこばせることができるのなら、ちょっとしんどいくらい別に構わないではないか、と思えてくる。<br />
　だって、ほら、アルバムに写っている台湾のみなさんはどれも、こちらがくすぐったくなるくらい笑顔ばかりじゃないか。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>第47回 スカイツリーと老人</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/bunyanikki/047.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2012://1.2477</id>

    <published>2012-05-07T09:42:17Z</published>
    <updated>2012-05-07T09:42:17Z</updated>

    <summary>上ってきましたスカイツリー。え、開業は22日でしょ？　なんでもう登れるの？　...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="実録！　ブンヤ日誌" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<p>上ってきましたスカイツリー。え、開業は22日でしょ？　なんでもう登れるの？　とお思いでしょう。むひひ。メディア内覧というのに行って参ったのです。新スポットを早々にチェックすることにあんまり興味はありませんが、さすがに仕事でタダで行けるなら行きます。</p>

<p>感想は「350メートル展望台はさほどでもないが、450メートル展望台はけっこうすごい」です。下にある「天望デッキ」の眺望は東京タワーの高い方の展望台から見える風景と大きな違いはないように感じてしまいましたが、上の「天望回廊」は、ちょっとビビリました。壁にくっついたチューブのなかを歩く構造になっているので、足元がフワフワとして落っこちそうな感覚がするのです。シースルーの超高速エレベーターとともに、体験する価値アリなんじゃないでしょうか。</p>

<p>スカイツリー関連の取材をするなかで、どうしても話を聞きたかった人がいました。</p>

<p><strong>＜スポーツ報知 5月3日社会面掲載＞</strong><br />
　「世界の王」の肉体をつくった逸品が、東京スカイツリーの目の前で味わえる―。東京・墨田区の中華料理店「五十番」の店主・関五一さん（90）が、今も調理場に立って提供する「肉そば」は、早実時代の王貞治さん（71＝現福岡ソフトバンクホークス会長）が愛した思い出のメニューだ。「毎日のように食べてくださいましたねえ」と懐かしむ関さんに、王さんは心のこもったメッセージを寄せた。（北野新太）</p>

<p>　重たい中華鍋を勢いよく振る関さんの腕は、90歳とは思えない筋肉に覆われている。視線は鋭い。60年以上作ってきたメニューでも、スープの味見を繰り返す。「おまちどおさまです」。テーブルの上に出されたのは「世界の王」が愛した「肉そば」（600円）だった。<br />
　スカイツリーから約400メートル。墨田区業平の商店街に並ぶ「五十番」は1962年、同区八広にあった王さんの父・仕福さんの店から、一番弟子だった関さんがのれん分けしてもらって開いた店だ。「ちょうど今年で50年になりましたか。私と同じくらい古い店です」<br />
　太平洋戦争で3年間の従軍を終えて帰国した47年、関さんは「五十番」に住み込みの見習いとして働き始めた。「王さんは小学校2年生くらいでしたでしょうかねえ。小さいのに出前を手伝ったり、すごいなあと思いました」</p>

<p>　年の差19歳の2人をつないだのは、野球好きという共通点だった。51年に後楽園球場に連れ出したのが、「世界の王」にとって初めてのプロ野球観戦だった。「ダッグアウト脇の通路で、与那嶺選手に王さんが『サインくださーい』とお願いしたら、応えてくれたんです」<br />
　その後、王さんは早実に進学。練習を終えて帰宅すると、関さんに肉そばを注文するのがほとんど日課だった。「おいしい、おいしいと食べてくださいました」。今も鮮明に脳裏に浮かんでくる大切な思い出だ。</p>

<p>　王さんが巨人に入っても、868本塁打を積み上げても、ＷＢＣ優勝監督となっても、「肉そば」の味だけは変わらなかった。「お師匠（仕福さん）から教わった当時のままですねえ」。しょうゆ味と塩味の中間をいくような独特の風味。名前は「肉そば」だが、肉以外にもキャベツ、タマネギ、ニンジン、もやし、ピーマンと野菜がたっぷり入ったヘルシーさで女性にも好評だ。</p>

<p>　王さんとは今でも時折、連絡を取り合う。「いつも『関さん、お元気ですか』と言ってくれます。兄弟のような方です。王さんも頑張っているし、まだまだ私も調理場に立ち続けなきゃいけません」。5日には地元枠でスカイツリーに上る予定だったが、家族旅行と重なって断念。「でも、機会を見つけて上りたいです。王さんと同じ世界一ですからね。どんな景色なんでしょうか。ちょっと考えられません」</p>

<p>◆福岡ソフトバンク・王貞治球団会長<br />
　おいしいものを作ってお客さんに喜んでもらおうという誠意が伝わってくるような「肉そば」でした。おいしかったし、お客さんも、関さんの思いがこもった「肉そば」を食べることを楽しみに来られ、満足して帰っていかれたことを思い出します。</p>

<p>　とにかく野球の好きな方で、仕事の合間によくキャッチボールの相手をしてもらいました。後楽園球場には貴重な休みの日に連れて行ってもらい、バックネット裏で観戦させていただきました。その時のプロ野球選手は、同じ人間とは思えず、神様のように見えたものです。後楽園球場での観戦は、その後、野球に夢中になるきっかけとなった貴重な体験でした。</p>

<p>　野球に携わるきっかけを作ってくれた恩人の一人と言っても過言ではありません。<br />
　関さんは戦争という過酷な時代を生き抜き、復員後は中華そば一途（いちず）に生きてこられました。人間の生きざまとして、一つのことに打ち込む、こんな素晴らしいことはないと思います。90歳という年齢でも、思いは年をとることはありません。これからも多くの人においしい肉そばを作り続けてほしいと思います。（談）</p>

<p><br />
取材を終えて店を出ようとすると、関さんは店外まで見送りに出てきてくれました。お別れの挨拶をして押上駅に向かって商店街を歩き始める。50メートルほど行ってから振り返ると、まだ関さんは店先に立って、僕に手を振ってくれています。<br />
一礼をして踵を返し、歩く。商店街から抜ける地点まで来たから、もう一度振り返ってみると、まだ関さんはいました。うれしそうな笑顔で、また手を振ってくれています。胸がいっぱいになりながら、僕はふと思いました。</p>

<p>自分は今、55年前のある朝、家を出発して早実に向かう王貞治が見た風景と同じものを見ているんじゃないかと。振り返っても、振り返っても「五十番」の前に関さんがいる。手を振っている。時を超えて、変わらないシーンが繰り返され、重なり合っているんだと信じたかった。関さんの頭上の空には、ピカピカの巨大な塔がそびえてはいるけれど。</p>

<p><img alt="" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0507.jpg" width="512" height="768" /></p>]]>
        
    </content>
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    <title>第32回 この手を使って</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/konmai/032.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2012://1.2474</id>

    <published>2012-05-02T01:38:33Z</published>
    <updated>2012-05-02T01:38:33Z</updated>

    <summary>「こんまいマチ案内」編（vol.25）――BAKERY KUKKIAさんのこ...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="高松こんまい通信" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<h4>「こんまいマチ案内」編（vol.25）――BAKERY KUKKIAさんのこと</h4>

<div class="img_l"><img alt="第32回　この手を使って　「こんまいマチ案内」編（vol.25）――BAKERY KUKKIAさんのこと" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0502-8.jpg" width="300" height="307" /></div>

<p>高松市大工町に小さなパン屋さんがあります。</p>

<p>何度もその前を通っていたにも関わらず、人から聞くまで気がつかなかったほど小さなパン屋さん。名前はKUKKIA（クッキア）。フィンランド語で「花咲く、咲き栄える」という意味です。KUKKIAを営む明石さんご夫婦は、2年前に明石さんのおばあちゃんの家でもあるこの場所でパン屋を開きました。</p>

<p>「以前は、建築会社で設計の仕事をしていました。パン屋になろうと思ったのは、仕事が面白くなかったわけでも、しんどかったわけでもないんですが、たまたま"パン"に出会っちゃったんですよ。建築も"作る"仕事ですけど･･･とにかく一日中座って、パソコンで図面をひく毎日でしたから。そんな時に、偶然、美味しい天然酵母のパンを食べたり、テレビでパンの作り方を見たりするうちにパン屋さんになってもいいかなあ、と思うようになりました」。</p>

<p>そう言いながら、明石さんは右手をグーパー、グーパー、と握ったり、開いたり。「なんていうんですかね、手を使って何かをつくりたかったんです」。</p>

<p>お気に入りの天然酵母のパン屋さんに「働かせてほしい」と弟子入りを志願しましたが、最初の答えはノー。でも、何度か通っているうちに住み込みで働けることに。計4軒のパン屋さんで働きながら、パンの勉強をしたと言います。そのほとんどのお店が天然酵母のパンをつくるお店でした。</p>

<div class="img_r"><img alt="第32回　この手を使って　「こんまいマチ案内」編（vol.25）――BAKERY KUKKIAさんのこと" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0502-9.jpg" width="250" height="179" /></div>

<p>修行先のひとつである千葉のとあるパン屋さんのパンを「とにかくいいパンなんですよ」と明石さんは話します。見たとき、手にとったとき、思わず衝撃を受けたというそのパン屋さんで3日間、明石さんは働きました。その経験が、今のお店づくりにも活きていると言います。</p>

<p>「そこのパンは、"いいパン"としか表現のしようがないんです。働いてわかったのは、パンに対する向き合い方がそのままパンに出てるということでした」。</p>

<p>明石さんの工房にある機械といえば、ミキサー、焙炉、オーブンというシンプルな道具のみ。「手を使って」と話していた明石さんを思い出しました。</p>

<div class="img_r"><img alt="第32回　この手を使って　「こんまいマチ案内」編（vol.25）――BAKERY KUKKIAさんのこと" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0502-10.jpg" width="250" height="188" /></div>

<p>バゲットやカンパーニュなどハード系のパンが並ぶKUKKIA。一組帰っては、また一組。途切れることなくお客さんが続くお昼過ぎ。パンを包みながら、「初めてですか？」「はい、迷いました」「わかりにくかったんじゃないですか？」　「こんなところにパン屋さんがあるなんて」･･･とKUKKIAパンのファンが後を断ちません。</p>

<p>「はじめは、卸販売メインでしようと思っていましたが、こんなところでも入ってきてくれる人がいたので。時には、"行列できてましたよね！"と言われることがあるけれど、3組でいっぱいになる店内なので、"行列"って言われるとおかしくて（笑）」と明石さんはふふふ、と笑いながら言いました。</p>

<p><br />
<div class="img_l"><img alt="第32回　この手を使って　「こんまいマチ案内」編（vol.25）――BAKERY KUKKIAさんのこと" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0502-11.jpg" width="250" height="182" /></div></p>

<p><strong>BAKERY KUKKIA</strong><br />
住所：高松市大工町2-8<br />
☎ 087-813-1026<br />
営：10:00〜18:00<br />
休：日・月曜日<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>第13回 「へなちょこ」たちが選ぶ、＜古代史＞な一冊（前編）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/kodaishi/013.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2012://1.2473</id>

    <published>2012-05-02T01:39:35Z</published>
    <updated>2012-05-02T01:39:35Z</updated>

    <summary>坂本勝監修『まんがとあらすじでわかる古事記と日本書紀』（宝島SUGOI文庫）...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="へなちょこ古代史研究会" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<h4>坂本勝監修『まんがとあらすじでわかる古事記と日本書紀』（宝島SUGOI文庫）</h4>

<p><span class="name">ミシマ</span>ということで、古代史を学ぶ会の第一弾を始めます。</p>

<p><span class="name">一同</span>（拍手）</p>

<p><span class="name">ミシマ</span>ジャンケンで順番決めましょう。ジャンケンぽい（高瀬さん勝利）。勝った人がご指名ください。</p>

<p><span class="name">高瀬</span>じゃあ、ミルコさん。</p>

<table width="220" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="第13回 「へなちょこ」たちが選ぶ、＜古代史＞な一冊（前編）" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0502-1.jpg" width="200" height="286" />
<p>『まんがとあらすじでわかる古事記と日本書紀』（坂本勝監修、宝島SUGOI文庫）</p>
</td>
</tr>
</table>

<p><span class="name">ミルコ</span>はい。私のおすすめ本は、一番最近に読んだ『まんがとあらすじでわかる古事記と日本書紀』（坂本勝監修、宝島SUGOI文庫）です。古事記と日本書紀を、マンガとわかりやすい文章でまとめた本です。私は、『古事記』のことを知りたいと思っていたんですけど、何を読んでもあんまり頭に入らなくて･･･。</p>

<p><span class="name">ミシマ</span>ミシマ社の『<a href="http://www.mishimasha.com/books/kojiki.htm" target="_blank">超訳　古事記</a>』（鎌田東二著）以外は（笑）。</p>

<p><span class="name">ミルコ</span>そうそう、失礼しました（笑）。<br />
『古事記』は、なんてったって、人の名前が長くて読みづらい。なかなかその世界に入れなかったんですけど、これは、こういう絵柄のマンガ（表紙カバー参照）、ライトノベルっていうのかな、そのタッチで描いてるんですよ。テイストとしては、まったく自分の趣味と遠いところの本なんですけど、これだったらわかるかも、と思って買ったら期待通りの本でした。</p>

<div class="img_r"><img alt="第13回 「へなちょこ」たちが選ぶ、＜古代史＞な一冊（前編）" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0502-7.jpg" width="270" height="725" /></div>

<p>本の構成は、テーマごとにまず「原文」があって、「現代語訳」があって、最後に「あらすじ」がある3ステップと、イラストや４コマ漫画や図解（写真参照）っていう形です。</p>

<p>監修の坂本勝さんは法政大学の先生で、いろいろ古代の本を書かれています。</p>

<p>「あらすじ」の文章は坂本先生が書かれていると思うんですけど、人物への親しみが湧く、読みやすくてわかりやすい文章なんです。読みやすさっていうのはすごく大事ですよね。</p>

<p>この先生は、きっと体に古代史が入っちゃってる人で、すごく鮮やかに解説してるんですよね。ぐんぐん読めた。しかも、最後に年表があるのもありがたい。</p>

<p>どういうふうな感じで日本ができて、天皇の血が紡がれていったのか、というのが、やっと整理がつきはじめた、そんな本でございます。</p>

<p>ちなみに、この本は2010年1月に出た『別冊宝島　まんがとあらすじでわかる　古事記と日本書紀』を文庫で編み直した本みたいなんですけど、私は、この本の内容のよさはもちろんなんですが、この本をつくる編集者の人ってエラいよなって思います。</p>

<p><span class="name">高瀬</span>いつ出たんですか？</p>

<p><span class="name">ミルコ</span>この文庫本は、今年（2012年）の2月21日。新刊ですよ。</p>

<p><span class="name">高瀬</span>古事記編纂1300年に合わせたんですね。</p>

<p><span class="name">ミシマ</span>こういうわかりやすくつくる本って一番難しいじゃないですか。</p>

<p><span class="name">ミルコ</span>古代の神様が「えへへ」とか言ったりしてね。</p>

<p><span class="name">ミシマ</span>いらんと言えばいらんものですよね（笑）。そういうのを入れる手間は大変だと思います</p>

<p><span class="name">ミルコ</span>くだらないんですよ、マンガが。でも、これで登場人物に親しみが湧くんですよね。日本書紀と古事記の違いも書いてあるので、入門編としていいんじゃないかと。</p>

<p><span class="name">高瀬</span>わかるようでわからないんですよね、日本書紀と古事記の違いが、なかなか･･･。</p>

<p><span class="name">ミルコ</span>それを、坂本勝氏は読みやすく書いているという、そんな本でした。</p>

<p><span class="name">ミシマ・高瀬・かやはら</span>ありがとうございます（拍手）。</p>

<p><span class="name">かやはら</span>辞書がわりも使えそうですよね。</p>

<p><span class="name">ミルコ</span>どこからでも読めて、おすすめスポットも乗ってるし、取材の参考にもなるよね。</p>

<p><span class="name">高瀬</span>こういうのは、ありそうでないんだよな。ここまでやってるってのは。</p>

<p><span class="name">ミルコ</span>そうそう、そう。編集の人のご苦労がしのばれるけど、これをやった人はエラい！　勝手に讃えよう、古代史研究会で。編集者の名前も書いてないけど（笑）。エラい！　この人！！　ぱちぱち。</p>

<p>じゃあ、次は隊長（高瀬さん）行きますか？</p>

<h4>溝口睦子『アマテラスの誕生――古代王権の源流を探る』（岩波新書）</h4>

<table width="220" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="第13回 「へなちょこ」たちが選ぶ、＜古代史＞な一冊（前編）" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0502-2.jpg" width="200" height="332" />
<p>『アマテラスの誕生――古代王権の源流を探る』（溝口睦子、岩波新書）</p>
</td>
</tr>
</table>

<p><span class="name">高瀬</span>はい、じゃあやりましょう。</p>

<p>私は、『アマテラスの誕生――古代王権の源流を探る』（溝口睦子著、岩波新書）です。出たのは2009年ですね。著者の溝口さんは、まだご存命だとは思いますけど、1931年のお生まれでなので、かなりお年ですね。もう退官されていますが、十文字学園女子大学の教授をされていた方です。</p>

<p>要は、アマテラスってみんな知ってますよね、言葉としては。でも、知ってるんだけど、いったいどういう神だったかをなかなか説明できない。この、謎めいたアマテラスを、歴史の軸を縦軸にとりながら、実は、北東アジアとの関係があるんだということを解き明かしていく本です。</p>

<p><span class="name">ミルコ</span>北東アジアっていうと･･･？</p>

<p><span class="name">高瀬</span>いまの朝鮮半島から中国東北部、モンゴル、もっといくと、北方の草原地帯まで含めた地域です。<br />
アマテラスは、皇祖神、天皇の神、国の神でもあるけれど、実は、アマテラスは最初からそうではなかったということがまず書かれています。</p>

<p>『日本書紀』のなかでは、まずタカミムスヒが、皇祖神として出てくるんです。アマテラスはそれに続くような形で出てきて、ふたつの神、という形になります。で、『古事記』は、アマテラスを、一応皇祖神にしてるんだけれども、それも１カ所しか出てこないらしくて、あと7カ所くらいは、タカミムスヒがやっぱり出てくる。</p>

<p>となると、タカミムスヒってのは一体何なんだっていう話になってきますよね。この、タカミムスヒは、もともと北方アジアからやってきたんです。</p>

<p>天孫降臨ってあるじゃないですか。天孫降臨っていうのは、北方アジアにもともとあった神話らしくて、それを日本が、古い時代に――『古事記』や『日本書紀』の時代も古代ですけど、そのまたもっと古代にですね――どうも取り入れているらしいんですよ。それは、渡来人がどうも運んできただろうと。高句麗、百済、新羅の三韓がありますよね。そういうところを通じて、タカミムスヒが日本に伝わってきた。それが、天皇を補佐するような役割の人たちが信奉していた神様だったらしいんです。</p>

<p><span class="name">ミシマ</span>そうなんですか。</p>

<p><span class="name">高瀬</span>で、じゃあアマテラスは何だっていうと、実はもともと地方神で、別にヤマトでどうのこうのっていうわけでもなく、地方で太陽神として崇められていて、どっちかっていうと、こっちは大衆性があったわけですね。</p>

<p>だから、天皇の周辺では、ずっとタカミムスヒが中心で来てたんですけど、それこそ<a href="http://www.mishimaga.com/kodaishi/011.html">いま僕が書いている</a>蘇我を打ち倒して天智天皇が天下をとるあの時代に、白村江の戦い（663年）があるじゃないですか、唐と新羅の連合軍にやられるわけですよ、半島に行って。それで、自分たちが滅ぼされるんじゃないかと思った朝廷は、近江に都を遷していくわけですよ。国際情勢を考えなきゃいけないっていう時代に入る。</p>

<p>ここが一番、日本史のなかの大転換点になるわけです。まさにいまも、国際化、グローバル化の波が来てるんだけど、もう古代からあったわけですよ、すでに。</p>

<p>もちろんその国際化の波は白村江の前からもあるんだけど、この時代が非常に大きなポイントになってきて、そのあとに天武が、天智天皇の息子を倒して、壬申の乱（672年）で倒して天下をとる。天武が天下をとったときに、国際情勢がより厳しくなってくるなかで、政治の求心力を高めるために、神話と政治の統一を図らなきゃいけないっていうことを考え始めた。</p>

<p>そのときに、神様はタカミムスヒがいるけれども、実は、タカミムスヒは新羅あたりが持っているらしくて、それと同じ神様を一番上に置いては、あまり面白くない。しかも、民衆はタカミムスヒなんて神様を知らないんですよ。朝廷というか、中心部の人は信奉していた神だけど、日本中の人たちは知らない。むしろアマテラスの方が知られている。っていうんで、アマテラスを中心に持ってくるということをしたらしい。だけど、それまで信奉していたタカミムスヒを追放するわけにはいかないから、ふたつの神という形にしたっていうことのようなんです。</p>

<p><span class="name">かやはら</span>面白いですねぇ。</p>

<p><span class="name">高瀬</span>そうなんですよ。それだけじゃなくて、この本では、この説にまつわる面白いエピソードも紹介しています。</p>

<p>岡正雄さん（1898-1982）という民族学者の先生がいるんですが、この人が、昭和29年（1954）に、天皇にご進講をするんですよ。民俗学的に言って皇祖神はアマテラスではない、タカミムスヒが皇祖神である、と。そういうことを言ったらしいんですよ、宮内庁に呼ばれていって。そのとき、昭和天皇は、「そうか」とただ頷いて、科学者のように客観的態度で聞いていた、ということらしくて。</p>

<p>で、その説は、いつごろつくられたか、まとめられたかというと、昭和21年（1946）、戦後のあの焼け跡の時代に、東京の神田の駅前にあったバラックの2階建てで、この岡先生と、騎馬民族征服説の江上波夫さん（1906-2002）と石田英一郎さん（1903-1968）と、あともうひとり、八幡一郎さんという人がいて、この4人で討論・議論をしてまとめたらしいんです、3、4日、朝から夜まで議論して。</p>

<p>それで、日本本来の神はアマテラスじゃないと、専門家が4人集まって決めたと。そういうことはおそらく初めてのことであろうと、そういうふうなことがこの本で書かれているんです。その岡さんが、昭和29年に昭和天皇にご進講されているんです。</p>

<p><span class="name">ミルコ</span>よく許されましたよね？</p>

<p><span class="name">高瀬</span>宮内庁から呼ばれてますからね。<br />
この本（『アマテラスの誕生』）を読むと、『日本書紀』と『古事記』の関係もそうなんですけど、日本の天皇っていうのがどうやってつくられてきたのか、天皇制につながっていく神話がどういうふうにまとめられていったのかがよくわかります。それを、7世紀の後半のあの時代に、うまくまとめたわけですよね。</p>

<p>「天皇」という称号をつくったのも天武天皇だと言われているし、「日本」という国号は大宝律令で初めて使われた。それまではそうじゃないですよね、「天皇」という言葉も、「日本」という言葉も使われていないです。要するに、その時代に、『古事記』とか『日本書紀』を編纂して、過去に神話をさかのぼって、天皇を決めていったということなんですよね。</p>

<p>本からは話が逸れるんですが、たまたま、杉浦康平さんという有名なグラフィックデザイナーさんを取材していたら、あの人がすごい仕事をされていましてね。日本神話の時空構造を、ダイアグラムで絵にしたわけです。時空間を取り入れてるんですね。</p>

<p>タカミムスヒがいて、そこからイザナギとイザナミが出てきて、アマテラスがいて、そこから天孫降臨があって、という話を。天孫降臨は、アマテラスの孫が日向（ひむか）に降りて、その4代後に神武東征していく。こういうふうな神話構造なんですね。このダイアグラムは、天孫降臨と神武東征がセットでつくられています。</p>

<p>さらに余談ですが、ほかの本の知識も引っ張ってくると、どうも邪馬台国は、九州説と大和説とがあって、これがいまだに決着ついてないじゃないですか。</p>

<p><span class="name">ミルコ</span>新潟も･･･。</p>

<p><span class="name">高瀬</span>新潟、ね･･･（笑）。まぁ、でも、越前、いまの福井県から王が来て継体天皇になったと言われていますから、まあ新潟も昔から何かあった可能性は否定できませんね。って、それはまたちょっと別の話ですけど･･･。</p>

<p>で、邪馬台国はふたつあったっていう説があるんですよ。それは、九州から、ある事情があって、大和へ移ったんではないか、と。そうすると、これは神武東征と符号してくる可能性もあるんですよ。そういうことを言っている人たちもいます。その辺に話を発展させて読んでいくと、面白いですよね。</p>

<p>まぁ、いかようにも言えますのでね、古代史は、仮説を。</p>

<table width="220" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="第13回 「へなちょこ」たちが選ぶ、＜古代史＞な一冊（前編）" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0502-3.jpg" width="200" height="285" />
<p>『古代学への招待』（谷川健一、日経ビジネス人文庫）</p>
</td>
</tr>
</table>

<p><span class="name">かやはら</span>ニギハヤヒの東征が神武東征の前にあって、それが物部氏の東征だっていう話もありますよね（『古代学への招待』（谷川健一著、日経ビジネス人文庫）より）。</p>

<p><span class="name">高瀬</span>そうですね。実際に勢力移動があったことを、神話化したのではなかろうかという話ですね。</p>

<p>この本（『アマテラスの生誕』）に話を戻すと、学者の本なので、文章がしっかりしてるんですよ。変な意味の胡散臭さがない。古代史の本って胡散臭くなりがちで、それはそれで面白いんだけど、この本は、そういう意味で安心して読めて、わかりやすい。かなり勉強になりました。</p>

<p><span class="name">ミシマ・ミルコ・かやはら</span>ありがとうございます（拍手）。</p>

<p><span class="name">高瀬</span>じゃあ、次はミシマさんで。</p>

<p><span class="name">ミシマ</span>途中までしか読めていないんですが、『日本に古代はあったのか』（井上章一著、角川選書）を選びました。平成20年（2008）の本です。</p>

<p><span class="name">ミルコ</span>いいタイトルだね。</p>

<p><span class="name">ミシマ</span>古代史研究会と言いながら、「古代」ってなにか、そこをわかってないといけないんじゃないかなと。<br />
古代っていつからいつまでを指すと思いますか？</p>

<p><br />
（つづく）</p>]]>
        <![CDATA[<p>たかが「へなちょこ」、されど（？）「へなちょこ」。<br />
「へなちょこと」といえども、いや、「へなちょこ」であるからこそ、古代史の研究・勉強は欠かせない。そもそも、「研究会」であるわけだし･･･。<br />
そこで今回は、古代史の本を一冊ずつ持ち寄って、内容をみんなでシェアして、いろんな視点で古代史を学んでしまおうという座談会企画をお届けします。<br />
連載メンバー（高瀬・ミルコ・かやはら）に加えて、最近にわかに古代史熱が高まってきたミシマも参戦。<br />
ではさっそく、古代史座談会の始まり始まり。</p>

<p>（文・かやはらまさつぐ）</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>第18回 一目惚れしてしまった＜彼女＞との、対話（後編）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/kanojo/018.html" />
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    <published>2012-05-01T13:48:42Z</published>
    <updated>2012-05-01T13:48:42Z</updated>

    <summary>青山：大学に入って、すごい絶望したのね。こんなんじゃないと思って。 ★★：う...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="＜彼女＞の撮り方" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<p>青山：大学に入って、すごい絶望したのね。こんなんじゃないと思って。</p>

<p>★★：うんうんうん。</p>

<p>青山：概論とかでしょ？　最初。心理学にもすごい期待しちゃったわけ。心理学と★★さんを求めて行ったのね。</p>

<p>★★：行ったんだね。筑波にね。</p>

<p>青山：で、手紙で文通してたものの、実際入学して、どう声をかけていいかわかんないんだよね。</p>

<p>★★：そうだよね。どんどん私も変わっていったんだろうね。サークル忙しかったしね。</p>

<p>青山：でしょ？　だから入学しても悶々としてて、まったく★★さんのせいじゃないんだけど。大学に入学して、初めて★★さんに会った時があったのね。きっと、いや絶対に気づいてないはずなんだけど。授業の合間に、バイトの求人なんかが貼ってある廊下を･･･</p>

<p>★★：歩いてたの？</p>

<p>青山：歩いてたんだよ。</p>

<p>★★：あ、そうなんだ。</p>

<p>青山：で、すれ違ったときに、横に男の人がいたのね。</p>

<p>★★：あ、ホントに。</p>

<p>青山：で、今思うとそんなシチュエーションって普通にあるじゃん。まぁ、彼氏とは限らないわけで。クラスメートかも知れないし。</p>

<p>★★：まあね。</p>

<p>青山：ただ、僕は見た瞬間に終わった。大学生活終わったって、思ったのね（笑）。</p>

<p>★★：そうなんだ（笑）。なんだ～、それ早く言ってくれたら誤解が解けたのに。そりゃ、絶望するよね。</p>

<p>青山：で、その足で僕は大学を飛び出したのね。</p>

<p>★★：そうなの？！</p>

<p>青山：そうそうそう。</p>

<p>★★：ドラマチック。</p>

<p>青山：ドラマチック！　･･･ドラマチックっていうか、バカなんだけど（笑）。で、気づいたら高速バスに乗ってて、東京駅に着いて、バス乗り場の前にあるカフェでひとり、佇（たたず）んでたんだよね。これからどうしようって。そのまま三週間くらい失踪して、大学から連絡が来たりして、ちょっと大事（おおごと）になっちゃって。クラスメートからも心配されて、一応戻ったんだよね。で戻って、ひきこもり的な？　授業に行かず、大学を辞めるでもなく、みたいな感じで。<br />
その時に、たまたま本屋で『自転車旅行をはじめよう』って本を見つけて、これだ！　って思ったの。</p>

<p>★★：あ、そうなんだ。その本買ったの？</p>

<p>青山：買ったよ。で、自転車で日本を縦断するという流れでして。</p>

<p>★★：ホントに？！　青山くんのファンからしたら、私ゆるせない女だよね。</p>

<p>青山：はははっ。いやいやいや。</p>

<p>★★：お前、何やってんだよって感じだよね。せっかく筑波まで来てくれてんのに。</p>

<p>青山：いや、でも僕が★★さんの立場だったら、僕は相当痛い奴に見えるよ。</p>

<p>★★：そうかな？</p>

<p>青山：でも、そこまでの思いがあったから、今に至ると思うので。</p>

<p>★★：そうだよね。縁も変えられないよね。</p>

<p>青山：変えられない。まあとにかく、そういう歴史があったわけです。</p>

<p>★★：そっかぁ。そんな悲劇？　が生まれてたんですね。知らなかった。</p>

<p>青山：今となっては、喜劇に見えるけどね（笑）。</p>

<p><br />
青山<br />
『自分の人生って、家族とか恋人とか子どもとかに影響を受けたり与えたりしてるわけだけど、思わぬところで良い影響を与えてるんだなって思うし。写真やってるとすごい思うんだよね。もともと写真展とかをやって、来てくれた人の顔は大体覚えてるんだけど、写真集とかになるとわからないわけ。誰に届いてるか見えにくいし、例えば僕の本を読んで、何かしら救われる人も、まあ逆もあるかも知れないけど。そんな感じで、人は思わぬところで影響を与えたり受けたりしながら生きてるんだなっていう。』</p>

<p>★★<br />
『青山くんって、色んな思い出とか、これからの事をシーンでとらえている人だと思うんですよね。私の事を初めて、あの日あの時あの場所で見たとか。確かに言葉で説明したら長いんですけど、青山くんのなかでは、たぶん一枚の写真として残っていて。その時の私の表情とかが、強固なイメージとしてあるんですよね。そんな物事のとらえ方が、上手く写真と結びついて、仕事にもなってるのかなっていう。』</p>

<p><br />
一目惚れしてしまった＜彼女＞についてはこちら<br />
<a href="http://www.mishimaga.com/kanojo/001.html">第1回 プロローグ</a><br />
<a href="http://www.mishimaga.com/kanojo/002.html">第2回 どうやって、一目惚れしてしまった＜彼女＞に声をかけるか？</a><br />
<a href="http://www.mishimaga.com/kanojo/003.html">第3回 そんな四月の終わり頃。再会は、唐突にやってくるのです。</a><br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2012年4月号　編集後記</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/editor-note/032.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2012://1.2468</id>

    <published>2012-04-30T11:07:28Z</published>
    <updated>2012-04-30T11:07:28Z</updated>

    <summary>こんにちは。京都オフィス担当の窪田です。 4月の最終週、とてもとても久しぶり...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="編集後記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<p>こんにちは。京都オフィス担当の窪田です。<br />
4月の最終週、とてもとても久しぶりに東京の自由が丘オフィスに行ってきました。<br />
5日間の滞在のあいだ、新宿、池袋、六本木などに行き、「うわー、都会だ～」とひとりで興奮していました。<br />
1年前には普通に通っていた場所なのですが、なんだか不思議ですね。<br />
渋谷駅での人の多さには、心の底からびっくりしました。<br />
次に来るときは、ほかの場所にも行ってみたいと思います。</p>

<p>（窪田）</p>

<p>この4月で、ミシマ社に入社して丸2年になりました。<br />
今月27日に入社した平田さんが、いきなりミシマガジンHPの下にある「今日のひとこと」を振られて緊張している様子を見て、自分も入社したばかりの頃、「今日のひとこと」が思い浮かばずに30分以上も苦悩していたのを思い出しました。あれからいろいろなことがあったなぁ･･･。<br />
明日から入社3年目、気持ちも新たにがんばります！</p>

<p>（星野）<br />
 <br />
ミシマガジンは、オープンしてからもうすぐ丸3年になります。<br />
ふと思ったのですが、いったいどんな読者の方が読んでくださっているのでしょう。<br />
この企画面白かった、この回を読んでここの本屋さん行ってみました、などなど<br />
読み物へのご感想ありましたら、ぜひドシドシお伝えいただきたいです。</p>

<p>（林）<br />
 <br />
突然ですが、、、ミシマガの右上に書かれているイラストが好きです。<br />
今月は、ランドセルを背負ってるヤマアザラシのような謎の生物。<br />
見ているとなんだか癒されます。<br />
来月は、どんなイラストが登場するのでしょう。<br />
密かな私の楽しみです♪</p>

<p>（亜希子）</p>

<p>ついこの間まで、寒空の下で桜の花はいつ咲くのかなあと思っていたのに、あっという間に４月も終わってしまいました。<br />
このひと月で環境の変わった方ももたくさんいらっしゃるかと思います。<br />
わたしもそのひとりですが、<br />
よしもとばななさんが『だれもの人生の中でとても大切な１年』のなかで書かれていた、<br />
「新しい世界に飛び込んで行く喜びをいつも大事にしたい。」<br />
という言葉にとても励まされました。<br />
この言葉を胸に、楽しくやっていこうと思います。</p>

<p>（平田）</p>

<p>今月は、「<a href="http://www.mishimaga.com/hon-kobore/019.html">本のこぼれ話</a>」と「<a href="http://www.mishimaga.com/hon-watashi/066.html">本屋さんと私</a>」を担当しました。</p>

<p>「本のこぼれ話」でご紹介した『幻聴妄想かるた』。<br />
このユニークなかるたの魅力や全貌が伝わるといいな･･･と思い、さまざまなメディアでの紹介文やかるたで遊ぶ様子の動画なども盛り込んでまとめてみましたが、いかがでしたでしょうか。多くの方が『幻聴妄想かるた』に関心を寄せるきっかけになれば、うれしいです。<br />
 <br />
「本屋さんと私」でご登場いただいた"ライター界のイチロー"こと、木村俊介さん。<br />
こつこつと積み重ねられた膨大な読書量や取材前の綿密な準備のお話を伺い、ただただ圧倒させられました。<br />
また、木村さんの仕事に対する真摯なお姿に触れて、では、私はどうだろうか･･･とわが身を振り返りました。<br />
取材を通じて、私もある意味、木村さんに侵蝕されたのだと思います。<br />
斉須政雄さんの「仕事はやりなおしの繰り返しだ」という言葉を胸に、精進いたします！</p>

<p>（足立）</p>

<p><br />
□□【蔵出しミシマガジン】□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□<br />
　　　テーマ：「山葵」　</p>

<p>■<strong><small class="clr_BR">［飲み食い世界一の大阪。］</small></strong><strong><a href="http://www.mishimaga.com/nomikui/010.html" target="_blank">第10回 鮨屋の育ち</a></strong><small>（2012年3月19日掲載）</small><br />
<blockquote>　いきなり結論めいた言い方になるが、鮨屋は「馴染み」あるいは「行きつけ」でないと、まったくおいしくないのではないか。<br />
　自分だけに依怙贔屓をしてくれて良いネタが出てくるということではない（大いにそれもあるが）。同じ店に週に必ず１回くらいの割合で行って２０年。千回くらい同じ店に行ってそれがわかってきた。<br><br />
　客の目の前でナマの魚や貝などを捌いて切り（血が出たり内臓や骨が見えたり鱗が飛んできたりする）、酢飯を手でつかみ、指でワサビをつけ、ネタを手のひらで合わせ、それから握る（くちゃくちゃと音もする）。<br><br />
　こういう極めてシンプルかつ身体的なプロセスの料理ゆえ、その人の個人の感覚的なものが大きく左右する。だから良い悪い、うまいまずいより、合う合わないがすべてである。</blockquote><br></p>

<p>■<strong><small class="clr_GL">［わが家の闘争　韓国人ミリャンの嫁入り］</small></strong><strong><a href=" http://www.mishimaga.com/wagaya/011.html" target="_blank">第11回 海を渡れぬ砂糖</a></strong><small>（2011年7月26日掲載）</small><br />
<blockquote>韓国でお菓子は子どもが食べるものという認識が強い。<br />
しかし、日本では訪問や挨拶などの贈り物の定番として人気なのが菓子だ。この違いは、お互いの国のデパートの地下を見るとよくわかる。<br />
韓国のデパ地下はお菓子の専門店が入っていることが少なく、スーパーマーケットや惣菜屋が多い。パン屋は2件あったら多いくらいだ。<br />
だが、日本のデパートはお菓子屋がずらりと並んでいる。しかも、種類も多岐にわたり、和菓子、洋菓子、ケーキ･･･などなど。<br><br />
私が韓国に住んでいた頃、昔から付き合っている日本人の友達が私のもとを訪れると、必ずと言っていいほど煎餅や東京バナナのような菓子を携えてやって来て、「家族と一緒に食べて」と言うのだ。プレゼントをもらった私は恐縮しながら「ありがとう」を連発するが、心のなかでは途方にくれていた。<br><br />
「どうしてあんたの日本人の友達は、みんなこんな固いお菓子をいつもくれるの？」<br />
</blockquote><br></p>

<p>■<strong><small class="clr_EG">［読む女］</small></strong><strong><a href=" http://www.mishimaga.com/yomuonna/007.html" target="_blank">第7回 うめぼし</a></strong><small>（2010年1月29日掲載）</small><br />
<blockquote>しばらく住宅街を歩いた先に、彼女の家はある。<br />
久しぶりに会うのでうれしい。<br />
彼女は勿論、彼女のお母さんと会って、他愛のないことをお話するのも楽しみのひとつなのである。<br><br />
お昼をごちそうになり、いくつかのお漬物を出していただいた。<br />
カブの酢漬け、たくあん、うめぼし。<br />
口に程よい大きさにされた、どれも丁寧な包丁しごと、手しごとを感じる美味しい味である。<br />
庭には金柑や柿、枇杷（びわ）や柘榴（ざくろ）の木があり、季節ごとにジャムをつくっているので、おいしいのを何度かいただいているのだが、今日のお漬物も、彼女のおばあちゃまの畑で採れたカブと大根とうめでつくったそうである。<br />
食後は、やはりおばあちゃまのところからいただいた甘酸っぱい蜜柑をいただく。<br><br />
彼女の味覚は、小さなころから、そこにあったからという無理のない豊かな家の味で育っているので、おいしいものをたくさん知っていて、相談をすると間違いがない。<br />
それだけではなく、彼女と他愛のないことを話ししていると、さまざまなことに話が及んで、知らない世界のことをいろいろと教えてもらえて、とても元気になるのである。<br />
そんな彼女のことを、わたしは心のなかでドリトル先生、と呼んでいる。<br />
</blockquote><br></p>

<p>■<strong><small>［高松こんまい通信］</small></strong><strong><a href="http://www.mishimaga.com/konmai/010.html" target="_blank">第10回 立ち入り禁止</a></strong><small>（2011年5月26日掲載）</small><br />
<blockquote>こんにちは、小西です。<br />
5月に入って、島も海も山も、急に思い出したみたいに、にわかに活気づいて来ました。郊外を車で入ると、畑は一面、黄金色の小麦のじゅうたん。（うどんの郷ですものね（笑））。風も、山の匂いも、ギソギソ（ってわかります？　落ち着きがないって讃岐弁の擬態語なんですけど）してて、私もなんだかお尻がムズムズ･･･。というわけで、週の半分は島か山にいる今日この頃です。<br><br />
先日、香川県の西の端、五郷地区というところに行って来ました。ROOTS BOOKSでは、昨年からここの地域調査の一環で、五郷の魅力を伝えるお手伝いをしています。<br />
</blockquote><br></p>

<p>■<strong><small class="clr_LB">［＜彼女＞の撮り方］</small></strong><strong><a href=" http://www.mishimaga.com/kanojo/003.html" target="_blank">第3回 そんな四月の終わり頃。再会は、唐突にやってくるのです。</a></strong><small>（2011年12月6日掲載）</small><br />
<div class="column bgc_BLU"><br />
<p>一目で惚れると書いて、「ひとめぼれ」と読む。一目で異性に惚れるなんて、本来あり得ない事だと思う。一目で＜彼女＞の一体、何がわかると言うのだろう？</p><p>"ひとめぼれ"とは、身勝手に相手を理想化して、出会った瞬間に百点満点をつけてしまう事であり、後は、会えば会うほど理想と現実の間にギャップが生まれるわけで、言わば減点法になってしまう。勝手に百点満点つけられる相手にとっては、何とも迷惑なものであろう。</p><p>そう。"ひとめぼれ"から始まる恋なんて、上手くいくはずがない。</p><p>でも。"ひとめぼれ"したあの瞬間の高揚感が、今でも忘れられない。</p><br />
</div></p>

<p>□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□</p>

<p><small><strong>発行人：三島邦弘</p>

<p>編集：ミシマ社</p>

<p>ウェブ編集：松井真平</p>

<p>ライティング</p>

<p>足立綾子<br />
<a href="http://www.mishimaga.com/hon-kobore/019.html" target="_blank">本のこぼれ話：第19回 みんなで遊ぼう！　『幻聴妄想かるた』編集：石川誠子さん</a><br>
<a href="http://www.mishimaga.com/hon-watashi/066.html" target="_blank">本屋さんと私：木村俊介さん編</a>

<p>イラスト　MARINO （ブリン）<br />
トップページ、「読む女」「＜構築＞人類学入門」「声に出して読みづらいロシア人」「本屋さんと私」「スポーツ紙バカ一代」「喫茶店入門」</p>

<p>編集協力</p>

<p>白髪鬼<br />
<a href="http://www.mishimaga.com/russiajin/index.html" target="_blank">「声に出して読みづらいロシア人」</a></p>

<p>足立綾子<br />
<a href="http://www.mishimaga.com/mishi-hana/index.html" target="_blank">ミシマ社の話</a></p>

<p>ウェブディレクター　蓑原大祐　石山豊（株式会社アンアンドアン)<br />
Web制作　<a href="http://www.anandan.co.jp/" target="_blank">株式会社アンアンドアン</a></p>

<p>Special Thanks to all readers and all authors of MISHIMAGA</p>

<p>お便りはこちら <a href="mailto:readers@mishimasha.com" target="_blank">readers@mishimasha.com</a></strong></small></p>
]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>第29回 お袋のキムチなしで生き残ることができるか？</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/wagaya/029.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2012://1.2466</id>

    <published>2012-04-27T10:51:04Z</published>
    <updated>2012-04-27T10:51:04Z</updated>

    <summary>韓国のお母さんから荷物を送ったと連絡が来た。 いつも韓国の家からの荷物は土曜...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="わが家の闘争　韓国人ミリャンの嫁入り" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<p>韓国のお母さんから荷物を送ったと連絡が来た。<br />
いつも韓国の家からの荷物は土曜日か日曜日に届くように送ってもらう。大体届くのには三日がかかる。多分三日後は家にいたほうがいいと考えた。<br />
案の定、三日後荷物が届いた。家にいて正解。郵便局の配達員さんから受け取って夫を呼ぶ。</p>

<p>「重っ」</p>

<p>いつも5kgの荷物をひとつかふたつほど送ってくる。その中身はキムチとおかずだ。異国でちゃんとキムチを食べているかどうか心配でキムチをつくるたびにこうやって送ってくる。それに予想もしなかったにんにくの醤油づけも入っている。</p>

<p>食べ物が入っているために絶対届いたその日に受け取らないと韓国の家族がとても心配をする。キムチが届く途中に熱ですっぱくなって味が落ちるのではないかと。それを受け取れず次の日にもらうことになると電話がかかってくるのだ。韓国では自分が送った郵便がちゃんと届いたかどうかSMSというメッセージサービスで教えてくれる。もし受け取らなかったら留守で届かなかったと連絡が行くのだ。</p>

<p>ふたり暮らしの家にこの量は多すぎる。今は引越しを機に冷蔵庫を大きいものにしたので問題ないが、昔冷蔵庫が小さかったときは結構困っていた。三食をきっちり家で食べられるわけがないのに、大量のおかずも送ってくる。<br />
夫は荷物を空けると顔が明るくなった。</p>

<p>「お、豆も入ってる。よかった」</p>

<p>夫が好きだと言ったら毎回黒豆の炒め物、小魚の炒め物、葉っぱの漬物などなどいっぱい送ってくる。<br />
しかもキムチの種類がひとつではない。갓김치（ガッキムチ：からし菜のキムチ）、오이소박이（オイソバ：きゅうりのキムチ）、무김치（ムキムチ：大根のキムチでカッテギとは違う）、총각김치（チョンガクキムチ：小さい大根のキムチ）などなど、いろんな種類のキムチを旬にあわせてつくって送る。父の妹であるおばさんの話によると、母は二十歳のときお嫁さんになったが、当時12種類のキムチをつくれたそうだ。</p>

<p>私と生活し始めて三年間、こうやっていつも荷物をもらっているので夫も慣れたものだ。<br />
キムチなどから液体が出るからキムチ保存用のビニール袋だけに入れただけでは送ることができない。だから発泡スチロールの箱にキムチとおかずを入れ、さらに郵便局の指定箱に入れる。夫は荷物を取り出した発泡スチロールの箱を細かく処理し、ゴミ袋に入れて私はキムチらをビニール袋から取り出してタッパーに入れる。まず大きいタッパーにキムチを入れて当分食べる分を取り出し食べやすい大きさに切り、小さいタッパーに入れる。<br />
この作業の途中でつまみ食いをするのが最高においしい。</p>

<p>「うわ、おいしい。食べてみる？」<br />
「そんなに食べないで早くやってよ。発泡スチロールの粉が飛んでるわ」<br />
「おいしいよ。食べてみなよ」</p>

<p>ごみを処理している夫の口に無理やりキムチを入れ込む。いやな顔をしながらもちゃんと味を見る。</p>

<p>「からっ!」</p>

<p>ご飯もなしにキムチをパクパク食べる私を夫はいつも不思議に見る。しかし、無理やり夫の口にキムチを入れると、夫もよく食べる。本場の味を覚えてしまったようだ。<br />
本当に韓国から荷物が来るときは大変だ。量が多いから重くて全部冷蔵庫に入れるとクタクタになる。</p>

<p>今の時代、新大久保に行けばキムチはいくらでも買えるし、ネットで注文だってできる。それに材料も買えるから自分でつくることもできる。それなのにお金をかけて（重いから配送量はやはり結構かかる）わざわざ韓国から荷物をもらうのでは大変ではないのかと思うかもしれない。しかも、お母さんが入れた荷物をお父さんが車に載せ、郵便局まで行って箱を買い、荷物を入れて送るからお互い大変なのだ。<br />
それなのに、お母さんのキムチを私はあきらめられない。</p>

<p>韓国の親が心配しているのはちゃんとキムチを食べているのかだ。<br />
私は小さい頃から不思議とキムチが大好きで、キムチなしではご飯が食べられない子だった。今はなくても仕方ないと思うときが多いけれど、やはり一日中一回でも食べないと気持ちが悪い。本当に胃袋が変になるのだ。お母さんの話によれば、私を妊娠していた頃すっぱくなったキムチをご飯もなしに結構食べたそうだ。だから私がキムチ好きになったのではないかと。科学的にぜんぜん根拠のない話かもしれないけど、妹も弟もキムチ好きなので不思議だ。</p>

<p>「今回のお母さんのキムチはすごくおいしいよ」</p>

<p>電話をするとお父さんはこんなことを必ず言う。</p>

<p>「もっと送ってやろうか？」</p>

<p>最初日本に来たときは何回か送ってもらったけど、やはり配送量も気になるし私も妻になったのだから何とか日本国内で解決しようと思った。白菜を大量に買ってお母さんが教えてくれた簡単な方法でつくってみたり新大久保の店で買ってきたりしたけど、ぜんぜん味が違う。<br />
いつもここで何とかすると言ったのだがいつの間にか返事が「大変ではなかったら送って」になり、今はなくなる二週間くらい前は連絡するようになった。<br />
しかし、いつも量が半端ない。</p>

<p>うちの弟は外出先ではキムチを食べない。好きなキムチは絶対お母さんのキムチ。私の友だちのなかでも外食するときはぜんぜん食べないけど、家ではパクパク食べる子がいる。韓国にいるときはどこの食堂に行ってもかまわずキムチを食べていた私だったが、日本に来てお母さんキムチではないといやになってしまった。</p>

<p>日本のキムチは物足りない。味が違う。それに不思議と賞味期限があるのだ。<br />
私は、韓半島に住んで30年、一回もキムチの賞味期限なんて聞いたことがない。</p>

<p>묵은지(ムグンジ)といってつくって3年以上土の下に寝かせてとてもすっぱくなったキムチを使った料理がここ最近韓国でははやった。3年以上のキムチ･･･日本でこんなもので料理をつくったら多分大騒ぎになるのではないだろうか？　言っておくがムグンジはぜんぜん危なくない。ちゃんと土のなかで寝かせたものは何年経っても食べることができるそうだ。それに家でつくったキムチもちゃんとキムチ冷蔵庫に入れておくと、1年経って取り出して食べても味が落ちずおいしいのだ。わざわざ長い期間寝かせて食べるのに、日本のキムチの賞味期限はせいぜい3週間だ。</p>

<p>「何でスーパーで売ってるキムチは賞味期限なんかあるの？」<br />
「え？　食べ物だから賞味期限があって当たり前じゃないの？」<br />
「キムチの賞味期限なんて聞いたことがないわ。日本で売ってるのってちゃんと発酵させてないんじゃないの？　これはキムチじゃないよ。何が本場の味なの」<br />
「本当にキムチって腐らないの？　ていうか、発酵食品なんだから最初から腐ってんじゃん」</p>

<p>夫はいつも理屈っぽい。</p>

<p>「キムチが腐って食べられなくなったって話は聞いたことがない」</p>

<p>私は強く主張した。</p>

<p>堂々と断言したが、その後我が家に悲惨な出来事が起きてしまった。<br />
韓国から大量に送られたキムチを長く冷蔵庫においておいたら本当に"腐ってしまったのだ"。</p>

<p>「ええ？　どうしよう。この白いのはなんなんだ」<br />
「ほら腐ってるじゃん。多分これ発酵が進んでいるのだけだと思うけど。腐敗と発酵は原理的には変わらない。ただ、体に役に立つにどうかの問題さ」<br />
「今そんなお勉強の話をしてるんじゃないのよ」</p>

<p>おそらく、キムチの保存方法が間違っていて腐ったに違いない。<br />
中古屋で買った冷蔵庫で温度がちゃんと保てなかったらしい。あきれた話だ。あんなに堂々と腐らないと断言したのに、自分の馬鹿さで大切なキムチを腐らせては･･･話にならない。<br />
泣く泣く白く腐った部分を除いてほかのところは水で洗って鍋をつくって食べたり、チヂミにして食べたりした。勿体ないと思いながら、キムチ冷蔵庫があればこんな悲惨なことはなかったと思った。<br />
しかし、日本のどこでキムチ冷蔵庫を買うのか？　無理な話だ。それからというもの、冷蔵庫を買い換えても心配で温度を一番低く設定している。</p>

<p>ここでひとつ言わせてもらうと、実は韓国人はキムチを"キムチ"で呼んでほしくない。<br />
김치は英語にするとKimchiになる。日本語で書くと、"キムチ"より"キンチ"に近い。日本人にとって発音が難しいかもしれないが、キムチというとちょっと発音が違うのだ。</p>

<p>韓国人の俳優が日本の番組に出て"キムチ"と発音してそれが報道されると大騒ぎになる。キムチと間違って発音しているのにそれを訂正しないとすごく怒るのだ。<br />
多分、韓国人は細かくて面倒くさいと思う方もいらっしゃると思うけど、それだけキムチに対して韓国人の気持ちは熱いのだ。例えば、日本の寿司を、"スヒ"と言われたら、日本の人も残念な気持ちになるのではないだろうか。</p>

<p>正直私も長年日本に住んでいて、ついついキムチで言ってしまうけど、心のなかで「やべー」と思う。しかし、Kimchiをキンチで発音するとしっくりこないのは確かだ。これも似てないのだ。だからキムチになってしまったのだろうけど、正確な発音はKimchiだってことを覚えてくれると私がこの話を書きながらずっと「キムチ」と書いたことがある程度許される。･･･かもしれない。</p>

<p>晩御飯がパスタでも和食でも、わが家で食べるときは必ずキムチが出てくる。外食をした日は帰ってきてひとりでキムチだけ食べる。<br />
日本人女性で韓国人男性と結婚して今韓国で暮らしているKさんはこういう。</p>

<p>「韓国人ってさ、カレーを食べるときもキムチを食べるからね」</p>

<p>そうよ。キムチは韓国人の真のソウルフードだから。お袋の味だから！<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>第68回 インタビューは、その時代がわかる和歌のようなもの</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/hon-watashi/068.html" />
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    <published>2012-04-26T12:29:00Z</published>
    <updated>2012-04-26T12:29:00Z</updated>

    <summary>取材相手に侵蝕されるということ ――　スタッズ・ターケルとカポーティの弱いと...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="本屋さんと私" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<h4>取材相手に侵蝕されるということ</h4>

<p>――　スタッズ・ターケルとカポーティの弱いところ、取材相手に侵蝕されるところが木村さんと似ているとおっしゃっていましたが、実際にインタビューをされて、この人に侵蝕されたとか、ものすごく影響を受けた方ってどなたかいらっしゃいますか？</p>

<div class="img_l"><img alt="本屋さんと私　第68回　インタビューは、その時代がわかる和歌のようなもの" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0426-1.jpg" width="300" height="451" /></div>

<p><span class="name">木村</span>それで僕、いま、成り立っているんですけど、『調理場という戦場』の斉須政雄さんなんかそうですね。丁寧な仕事をするってこういうことなんだろうなって、もちろん、いろんな人に教わったんですけれど、斉須さんにいちばん教わった気がします。</p>

<p>彼は、「掃除と愛情はとっとけない」っていうんですね。掃除も愛情も先延ばしにできないから、いま、やらなきゃいけない。仕事の話を聞くのも一回かぎりだから、整理整頓をするのと情のいちばん深い関係なのは、いましかない。やれるうちはやって、チャレンジして、もう一回やりなおす。斉須さんは、「仕事はやりなおしの繰り返しだ」っていうんですね。</p>

<p>話を50時間ぐらい聞いていると、考え方も斉須さんっぽくなってくるんです。そうなってくると良し悪しで、いいやいいやと思ってやっていた仕事ができなくなったりして、よくなかったりすることもあります。未だにいろいろと考えさせられますし、お会いするときは緊張しちゃうし、そういう意味で、ほんとうに侵蝕されましたね。</p>

<p>――　最近、インタビューされたなかで、侵蝕された方っていらっしゃいますか？</p>

<p><span class="name">木村</span>最近、すごく影響をうけた人が、去年12月にお亡くなりになりました。朝日新聞2012年1月7日号に掲載された連載「結婚未満」で取材したシェアハウスの普及をしていた人です。亡くなる三日ぐらい前に話を聞いたんですね。遺族の方とその人の彼女に話を通して、実名で記事を掲載させていただきました。</p>

<p>その方は、亡くなる前に「末期の癌」をしゃべってくれました。不動産情報サイトを運営してビジネスをしていた人ですから、ソーシャルのつながりがあって、未来社会で人と人とのつながりを変えたかったり、その環境のなかで自分のあっているものを探してみたかった人なんです。</p>

<p>病気になって、病室に300人くらい友だちがやってきたとき、自分は「つながり」ってずっと言ってきたし、これからも言うつもりだけど、社会に還元できることや自分が感じられることは、直のつながりのなかにしかないんだなーって思ったのだそうです。肉親や彼女や友だちになにができるか。誠実にどう対応できるかだけしか、自分には残されていないんだなと思うと同時にそれでいいと思っている。つながりという話のなかで、それが結構大きな印象を受けましたね。</p>

<p>その記事、不思議な広がり方をしたんです。彼の友だちのひとりが、ツイッター上に<a href="http://twitpic.com/85yvpu" target="_blank">記事</a>をスキャンしてアップしたところ、ツイッターで3700人くらいがリツイートをして、フェイスブックで7000ぐらいが「いいね！」を押したみたいなんです。</p>

<p>記事そのものを張りつけたページは、24万人ぐらいが見ているんですね。朝日新聞って、700万部くらい発行しているので、それに比べれば少ないけれども、ネットのなかではすごく多いばかりか、こういう広がり方をするんだなと驚きました。</p>

<p>ツイッター上でバーチャルなつながりではあるけれども、バーチャルなつながりのなかで、この記事に触れた人は、自分の直のつながりについて考えさせられたってリツイートしながらいっている。これは不思議なことだなと思って、この1カ月ぐらいの間に考えさせられました。</p>

<h4>おもしろい人に会うのを待っている</h4>

<p>――　転機になったお仕事ってありますか？</p>

<p><span class="name">木村</span>『仕事の話』をつくっているとき、編集の児玉藍さんにインタビューについていろいろと相談していたのですが、自分がやってきたことってこういうことなんだなって、本のかたちになったときにわかった気がしましたね。</p>

<p>あと、糸井事務所を退社して少したったとき、インタビューでいろいろなお仕事をいただいたんですが、フリーになってみると、自分はインタビュアーなんだなっていうのが、じっくりわかりました。評論的なものとか、他のお仕事もいくつかしたんですが、やっぱり僕は人と会って仕事をするのが向いているなと思いましたね。</p>

<p>――　いま、気になっている人っていますか？</p>

<p><span class="name">木村</span>めちゃくちゃいます。たとえば、尾田栄一郎さんにインタビューしてみたいですね。いま、あんなに各方面から圧力を受けている人はいないと思うんです。そんな圧力のなかにいる人っていうのは、どういう人なのかなって。過去のインタビューを読んで、どんな人なのかはだいたい知っているんですが、直に聞いてみたいですね。</p>

<p>おもしろい人に会うのを待っているというのはあります。攻めじゃないんですね。受け手として、調べて待って網を張って、網にかかったら聞くみたいな。</p>

<p>――　さまざまなジャンルの方のインタビューをされていますが、たとえば、美術系で気になる方はいらっしゃいますか？</p>

<p><span class="name">木村</span>杉本博司さんは、ほんとうにおもしろい方で興味がありますね。現代美術を見立てのゲームとしてやっているんです。すごく質の高い『へうげもの』みたいなことをされていますね。彼の価値のやり取りやゲームは、村上隆さんたちとのギミックとはまたちがって非常におもしろいですね。</p>

<p>そういう意味でいえば、去年、カニエ・ウェストがJAY-Zと組んで出したアルバム「Watch the Throne」のアートワークをジバンシーのデザイナーが手がけたんですね。それは美術というよりは、ファッションに近いんだけれども、カニエ・ウェストたちは美術のコレクターでもあるから、美術の世界の価値の転換というテーマを、アメリカでいちばん売れている音楽の効果でつくりだす。美的センスに通じている彼らのやり取りにすごく興味がありますね。彼らのインタビューを読んでも、すごくおもしろいですね。</p>

<p>――　ここで本を出したいとか、ここから出ている本がおもしろいとか、いま、気になる出版社はありますか？</p>

<p><span class="name">木村</span>松本大洋さんや五十嵐大介さんの漫画が掲載されている月刊「IKKI」は気になりますね。『海獣の子供』は、五十嵐さんの最高傑作ですね。風景を描くのが好きだという人が描く漫画はすごいですよね。</p>

<p>元気な出版社はいっぱいありますよ。「日経プレミアシリーズ」は新書の世界では後発なのに、おもしろいですね。講談社も一緒にお仕事させていただくと、さすがだなとわかりますし。それいったら、みなさん引くかもしれませんが、僕、文春大好き人間なんです。会社でもいろいろな人がいますし、人次第ですけど･･･でも、僕、文春が好きですねー。</p>

<h4>声は文字として刻まれると「感情の遺跡」になりうる</h4>

<p>――　今回、お話を伺っていて思った素朴な質問なんですが、一度読んだ本は最後まで読みきりますか？</p>

<p><span class="name">木村</span>そうですね。意地で読みきります。小島信夫さんが、「読んで、1ページおもしろいところがあったら、まあいいよ」って言うんですが、だいたい、さらにもう1ページぐらいおもしろいところがあるんですよね（笑）。</p>

<p>――　一冊、どのくらいで読みきりますか？</p>

<p><span class="name">木村</span>それもそのときどきです。ゆっくり読んだほうがおもしろい本もいっぱいあって、『失われた時を求めて』は、ゆっくり読まないとぜんぜんおもしろくないんです。書いた人の呼吸で読まざるをえないから、そのうち呼吸があってくる感じですよね。</p>

<p>宮部みゆきさんや伊坂幸太郎さんとか、ある時期からあとの作品に対して批判が多くなるケースってありますよね。そういうケースって、だいたい作者の文章が厚みを持つようになって、少しゆっくり読まないといけなくなったときに、批判をうけることがすごく多いような気がします。でも、ゆっくり読むと前よりおもしろい。それをいままでのミステリーを読まれていた方に伝えるのは、なかなか難しいことなのではないかなと思います。</p>

<p>――　取材の資料を仕事の合間に読まないといけないと思うのですが、どう時間をやりくりしていますか？</p>

<p><span class="name">木村</span>みなさんの仕事から会議の時間がなくなれば、結構本は読めますよ（笑）。でも、新書って簡単に読めると思われていますけど、僕、新書の取材をして本当によかったと思ったのが、新書って、5回ぐらい読まないと結構わからないところがあるということです。</p>

<p>新書って、経済史とか、厚みのある世界をわかりやすく書いているんだけど、ちゃんと読まないと全体がわからない。逆に新書こそ、5、6回読むと、その人の世界がすごくよくわかるんですね。5回ぐらい読む取材者って少ないみたいで、著者にお会いすると、こんなに深く私の意図を感じてくれたって言われることもありますね。</p>

<p>――　たしかに新書って、旬なトピックを手軽に理解できるというイメージがありますね。</p>

<p><span class="name">木村</span>一問一答みたいに、ひとつの答えに答えているだけではないんですよね。『芭蕉――「かるみ」の境地へ』は10回ぐらい読みましたが、これはいい本ですよ。『おくのほそ道』のあとの芭蕉の話です。歴史上、誰にも認められていない芭蕉の「かるみ」という境地を、芭蕉が直に書いた書簡から掘り起こしたものなんです。</p>

<p>芭蕉がこんなところまでたどりついたのに、日本の歴史にはなんにも残っていない。芭蕉の書簡を読むのが専門の先生が著者で、この先生しか書けない本なんですね。インタビューとは、直に歩くとは、声をかたちにするとは･･･ということについて、大変考えさせられました。</p>

<p>――　『おくのほそ道』の旅で客死したのではなかったっけ･･･とか、芭蕉の晩年については恥ずかしながらうろ覚えでした。</p>

<p><span class="name">木村</span>これは名著すぎるんですけど、いろんな人にすすめてもなかなか読んでもらえないんですよね。</p>

<p>――　書店さんで木村さんが選んだ本のフェアとかおもしろそうですね。</p>

<table width="220" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="本屋さんと私　第68回 インタビューは、その時代がわかる和歌のようなもの" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0426-2.jpg" width="200" height="283" />
<p>「真夜中 vol.14」（特集：ノンフィクション、リトルモア）</p>
</td>
</tr>
</table>

<p><span class="name">木村</span>去年、紀伊国屋書店新宿本店で、雑誌「真夜中 vol.14」のノンフィクション特集と関連して、「"インタビュー"によるノンフィクション名作」のフェアをやりましたね。「声は文字として刻まれると感情の遺跡になりうる。インタビューは、感情を封入して、その時代のことがわかる和歌のようなものだ」という趣旨のもと、インタビューでまとめられたノンフィクションの本を29冊選びました。</p>

<p>たとえば、渋谷陽一さんがインタビューした宮崎駿さんの『風の帰る場所――ナウシカから千尋までの軌跡』は、個人的に渋谷さんの本のなかでいちばんおもしろいと思っているのですが、あの本はツイッターで「miyasan_bot」とかが好きな人でもおもしろく読めると思いますよ。</p>

<p>――　では最後に、本をあまり読まない人に対して、読書を楽しむ入口として、なにかアドバイスをお願いしたいのですが。</p>

<p><span class="name">木村</span>僕の場合、本の作者とおしゃべりをしているような感じなんですね。ですから、テレビより厚めにまとめられた声という感じで接したらいいんじゃないでしょうか。みんなが早く読んだりしているかもしれないけど、自分がしゃべる速度でゆっくり読んでいれば、意外ととんでもない世界に最後はいくっていうのがあるので、おもしろいのではと思いますね。</p>

<p>――　ほんとうにそうですね。私も今回ご紹介いただいた本を読んでみたいと思います。今日はありがとうございました。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>今月の「本屋さんと私」では、インタビュアー・木村俊介さんに、ご自身の原点、仕事観などを、愛着のある本のエピソードを交えながらお話を伺ってきました。</p>

<p>最終回となる今回は、木村さんに大きく影響を与えた取材相手、いま、気になっている人などについて。最後に、本をあまり読まない方へのアドバイスもいただきました。</p>

<p>（聞き手：足立綾子・林萌、文：足立綾子）</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>第5回 わんちぇんむぅがやってくる　ヤァ！ヤァ！ヤァ！（中）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/manjigatame/005.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2012://1.2460</id>

    <published>2012-04-26T01:17:10Z</published>
    <updated>2012-04-26T01:17:10Z</updated>

    <summary>　　　ＤＡＹ２ 　 　一日はインタビューから始まった。 　台湾人には、英語名...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="万字固めがほどけない" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<p>　　　ＤＡＹ２<br />
　<br />
　一日はインタビューから始まった。<br />
　台湾人には、英語名というものがある。<br />
　いただいた名刺には三文字の漢字で名が記されていて、何て読むのかなと考えていると、笑顔で「エミリーと呼んでください」などと言われるので、こちらは面食らう。え、そう読むの？　と改めて名刺をのぞくが、その漢字からはまったく「エミリー」の気配を感じ取ることができない。</p>

<p>　よくよく話を聞くに、台湾人には本名とは別に、英語のニックネームというものがあるそうだ。それは本人が好きでつけるもので、ニックネームの有無もまた、本人が好きで選ぶ。もともとは香港で、中国語をうまく発音できぬ外国人のために、便宜上、英語名を名乗るというところから始まったようだが、今や海を越え、中国語文化圏で広く見られる習慣になった。</p>

<p>　インタビューの席につき、インタビュアーの女性から名刺をいただく。やはり、漢字で三文字記されている。何て読むのかなあ、と眺めていると、<br />
「なるみと呼んでください」<br />
　といきなり日本語で話しかけられた。<br />
「はい？」<br />
　びっくりして顔を上げた。<br />
　とてもきれいな発音だった。日本人と言われてもわからないかもしれないほどだった。しかし、名刺の名前はどう見ても中国のそれである。</p>

<p>　混乱する私の顔を見て、「なるみ」さんはにっこりほほえんだ。<br />
「なるみはニックネームです。木村拓哉さんの『あすなろ白書』、知っていますか？　私は高校生のときにそれを観て、大好きになって。なるみってヒロインの名前なんです。そのドラマを観て、将来、日本語を勉強しようと決めました」</p>

<p>　おおう、と私は感歎の声を上げた。<br />
　今となっては想像だにできぬ、キムタクが主役ではなく、男性役者の二番手だった『あすなろ白書』。しかし、ヒロインは誰であったか。</p>

<p>「石田ひかりさんです」</p>

<p>　間髪を入れず、なるみさんが教えてくれた。<br />
　ははあ、と何やら大きなときの流れを実感しつつ、主題歌だったはずとＺＩＧＧＹの『GLORIA』を歌ってみたら、思いきり怪訝な顔で返された。あれ、ちがいましたか、と中断すると、申し訳なさそうに、藤井フミヤの『TRUE　LOVE』だと教えられた。ああ、そうだった、と改めて、「きいみいだけを、信じてぅえぃえ」と奏でてみたら、薄ら笑いで受け止められた。</p>

<p>　インタビューが始まった。<br />
　一時間にわたり、次々と質問をぶつけられたなかで、<br />
「これからも大学生の話を書きますか？」<br />
　というものがあった。<br />
　これには思うところがそれなりにあったので、私も口数を費やして回答した。私にはぼんやりとした持論がある。それは大学生に限らず、若者を主人公にした話は、いつまでも書けるものではない、書けたとしてもどんどん難しくなっていく――、というものだ。</p>

<p>　会話は時代に従って、少しずつ変化していく。いつか自分が若者の文化とは、まったくかすりもしない世代になったとき、私はとてもじゃないが自然な若者の会話文を上手に書ける気がしない。今でも、年配の作家が書いた作品のなかに、実態とかけ離れた若者の会話文を発見したときは、何ともたまらん気持ちになる。どんな人間も、いつかは老いる。若者の時代を卒業する。それは同時に、とても大切な感性との決別を意味する。誰もが避けては通れない道なのだが、作者本人だけがその別離に気づかず、冷静な読者がその事実に気がついてしまっている――、そんな残酷な瞬間が本のなかでは起こり得る。</p>

<p>　という話を、大学生の件から派生して、べらべらとしゃべってみたのだが、なるみさんはじめ、その場にいた台湾のみなさんの反応はすこぶる悪かった。<br />
　あれ？　と少々焦りながら、<br />
「みなさんも、むかしの作品を読んだとき、会話文を古いなあって感じることはないですか？」<br />
　と逆に質問をぶつけてみると、全員が怪訝な顔をした。どうも、まったく実感としてつかめない様子である。しばしの間、台湾人だけによる早口のミニ会議が行われたが、やはり結論は同じだったようで、<br />
「そういうの、ないですねえ」<br />
　と申し訳なさそうに、なるみさんが日本語で伝えてくれた。</p>

<p>　そのとき、私はハタと気がついた。<br />
　それは日本語と中国語の決定的な違いについてである。<br />
　ここで、いきなりみなさんにクイズである。<br />
　私の小説の単行本と、台湾版の単行本をともに並べてみる。すると、すべての作品に共通する見た目の違いがあることに気づく。<br />
　それは、本の厚さだ。<br />
　内容の加筆をしない限り、日本語の作品を中国語に翻訳したとき、必ずそのボリュームが少なくなる。<br />
　それはなぜか？</p>

<p>　決して内容を勝手にカットしているわけではなく、忠実に訳しても、どうしても中国語の単行本のほうが厚さが薄くなるのである。なぜか？　理由は、「日本語の語尾のバリエーションは中国語に変換できない」からだ。たとえば、<br />
「むっちゃおいしいでんがな！」<br />
　と日本語で十二文字費やし叫んだものが、<br />
「很好吃！」<br />
　と中国語では三語で表現できてしまう。<br />
　これは極端な例かもしれないが、基本的に中国語は英語と同じく、主語の次に動詞がくる文法であることに加え、漢字で動詞を簡潔に表現するために、どうしても日本語に比べ一文が短くて済む。私の実感では一、二割は文章が短く表現されている。さらには敬語などの、ややこしい変化もないため、会話文ではさらなる短縮が可能になる。</p>

<p>　日本語で女性が、<br />
「食べたいわ」<br />
「食べたいよう」<br />
「食べとうございます」<br />
「食べてえ」<br />
「食べたいんだけど」<br />
「食べたー」<br />
　などの、様々なパターンで食欲をアピールしても、中国語では「想吃」の二文字で収まってしまう。</p>

<p>　もしも、この「想吃」という表現が、はるか唐のむかしから変わらず使われていた文字だったとしよう。その場合、もはやそこに時代ごとの違いを見出すことは不可能である。すなわち、私が台湾のみなさんに訴えたかった時代による言葉の変化、そこに宿る同時代感は、日本語から中国語への翻訳の過程で消えてしまう部分に籠められているのではないか――、と思い当たったのである。先ほどの、「むっちゃおいしいでんがな」にしても、「むっちゃおいしい」はまだしも中国語のなかに息づいているが、「でんがな」の暑苦しいニュアンスは完全に翻訳の過程で消滅してしまう。残念ながら「でんがな」は海を越えられず、大阪湾に出た瞬間に沈没と相成ったわけだ。</p>

<p>　ふうむ、と唸って、私は文化の違いをしみじみと噛みしめた。同時に、少しだけうらやましいと感じた。中国語の世界では、どれほど会話に対するセンスが古くなろうとも、それが文章に反映されないからバレないのである。それって、作家に圧倒的にやさしい言語ということになりはしないか。<br />
　もっとも、この逆のパターンもあるだろう。</p>

<p>　日本語にその仕組み、考え方がそもそもないゆえに、日本人には理解できないもの、たとえば男女の性別が分かれた名詞――、その微妙なニュアンスの使い分けについて悩んでいるフランス人の作家が万一いたとして、「日本の作家はいいよなあ、あいつらが使う名詞って男女いっしょなんだぜ」と密かなる憧憬を抱いていても、私は死ぬまでそれには気づくまい。<br />
　しかし、なかには直面する憧憬もある。<br />
「なるみ」さんである。</p>

<p>　彼女はほとんどの台湾人がチョイスする英語名ではなく、日本名をニックネームにした。確かに台湾では、英語が公用語の香港やシンガポールほどは英語名の実用性が発揮されることはないだろうから、どの国の名前を選んでもニックネームとして通用し得るだろう。だが、わざわざ日本名をチョイスしたことに、私などは「それでいいのですか」と逆に心配な気持ちになってしまう。それだけ日本によいイメージを持ってくれていることに、うれしさよりも先に戸惑いを感じてしまう。「なるみ」と聞いて、関西で活躍するタレント、元トゥナイトなるみを真っ先に思い浮かべたなんて、今さら口が裂けても言えやしない。</p>

<p>　今回の台湾の滞在中、私はもうひとり、日本名をニックネームにしている女性に出会った。やはり、日本語が達者で、日本が好きという方だった。その名前は私の妹と同じで、何とも言えずむず痒かったのだが、圧倒的少数とはいえ、違和感なく台湾の社会に溶けこんでいた。</p>

<p>　台湾の街を歩いていると、様々な看板に「の」がつけられているのをよく目にした。英語で言うところの「of」の使い方で、いきなり漢字列の間に「の」が登場する。日本でアルファベット表記が何となくかっこよく感じられると同様に、こちらでは日本語の「の」が何となくかっこいいのである。</p>

<p>　台湾における日本の文化に対するよきイメージというのは、日本人の想像をはるかに超える。<br />
　言うまでもなく、それは一朝一夕で築けるものではない。日本で生まれた数多くのドラマや映画、歌や雑誌、書籍が海を越え、台湾の人々の心に届き、それが何年もかけて結晶化したものだ。<br />
　この想いは大事にしなくてはならない。<br />
　私もまた、鍾乳洞にうずだかくそびえるに至った石筍に、薄い一滴を加える者なのだ――、そんな思いを胸に、インタビューを終え、台中に向かった。<br />
　一回目のサイン会を行うためである。</p>

<p>　台中へは、台湾の新幹線である台湾高速鉄道に乗る。所要時間は五十分。日本から車両を輸入しているため、前方座席にはめこんだ机の裏面に描かれた車両案内や、自動ドア上部に流れる一行ニュース、トイレの配置等々がすべて見慣れた「のぞみ」のもので、何だか妙な気分になってくる。違っていたのは、男性用立小便トイレが、日本の新幹線では個室ドアに鍵がないのに対し、台湾では鍵をかける仕様になっていたことくらいか。</p>

<p>　だが、よくよく考えると、どうして日本には鍵がないのか？　ガラス窓から、なかに先客がいることが楽々確認できるから、という理由がまずは思い浮かぶが、だからと言って鍵がなくてもいいという話には直結しない――、気もする。いや、直結しなかったからこそ、台湾で運行する際にはマイナーチェンジが施されたのだ。</p>

<p>　そんなことをあてもなく考えているうちに、台中に到着した。<br />
　サイン会の定員は百名である。<br />
　日本のサイン会でも、百名を超える人数をこなしたことは一度もない。強気にもほどがあるじゃろう、と思いつつ、会場の書店に向かう。<br />
　ところがどっこい――、人がいた。<br />
　本当に百人くらいいた。</p>

<p>　あまり広くはないイベントスペースに結構きちきちになりながら、全員が携帯をこちらに向け、カメラモードをスタンバイさせていた。何とも言えぬ熱気に気圧されそうになりながら、自己紹介すると拍手が湧き起こった。みなさん、静かに興奮していた。誰もが笑顔だった。七割くらいが女性で、十代から三十代がほとんどだったと思う。</p>

<p>　そのまま、サイン会に入ると思いきや、何の事前の説明もなく、いきなりトークタイムが始まった。どうやら、これが台湾式のサイン会というやつらしい。マイクを片手に、みなさんの真ん前で、いっしょに新幹線に乗ってやってきた出版社の女性と即席のやりとりをかわす。場があったまったところで、今度はお客さんとの質疑応答タイムに入る。</p>

<p>　日本のサイン会では、作家が登場すると、<br />
「これから、サイン会を始めます」<br />
　と書店の方がおもむろに宣言し、あとはひたすら粛々とサインを行うのが常なのだが、この台湾式を経験してみて、ああ、日本もこれを採り入れたらよいのに、と素直に感じた。せっかくこれだけ集まったのである。少しくらい楽しんで帰ってくれたほうが、こちらも「わざわざ来てもらって何かすいません」感が薄まってよい。何しろ、サイン会は待つ。百人だと、最後の人は二時間近く待ってやっと順番が回ってくる。しかし、サインそのものは三十秒そこらで終わってしまう。言葉もせいぜいひと言、ふた言交わす程度で実に味気ない。いよいよ、申し訳なさは募る。ゆえに開始前に、作家が参加してくれた方全員に向けしゃべる機会を設けることは、とても有意義なやり方だと思ったのだ。</p>

<p>　質疑応答タイムに入っても、台湾のみなさんはとても積極的に質問してくれた。緊張もあったのだろう、情けないことに、私自身が質問の内容をまるで覚えていないのだが、<br />
「ポッキーが好きですか？」<br />
「森見登美彦さんと仲がよいですか？」<br />
　のふたつは印象的だったので覚えている。台湾では、ポッキーはそのまま「Pocky」の名で売られ、書店には日本の作家の作品がわんさと並び、もちろん森見さんはこちらでも人気者なのだ。</p>

<p>「もちろん、ポッキーは大好きです。ポッキーを作品に登場させたら、ポッキーをつくっている会社から、日本で売っているすべての種類のポッキーが入っているスペシャルボックスを頂戴しました」</p>

<p>　と自慢ネタも交え披露すると、わあっと歓声が上がった。質問してくれた男性がいきなり前に走ってきて、ポッキーを差し出した。ありがたくいただき、固く握手した。<br />
「森見さんとはそうですねえ･･･、仲がいいか悪いかと言ったら、うん、悪いですね」<br />
　ともに三十を超えたいいおっさんである。仲がいいとか今さら口にするのも気味が悪く、おもしろおかしく言ってみたつもりが、真面目に通訳されてしまったか、場の雰囲気が急にシュンとしてしまったのは、今でもちょっとマズかったかな、と思っている。</p>

<p>　トークタイムが終わるとすぐさまサイン会のスタートである。私はひたすらひょうたんの絵を描き、そのなかに自分の名前を書いた。台湾の繁体字表記では、私の名前は「萬城目學」になるが、やはり、こちらでの難しいほうの名前で書いたほうがいいのですかねえ、と出版社の方に訊ねると、<br />
「いえ、日本の書き方でいいです。そっちのほうが逆に、みんなよろこびます」<br />
　と返ってきた。ここでも、知らぬうちに築かれた日本のよきイメージに従い、私は自分の名前を何のひねりもない楷書体で書き続けた。</p>

<p>　サイン会は書店で『偉大なる、しゅららぼん』を買った人が対象だが、あと一冊、どこの書店で買った本であろうと、私の作品にサインをする、ということが告知されていた。ゆえに、何の一冊を追加で持ってきたかを見るのがなかなか楽しく、『ホルモー六景』（『鴨川ホルモー』の続編。六つの短編を収録）をおずおずと差し出した男性に、私は徐々に余裕ができたこともあって質問を投げかけてみた。</p>

<p>「なかに入っている六つの話のうち、どれがいちばん好きですか？」<br />
　男性は困ったような笑みを浮かべ、う～んとしばらく悩んでいたが、おもむろに答えた。<br />
「私は『ホルモー六景』より、『鴨川ホルモー』のほうがおもしろかったです。すいません」<br />
「なるほど、ありがとう！」<br />
　私は笑顔でうなずき、ひょうたんを描いてサインした。（「DAY3」につづく）</p>]]>
        
    </content>
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    <title>第17回 一目惚れしてしまった＜彼女＞との、対話（前編）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/kanojo/017.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2012://1.2461</id>

    <published>2012-04-24T10:01:13Z</published>
    <updated>2012-04-24T10:01:13Z</updated>

    <summary>青山：大学の受験の前の日にまぁ、見たのね。 ★★：あ、バスに乗ってた？ 青山...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="＜彼女＞の撮り方" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<p>青山：大学の受験の前の日にまぁ、見たのね。</p>

<p>★★：あ、バスに乗ってた？</p>

<p>青山：バスに乗ってた。それで、マジソンスクエアガーデンのバッグを持ってたの。</p>

<p>★★：あ、そうそう。黒いヤツね。</p>

<p>青山：でしょ？</p>

<p>★★：あー。持ってる持ってる。</p>

<p>青山：ぼくも持ってて。</p>

<p>★★：あ、そうなんだ。</p>

<p>青山：で当時の１８の僕は、ひとめぼれしたんだよね。</p>

<p>★★：そう、それがね、私もほとんど気づいてなかったんだよね。それは鈍いのか、見ないふりをしてたのか。</p>

<p>青山：多分、気づいてないにしてもゼロってことはないよね。</p>

<p>★★：そうなんだよね。</p>

<p>青山：だけど、気づかないふりをして、でも気づいてない感じが良かったってのはあるよね。</p>

<p>★★：あ、そうなんだ。</p>

<p>青山：そうそうそう。で、まぁそこで最初に見て、でも受験だからそれどころじゃないんで。それに全然まだ人見知りなんだよね。だから声をかけるとかはなく、まぁそのまま。ただ試験会場で、同じ部屋にいたと。</p>

<p>★★：そっか。数学受験だったっけ。</p>

<p>青山：そう。それで、運命だと思うんだよね。</p>

<p>★★：ふふっ。</p>

<p>青山：まぁ、思うんだよ（笑）。</p>

<p>★★：思うんだ（笑）。</p>

<p>青山：思うんです。で、どうしようというなかで、ぼくは問題を解いてて、これは落ちたなって思ったのね。</p>

<p>★★：はははははっ。</p>

<p>青山：ちょっとやばいと。</p>

<p>★★：それ数学で？　英語で？</p>

<p>青山：どっちもだけど（笑）。で、やばいなと思って。このままじゃ落ちる。でも、落ちるってよりも声掛けなきゃと思ったのね。</p>

<p>★★：そうなんだ。そんなことばっかり考えてる（笑）。</p>

<p>青山：声かけなきゃと思って。で、どうしようと。試験中に考えて、僕が考えた作戦ってのが、まぁ財布を落としたことにしようということにしたわけです。で、いちおう鞄の底に財布を隠しておいて。受験が終わった後に★★さんが歩いてるところを後ろからトントンってやって、「お金貸してくれませんか。」って。それ覚えてる？</p>

<p>★★：覚えてる覚えてる。</p>

<p>青山：そしたら普通に借してくれたわけ。</p>

<p>★★：そう、２０００円貸したの。</p>

<p>青山：そんときは、普通にかわいそうだなって感じだよね？</p>

<p>★★：いやでも怪しいやつだから、多分名古屋まで２０００円で帰れるかわかんないけど、とりあえず私が２０００円貸して、他の人からもさらに借りればね。帰れるかなと思って。</p>

<p>青山：あ、なるほどね。</p>

<p>★★：募金したの。</p>

<p>青山：そん時の僕の意味合いとしては、東京駅までのバス代っていう認識で。東京からの新幹線のチケットはあるっていう設定で（笑）。１万数千円も借りれないでしょ？</p>

<p>★★：そうだね。</p>

<p>青山：２０００円くらいならっていう。これでも、一応いろいろ考えたんだよ。</p>

<p>★★：それで２０００円だったの。</p>

<p>青山：それで借りることができて、バスで一緒に帰って。</p>

<p>★★：そう、バスで一緒に帰ったよね。</p>

<p>青山：そんときに答え合わせで色々聞いてたら、あ、この子受かるなって思ったんだよ。で、僕は落ちるなって思って。すごい考えたんだよね。なんとかしようって。やっぱりお金を借りるということは、返すときに住所を聞けるだろうという作戦があったので、住所を聞いたわけ。で、お金を返して、一年間文通をしたでしょ？</p>

<p>★★：文通した。そう。私、返事書いたよね？　ちゃんと。</p>

<p>青山：書いてくれてた！</p>

<p>★★：そうだよね。</p>

<p>青山：ありがとうございます。</p>

<p>★★：いえいえいえ。</p>

<p>青山：僕が圧倒的に書いてたかも知れないけど。</p>

<p>★★：そうなんだよ。もらった手紙を見ると、「1カ月半経ってしまいました。」とか「あれから２カ月ですね。」っていうのが書いてあって、私そんなに返事書いてなかったのかなと思ったり。</p>

<p>青山：今思うとね、ただのストーカーだと思うんだよ。いや、ほんとに。</p>

<p>★★：いやでも、私も青山くんのこと知らないっていうか、会う回数のほうが手紙の回数より少ないじゃんか。なのに私を鎖みたいにしてたってのが、なんかすごいよね。よく知らない人でしょ？　私のこと。</p>

<p>青山：知らないよね。</p>

<p>★★：知らないのになんかこう。すごいよね。</p>

<p>青山：多分、当時は全然恋愛経験もなかったから、ほんとにやっぱりなんていうの。女性のことを、すごい神聖なものというか無垢なものとして見てたのね。で、それを全部背負わせたんだよ。</p>

<p>★★：そうなのかー。</p>

<p>青山：そう見えたの。</p>

<p>★★：あ、そうなんだー。</p>

<p>青山：ま、実際はどうか言わなくていいけど（笑）。ただ、僕なりの直感でそう思って、多分お金を借りたときに僕から見て快く貸してくれたから、そういうのも含めて、なんか掴（つか）まれたんだよね。</p>

<p>★★：そこなんだね。やっぱり。</p>

<p>青山：わかんないけど、そういう感じで知らないうちにいろんな人を掴（つか）んでるのかも知れないよね。そういうこともあるってことよ。</p>

<p>★★：そうだよね。でも、そうしてくれたのは全然私の力じゃなくて、青山くんの妄想力だから。</p>

<p>青山：でもね、それにある程度、まぁある程度っていうとあれだけど、付き合ってくれてね。おかげで、大学も受かることができました（笑）。手紙も丁寧に返してくれたりとか、つかず離れずな感じで。</p>

<p>★★：早い段階でちゃんと真相を話してくれてたら、決着がついたかも知れないけど、それは多分青山くんに良い影響を及ぼさなかったのかも知れないよね。</p>

<p>青山：うーん。そうだね。</p>

<p>（続きます）</p>

<p>一目惚れしてしまった＜彼女＞についてはこちら<br />
<a href="http://www.mishimaga.com/kanojo/001.html">第1回 プロローグ</a><br />
<a href="http://www.mishimaga.com/kanojo/002.html">第2回 どうやって、一目惚れしてしまった＜彼女＞に声をかけるか？</a><br />
<a href="http://www.mishimaga.com/kanojo/003.html">第3回 そんな四月の終わり頃。再会は、唐突にやってくるのです。</a><br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>第46回 幸子が泣いた夜</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/bunyanikki/046.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2012://1.2458</id>

    <published>2012-04-27T22:08:53Z</published>
    <updated>2012-04-27T22:08:53Z</updated>

    <summary>ステージ上の歌声は、すぐ裏手の楽屋口通路にも大音量で響いていた。いかにも演歌...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="実録！　ブンヤ日誌" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<p>ステージ上の歌声は、すぐ裏手の楽屋口通路にも大音量で響いていた。いかにも演歌なAメロの伴奏と、客席からの拍手に送られて壇上に立った小林幸子は「孔雀」を歌い始める。2003年12月31日の午後10時過ぎ、第54回紅白歌合戦は東京・渋谷のＮＨＫホールでクライマックスへと向かっていた。</p>

<p>通路に設置されたモニターを報道陣が取り囲んでいた。歌が間奏を終える頃、他紙の先輩記者が言った。「あれ？　おかしくない？　衣装が開いてなくね？」「あ･･･ホントだ」「リハーサルの時の羽根がないよね」「ないっすね」「あれ？　寄りの画ばっかになった。絶対おかしいって！」。直感的にヤバイと思った。ちょうど記事の出稿時間と重なっていたため、現場にいるウチの記者は入社2年目の僕だけだったからだ。</p>

<p>あの幸子の豪華衣装が失敗した。幅13メートルに広がるはずの孔雀の羽根が開かなかったのだ。新年を迎える前のほんのり感傷的なムードは消え去り、戦場の緊張感が現場を覆った。僕は放送記者クラブで原稿を書いている現場キャップに電話した後、会社のデスクに報告した。「やっぱそうだろ！　これでやる。とにかく30分以内に70行くれ！」</p>

<p>歌い終えた幸子が楽屋口に戻ってくる。背後にある衣装の状態を目視できなかったはずの本人も、観客の反応から異変を感じ取っていたのだろう。舞台での笑顔は消え失せていた。「ね、ねえ、どうしたの？　失敗？　ビデオ見せて」。出迎えた事務所の女社長は、己を責めるように下を向いて黙り込んでいる。楽屋で映像を確認した後、通路に戻った幸子は、しょげかえる社長の肩を抱いて「終わったことなんだから仕方ないじゃないの･･･」とだけ言って励ました。目尻のメイクは、うっすらにじんでいた。</p>

<p>関係者から故障の原因を「電気系統」と聞き出した僕はNHKホールを飛び出し、ＮＨＫ14階の記者クラブに走った。そして、ひたすらキーボードを叩き、締め切り数分前に出稿した。</p>

<p><img alt="" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0423.jpg" width="615" height="600" /></p>

<p><strong>＜2004年1月1日本紙掲載分より＞</strong><br />
◆13メートル羽動かず<br />
　豪華衣装対決に用意された結末は、悲劇だった。美川憲一（57）に続いて「孔雀」を歌った小林幸子の巨大クジャク衣装が、羽の部分が開かないアクシデントに見舞われた。<br />
　同奏で赤のドレスが白に早変わり。中央の円形の小さな羽に続いて、幅13メートルの巨大な羽が下から上へ広がり、はばたくはずだった。しかし、羽はまったく動かず、中央の羽が光るだけ。NHK側も異変を察知したのか、後半は小林の上半身のアップだけが画面に流れた。<br />
　出番の後、事実を知らされていない小林は落ち込むスタッフを見て「どうしたの？　失敗？　ビデオ見せて」と初めて事態を理解した。しかし、しょげる周囲をかばって「終わったことなんだからしょうがないじゃない」と言葉を振り絞った。</p>

<p>◆11年前も失敗<br />
　関係者によると、原因は電気系統とみられる。小林にとっては92年の「恋蛍」で、全身にあしらった電飾が一部しか点灯しなかったアクシデントに続く失敗。今回も2日前のテストでうまく動かず、何度もテストを繰り返した。前日のリハーサルでは成功したが、本番でまさかのトラブル再発。所属事務所関係者は「この3分に1年をかけてるんです。あまりにも悲しい結末」とショックを隠しきれない様子。<br />
　一方、ステージを完ぺきに成功させ「ボブ・サップなんてイチコロよ」とキメた美川は「何と言ったらいいか･･･。自分が納得しないと思うわ。失敗をいい形に持っていってほしい」とライバルを思いやっていた。</p>

<p><br />
翌日、つまり04年元日から正式に音楽担当となった僕は、毎日のように「幸子プロ」社長に電話を掛けた。「孔雀の衣装、お披露目はいつになるんですか」。現場で担当した身としては落とせないネタだけに、しつこく食い下がっていると、2月に入った頃に「来週の歌謡コンサートでやりますからね」とコッソリ教えてくれた。</p>

<p>07年、芸能担当に復帰した時は、アニメ「ヤッターマン」の吹き替えを担当する幸子にスタジオで1日密着する機会があった。役柄はなんと「紅白メカ合戦」なるバトルで「美川憲一」と対決する「小林幸子」。収録を終えた後、お茶などを飲みつつ歓談する時間があった。僕が思わず「一回だけ紅白取材に行ったことあるんですよ。03年でしたか」などと口を滑らせると、幸子は「やだ、失敗した時じゃないのよ」と言いながら、楽しそうに笑っていた。あんまり正確には覚えていないが、普段の仕事はどんな感じなのかとか大学の頃は何をやっていたのかとか、普通の会話を普通に楽しくした記憶がある。あのクラスには付き物の「大御所ですが、何か」感は皆無だった。</p>

<p>幸子と社長との確執がワイドショー、週刊誌、そしてスポーツ紙を賑わせて早1カ月。真相は知る由もない。ただ悲しい。</p>]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>第33回 アナウンサーの技術（前編）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/sugakuana/033.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2012://1.2451</id>

    <published>2012-04-20T01:11:10Z</published>
    <updated>2012-04-20T01:11:10Z</updated>

    <summary>４月は毎年巡ってくるというのに、なぜか新しいことを始めたくなるから不思議だ。...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="ある日の数学アナ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<p>４月は毎年巡ってくるというのに、なぜか新しいことを始めたくなるから不思議だ。<br />
そして、もう今年も1/4が終わってしまったんだなあなどと思う。</p>

<p>今年は今までには一度も手をつけたことのない「あること」に<br />
チャレンジしてみよう、などと思っている。<br />
とはいえ、今まさに思い立ったくらいのところにいるのでもう少し<br />
その面白味がわかってきたらまた報告しようかと。<br />
･･･ちゃんと報告できるようにしなくちゃ。</p>

<p>さてさて。<br />
いつもながら私事なのだが、今年の４月で勤続１０年を迎えた。<br />
いよいよ１１年目に突入というわけだ。<br />
見回してみると後輩の数はかなりのものになっているし、<br />
仕事も一応は一通り経験した（と思う）ので、経験としてはまずまずのものが<br />
積みあがっているはずだ。</p>

<p>そういえば入社した当初、外にロケ、もしくは取材に行くことが多いので<br />
一体どのくらいの回数になるのだろう、<br />
それらすべてを数えあげようとしたことがあった。<br />
ところが少し経つと、その回数が尋常ではないほど多く、<br />
とてもではないけれど数えられるような数ではない<br />
ということに気がつき、いつしか数えることを止めてしまった。<br />
あのまま数え続けていたらいったいどのくらいの数を弾き出していたのだろう･･･<br />
とちょっと残念に思ったこともある。<br />
ただ、大事なのは数ではない、どれだけのものが自分のなかに蓄積されているかだ。<br />
残念がる必要はないのだ、と思うようにしている。</p>

<p>しかし、どんなに多くの経験を積んだとしてもそれらは目に見えない。<br />
だからこそ、働き始めて自信のない日々には「回数」という「目に見えるもの」に<br />
頼りたくなってしまったのかもしれない。<br />
経験をある程度の形にして目にすることができれば、多少は自信に繋がるだろう。<br />
資格なども恐らくその類のひとつだ。<br />
やみくもに努力するよりも、通行手形のようなものがあれば<br />
多少は安心できるというのは理解できる。</p>

<p>ただ、アナウンサーとして得てきたものは「技術」だ。<br />
目にすることが難しいどころか数値化することさえできない。<br />
資格があるわけでもない。<br />
だからこの仕事を天職だと思えるまでにはまだかなり時間がかかりそうな<br />
気がするし、とてもではないけれどアナウンサーとして自信があるなんて言えない。<br />
でもその一方でアナウンサーとして仕事をすればするほど、<br />
身に着けてきた技術は、どんな仕事にも役立ちそうなものばかりだとしみじみ思うのだ。</p>

<p>せっかく１０年という節目を迎えたことだし、これはいい機会だと思って<br />
改めて振り返ってみることにした。</p>

<p>①度胸を持つ<br />
アナウンサーは番組の顔となってスタッフ全員が努力してきたものを<br />
アウトプットする「最後の砦」と言える存在だ。<br />
自分ひとりの失敗はスタッフ皆に迷惑がかかってしまうし、逆もまた真なり。<br />
スタッフの失敗が自分のミスに繋がってしまうことだって、ないわけでもない。<br />
フォローされることも、することも含めてとてもやりがいのあると思っている。<br />
本当はフォローしてもらうのはよくないことなのだけれど、<br />
信頼関係あってこそなので、ある程度はよしとしよう、今は。</p>

<p>そんなわけで、多少のミスや間違いにも動じない神経や度胸を<br />
多少は持ちあわせていること、というのは結構重要な要素だ。<br />
もちろん誰でも最初は慌てふためいてしまうが、<br />
だんだんとその対処法も学べるので、今持ちあわせているか<br />
いないかというのはそれほど心配する必要はないのだけれど。<br />
とはいいつつ、大前提として、ひょっとしてミスがあるかもしれないから<br />
そのフォローのために強靭な精神力を持っていなければいない<br />
というのは本末転倒だということに皆さんはもうお気づきでしょう。</p>

<p>人の前に出て話をする時には、誰よりもその内容を理解し<br />
自信を持って説明できなければ説得力もないし、<br />
耳を傾けようという気もなかなか起きないものなのだ。<br />
だから、度胸はとても重要だ。</p>

<p>②できる限りの準備をする<br />
入社した当初誰からともなく言われた言葉が沁みる。<br />
「100準備しても、本番に出せるのは1しかない」<br />
これは入念な準備の重要性を新人に説いたものだが、恐れを知らない当時は<br />
「そりゃまたオーバーな･･･」と思っていた。<br />
でも、取材で多くのプロの姿勢を目の当たりにするにつれ、<br />
オーバーでもなく、まったく間違った言葉ではないということに気がつく。<br />
その方が俗にいう一流と呼ばれる方であればあるほど、<br />
入念な準備を怠らないし努力に余念がない。<br />
そういった本物をすぐ傍で見ることができるという点で、この仕事は本当に幸せだし、<br />
レベルこそ違えど翻って自分はどうだろうと自省することも可能だ。</p>

<p>③開き直る<br />
以上のふたつさえ実行してしまえば、最後は開き直ることも意外と重要だ。<br />
たとえば生放送であればハプニングはつきものだし、<br />
問題なのはハプニングが起きてしまった時どう対処するかであって、<br />
ハプニングが起きたらどうしようなどと考えていてはとてもではないが、<br />
毎日を乗り切ることができない。<br />
それを心配している方が心臓によくない気がする。<br />
少なくとも私はそう考えるようにしている。</p>

<p><br />
＜つづく＞<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>第67回 インタビュアーは「過去収集家」</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/hon-watashi/067.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2012://1.2448</id>

    <published>2012-04-26T12:28:29Z</published>
    <updated>2012-04-26T12:28:29Z</updated>

    <summary>歴史はほとんど消えてしまう 『変人――埴谷雄高の肖像』（木村俊介、文春文庫）...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="本屋さんと私" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<h4>歴史はほとんど消えてしまう</h4>

<table width="220" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="本屋さんと私　第67回　インタビュアーは「過去収集家」" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0419-3.jpg" width="200" height="290" />
<p>『変人――埴谷雄高の肖像』（木村俊介、文春文庫）</p>
</td>
</tr>
</table>

<p>――　埴谷雄高さんにゆかりのある方々に木村さんがインタビューした『変人――埴谷雄高の肖像』を読むと、埴谷さんの人物像が多面的にわかるだけではなくて、埴谷さんに加えて、鶴見俊輔さんやほかの方にも自然に興味が湧いてきました。</p>

<p>この本のなかで、「インタビューする際に、取材相手がものを書く人の場合は、その人が書いたものを事前に可能なかぎり入手して読んでから行くように」という立花さんの教えを忠実に守って、本多秋五さんの全集を全部読んで取材に臨まれたことが書かれていますね。</p>

<p><span class="name">木村</span>立花隆さんがすごく本を読むんですけど、学生は暇だから、立花さんよりも本を読まなくてはと思いました。調布市立中央図書館で本多秋五さんの全集を読んだのですが、全集って、だいたい中央図書館の書庫に入っているんですよ。</p>

<p>――　図書館で検索すると「書庫にあり」って出てくる本ってありますね。</p>

<p><span class="name">木村</span>全集の全16巻のうち、1巻目ぐらい、誰かが読んでいてもいいじゃないですか。でも、1巻目を開くと、パリッていって。「あれ？　これ、新品だ！　図書館の人も含めて、僕が最初に開いた！」と思って。本のなかが全然日焼けしていなくて、付録も全部残っていて、他の巻もパリッだらけでした（笑）。</p>

<p>全集って、注釈がいっぱいついていたり、付録やそのときの論争なども収録されているんですね。埴谷さんの時代って、僕の曽祖父ぐらいのちょっと前の年代だから、その当時、重要とされていた論争が無に帰しているんです。戦争に関係すること以外は捨てられているんだけど、結構おもしろい話がいっぱいある。小説家まわりのことでいうと、その当時、重要とされていた人の顔ぶれもどんどん変わってきていました。</p>

<p>一次資料にあたると、その時代の空気感がよくわかりますね。当事者が生きていらっしゃれば、亡くなる寸前にお話を聞くことはできるけれども、ほとんどの歴史が消えるんだなと思いました。でも、逆に僕らがやることがあって、いま、こうやってしゃべっていることだけでも現代史のひとつだと思うんですよね。いま、マイノリティとかメジャーとか、わかりにくくなっている時代ですけど、だからこそ、一個一個を並列に並べるというのがおもしろいと思います。</p>

<h4>インタビューとは、一次情報になっている不思議な媒体</h4>

<div class="img_r"><img alt="第67回　インタビュアーは「過去収集家」" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0419-2.jpg" width="250" height="257" /></div>

<p><span class="name">木村</span>たとえ日本語でやっていても、固有名詞の書き方を工夫すれば、外国人の方に対して伝わり方が変わってくると思うんです。そのように留学していたときに感じました。英語もできた方がいいと思って、埴谷さんの本を出した一週間後にオーストラリアに一年度ぶんくらい留学したんです。でも、僕の英語力って、読むことはできても、しゃべるのがだめで、英語でインタビューとか、できやしないんですね。ものすごい挫折でした。</p>

<p>留学中にわかったのは、日本というのは、ほんとうに知られていないということでした。日本の本を英語に翻訳したものでも、固有名詞がわかっているものとして提示されているから、難しいんですね。「日本の小説について知りたいと思っているが、発掘できようもないかたちで書いてあるから、残念ながらおもしろくない。もっと言葉をひらいてほしい」と日本語学科の教授に言われました。</p>

<p>そのとき、なるほど、固有名詞の処理の仕方さえまちがわなければ、言いたいことが伝わりやすくなるんだと思いました。ノンフィクションの世界も特にそうですよね。すばらしい仕事がいっぱいあるけど、同時代の前提とするものが多すぎるから、なかなか難しい。そういう意味で単一の言葉というのは、シンプルにならざるをえないと思います。</p>

<p>――　作家、漫画家、料理人、研究者などの方々をインタビューされている木村さんの本が翻訳されたら、そのまま世界に日本のさまざまな文化が伝わりますね。</p>

<table width="220" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="本屋さんと私　第67回　インタビュアーは「過去収集家」" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0419-4.jpg" width="200" height="325" />
<p>『物語論』（木村俊介、講談社現代新書）</p>
</td>
</tr>
</table>

<p><span class="name">木村</span>『物語論』のなかで、弘兼憲史さんが、「漫画の良さって『読みやすさ』『わかりやすさ』なんですよ」とおっしゃっていました。漫画って小説よりも簡単じゃないですか。インタビューって評論よりも簡単だと思うんですね。インタビューって、わかりやすい翻訳にもなっているし、しかも一次情報にもなっている不思議な媒体なんじゃないかなと思います。</p>

<p>――　木村さんの本は、まさに一次情報なんですよね。ある人の言葉をまとめた本というもののなかには、まとめた方の解釈が入っていて、違和感をおぼえる場合もあるのですが、木村さんの本にはそれがないんですよね。</p>

<p><span class="name">木村</span>それはうれしいですね。僕、インタビューする相手を「ここ」に、僕の隣に連れてきたいんですよね。僕も聞き手だから、読者も僕と立場は同じだと思うんですよね。</p>

<table width="220" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="本屋さんと私　第67回　インタビュアーは「過去収集家」" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0419-5.jpg" width="200" height="292" />
<p>『仕事の話――日本のスペシャリスト32人が語る「やり直し、繰り返し」』（木村俊介、文藝春秋）</p>
</td>
</tr>
</table>

<p>――　文字の力を信じているというか、本もお好きですし、取材相手とのコミュニケーションなど、すべて含めて編み込んだ言葉なんだと思いました。取材相手のキャラクターが自然と立ち現われてくる書き方をされていますよね。たとえば、『仕事の話』のなかでいうと、料理人の北島素幸さんのやんちゃなお人柄だとか、渋滞学者の西成活裕さんも、どういう方なんだろうととても興味を持ちました。</p>

<p><span class="name">木村</span>西成さんが博士課程の頃、二層式の洗濯機を使ってお風呂に入っていたというエピソード、僕、ものすごく好きなんですよ。</p>

<p>――ご苦労を経て、渋滞学という新しい学問のジャンルを築いたこの方は、どういう佇まいの方なんだろうって気になったんですよね。『仕事の話』には、まったく写真を入れていないけれど、この方がどういう風貌をされているのか、いま、どういうことをされているのかをネットでつい検索して、調べてしまったんですよね。</p>

<p><span class="name">木村</span>読者にそうしてほしかったんですよね。文字が好きなんです。文字とか言葉とか単一で登っていく。音楽でいうと、アコギだけで演奏するみたいに豪華じゃないけれど、そういう楽しみ方があるかもしれないなと思っています。</p>

<h4>情報のチャンネルを減らす</h4>

<p>――　よく行かれる本屋さんってありますか？</p>

<p><span class="name">木村</span>昔は、紀伊國屋書店のカバーが好きで、「ザ・カバー」というか、紀伊國屋書店で買うと大人になったような感じがしました。大学から渋谷まで歩いて、紀伊國屋書店渋谷店へ行ったり。あとは、当時あったブックファースト渋谷店も品揃えがいいだけじゃなく、コンパクトにまとまっていて、好きでしたね。有隣堂も文庫本のカバーが好きですね。</p>

<p>――　ブックカバーの色が選べたりしますものね。</p>

<p><span class="name">木村</span>そうそう。有隣堂は時代によってカバーのデザインを変えていて、昔の復刻版を出したりとか。</p>

<p>――　象のイラストのあゆみブックスのブックカバー、どう思いますか？</p>

<p><span class="name">木村</span>たいへんすばらしいと思います。あゆみブックス田町店は、入口のところに、書店員さんが気に入った本を並べるところがあって、いいお店ですね。心から応援したいジュンク堂書店新宿店が閉店したのは、本当に残念でしたね。僕、クレジットカードがこわいので、アマゾンは使っていないんですよ。</p>

<p>――　えー、そうなんですか。</p>

<p><span class="name">木村</span>なので、本はすべて本屋さんでしか買ったことがないんです。最近の好きなのは、丸善丸の内本店ですね。本の通好みの人から、「ちょっとどうなの？」っていわれるのは知っています。東京堂書店の方が棚の編集を感じさせるから、そちらにも行きたいのはやまやまなんですけれども、そうはいっても、大書店が好きなんですね。</p>

<p>――　それは、見たい本が全部見られるからですか？ </p>

<p><span class="name">木村</span>そうですね。大きな本屋さんって、人が多くて疲れるんだけど、きらいじゃない。むしろ疲れたい（笑）。本屋さんで疲れるのが好きなんです。</p>

<p>――　どれぐらいのスパンで本屋さんに行きますか？</p>

<p><span class="name">木村</span>学生のときは、一週間に一回ぐらいでしたけど、社会人になってからは毎日ですね。どこかに買い物に行っても、本屋さんは必ずありますから。この2年ぐらい、月刊『文藝春秋』の「『新書』に聞く」というコーナーで著者インタビューをしているんですけど、新書って、結構おもしろい分野で、文庫と同じくらい、棚が変わるのが早いんです。なので、日頃から棚を見ていないとわからなくなるんですね。</p>

<p>新書は、弱小出版社とか大手出版社とかある程度関係なく戦える稀有な媒体だと思います。ここ2、3年、新書の棚には会いたい人を探すために見に行っていますね。</p>

<p>――　本と同じくらい、テレビ、ラジオ、インターネットなどをチェックされていますか？ </p>

<table width="220" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="第67回　インタビュアーは「過去収集家」" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0419-6.jpg" width="200" height="326" />
<p>『戦争報道』（武田徹、筑摩書房）</p>
</td>
</tr>
</table>

<p><span class="name">木村</span>いやー、そんなことないですよ。ジャーナリストの武田徹さんが『戦争報道』という新書を出されたときにインタビューさせていただいたんですけれども、そのときに「知ることは、仲間になってしまうことである」とおっしゃっていたんですよね。これはすごくおもしろい話で、たとえば、ツイッターなどもそうだと思いますが、同じ情報を見ていると、実は知らないうちに考え方まで洗脳されているところがあると思いませんか？</p>

<p>――　たしかに、そう思うこともありますね。</p>

<p><span class="name">木村</span>ちょっと注意しないと、と思うんですよね。情報を見るのも自分の責任ですし。そういう意味で申し訳ないんだけれども、チャンネルを減らしています。自分の知っている本の世界は、随分たくさんの工程を経て、正式にかたちになっているから、一行のなかにも厚みのある記述があるはずと思っていますね。</p>

<p>テレビのない生活をしていますし、情報がちょっと偏っているかもしれませんね。でも、ラジオは好きだったんです。ラジオって声の媒体で、一対一の話ができるから好きだったんだなーって、あとからわかりましたけど。「ほぼ日」でメルマガの仕事をしたときもラジオのコーナーみたいなかんじでやっていましたね。</p>

<p>――　本やラジオのように、受け手の想像の余地が広いものがお好きなんでしょうね。</p>

<p><span class="name">木村</span>そうですね。</p>

<h4>『料理の旅人』は、団塊世代の中卒・高卒者の現代史でもある</h4>

<p>――　いろいろなジャンルの方にインタビューをされていますが、その人選は木村さんがされているのですか？</p>

<p><span class="name">木村</span>そうじゃない場合も結構ありますね。週刊誌だと80万部くらい発行しているので、ある程度知られている人ではないと困るという場合があるので、もちろん自分も候補者を出すのですが、編集部の方からも出して、たくさんの人数のなかから選んでいくというやり方でしたね。「『新書』に聞く」では、自分が会いたい人を挙げたなかから、編集部に選んでもらうスタイルでした。</p>

<p>単発でいただくお仕事では、基本的には取材相手が決まっていて、そちらの方が主流だとは思います。その人それぞれのライフログを集めている「過去収集家」としては、タイムカプセルを集めているような感じで、自発的に選んだ方も、そうではない方も、おもしろい人ならインタビューしたいと思っています。</p>

<p>――　「過去収集家」って、いい言葉ですね。</p>

<p><span class="name">木村</span>いま、朝日新聞「be」で、無名の未婚の男性に取材する「結婚未満」という連載をしていますが、それは、ぜんぶ自分の好きな人に会いにいっていますね。</p>

<table width="220" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="第67回　インタビュアーは「過去収集家」" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0419-1.jpg" width="200" height="309" />
<p>『料理の旅人』（木村俊介、リトルモア）</p>
</td>
</tr>
</table>

<p>――　最新刊の『料理の旅人』のなかで、インタビューされている方も編集部と一緒に人選されたのですか？</p>

<p><span class="name">木村</span>半々ぐらいですね。『料理の旅人』は、柴田書店が出している「専門料理」という雑誌の連載をもとにした本です。日本の料理革命の端緒は60年代、70年代にあるから、いま、いわゆるグランシェフ（総料理長）といわれている人たちの体験談を聞きたいと思ったんですね。</p>

<p>――　本文中に出てくる料理人の方々の言葉もさることながら、注釈に出てくる方々の言葉も心に響くものが多いですね。注釈の方々のお話も本編にきっと入れたかったんだろうなと思いました。</p>

<p><span class="name">木村</span>めちゃくちゃ入れたかったですが、今回は難しかったですね。ポリシーとしては、料理評論家や歴史家っていっぱいいるんだけれども、「本人たちだけのかたりによる本人たちの料理史」というものをつくりたかったんです。料理研究家はみなさん叙述家でもあるからそういうことをやっているんだけれども、料理人は意外とやっていないんですね。</p>

<p>――　料理研究家の方のエッセイはすごくたくさんありますけど、『料理の旅人』を読むと、料理人の方は早朝に食材の仕入れをして、深夜まで翌日の仕込みをしていて、落ち着いて文章を書くような時間はほんとうにないんだなと思いました。</p>

<p><span class="name">木村</span>料理研究家の方は、文章が上手ですよね。見立ても含めてだから、論理の人たちなんですよね。料理人は、肉体の人たちなんです。コンパクトな本ではあるんですけれど、そうはいっても、注釈とかに意外と時間がかかっている感じが伝わったらうれしいなと思います。</p>

<p>――　注釈って、ふつうは本文の補足的な扱いが多いなかで、『料理の旅人』では、注釈だけではもったいないエピソードがとても多くて、ひとつの大切なパートとして存在していますよね。</p>

<table width="220" class="img_cap">
<tr>
<td>
<img alt="本屋さんと私　木村俊介さん" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0426-3.jpg" width="200" height="304" />
<p>『調理場という戦場―「コート・ドール」斉須政雄の仕事論』（斉須政雄、幻冬舎文庫）</p>
</td>
</tr>
</table>

<p><span class="name">木村</span>僕、料理人の声がとても好きなんです。斉須政雄さんの『調理場という戦場』という本をつくらせていただいたときに、おもしろいなーと思ったんですね。その本をつくっているとき、毎週2、3回のペースで半年ぐらいのあいだ、斉須さんの話を聞きに行っていました。聞いたことを次の日にまとめて、それを渡しに行って、その翌々日に、ここはこうでと斉須さんに直していただいて、また話を聞いて･･･といったやり取りを繰り返しました。</p>

<p>原稿を縮めては、ちょっと増やしてというふうに年輪のようにつくっていった本ははじめてで、でも、そういう速度ではないと出てこなかった味というものがあるんだなと思いました。しゃべり自体はあまり上手ではないんだけれども、考え方や行動がおもしろい人というのはいっぱいいるんですよ。だから、こっちの受け側の問題で、効率よくやってしまうと、おもしろくない人になっちゃうんですが、うそじゃない熱さって、どこかにあるんですね。</p>

<p>自分の親の団塊世代の人たちって、すごく人数も多くて、声も大きいから、自分の同時代史っていっぱい語っているんです。でも、ほとんどが少数派の大卒の人たちの時代の声なんですね。彼ら、料理人の声は消されているんです。</p>

<p>2000年代以降、彼らと同世代のふつうのサラリーマンが社長になるかぐらいの時期に、ようやく花開いているから、彼らの積み上げてきたものが、まだ歴史に残されていない。いま、日本が誇る食文化をつくったのはこの人たちで、見習いの頃からいままで、ずっと動いていることを伝えたいですね。</p>

<p>これは自分の父親の年代の中卒者、高卒者の現代史だと思っています。出典がないと現代史になりにくいから、「料理」って添えましたけど、一応歴史ものになるといいなと思っています。</p>

<p>――　海外修業をして帰国し、バブルの時代を経て、そして、いまはどうなのかというところや、料理人の方が体当たりで経験して培った知恵や境地が丁寧に描かれているので、「現代史」を意識されたというのもなるほどなと思いました。</p>

<h4>たくさん読めて、たくさん余地のある本をめざす</h4>

<p>――　木村さんの本を読んで、どの本もこれという強い道が一本あるんじゃなくて、いろいろな道があるんですよって提示してくださっているのではないかなと感じました。『料理の旅人』を例に挙げると、海外修業を経た料理人たちのパートが多いけれども、「時代とともに話題の店が出ては消える状況を定点観測してきたようなもの」という日本料理の野崎洋光さんもほかの料理人との比較ができるように入っていますよね。</p>

<p>また、食材業者、生産者、料理店支配人などの料理人の周辺の方々の言葉が注釈に入ることで、あるひとつの時代の料理界をめぐる全体像が立体的にわかったような気がしました。そのあたりが読者さんに対して、とても親切だなと感じました。</p>

<p><span class="name">木村</span>たくさん回数が読める本が好きなんですよね。一回しか読まなくても、たくさん余地がありそうな本ってあるじゃないですか。それをめざしていますね。</p>

<p>――　木村さんの文章のスタイルも今後いろいろと変化していくとは思うんですが、『料理の旅人』を読んで、この本文と多めの注釈というスタイルが、ひとつの完成形なんじゃないかと思ったのですが、いかがですか？ </p>

<p><span class="name">木村</span>うれしいですね。いまの日本のなかでも、世界のなかでも、こういう文章のスタイルというのは、少数派なんですね。こういうまとめ方というのは、若いかけだしのときに、やるものです。取材対象者の力で、ぐっともっていけるもの。要するに誰が読んでもおもしろい、有名な人をまとめるときにやる手法なんですね。</p>

<p>地の文がいっぱい続くもののおもしろさもいいんですけど、地の文が続かない、全部その人だけの言葉でまとめられたものの方が、その人に魅力を感じてインタビューを目的に買っている人にとっては、うれしいのではないかと思うんですよね。</p>

<p>そして、若手のライターや編集部がまとめたものではなくて、取材対象者の声だけでまとめることを専門にやっているインタビュアーがすごく丁寧に仕事をしたら、ちょっとした重しや信頼感が出てくる。そういうインタビュアーの目線でみた世界、集めた声をまとめたら、結構豪華ですし、贅沢だなって思うんです。いまの出版環境でそのようなことをやらせてもらっているだけで、贅沢だと思っているんですけど、やれるうちはそうしたいですね。</p>

<p><br />
次週は、「<a href="http://www.mishimaga.com/hon-watashi/068.html">インタビューは、その時代がわかる和歌のようなもの</a>」をお届けします。</p>]]>
        <![CDATA[<p><a href="http://www.mishimaga.com/hon-watashi/066.html">前回</a>は、インタビュアー・木村俊介さんの原点ともいえる少年時代や学生時代の読書体験、また、仕事をするうえで、ロールモデルとしている先人たちのお話を中心に伺いました。</p>

<p>全3回目のうち2回目の今回は、木村さんの第一作目『<a href="http://www.bunshun.co.jp/cgi-bin/book_db/book_detail.cgi?isbn=9784167764012" target="_blank">変人――埴谷雄高の肖像</a>』のエピソードからスタートします。</p>

<p>（聞き手：足立綾子・林萌、文：足立綾子）</p>]]>
    </content>
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    <title>第16回 『女の子の撮りかた』の作戦をあれこれ考える</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.mishimaga.com/kanojo/016.html" />
    <id>tag:www.mishimaga.com,2012://1.2445</id>

    <published>2012-04-18T10:28:14Z</published>
    <updated>2012-04-18T10:28:14Z</updated>

    <summary>1. 写真は「視点」が写る　 写真って、技術も「押せば撮れる」っていう感じで...</summary>
    <author>
        <name>ミシマガジン</name>
    </author>
    
        <category term="＜彼女＞の撮り方" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.mishimaga.com/">
        <![CDATA[<h4>1. 写真は「視点」が写る　</h4>

<p><img alt="第16回 『女の子の撮りかた』の作戦をあれこれ考える" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0418-1.jpg" width="660" height="494" /></p>

<p>写真って、技術も「押せば撮れる」っていう感じで進歩していくと、何が面白いかって、「視点」だと思うんですよね。写真ってものの見方が出るので、僕が思春期のとき女の子を見ていた視点が『<a href="http://yukiao.jp/schoolgirl-complex" target="_blank">SCHOOLGIRL COMPLEX</a>』だし、『<a href="http://yukiao.jp/solaryman" target="_blank">ソラリーマン</a>』は僕がサラリーマンを通せばああ見えるっていう。ものの見方や視点が、写真において最大の個性を発揮できるところで、それを伝えるのが技術、撮りかただと思うんですよね。</p>

<h4>2. コミュニケーションのとりかた</h4>

<p>ジャンプ写真も、写真を撮る現場の楽しさ、モデルさんが跳び方を考えてみる、で、跳んでみる、笑う、これやってみたらって提案する、みたいな。こういうコミュニケーションのなかで、ポートレート写真ってできてくる。　人を撮る場合は、撮影技術が優れているとか――まあ必要な場合もありますけど、正直それ以上に、「押せば誰でも撮れる」からこそ、撮る場の雰囲気をどうするかというのが、非常に重要かなと思ってます。　</p>

<p>もうそうなってくると、写真の撮りかたがどうこうというよりも、コミュニケーションのとりかた、という感じになってくるんですけど、実は僕はとても人見知りなんですね。本当なんです（笑）。でも、人見知りだからこそできるコミュニケーションもあるということで――僕の場合は、ジャンプですね。　もし僕が全然人見知りじゃなかったら、どんどんその人に向かっていって、ポートレート写真を撮れたと思うんですけど、それは自分には無理だから、まずは跳ばせてみようと思ったりするし、人見知りだったらポートレートなんか撮れないっていうことは、絶対ないですよね。　</p>

<p>よくある工夫なんですけど、もし面と向かうのが恥ずかしければ、ノーファインダー（カメラをのぞかない）で知らないうちに撮っちゃえばいいんです。普通に会話しながら、知らないうちに撮っちゃえばいいんですよね。押しているときにその人の顔が写る角度だけ、徹底的に習得しておけば。まあその辺は技術もありますけど、慣れれば簡単ですし、案外思わぬ構図で撮れたりします。</p>

<h4>3. 「普通な瞬間」を撮るための作戦</h4>

<p>　写真を撮るときのコツがありまして、まず、僕は色々変わったポーズとかさせてますけども、それを、最初から狙って撮っているわけではないんですね。よくあるのが、こう撮りたい――例えば笑っている女の子の写真が撮りたい、こうポージングしている写真を撮りたい――っていうとき、自分の思い通りにさせようとすればするほど、求めるイメージから遠ざかっていくんですよね。ぎこちなくなってしまいます。だから、こういうポージングで撮りたいとか、とびっきりの笑顔で、なんてとらわれ過ぎると、まず上手くいかないんですね。</p>

<p>人は絶えず表情を変える生きものですから。花を撮るのとは違うわけです。　ですので、作戦を色々と考えます。その場のアドリブでできれば最高ですけど、難しい人は、事前に考えておくんです。僕もジャンプは作戦のひとつで、現場でも、まあちょっと迷ったらジャンプっていう。そのときの顔を撮っておけば、自然な表情が撮れますよね。寒そうな顔してください、これ持ってください、じゃなくって、『寒そうですね？』って問いかけて、『そうなんですよー』って答えてるときの表情を撮れば、寒そうに撮れるということです。</p>

<p>モデルさんは、プロじゃなくて良いんです。家でテレビとか見てて普段は笑ってるわけですから。それをカメラの前でいかに再現できるかということなんです。　モデルさんに無理難題をあえて言ってみて、『できませーん』って恥ずかしがってたら、それを撮ればいいんです。何か言えば、それに対してコミュニケーションで返ってくるから、それを撮ればいい。　</p>

<p>ベタなやり方ですけど、困ったら髪の毛を上げさせるっていう、それは女の子を撮る鉄則ですよね。上げてもらった瞬間も撮れるし、もっと上げてもらってもいいし、すると耳も出てくるしうなじも出てきますし、そういう感じで、髪を上げさせるっていうことを、作戦として考えておきます。　明日の撮影では、髪上げ作戦を実行しようと考えながら現場に行くと、案外ショートカットの子だったりしますけど、大事なのは、それでも上げてみるという。上がる髪があんまりなくても、それでも上げてみると、見たことのない――ショートカットの人は普通、髪を上げないですよね？　あえて上げてみるなかで、何か新しい仕草が出てきたりするんですよね。とにかく動かしてみれば、思わず瞬間が見えてくるはずです。</p>

<h4>4. 途中を撮れば、自然に撮れる</h4>

<p>絶対的にこういう写真が欲しい、っていう目標があったとしても、実は、そこに向かって撮る途中の姿を撮っているほうが、その人らしくなるんですよね。途中の状態って、変な緊張や意識が入らないですから。　女の子は表情も豊かだし、動きもかわいらしかったりするので、何かをしてもらうその途中を撮るとか、ポージングしてもらうことも、結果的に求めるものが撮れなくてもいいんですよね。上手くいかなければ、いかなかったものをあえて撮るという感じでやっていけば、そのなかで自分なりの「視点」が出てくるんです。だから、僕がついついフェティッシュな方向に行ってしまうのは、僕がそういう目で女の子を見ているからなんです。</p>

<h4>5. まとめ</h4>

<p>『女の子の撮りかた』の作戦をあれこれ考えるのは、楽しいことだと思うんですね。いわば妄想の世界です。人物撮影なんて、自分の思い通りにいかないもので、だからこそ撮る楽しさがあるんです。撮る前に考えてそれを楽しんで、さらに撮ってみてうまくいったり、いかなかったりを楽しみましょう。</p>

<p>――人を撮るっていうのは、一期一会なんです。楽しく撮りましょう。――</p>

<p><img alt="第16回 『女の子の撮りかた』の作戦をあれこれ考える" src="http://www.mishimaga.com/files/2012/0418-2.jpg" width="660" height="494" /></p>]]>
        
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