『デザインのひきだし』を最初に手にして以来、ずっとお会いしてみたかった。シール、製本加工、箔押し、活版・・・特集のたびに、その特集に見合った加工を表紙にまで施す徹底ぶり。たとえば、シール特集では、表紙もシールでできているし、箔押しのときは、これでもかと言わんばかりの箔が押されている。こんなすごい本はどのようにしてつくるんだろう? いったいどんな人が手がけているのだろう? 今回、念願かなってグラフィック社の津田淳子さんにお話をうかがうことができました。
『デザインのひきだし』は、デザイナーだけでなく、「編集」という名のつく仕事をする人なら全員必携の一冊です。
第14回 『デザインのひきだし』グラフィック社・津田淳子さん(2)ー「実はひとり編集部なんです」ー
ブルドーザー作戦――とにかく人に会う
『デザインのひきだし⑧』(グラフィック社)の前面シール表紙1層目 |
―― いろいろなデザイナーさんとお付き合いがあると思うのですが、どういうふうにデザイナーの方々と出会われているんですか?
津田書店に行くと、内容はもちろん、ブックデザインが気になった本があれば即買います。でも、装丁家の名前は必ず見ないで買うんです。
好きな装丁家の方がたくさんいるので「ちょっとこれは買うまではいかないかな・・・」と思ってても名前を見て好きな人だと買っちゃうんですよ。
「それはよくない」といつからか思うようになって、先入観を捨てようと思って、パッと見てよいと思ったものだけ買うようになりました。
―― なるほど。
『デザインのひきだし⑧』(グラフィック社)の前面シール表紙2層目 |
津田もちろんカバーだけじゃなくて、中も見返しも表紙も全部見て「読みたい」と思ったら買って、家に帰ってから装丁家の名前を見る。そこで「え、やっぱりやられた・・・」とか「負けた・・・」とか「全く存じ上げない方だったなぁ」とかやってるんですね(笑)。
で、そういうことをやりつつ、いまは広告の方でもブックデザインをやられたりしているので、まず記憶に残っている方と、それ以外でもチラシとかポスターを見かけて、気になったものがあればメモしておいて、そのデザイナーさんにとにかく会いに行く、というそれだけです。
―― 必ずしもブックデザインをやられている方だけではないんですね。
津田全然ないです。『デザインのひきだし』に登場していただいている方も、ブックデザインをやってる方は半分もいないと思います。おもしろいなと思えば、何かぺらっと落ちてるチラシでもストックしておいて、会う人ごとに、「こんなチラシ見ました?」とか聞くと、デザイナーさんはけっこう「これは、誰がやったよ」というのを教えてくださるんです。
―― なるほど。おもしろいですね。
津田とにかく、気になった人に会いにいく。そうやって、ひとりにお目にかかるとその方から、紹介していただけたりもします。あとは、印刷加工現場にもすごくたくさん行くので、そこで刷ってるものとか、いままで刷ったもので面白かったものを見せていただけたりして、そこで頼んで紹介していただくということもすごく多いですね。
―― へー。すごいなぁ・・・
津田いえいえ。全然すごくないですよ。力技でガシガシ会いに行くので、ブルドーザー作戦ってよんでるんですけど。
一号つくるごとに名刺が200枚なくなる!?

―― チラシひとつでも、これは気になるという視点でちゃんととって置かれてるのはすごいですね。その気になったチラシが決してすぐに役立つわけではないですからね。
津田だから、家の中はたいへんなんですよ。もう家が崩れそうです(笑)。別に、「そうしなきゃ」と思っているわけじゃなくて、「好きだ」っていうだけなんですよね。
―― 体が反応するという感じで、自動的にやってらっしゃるんですね。でもその集積がやっぱりこうなっていってると。この本には、津田さんという人が、全部宿ってますもんね(笑)。
津田いやいやいや(笑)。
―― 本ってそうあるべきだと思うんですよね。いま、すごくマーケティングとかでつくられることも多いと思うんですけど、やっぱりそこに人がいるかどうか、そこに血肉が宿ってるいるかどうかというのがすべてじゃないかなと。
津田思い込みもあるかもしれないですけど、読んでるとなんとなくわかりますよね。そういうのがある本かそうでない本かは。
―― そうだと思うんですよね。
津田まぁ、わたしがマーケティングできないっていうだけでもあるんですけど(笑)。
―― 僕もそうです(笑)。
津田でも、一号つくるごとに名刺が200枚はなくなるんです。だから、新規でそれくらいの方にお目にかかっている。たぶんそこで聞く話で無意識にいろいろな人の意見をいただいて、自分の考えができているんだろうなと思います。とにかく、この仕事は本当に人に会いにいくのが楽しい。で、会いたいと思っていると、こうしてお目にかかれるのがまた楽しい。
―― ほんとそうですよね。
活版印刷は力強さが違います
『デザインのひきだし④』(グラフィック社) |
―― 最初にこの本見たとき、「こんな本ってありえるんだ? どうやったらつくれるんだろう?」って思いました。
津田デザイン誌っていまは少し減ってますが、何年か前にブームがあって、本も雑誌もすごくたくさん出ていたんですね。そのなかでそれこそ一番後発で出したので、飛び道具みたいなことをやらないかぎりダメだと思ったんですよ。
とにかく1号目が売れてくれないと、あと出し続けられない。なので、うちの会長を説得するために、「ほら、日本にこうやって見本とかはさまってる本ってひとつもないじゃないですか」とあらゆることをしたんですよ。本当に最初は会長をだます手段というか(笑)。
―― 情報としてありつつ、永久にこのままデザイナーもつかえる見本帳になる本ですよね。
津田そう、それを目指してるんです。一冊まるごと見本帳を。
―― 実際、用紙を途中で変えるのはどうやってるんですか?
津田単純に折りごとに用紙を変えているだけなんです。こちらで紙屋さんに、この紙を何連、この紙を何連、いついつまでにこの印刷屋さんに入れて下さいって頼んで。号によっては全折、用紙を変えていることもあるので、あとは印刷屋さんと製本屋さんに頑張ってもらっているだけという話です(笑)。
―― なるほど(笑)。そこさえクリアしたらいいと。
『デザインのひきだし⑩』(グラフィック社) |
津田そうです。だから印刷屋さんと製本屋さんには足を向けて寝ないようにしている(笑)。ただ、今回は活版の特集をやったので、活版印刷した紙が9枚はさまっていて、他にもいろいろ活版が入っているんですね。紙も全部違うので、お願いする製紙会社さんや紙商さん、代理店さんとのやりとり、製版屋さんとのやりとり、印刷屋さん、そこへの運送のやりとり、もちろんデザイナーさんとのやりとり、あと本紙の印刷、それと製本屋さんとのやりとり全部が違う。
だから、朝9時から夕方6時くらいまでは、電話となんだかんだの打合せ、進行だけで全部終ってしまいますね。なので、ひとつひとつは難しいことではないんですけど、やっぱり手間が多少かかるなというところです。
―― そうなりますよね。
津田あとは、今回活版特集なので、「本文でも絶対に活版をやらねばならぬ」と思い、ちょっとだけですけど活版で印刷したんですよ。でも『デザインのひきだし』って1万300部刷ってるんですね。名刺100枚くらいなら、手差しでも印刷できますけど、やっぱり1万300部になると機械で刷るしかない。
―― すごい数ですよね。
津田活版印刷屋さんからすると別に「前は刷ってたものだからなんてことない」っておっしゃいます。でも、刷ってもらわないとわからないことがたくさんあるので本当に、毎号毎号勉強ですね。
こっちはオフセットです。オフセットもいいんですけど、やっぱり活版があうところがあるなぁと思って。
『デザインのひきだし⑩』の「巻頭特集 無くしてしまうのは押し過ぎる。凸版・活版印刷でいくのだ!」より |
―― やっぱり、違いますね。
津田力強さとか全然違いますよね。
―― 違いますねぇ〜。
活版印刷をなくさないために
『デザインのひきだし⑩』の扉ページ |
津田こうして見るとやっぱり、活版で本を読みたいという気持ちになりますよね。やっぱり、少しでも「いいなぁ」と思ってくださる読者の方がいて、活版印刷にお願いする人が出てくるといいなと思います。
活版印刷屋さんっていまは、なかなか仕事がなかったり、やってらっしゃる方もご高齢の方も多いんですね。でも、あたってみれば全国北海道から沖縄までの印刷屋さんは今も数百軒は稼働してるんですよ。そういうところが今後もできるだけ多く、長く続いてくれたらいいなと思っています。
だって、いくら「活版印刷はいい」と言っても、国に保護されてるわけでもないですし、みなさんお仕事がなければやっていかれない。例えば10年後、20年後になって「やっぱり活版で刷ったものが読みたい」ということになったとしても、活版印刷屋さんが一度なくなってしまってたらもうそういう技術や産業って、復活させることって無理だと思うんですよ。
―― ほんとにそうですよね。
津田それこそ、博物館のなかでしか残ってなかったら、それは活版印刷が死んでしまったのとかわらないことになってしまう。なので、少しでも多くみなさんに使っていただいて、「やっぱりまた使いたい」というときにも、ずっと後世に残っていってほしいなと思うんです。
―― 絶対につなげないといけないですね。
津田そのためには、ちゃんと印刷機が動いている状態にしないといけないな、ということ。
―― 実際に刷られたものを見ると活版でやりたくなりますね。
津田綺麗で力強さが違いますよね。もちろん全部活版にする必要もないと思います。やっぱり適材適所で必要なところに必要なことを一番効果的に使っていく。そうなっていくといいなと思うんですよね。
特殊な印刷をしたり、定番以外の紙を使うと、もちろんコストもかかるんですけど、そのコストに見合う良さのものだったら、それを認めて、買う人もその価値をわかって買ってもらったら一番いいな、と思いますね。
―― そうなんですよ。ちゃんと「いいものはコストがかかる」というすごく当り前のことがもう少し浸透していけばいいなと思います。
初版しかないんです(笑)
『デザインのひきだし⑨』の紙サンプル |
―― 『デザインのひきだし』は、毎号刷り部数は決まってるんですか?
津田『デザインのひきだし』は、できるだけ実物の印刷や加工、紙サンプルを綴じ込むようにしていて、この付録は部数が決まってないとつくれないんです。だから、毎号数は固定で売り切れたらそれで終わりです。
―― 重版は。
津田できないんです。ここに入れる付録やサンプルを全部、重版分だけつくるということが無理なので。
だから、1号から5号までは品切れで、6号ももうほとんどないくらいですね。1年くらい、はやいもので半年くらいで売り切れますね。
『デザインのひきだし⑩』の「綴じ込み付録目次」より |
―― すばらしいですね。
『デザインのひきだし⑦』(グラフィック社) |
津田でもこれは「初版限定」って書いてあるので、書店さんもそのまま返品せずに置いてくださるので、ありがたく。
―― なるほど。
津田初版しかない(笑)。しかも、もうみんなにもばれてるんですけど(笑)。
―― 確かにそうだ(笑)。よくみるとそうですよね。毎号これありますよね。
津田けっこう、ネットの古書店さんとかでも売ってくださっていて、「限定の初版です」って書いてるんですけど、「それしかないので」って突っ込みたくなったり(笑)。
―― これは毎号、津田さんが企画編集されてるんですか。
津田そうなんですよ。うちは書籍の出版社なので、雑誌みたいに編集部5人とかで1冊をつくるとかではないんですよ。
―― そうか。単行本的な編集としてやるわけですね。
津田だから「自分が企画したら自分が全部最後までやる」っていうかたちですね(笑)。
―― すごいですね(笑)。
津田いえいえ。ただ本当に好きなことをしているっていう感じです(笑)。
―― 台割、付録、毎回の特集とか含め。
津田取材も全部です(笑)。
もちろん、ライターさんに書いていただくところも多いんですけど、でも、今回はあまりにも付録をいろいろつけて、お金がなかったので、半分くらいは自分で書きました(笑)。

―― この「編集部」っていうのは津田さんなわけですね。
津田もう全部私です。はははは。だって、ひとりだとかっこう悪いので一応編集部にしてるんですけど(笑)。
