「豚の一生を知りたい」
2007年1月に上梓した『世界屠畜紀行』(解放出版社)を書くにあたり、およそ10年間、国内外の屠畜場を取材して回ってきた。死んで肉となっていく家畜を、合計1万頭近く眺めてきただろう。しかし屠畜場に送られてくる前の段階で家畜たちがどうしてきたかについては何一つ知らないままなのであった。どうやって生まれるのか、どんな餌をどれだけ食べてきたのか、出荷体重まで育てるのに農家は毎日なにをしているのか。見当すらつかない。
それではあまりにもバランスを欠いているのではと思い、畜産農家に取材してみようと思った。(『世界』(岩波書店、10月号)
そして、それをきっかけに内澤さんは、今年の5月から9月までの約5カ月間、三元豚(三種類の品種を掛け合わせた雑種LWD)の夢明(夢ちゃん)、デュロックの秀明(秀ちゃん)、中ヨークシャーの伸二(伸ちゃん)、3匹の子豚と生活をともにするようになりました。
ここでは、そんな内澤さんに「雑誌には掲載できなかった(?)、もしくは掲載するほどでもなかった」こぼれ話を語ってもらいました(取材日2009年10月2日)。「豚とともに生き、最後は食べる」っていったいどんな感じなのでしょうか?
2週に渡ってお届けします!
(聞き手:三島邦弘)
内澤旬子さんと三匹の子豚(前編)―飼うも食べるも未知の世界―
三匹の子豚はどんな豚?
―― 今日はよろしくお願いいたします。ついに『世界』(岩波書店)の連載「飼い食い」はじまりましたね。第1回は「いよいよこれから飼いはじめるぞ」っていうところで終りましたがイラストもあって、いいですね。

内澤ありがとうございます。いやぁ〜、まだまだこれからって感じなんですけど、ようやくはじまりました。
―― ほんとに、ひょんなところから豚を飼いはじめられて。「(豚を飼うのは)犬を飼うのと一緒」という発想は、ごく普通の人にとっては衝撃的なことですよね(笑)。
内澤そうですか?
―― はい、おそらく(笑)。でも、「あ、そうか、豚もそんなふうにして飼えるんだ」ってちょっと思いましたけどね。はじまりとしては実際そんなふうにして、飼われたんですよね。
内澤そうなんですよ。牛だと大きすぎちゃって自分の手に負えないような気がするじゃないですか。飼育期間が長いっていうのもありますし。
でも、豚とか羊、ヤギまでだったら、なんとか自分の手(リーチ)の届く範囲で収まる感じがして「これならなんとかなるかな」って思ったんですね。大きさだってセントバーナードくらいじゃないですか。
―― まぁ、確かに言われてみれば・・・
内澤セントバーナードよりちょい大きいぐらいじゃないですかね。うちで飼ってた豚は、85〜105kgくらいだったかな。
―― そういわれると、リーチの届く範囲って気はしますね。
内澤そうそうそう。だから大丈夫かなって、思ったんですけど、でも、やっぱり大変でしたね(笑)。
―― そりゃあ、そうですよね。
内澤小屋の暑さ調節が意外と大変なんですよ。知らなかったんですけど、暑いのも駄目なんだけど寒さにも弱くて。ちょっと寒いと風邪ひいちゃうんですよ、あいつら。
気づくとすぐ、たらっと、鼻水たらしてたりして。
―― 敏感なんですね。
内澤中ヨークの伸ちゃんは、初日に水を浴び過ぎたかなんかで、それ以来風邪気味でいつも咳してたっていうか。水も避けるようになっちゃって。
夏場でも、三元豚の夢ちゃんとデュロックの秀ちゃんが、コンクリートの上でごろ寝してるっていうのに、あいつだけはどんなに暑くてもおが粉の中で寝てたりね。結構寒がりなんですよ。
―― そうなんですか。
内澤いまの中ヨークは特にひ弱ではあるんですけど、伸ちゃんはほんとに体が弱くてね。しかもデュロックと三元豚が2匹で中ヨークをいじめるんですよ。だから小屋ではあの子が1番下っ端になっちゃって。
―― そうだったんですか・・・でも、かわいい顔してましたよね。
内澤そう、かわいいんだよね。だから悪いことしたなあって。やっぱり別種の豚を3匹ひとつの小屋で飼うべきではなかったかもしれないっていう気持ちはありますね。
―― そうですか。じゃあ最後まで、中ヨークの伸ちゃんがボスになるってことはなかったんですね。
内澤なかったですね・・・。
―― 他の2匹はどんな感じだったんですか?
内澤三元豚はなんというか、割と頭のいいやつだったと思うんですよ。自我があって、人を判別するのがすごくて。暴れるくせにすごく怖がりだったりして。
―― へー。
内澤すごく背の高い男の人が来たりすると、すぐ黙っちゃうんですよね。
なんか、むぅーっとしてるんですね。そうすると、逆に中ヨークが今まで見たことないくらいかわいい顔してきたりしてね。いじめられて抑圧されてたものがはじけるくらい、すっごくうれしそうな、明るい顔したりして。
―― 豚って、顔にちゃんと出るんですね。
内澤うん。三元豚はすごく顔に出て、人を判断する豚でしたね。デュロックのほうは、ほとんど情緒というものがないくらい、「もはーん」としてましたけどね。最初の頃は顔つきもきつくて、三元豚とボスを争ってるくらいだったんですけど、だんだん大人しくなっていって、最後は三元豚の天下になってましたね。
三元豚は究極の経済豚
―― 今、ブランド的にというか、市場価格的にいうと、どういう順番になるんですか?
内澤三元豚が一番一般的な豚で、雑種豚とか経済豚っていわれてます。そのなかで、飼育方法とかエサを良くすることで「もち豚」とか「いも豚」っていうブランド豚にして差をつけたりしてますね。
デュロックは、単体でお肉を食べることってほとんどないですね。主に繁殖に使われます。三元豚は、三種混合という意味で、いま一番一般的なかけあわせはL(ランドレース種)、W(大ヨーク種)D(デュロック種)です。
―― へー。
内澤デュロックはかけあわせに使うので出荷しないんです。普段食べられないもんだから、食べてみたかったんですよ。
―― はいはい。
内澤で、こないだ「三匹の豚を食べる会」っていう会を開いて食べてみたんですけど、これが意外と旨いんですよ。農家さんもけっこう驚かれて「デュロックがこんなに旨かったなんて知らなかった!」って。解体した精肉屋さんも、モモにサシがきれいに入ってたって驚かれてました。
―― それはみなさん、美味しいって知らないから食べてないんですかね。
内澤というより流通してないんです。デュロックの繁殖用か、LWDを作るための種オスになるから、200kgくらいになるまで育てちゃうんですね。それで大概、お産とか何回かやったりしてそこまで育てちゃうと、肉としては硬くなってるし、役に立たなくなってるんです。だから、大体加工用の肉になってますね。
―― なるほど。
内澤ソーセージとかひき肉にしたり、ハムとかに使われます。ハンバーグとかシュウマイとかにね。普通のテーブルミートにはならないですね。
中ヨークはどうかといいますと、流通してはいるものの、供給量は圧倒的に少ないのが現状ですね。
―― そうですか。中ヨークは繁殖させるのが難しいんですか?
内澤説明し始めると長いんですけど、純血種と三元雑種豚(LWD)では繁殖の仕方が何からなにまで違うんですね。
『世界』の11月号で中ヨークの交配のことを書いてますけど、中ヨークとか純血種は、肉質も関係してくるので、必ず「この父とこの母との間に生まれた」っていう血統が、農家さんにわかるようになってるんです。
―― はい。
内澤でも、LWDはそんなんじゃなくて、交配かけてさらに、翌日に人工授精で精子入れたり、しかもその精子が中に5種類とか入ってたりとかで・・・ま、そういう感じなんですね。そのあたりは、11月号と12月号で詳しく説明したので、気になったら読んでみて下さい(笑)。
だから、全く父親もわからない状態。
―― すごいですねえ。ある種、工業製品に近いようなかたちでつくられるんですね。
内澤うんうん、そう究極の経済豚なんです。
飼うのも、食べるのも未知の世界
内澤そうやって、両方取材できたのはよかったですね。
―― 確かにそうですよね。そもそも飼うことが目的じゃなくて、「農家の方に食い込むために、まずは飼ってみよう」と。
内澤そうそうそう、だけど飼ってみたら忙しかったんで、全然取材に行けなくなってしまったんですけどね(笑)。
―― 目が離せないですもんねえ。

内澤いや、それよりも、小屋を何回も改築しなきゃならなかったっていうのが、忙しかった要因ですね・・・。「梅雨までにこれをやらなくてはならない」とか、「暑くなるまでに・・・」「台風くる前に・・・」っていうのが、すごくたくさんあって。それがもう待ったなしで、どんどん手を入れていかなくてはならなかったんですよ。サグラダファミリアって感じで、永遠に終わらないんじゃないかって思いました。
―― 豚小屋サクラダファミリアですか(笑)。
内澤8月半ばに、「これでもうとりあえず小屋に手を入れないですむ」っていった時に、落成記念ってブログに書いたんですけど、その後も結局ブルーシート巻いたりとか、なんだかんだやってましたからね。何が起きるか予想がつかないのでね。
―― おつかれさまです。でもそれをはじめるっていうのが、みんなに衝撃を与えたというか。
内澤どうなるかわかってたら、誰もはじめないんじゃないですかね(笑)。
飼うのもそうでしたけど、育てた豚を食べるのも未知の世界だったんでね。もうやってみなければわからないことだらけでした。ははは。
―― 去年おっしゃっていたときは、どうも想像ついてなかったんですけど、ほんとに育てて最後、食べましたもんね。
内澤食べましたよー。
―― 頭が下がります。
肉は売るのが難しい

内澤でも、この業界の人の口癖で、「作るのはできるけど、売るのは難しい」ってみんな言うんですよ。
―― はい。
内澤確かにそうなんですよ。実は、豚肉って流通の時点で価格が跳ね上がってるんですね。2倍どころじゃないんですよ。
それでもやっぱり、スーパーでの在庫の管理とか、そういうところで値段が上がるらしいんですね。三元豚、1頭まるまるで、とれる肉が50〜60キロくらいで、農家さんに入るお金いくらかわかります? 2万円くらいしかしないんですよ。
―― そうらしいですね。いま、酪農家の方がすごくしんどいんですよね。
内澤うん、そう。
―― あんなに頑張って育てても死んだらもうゼロなわけで。
もう少し、最初の作っている方々に入ってくるようにしないといけないですよね。
内澤結局、肉って流通が複雑すぎちゃうんですよね。野菜なら野菜でまるごと消費者に買ってもらえるんだけど、豚とか牛は、まるごと1頭売るってできないですからね。肉とか脂とか骨とか、内臓とか全部違う部位にわけて売らなきゃいけないし。で、消費者の人が生肉として買うのって、ばら肉とロースと肩ロースだけなんですよ。
―― なるほど。
内澤全部使えるんですけど、小売にできない部分が多すぎちゃって。
―― そうなると、生産者に入ってくるお金はそんなもんになっちゃうんですね。
内澤うん。だから、そこをなんとかしないと、ぜんぜんダメなんですよね。
―― なるほど。まあ、どこの業界でも流通の部分ってグレーゾーンですしね。その部分の改革とか、改善ってほんと難しいですよね。
内澤うん。だから、いま、豚の相場価格が下がってるんですけど、農家さんが自分たちで販売したいって乗り出そうとしている動きはありますね。いくら卸売価格が下がっても、スーパーでの販売価格って変わってないんです。それがせつない。
―― 確かに、そうなりますよね。
内澤・・・でも、まあ、その肉の事情みたいなものに関しては、全部『世界』で連載していくので、とりあえず、いまはこれくらいでいいですか・・・?
―― はい。そこらへんは『世界』を読んでもらうということで。
(次回、「内澤旬子さんと三匹の子豚 後編――奇跡の豚」につづきます!)
