ダンス・イン・ザ・ファームダンス・イン・ザ・ファーム

第1回

地に足をこすりつけて

2018.04.06更新

 こんにちは。僕は瀬戸内海にある島、周防大島(すおうおおしま)というちょっと大きな島で暮らしている中村明珍と申します。東京から移り住んで、まる5年。だいぶ体に馴染んできた気がしています。なんでそう思うか。それは、移り住んだころに比べて、いろいろなことにだんだん驚かなくなってきたからです。ところが、生活は落ち着くどころか目まぐるしく移ろいゆく。ひとつひとつの小さな驚き、心の動きを綴っていけたらと思っています。

***

「・・・おそらが・・・・・・ちきゅうに・・・・・・ぶつかった・・・・・・」

 そういって息子(2歳)が抱きついてきました。

 2018年3月10日夜。祖母の家の2階に、僕たち男2人。部屋全体がガタガタっといったので、息子が怖がったのです。すぐに持っていたスマホで調べると、周防大島から8キロ先が震源の震度2の地震でした。

 その家は海から50メートルくらいの場所にある、なんてことない昔ながらの民家。昨年の夏、この部屋の壁に黒い小さな塊がへばりついていたので、2人の子どもたちと近くにギューッと近づいてみた。するとそれは小さなコウモリでした。初めて見るコウモリにどきどきする僕たち。チーチーと泣きながら、しばらく動かなかったその温かい塊を「逃がしてあげよう」と窓の近くにもっていくと、あっさりと海の方に飛んでいってしまいました。

 2011年3月10日夜。僕は東京・西麻布にあるレコーディングスタジオで、「新訳 銀河鉄道の夜」という楽曲を録音していました。もう何年も取り組んでいたアルバムの制作は、どの曲も録音してはボツにしてアレンジし直すという作業を繰り返す毎日。もう何回やったかわからない。記憶もところどころ飛んでいる。1曲1曲、何かを振り絞った末に完成する喜びと、もう作品は世に出ないとガクゼンとする日々。人間関係が極限状態。そんな中、この日は奇跡的に作業が進み、素晴らしい出来ばえのオケが完成。「明日は歌入れ!」とスタジオの隅にそっとギターを置いたのでした。

 18歳、大学1年のときにたまたま好きなバンドに入れてもらって、それから何回も全国ツアーをまわったり録音したりしていました。バイトをしながらの活動で、ミュージシャンになりたいとか「これで食べていきたい」という希望はなく、ただただ漠然とした喜びだけがありました。あるときは好きな先輩バンドマンに「あいつはヘタ」とテレビで言われた事件も(ちょっとヘコんだ)。でも、自分の中から湧き上がるものを抑えることはできない。それどころかやる気はみなぎる一方で、とにかく何にも代えがたい時間を経験していたことは確かでした。

 そんな中、大学生活の後半にさしかかるとまわりがだんだんソワソワしてきました。それを見ていたら僕もソワソワしてきました。そう、就職活動です。僕はあまり何も考えず、まわりを見ながら何枚かエントリーシートを書いて送付しました。どうせ働くなら好きなラジオ局で働いてみたい。どうやったらラジオが面白くなるか、僕なら知っている。わくわく。就職活動。何のためにその「活動」をしているのかハッキリとはわからないままに。

 結果は―――。書類で落ち、面接でも、落ちた。わりと早い段階で「こりゃだめだ」と音をあげてしまいました。大学の友人には「お前はそれでいいのか」と忠告されました。僕も「それでいいのか」と思いました。でもその後、僕の中から「やる気」が生じることは、ついにありませんでした。

 いつしかレコード会社の経理部のアルバイトとして働きはじめた24歳男子の冬。そのころ、信条として音楽演奏を「仕事にしたくない」と思っていた僕は、「このバンドに入って生業にせよ」というバンドメンバーと出会ってしまいました。半年も悩んだ挙句、全生命をかけてバンドをする、そういう生活に入りました。めくるめくわれらがロックの世界。むべなるかな。そこには「就職」「仕事」「家庭」「余暇」という区分がありませんでした。

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 やる気出るも出ないも、自分には制御できない。こんな人生の流れにも、今思えば、逆らえません。

 2012年夏。周防大島への移住を考え始めたとき、「仕事」が目下の心配事でした。島で、全生命をかけてバンドする。するのか?「そりゃ無理だ」と即座に自分で却下しました。その選択は、どうしても必然を感じられなかったのです。

 そんなとき、妻は電話越しにさらりと「畑やれば?」と進言してくれました。

 なるほど。

 このとき、かつての「漠然とした喜び」に似た景色が、僕の中でうっすら見えたような気がします。

 簡単でない、ということは承知しつつも、その予感を大切にしたい。すぐに具体的に検討を始めました。「畑をやる」、つまり農業を営み、軌道に乗せるには時間がかかるだろう。それは素人でもわかることでした。まずは別の仕事をしながら、兼業で農家をしていくという方向がたぶんいいだろう。

 折しも、ネットを開くと周防大島の「JA」(農協)の中途採用募集の文字が飛び込んできました。年齢の条件もぎりぎりバッチリ、これは勉強しながらお金が稼げる。「僕のためにある募集だ」。間違いない、と心が躍りました。

 なりふり構っているヒマはありません。34歳男はふるえる手でまたもエントリーシートを書きました。たまたま大学での卒論のテーマを「音楽産業の成り立ちと流通」にした僕、たいへん偏った体験をもとにして書いたナゾのレポートだったけれど、その作業を通してわかったことに少し自信もありました。農業のことを調べれば調べるほど、似通った構造がある気がしてならない、そう思い始めてもいました。

(僕だったら、こうするかもな~。JAはこうなったらいいんじゃないかな~。みんなが幸せになれるかも~)

 業界の事はわからない。でも、わからない人が伝えるフレッシュな視野は、それはそれで有用なんじゃないか。さあ、パリッとスーツを着込んでいざ面接。

 あら、たくさんの面接官の方々。あらららら。ちきしょう。34歳男。ありったけのアイデアと経験を置いてくぜ。

「あなたは、JAに入ったら、どんなことをしたいですか?」

「はい。私は、かくかくしかじか・・・」

 不合格の通知を受け取ったのはその数日後でした。

 娘と浜辺で遊びながら、頬に何か伝わった。あれは海の水だったかどうだったか―――。

 私は今、生きている。

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中村 明珍

中村 明珍
(なかむら・みょうちん)

1978年東京生まれ。2013年までロックバンド銀杏BOYZの元ギタリスト・チン中村として活動。2013年3月末に山口県・周防大島に移住後、「中村農園」で農業に取り組みながら、僧侶として暮らす。また、農産物の販売とライブイベントなどの企画を行う「寄り道バザール」を夫婦で運営中。

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編集部からのお知らせ

中村明珍さんは、毎年10月発刊のミシマ社の雑誌『ちゃぶ台』に毎回寄稿してくださっています!

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