尾原史和さん。1975年生まれ。高知出身。デザイン独学。『R25』『Transit』などのデザイン。SOUP Design代表。PLANCTONの挑戦。デザイン界では珍しい新卒採用...。次から次へと新機軸を打ち出す、今をときめくデザイナー。
そんな尾原さんの「すごさ」に迫ってみました。
ちなみに、ミシマ社では『アマチュア論。』『謎の会社、世界を変える。』などの装丁を手がけてくださいました。必ず「度肝を抜く」アイディアがデザインに盛り込まれています。
(聞き手:三島邦弘)
第22回 「地図を片手に東京へ」
普通の地図を見てアパート決める
―― 上京する前は、いろいろ東京について調べましたか?
尾原ほとんど調べませんでした。当時はネットもないから、情報の仕入れ方がまったくわからなかったんですね。なので、東京で何が起きているのか、そういうことは全くわかりませんでした。なんとなく「渋谷」っていう言葉は知っているっていうぐらいで(笑)
―― ははは(笑)
尾原だけど、地図はよく見てました。だから、部屋探しも地図を見て「この辺がよさそうだな・・・・・・」って感じで(笑)。
―― じゃぁ、地図だけだったんですか。
尾原そうそう。東京の地図をみて、なんとなく左下が居心地良さそうだなと思って。
ちょっと右側はいけないな・・・・・・、空気が違うな・・・・・・、とか(笑)。新宿の方もちょっと上すぎてダメでしたね。で、渋谷から左下、みたいな。今は右側もいいですね。
―― それ、普通の地図ですよね?
尾原普通の地図(笑)。
―― 普通の地図でも感じましたか。感度高いですね(笑)
尾原あと、住むのは山手線の内側にも入れないと思った。何かわからないけど。
―― ちゃんとわかったんですね。
尾原ちょっとピリッとして違う空気流れてるな・・・・・・って(笑)。だから、ゆるくて楽そうな代々木上原あたりに照準を合わせて上京したんですね。それも、東京にきたときに内見した物件は一軒だけ。家賃は3万4千5百円。いわゆる共同マンションで、玄関とトイレ共有、風呂は近くの銭湯に行くっていう物件だったんですけど、一軒見て「もういいや」と思って一撃で決めました。家は引っ越しましたけど、代々木上原には今も住んでます。
―― 最初から変わってないんですね。知り合いはこっちにいらっしゃったんですか?
尾原いや、1人もいません。知り合いゼロ。親戚はひとりかふたりいるらしかったんですが、別に頼りにしたいわけでもなくて、興味なかったから。
―― そらそうですよね(笑)。じゃぁ、そこから、東京での生活がはじまったんですね。
アルバイト誌ではデザイン事務所は見つからない

―― で、どうやってデザイン事務所を見つけたんですか?
尾原デザイン事務所は、いろいろ見てたのね。コンビニに行って。
―― はいはい。
尾原本買うのも高いから、立ち読みで、アルバイト誌を見ていました。それで、良さそうな募集があったらしょうがないから買ってね。200円も高いから。
―― 収入ないですもんね(笑)。
尾原だけど、そういうところが募集しているのは、デザインというよりは、ある種オペレーションスタッフなわけです。面接に行ってみてわかったんですけど。
―― そうですか。
尾原それが、良い悪いとは言うに言えないと思いますけど、ただ、自分は仕事を求めにきたわけじゃなくて、東京で何ができるか探しにきたんだから、多分ここは根本的に違うなと。
―― なるほど。
尾原そこで「ああ、これしか見てないからダメなんちゃう?」と思って「ちょっと本屋さんに行こう」と思ったんですよ(笑)。
―― そうだったんですか。コンビニじゃあかんと(笑)。
尾原田舎でも就職活動ってしたことなかったので、「就職のことは、就職本にしか載ってない」とばかり思ってたから(笑)。
―― わかります(笑)。
尾原そうして、本屋さんに行ったら『デザインの現場』があって「デザインの本いっぱいあるじゃん」と。
―― そのときはじめて知ったんですね。
尾原そう(笑)。そこで、こういうのに載ってそうだな、と思ってパラパラみていたら佐藤直樹さんが取材されている記事があったんです。で、プロフィールのところに「アシスタント募集」って書いてあったので、そこでやっと気づいたんですよ。
―― なるほど。
尾原それで、連絡して面接してもらったんですね。そこで、作品を持っていって「高知県から来て・・・・・・家は四畳半の風呂なしを借りて、いま仕事をちょっと探してるんですよ」って言ったら......。
―― おっ? って感じになったんですね。
尾原「変なやつが来た」って思ったんでしょうね、たぶん(笑)。
―― なるほど(笑)。
尾原佐藤さんは、たぶんプロフィールより人間としての存在を見てくれるから、きっとタイミングと相性がよかったんだと思います。だけど、ここに救われてますね。それまで、知り合いなんて1人もいないわけですから。
―― おもしろいですね。
尾原今の知り合いも、佐藤さんのところに入ったところから広がっています。それで、アジールを辞めた後も声をかけてくれる人はいたので、それが結局すべてを広げていることになっているっていう感じですね。
―― めちゃくちゃおもしろいですね。デザインといいながら、やっぱり根本は「人」からはじまっていますね。
基準のクオリティを超えるものを

―― アジールにいらっしゃったのは、どれくらいですか?
尾原10カ月くらいです。
―― その10カ月間で、尾原さんの雰囲気は、空気感で周りにいる人たちにも伝わったんでしょうね。何かおもしろいものをつくってやろうっていう気持ちとか。
尾原自分はやっぱり、自分のものを出そうと思ってたから。
―― 佐藤さんのものというよりは。
尾原うん。佐藤さんのクオリティー基準があって、そこを達した上で自分のアイデアを入れていこうとしていました。例えば、映画のパンフレットも、いわゆる普通の「B5の正寸で縦」っていう条件で出されても、B5の横にしたやつもつくって「こうするとまた全然違いますよ」って出したりね。
―― 一応正式なものもつくっておいて。
尾原そうそう。それを佐藤さんに見せたら「横の方がいいね」って言ってそれを選んでくれたりとかもしてたし。
―― 佐藤さんも偉いですね。「新人なんだからまずこのやり方でやれ」っていうことじゃなくて。
尾原事務所の規模も小さくて、佐藤さんと直接やりとりできる感じでしたからね。他にスタッフとして、もうひとつ上の人がいたらそういうことはできなかったとは思います。
―― そうですよね。直接やりとりすればわかりますもんね。ただ、佐藤さん基準があって、そこをクリアした上で自分のものを出すことを意識してやられてたのはすごいと思いますね。
尾原やってたつもりだけど、当時はその基準に達してたかどうかはわからなかったけど。
辞めたほんとうの理由は・・・
―― 10か月目に辞めようと思ったのはなんでだったんですか?
尾原それねぇ・・・・・・、本当になんとなくなんですよね。
でもあえて本音を言えば、辞めて映画をずっと見ようと思ったんですよ、単純に(笑)。でも「いろいろ映画を見たい」なんて言うと怒られるから、あまり公にはしなかったというか・・・・・・。
―― そらそうです。でも、本音はそこにあったと。
尾原そうそう。だから、TSUTAYAに行って一度に何本も借りて、ずっとそれ見てだらだら過ごしてました。
―― すごく幸せだったんじゃないですか。
尾原最高でしたね。でも、そのときに映画を見ながら「自分で何をしないといけないのか」とか「何をどうやってつくろうか」「自分で何がつくりたいのか」といったことをずっと自分に向かって考えていたので、その蓄積は相当大きいと思います。
―― なるほど。
尾原それでそのとき「やっぱり広告的なものはできないな」と思いました。自分のアイデアを人を説得させる道具にはたぶんできないな、と。
―― そうですか。
尾原極端に言うと「お金を出してもらっている人に対して、自分の考えを押し付けて、それを作品と言うことのよくわからなさ」ですかね。そこにはどうしても向かえなくて。
逆に雑誌の場合だと、つくったものに対して自分たちの作品っていう感覚をすごくもてたんですね。自分がつくっているメディアという感覚もすごくあったし。そこが大きく違っていました。そういう考えも、あのときに固まったというか、絞っていた気はすごくします。
―― なるほど。
尾原それに、あの時期は時間があったので、人に呼ばれたら何時でも飲みに行けたので、どんどんそういうふうにして人を紹介してもらえましてね。それもとても大きいです。
―― それは大きいですね。
「自分には何が発想できるか」を自分に対して絞りだす

尾原だから、きっとデザインは自分に向かってやっていて。
―― デザインを自分に向かってやっている。
尾原いや、難しいなそれは、どうだろうな・・・・・・。つくっているものは当然、いろいろな状況があってそれが積み重ねられたものに対して考えているわけであって、そこをすべてを関係ない話にしてしまうことはやっぱりできなくて。
―― そうですよね。
尾原そこからのテーマとして考えるんだけど、「自分には何が発想できるか」ということを、自分に対して絞り出す時間が楽しいというか。
―― はいはい。
尾原たぶんそれがいま仕事ができている理由というか、長く続けられている理由だと思います。「そのものに対してベストを尽くす」ということだったら多分やれてない。
―― なるほど。
尾原あるテーマに対して、さっと無難によいものが浮ぶときもあるけど、それを出したときはやっぱりそれ以上の発見はないんですよね。
―― クオリティーとしては悪くないし、商業ベースでいったら成立しているけど。
尾原そう。こないだも人と話したんですけど、自分は何がやりたいかというと、過去の歴史上のいろいろな発明とか発見とか発想と同じことをやりたいんだと思うんですね。そのレベルで向かって取り組みたいというか。
ひとつの使い方を変えることで、大きくそのものの存在が変わってしまうとか、価値観が変わるようなことを自分で考えられないかと思って、いろいろ考えていることが多いです。で、そこから、自分の中の哲学的なところを形成したいっていう気持ちもきっとあるんだと思います。
―― 仕事やデザインを通じて。
尾原うん。
―― なるほど。すごいな。ものを生み出すだけだと単純に消費されて行くだけですからね。
けれど、自分の新しい発見や発明を毎回求めていけば、毎回が未知の世界ですし、広がって行く部分ですよね。世界に新しい価値を与えていくというか。
尾原そうそう。でも、そこに向かうためには、ある程度のルールは無視しないといけないときがある。でも、それをひとつ無視すると全然違うものができる可能性があるんだったら無視してみようっていうことも思えるし。
―― なるほど。
尾原そういう柔軟さをもちながら発想していきたいという気持ちもありますね。何か制限をつくって、振り幅が狭いのが嫌だっていうところもあります。
次週「プランクトンって何?」をお伝えします。
