その日は大学院の卒業式でした。あいにくの雨。曇り空のもと、いつにもして厳かな雰囲気漂う東大本郷キャンパスに、柴田元幸先生を訪ねました。
「今日は卒業式なんです。この天気はちょっと残念ですね」。
第一声で、卒業生のことを気遣われた柴田先生。「もうここにある本は読まない本たちです」膨大な書籍に囲まれた小部屋に場所を移し、僕たちのたどたどしい質問にも、ひとつひとつ丁寧にお答えくださった柴田先生。
インタビューアーであることも忘れ、この空間に身をおいていることに恍惚としてしまうような時間が過ぎていきました。ポール・オースターの翻訳を読んでいるときに感じるあの幸福感、『ケンブリッジ・サーカス』に流れているお茶目な空気感、そうしたものがそのままライブで味わえたのですから。
4週にわたってたっぷりお伝えします。柴田元幸ワールドにどっぷりどうぞ。(聞き手:三島邦弘)
第38回 カウンターに隠された秘蔵本
万引きされやすい作家は・・・
―― 海外に行って、先生の「ここはぜひ」っていうお勧めの本屋さんってありますか。
柴田街によりますよね。ポートランドとか行く人はあまりいないと思いますからね・・・。
―― 例えばニューヨークでも。
柴田ニューヨークだったら、セント・マークス・ブックショップですね。そこが一番、雑誌とか海外の翻訳が効率よく揃ってるかな。ビジュアル関係の本も割と並べ方が魅力的です。ちょうど青山ブックセンターの本店みたいな感じかな。
そして、割と本のことがわかってて、古本とかをじっくり読みたいっていうのだったら、まずはストランド・ブックストアですかね。
―― ぜひ行ってみたいです。
『ガラスの街』(ポール・オースター、新潮社) |
柴田店によっては、チャールズ・ブコウスキ―とかポール・オースターなんかが棚に一冊もなかったりするんですよ。でも、実は、そういう店があったらそこはけっこういい店なんです。
―― え!?
柴田それは、ちゃんと見ると、「ブコウスキ―とかオースターはカウンターの中にある」って書いてある。つまり、人気作家で万引きされやすい作家っているんですよ。
―― へー。
柴田割とね、バロウズとかブコウスキ―とか、ああいうやくざっぽい作家は読み手もあまりお金がないからか、世の中に敵対しているか、そういう人が多いみたいでけっこう万引きされるみたいですね。
オースターはやっぱり人気作家ということで、そこまで反体制的ではないと思うんですけど、そうなんですよ。
そんなふうに、棚からはずしてカウンターで持っておくっていうのはさすがに日本ではみたことないかな。
―― そういえば見たことないですね。それじゃぁ、カウンターに行って見せてもらうんですね。
柴田そうですね。そうすることで売れる数って減ると思いますが、万引きされるよりはいいかっていうことでしょうね。やっぱり、万引きはどこでも大問題なんでしょうね。
―― なるほど。でも、そういう視点で本屋さんを回るっていうのもおもしろいですね。
柴田そうか。でも、僕はそれをよく見てたのは、ケンブリッジに3カ月住んでいたときだったからな。ハーバード・ブック・ストアっていうハーバード大学のすぐそばにある本屋がそうでしたね。ハーバードの学生って超エリートだけど、けっこう万引きするのかな(笑)。わかんないけど。
柴田先生の家の書庫
柴田だけど、前ほど本屋さんに次々入っていろいろ見るってことはしなくなったな。それは、日本の本屋さんでもそうですね。でも、別に本を読まなくなったというわけではなくて、実はもう書棚のクオリティーとして、読んでなくていい本が並んでいるのはどこかというと、自分の家なんですよね。もう、とりあえず買っておくから読んでない本がいっぱいあるわけです。
―― そうですよね。
『But Beautiful: A Book About Jazz』(Geoff Dyer、North Point Pr; Reprint版) |
柴田書庫付きの家を建てたから、いい本を探そうと思ったら自分の家を見るのが一番いいんですよ。
『モンキービジネス』で今度、村上春樹さんがジェフ・ダイヤーっていう作家が書いたジャズについての本を翻訳してくれたので、それを載せるんですね。何回かにわけて載せるんですけど、そのジェフ・ダイヤーの『バット・ビューティフル』っていう本は、実は読まずに20年近く持ってたんです。家にずっと。
それを村上さんが「こんないい本があって、訳したから読んでくれない」ってすすめてくれたんですよ。なんか恥ずかしいですよね。自分はずっと持ってたのに教えてもらって。
だから、本当にそういう意味では、本屋さんにロマンを求めて探すより、ロマンを求めてとりあえず買いあさってきたものをもうちょっと読めよってよく思います。
―― なるほど。その読むべきと思われていてまだ読んでないという本は、大体何冊くらいお持ちなんですか?
先生手書きの書庫図面 |
柴田10畳くらいの部屋に、3mくらいの本棚が4本あって、両面つかって、壁ぎわとあわせて30m。それが7段あるから全部で200mくらいあるのかな。
ストランドの18マイルには全然かなわないですけど。
―― いえいえ、すごいです。
柴田それで、何冊あるのかな。洋書だけで4、5000冊くらいあるかな。
―― はー。
柴田日本の本はまた別にあるので、洋書の書庫は洋室と言っていて、日本の方は和室って言ってるんですよ。どっちも洋室なんですけど。
―― すごいです。仰天です。
柴田小説も批評も、とにかくアルファベット順に並べてあります。自分の探したい本がどこにあるかがすぐにわかるようになったっていうのは、僕にとって大進歩です。
カウンターに隠された秘蔵本
僕はエドワード・ゴーリーという絵本作家を訳しているが、最近、ゴーリーの『雑多なアルファベット』拙訳をこれから会う人にあげたいと思い立ち、某書店の外国文学コーナーに行って、 「ゴーリーの『雑多なアルファベット』はありますか?」 「『雑貨なアルファベット』ですか?」 「『雑貨』じゃなくて『雑多』です、ゴーリーの」 「『雑多なアルファベット』、ゴーリーですね。お待ちください」 ――待たされること五分。「いまあるのはこれだけなんですぅ......」と店員さんが持ってきたのは二冊の岩波文庫、ゴーゴリの『狂人日記』と『外套・鼻』......。(『それは私です』(新書館)の「訊かないでよかった」より)
『それは私です』(新書館) |
―― ちょっと、日本の本屋さんの話題に移りたいのですが、『それは私です』(新書館)で書かれてたんですけど、自分で訳した本を探しに行ったらゴーゴリの本を紹介されたっていう話。あれすごくおもしろかったです。
柴田あれは、日本じゃなくてニューヨークの紀伊國屋なのね。
―― あ、アメリカなんですか。
柴田アメリカの日本書店ですね。あのやりとりは全部日本語でしたけど。
―― そういうこともあるんだなと思って。
柴田日本の本屋さんはちゃんと並んでるから、逆にいえば、訊ねてもあんまり報われないことのほうが多いですよね。聞いたら奥から出てきたっていうことは、あまりないですね。まぁ、いまは検索機があるからね。自分の専門と全然違う本を探すときは本棚の勘がぜんぜん働かないから、そういうときは便利ですよね。
―― 先生の場合、基本はだいたい勘でわかるので、検索なしで本棚に向かうことの方が多いですか。
柴田そうですね。でも本屋さんに行くときは、気持ちの余裕があって何か見たいときにぶらっと立ち寄ることの方が多いですね。絶対にほしいと思った本はリアル書店のオンラインで買うことの方が多いかな。
―― なるほど。
柴田学生時は、ここ(東大)で授業が終ったらお茶の水とか神保町に流れて、東京堂とか三省堂とか回ってましたね。それから日本橋の丸善ですね。
東京堂はもう撤退してしまいましたが、洋書は渋い選書されていました。そこはやっぱりしょっちゅう見てないとっていう感じでしたね。
―― そうですか。
柴田でも、東京堂が撤退して、洋書店に関しても個性的な品揃えっていうのがなくなった感じがしますね。とにかく、あそこには、たなかあきみつさんっていう在野のロシア研究者がいたんですね。ロシアの難解な詩を翻訳して出版したりもして、自分でも詩を書いていらっしゃる名物書店員さんがいました。
その田中さんが洋書売り場の担当で、そういうロシア文学に詳しい人だから東欧ロシア文学の英訳が異様に多かったんですよ(笑)。なんて読んでいいかわからない名前の作家の本がたくさん積んであって、すごいなと思いましたね。
でも、やっぱり改装してリニューアルしたときになくなってしまいました。
―― それはちょっと悲しいですね。そういう方が選書できなくなると、もう知るチャンスがなくなってしまうんですよね。
柴田日本橋の丸善でも、井上さんっていう名物書店員がいましたね。最初のうちはたんなる大学院生として行ってたんですが、通っているうちにだんだん向こうも認知してくれて、行くと「こんなのがあるんですけど」って言ってカウンターの下からとっておきの本を出してくれたりするんですよ。
―― へー。
柴田それで、けっこう渋い本を教えてもらったな。いい本は絶対に買いましたね。
―― それはアメリカ文学?
柴田ええ。それで、噂では井上さんは現代思想関係は必ず4冊仕入れておくんだそうです。なぜかというと、文芸批評に強いのは巽孝之、大橋洋一、富山太佳夫、この3人なんですけど、とにかくこの3人が来るとそれを見せると。それで、巽くんが行くと「富山先生と大橋先生はこれをお買いになりました」という。すると巽くんも買わざるを得ない。
―― そうですね(笑)。
柴田その3人分とあとはお店に置く分の4冊を入れる。僕に勧めてくれる本もやっぱり2冊ずつ入れてたらしいですね。「これは柴田さんの」って。
―― へー。
柴田でも、「こんなのもう知ってるよ」っていうのはなかったですね。割と小さい出版社から出てる、ポール・オースターがちょっと短く書いてるものとか、すごい細かいところまでよく知ってましたね。
―― 井上さんから教えてもらった本で先生が実際に訳された本ってありますか?
柴田それがね、記憶が定かでないんですけど、たぶんバリー・ユアグローはそうだろうなと思うんですね。ちょっとどっちがどっちかわからないんですよ。丸善で買った後にイギリスの雑誌で絶賛書評が載ってて、「おお、これこの前買ったやつじゃん」と思ったのか、その書評を見て丸善に行って「ちゃんとあった」と思って買ったのか、どっちなのか思い出せないんですよね。でも、バリーの本はとにかくそうやって丸善で手に入れたことは間違いないです。
―― やっぱり、昔は選書の目が利いてたってことですよね。
柴田で、それに応えるだけの買い手がいたっていうことですよね。東京堂なんかは、たなかさんが頑張っても客はそこまでついてこなかった。
―― 東欧の作家さんとかってなかなか手が出ないですよね(笑)。
柴田結局、買ってるのはほとんどロシア東欧文学研究者ですからね。いまはだいぶ違うのかもしれないけど、前は本当に原書が手に入らなかったからね。英訳しか手に入らないということもあったから、そうやって手に入れてたわけでしょうね。
次週「もし私が本屋さんだったら」をお届けします。
