本のこぼれ話

 昨年8月に発刊となったコーヒーと一冊、『たもんのインドだもん』(矢萩多聞著)。生活者たちの飾らないインドを描いた、これまでにない味わいのインド本として、好評をいただいています。
 そして、昨年の11月にポプラ社から発売となった『晴れたら空に骨まいて』(川内有緒著)。親しい家族や友人を失って見送り、世界のどこかに遺骨を撒いたり、撒こうかなと考えている、5組の方々の語りをまとめたノンフィクションである本書の第5章には、矢萩多聞さんがご登場されています。鮮やかな空の絵が印象的な本書の装丁も、多聞さんによるもの。
 著者の川内有緒さんは、『バウルの歌を探しに』(幻冬舎文庫)という著書で、インドのお隣、バングラデシュについて書かれたこともあります。
 色々とご縁の深いお二人が、この2冊で伝えたかったことや制作秘話を語った、書店B&Bでのイベントの様子を、前後編でお届けします。

(構成・写真:星野友里)

矢萩多聞×川内有緒――死者を見送ること、インドで暮らして見えたこと(2)

2017.01.24更新

日本でくよくよしてたことって、そんなたいしたことじゃないんじゃないかな


矢萩川内さんはぼくの本も読んでくださった?

川内はい。読みました。おもしろかったです。「あぁ、インド人ってこんな感じなんだ」って。私、インドって行ったことないんですよね。

矢萩あっ、そうなんですか? バングラデシュだけ?

川内バングラデシュで止まってるんです(笑)だから、ちょっとバングラデシュとも似ているなと思ったり。

矢萩ぼくは中学の時に日本が嫌になって、インドに暮らすことになったのですが、その前にも旅行でインド、ネパールに行って救われたところがいっぱいあって。小学生って家と学校の往復で、すごく小さい街の中で生きているでしょう。上手くいかないと、それがすべてみたいになっちゃうけど、インドを旅して「そうじゃない生き方もあるんだ」と思えた。

川内そうなんですよね。

矢萩逆を言えばぼくも日本にいて「なんでこんなふうになるのかな?」と、インド人的な見方をしている時がある(笑)でもその眼があるともうちょっと気楽に生きられるんじゃないかなというのが、実はこの本(『たもんのインドだもん』)で伝えたかったことなんです。

川内うんうん。


インドに行って、人生観が変わらなくてもいい

矢萩だから「インドではこんなとんでもないことがありますよ」という話ではなくて、「あっ、わたしが日本でくよくよしてたことって、そんなたいしたことじゃないんじゃないかな」って思えたらいいな、と。

川内そういう力があるよね、多聞さんの本ってね。だいたいインドの本というと、一時期はいかにインドがひどいところかというところがあったと思うんですね。

矢萩そうなんですよね。それにはいろんな原因があって。たとえば、藤原新也とか、沢木耕太郎とか、70年代、80年代のインドの貧乏旅行で人生観変わる!みたいなのがあまりにも強すぎて、「インドに行ったらそうしないといけない」みたいな思い込みがある人が多い。彼らに言わせたら、やっぱりガンジス川で夕日を見たら人生観は変わんなきゃいけないんですよ(笑)

川内「インドでどう変わられたんですか」って聞かれるって言ってましたもんね(笑)

矢萩「いや、人の人生観、そんな簡単に変わったら危ないですよ」って(笑)いまはインドの旅行者も、ひたすら映画を観に行く人とか、ご飯食べに行くだけの人とか、いろんな楽しみ方をしているので、もっとフラットに自由に付き合えてきてるのかなとは思いますけどね。


ヒンドゥーは、その土地の暮らし方

矢萩ぼくはインドで結婚式をしてるんですよ。妻も日本人だし、なにもかも予定外ですごく突発的にやることになったんだけど。まずぼくがヒンドゥー教徒に改宗しないとヒンドゥー教の結婚式は挙げられないと言われて。「それじゃなります」と(笑)

川内ヒンドゥー教徒になるとなにか変わるんですか? 

矢萩実は何も変わらない。そもそも外国人がヒンドゥー教徒になれるのかというのは、かなり大きな問題で。外国人はなれない、そんなの認めないという人もいると思います。というのは、厳密にいったらヒンドゥーは宗教ではないんですよ。

川内あっ、そうなんですか。

矢萩実は「ヒンドゥー」ってインドの長い歴史の中ではけっこう新しい言葉で、明治くらいに国際的な場で「私たちの宗教はヒンドゥーです!」と宣言したという話もある。もともとは、それぞれ村や町ごとに信仰をしてる神様も違えば、お祭りも違った。だからいまでも神様がいっぱいいるんだけど。

川内それらを取りまとめて「ヒンドゥー」と。

矢萩「ヒンドゥー教徒って、牛を食べちゃいけないんでしょ」と言われますが、牛を食べるヒンドゥー教徒もいるし、野菜しか食べない上に根菜類も食べない人もいる。すごく幅広いんですね。南インドの海際のほうに行くと魚は「海の木の実」ということになっていたりするんです。だからお寺のお坊さんも「食べていい」という。

川内木の実だから(笑)

矢萩誤解を恐れずに言うと、ヒンドゥーというのはその土地の暮らし方そのものなんですよ。だからヒンドゥー教徒になる上で自分なりに思ったのは、彼らの暮らし方とか考え方の良い部分を少しでも実践できたらいいな、と。たとえば食べ物のことでいうと、ぼくの結婚式をとりしきってくれた友人家族は肉も食べるしお魚も食べる。でも牛肉だけは食べないルールで暮らしているので、じゃあぼくもそうしよう、とか。そういう感じで暮らしてます。


よっぽどの強さを自分の中でもつテーマ

矢萩『晴れたら空に骨まいて』が書き終わったいま、川内さんは次に書きたいことって何かあるんですか?

川内はっきりは決まっていないんですけど、2年前に出産して子どもができたから、子どもっていうテーマは少しだけ追いかけてみたいなぁとは感じてます。私ね、身近なものしか書けないんですよね。父が亡くなったからこの本を書いたみたいにね。

矢萩たしかに! 半径数百メートルみたいな。

川内そうそうそう。宮崎駿さんも言ってるもんね。身近なところでって。やっぱり一冊本を作るって大変じゃないですか。だからよっぽどの強さを自分の中でもつテーマじゃないとやれないと思うんですね。いまは子どもとがっつり向き合っているから、たぶんそうなるんだと。でも自分の娘について書きたいというのはないんですよ。あまり。もっと子どもという生き物全般に興味を持つようになりました。

矢萩うちも、5歳の子と5カ月の子がいますけど、1年くらい前から「ちとらや」という子どもと絵を描くワークショップのようなものをやっているんです。なぜそういうことをしようと思ったかというと、娘がずーっと絵が好きで描いてて、でも幼稚園に行くようになって絵が変わってくるんですよね。いわゆる幼稚園的な、お花があって、女の子がいて、右上らへんに太陽があって、みたいなね。

川内あ~。

矢萩ある時、京都の大文字山に一緒に登りに行って、帰ってきたら猛烈な勢いで絵を描いたんですよ。「描いて」とか何も言ってないのに。やっぱり平たい所で暮らしていると、体の感覚とかもバランスが固定化されてしまう。でも凸凹したところを歩くには、いちいちバランスを自分で取らないと登ったり降りたり滑ったりできないじゃないですか。そういう体の使い方した後に描いた絵って、すごくいいんですよ。

川内おもしろ〜い!

矢萩玉ねぎ一枚皮むいたみたい。いのちがぎゅーっとつまった絵が出てくるんですよ。「これはおもしろい!」と思って、定期的に子どもと一緒に山に登って絵を描くことになった。だれかほかの人が一緒にいても面白いんじゃないかと思って、声をかけたら「私も行きたい」という感じの親御さんが何人かいて、毎月やってます。これについても、機会があればいつか本にしてみたい。

川内それは参加してみたいですね。


 

お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

ミシマ社編集チーム

バックナンバー