今日の一冊バックナンバー

  • Jan

    01

    『日本の弓術』オイゲン・ヘリゲル(岩波文庫)

    『日本の弓術』オイゲン・ヘリゲル(岩波文庫)

    東北帝大の哲学講師として来日したドイツ人の著者が、大正13年から昭和4年の5年間、日本人師範に就いて弓道を修行した、その体験が語られている本書。師の感覚的な教えを論理的に消化しようとして戸惑う著者の姿は、戦後の西洋的教育に学んだ今を生きる日本人にこそ、たくさんの気づきをもたらしてくれます。言葉や論理の有効性とその限界、それを超えた先にある「無心の境地」・・・。今、壁にぶち当たっている人には特にオススメしたい名著です。

    (ミシマ社営業チーム 渡辺佑一)

  • Jan

    03

    『跡無き工夫 削ぎ落とした生き方』細川 護煕(角川oneテーマ21)

    『跡無き工夫 削ぎ落とした生き方』細川 護煕(角川oneテーマ21)

    元首相・細川護煕さんの本です。帯文にある「欲無ければ一切足る」という言葉には、仏教でも本質的な部分でありながらも、僕のような修行足らずの坊さんからすると、「ヒエーーー」と逃げ出しそうになってしまいます。
    しかし、この本を手にとったのは、京都の骨董店で個展をされていた細川さんご本人の、たたずまいが、静かでとても印象的だったからです。多くの古典や自然を愛するシンプルな生き方に、ヒントを頂いた方も多い本ではないでしょうか?
    「ひとり燈(ともしび)のもとに文をひろげて、見ぬ世の人を友とするぞ、こよなうなぐさむわざなる」(『徒然草』)
    現代語訳
    「ひとり燈下に書物をひろげて、自分の知らぬ古の人を友とするのは、このうえなく心が慰められるひとときだ」
    こんな言葉にも出会えます。

    (白川密成)

  • Jan

    04

    『魂の森を行け――3000万本の木を植えた男』一志治夫(新潮文庫)

    『魂の森を行け――3000万本の木を植えた男』一志治夫(新潮文庫)

    年頭の書はこの一冊で始めるのがいい。稀有な植物生態学者・宮脇昭のような生き方は、われわれ凡人にはできないかもしれない。誰も環境問題になど関心を払わなかった1970年代から、とり憑かれたように日本中の植生をしらみつぶしに調査し続け、やがて、今や失われた土地本来の森を「潜在自然植生」という画期的な観点で甦らせた。家庭を犠牲にし、自分の持てる時間をすべて森の再生にささげた孤独な生涯。しかし、宮脇の熱意が、出会った者に衝撃を与え、政治家から小学生までを動かしてゆく。優れたインタビュアーである著者・一志治夫の「こころざし」が、宮脇のすさまじい生き様を圧倒的な手触りで浮かび上がらせた。読者は、いつしかこの本に誘発され、何事かに本気で取り組もうという意欲が体の奥底からわいてくる。

    (東京都 ジュンク堂書店池袋本店 大内達也さん)

  • Jan

    05

    『新版 貧困旅行記』つげ義春(新潮文庫)

    『新版 貧困旅行記』つげ義春(新潮文庫)

    魂をゆさぶられる読書というものがある。長年培ってきた自分の価値観、慣れ親しんできた世界観では太刀打ちできないものとの出会いである。つげ義春の漫画の独創性を、表現技法の問題と勘違いする者は、このエッセー集に収められた「蒸発旅日記」を読み、彼自身がファインダーによって切り取った、つげ漫画そのものと見まがう写真の数々を見て、言葉を失う。蒸発とは、会ったこともない女性と突然結婚するために汽車に飛び乗ることであり、その直前までどうしようか決めかねることであり、相手を待つ間、遊女の膝枕に体を横たえながら、このままこの女と消えようかと夢想することである。われわれが考える倫理感とは、経済観念とは、社会的成功とは、愛情とは一体なんだったのか、その根底がゆらいで、クラクラとめまいがしてくるのだ。

    (東京都 ジュンク堂書店池袋本店 大内達也さん)

  • Jan

    06

    『粘菌 その驚くべき知性』中垣俊之著(PHPサイエンスワールド新書)

    『粘菌 その驚くべき知性』中垣俊之著(PHPサイエンスワールド新書)

    イグ・ノーベル賞受賞を、「なんちゃって科学」の類と馬鹿にするなかれ。少なくとも本書はまじめな認知科学の研究書である。「粘菌」といえば南方熊楠をも魅了した、動物とも植物とつかないフシギな生命体だが(ちなみにカビやキノコは菌類という植物)、単細胞生物であるにもかかわらず、迷路の最短ルートを解くという驚くべき知性が実験によって明らかとなった。パズルを解けるのは人間のみだと思っていたら、大間違いなのだ! 本書では、粘菌が最適解を獲得するプロセスを、物理的法則によって裏付けてゆくのだが、では、そもそも人間の判断力は心や精神ではなく単なる物理法則なのか、という反問が頭をもたげてくる。まあ、そこに深入りするのは後回しにしても、「人間らしいと思うような行動の芽生え」を、進化の源流である単細胞生物にまで遡って探求する。その醍醐味をたっぷり味わわせてくれる、スリリングな科学読本だ。

    (東京都 ジュンク堂書店池袋本店 大内達也さん)

  • Jan

    07

    『吉野朔実劇場 神様は本を読まない』吉野朔実著(本の雑誌社)

    『吉野朔実劇場 神様は本を読まない』吉野朔実著(本の雑誌社)

    本は、世の中に溢れるほど氾濫しているけれど、本当に読みたい本は限られている。それを知りたい。最も有効な方法は、自分が信頼する人に教えてもらうことだ。私は吉野朔実という作家を信頼している。ウィリアム・トレイヴァーの『密会』だとか、マイケル・アダムスの『精神分析を受けに来た神の話』とか、エンリーケ・ビラ=マタスの『バートルビーと仲間たち』とかを紹介してもらって感謝。知らなかったけれど、題名を聞いただけで、ああ読みたいと思うような本がたくさん出てくる。
    一冊の本を題材にして、見開き4ページにわたって吉野朔美がエッセイ漫画を展開する。本の内容を紹介するだけでなく、日常風景に溶け込ませて、本に触発されたモチーフを上手に料理する手際が絶妙なのだ。私はこの本を、本書のなかに出てくる代々木上原の幸福書房で見つけた。それもまた、幸せな出会いだったと思う。

    (東京都 ジュンク堂書店池袋本店 大内達也さん)

  • Jan

    11

    『SHORT and CURLIES』JERRY(創英社)

    『SHORT and CURLIES』JERRY(創英社)

    アメリカンなテイストのショートコミック。絵が圧倒的にイカシてるのさ。しかも「コーヒーの香りは/ゆるやかなカーブを/描きながらも/真っすぐに/現実を突きつけてくる」ってコレ詩だよね。ことさら美化するほどのもんでもないけど、煙草とコーヒーをかっこよく描ける作家が好きなのです。

    (東京都 book express 東京駅京葉ストリート店 長谷川仁美さん)

  • Jan

    12

    『身体のいいなり』内澤旬子(朝日新聞社)

    『身体のいいなり』内澤旬子(朝日新聞社)

    とくにきっかけめいたことはないのだけど、30歳をすぎてからなんとなく身体というものを強く意識するようになった。だからこのタイトルを知ったとき、「アッ」と思った。読んでさらにブッたまげた。ナンダコノオモシロサハ。簡単に言うとルポライターである著者自身の「乳ガン闘病記」なのだが、とにかくこの人、正直。嘘つかない。美化しない。だからこそ余計に一文一文が胸にささる。女性にとって乳房というものが、(普段格別意識しなくても)どれだけ無視できないものかということも考えさせられた。胸だけじゃなくて、顔も手も足も内臓もそして「装うことや自分の身体や肌を手入れして慈しむ」という「手放しがたい喜び」も、今あるものは大事にしたいなあと思った。この本を薦めてくれたのは友人の男性。彼はすごい感性の持ち主だと思うな。

    (東京都 book express 東京駅京葉ストリート店 長谷川仁美さん)

  • Jan

    13

    『ごきげんタコ手帖』中野翠(毎日新聞社)

    『ごきげんタコ手帖』中野翠(毎日新聞社)

    「サンデー毎日」の長寿連載の書籍化、一年に一冊だから毎年買い続けて早16年! 中野翠さんのすごさはそのポジションというか、スタンスというか、姿勢がまったく変わらないところだと思う。いくつになっても、好きなもの(映画、本、落語、スポーツ、スター、とるに足らない新聞記事・・・)には跳びはねるくらい興奮するし、嫌いなものにはすばやく的確にかつおもしろく反応する。ワルクチに芸がある人はなんとなく信用できるのです。これからもこのノリでがんばってほしいです。

    (東京都 book express 東京駅京葉ストリート店 長谷川仁美さん)

  • Jan

    14

    『今夜も赤ちょうちん』鈴木琢磨(青灯社)

    『今夜も赤ちょうちん』鈴木琢磨(青灯社)

    なんとなく心が沈みがちな夜、暗闇にぼおっと咲く赤ちょうちんのあかりに想いを馳せながらこの本を開く、正しいアラサーオヤジ女子の私です。「おでんで一杯やりますか」「むふふ、よろしいですな」こんな会話に、ああ、癒される~。食べ物エッセイや小説に目のない私ですが、田辺聖子さんと佐藤和歌子さんを除くとどうやらオジサンが書いたもののほうが相性があうようです。この本にも登場する島田雅彦氏によると、「やっぱり日本ほどの呑んべえ天国はありません」。どうしようもないところも多い国だけど、だからやっぱり好きなんだ!

    (東京都 book express 東京駅京葉ストリート店 長谷川仁美さん)

  • Jan

    17

    『年を歴た鰐の話』レオポール・ショヴォ(文藝春秋)

    『年を歴た鰐の話』レオポール・ショヴォ(文藝春秋)

    思わず手に取りたくなる装丁、といえば伝わるだろうか。風格のある絵本のような佇まいと、表紙に記された「名訳、復刻」という文句。つい乗せられてページを開いてしまう人も多いだろう。ただその内容は、タイトルの通りただの「年老いた鰐の話」ではあるけれど、この寓話から立ちのぼってくる風景はとてつもなく重く、深い。いのちがいのちを食らうということへの原罪、愛するものにさえ時に冷酷になりうる私たちの愚かさが独特の隠喩を持って語られる。
    味のある挿絵と並んで、旧字体でどことなく静けさを感じさせる文章が淡々と、でも確実に心に染み込んでくる名訳。

    (兵庫県 ジュンク堂書店西宮店 地道裕勝さん)

  • Jan

    18

    『Carver's Dozen―レイモンド・カーヴァー傑作選』レイモンド・カーヴァー(中公文庫)

    『Carver's Dozen―レイモンド・カーヴァー傑作選』レイモンド・カーヴァー(中公文庫)

    はじめてこの本を読んだときから随分時間が経ったものだけど、相変わらず「短編小説の名手」と言われるとこの作家を思い浮かべる。とりわけ一見凡庸に思える日常生活の、ささやかな出来事を、細部まで、これほど緻密に描き上げる技量を持った短編作家を他に知らない。
    毎日が平坦で、同じような一日が延々とリピートされているような気になる。だから私たちは非日常的で劇的な「何か」を期待してしまうのだけれど、カーヴァーの作品を読むと、日常は自分たちが思っている以上に非日常的で、異質で、不穏なものを含んでいることを教えられる。

    (兵庫県 ジュンク堂書店西宮店 地道裕勝さん)

  • Jan

    19

    『虐殺器官』伊藤計劃(ハヤカワ文庫)

    『虐殺器官』伊藤計劃(ハヤカワ文庫)

    著者は2009年に34歳で夭逝している。たった2年ほどの作家生活、しかも大半は闘病生活だったと聞くが、その短い期間で病を抱えながらも、これほどの文学を上梓したことにただただ頭が下がる思いがする。近未来を仮装した血の通う「現実」をまさに圧倒的なまでの筆力で描き上げ、ゼロ年代の最高傑作のひとつに挙げる人も少なくない。J・D・サリンジャーが著書のなかで、「良い作家とはその本を読んでいて、思わず電話をかけたくなる」作家だというようなことを語っていたが、その敬意を払える稀有な作家が既に亡くなっているというのは何とも残念でならない。『ハーモニー』とともに長く読み継がれて欲しい一冊。

    (兵庫県 ジュンク堂書店西宮店 地道裕勝さん)

  • Jan

    20

    『仰臥漫録』正岡子規(岩波文庫)

    『仰臥漫録』正岡子規(岩波文庫)

    正岡子規が死の直前まで綴った日記。脊椎カリエスに蝕まれながらも、鋭敏に身の回りのものごとを細部まで見据える目の冴えが恐ろしいほどである。必ず毎日の献立と食べた量を記録しているのだが、まずその分量に驚き、食べ物に対する強い思いとでも言うべき食欲に感じ入る。淡々と流れる日常のなかの貪欲さと「普通に生きて死ぬ」という現代人が忘れがちな潔さは、決して反するものではないことに気づかされ、それが誠に清々しい。生き方に迷ったときなどにふと思い出してしまう一冊。

    (兵庫県 ジュンク堂書店西宮店 地道裕勝さん)

  • Jan

    21

    『貧乏人の逆襲!』松本哉(筑摩書房)

    『貧乏人の逆襲!』松本哉(筑摩書房)

    誰かと喋っていても「不景気だから・・・」なんて言葉がすぐ口をついて出てきてしまうし、給料日前の財布のなかを覗けば小銭しか残っていない。駅前に停めていた自転車は撤去されるし、派遣の仕事もいつまであるのかわからない。なんだか自分が不当な扱いをされているようで面白くないし、世の中の雰囲気も重苦しくって、俺一体これからどうなるんだ? ・・・なんて、これを読む人にそんな人がどれだけいるのかわからないけれど、これは閉塞感たっぷりの世の中に風穴を開けてやろうという豪胆な本だ。大学時代「法政の貧乏くささを守る会」を主催し、学食の値上げに対し「ボッタクリ学食粉砕闘争」を繰り広げてみたり、大学に招かれた財界人が招かれた会議に闖入して「ペンキまみれ事件」を起こしてみたりと、著者が語るエピソードはとにかく痛快にして爽快で、胸がすく思いがすること間違いなし。「高校時代に馬鹿してました・・・」なんてこれを読むとまだまだ甘い。大人が本気で馬鹿をすると、こんなにもすごいブレイクスルーが実現してしまうのだ。河出書房新社の「素人の乱」もぜひご一緒に。

    (兵庫県 ジュンク堂書店西宮店 地道裕勝さん)

  • Jan

    24

    『胎児の世界』三木成夫(中公新書)

    『胎児の世界』三木成夫(中公新書)

    「人間の胎児は、母の胎内で、数億年の進化の歴史を追体験する」
    胎児の解剖を数多く手がけ生物進化の過程を体現するその姿を目の当たりにしてきた著者の言葉は、アイデンティティの問いをめぐる曖昧な不安を抱えた若造の頃の僕を、完璧にノック・アウトしたのでした。誰でもなく自分自身が胎内では人間以前の生き物の姿かたちをしていたと思うと、心が世界とつながるような、不思議な熱狂を感じました。著者の言葉には科学者の透徹したまなざしと思想家の熱情が入り乱れていて、ときどき詩人のようなロマンティックなところがあって・・・得体の知れない魅力のある一冊です。

    (東京都 あゆみBOOKS 小石川店 久禮亮太さん)

  • Jan

    25

    『生物と無生物のあいだ』福岡伸一(講談社現代新書)

    『生物と無生物のあいだ』福岡伸一(講談社現代新書)

    「生命とは動的平衡にある流れである」
    僕は変わらず僕であると思っていても、自分を形作るタンパク質や脂肪・・・、ほとんどの要素は日々のなかで入れ替わってしまっている。僕という存在は、確かな構造物なのではなくて、大きな自然の流れがつくり出す「効果」としてここにある。・・・、なんてクールな世界観! とシビレた一冊。ニーチェやフロイト、マルクスから辿ってきた道が分子生物学の道と交差したようだ! と興奮しました。そして、「動的平衡て、本屋のことじゃん!?」と気づき仕事への理解がものすごく深まったような気が・・・。

    (東京都 あゆみBOOKS 小石川店 久禮亮太さん)

  • Jan

    26

    『魂の錬金術』エリック・ホッファー(作品社)

    『魂の錬金術』エリック・ホッファー(作品社)

    数多くの名言・箴言集がありますが、これほど現代に生きるわたしたちの精神と社会の本質をとらえた言葉を、これは僕のことを見抜いている! と戦慄させる言葉を、ほかに知りません。<沖仲仕の哲学者>という変わった呼び名を持つ著者E・ホッファー。学校教育を受けたことはなく、放浪と労働と膨大な読書と思索の日々のなかから唯一無二の思想を編み上げました。彼の透徹したまなざし、幅広い教養、強靭な思考と深い思いやりが凝縮された一冊です。


    (東京都 あゆみBOOKS 小石川店 久禮亮太さん)

  • Jan

    27

    『ブックストア』リン・ティルマン(晶文社)

    『ブックストア』リン・ティルマン(晶文社)

    かつてニューヨークにあった書店"BOOKS&Co."をめぐる実話。「ポール・オースターやスーザン・ソンタグ、ウディ・アレンに愛された」という神話を抜きにしても、きっととびきり素敵な店だっただろうと、読むたびに夢想しています。書き手と読者のしあわせな出会い方のために、こんなにも敬虔な気持ちで尽力できるなんて! <本を売る仕事>にとっては余分なことばかり。でもそれこそがきっと本屋のいちばんの醍醐味だと思います。経営が立ち行かなくなって閉めてしまった店の話ではあるけど、こんな本屋になりたいとずっと憧れています。

    (東京都 あゆみBOOKS 小石川店 久禮亮太さん)

  • Jan

    28

    『熊の敷石』堀江敏幸(講談社文庫)

    『熊の敷石』堀江敏幸(講談社文庫)

    あらわれたはしから消えてしまいそうな淡いあちこちに飛ぶ思考の足跡を、繊細だけどなにか生々しい質感のある言葉で捉えていて、不思議な快感を感じる小説です。物語の定型を逸脱して批評~ルポルタージュ~幻想的な描写などあちこちに飛躍しながらも、技巧を尽くした感はなくて、五感に訴えるようなリアリティを感じてストンとはまる感覚が気持ち良いです! 

    (東京都 あゆみBOOKS 小石川店 久禮亮太さん)

  • Jan

    31

    『月と蟹』道尾秀介(文藝春秋)

    『月と蟹』道尾秀介(文藝春秋)

    デビューから追いかけている作家が大きな賞を手にした瞬間は我が事のように嬉しい。まさに「俊英」と呼ぶに相応しく、世に出された作品すべてから衝撃と進化を感じるが、『月と蟹』もまったく期待を裏切らない。息苦しい日常と理不尽な運命。大人の事情に翻弄される孤独な子どもたちの揺らめく感情と、もどかしい成長ぶりがあまりも切ない。巧妙に構成された理知的な展開に、人間のいのちの根幹に響く情の部分も絶妙に融合されて、「鮮やか」の一語。いったいこの作家はどの次元まで昇り続けるのだろう?「直木賞」も彼にとってはちっぽけな勲章、すでに「道尾秀介」はひとつのジャンルであるから。

    (東京都 三省堂書店 内田剛さん)