写真文集『ソラリーマン』に続き、女子高校生をモチーフにした写真集『スクールガール・コンプレックス』の刊行を間近に控える写真家・青山裕企さん。
後編では、男子が思わずきゅんとなる「スクールガール・コンプレックス」、写真家になると決意した世界二周旅行の話を中心にお話を伺いました。(聞き手:足立綾子)
第10回 「ソラリーマン」をよろしく!(後編)
「ソラリーマン」にこめた真意
撮影:青山裕企 |
―― 女子高校生をモチーフにした「スクールガール・コンプレックス」は「ソラリーマン」と全然違うコンセプトなんですか?
青山一見、違うようで、ほんとは対になっているんです。スーツや制服を着ることで、社会のなかで記号的な役割をしている存在というのが共通していますね。「ソラリーマン」は、スーツを着ているサラリーマンが、没個性的になって記号っぽい存在だったのが、跳ばせることで個性を引き出すことができる。「スクールガール・コンプレックス」は、個性を排除して記号っぽい部分だけを取り出してみせるのがコンセプトなんです。顔をいっさい出していなくて、モデルさんも実際の高校生じゃなかったりします。
―― あっ、そうなんですか!
青山「ソラリーマン」は、現役サラリーマンの人にやってもらっているので、記号っぽい存在のなかにもリアリティがある。対して「スクールガール・コンプレックス」は、写っているのは制服などの記号っぽい部分だけで、背景も教室っぽく見えるけれど、実はスタジオだったりする。大部分がフェイクなんですけど、鑑賞者は記号を見ているから、本物っぽく見えちゃう。
―― なぜ、記号的なものを撮影しているんですか?
青山もともと記号っぽいものを撮りたいと思って、「ソラリーマン」や「スクールガール・コンプレックス」をはじめたわけではないんですけど、結果的に自分の興味を掘り下げていたらつながっていたようです。もともと大学で心理学を専攻していたことと並行して、社会学にすごくハマっていたんです。宮台真司さんとか。一般的に心理学っていうと、一対一で人の心の奥を知るみたいなアプローチの臨床心理やカウンセリングのイメージがあると思うんですけど、実際は数字で分析するような統計学の側面が強かったりするんですよね。
―― たしかに、そう聞きますね。
青山心理学や社会学に触れていると、人間関係や社会全体を俯瞰で見る習慣やくせみたいなものが自然についてくるんですよ。そんなことを日々考えながら撮っているわけじゃないけど、「ソラリーマン」もサラリーマンを撮影対象として深く知りたいっていうカウンセリングみたいな撮り方をしている一方で、すごく俯瞰的な立場でも見ているんです。
ここまで言ったことはないんですけど、この「ソラリーマン」自体も俯瞰で見たら、一見跳ぶことで個性的に見えるし、社会の束縛から自由に見えるけど、でも最終的には元に戻るんです。本当はそこまで言いたいんですが、「跳んでるけど、結局落ちるんだよね」って言うとあまりにもひねくれすぎている(笑)。
でも、ほんとはそこまであるんです。跳べるけどそれは一瞬。結局落ちると日常に戻る。でもそんな瞬間の輝きを撮って、それだけをばっと並べて見せたいというのがありますね。それは写真でしかできないことだと思うし。
―― この瞬間の輝きがすごいから、ここから先落ちるイメージが浮かばないですね。青山さんが「ソラリーマン」にセラピー効果があるってどこかに書かれていて、あるかもしれないなって思っちゃいました。自分にこういう輝いている一面があるんだって、本人は実際には見れないじゃないですか。
青山写真をはじめた最初の頃、自分で自分を撮っていたんです。やりたいことが見つからないなかで、心理学の道に行こうと思って大学に入ったのに、瞬間的に絶望して。
―― それはなぜ絶望したんですか?
青山当たり前なんですけど、最初は概論じゃないですか。ものすごく期待して行ったのに、いきなり教科書かと。一浪して心理学に自分の生きる道をすべて賭けていったんですけど、すぐに絶望して。絶望するには早すぎると思うんですけど(笑)。
―― たしかに(笑)。
青山大学を飛び出して旅に出たわけですが、旅をするっていうのはいわゆる自分探しですよね。自分とは何者か、自分はどう生きていくのかを考えながら、自転車のペダルを漕いだり、海外に行ったり。そんななかで写真をはじめて、最初に自分で自分を撮っていたのも、跳んでいる自分を客観的に見る行為自体が、僕にとって一種のセラピーだったのかもしれません。
―― 心理学と写真の手法は、どこか似ているのかもしれませんね。
撮影:青山裕企 |
青山そうですね。一貫して人しか撮っていないのは、人に対する興味がすごくあるからだと思います。一対一で被写体を掘り下げていくような興味もあるし、俯瞰的に見る興味もありますね。
―― 椎名誠さんがインタビューで「同じ機械で同じ人を撮っても、カメラマンが違うと全部違う写真になるのがおもしろいんです。撮ると相手の表情にそのときの自分が出るんですよ」って言っていました。
青山まさにそうだと思いますね。ジャンプ写真なんて誰でも撮れると思うんですけど、自分が撮ったジャンプ写真と他の人が撮ったものとはやっぱり違うというのが前提にありますね。数で圧倒しているというのではなくて、一枚一枚違うと思うんですよね。それってやっぱりコミュニケーションだと思うんですよ。だから椎名さんが撮る人、僕が撮る人は違ってきますし、それはプロだろうが、誰だろうが関係ないと思います。
すごい近くにいる。けど、触れられない
―― 「スクールガール・コンプレックス」の写真って、顔が見えないといろいろな想像がかきたてられますね。
青山男子が思春期の頃に抱いていた妄想ってあるじゃないですか。僕の場合、一人っ子で人見知りで女の子と全然しゃべったこともなくて童貞で、高校は共学だったので同じ教室に女子がたくさんいて。すごく興味があるけど、実際には何も分からない。けど、すごい近くにいる。すごい見る。けど、触れられない。そのへんのむっつりな感じって、ピュアだし変態だし。思春期ならではの複雑なものなんですね。
―― あー。たしかに。
撮影:青山裕企 |
青山今はもう大人になっちゃったから、いろいろ知ってしまっているけど、思春期の頃の、知らないがゆえの果てしない妄想力みたいなものは絶対あると思うんです。そのあたりを思い出しながら撮っています。この作品を撮るとき、今でも結構緊張するんですよ。
―― あの頃に気持ちが戻っちゃうんですか?
青山そうですね。実際、知らない人だととても緊張しますしね。
―― モデルさんは知り合いの方ではないんですか?
青山モデルさんは、身近なところから撮りはじめて、今は知らない人が多いですね。インターネットで募集すれば、結構集まるんです。「ソラリーマン」より集まるかも。
―― そうなんですか。撮ってもらいたい女の子って結構多いんですね。
青山そうですね。コスプレしたいって女の子って、結構いるみたいなんですよ。顔が出ないからいいっていう方も多いですね。
―― 女性の私から見ても、いやらしい感じがあまりしないですね。「ミシマガジン」の男性スタッフが「スクールガール・コンプレックス」を見て、「久しぶりに胸がきゅんときた。この感じは、男にしかわからないと思う」って言っていました。あの頃の温度に戻れて、今撮れるのがすごいと思うんですよ。
青山さっき大人になっちゃったって言いつつも、思春期特有の感情って全然残っていると思うんですよね。難しいのは、この撮影の場合は、だんだん慣れてくると、作品がつまらなくなってきてしまうんです。撮りなれてくると、ドキドキしなくなるので。
「ソラリーマン」と同じぐらいの時期から撮りはじめているので、すでに100人以上撮っているんですけど、波があるんですよ。これは、自分の作品をつくるうえでの悩みですね。
自分の人生を決めに行く旅
ミシマ社メンバーも飛んでみました。まずは茶の間でジャンプ。撮影:青山裕企 |
―― (過去のインタビュー記事を見て)それにしても、海外旅行をしているときに、「シャワールームで朝日を浴びていたら神の啓示のように光とともに写真への思いが決意に変わった」ってすごいですね!
青山実際、そのとおりだったんです。世界二周の旅をしようと思って、半年稼いで半年旅をしてというサイクルで二年休学したんですけど、一周目は、人見知りで内向的な自分をなんとか変えたいというのがテーマだったんです。
言葉のなるべく通じない国に行こうと思って、中国・モンゴル・ロシア・中央アジアとかをあえて選んで行きました。一周目は自分にとっても新しいことばかりで、つらいこともいっぱいあったけど、ものすごい自信につながった最高の一周だったんです。
―― 二周目のテーマはなんだったんですか?
青山それは、自分の将来を決める旅ですね。且つ、行っていない国へ行こうと思って、旅に出たんですが、一周目と二周目で全然気分が違ったんです。行っている国も見ている景色も違うんですけど、二周目に行きはじめたときに、ものすごい既視感をおぼえてしまって。
二人でジャンプ。撮影:青山裕企 |
去年やったことをなぞっているだけというか、この旅を続けて本当に意味があるのだろうか、と毎日悩んでました。今まで生きてきたなかで、その二周目の旅をしていたときだけ不眠症になって、全然眠れなくなっちゃったんです。
―― え!? 旅の途中でですか?
青山そうなんです。去年とただ同じようなことやって、こんなんじゃ将来の道なんか見つかるわけないって、すごく落ち込んでいて。でも、飛行機を予約していたから行かなきゃいけない。ただ消化する、砂を噛むような旅をしていました。
中米のグアテマラという国で、ほんと悩みのどん底だったんですけど、なんとか変えなきゃいけないなと思って、ずっと双六みたいな、前へ進み続ける旅をしていたんで、語学学校に短期で通ってひとつの街に滞在してみようかなと思ったんです。
でも、それも焼け石に水というか、それでなにかが変わるわけでもないかなと思いつつ、悩みに悩んでいて。申し込もうと思った日の朝、気分がのらないなか朝シャンしていたら、宿のシャワー室にたまたま窓があって、朝日がさあって射してきたんですよ。そのときに、そうとしか説明しようがないんですけど「写真!」ってきたんです(笑)。
―― すごいっ!
ライター森王子くんのソロ演技。撮影:青山裕企 |
青山休学する前も学園祭で写真を売ったり、友達を跳ばせて撮ったり、写真の活動を活発にしていて、その頃から写真で生きていけたらどんなに楽しいだろうと思いつつも、心の中ですごいブレーキをかけていたんです。遊びでやることと仕事にすることは違うって思っていたから、覚悟もなかなか決まらなくて。社会に対しておびえもありましたね。
実際、旅先で写真を撮るのと大学で友達を撮るのとは全然違うんです。人見知りなので、現地の人に陽気に声をかけて跳ばせて撮るなんてできない。旅先ではずっと本を読んでいて(笑)。だから写真もろくに撮れなくてフラストレーションがたまっていたし、やっぱり自分には写真しかないんじゃないかとか思いながらも、無意味な旅の日々を過ごしていました。それで、写真がしたいという本心がむくむくと膨張してきて、限界に達して割れるきっかけが、シャワールームでの朝日だったんです。
―― なるほどなー。
青山啓示というより、風船の針みたいな感じです。パーンとはじけて、「写真で生きていこう!」と覚悟が決まりました。人生でそんなにあることじゃないと思うんですが、一瞬で価値観が転換して、その瞬間から全力で日本に帰ろうと思いました。旅なんかしてる場合じゃないって(笑)。
でも中米の辺鄙なところだったので一週間はかかったんですけど、航空券もその先全部キャンセルして、そこから帰国便を取ってとかいうのを一気にやりました。日本に帰ったら、写真の専門学校に行こうと思って調べたり。それが、2002年ですね。
―― ミシマ社をつくった三島も4年ぐらい前に、仕事ですごい悩んで、もやもやしていた時期があって、あるとき「会社つくればいいんだ!」ってはっと思い浮かんで、それが啓示だったって言っていましたね。そういう悩みに悩んだ末の針のひと刺しがあるんでしょうね。
青山おそらくそういう瞬間って、大なり小なり誰にでもあるかもしれませんね。僕にとって旅というのは、自分には写真しかないことを決めに行くことだったんだと思います。それにしてはあまりにも壮大ではあるんですけど(笑)、それぐらいしないとたぶん自分では決められなかったんじゃないかなと思います。
「この手でユカイをつくりだそう!」
―― 青山さんって、「ユカイハンズ」の代表兼写真家というのが肩書きなんですよね。「ユカイハンズ」について教えてください。
青山昔、学生時代に学園祭でお店を出したり、フリマをしていたときの活動ネームが「ユカイハンズ」だったんです。いろんな人と一緒に活動していた流れがあったので、フリーになったときも事務所の名前にして、いろんな業界の人とゆるやかな横のネットワークで活動できたらいいなと思っています。
―― メンバーの方とはどうやって知り合われたのですか?
青山ほとんどが個人的なつながりですね。大学の先輩だったり、なにかしらの友達だったりです。
―― イラストレーターさんや俳優さんとか、ジャンルはさまざまですよね。
青山いろんなジャンルの人が集まっているんですけど、「ユカイハンズ」のホームページに写真を見に来た人が、演劇もおもしろそうだなとか、興味がひろがるといいなと思っています。結局、僕が興味のある人たちなんですね。僕に興味をもっている人って、僕が興味のあるものに対して、興味をもつ可能性が高いと思うんです。
―― 実際、私、俳優の武田力さん、おもしろい活動をされているなーと思いましたし。
青山そうですよね。毎年、フリーペーパー「ユカイハンズサッシ」を制作していて、表から見ると僕の宣伝、裏から見るともうひとり別のアーティストさんのプロフィールとかが載っていて、途中でふたりの対談なんかを入れて、ふたりセットの宣材みたいなものをつくっています。
「青山です、よろしくお願いします」って渡したら、もうひとりも自動的に紹介できる仕組みなんです。要するにひとりでやっていると、ひとりの力だけで生きていると思いがちだけど、実際はいろんな人の手助けが必要だし、逆に僕も誰かの手助けができたらいいなと思っています。
―― 「ユカイハンズ」の活動の予定はありますか?
青山去年の11月に企画展をしたので、今のところ展示の予定はないんですけど、うちの事務所を4月から週1で開けようと思っていて、そこで作品を常設で見られるようにしようかなと思っています。
―― 「ユカイハンズ」の名前の由来はなんですか?
自由が丘の有閑マダムが不審な目で見てました。撮影:青山裕企 |
青山「この手でユカイをつくりだそう!」がコンセプトなんです。「ハンズ」は、手作り感覚をいつまでも大切にしたいっていう思いがあります。学生時代、カラーコピーした写真を切り貼りして、カレンダーとかを手生産でつくったりしていて、今もフリーペーパーや名刺を自分でデザインしているんです。素人ですけど。
それと、東急ハンズが大好きでして(笑)。学生の頃、悩んだらまず東急ハンズに行っていたんです。フロアを一階一階まわっていくと、ビフォーとアフターでかなり気分が違うんですよ。いろいろできそうな気がするんですよね。見るだけでテンションがあがる作品をつくりたいという思いも含んでいます。あとは「愉快犯」と「ユカイ班」をかけてあったり、意味なくおもしろいことをしようというのがありますね。
―― なるほどー。青山さんの言語センス、おもしろいです!
思いっきり悩んだ学生時代
―― 「ユカイハンズ」のホームページでコラムを書かれていますけど、文章を書くのは昔から好きだったんですか?
青山もともとすごい国語が苦手で、超理系思考、数学の鬼でした。実は、浪人したとき、すごく自分自身について悩んでいたんです。というのも、現役で受験した筑波の後期試験の面接で、面接官の質問に僕は一個も答えられなかったんですよ。自分についてなにも説明ができなくて、自分ってこんなにからっぽなんだって思って。
ふりかえってみると部活も真面目にやっていなかったし、打ち込むってことを全然してこなかった。このままじゃだめだと思って、浪人しているときに、本をたくさん読んで、自分について考えた膨大な量の文章を書きまくっていたんです。あまりに書き続けていたら、いつの間にか書くことが苦じゃなくなっていました。
―― ものすごい危機感があったんでしょうね。青山さんって、お話を伺っていると、自己分析を深くされていて、悩んでいる時期にいろいろ行動に移されていますよね。
青山そうですね。自転車で日本を縦断した時も、もう自分にはこれしかないみたいな発想で、自分を追いつめてなんとか動くというか。
営業ワタナベの高い跳躍。撮影:青山裕企 |
―― 当時、ご両親が結構心配されたんじゃないですか?
青山心配していたと思いますね。でも父親が好きなことをしていいから大学だけは卒業しなさいって言っていたんです。それで好き勝手しちゃったんですけど、写真の道って決めたときに、これなら大学に戻る必要ないし、辞めようかなって思ったんです。
でも、じっくり考えたときに、父親がなぜそこまで息子の卒業にこだわっていたかというと、父親は大学入ったあと家庭の事情で中退して、それからずっとサラリーマン一筋だったんです。だから子どもを大学に行かせることに対して執着があったし、実家は田舎なので、子どもが国立大学に行っているというだけで、自慢の息子って思っていたようなんです。
傍から見たらそんなことって思うかもしれないけど、これは卒業することが親孝行だし、写真って自分の道を決めた以上、残り二年間しか心理学の勉強はできない。そう思ったら、途端に真面目に勉強しましたね。
名刺交換してます。撮影:青山裕企 |
―― 心理学はおもにどの分野を勉強されていたんですか?
青山うちの大学は総合的に学べるので、カウンセリングから動物実験までひととおりやって、最終的には臨床と認知心理の領域を専門に勉強しました。卒論は「テンションのあげ方」をテーマに書きました。テンションってあがったり落ちたりするじゃないですか。
自分をどうやったらコントロールできるかということを大学時代ずっと考えていたんです。日記のタイムスケジュールに、そのときの自分の精神状態を◎○△×とかつけたりしていて、どうしたら自分の精神状態が△から○にアップするのかを、勝手に毎日分析していました。ちなみにジャンプってすごいテンション、あがるんですよ(笑)。
―― たしかに(笑)! 大学時代に思いっきりなにかをするって大事だなと思いますね。なにか行動に移さなくても、思いっきり悩むとか思いっきり遊ぶとか。
青山大学行かずに働く方からすると贅沢な悩みかもしれませんけど、でも、時間がすごくあるっていうなかで、何をするか。具体的にかっこいいことをしなくてもいいと思うんですけど、思いっきりするっていうのが大事なんでしょうね。
―― お話を伺っていて、自分の学生時代の頃や仕事のことなどを振り返ってみたくなりました。今日は、どうもありがとうございました!
![]() 皆さんも、レッツジャンプ! 撮影:青山裕企 |

