
今回は『ボクは坊さん。』の白川密成さんにお話をうかがいました。
24歳で突然、住職になった密成さん。
普段お坊さんはどんなことを考えているのでしょうか。
話題は、「ほぼ日刊イトイ新聞」やミシマ社との出会い。今回本をつくりながら感じたお坊さんの仕事に関することなどなど。
仏教を通じて見えた親しみやすさがありました。
(聞き手:大越裕)
第7回 白川密成さんに聞く、『ボクは坊さん。』執筆秘話。
「24歳」「坊さん」「なんかちょっとしようとしてる」
―― そもそも、なぜ「ほぼ日刊イトイ新聞」で連載がはじまることになったのですか?
白川僕が大学生のとき、2000年か2001年頃に、インターネットが普及しはじめたんです。それをきっかけに村上春樹さんの「村上朝日堂」とか糸井さんの「ほぼ日」を定期的に読むようになったんですね。最初は単純に「ほぼ日」の読者のひとりでした。けど、24歳で住職になって、これから自分はどうやっていこうかと思って悩んでいるときに「ほぼ日」を開いたら、まったく違うメディアに見えたんですね。
―― へー
白川なんというか、悩んでいる自分をこのメディアが助けてくれている、という感覚をすごく強く感じたんですよ。
連載人の方たちは、もちろんお坊さんではないんですが、それぞれの自分の立場のなかで面白さを表現しようとしている。その姿勢にすごく救われた気がしましてね。励ましてもらったというか。
それで、すごくファンだったので、思い切って「ありがとう」っていうメールを送ろうと思って、一言「サンキュー」っていう言葉を書き出したんです。けど、書いているうちに「24歳」「坊さん」「なんかちょっとしようとしている」・・・これは、いわゆるひとつのコンテンツとして面白いんじゃないかなと思い出したんですね。
それで、「自分は今こういう状況にいるものでして、坊さんのエッセーに、もし興味を持っていただいたら、お試し分10回でも書きますので一声かけて下さい」と書いて、メールの表題は「坊さんからダーリンへ(企画提出あり)」として放り投げたんです。(註"ダーリン"とは「ほぼ日」内での糸井重里さんの通称)
―― へー。
白川そしたら、すぐに「読んでみたいです」と返信してくれまして、何回かエッセーを送った後「行けます。行きましょう」と言っていただけて連載が始まりました。最初にアップされたとき、僕は大阪にいたので、マンガ喫茶に駆け込んでページをプリントアウトして読みました。
―― なるほど。すごいですね。
白川そういう流れで、思いがけず2001年から2008年までやらせてもらいました。その間にいろいろ感想をいただきまして、とにかく若い女性が多かったんですけど、一般の読者の方から「仏の教えに触れてみたかったんです」というメールをいただいたりして、自分としてもたくさんの驚きがありました。
もう一度仏教をポップカルチャーに引き戻したい
―― 密成さんの「山歌う 仏教をやってみよう。」のホームページも素晴らしいなと思います。あのホームページは「編集長:白川密成」という肩書きでやられてますよね。それを見て、「この方は編集者の方なんだな」とすごく思ったんですね。
例えば「男前豆腐店」をつくったジョニーさんという方は、豆腐というありふれた素材をメディアにしましたよね。キャラを作って、「買いたい」と思わせるようなストーリーを作り出した。密成さんがやっていることって、それに似ていて、お坊さんであり編集者であり、編集長なんだなと感じました。
白川そうですか、そういうふうに考えたことはなかったんですけど、とにかく本とか雑誌という物体が好きなんですね。本屋さんという場所が大好きということもあります。「編集」という言葉をとっかかりに考えると、「仏教」とか「教え」というものを、これはこう並び替えたらおいしいとか、使えるなと考えることはよくあります。
やっぱり、何千年も経っているのに残っているものってすごいですし、せっかくあるんだから活かしたいと思うんですね。それに、仏教の中にかっこいいとか綺麗とか気持ちいい、おもしろいということを混ぜ込んだほうがいいんじゃないかとも思うんです。それでTシャツとかバック、ウェブを作ろうと動き出した部分はあります。そう考えるとやっぱり編集的なのかもしれないですね。
―― いかに人に面白いと思ってもらうかとか、人の目を引くかというところに、客観的な視点を持っていますよね。
白川僕は、自分をタイプに分けるとしたら、芸人タイプだと思うんですね。すごくウケてるか不安になりますし、飽きっぽいですし、集中力もあまりない。なので、まず一番最初のお客さんは自分ということで、そういう人でもすんなり入ってくるものをつくりたいとは思ってますね。
言ってみれば、ポップソングのような仏教といいますか。もう一度仏教をポップカルチャーに引き戻したいんですね。正しいからやろうっていうのだと、なかなか広がっていかないと思うんです。それだけじゃなくて、人が共通して持っている気持ちに働きかけるものとして、まさにポップソングが親しまれるように、割と身近なものとして「そういうものなんじゃない?」というほがらかな問いかけをしたかった。
―― 仏教のイメージは、まず「伝統的」というのがあって、音楽で言うとクラシックの中でもすごく趣味的なものって感じがする。でも、そうじゃないっていうことですよね。
白川その伝統的な面も、活かしてしまえばいいと思うんですね。釈尊の言葉は2000年以上も廃れないものだし、そこに価値があるのは確かだと思います。でも、明らかに「古きよき日本」とは違う部分もあると言いたいところはありつつ、今を生きる宗教としての仏教には、親しみやすい面もある。という感じで、両方やっていきたいですね。
「なんかわかんないね」っていうものが欲しい
―― いま、四国八十八ヶ所の霊場をまわる若い人は、増えてたりしますか。
白川増えてると思います。
―― 先日、ある方の本で、「都市ほど、宗教とか土俗的なものがなくなっているけれど、人間は本来そういうものがないと生きられない。だから、都市ほど占いみたいなものが流行る」という話を聞いたんですね。テレビを点ければ毎朝どの民放も「今日の運勢」というのをやっていますが、それも考えてみれば不思議な話です。結局人間はどれだけ都市化が進んでも、スピリチュアルなものが必要になるというお話をされていて、なるほどと思ったんですね。
白川よく四国遍路に対する取材で「やっぱり若い人たちも(宗教のような)確固としたものがほしいんでしょうね」っていう問いかけをされることがあるんですね。でも、それもあるかもしれないですけど、むしろ逆の部分もあって、もっと「わからないものがほしい」のかもしれないな、と思うことはよくあります。
ビジネスの場では、ある程度、数値化できる確率論的なものも必要でしょうし、それは悪いことじゃないですけど、「なんかわかんないね」っていうものが欲しいというか。やっぱり、割り切れないものがないと生きにくいと思うんですよ。
例えば「死」っていうのはある意味では絶対的にわからないものですし、だから、もしかしたらその都市における占いとか、スピリチュアルなものも、どこかわからないものを設定しておきたいのかなっていう気もしますね。
これはお坊さんのど真ん中の仕事だなと思った
―― なるほどなるほど。
では最後に、若い読者に向けてこの本のお勧めの言葉をいただければと思います。
白川ひとつは、お坊さんの話ですけど、コメディーとかバラエティーみたいに楽しんじゃって下さいというのがこの本のひとつの背骨だと思います。
で、釈尊や弘法大師の言葉というものを、できるだけ自分の上の方におかずに、自分にとって切実な言葉を見つけて、僕自身がすごく怖がっていた、そして、今も怖がっている「死」というものを近くに感じてほしいなと思います。
人が生きて死んでいく。それに対して儀式をすることってすごく尊いことだと感じるんですね。だから、そういうところに対して身近な気持ちを抱いてほしいなと思います。
それと、若い読者へ向けてのメッセージとは少し離れるんですけど、「僕もまだ始まってもない」ということを伝えたいですね。
若いけどちょっといい坊さんがいて、あの人の話はけっこうすごいらしい、ということじゃなくて、「青春エッセー」というキーワードがあるんですけど「ごめん、おれもまだ始まってないみたい・・・」っていう感じ。まだ僕もお坊さんになれていない・・・という感じですかね。これ読んだらわかっちゃうんですけどね。自分の情けない部分もたくさん書いてあるので、仏の教えの使用例とかにも説得力があるかな・・・と思います。
―― なるほど。
白川あと、この本をつくってるうちに、これはお坊さんのど真ん中の仕事だとな思ったんですね。僕が使える方法論の中ではですけど、自分が一番フルスイングできて、ヒットにできることは、言葉を連ねて積み上げていくということなのかなというのが『ボクは坊さん。』を書いた一番素直な素朴な感想です。
ミシマ社さんから話をいただく前に自分が考えていたことは、なんとか一般書の棚にも置いてほしいと言うことだったんですね。多分どんな版元さんと縁をいただいても普通の宗教書になったんじゃないかという気がするんですよ。
―― そうですか。そうそう、それで、なぜミシマ社だったんですか?
白川ひとつ年上の高野山の尼僧さんがいまして、その人がナガオカケンメイさんの大ファンなんです。それで、おもしろい雑誌があるから見てみてって言われてみたのが「Re:S」だったんです。
そこでミシマ社さんが特集されていて、目が止まってしまったんですよ。自分も少し書店員をしていたので、自分なりに出版業界が抱える問題というのはなんとなくわかるつもりなんですね。でも、「こうすればいいのに」とは思いつつもできないじゃないですか、普通は。でも「この人はそれを現実にやろうとしてるんだな」と思って、感動してしまったんですよ。それで「ほぼ日」にメールを書いたときと同じ気持ちで連絡させていただいた次第です。そのときは、著者と出版社、というよりはチームメイトにならせてくれという気持ちが強かったですね。
―― 最高の一冊に仕上がりましたよね。
白川ミシマ社さん糸井さんの帯、寄藤さんの装丁というところで、本当にうれしいです。それと、一つひとつリライトしていったものを、もう一度行きましょうと言ってもらえたのはうれしかったですね。ずっとうれしいうれしいで来たわけじゃないですけど、やっぱりしんどい後っていうのはうれしいです。
―― 書くのはしんどいですからね。
白川やっぱり、書くということには本質的な苦しみってあるんでしょうね。
でも、言葉を持つということはすごく好きで、言葉によって言葉にならないものを表現したいという気持ちはあります。けどそれって、全然悪い意味じゃなくて、ある意味でちょっと不自然な行為なんですよね。だからこそ面白いのかもしれないですけど。
―― 「ほぼ日」で書かれていた文体と、本の文体とは、かなり変わっていますよね。その辺の苦労は?
白川始めは「ほぼ日」の文体をそのまま本にしてもよいのかなと思ってました。ただ、自分の今の質感というか手触りで文章を書いていくと、この本の文体なんですよね。「ほぼ日」の文章をいま僕がやると、わざと軽くしているというか、パクリになってしまう気がするんですね。当時はそれが自然だったんですけど、今僕がやると自然じゃなくなる。だから、そういう意味では自分の楽な部分。自分がやってて気持ちいい文体で頭からやり直したのは、良かったと思いますね。
それと、大きかったのは、リライトしているうちに出てきたアイデアなんですけど、釈尊とか弘法大師の言葉を中に挟みだしたことですね。ひとりの青年の独白みたいなものじゃなくて、一回最後まで書いて最初からまた言葉を加えていくことを思いついたんですね。
―― そうだったんですね。
白川そうすると、読んだ後にちょっと何かを得たなとか、何かプレゼントをもらったという感じをうける。僧侶として、これならひとつの本として届ける意味のあるものができたんじゃないかと思うんですね。
―― なるほど。
白川だから、ポップなんだけどけっこう濃いところも出てるんですね。軽いだけじゃない本ができたんじゃないかという気はします。
―― なるほど。本当にそう思います。
白川僕が深く理解してるかどうかとは別に、やっぱり、すごい人の言葉というのはそれだけの力があるのかもしれませんね。自分が素直に感動した箇所をぽっと一つとり出して来ただけでも、何かやっぱり、苔みたいなものがついてたり、森の香りがしたりとか、引っぱってくれるんですよね。一緒にそういうものを感じてもらえたらなと思います。
―― 読んだ読者は、きっとみんな感じてくれると思います。今日は本当にありがとうございました。
