人生、行きがかりじょう

 日本初にして唯一の酒場ライター・バッキー井上氏と、なにわのだんじりエディター・江弘毅氏。おふたりのお付き合いは、かれこれウン十年前にも及びます。そんなおふたりの出会いがついに、バッキー井上著『人生、行きがかりじょう』(ミシマ社)のなかで明らかに!

 刊行を記念して、2013年10月25日、大阪にてトークイベントが行われました。
 はたして22世紀のいきかたはどっち?
 ジュンク堂書店大阪本店に、ゴングの鐘が響き渡りました!

(構成:谷野舞子 写真:新居未希)

これが22世紀の生き方や!〜だんじりvs行きがかりじょう〜

2013.11.17更新

「森」は合理的な苗字

僕がミーツの編集部にいてたときの話なんですけど、井上さん、いつも「森ですけど、江さんいてはりますか?」って電話してくるんですね。電話とった人間は「こんなん言うの井上さんに決まってはる」言うて文句言いながら、いつも僕に電話をまわしてきてました。本のなかにも出てくるけど、なんで森さんなんですか?

井上森っていう苗字は非常に合理的で、機能的やな、と思っていて。「森ですけど、江さんお願いします」って言うでしょ。そのときに、それが森であっても井上であっても原であってもあんま意味がないんです。江さんにつないでもらうためだけの苗字なので。

名前に関して、井上さんはほんまに適当なんです。うちの連載では「バッキー井上」でいこうゆう話になったと思ったら、「バッキー・イノウエ」ってカタカナにして名前にナカグロ入れてきたり、急に「井上途方」とかでくるんですよ。もっと言うたら、ミーツやる前の別冊で「井上くん、クレジット、バッキー井上にするよな?」って聞いたら、ガーっと消して「キー・チク・パイク」にしたり。そのとき「ナム・ジュン・パイク」が流行ってたんですけどね、たしか。
 そもそも名前が「バッキー」とかね...僕ら岸和田のトラディショナルなとこにしてみたら、「バッキー」とか「ハリー」とか「エディ」とか、気色悪いじゃないですか。

井上森っていうのは、要するに、江さんとつないでもらうためのあれなので。そのときに原とか言ったら、「え、羽田さんですか? 原さんですか?」って聞かれるやん。それが面倒やねん。森っていうのは、字の説明をする必要もないし、ま行とら行が入ってるんで、1番ええかなと。

井上とどうちゃうねん!

井上井上はアカンねえ。4文字だから。

あ、そうか~!

井上やっぱり、倍違うから。2文字と4文字。

なるほどね。


だんじりの勝利!?

井上僕、10代のときに水道屋さんで働いて、職人さんの手許をしてたんですよ。職人さんがあれ取ってこいとか、パイプレンチ貸せとかいうのを、全部準備しなアカンのですね。一日中職人さんの準備ばっかりなんです。違う職人さんなると仕事のやり方も違うし、仕事の内容が違うと、職人さんの仕方も違ったりして。企画会社入ったり、デザインさしてもらったり、漬け物屋さんにしても、全部その水道屋さんの手許をしてたときのを、ずーっと形を変えてるだけでね。

広告屋も漬物屋も一緒って書いてありますね。そうやって考えたら、楽なんやけどな。

三島まあ、普通なかなかできないですよね。

井上でも、失敗を適当にしないとアカンのですよ。広告会社にしても漬物屋にしてもいろいろあったんですよ。

それは、大失敗やないでしょ?

井上いやいや、大失敗もあるよ。漬物屋をやり始めて、東京の料理屋さんに納品するようになったんやけど、運送屋さんの采配ミスで違うところに行ってしまって、着かなかったことがあったんです。「まだ着いてへんけど」って電話がかかってきて、「いや〜、他のとこ行ってしまってて...」って説明したんやけど、どうするんやってなって。そのときに、「明日になります!」って言うたんですよ。それをすぐに、持って行ったらよかった。持って行くときの新幹線の往復代3〜4万円くらいをパスしてしもた。

俺なんか、祭やってるから、持って行くのは当たり前の話で。祭の日にだんじりがぐわーと走って行って、ばーんってぶつかって屋根とんだら、だんじり大工がよその町で祭りやってても、全員その町の祭を離れて、屋根とんだとこのだんじりを徹夜で修理する。「俺んとこ祭、やってるから」ってナシやもん。そんな発想ありえへん。
 持ってこい言われたら、持って行く話で、真剣に「困った困った」って言われたら、「わかりました。持って行きます」って言う。そんなんで成り立ってるから。

井上せやけど、俺は、そんなん持って行くって考えられへんねん。持って行ってしまえばよかったんやけど、そういう選択肢はなかったねえ。

そこはちょっとだんじりのほうが勝ちやな。僕らのほうがオーセンティックだから。そんな現場をなんぼでも見てる。それが22世紀やと思うねん。

井上俺、22世紀ちゃうもん。

会場(笑)


行きがかりじょうで変わっていかなあかん

井上僕、いま錦市場で漬物屋してるんですよ。錦市場って、基本的には付加価値の高い食材を売るお店がたくさん集まっていて、京都の古い田舎とか東京から来た人が京都に来たら、錦のどこどこでなにを買って帰るっていう人がいて、そういうので成り立っていた市場なんです。

うん。

井上 ところが、たとえば魚屋さんの場合、遠くから来たら持って帰れないでしょ? 昔は近くに住んでいる京都の人らが買いにきてたんですけど、今はスーパーで買うほうが便利じゃないですか。そしたら、店の売り上げが足らなくなってきた。

まあ、せやろなあ。

井上それで、お箸屋さんや雑貨屋さんに店舗を貸したり、魚屋でも串に刺したカルパッチョを売ったりしはじめたんです。そしたらそのうち、錦市場全体が歩いて買い食いをするところだと紹介する雑誌が増えたんですよ。それを見ると、ここはこういう場所だということで、そういう行動をしに行くでしょ。どんどんそうなっていくんです。ほんで今度は、元々来てた富裕層の「いい魚買おう」とか「いつも決まってたところで○○買おう」って思ってた人が来なくなる。市場全体が急激に変化してきている。ものすごいスピードで。ずーっと昔のやり方をしてた店が、やめてしまうんです。で、東京の土産物屋とかに高い値段で(店舗を)貸せるので、そうしてしまうんです。
 それを嘆いてはるお客さんもたくさんいるんやけど、僕は変わった市場に対して、僕も変わらなアカンと思ってるんですよ。変わらな生きていけない。
 磯辺の生き物は、岩の隙間にしか食い物がなかったから、岩の隙間に入っていける口になっていく。せやから、僕も「老舗だから変わらない」っていうのじゃなくて、行きがかりじょうで。行きがかりじょうを否定したらみんな死んでしまう。

時代が変わってきて、魚屋に行かへんもんなあ。ほんで、みんな魚屋で買ってきた魚を家で捌かへんし。

井上錦のことについて書いてる人も、「錦ももうだめよね〜」っていうのばっかりやねん。昔のおもむきがないとか。

そんなんどこでもそうやんか。うちの商店街、シャッター商店街とおり越して、「安楽死型商店街」って言われてるからな(笑)。土地や物件の借り手なんかあらへん。魚屋がなくなるっていうのもほんまにそう、みんななくなってしもた。


つぎはぎだらけのパッチワーク人生

ところで三島くん、この本(『人生行きがかりじょう』)は手かかりましたの? 一番「ここや!」ってとこはどこ?

三島小説「佐知子」(の部分)じゃないですか? 全文掲載はけっこう勇気がいりました。

あれ当時、僕も原稿もらってましたわ。これを「メアカってなんや?」って聞くやつはまったくアカン。井上の策略にハマってしもうとるから。佐知子おもろいですよね。なかなか小説的な作り方はイケてるとこありますよね。前も女医さんの小説書いてたし。
 せやけど、女医さんとか好きですね、井上さん。ミーツの「昼に酒を飲む」って特集のときに、いきなり、「昼に飲む酒はなぜうまいのか」この頃よく行ってる女医さんに聞いたら、「それはアナタがおいしいと思うからおいしんじゃないの?」って言われて、女優さんは正解である...ってそこから話が始まって。出だしうまいなあと。あの、女医さんのなにがええんですか?

井上女医さんいうても、僕よりだいぶ年上の女医さんなんですけど、ちょっと壁があるんですよね。それがいい。

そういう話じゃなくて(笑)、なんでネタにするんやっていう話。書くときの一行目に、真っ先に思いつくことって唐突でなんの脈絡も必然性もなく理不尽に出てくるものじゃないですか。いきなり頭に女医さんを持ってくるのは、テクニックではないでしょ? ぱっと頭に浮かんだものをしゃしゃっと書くというか。

井上僕は原稿を書く時間がもったいないので、できるだけ前もって書いてるんです。そこらじゅうで。

それ、毎晩毎晩やってるの? それは偉いわあ!

井上それをつなぎ合わせていってるだけやねん。パッチワーク。こんな服やったらここ破れたらアカンけど、パッチワークやったら、つぎはぎつぎはぎでええわけで。行きがかりじょう。服も文章も全部(笑)。

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バッキー井上(ばっきー・いのうえ)

本名・井上英男。1959年京都市中京区生まれ。
画家、踊り子などを経て、現在の本業は錦市場の漬物店「錦・高倉屋」店主。そのかたわら、日本初の酒場ライターと称して雑誌『Meets Regional』(京阪神エルマガジン社)などに京都の街・人・店についての名文を多く残す。独特のリズムと感性をまとった店語りは多くのファンを持つ。

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