増田喜昭×後藤美月 自分の人生に落とし前をつける絵本

2018.05.08更新

 2017年6月20日、全国の書店にて、後藤美月さん作・絵『おなみだぽいぽい』が発売になります。『家のしごと』(山本ふみこ著、ミシマ社)の装画でお世話になったことからご縁がつながり、後藤さんが長年温められてきた初の絵本を、発刊させていただくことになりました。

 後藤美月さんは、書籍や雑誌で挿絵を描かれるイラストレーターさんですが、もともと、三重県四日市にある本屋さん「メリーゴーランド」で働いていらしたことがありました。

 そのメリーゴーランドの店主であり、後藤さんが通っていた専門学校の絵本の授業をしていた先生の先生でもあるのが、増田喜昭さん。後藤さんが小学生の頃に強く影響を受けたという『しばてん』という絵本を、その小学校の先生に紹介されたのも増田さんと思われ、後藤さんが多大な影響を受けてきた方です。

 『おなみだぽいぽい』の発売に先立ち、できたてホヤホヤの見本をもって、ドキドキしながら四日市のメリーゴーランドを訪れた後藤さんと編集部。そこで行われた増田さんと後藤さんの師弟対談は、絵について、絵本について、子どもについて・・・熱くひろがりました。

(構成:星野友里、構成補助:角智春、中谷利明、写真:鳥居貴彦)

old97-1.jpg『おなみだぽいぽい』後藤美月 作・絵(ミシマ社)

絵の学校なのに「絵を描くな」と言った先生

後藤 じつはこの本に出てくる「先生」は、デザイナー学院の松永先生という絵本の先生で、増田さんの教え子でもあって。専門学生時代や、幼少期、いろんな経験が合わさってできた本なんですけど、いろんなことを考えると、増田さんがいないとできなかった、と思います。

増田 彼は、僕がデザイナー学院の先生になったときの、最初の二期目くらいの教え子で、「こんなつまらん学校辞めとけ」と。

後藤 講師なのに、生徒にそんなことを言う、と。

増田 で、一年で辞めて、二年になっても俺の授業だけ潜りで来ていた。で、なぜか俺のあと、その学校の先生を引き継いだ、という変な話。学校出てないのに(笑)。これはなかなか面白い話やね。

後藤 そこの学校は専門学校で、授業料が他の学校と比べて高かったんで、ここには行かんとこかなと思ったんですけど、体験入学のときのその先生の話が、「教えてやるぞ」という感じではなくて、「絵を描くな」と。絵を学びに行こうと思っているのに、「絵を描くな」って言うんだ、なんか面白いなと思って。たぶん増田さんが逆の言い方をよくするのが、その先生のなかにも染み付いていて。ここだと面白いことができそう、と思って入ったんですけど。

「これが私です」というものが無かった

増田 美月はメリーゴーランドで働いていたときから、絵本作家じゃなくて、イラストレーターとして東京で食っていく、と。もう、就職したときから豪語しとったんですよ(笑)。「東京はきついぞぉ」なんて、僕なんかはけっこう言ってたけど、本人は意思が強いから。「とびだせ! みえの絵本作家たち展」をやったときは、自作絵本出してなかったのかな。

後藤 出してなかったです。2011年のちょうど地震があった時なんですけど、増田さんが企画されて、メリーゴーランド絵本塾出身の作家たちが作品を出して、津市で展覧会をやったんです。私は絵本塾出身でもないし、自作絵本を出していなかったのに、「お前も出ろ」と言ってくださって。

増田 そのときはもう少しずつ、僕は、美月には才能というか、面白いセンスしているから、とりあえずこういうのやってみれへんかって、二つ絵本をつくる仕事を紹介して。もちろん自分の文じゃないんやけど。

後藤 でも、その「絵本作家たち展」のなかで、やっぱり自分は絵本を出していないというのがすごく、心のなかに重くのしかかっていて。なんか、みんな、「これが私です」というものがあって、私だけが無くて、「なんでここにいるんだろう」という感じも、すごい悔しくて。展示は、みんながひとりひとつの箱の部屋のなかで作品を作っていたんですけど・・・。

増田 四畳半の木の部屋をもらって、そのブースを子どもたちが訪ねて遊ぶ、という。

後藤 絵本作家の街、みたいな感じで、自分は絶対にこのなかの誰にも負けないやつを作ろう、と思っていたんですけど。

増田 みんなすごかった。徹夜で何か作り始めて、えらいことになった。

後藤 みんな自分の作品の核みたいなものがあるから。なんかそれが、私だけなくて。すごい悔しくて。その打ち上げのときに、「今までイラストレーターとしてやってきましたけど、私は絵本を作ることにしました」って、初めて宣言したんです。それが2011年だから、すごい長いことかかった。

増田 6年か。

私は輪に入れない子に届ければいいな

増田 年々ね、目に見えないことで子どもを傷つけているようなことに無神経さが増しているような感じがします。やさしい絵本を読ませてやさしい子にする、とか、本当に申し訳ないけど、親の都合で子どもを育てている。「あんたのためを思って、先生も親も、一生懸命しているのになによ」みたいな。子どもからしてみれば、「俺が頼んだ覚えはない」と。

 だから、絵本の読み聞かせなんか、あんまり好きじゃない。だれも頼んでないし。でもそれが、いいことだ、って全国に広まり、それして金を取るところが出てきたり。「え、どないなってんねやろ。そんなことより、『長くつ下のピッピ』とか読んでやったほうがいいのに」と思う。

 本当に子どもに添うつもりで気合いを入れて子どもの仕事をしている人がいなくなっちゃって。先生もビビりながら、親の顔色見ながら、それで絵本を読んでやる人はいい人、みたいに。これは難しいんやけど、絵本っていうのは深読みなんよ。やから子どもはそんなことしてないように大人は思うけど、大人のペースでページをめくられたってさ。だから読み聞かせが嫌いなんよ。

後藤 これ(『おなみだぽいぽい』)ひとりの絵本ですからね。読み聞かせの本じゃないですもんね。

増田 聞いてる子どもの表情を見逃さなければやってもええと僕は言うんやけど。「ここに10人おったら、お前はその10人の誰のために読むんや」って。「不特定多数? なんやそれ」みたいな。「みんなって誰?」って。子どもの頃からずっとそう思ってきたんや。「みんなができることが、どうしてできないんだ」って、「いや、おれはみんなじゃないし」。

後藤 絵本の読み聞かせに見学に行ったことがあるんですけど、たいていの子は楽しみ方を知ってるから、先生が「あー!」って言ったら揃えて「あー!」って、楽しい雰囲気ができるんです。けど、なかにはそのうしろでその輪に入れない子がいて、その子のことばっかり気にしてしまって。「この子はこの時間どういう気持ちでおればええんやろ」と。おこがましいですけど、大多数が参加できる本はだれか別の人が作れると思うから、私はうしろでひとりでなにかしている子に届ければいいなと思うんですけど。

とりあえず自分の人生に、これでけじめをつけようとしてる作品

増田 それなりにその道で本を描いて自分の考えたことを表した人たちは、ものすごい遺産をぼくたちに残してくれている。それが出版なんですよ。だからディック・ブルーナの『うさこちゃん』シリーズは遺産なんですよ。後半はもうダメですけど、はっきりぼくは言うんですけど。灰谷健次郎も、『兎の眼』『太陽の子』に尽きますねぇ。だからそんなふうに思うと、後藤美月が初期に何を表すかっていうのは、後に数々出してもこれ以上のものは描けないことがあるんですよ。

old97-5.jpg『ちいさなうさこちゃん』ディック・ブルーナ(福音館書店)

後藤 この文章書くときに灰谷さんの詩をすごく読みました。というか、灰谷さんが選んだ子どもたちの詩を。だから増田さんが私に教えてくれた本は嫌が応でも心の奥で覚えているというか。

増田 だからぼくはここに流れる後藤美月の意図は『しばてん』であり、『はせがわくんきらいや』やと思うんです。それ以外は何ものでもない。とりあえず自分の人生に、これでけじめをつけようとしてる作品。

後藤 あ〜〜! よくわかりましたね!

増田 わかるさ(笑)

後藤 これを描いたらなにかがうまくいくんじゃないかと思って描いたんですけど、そういうもんでもなくて。ただ出ただけだった。でもそれでいいと思うんですけど。

old97-4.jpg左上)『兎の眼』灰谷健次郎(角川文庫)/右上)『しばてん』田島征三(偕成社)/左下)『はせがわくんきらいや』長谷川集平(復刊ドットコム)/右下)『かさじぞう』赤羽末吉(福音館書店)

増田 これは本当に不思議ですけど、『兎の眼』も灰谷さんが17年間やった先生やめたことの落とし前をつけるための本。書かせたのは今江祥智なんですけど、長谷川集平は『しばてん』を読んだときに感動して、自分も卒業制作に人生の落とし前をつける。ヒ素ミルクを飲んだことを描こうと思って、『はせがわくんきらいや』を描くわけですよ。じゃあ田島征三はなぜ『しばてん』を描いたのかというのも調べてあるんですけど、『かさじぞう』(福音館書店)なんですよ。赤羽末吉の。

後藤 あっ! やっぱそうなんですね・・・。わたし最近『かさじぞう』のこと考えて泣けてくるんですよ。

増田 話は有名なんやけど、それよりもあの布団の色。絵本は可愛くきれいで子どもが喜ぶものというイメージを赤羽末吉も田島征三も、長谷川集平も一新してしまった。そしていまだにどの本も絶版になってないんですよ。

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「ちゃんと生きないと絵なんて描けないよ」

増田 僕は(ゲラを読んだときに)一応夜中に電話して美月にいろいろアドバイスはしたけど、最後に言った「お前の本なんやからお前の好きなようにしたらええぞ」っていうのが僕の最終的な意見やし。「なんで、ああせえへんねんや」と言うたらそれは、たとえば5%、10%、おれの作品になってまうねん。ぜったいやっちゃいけないことです。

 最近は絵本塾でも、それ言うてますよ。二つ持ってきて「どっちがいいですか?」って、作家が聞いたら「お前は作家なるんやめろ」と。「自分で決められないのにどうして作家になれんねん。おれは悪いけど人生、ぜんぶ自分で決めてきたぞ」と。それに対しての後悔はないし、だから「増田さんがあのときこう言うたからこうした」って言うたらめちゃ怖いでしょ。その人を恨むかもしれへんし。

後藤 昔のメリーゴーランドの絵本塾って、何がいいとか悪いかとかって議論し合う、先生たちに言い返す人たちが多かったって聞いて。

増田 いまは言い返すってことはほとんどないよ。やっぱりね、これはしょうがないことなんやけど。今日も大学で教えてきたけど、年々、意志のない人形みたいな学生ばっかりになってきました。だから僕はどれだけ学校に叱られても彼らに・・・、きのう補講やったんやけども来れない学生多かったから、「おい、動物園行くぞ!」って言って学生引き連れて学校出てめっちゃ怒られてん(笑)

後藤 わたしも専門学校の先生に動物園、連れて行かれました(笑)。専門学校がよかったのは何も教えてくれなかったから。ただ単に「どう生きるか」。なんか、楽しみ方を教えてもらったから。「ちゃんと生きないと絵なんて描けないよ」って言うんです。

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増田 「描く」前に「見る」ってことを、子どもにもそうだけど、やっぱりしてもらわないと。発見とかね。だからまぁ、いろんな人が動物について語りつくすほど語っていたのに、大人たちは、就職や人生や金儲けに動物や植物のことは関係ないと思ったらしく置いてかれたんですね。で、いまうちで昆虫とかいろいろやってんのは「いやぁ、おれたち生き物やしさぁ。ちょっと自覚しませんか」ということを受け止めてやってるんですよ。

10年にひとりか100年にひとり、すごく共感する子が出てくる

増田 美月が一番嬉しいと思うんは、「『はせがわくんきらいや』と『しばてん』やな」って言われることで、本人もそれをずーっと意識のどこかにおいてたと思うし。売れる売れないよりも、落とし前というか納得をつけるひとつの人生のけじめに立ち会ってるって感じがね。

 それでこれが不思議ですけどね、10年にひとりか100年にひとりかわからないですけど、ものすごく共感する子が出てくるんですよ。そのときは教えてあげようと思ってる。「こういう子が出てきて、こう読んだぜ」と言うと、そのときに初めて美月は「あぁ〜、出して良かったぁ」というときがやってくる。まぁ予言みたいなもんですけどね。それはずいぶん後からやってくるんですよ。『はせがわくんきらいや』は売れるのに、10年もかかりましたから。

後藤 はい。

増田 1年でバァーッと売れたやつは消えるのも1年で消える。よく古書屋に並んでいる本ですよ。いまはぜんぜん書店に並んでいないんですよ。でも『いないいないばあ』や『ぐりとぐら』はまだ売れ続けてるじゃないですか。たしかに『いないいないばあ』めくったら笑うもんね。大人も。「おお! やるな!」というカットのインパクトの強さを。

後藤 さっき増田さんがおっしゃっていたように自分の落とし前のために描いたようなところがあるから、これをふつうの児童書の出版社に持っていいものなのかわからなくて、ずっと手元においてたんですけど、今回、ご縁あってミシマ社さんと別のお仕事をさせていただいて、「あっ、この出版社さんなのかもしれない」と思って。

増田 温めてたやつなんか。

後藤 温めて、でもそのあいだにもコロコロ絵が変わるから、何回も何回も描き直す感じ。でも、どこに持って行っていいかわからなかった。これが絵本かどうかわからなかったから、持っていけなかったというか。

僕の顔だって親父の盗作やし

後藤 私、いろんなものを読むと、その人の新しい表現が自分のなかに染み付いてしまって知らず知らずのうちに自分も使ってしまいそうで、読めなくなっていくんです・・・。

増田 使うねん、どんどん。盗作。みんな、僕の顔だって親父の盗作やし。電話でたら「お父さんですか?」って間違えられてん。せやろ? 真似したわけやないんやけど影響受けるってそういうことやねん。「この人の文章が好き」とか、その言葉が嬉しいのは自分のDNAのなかにその言葉がもともとあるんやて。

後藤 うん。「共感した」ってことですよね。

増田 そうそう。だから「おいしい」とかもだいたい10歳までのあいだに全部決まってる。もうみなさんに言っとくけど、なんぼいい話聞いても人生変わる人なんかおらへん。講演とかして、お母さんに「今日はええ話ありがと〜!」って言われるけど、「明日も朝起きたら子どもに文句言うんやろなぁ・・・、この人」って思うもん。変わりっこないですよ、そんなん。

 だから僕は子どもに年齢聞いたり、中3の子が来ても「あぁ、受験生大変だね」は絶対に封印してる。「15歳はいっぺんしかないんやから楽しめよ」っていうふうに切り替える。「へー、このおっさん、他のおっさんらと言うことちゃうなぁ」と。それが嬉しいんや。だから世間一般と同じことを言う大人にはならん。やからうちの娘は「大きくなったね、ももちゃん」って言われたら、「小さくなったらお化けやし」っていう子どもやったんですよ。

後藤 (笑)。

根本的な問題は何も解決しない終わり方にしたかった

増田 これからいろんな人がいろんなことをこの作品に関してね・・・。

後藤 そう、いろんな意見が出てきて。でも自分のなかにはひとつ真実があるわけで、それに対してその意見が正解とか間違ってるとかじゃなくて「そう見るんや」と受け止めていけたらと思うんですけど。

増田 ちょっといまはね、「みんな一緒」ってことが嬉しすぎ。だからみんなが売れる本を買うみたいな。僕はそれ大反対なんですけどね。昔はここに左翼がいて、右翼がいて、共産党がいても一緒にご飯食べれてん。まったく思想が逆なんやで。「殺してやる!」ってくらいの議論をしながらハンバーグ定食を食っとんねん。でもそれがディスカッションってもんやったんですよ。いまでは残念だけど、大学生も子どもたちもそれを「喧嘩」って言われてしまうんですよ。

 だからね、それを言わせてあげる本にしてあげればいいんです。「私は私よ。もともとこんなですから。なんか文句ある?」と。それは作者としての強みだから。ただちゃんと言うべきことは言って、「そうじゃないですよ。この先生は決して子どもをいじめたわけじゃなく、この子はこの先生が大好きで、なんとかみんなと同じように理解したかったんだけどできなくて、つらくて泣いているんです」ということを言えばいいんです。

後藤 実際の出来事は、その先生は私に対して言ってたんじゃなくて大多数に対して言ってたのに、自分のことを言われてると勘違いして、「もうわからない」って授業をぬけだしたんです。けど、その先生は授業が終わったあとに私のところにバーーッと走ってきて、「おい! どうしたんや!」って言って抱きしめられたんですよ! 「おれはそんなことされたら授業したくなくなるやろ! だからやめて」って言われて。この絵本とは関係ないことですけど、現実世界ではちゃんといい先生です(笑)

 一番最後に「先生が出てきて抱きしめてくれました」ってすることは簡単で、そう書くことはできたけど、すべてハッピーエンドなお話じゃない、根本的な問題は何も解決しない終わり方にしたかったというのはあります。

いっぺん無くすことができる子は生きていける

増田 これ(扉の絵)は、後藤美月カラーやね。誰が見ても後藤美月カラー。表紙だけではちょっとわからんかもしれへんけど、パッと1ページ開けてタイトルを見たら「あっ、後藤美月」ってわかりますよ。やっぱり僕は色は赤黄青やと思ってるんですよ、元はね。それはもう僕の持論なんやけど。それはずっと(後藤さんは)外さずに使ってきたからね。

後藤 よくご存じで・・・。

増田 混ぜればどんな色でも出るんやけど、これは不思議な話なんですけど、混ぜるのは読者なんですよ。イラストのことをもうちょっと言うとくけど、見事です。ここ(のページ)大満足。これが答えなんです。美月の。ここを真っ白にする、「それで なんにもなくなりました」って。いっぺん無くすことができる子は生きていけるんですよ。それは電話でも言ったんやけど、「よう描いたな、このページ」と思うんですよ。

 ここまでぎっしり描いて、そしてブシュッてなくなることによって、この子は完全に救われているというか、自分では腑に落ちてるんです。だから次のページでもう大丈夫になってる。このことがね、子どもは直感的にわかると思いますよ。だからこれは世に問うたらおもしろいことが起こりますよ。これ端が切れとるからけっこう大っきいんやろ? 原画も。

後藤 それがもうビチビチに描いてて。増田さん、メリーゴーランドいるときも「お前トンボ切ってちゃんと描いたほうがいいぞ」って私に言ってくれたんですけど、でもトンボ切るって嘘じゃないですか。なんかトンボがあると「絵」になるじゃないですか。世界を作りたいのに「絵」になるとわからなくなるんです。描いてて、すごく。「絵本はイラストじゃないから。自分のことだから」と思ってやりたいようにやらせていただきました。すみませんでした・・・。

増田 いやいや、とりあえずおめでとうございます。これからが僕たちの仕事です。

後藤 何卒よろしくお願いします。悪口言いながら売ってください。

増田 悪口は言わんよ。まぁおれがどっかで書評を書いてそれを読めば、「そうやって思ってんのか」って。今日はぜんぜんそれ言ってないからね。いま言っちゃうと、「あぁ、この人は本を売りたがってんな」、まぁもちろん売りたがってるんやけど。これは読者が読み取るものであって、さきに僕の解説聞いたらダメなんです。今日ちょっと言うたけど、まだいっぱいあるからね。この作品の裏に隠れた本人も気づかない絵の世界。楽しみにしててください。

後藤 ありがとうございます、楽しみにしてます。

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後藤美月(ごとう・みづき)
1981年、三重県生まれ。名古屋デザイナー学院卒業後、子どもの本専門店メリーゴーランドに勤務。その後、イラストレーターを目指し上京する。書籍装画や新聞挿絵などの仕事を行うかたわら、絵本制作に取り組む。本作が、初めての自作絵本になる。

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