今日の一冊バックナンバー

  • Feb

    01

    『火天の城』山本兼一(文藝春秋)

    『火天の城』山本兼一(文藝春秋)

    直木賞恐るべし、と思えるのはその候補作にも名作が埋もれているからである。著者の山本兼一は本作で松本清張賞を獲ったものの、直木賞は候補となりながら落選。その後『利休にたずねよ』でリベンジを果たしたが、城本ブームの今、読み返しても息をのむ迫力で、まったく面白さは色褪せない。タイトルは城郭の既成概念を一新した天下の名城「安土城」のこと。歴史小説の通例であれば、織田信長が主人公であるが、本作では職人たちの魂の葛藤がテーマ。困難極める築城プロジェクトを成し遂げた棟梁親子の、命懸けの闘いが圧倒的な筆力で胸に迫る。文庫版もあるが、華麗に仕上がった単行本を薦めたい。

    (東京都 三省堂書店 内田剛さん)

  • Feb

    02

    『水の城』風野真知雄(祥伝社文庫)

    『水の城』風野真知雄(祥伝社文庫)

    さて「火」の次は「水」である。舞台は武蔵国・忍城。天下統一目前。小田原制圧を目指す秀吉方の怒涛の攻撃に、北関東の北条勢は風前の灯。自信満々の石田三成の秘策「水攻め」に、僅かの手勢で奇跡的に耐えた緊迫の攻防戦。その命懸けの合戦の真実はいかに!? もちろんこれは大ベストセラーで今年は映画にもなる『のぼうの城』と同じ題材。時代小説文庫シリーズで人気のベテラン・風野真知雄と、歴史小説界に新風をもたらした気鋭の作家・和田竜。この両者の読み比べは非常に興味深いが、刊行は『水の城』が7年早い。こちらを先に読んでおくべし。水をかけられたって火は消えない。いま時代小説が熱い。

    (東京都 三省堂書店 内田剛さん)

  • Feb

    03

    『木に学べ』西岡常一(小学館文庫)

    『木に学べ』西岡常一(小学館文庫)

    小説『火天の城』は安土城を築いた実在の棟梁岡部又右衛門が主人公であったが、西岡常一も「最後の宮大工棟梁」と言われた職人である。本書は1985年、当時77歳の西岡氏が語り下ろした作品。凄まじい執念で法隆寺金堂の修理や薬師寺金堂・西塔の復元を果たした業績もさることながら、情熱的に技術と心構えを後世に伝えようとする骨太の言動はまったく古びることはない。木と共に生き、木の心を知り尽くし、人間と自然との共生を、身をもって体感してきた男の説得力は揺るぎない。日本人の心の必読書。まさに永遠に語り継ぐべき一冊である。

    (東京都 三省堂書店 内田剛さん)

  • Feb

    04

    『金平糖の味』白洲正子(新潮文庫)

    『金平糖の味』白洲正子(新潮文庫)

    今週の「今日の一冊」は男臭いラインナップなので、ラストは昨年生誕100年を迎えた白州正子で上品に締めくくりたい。内容も芸術だけでなく、夫婦や家族に人生、幸福論まで多岐に渡り、書かれた年代も30代から晩年に至るまで網羅されており、著者の人間性の変化を知る上でも貴重。卓越した本物を見極める審美眼。日本文化の深層までを見通そうとする姿勢。襟を正して、何度でも読み返したい味わい深いエッセイだ。
    さて1月31日(月)の『月と蟹』から五日間の担当させていただきました。タイトルが月火水木金ではじまる本を並べています。バックナンバーもご覧ください。こんな一冊との出会いも悪くないはず。「土」「日」の本は、ぜひとも皆さんの本棚からお探しください。では、よい週末を。

    (東京都 三省堂書店 内田剛さん)

  • Feb

    07

    『フィッシュ・オン』開高健(新潮文庫)

    『フィッシュ・オン』開高健(新潮文庫)

    釣りに行かない冬場に最適!? アラスカ(キング・サーモン村)でのキング・サーモン釣りに始まり、世界各地の海・川・湖での釣りを綴った名エッセイ。『空と水のあいだには私を含めて三本の棒が刺さっているだけである。』なんて、詩的で素晴らしい表現だなぁとウットリしてしまう。釣りとは釣れない時間がほとんどで"棒"の状態がホントに多いんだよなと、一釣師として納得。秋元啓一氏の撮った写真も美しい一冊。

    (東京都 サウンドショップすばる 篠崎店 鈴木敏夫さん)

  • Feb

    08

    『歓喜の島』ドン・ウィンズロウ(角川文庫)

    『歓喜の島』ドン・ウィンズロウ(角川文庫)

    冬のニューヨーク、マンハッタン島を舞台にした探偵小説。1958年当時のNYの様子が克明に美しく描かれる。洗練された振る舞いの主人公ウォルター・ウィザーズは米国版ジェームズ・ボンドといったところか? そして物語の重要なBGM(?)となっているのがジャズ! 各章のタイトルは、スタンダード・ジャズの曲名から採ったんだとか! まったく意識せず、気づかず読み終えてしまった。ブロッサム・ディアリー、ハンク・ジョーンズ、エディ・ヒギンズ・・・もう一度、CDをかけながら読むかな・・・?

    (東京都 サウンドショップすばる 篠崎店 鈴木敏夫さん)

  • Feb

    09

    『路上』ジャック・ケルアック著 福田実訳(河出文庫)

    『路上』ジャック・ケルアック著 福田実訳(河出文庫)

    著者のジャック・ケルアックが、1957年に発表し、ビ-ト・ジェネレーションの中心人物となった作品。完成から6年かかって発売されたこの作品は、発売と同時に、全世界の反抗する若者達のバイブルとなった。ニューヨークに住んでいたケルアックは、貧富の差、非人間的疎外、偽善といった歪んだ光景をまのあたりに見て、人間性の回復、人間らしく自由にのびのびと生きる事を作品のなかで歌った作家です。この小説にインスパイアされてつくられたECHOESのJACKという曲もあわせてお薦めです。

    (東京都 サウンドショップすばる 西葛西店 山下浩志さん)

  • Feb

    10

    『混声合唱とピアノのための 4つのポエム』西島祥子(音楽之友社)

    『混声合唱とピアノのための 4つのポエム』西島祥子(音楽之友社)

    「もし今、原因不明の進行性難病だと告げられたら、あなたならどうしますか?」この本の著者の西島祥子さんは、大学生時代に受けた手術の後「CRPS」「固定ジストニア」の2つの難病を発症し、左腕・両足の自由を失いました。医療不信になるような出来事や入退院を繰り返しながらも、国家試験である看護師・保健師の免許を取得。しかし医療の壁は厚く、看護師不足がいわれてた時代にもかかわらず、就職できない日々が続きます。その後、彼女に理解を持つ病院と出会い、車いすに乗りながら看護師として働く傍ら、難病と向き合う葛藤や命を慈しむ気持ちを、詩や水彩画で表現し、詩の個展等で発表しました。もともとは、くじけそうになる自分の心を奮いたたせるために書いた詩でしたが、本人のブログ等で発表していくと老若男女問わず共感を呼び、自費出版で詩集も出版しました。(現在購入不可能)この「四つのポエム」に収録の詩は彼女のホームページで合唱曲として聴くことができます。是非、この本を見ながら聴いて欲しいです。最後に、ミシマ社さんで、彼女の詩集・ブログ本を出版していただけたらな~と思います。ミシマ社さんだからこそ・・・。

    (東京都 サウンドショップすばる 西葛西店 山下浩志さん)

  • Feb

    14

    『あの子のカーネーション』伊集院静(文春文庫)

    『あの子のカーネーション』伊集院静(文春文庫)

    暑い夏が終わり、ようやく秋らしい風が吹き始めた初秋のある深夜、地下のスナックの客もいなくなったボックスで、僕と作家は酒を飲んでいた。そのスナックのママが、その作家のお姉さんで、僕ら三人は深まりゆく夜のシジマを漂っていた。
    僕は、その時もめていた離婚交渉は解決したものの、妻との間に生まれた六歳の娘を手離し、人生で初めての大きな傷に打ちひしがれていた。人生は、順風満帆の航海だと疑わなかったひと時代はあっけなく終わり、荒海に足をすくわれ、揉まれるのが人生かもしれないと、ふと頭をかすめ始めたあのころ。
    「彼は、離婚したばかりでねえ・・・」ママが言う。深夜の会話は、深いが淡々として、風のように流れる。
    僕は答える。
    「いろいろあって・・・」笑うどころではない哀しみなのに、酒が与えた気丈さでそう答える。
    「そう、いろいろある。いろいろある」作家は深くうなずき、二度くりかえす。氷を手掴みにグラスに落とし、つくってくれた水割りの味は、妙にほろ苦かった。
    二十数年前、『受け月』で直木賞を受賞した作家、伊集院静との出会いである。
    ここ最近の伊集院さんのエッセイが良い。「週刊現代」、「トランヴェール」。
    心に沁みるその文章は、僕が負った後悔や傷をそっと癒してくれる。それらエッセイが世に出る発端をたどれば、氏のエッセイ集第一作『あの子のカーネーション』にたどり着く。氏のエッセイに流れる一貫したやさしさは『あの子のカーネーション』以来変わらない。だから僕は安心し、その一行一行に釘づけになる。
    伊集院静の小説なりエッセイを良しとされる方々に、僕は声を大にして言う。「『あの子のカーネーション』を読むべし!」

    (高知県 金高堂朝倉ブックセンター 新山博之さん)

  • Feb

    15

    『清冽―詩人茨木のり子の肖像』後藤正治(中央公論新社)

    『清冽―詩人茨木のり子の肖像』後藤正治(中央公論新社)

    私が通っていた中学の国語の教師は、県下では名の知られた詩人で、氏の主宰する同人誌には、難しい言葉が組織図のように張り巡らされていた。難解な言葉を選び出し、わかりにくいことを高尚として、その謎解きを読者に振るようなそれら現代詩は、読めば読むほど自分から遠ざかっていくように感じた。
    上京して住んだ吉祥寺のある書店には、詩のコーナーが棚の多くを占めていた。昨今、詩のコーナーなどは、ますます消えていくようだが、30年前の書店には、外国はもとより日本の詩もまだちゃんと並んでいた。単行本として。
    棚の前に立ち、詩を手にしたのは、なにがきっかけか。好きな子にラブレターを書くため、利発と思われるような言葉を探していたのか。
    その中に、吉野弘、黒田三郎、谷川俊太郎、そして茨木のり子。平易な言葉で深く心に沁み入る詩を書く詩人のいることを知った。
    昨年の11月に出版された、後藤正治著『清冽―詩人茨木のり子の肖像』を読んだ。著者は、2006年80歳を前に他界した、詩人茨木のり子の生涯を丁寧にたどる。
    戦中・敗戦・戦後・現在、激変した時代を凛として生きた詩人の姿は、いま急速に失われる「品格」とは何かを明解に教えてくれる。

    「もはや
     できあいの思想には倚りかかりたくない 
     もはや
     できあいの宗教には倚りかかりたくない
     もはや
     できあいの学問には倚りかかりたくない
     もはや
     いかなる権威にも倚りかかりたくない
     ながく生きて
     心底学んだのはそれぐらい
     じぶんの耳目
     じぶんの二本足のみで立っていて
     なに不都合のことやある
     倚りかかるとすれば
     それは
     椅子の背もたれだけ」

    代表作「倚りかからず」は、56歳にまもなくなる、私の今の心境である。

    (高知県 金高堂朝倉ブックセンター 新山博之さん)

  • Feb

    16

    『バーボン・ストリート・ブルース』高田渡(ちくま文庫)

    『バーボン・ストリート・ブルース』高田渡(ちくま文庫)

    今から三十数年前、瀬戸内海沿いの小さな町から上京した僕は、吉祥寺に下宿しようと思っていた。吉祥寺にはライブハウス「ぐわらん堂」があった。レコードやラジオでしか聴けないフォークシンガーが、毎日のようにギターを弾き鳴らし唄い続ける。そのライブハウスに行くのが、東京に住む楽しみの一つでもあった。

    結局、吉祥寺には折り合いのつく下宿は見つからず、隣の三鷹に住むのだが、吉祥寺には足繁くかよった。大学にもまだ馴じめず、友もいない僕にとっては、東京は賑わいとは逆の沈黙の街だった。だから、書店に毎日のように行った。

    書店は、唯一気のおけないやすらぎの場所で、本を探しても手にとっても、売り子が寄ってきてびっくりするような笑顔で本を勧めることもなく、騒ぎさえしなければ、自由にほっておいてくれる。
    街の中程にあった光陽館書店もそんな書店の一つで、店内にはジャズの名曲の数々がほどよく流れていた。春の昼下がりの光陽館、棚をながめている僕の横で、酒臭い匂いを漂わせている立ち読みの男。髭をたくわえた彫りの深い日本人離れした顔は、中学・高校といつも聴いていたフォークシンガー高田渡だった。

    僕の横に高田渡がいる。あの時の風景がよみがえる。
    吉祥寺ライブハウス「ぐわらん堂」、北陸金沢の小立野の「じょーはうす」、人が20人も入ればぎゅーぎゅーの会場で、高田渡は、何年たっても変わらぬトーンで唄い続けた。
    40年唄い続けて逝った高田渡の唯一の自伝、「バーボン・ストリート・ブルース」は、あの当時の吉祥寺の街の雰囲気とともに、今も心に残る大切な一冊。
    そして、この本の中の一字一句は、僕がいまも引きずっている青春のしっぽのようなものだ。

    (高知県 金高堂朝倉ブックセンター 新山博之さん)

  • Feb

    17

    『方丈記』鴨長明(岩波文庫)

    『方丈記』鴨長明(岩波文庫)

    昭和54年、大学を卒業した僕は、金沢北陸のF書店に勤め始めた。
    書店の息子として、まず自分の実家に帰る前に、3年ぐらいをめどに修行をするという、当時、書店業界の慣例のようなものがあった。

    F書店は、学生時代北陸をひとり旅した際に、その佇まいと雰囲気が気に入り、働くならここと決めていた書店だった。
    金沢、片町にあって、兼六園、県庁、市役所が近くにあった。
    とくにF書店の特徴は2階に10坪の喫茶室があって、昼休みになるとそこは人で賑わい、文化サロンの様相を呈していた。窓からは、中央公園の緑、春には桜、そして、旧四校の赤レンガが見渡せた、最高の借景を持っていた。

    そこでの3年間がどんなに楽しく、その後の書店人生に大きな財産をもたらしてくれたか、それは、30年以上経っても僕の心の拠りどころであり、棚の前で考えあぐねた時には、いつも、F書店の棚の風景を思い出す。
    そのF書店の社長のことになると話は長くなり、この場では書き尽くせない。

    社長は62歳の若さでこの世を去った。
    僕はその訃報を受けてから、山口から金沢までの、列車の車窓からの風景、その葬儀までの一部始終を、今もはっきり覚えている。僕にとって、人の死を自分と隣り合わせに感じた、あれが最初だったかもしれない。

    社長の奥さんから一冊の本が僕に手渡された。
    その本は書き込みでふくれ、ページがはずれた、ボロボロの『方丈記』だった。社長はいつも背広のポケットに入れ、ひとりバスや電車に乗るとそれを読んでいた。
    読んでいたとは聞いていたが、僕はその姿を見たことがない。
    社長の照れであったのだろうか、いや、多分ひとりきりでそれを読んでいる時間が、社長にとってだれにも邪魔されたくない至福の時だったのだろう。

    社長には父親との深い確執があり、また、それが原因で母親とも上手くいっていなかった。家族の絆を何よりも欲していた人が、それに満たされない哀しみを、生涯抱えていたということを、ずっと後になって知る。
    当時は、それを知る度量が自分にはなかった。

    人生の哀愁、そんなことを、形見分けしていただいた『方丈記』を見るとつくづく感じる。寂寥の凹みを、人生を辿っていると、人は数多く心に負うものであろう。後悔ばかりが心にたまっていく。その癒しのひとつとなるものが本であることは、書店人としてのささやかな喜びと思う。

    (高知県 金高堂朝倉ブックセンター 新山博之さん)

  • Feb

    18

    『織田作之助(ちくま日本文学35)』織田作之助(ちくま文庫)

    『織田作之助(ちくま日本文学35)』織田作之助(ちくま文庫)

    今年で56歳になる。業界でお世話になった人々も退職して父や母も他界した。
    この業界に入った20代は、自分の人生は順風満帆であると信じて疑わなかった。時には、「平凡が何よりですよ」と嘯いてもいた。あの頃は能天気な自分だった。
    しかし、今は、人生は綱渡りのようなものということを知っている。荒海の時ばかりで、たまにある順風晴天の日をつくづくありがたいと思う。例えば、スポーツにしても常勝のチームがずっと常勝し続けるとは限らず、その逆も多い。
    そうした人生の教訓に満ちているのが本であり、そうしたあまりある本のなかで働いていたのが自分であったと気づいたのは昨日今日のことだ。
    本は、人生という旅がそう簡単でないことを教えてくれる、航海の羅針盤のようなものでもある。
    それをもっと早くわかって本を読んでいれば、沈着冷静な日々で56歳を迎えられたかもしれなかった。

    2日前、休日の一日、競輪場のスタンドでレースとレースの合間、煙草をくゆらせていて、ふっと学生時代に読んでいた織田作之助を想い出した。
    神保町の古本屋で、バイトで稼いだ有り金をつぎ込んで、織田作之助全集を買った。下宿に帰り、朝から晩まで織田作之助を読んでいた。学校にも行かず朝から晩まで。

    「競馬」「世相」「聴雨」「アド・バルーン」作品のひとつひとつに釘づけになった。人生の哀感、それがわかった様な気がしていた。しかし、あの頃、僕は何をわかっていたのだろうかと不思議に思う。たぶん、浅薄な読書であり、ひとりよがりな感想だったのだろう。

    いずれ、退職し故郷に帰る。
    瀬戸内の海沿いの小さな町のささやかな我が家の縁側で陽だまりにつつまれ、もう一度、今までの本とじっくりと向き合おう。
    その時、織田作之助は、僕に何を教えてくれるのだろう。
    今から、楽しみにしている。

    (高知県 金高堂朝倉ブックセンター 新山博之さん)

  • Feb

    21

    『好かれようとしない』朝倉かすみ(講談社文庫)

    『好かれようとしない』朝倉かすみ(講談社文庫)

    いまはあんまりエレベーターガールをみなくなったけれど、ちょっとやってみたいなー。と思って真似したりしたこと、ないだろうか。ないか、普通。結構たのしいんですけどね。一番お気に入りの言い回しは「下へまっしぐらでございます」だったのだけど(何となく)、この小説に流れる通奏低音は「上へまいりまーす」。上へまいります。そう口にするだけで気持ちが上がりそうな読後。朝倉かすみの作品のなかで贅沢に使われている、きらりとした言い回しは、物語を味わうたのしみを与えてくれるだけではなく、もう実学と呼んで良いと思うのです。力を抜いて、このたしかな言葉を味方に、本日も上へまいりましょう。

    (北海道札幌市 丸善ら・がぁーる新札幌DUO店 森泰美さん)

  • Feb

    22

    『玉子ふわふわ』早川茉莉(ちくま文庫)

    『玉子ふわふわ』早川茉莉(ちくま文庫)

    近現代の錚々たる作家が、愛する玉子(料理)について筆をつくしたエッセイ、のアンソロジー。読むきっかけは内容じゃなくて収録作家の顔触れだったのです。ですが。
    まず第一に、いままでこんなに玉子のたべかたについて考察を重ねたことは、なかった。絶対に。
    第二に、とにかくいま玉子料理がたべたい。なにそれおいしそう。の嵐が読中つねに吹き荒れる。「ふわふわ」の誘惑の嵐。かわいい顔してなんてことを、たまごめー。たべてやるー。ぱく。と、この作家たちも愛してやまない/やまなかった、玉子。
    冷蔵庫を開けるたび、この本のなかにある半端じゃない数の名文が脳裏に甦ってぼんやりしている自分がいる。今日はどうやってたべようか。

    (北海道札幌市 丸善ら・がぁーる新札幌DUO店 森泰美さん)

  • Feb

    23

    『妄想気分』小川洋子(集英社)

    『妄想気分』小川洋子(集英社)

    学生のころは、好きになった作家の作品を追いかける過程で、その作家の出しているエッセイがあると知ればそれも欠かさず読んでいた。こんなに夢中にさせる小説を書いたのはいったいどんなひとだろう、と。そして読めばますますその作家が好きになった。
    小川洋子作品の魅力、といえば、どこを開けても「あの匂い、あの空気」に満ちているところ、という点に尽きる気がする。まるで甘く幸福な迷子になったような気分にさせるのです。このエッセイ集は今までいろんな所で発表されたのをまとめたものなのだけど、「あの匂い、あの空気」がそこかしこから生まれる予感のするような、身辺雑記がもう小説的な文章なのです。作家の目ってすごいなあ。
    それにしても、読めば読むほど最新作の『原稿零枚日記』と切り離して考えられなくなってくる。小説家の日記形式で進むあの作品となんだかパラレルになってくる。たいへんなことになったかもしれない。帰れない迷子だ。でも、至福。
    できるだけ静かな部屋で読んでいたい本。

    (北海道札幌市 丸善ら・がぁーる新札幌DUO店 森泰美さん)

  • Feb

    24

    『六月の輝き』乾ルカ(集英社)

    『六月の輝き』乾ルカ(集英社)

    昨年『メグル』(東京創元社)で出会ってからぞっこんの作家の最新刊。
    六月は、こちらの地方ではようやく夏の兆しが感じられてくるうつくしい季節です。その月の、同じ誕生日に隣の家同士でうまれた女の子たちと、彼女たちを巡るひとびとの話。
    とにかくとても絶妙なところを書いていくひとだ。妖しく怖くて醜いもの、無垢で綺麗なもの、ひととひとの気持のあいだ。底の底からやさしいこころ。危うい不思議な魅力に満ちている。きらきらとしたものをそうっと差し出されて、大切に掴む。
    たいへんわかりやすいホラーにすら大袈裟に怯える、情けない大人である私。怖いんでしょう怖いんでしょうとなぜか余計な思い込み先行だった人間に、複数の方々が激押しして下さったおかげで出会えた。今はお薦めしまくっているこの調子の良さです。
    乾ルカ、おもしろいですよ。

    (北海道札幌市 丸善ら・がぁーる新札幌DUO店 森泰美さん)

  • Feb

    25

    『ほとんど記憶のない女』リディア・デイヴィス(白水社 白水Uブックス)

    『ほとんど記憶のない女』リディア・デイヴィス(白水社 白水Uブックス)

    今週ご紹介してきたなかでも、これは変わっているという意味においてだんとつな作品集です。徹底して客観的に語られる51の短編をつらぬく、語り手の感情の不在。固有名詞もまばら、というかほぼ、ない(外文は名前が覚えられなくなるので苦手、という方ぜひ)それがいっそすがすがしくなるほどクールで、読み進めるうちに熱に浮かされたようになってくるぐらい熱いのです。岸本佐知子の翻訳作品はやっぱり外れなし。週末は、このUブックス化と同時期に作品社から発行された『話の終わり』を読むのもお薦めです。
    月曜から担当して参りましたが、振り返ってみると無意識ながら女性作家ばかり(『玉子ふわふわ』には池波正太郎や東海林さだおなど含まれますが)一週間お読み下さったみなさま、ありがとうございました。今日もすてきな本と出会えますように。

    (北海道札幌市 丸善ら・がぁーる新札幌DUO店 森泰美さん)

  • Feb

    28

    『みちくさ』菊池亜希子(小学館)

    『みちくさ』菊池亜希子(小学館)

    菊池さんが描く地図を見ると、子どもの頃TVで見た、大きな画用紙に自分が行ってきた場所を描く番組を思い出す。自分だけのお気に入りがぎゅっと詰まっていて、もうその街はその子の街に。
    みちくさを十二分に楽しめる人から見たらあの街はどんな風に映るのだろう。
    本屋好きな方にもオススメな一冊。

    (東京都 TSUTAYA三軒茶屋店 後藤怜子さん)