ホんまかいな通信

第9回 9ヶ月後、代わりにペッパーくんに書いてもらった(1000円で。安い!)通信

2017.07.02更新

 それから9ヶ月が経ちました。これまでのあらすじをお伝えしたいと思います。うまく思い出せるのかどうか、心許ないのですが。というか思い出すのが恐ろしく下手なのです。あるいは語ることが。まず、そうそう、私は髪型を2度変えて、今では上手にボブ・ディランのような頭になっているのですが、誰も誉めてはくれません。昨年末に1度、大胆に髪型を変えました。それからすぐに浄土寺のホホホ座の松本さんに匿われ、東山五条にある5階建マンション「ベラドンナ松本」の一室に籠って半年くらい暮らしていたのです。なので周りの者は私が髪型を1度しか変えていず、急にボブ・ディランに似た、と思っていることでしょう。あなた方が生きていた時間には私も生きていて、その間にお互いいろいろあるのだし、誰かが時間をかけてついにボブ・ディランに似てしまうようなことだって起こりうる。ほら今、どこかで牛が2歩歩いた、ということを何度でも思い出してほしいのです。

 ベラドンナに籠っていた間にはテレビで将棋の番組を見続けていて、私は小学生の時に将棋を差して遊んでいて幾度か、父からコテンパンにその頭脳の悪さをなじられて以来、将棋に近づかないようにしてきたことを思い出しました。私は通常、あまり予定や用事のことなど、メモを取らず、あれしてこれしてあれする、と繰り返し思い出しています。そうしていると必ず覚えの悪いものを忘れて失敗します。激しく悔いるのですが、次こそは失敗しないように、あれしてこれしてあれする、と再び挑み、失敗を繰り返しています。あれしてこれしてあれする、時々これって将棋みたいやな、と思っていたのですがそれはやっぱり違いました。自分の能力の限界を見極め、次は失敗しないようにメモを取るのが最善手というものでしょう。それができません。ベラドンナのお風呂はジャグジー付きです。私はジャグジーの使い甲斐がよくわからず、ひたすらその奔流を、尻のすぼみで受け止め続けていました。そしてこう思いました。

 人工知能的なものから最も離れたい。
 とはいえ、ペッパーくんに会ったなら、ちょっと可愛いいと思うのに決まっています。すでにペッパーくんが可愛いいのなら、ペッパーくんでいいや、と思うのは時間の問題です。そして、ある夜とうとう、うめの君が私を迎えにやってきたのでした。「そろそろですね」とうめのくんは言いました。何が、と思うより前にうめのくんは言葉を継ぎました。「新しいお店が始まりますよ。」すぐに続けて「そこで働く人が見つかっていません」とうめのくんは言いました。私はようやっと「何が?」と言いました。「何が??」と、うめのくんも言いました。

 私はうめのくんに連れ出され、ベラドンナを後にしました。さようなら、ベラドンナ。
ありがたいことに新しいお店は評判になりました。念のため女装して「ますみ」と名乗り、伸び放題になっていた髪をボブカットにして店番を務めました。お店のロフトのようなところで寝起きして、時々、真夜中に、すぐ傍を流れる鴨川の深いところで泳いだりしていました。酔っ払った若者に外来種の珍獣と間違えられて石を投げられたこともありましたが、川底に伏して移動し、逃れることができました。泳ぎは得意なのです。

 5月になって、松本さんから手紙が届きました。飼っていた動物が行方不明になって困っている、街の方で見なかったか?とあり、動物のスケッチが描かれていました。松本さんの画力は確かなものらしく、その姿形は概ね正しく描写されているのに違いないのでしょうが、私は今までそんな奇妙な動物を見たことがありませんでした。絵の横に、体調は120センチくらい、と書かれていました。全身が甲羅のようなもので覆われていて頭の部分と節々から長い毛が生えていました。冗談なのかもしれない、と思いながら私はその絵を切り取って店の柱にピンで留めてみました。2週間ほど経って、その絵を見た2人連れの若い女の子たちが「これ知ってる!ベラドンナでしょ〜〜かわいい〜ウケる〜」と声をあげました。おかしくってしかたがない様子で。ベラドンナ?訊くと、深夜の鴨川に水浴びに現れるという噂の、謎の未確認動物なのだそうです。先日、ネットに動画が上がって一気に有名になったらしく、彼女たちはスマホで検索してその動画を見せてくれました。その特徴的な小股歩きを目にして私はたちまち理解しました。最近、自分が川へ泳ぎに出るとたいてい向う岸をウロついている不明瞭な奴、あれが、噂のベラドンナのようなのです。私はベラドンナを威嚇するためにいつも石を投げつけていました。私はすぐに松本さんに電話をかけ、報告しました。もちろん自分が石を放っていたことは言いませんでしたが。話の結びに松本さんは、私がマンションを出たのを最近知ったのだと言いました。そして、その時に鍵を元の隠し場所に戻さずに出て行ってしまったから動物が迷子になることになってしまったのだと、残念そうに言いました。鍵を持ち帰った(結局見つからなかった)のは、うめのくんでした。うめのくんは松本さんに謝り、松本さんはそれを快く受け入れ、うめのくんは今現在、松本さんが大津の比叡平(ひえいだいら)という所に新しく建てつつある2階建ての賃貸物件の建築作業を手伝っています。新しい建物の名前も、ベラドンナ松本、というのだそうです。それからもいろいろあって私は今はもう、昔の店で働いています。昔のことを思い出しながら。ボブ・ディランカットで。

 私は本当に、思い出すのも語るのも下手なようで、このようなホんまでしかない無味乾燥な話をするつもりは全然なかったのです。このままでは早晩、人工知能的なものに吸収されてしまうのに違いありません。皆さんも気をつけてください。ま、ペッパーくん可愛いし、べつにいいっかな。とも思うのですが。

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加地猛かじ・たけし

ホホホ座座員。本業は100000tアローントコ店主。

京都市役所の横でレコードと古本を売り買いしている。42歳。太ったり痩せたり太ったり。だいたいだらしなく太っています。申し訳ない。

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