本屋さんと私

『きみは赤ちゃん』川上未映子(文藝春秋)

 「ほんとうに、すっっっばらしいエッセイなんです!!!」
 ある日オフィスに、編集部・アライの興奮の声がこだましていました。その勢いで自社本と同じかそれ以上の勢いでいろんな人に推しまくり、気がつけばミシマ社メンバー全員が読んでいたエッセイが、川上未映子さんの『きみは赤ちゃん』です。

 ご自身が経験された妊娠・出産・子育てに関して書かれているのですが、笑いも涙も苦しみも痛みもぐるっと書きつつ、重苦しくなく、こんな本ほかにはない! 女性はもちろん、男性にもぜひ読んでほしい! とわーわー言うておりましたら、なんと著者である川上未映子さんにお会いできることに!
 1児の父・ミシマと、未婚の女子・アライが、お話をうかがってきました。全3回でお届けします。

(聞き手:三島邦弘・新居未希、構成・写真:新居未希、構成補助:東海林未歩)

第124回 子育てする時間が当たり前にあるといい(川上未映子さん編)

2014.09.25更新


客観的な情報じゃないと、男の人って動かない

―― 本当にいろいろと、学ぶことがいっぱいありました。妊娠中、お腹のなかの赤ちゃんについて、(旦那さんが)一度も検索をしたことがないのは何でなんや! というのが僕はまず突き刺さりました......。

川上あべちゃん(編集部註:旦那さんで作家の阿部和重さん)は、ほんとに1日28時間くらいネットにつながっているんですよ。お腹の子のこと、1回くらい検索しろよ! って感じですよね。けれど、男性からすると「○週め」とかそんなの普通知らないよ、って感じらしくて。ミシマさんも、やっぱりご存じなかったですか?

―― すみません......。でも、そういう意味でもこの本はつなぐ一冊になるなあ、ととても思いました。こういう形で書いていただくと、すっと入ってくるところがあって。

川上男性って、一対一で女性から「こうなの」「ああなの」って言われると、どうもクレーム処理として受け取る傾向があるみたいなんですよね。入ってこないのね。客観的な情報じゃないと、男の人って動かないんだな、って思った。
 やっぱり、どうしても家や家事のこととかって、それが正しいとはまったく思わないけれど、女性のほうが情報量があるじゃないですか。で、適応力もある。同じ新米でも、よく情報量がある分だけこうしてああしてって言うんだけど、タスクを言って、それを遂行するっていう形は男の人は苦手なんだなって思った。

―― なるほど。

川上自分で問題を見つけて、解決へのルールを組み立てて......って、自分でやっていく傾向があるから、女の人がいくらあれやってこれやってとか言っても、追い詰められるだけで、自分のものにならないんですよね。だから即戦力にならないんですよ、家の中で。そういう傾向の違いがあるんだなってことに、2年経ったぐらいでようやく最近気づいてきたんです。わからなかったんですよね。だから今、ミシマさんがおっしゃったように、こういうふうに客観的な情報として、自分が自発的に読んだものの中で触れた情報だったら素直に受け取るんですよ。それはあると思います。

―― いやあ、ほんとに。

川上でも、男性が出産育児本に手を出すっていうところが、まずひとつハードル高いんですけどね。


とにかく、話し合ってケアをする

―― 川上さんの文体で書かれているので、男性でも、川上さんの視点に立って読めるんです。そうなると「こういうときはこんな気持ちになってたんだ」と、ぱっと気がつく。実感と共に、客観視ができたんですね。あと、なんとなく傍にいて知ってるつもりだったことも、自分は全然知らなかったんだなあとずっしりきました。

川上ミシマさんは奥さんが妊娠されてるとき、隣で見てたら「だんだんお腹がおっきくなっていくなあ」くらいの感じでしたか?

―― そうですね、「お、おっ、おおっ」みたいな感じでした。外形的変化と内面で起こっていることが、こっちはまったく繋がって感じられないので、どこまでしんどいのかとかがまったくわからない。

川上そりゃそうですよね。病気でもそうだし、妊娠ってやっぱり病気じゃないって頭もあるから、自然に、なんか幸せベースでいくんだろうなって感じがしますよね。でも、ところがどっこい。非常事態ですよ、妊娠・出産はやっぱり。

―― 妊娠中も出産後も「やっぱり話し合うことが大事だ」と書かれていましたが、話し合わないと、永遠に平行線ですよね。

川上どっちかが我慢したら、どっちかは「あ、これでいけてんねや」と思って、ずっとそのままなんだよね。そうしてだんだん離れていって、最後に行きつくところは、まあ、熟年離婚ですよね。子育てがあるから今はなんとか一緒に、っていうのはあるけど、それってやっぱり終わりが来るじゃないですか。子どもが大人になると、一緒にいる理由はなくなってしまいますよね。

―― そういうことですよね。

川上だから、子育てしながらも「この人と一緒にいたい」と思えるうちは、とにかく話し合ってケアをする。恋人時代以上にやらないと、取り戻せなくなると思います。


始まったからやっているだけ!

川上そうでもしないと、きっと一緒にいる理由がなくなるのよね。人間は文化的な宿命を選択したから、あんまり本能とか動物ベースで考えてもしょうがないんだけど、雄って、種をつけたら、ある意味いなくてもいいんじゃないかなと思うときもあった。乳幼児を子育て中の男性が読んでくださって、「『......あれ、あの......産後、男って生きてていいんでしたっけ』ってほんとに思いました」ってご感想もいただいたりして(笑)。

―― 衝撃でした。そうだよなって。

川上たとえば具体的に、お金を運んでくれるっていうのは生存維持の方法かもしれないけれど、それももう女の人のほうで賄えたり、実家パワーとかあったら、ちょっとでも手間のかかる夫の存在はいらないんですよね。産後はそれどころじゃないもの。必要ないっていうのは、その、個人じゃなくてね。これまで何の疑いものなく女性に家事とか育児をおしつけてきた、男性性とか男性っていうのが、個人を超えて、憎しみの対象になるんだよね。しんどいときはとくに。

―― 本の中でも、「男ってものがすごく嫌だと思うときがある」と書かれていましたよね。

川上そうそう。

―― それは、出産前後でも全然違う感覚なのでしょうか?

川上出産前はまだ私一人の身体だから、やっぱり余裕があるんです。「お腹のことわかってくれない」とか言っていても、「私の気持ちわかってくれない」とかいう恋人時代の延長だったんだけど、やっぱり産んでからは1日ほんの2時間とかしか寝れないし、人によるんだけど、私の場合はけっこうしんどかった。これは『きみは赤ちゃん』で詳しく書きましたけど、1年以上もまともに睡眠をとれないってことが、本当に人間を追いつめるんです。でも夫は眠れるわけだし。

―― そうですよね。「睡眠をとれている人に、わたしのつらさや気持ちがわかるはずもない」と書いてらっしゃいましたけど、ほんとうにその通りで。

川上......そうだよね。眠れないだけじゃなくて、ダメージを抱えたまま、授乳も仕事も育児も家事もあるし。ふつう、もたないよね。

―― たぶん、もたない気がします。

川上もたないですよね。でも、「女の人だから耐えられる」って昔から言われたりしてるじゃん。それは違うよ、と本当に思います。始まったからとにかくやっているだけで、だって本当に、産後鬱で死んじゃう人もいますから......うん。あれは危険なんですよ。うちもね、夫婦関係は激烈激悪になりました。


お父さんも、やっぱり大変

川上でもあべちゃんはやっぱり言葉の人で、解決をするっていう人なんですよね。家にいるし、情報量も共有できる。そうしてできること全部やっても、私にこういうことを言われるわけだから、世の中の家にいらっしゃらない方は、アドバンテージが違うじゃないですか。だからやっぱり、男の人も大変だと思う。会社側からの理解もないしね。やりたくってもできないじゃないですか。

―― うんうん。

川上だから、劇的な解決策なんてのはないとは思うけど、でも就労形態が変わるしかないと思うな。「子どもが保育園で熱が出たから迎えに行かなきゃいけない」とかは、お母さんだったらまあ何となくまだ受け入れられるベースがあるけど、お父さんはなかなか「そんなの母親がやれよ」みたいなこと、まだ言われてしまうと思うの。そういうのと、「育児しなきゃだめ」っていう軋轢もあって、父親も大変だと思う。したくてもできない事情もあると思う。妻が専業主婦だったら、稼がないといけないしね。
 この本を読んだ男性の読者の方がネットに「大変だよな、会社でも言われて、家ではみえこみたいのに言われたら、そりゃ男も早死にするよな」って書いてたの。それはやっぱり、男性の実感だと思う。

―― おおお。

川上うん、やっぱり、なんとか会社側、社会の常識や体制が変わって、それから男性全体の意識に反映されるといいですよね。子どもともっと一緒にいたいっていう男性もまわり多いです。子育てする時間が当たり前にあるといいのになと思う。


   

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川上未映子(かわかみ・みえこ)

1976年大阪府生まれ。2007年、初めての中編小説「わたくし率 イン 歯ー、または世界」が第137回芥川賞候補となる。同年、早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞を受賞。2008年、「乳と卵」が第138回芥川賞を受賞。2009年、詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』で中原中也賞を受賞。同年、長編小説『ヘヴン』を発表し、2010年、芸術選奨文部科学大臣新人賞、紫式部文学賞を受賞。2013年、詩集『水瓶』で高見順賞、短編集『愛の夢とか』で谷崎潤一郎賞を受賞。他の主な著書に『すべて真夜中の恋人たち』など。2011年に作家の阿部和重氏と結婚、12年に男児を出産した。

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