前回、子どもの頃に誰に頼まれたわけでもなく、すべて手書きの壁新聞をつくっていたという吉田篤弘さん。
今回は、そこからクラフト・エヴィングさんのデザインの秘密にまで話が発展。デザイナーにかぎらず、あらゆる人たちに届けたい言葉をいっぱいうかがうことができました。
(聞き手 三島邦弘)
第42回 「ノイズを封じ込める」というデザインの方法
やりたかったことは、紙に手で書いていくこと
篤弘いま、一番のテーマは「手書き」なんです。
―― おお! というのは。
篤弘思えば自分は、「小説を書く人になりたい」とか「絵を描く人になりたい」というのではなく、とにかく「何かをかく」ことが好きだったんです。
白い紙に手で書いていって、だんだん世界が立ち上がってくる。自分はそれがやりたかったわけです。
それが、いつの間にかパソコンで小さな画面を見ながらパチパチパチパチキーボードを打っている。ふと気づいて、「自分がやりたかったのはこれじゃない」って思うんです。自分が好きだったのは、紙に手で書いていくことだったと。
―― なるほど。
篤弘それで、たとえば、手紙を書いたりするんですけど、すごく気持ちがいいんですよ。便せんに「手で書く」というのが。
手紙って書いている間、相手の人とつながるということだと思うんですね。それがメールだと、ちょっと機械的なよそよそしい時間になる。
久々に手で手紙を書いてみると、相手とのつながりかたがぜんぜん違うなと思いました。
―― なるほど。
篤弘手から伝わっていく何かというのは、何か特殊なことみたいな気がするんですよ。自分の手で刻み込んでいくというのが。
だから装幀も、極端なことを言うと全部手で書けばいいんじゃないか、と思うんです(笑)。
昔の装幀を見ていると、手書き文字の装幀が多いんですよ。ああいうのが好きなので、自分たちも手書きの雰囲気を持っているものをつくっていきたい、とデザインするときはいつも思います。
『未来への周遊券』(最相葉月・瀬名秀明) |
たとえば、『未来への周遊券』の装幀では、はんこで押したような感じを出したかったんです。
―― これ、あがってきたときビックリしました。
篤弘手書きじゃないけど、手で押していったアクションが感じられたら、と思って。
―― このはんこはどうやってつくられたんですか?
浩美実際には、はんこはつくってないんです。そう見えるように文字を配置して、汚れをつけて、はんこを押したときの手の記憶を思い出して再現したんです。
―― はんこにしか見えないですからね。
混濁こそ深みがある
篤弘「手書き」と漠然と言ってますけど、しかし、手書きの良さって何なんでしょうね。
―― たしかに。
篤弘いまは、パソコンでパチパチ打つことが普通になってきて、手で書くのはめんどくさい感じですよね。
浩美でも、本当は手で書くのが一番簡単ですよね。わたしは機械を操るのが苦手なので。
篤弘ふと、なんでこんなまだるっこしいことやってるんだろうと思う。本来、手で書いていたものを、一旦機械で変換してるわけだから。
浩美わたしはiPhoneにも手書きができるアプリケーションを入れて、iPhone上でも手で書いてます。
『夏の闇 直筆原稿縮刷版』(開高健、新潮社) |
篤弘今日はここに本を一冊持ってきたんですが、開高健の『夏の闇』を著者の手書き原稿をそのまま本にしたのが最近出たんです。
ぼくはこの小説何回も読んでるんですけど、ものごとの深さは、純粋よりも混濁に手助けしてもらわないと出てこないのじゃないか、と書かれてあるんです。
「深さは純粋よりも混濁に手助けしてもらわないとでてこないのじゃないか。小説もそうじゃないか。小説は字で書くけれど、この字というやつが混濁の極だ。事物であると同時に影でもあるし」
つまり、文字というのは、言ってみれば、表わしているものの影なんですね。で、この後がすごいんですけど「意味に定量はない。経験によってどうにでも変貌する」と。
―― なるほど。
篤弘この「混濁にこそ深みがある」というフレーズを手書きの原稿で読んでいると、あらためて考えさせられます。もちろん、純粋やピュアを極めていったり、そういうものを望んでいって水のようになっていくというのも、あると思うんですが、「混濁」と開高さんが言ってることをぼくなりにいつも言ってるのは「ノイズ」です。何かをつくるときに必ず「ノイズをそのままにしよう」「ノイズを伝えよう」と思ってます。
『夏の闇』の直筆原稿 |
ノイズをもう一度封じ込める
篤弘最近、ラジオをインターネットで聞けるようになりましたよね。
―― はい。
篤弘いままでラジオって必ずノイズがつきまとってましたよね。AMのラジオなんて特に。だけど、インターネットだとまったくノイズなしで聞ける。
あれって、「ここまでクリアにするまで随分かかったな」と思う一方で、「やっぱりラジオってあのノイズがよかった」という気持ちも同時に湧いてきますよね。
―― ええ、その感じよくわかります。
篤弘すべてがデジタル化されて、多くの人の考えがノイズを排除しようという方向に向いて、「それがいいもの」となっている。「ノイズがないのがいいもの」だと。でも、ノイズなしのラジオを聴いていると「何か違うぞ」と思うんです。
だから、自分としては、どうやってノイズを残そうかと考えてます。
たとえば、デザインの仕事ではデジタルフォントをつかってますが、デジタルのまま全部行ってしまうと、本当にクリーンにノイズなしで完成してしまう。それが気に入らなくて、わざわざ一度アナログにプリントアウトして、そこでもう一回ノイズを入れるということをしています。
―― いいですね。
篤弘ノイズレスな道具は使ってるんですけど、そこに自分たちが覚えているノイズをもう一度封じ込める、入れなおすわけです。
―― なるほど。
浩美わざわざ、クオリティを落としてるんです。そのくらいでちょうどよくなる。
篤弘プリントごっこでよかったんです(笑)。いまはもう、あのノイズ感を出すのが大変で(笑)。
―― そうですね。ノイズを出すために面倒くさくなっている。
篤弘いいなぁ、と思っていたのは、じつはノイズの方だったんですよ。これこそ、21世紀の発見ですよ(笑)。
―― ほんとそうですよね。
