本屋さんと私


 2カ月前のことです。営業タブチは本屋さんでの外回り中。ふと、文芸書の新刊コーナーに目をやると、そこにはなにやら色っぽい表紙の本がありました。なんとなく手に取り、最初の一文に衝撃を受けるやいなやレジに持っていったその本のタイトルは『腐れ梅』。小説家で、歴史学者でもある澤田瞳子さんの新刊です。この本の秘密に迫りたい、とさっそく取材の依頼書をお送りしたところ、快く引き受けてくださいました。
 ということで、今回の「本屋さんと私」は、澤田瞳子さんにご登場いただきます。『腐れ梅』の話、歴史小説を書くこと、読まれてきた本、よく行く本屋さん、そして京都のこと......。いろいろ伺いました。本日から3日間連続でお届けします!

(聞き手:新居未希、田渕洋二郎 構成:田渕洋二郎)

第199回 腐れ梅ができるまで(澤田瞳子さん編)

2017.09.12更新

空白の20年

―― この『腐れ梅』では、思いもよらないところから「菅原道真伝説」が生まれていく瞬間が描かれていますが、実は確固たる「歴史」とされている出来事でも、実はひょんなことからそうなったのではないかなと、歴史を知るのが楽しくなりました。

澤田ありがとうございます。どんな「歴史」とされていることも、意外とそういうところから始まってたのかな、と想像するのがすごく楽しいんですよね。

―― この小説を書こうと思ったきっかけなどはありますか?

澤田まず、今までと少し違うものを描いてみたいなあ、というのがあったんです。たまにはぶっ飛んだことをやりたかった。頭でっかちじゃなくて、本能や感情を前面に出すキャラクターを描きたいなあと。そしたら、担当の若い女性の編集者さんが、「やっちゃいましょう!」って。そうして今回の主人公の綾児が生まれたんです。

―― いいですね! 『泣くな道真』という前著もありますが、もともと菅原道真もお好きなのですか?


澤田そうですね。道真って、人々の教科書的な説明だと、「道真が死にました。その後、京都で怨霊騒ぎがありました」ということになるんですが、ちゃんと歴史をみますと、その間に20年以上あるわけです。我々からみると、20年ってすぐかもしれないんですけど、この時代(『腐れ梅』の舞台は平安時代)からすると、相当な昔だったのではないかと。それなのになぜこのタイミングで? と思ったんです。

―― 確かにそうですね。

澤田一種のリバイバルというか。例えば、キティちゃんがなぜ再びブームになったのかを考えるとき、第一次ブームで、当時買えなかった子たちが大人になった、ということが挙げられます。そこの世代に訴えかけようという企業側からの仕掛けもあって、リバイバルが起こる。では、20年後になぜ道真が、となったときに、人間の動きがそこにあるのではと思ったのがこの小説を書き始めたきっかけですね。

―― なるほど。

澤田年表を見ただけだと、1、2年や20年もあっというまに感じてしまうんですが、自分たちの肌感覚に引きつけますと、時間感覚はリアルなものになる。年表では何もなかったことになっている空白期間に、いったい何が起きていたのかを書く、というのも歴史小説がやることだと思うんですね。

―― うんうん。

澤田あと時間感覚の話で言うと、道真が太宰府に行ってから亡くなるまでって、2年間あるんですよ。そうすると、「行ってすぐ死ぬ」というイメージがすぐに覆される。
 余談ですけど、太宰府に行ったときに、編集者さんが、「道真って、太宰府に2年しかいなかったのに、これだけの経済効果を与えているのはすごいですね」って仰るんです。なるほどなあ、と思いました。


小説の裏テーマ

――この小説のなかで、澤田さんの好きなシーンはどこですか?

澤田主人公の綾児が北野天満宮の土の上で踊るシーンですかね。

早春の風は冷たく、降り注ぐ陽射しはただ明るいだけで、これっぽっちの温みもない。しかしながら、足元の土は、踏みしめれば踏みしめるほど柔らかく、じっとりと湿った温もりを帯びている。ああ、足裏に伝わる感触は、自分のほとのようではないか。この湿った土の上に、新しい北野社は成る。自らのほとが豪壮な社殿を覆い、やがては蛇のように一口に飲む様を、綾児は脳裏に思い描いた。(...)何もかもがうまく行っている。(...) 見上げた空はどこまでも高く、明るい。自分のほとのなかから外を見れば、世の中はこんなふうに見えるのではないか。 歓喜の声が喉にこみ上げ、それが更に身体を突き動かす。ひたすら手を振り、膝を叩きながら、綾児はただ温かな土の上を回り、飛び跳ね続けた。



とくに深い意味はなく、彼女がただ土の上で踊り狂ってる場面なのですけど、書きあがってみると不思議に思い入れ深いです。

―― そうなんですね。どうしてですか?

澤田どうしてでしょうね......。この小説って、「女性性」についても触れていて、裏テーマというか。女性性の恐ろしさとか、底知れなさにも少し言及しました。ただ綾児は基本的にはそれに無自覚なんですけど、この場面だけ、珍しく自覚的に語っているシーンだからなのかもしれません。

―― エネルギーを感じました。


澤田ありがとうございます。この小説は書いててすごく楽しかったですよ。書いてるとき、理屈こねなくてもどんどんキャラクターが走ってくれるので。でも前作の長編小説が『若冲』だったので、若冲を手に取られた後にこれを手に取ると、読者はドン引きしないか心配なんですが。

―― いえいえ。大丈夫だと思います! 小説の「裏テーマ」と言うのも面白いですね。

澤田だいたい意識して書いています。若冲の裏テーマは、「近代京都がどうやってできていくか」という話でした。若冲の時代に即位した光格天皇は、今の天皇の直系先祖に当たるのですが、その時代に天明の大火で京都が丸焼けになってしまいます。その結果、京都の中央にあった古い寺院が燃えてなくなって、中心から外れているため無事だった、清水寺、金閣寺、銀閣寺の周辺が今でも古い町として残っている。

―― おお!

澤田つまり四条烏丸周辺に新しいビルが多い一方で、周辺に古い寺社が残るという京都の町は、若冲の時代から生まれたわけなんです。いわば、18世紀の出来事が現代の京都の地盤になっている。そういうふうに過去の事象が今に繋がっている、というのが伝わるといいのかなって思います。


古代の魅力

――― デビュー作は奈良時代のお話でしたね。


澤田そうですね。デビュー作の『孤鷹の天』では、桓武天皇がちょこっと出てくるんですけど、彼の登場は学生時代からお世話になっている教授に「君たちは、平安時代と奈良時代って別物だと思っているかもしれないけど、奈良時代の終わりには、桓武天皇は大人だったんだから、奈良と平安は繋がっているんだよ。」と言われたことがきっかけなんです。

 歴史というと、どうしても教科書的時代区分で覚えてしまいがちなのですが、その時代と時代の間にこそ、面白い話があるんです。

―― 若者たちが国を支えるべく奮闘する姿が印象的でした。行動も合理的というか。

澤田そうなんです。現代から見ても、古代の人たちって合理的なんですよ。奈良時代も土俗的かと思われていますが、制度史の観点から見ても、すごくシステマティックにできているんですね。例えば資料を見ていると馬の乗り継ぎ方も、「何キロごとに馬の駅を作って、そこで乗り換えなさい」とか。システムがしっかりしている。


―― そうだったんですね!

澤田『夢も定かに』は采女の話なんですが、その中である采女に「生理休暇」がある、って書いたら、結構驚かれたかたもいらっしゃったみたいで。その彼女は食事を作る部署にいたので、血で穢れる生理の時期は不衛生とされていたのではないかな、と。そういった合理性は当時にも十分あったと思うんです。





(つづきます)

    

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澤田瞳子(さわだ・とうこ)

1977年京都府生まれ。同志社大学文学部卒業。同大学大学院博士前期課程修了。2010年『孤鷹の天』でデビューし、翌年に第十七回中山義秀文学賞を受賞。2013年『満つる月の如し 仏師・定朝』で第三二回新田次郎文学賞を受賞。2016年『若冲』で第九回親鸞賞を受賞(同作は第一五三回直木賞の候補作にもなった)。他の著書に『日輪の賦』『泣くな道真 大宰府の詩』『与楽の飯 東大寺造仏所炊屋私記』など。

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