石井光太&寺子屋ミシマ社

ソマリアの難民を食べるアデン湾のサメ。フィリピンのジャングルでひっそりと生き延びる残留日本兵。アフリカ、イスラム世界のおかま難民。つくられた戦争犠牲者。コンゴ民間兵のHIV感染事情・・・。

「常にまず疑って考え、既成の事実に対してはすべて裏切りたい」そう語る石井光太さん。オーストラリア、東南アジア、中国、ユーラシア大陸を夫婦で5年間、さわやかに駆け抜けた近藤雄生さん。旅のスタイルも仕事観もまったく違うおふたりのトークイベント。

偶然にも、同郷、同級生、地元に共通の友人をたくさん持つお二方。かみあっているのか、かみあっていないのか!? 今回は「地を這う3時間!」 ――変人旅人三本勝負! エロ・グロ・血 これがほんとに「旅」なのか!? その一部を特別公開します!

2010年10月31日@東京・阿佐ヶ谷ロフト

第12回 地を這う3時間[ヒール・石井光太vs善人旅人・近藤雄生]前編

2010.11.16更新

イントロダクション

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『地を這う祈り』(徳間書店)

三島では、さっそく『地を這う祈り』(徳間書店)、またすごい本を出されましたね。石井さんの作品は『物乞う仏陀』(文藝春秋)から始まり、追ってらっしゃるテーマ、踏み込み方がどんどんエスカレートしているように感じます。石井さんのなかでは「この程度じゃ感じない」という感覚になっていらっしゃるのですか?

石井表現がエスカレートしていると思われるのは理由があります。まず僕がエスカレートするというよりは、読者がエスカレートする。「もっとすごいものが見たい」それを編集側も読者も要求する。僕はそれに応えなきゃいけない。
あと、自分としても、表現のかたちを変えていきたい気持ちがある。僕は読者に共感してもらいたいと思って書いたことは一度もありません。文章を書いているときは、どうしたら読者を打ち負かせるか、それだけを考えている。感動や共感より、うんざりさせたい。ボクシングみたいなものです。

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『物乞う仏陀』(文藝春秋)

「なぜ打ち負かしたいのか」を説明するのは難しいですが、昔の作家は純文学やノンフィクションでも「まぁ、とりあえずわかってくれるだろう」というスタンスでものを書けた。例えば、微妙な心理的な駆け引きを書いて「なぁ、これわかってくれるだろう」というスタンスです。

だけど、このご時世、純文学以外では、誰もその共有する前提を感じない。お笑い番組でもなんでもそうだと思いますが、非常に不感症になっている部分がある。やっぱり、人が不感症になっている時代なら、不感症の人間に対して訴えるやり方があると思う。そのやり方として、ある程度強烈なものを提供していくしかないのかなと思っています。

もうひとつは、現実のおもしろさというのはやっぱり強烈なところなんです。ノンフィクションでしか出せないものは何か。それは、現実の強さや何も言えなくなる衝撃なんじゃないかと思うわけです。

三島石井さんは、以前「ノンフィクションも文芸である」とおっしゃっていましたよね。石井さん自身に、読者を打ち負かしてやるという気持ちがあって、文学がなかなかできないでいる部分、「現実に人を変える」というところに挑戦されているんですね。

それでは、今度は、石井さんの激しさとは(表面的には)対極にある人をお呼びしたいと思います。『遊牧夫婦』の著者、近藤雄生さんです。

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『遊牧夫婦』(ミシマ社)

近藤こんにちは。はじめまして、近藤雄生です。自己紹介をかねて自分の話をさせていただくと、今年7月に『遊牧夫婦』(ミシマ社)という本を出させていただきました。表紙もかわいくて、石井さんとはまったく対照的な本ですね。

この「遊牧」という言葉には、放浪という意味だけでなく、旅を生活にしようという意図があります。旅をしながらお金を稼ぎ、言葉やスキルを身につける。旅というのは基本的に「日常からはなれた非日常の短期間の現状」だと思いますが、旅自体を暮らしにし、旅自体を日常にする、というコンセプトで旅をしていました。

僕は、石井さんが2005年に『物乞う仏陀』で鮮烈的にデビューされて以来、ずっと存じ上げていました。「やっと会えた」という感じです。今日は全然キャラが違うので大丈夫かな、と思いますが、よろしくお願いします。

第1ラウンド[グロテスクvsさわやか]開始

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撮影:近藤雄生

近藤いきなりすごくさわやかなのが来ちゃいましたけど、これはオーストラリアのバンバリーという町で撮ったイルカの写真です。当時「ドルフィン・ディスカバリー・センター(DDC)」という非営利の組織に所属して、イルカのボランティアをしていました。

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撮影:近藤雄生

どんな仕事をしていたかというと、毎日ビーチに行って、観光客に野生のイルカについて説明をしたり、イルカに近づいてもいいけど触っちゃいけないよ、乗っちゃいけないよと注意していました。

イルカ好きがすごく多くて、僕なんかが「イルカなんてでっけえ魚じゃねえかよ」なんていうとマジ切れされるという、シリアスなイルカマニアの世界でもありました。

座礁したイルカがいるとDDCに連絡が入るのですが、この写真は座礁して死んでしまったイルカです。若干さわやか度を下げて、石井さんの守備範囲に近い部分があるんじゃないかと思います。

石井僕はどちらかというと、撮るのはサメの方ですね。これはイエメンとソマリアに接しているアデン湾で捕れたサメです。一年くらい前に話題になりましたが、アデン湾は、海賊とソマリアからの難民が非常に多いところです。

ソマリアはいま無政府状態なので、たくさんの人がボートで国外へ逃げようとしています。その海を渡しているのが、地元のマフィア。

移民を渡すのは違法です。なので、難民を運搬中に警備船が近づいてくると、そのマフィアはどうするか。自分たちは捕まりたくないので移民を全員海に捨ててしまうんですね。そうするとどうなるか。実はその辺りは世界有数のサメ生息地帯なんです。

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撮影:石井光太

この写真をよく見るとすべてヒレ(フカヒレ)が切れてるでしょ。例えばこういったヒレはすべて中国に輸出されているわけです。これはある種、ここにいる人たちの都市伝説なのですが「中国人は、難民を食べているサメを食う民族なんだ」という話がある。僕たちみたいな日本人も中国人に見られる。そうすると「お前ら人間食ってうまいか?」みたいな嫌みを言われるわけですよ。

僕と近藤さんの違いはいろいろあると思います。僕は動物を見たときに、サメならサメのなかにある人間臭いドラマに興味がある。多分ここに写っているサメは人間なんて食べてないと思います。だけど、サメの生息地帯に移民が捨てられるという背景があるから、地元にそういう噂ができて、ものすごくドロドロの世界になっている。
僕はそういう人間のむにゃむにゃしたところを愛していて、そこに何かをぶつけることで、まったく違うものを訴えかけられるのではないかと思っています。

近藤確かに、その辺の仕事観の違いはありますね。僕は基本的に楽しくいきたいというスタンスです。DDCのなかにいたら、イルカと戯れてボランティアと仲良くなって楽しいよね。そのなかに人間ドラマというものがいろいろある。その辺のことを『遊牧夫婦』に書いています。

残留日本兵の苦渋

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撮影:近藤雄生

石井さっきちらっと写っていたタイの残留日本兵の写真が気になります。残留日本兵の話は非常におもしろいですよね。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、太平洋戦争後、日本軍のなかには戦地に残る人もたくさんいました。

それには理由がある。例えば、犯罪を犯したので日本に帰れない、あるいは大東亜共栄圏という思想のもとアジアを独立させることを信じ、現地に兵隊として残って独立戦争を戦った。東南アジアにはそういった残留日本兵が数百人から数千人います。

第2次世界大戦直後、当時20〜30歳くらいだとしたら、いま80〜90歳くらいですよね。そういう人たちはまだ生きている。この写真の方はそういう人ですよね。

近藤この人はタイとビルマ(ミャンマー)の国境辺りに住んでいた人です。2004年に僕が行ったときは、4人くらいご存命で、そのうち3人に会って話を聞くことができました。この方も去年亡くなられて、多くは語らない人でしたが、脱ぐと体中に入れ墨が入っていて非常におもしろい方でした。

石井僕はフィリピンで一度残留日本兵に会ったことがあります。その方は、フィリピンで数十人単位で人の首を切って殺したらしいんですね。そうすると、戦争が終わって日本に帰っても戦犯でさばかれてしまう。だから帰ることはできなかった。そこで、現地に溶け込んで生きていく道を選んだ。ただ、現地で虐殺もしているので、普通に現地で生きていくこともできない。帰るも地獄、残るも地獄。

そのとき彼はどうしたかというと、とにかく仲間の犯罪をでっち上げて密告していきました。そうすることによって、自分を正当化していった。現地の人も「こいつはちゃんと戦犯を教えてくれる人間だ」と認めてくれる。「こいつは罪を犯しているわけがない」と思うわけです。

だけど、彼にも罪の意識がある。でっちあげた嘘の世界ぎりぎりのなかで生きている。だから、その人はジャングルから一歩も外に出ることができない。自分の罪をばらされたくないから。そこで人間同士の横の関係も絶つわけです。だけど、人間ひとりで生きていけない。そのときにどうしたかというと、現地の人とくっついていった。しかも、すごいのが、現地の人も簡単には日本兵のことを受け入れないわけです。そこで現地の障害者だとか、被差別部落の人とくっついていった。そして、差別のなかでお互いを支えあってジャングルのなかで生き延びた。そこにも60年から70年くらいの歴史があるわけです。それはやっぱり聞くとものすごいものがあります。

俺みたいなペーペーがやってきて「あなたの体験を聞かせてください」といったって、それは言えないですよね。だから沈黙するしかない。だけど、その沈黙がすごい。ものすごく重いわけです。質問した瞬間にぐっと黙って歯ぎしりしはじめる。ノンフィクション作家としては、そういう沈黙を掘り出すことができたらおもしろいなと思います。

おかま難民は東南アジアを目指す

【インドネシアのおかまの写真】

 編集部注:写真は強烈過ぎるため、ご興味のある方は「地を這う祈り」(徳間書店)P58をご覧ください。

近藤この写真は誰ですか?

石井これは、インドネシアのおかまです。ジャカルタの路上で撮りました。イスラムのおかまは非常におもしろいんです。イスラム教というのは戒律が非常に厳しいですから、おかまは許されない。つまり「男は男たれ」という世界ですから、そのなかで女になることは許されない。

あと、あまり知られてないのが、基本的にアフリカにはおかまがいないことです。なぜかというと、アフリカには筋骨隆々のマッチョ至上主義があるからなんですね。それに、ゲイやおかまというのは白人文化だという認識がある。だから、おかまになるということは、マッチョ至上主義からも自分たちの文化からも崩れていくわけです。

じゃぁ、アフリカやイスラム圏にいるそういった人たちはどうするか。おかま難民として国外に逃げるんです。東南アジアは、おかまのなかではフリーな国という意識がある。だから東南アジアには、おかま難民が集まってくるんですね。インドネシアもそうですが、英語が通じるマレーシア、インドも結構増えています。おかま難民の存在はあまり知られていませんが、そういう文化もあります。

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撮影:近藤雄生

近藤この辺りで少しさわやかネタを。これはオーストラリアで7万円で買ったバンです。1970年代の日産のバンなんですけど、これを修理してオーストラリアの南端から7000km走って最北までいきました。その間にいろいろ起きた出来事を本のなかにも書いています。

特に、車のなかは空間が狭いので妻とふたり、毎日のようにケンカをしていました。なぜかわからないんですけど、常に一触即発状態。理由はなし。朝起きて、タオルをどっちが持つかとか、ちょっとゴミ袋を持ってといっても「嫌だ」と言ってそのまま激情して半日口聞かないとか、そういう日々を過ごしました。このときはさすがに空間が狭すぎてけっこうハードでした。でもすごく充実した1カ月半でした。

石井旅行をカップルでする人いるじゃん。近藤さんもだけど。俺は基本的に旅行を人と一緒に行ったことが一度もないんですよ。常に孤独なんですね。
そういうときにふたりでいちゃついてるの見るとむかつくんだけど。

三島それが言いたかった。

石井何がむかつくって、男ってお菓子を持って歩く習慣ってないじゃん。

近藤俺はやるよ。

石井それおかまだよ。バスに乗ってて、女の子がポッキーとか甘いもの出して相方に「食べる?」なんてやってるところを見ると嫉妬するんだよね。

近藤じゃぁ、今度一緒に行こうよ。

石井最悪だよね。男3人で行ったりなんかしたら(笑)。

メディアの限界

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撮影:石井光太

石井これは、インドで見たストリートチルドレンの写真です。これは、物乞いとしてお金を集める方法のひとつになっているのですが、ギャングがぼこぼこに殴って血だらけにしているんです。傷が深くて悲惨な状態ほど、同情してお金が集まる。これは物乞いだけが使う方法ではなく、ゲリラや反体制組織も使う手口のひとつです。2、3年前にケニアで選挙における暴動がありました。その暴動は内戦状態で何週間か続いたのですが、世界中から記者やテレビカメラマンが現地の惨劇を写すためにやってくるわけですね。

そのとき、反体制側の人たちは何をするかというと、記者たちをバスに乗せて犠牲者を見せる「犠牲者ツアー」を組むんです。つまり「政府の人間はこんなに悪いことをしているんだ」という現場を紹介してくれる。記者たちも護衛がつく「犠牲者ツアー」の方が安全なので、お金を払ってそれに参加する。そのツアーで撮った写真がテレビや雑誌、新聞に載るわけです。

だけど、僕はたまたまゲリラというか反体制側の人たちの方でいろいろ見聞きしていたんですね。そしたら、そこで彼らは何をやっていたかというと、自分たちの仲間を袋だたきにしていた。それを「政府にやられたんだ」と言っていたんです。実はそのツアーは、一種のメディアビジネスだった。つまり、彼らは反体制のゲリラでもなんでもなく、ただのチンピラたちだった。もし海外メディアが入ってこなければ、生まれなかった犠牲者なわけです。

結局、雑誌や新聞に掲載されている一枚の写真で、その状況が実際にはどうひき起こされていたのか、という本当のところはわからないんですよね。現実とメディア報道の間には、そういう非常に難しいギャップがある。

戦争についての我々の認識にも同じことが言えます。戦場で実際に戦争している時間というのは、24時間中5分か10分。せいぜい長くても15分くらい。15分間銃を撃ち続けたら、確実に持っている弾はなくなります。他の時間、兵士たちは何をやっているかというと、暇なんですよ。だから変な話、包茎手術をしたりしている。マジですよ。暇なのに一緒にいるのは医者と男しかいない。でも、医者と衛生兵がいる。じゃぁ、とりあえず包茎手術しておこうとかと。

あと、楽しみは食べることしかない。戦争中、兵士のご飯は一番優遇されるので、飯食ってどんどん太っていく。たくさん食べて、ちんちんの皮を切って、他にすることがない。そうするとセックスに走る。結局、売春やゲイが盛んになるわけです。

コンゴの民間兵のHIV感染率は8割くらいなんです。コンゴの全般的なHIV感染率は5%以下なんですけど、兵士だけに絞ったとき8割くらいになる。HIVウィルスというのは、実はものすごく感染率が低い。今月末に僕が出す本『感染宣告』(講談社)を読んでもらうとわかりますが、確率的には1/2500。HIV患者と生で2500回セックスしてようやく1回感染するかどうかという確率なんです。

戦争というとみんなドンパチ争っているところばかりに目が向きがちですが、実際は、そういうところに戦争の文化というものがある。

三島なかなかディープな話が続きますね。話はつきませんが、またこの辺りのことは、追々話していただくことにして、ここで一端休憩を挟みたいと思います。休憩後、第2ラウンド[観客参加型バトルロワイヤル]にうつりたいと思います。

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石井光太(いしい・こうた)

プロジェクト主催者

1977年生まれ。東京都出身。日本大学芸術学部文藝学科卒業。
海外ルポを初めとして、国内外の文化、歴史、医療についての文章を多数執筆。
また、本や映画などについてのコラムや批評も手掛ける。執筆以外では、TVドキュメンタリの製作、写真活動、漫画やラジオ番組のシナリオなども手掛けている。

主な作品に、
『神の棄てた裸体−イスラームの夜を歩く』(新潮社)
『物乞う仏陀』(文藝春秋)
『絶対貧困−世界最貧民の目線』(光文社)
その他、共著に『ベストエッセー2007 老いたるいたち』(光村図書)などがある。
ペンネームでの著書は多数。

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