「なんでもない一週間が、特別な一週間に感じられるよ」
友人にそう薦められてチェックしはじめた星占いウェブサイト「筋トレ」。
テキストだけの超シンプルなこのサイトで、週間占い「週報」や年間占い「年報」を無料で読むことができます。
一読するなり、今までの占いの文章となにかがちがうと感じました。
この文章を書く石井ゆかりさんってどんな方なんだろう。
毎日書き続ける、その創作の原動力になる本とのエピソードがきっとあるんじゃないか。
そう思い、実現した今回の「本屋さんと私」。
お話は占いや思い出の本のことだけに留まらず、
出版すること、旅先での仰天エピソード、写真展の企画など多岐にわたりました。
今月は、深遠なる石井ゆかりさんワールドをたっぷりご堪能ください!(聞き手:足立綾子)
第34回 星占いはトランプみたいなもの
「私、占い、だいっきらいなんです」
―― 毎日、全民放で占いを放送する国って日本ぐらいだって聞いたのですが。
石井そうらしいですね。でも、12星座占いはもともとあっちのものですから、西洋の人の方が本気にしていると思います。アメリカ人も大好きで、とくにマーケット関係の方たちが参考にしているようです。レーガン元大統領の奥さんが星占いをすごく信じていたというのは有名ですね。
―― 田舎だと土俗の宗教やしきたりとかがあるけれど、都市部だとそういうものがないじゃないですか。でも、人間はそういうものがないと生きられないから、都市部ほど占いや風水が流行るということも聞いたことがあって、なるほどなーと思ったんですよね。
石井そうかもしれないですね。地面や河原の景色が身近にあると、明日どうなるかわからない感って、若干薄まると思うんですよ。明日どうなるかわからないっていう怖さは、都市部特有の怖さだと思います。自分の力じゃない力によって自分が動かされちゃうみたいな恐ろしさが日々、あらゆる場面にあったりしますよね。開高健が、第二次世界大戦のときに、自分の親がコックリさんにハマったっていう話を書いていて。
―― ほー。
石井つまり、毎日ほとんど食い詰めた状態で、今日、どこの闇市に行けば食料が買えるかわからない、そのことがものすごくおそろしいわけです。だからコックリさんに聞いてみる。開高健はそんな母親の姿をみて、子ども心に「そんなことするな!」と怒って怒鳴るんですよ。そうすると母親は「じゃあ、おまえ、今日どこに行ってイモが買えるのか教えてくれるのか?」って泣いて怒るんです。
―― なるほどなー。
『若きウェルテルの悩み』(ゲーテ著、高橋義孝訳、新潮文庫) |
石井私は、ほんとは占い、だいっきらいなんです。占いなんて、ないほうがいいって思っているんです。なぜかというと、人間は、本来、文学や芸術に触れて、自分を立て直すことができると思うんですよね。失恋しても失恋の本を読んだりとか、それこそゲーテの『若きウェルテルの悩み』を読んだりとか(笑)。
世の中には人を力づけるものがいっぱいあって、そのための作品をあらゆる作家が古来、文字通り心血を注いでつくってきているわけだから、悩んだときこそ、そういうものと深く対話して、悩むことをとおしてもっと強く大きくなっていけるはずだって思うんです。
だから、占いなんて本当はないほうがいい。「明日はこうなるかもしれないですよ」なんて、一時的に麻酔をかけるようなことって、酒やたばこといっしょなんですね。占いじゃなくて、もっと本当に頼れるものが、他にあるじゃないかって思うんですよ。
―― たしかに、そうですよね。
石井でも、私は占いをやっているわけです。その理由、というか、その受け止めがたいことを受け止めるための支えみたいなものは、あります。今でもトルコ料理のお店とかに行くとやってくれるんですが、「コーヒー占い」っていうのがあるんです。
トルココーヒーはとても濃くて、飲むとカップの底に澱がちょっと残るんですが、その飲み終わったカップをぱっとソーサーに裏返して、しばらく待つと、澱がカップの内側に、筋をつくって垂れてくる。で、その筋を見て、手相のシワを読むみたいに占うんです。これが、昔のハーレムの女性たちの間で大流行したんです。
―― へー。
石井トルコに昔、スルタンとかイスラム教の王様がいた頃の話です。その頃のイスラム世界というのは政治的な抗争がとても激しい社会で、今日王様でも、明日甥に寝首をかかれるかもしれないとか、身内同士の覇権争いが激しいんですね。で、トップがすり替わると、ハーレムの女性たちは全員殺されちゃうとか、全員次の王様のハーレムになるとか、いろいろなパターンがあるらしいんですが、全員自由に解放してあげるっていうのは、なかなかなかったようなんです。
―― うわー、救いがないですね。
石井イスラム世界に限らず、昔の高貴な女性たちって、だいたいそういう境遇だったと思うんですけど、政局が不安になってくると「明日、自分はどうなるんだろう」ということが全く見えなくなるわけです。自分の運命が、自分の力ではどうにもならないわけです。これは恐ろしいことですよ。そんな状態の女性たちが、やむにやまれずハマったのが、コーヒー占いだった、という話です。
そんな、ハーレムの籠の鳥のような女性たちが、必死になってコーヒーカップをのぞき込んだ気持ちを想像すると、ほんとうにこう、胸が痛くなるわけですよ。そんなふうに、占いというのは、やぶれかぶれの状態に、どうしようもなくそこにあるんですね。「ちょっと背中を押してくれるアドバイスだと思って」みたいなことをみなさん言ってくださるんですが、私は、自分では、そんなことは恐ろしくて言えない。
でも、人間は、自分でやるところまでやって、でもぎりぎり最後どうしようもないときに、「もうこんなインチキ!」って思いながら(笑)、「ほんとはいけないことなんだ」って思いながら占いを見るというのは、やっぱり、どうしようもなく、あるものなんだろうと思うわけです。あっていいもの、でもなく、あるべきもの、でもなく、「どうしようもなくあるもの」だ、と。悲しいことなんですが、それはどうにも、「ある」んですね。
―― 結構占いにとらわれちゃう人、多いですよね。
石井そうですね。見だすと見ちゃう。でもおもしろいことに、みんな卒業していくんですよ。ある日、ふと見なくなるんですが、失恋したりするとまた戻ってくるんです。
―― そういう読者さんの出入りがわかるわけですね。
石井みんなメールをくれますし、掲示板もブログのコメント欄もオープンにしているので、わかるんですよ。中には「五年前はありがとうございました、お陰様で、来月結婚します!」みたいなメールとか、めちゃくちゃうれしいですね。
人間は、似ているものに興奮する
―― ちょっと前に血液型占いが流行りましたけど、O型が人口の98%の国とかあるわけで、そういうところだと成り立たないし、なんであるんだろうって疑問を持っていたんです。あるとき、飲み会で血液型の話で盛り上がって、「そうか!」ってわかったんです。
「B型っぽいね」っていうこの会話が、コミュニケーションの道具なんだなと。B型と思い描いているものとのずれ、それをとおして自分がどんな人間か、相手のことをどう思っているかということを話すための道具に使っているんだと思って、なるほど、と思ったんです。
石井それは、たしかにあるかもしれないですね。横のつながりっていうのは同じ時間を生きているというのもありますし。あともうひとつ、個人の占いをたまにやるんですけど、お客さんのお話に対して「それって、星のこのかたちからこう説明できますよ」というやりとりをすると、最後に「生きている意味がわかったような気がします」っておっしゃる方がいらっしゃるんです。
別に生きている意味の話をしたわけではないんですが、それはどういう感覚かというと、人間って似てるということに、興奮するんですよね。ものまねを見ても興奮するし、人面犬を見ても興奮するし、エッチな大根は毎年ニュースになるし(笑)。
―― (笑)。たしかに! エッチな大根ってニュースになりますよね。あれって、なんなんでしょうね。
石井人間の頭って似ているものを見ると興奮するようにできているんだと思うんです。だから、「自分のあり方と星とがこういうふうに重なる」って思うと世界とつながっているような、自分に意味がある、そこに価値が生まれるような感じがする。
だから、エッチな大根はふつうに食べられないわけですよ。そこに意味や価値が生まれちゃうんですね。だから神の意志というものを感じようとするときに、自分の情熱とあの真っ赤に輝く火星とをつなげてとか、そういう認識の仕方をどうもするようになっているようです。
B型だっていうときに、それはもちろん相手との対話を楽しんでいると同時にこの世界には4つの型があって、私はここに属しているんだっていうポジションの確認みたいなこともあるかもしれないですね。
―― なるほどなー。占いっていう行為は人類の発祥からあるだけあって、本当に深いですね。
石井占いってなんの科学的根拠もないんですけど、真面目に調べてみようとした人たちはいたんですよ。物理学者のパウリと心理学者のユングが、星占いの統計を取ったんです。
「カップルがうまくいく配置はどれか」というようなことで、たしか結婚に関することで論文にしているんですけど、はたして統計的に有意な結果が出たかどうかは、いくら読んでもよくわからないんです(笑)。
―― 結局、わからないんですねー(笑)。
石井結構な学識のある人たちが、すごい大真面目に統計をとったりした経緯は、実は、あるんですが、結局、確たる証拠はいまのところ、あがっていないということのようです。だから、インチキと言ってしまえばインチキです。全然説明できてないんです。
だから、「占いを信じるべきですか?」っていう問いには、当然「信じちゃいけませんよ」って答えますね。でもやっぱりみんな、どこか人智を超えたものがどこかにあるんじゃないかという古代的な世界観をいまだにもっていますよね。それは人の心が自然にもっているものなんだと思うんです。
―― そうですよね。
石井人間が「わかっていること」、「まだわからないこと」、「絶対わからないこと」っていう世界観はあってよくて、科学的な世界観というのは、「まだわからないこと」と「絶対わからないこと」の境目がないんです。「絶対わからないこと」っていうのはないんですね。「まだわからないこと」と「わかっていること」だけなんです。
でも人間って、自分の世界のひとつ外側にどんなに調べても「絶対わからないこと」っていうものが、なんとなくあるんじゃないかと思っている生き物なんでしょうね。それは、あくまで人間の心がそういうふうにできているというだけで、世界がほんとうにそういう構造になっているかどうかということとは全然別の話なんですけどね。
少なくとも人の心や頭の受け止め方がそうなっている、というところまでしか言えないはずだと私は思っています。それをごっちゃにすると、ちょっと困ったことになってしまう。「占いを信じる」とかそっちの方向になってしまう。それはまずいなと思っています。
星占いは誰でもできる
―― 星占いの勉強は、どうやってされたのですか?
石井最近、カルチャーセンターとかで講師をさせていただいて、星占いの初歩をお話ししたりする機会があります。そこで受講者さんに「勉強の仕方を教えてください」とよく聞かれるんですが、私、星占いを勉強したっていう意識がないんですよ。トランプみたいなものなんです。七並べを勉強する人はいないじゃないですか。そういう感覚で、ルールを覚えて遊んでいたら誰でもできるんですよ。
―― えー、そうなんですか!
石井ただ、星占いの世界は、いわば「象徴の体系」というもので、これが辞書のように記号と意味が一対一に結びついているようなものではないんですね。でも、辞書的じゃないから曖昧かというとそうではなくて、むしろ言葉のほうが曖昧なんです。
たとえば、「愛」って言葉をひとつ言ったときに、なんのことだかわからないじゃないですか。子どもへの愛なのか仕事への愛なのか。「愛がほしい」って言ったりするけど、「愛って、あげられるものなの?」とか思いませんか?(笑)
―― そうですね(笑)。
石井言葉ってそれほど曖昧なんですが、象徴の体系というのは、ずっとシビアなんです。そのシビアさというのがなかなか、言葉では伝えられない。星占いの体系では、すべて世界のものは星占いの道具で説明できるということになっていて、性格やタイプわけとかではないんです。
たとえば、携帯電話は双子座と水瓶座の世界に属している、とか、海の水は魚座の世界に属し、山奥の沼は蠍座の世界に属する、とか。ひとつひとつがコスモスのようになっているので、自分の人生や経験と、この象徴とは、いったいどういうつながりになっているんだろう、という対話を常にして、自分の実感をもって象徴の世界を味わっていかなければわからないんですね。
そこには「正解」もないし、「間違い」もたぶんない。ただ、人に説明して同じように感じてもらえないときは、それはずれているのかもしれません。言葉と経験や思いを結びつけるとき、どのくらいブレイクダウンができるかで、その人が象徴を語るときの説得力は変わります。どの程度普遍化できるか、というか、集合的無意識に近づけるか、みたいなところのような気がします。
―― なるほど。
『星占いのしくみ』(石井ゆかり・鏡リュウジ著、平凡社新書) |
石井占星術家の鏡リュウジさんと『星占いのしくみ』を共著したのですが、象徴について書いた章にはユングや文化人類学とか、星占いの周辺が出てくるんです。あくまで、星占い自体のルールや道具立ては、ちっとも難しくないんです。
この道具立てを説明した本が星占いの教科書として売っているのですが、「仕事運」とか「恋愛運」とか言われると、どうもヘンだなという気がする。そういう言葉では言い表せないできごとが日々、実際に起こっているじゃないか、と。で、いろいろ考えているうちに、そうか、星占いの教科書じゃなくて、私が今まで読んできた本の中に、星占いの象徴に関係することが書いてあるじゃん、って気づいたんです。
そうやって結びつけていった結果、「ちょっと変わってる」と言われるような私の占いができたわけです。別にオリジナルを目指したわけではなくて、「本来この象徴ってなんなんだろう」ということをつきつめたかったんですね。
―― 石井さんの実体験や読書体験などと星占いの体系を対話させながらつくりあげていったんですね。
石井そうですね、少なくとも、どこかの教科書に書いてあった星占いを、私がそのままやっている、という感じではないです。ただ、ルールはあくまでベーシックで、オーソドックスなところでやっています。
たとえば、蠍座は、だいたいふつうの本には「セクシー」「秘密主義」とかって書かれているんですが、それってどういうことなんだろう? って思いますよね。蠍座の管轄下にあるものはさらに、教科書を読むと、「保険」「相続」「死」「性」「パートナーの収入」「遺伝子」などが出てきます。
―― 遺伝子もですか!
石井こういう風に羅列すると、なんのことだかわからない。でも、蠍座の中にそういう言葉が箇条書きになっているわけではなくて、あくまで蠍座の世界という一つのワールドがあるわけです。
そのワールドを貫いている一つの音のようなもの、あるいはビジョンのようなものってなんだろう? と考えると、要するに、「人を殺してでも自分のものにするもの」「人のいのちをもらってくるようなプロセス」っていうのが蠍座の世界で謳われていることだ、とわかるわけです。個人と個人の強烈な関わり、それを媒介するもの、そこでやりとりされるもの、ということです。取引ではなく、贈与の世界です。
つまりそれって、文化人類学に出てきたポトラッチみたいなことじゃん、とか、バタイユの世界じゃん、とか考えると、ぱあっと説明がついた感じがする。少なくとも私はそう思ったんです。星占いのやり方を書いてある教科書を読んでも、ポトラッチとかバタイユとか出てくるわけはないんですが、そう結びつくと、もっと他の事も説明できるようになったりするわけです。
―― なるほど、深いですね。
石井一時星占いが廃れちゃった時期があるそうなんですが、これだけ長い間生きていていまだにみんながわくわくどきどきしているというのは、それだけシステムが堅牢で、できがいいってことだと思うんですね。人間が世界をとらえるやり方と、星占いのシステムが、非常にマッチしているんだと思います。まあ、人間の心が生み出したものなんだから当たり前だといえばそうなんですが。
―― 石井さんが、占いがきらいと言いつつも、いっぽうで、おもしろいって思うところはそのあたりのことですか?
石井残念ながら、おもしろいんですね(笑)。星占いがはじまったときには存在しなかったはずのものが、ちゃんと星占いの言葉で、説明できるんです。これは、ものすごいなと思います。星占いができた時代にはチョコレートもなければ、アイスクリームもないのに、チョコレートは刺激的で濃くて蠍座っぽい、アイスクリームは甘くて冷たいところが牡牛座や魚座っぽい、なんて言えるわけですよ。
―― 最近、心理学に興味があって、ユングとか勉強したいと思っていたところなので、このお話はすごくおもしろいですね。
石井星占いのシステムって、人の心そのものなんだろうと思います。ギリシャ時代の人が「世界は水・土・空気・火でできている」って思ったそのままのシステムが、星占いに残っていて、それを現代人がそのまま「そうなんだ」って受け止められるんです。
―― すごく悩んでいるとき、虫が出てくる変な夢を見るんです。それは自分のなかのストレスや悩んでいることがかたちを変えて、虫になったんだろうなと思ったりするんですが、解決するとその夢を見なくなるんです。そういうのが、たぶんずっと昔から占いの世界では体系化されていったんだなという印象がありますね。
石井ある意味、無意識に体系化したようなものだからこそ、ありのままで、なんにも考えなくても、そうね、なるほど、と受け取れちゃうんでしょうね。「これはこれを象徴しているから」と言葉でブレイクダウンしなくても、そのまましゃべってしまえば、それが占いになってしまうということがある。不思議ですけどね。虫の夢は、問題が解決したから、バグがなくなったってことなんでしょうね(笑)。
(次週につづきます!)
