からだのなかの微生物

第1回 私たちの身体は、微生物の住み処?

2015.03.16更新

「微生物」について、どれくらい知っていますか?

 なんとなく名前くらいは知っているけれど、あまり詳しくは知らない・・・おそらく、そんな方が大半なのではないでしょうか?

 "微"生物なんて言いますが、あくまで小さな生き物というだけで、私たち人や猫や犬、ゾウやキリン、花や木々などと同じ「生物」の仲間たちです。
 ただし、私たち自身が人なので「人」を知らないと方はいないでしょうし、猫や犬を見たことがない方もほとんどいないでしょう。また、ゾウやキリンは動物園へ行けば見ることができますし、花や木々も身の周りに溢れています。
 しかし、きちんと微生物を見たことがある方はほとんどいないと思います(あったとしても、中学や高校の理科の授業で、顕微鏡を使ってゾウリムシを見た事があるくらいでしょうか?)。

 微生物。私たちの目には見えないので、普段、気にすることはほとんどありませんが、微生物はあなたの身近の至る所に住んでいます。
 金魚の水槽の中、庭の土の中、近所のため池の中、空気中に漂っていることだってあります。

 それだけではありません。実は、あなたの身体の中にも、微生物はたくさん住んでいます。
 微生物が身体の中にいるのは病気のときだけ、と思っている方も多いかもしれませんが、そんなことはありません。
 私たちの身体の中には、とくに悪さをすることもなく(時には良いことをしてくれたりしながら)、常にたくさんの微生物が暮らしています。
 身近といったら、私たちの身体に勝るものはありませんよね。それくらい、微生物というのは身近な存在なのです。

 私たちは身体を持って、日々を暮らしており、私たちにとって「身体」というのは、自分自身を決定づける重要な存在です。
 しかしながら、微生物の立場に立ってみると、私たちの身体というのは、どうやら魅力的な、まるで「お菓子の街」のような住み処のように見えているようです。

 私たちの身体、それは、微生物の住み処。

 これから、私たちの身体を住み処として暮らしている微生物たちの生き方を通して、あまり知られていないミクロの世界について紐解いてきましょう。

 さて、微生物。
 肉眼では直接見る事は難しいですが、顕微鏡のような装置を使うと見えてくる、そんな小さな生き物たちの事を「微生物」と呼びます。

 多くの方々にとって、微生物は病気を引き起こす存在として、馴染み深い存在のはずです。
 たとえば、風邪は「細菌」の仲間が原因の病気ですし、インフルエンザやAIDSは、「ウイルス」の仲間が原因です。足に水虫ができてしまうのは、カビの仲間である白癬菌が原因で起こります。アメーバ赤痢や、マラリア、トキソプラズマ症のように単細胞性の寄生虫で引き起こされる感染症もたくさんあります。

 日常生活に直接関わりのある微生物は、病気の原因となるものが多いので、「微生物」と聞くと、あまり良いイメージを抱かない方が多いかもしれません。

 遅れましたが、はじめまして。
 この春から、ミシマガジンで連載させていただくことになりました。
 私は、普段、アメーバやゾウリムシ、ミドリムシのような、池や湖に住んでいる微生物たちの研究をしています(具体的にどんな研究をしているかは、今後の連載の中で、おいおい触れていこうと思っています)。
 ゾウリムシやアメーバ、ミドリムシは、中学・高校の理科の教科書などでお馴染みです。しかしながら、それらは人に病気を引き起こしたりすることがあるわけでもなく、基本的に日常生活に関わる事がない生き物です。なので、それらの名前を聞いたことがあったり、写真を見たことがあっても、実際にどんな生き物なのかを知っている方は少ないかもしれません。
 ですが、彼らは、目には見えないだけで、私たちの身近の至る所に住んでいます。たとえば、家の中の水槽の中を顕微鏡で覗いてみると、ゾウリムシが泳いでいるということはよくありますし、緑色に濁った池の水をとってみると大量のミドリムシ増えているということも珍しくありません。
 水の中以外にも、湿った土の中には、たくさんの種類のアメーバが住んでいたりしますし、コンクリートが緑色になっていたりすると、そこには大量の単細胞藻類が住んでいるということもあります。
 微生物とは、目に見えない為に、その存在に気づく事はほとんどありませんが、実はとても身近な存在なのです。

 一般的には、病気の原因となって恐いというイメージが強い微生物ですが、私のように、外界で自由に生きていて、とくに人と関わることのないような微生物たちの生き様を見たり調べたりしていると、人間の身体というのもまた、池や湖と同じく、微生物が暮らしている一環境に過ぎないというように思えてきます。

 微生物も生き物なので、私たちと同じく、生きていくためには外界から栄養を得ないといけません。
 なので、微生物が多く住んでいる環境というのは、栄養がとても豊富な環境であることが多いです。
 たとえば、水槽について考えてみると、お魚を飼育しているうちに、餌の食べ残しや糞が蓄積したり、光があたって藻類が光合成して増えることで、水中の栄養が豊富になり、微生物がたくさん増えて、どんどん濁っていきます。
 定期的に水槽の水を綺麗にしないといけない本当の目的とは、水が濁ったからということではなく、水に蓄積した栄養を取り除くことで、微生物が住みにくく増えにくい環境にするという所にあります。

 栄養が豊富という点では、私たちの身体というのは、とてつもなく栄養に満ちあふれた存在です。私たちは、日々の食事を通して、糖やタンパク質、脂肪などの栄養を得て、身体を作ったり、身体に蓄えたりしています。
 
 体重が60kgの人を思い浮かべてみて下さい。簡単に考える為に、人の体積(L)は、体重(kg)とほぼ同じとすると、その人の体積は約60Lになります。
 私たちがその60kgの人に出会ったとしても、たいして何も思わないでしょうが、たとえば、半径が0.01 mmの球状の微生物(体積は約1兆分の4L)にとっては、その60kgの人というのは、自分の体積の約15兆倍もある存在(※)で、しかも、糖やタンパク質といった栄養の塊です。

 自分の10兆倍の大きさもある栄養の塊。

 それは、もはや食べ物とかいう次元を越えた、住み心地の良さそうな「お菓子の家」、いえ、「お菓子の街」かもしれません。

 このお菓子の街は、皮膚という壁があり、鼻や口(あるいは肛門や生殖器)という入り口があり、全身に張り巡らされた血管とそれを流れる血液という運河があり、内臓や脳といった多数のランドマークがあります。さらに、それらは細胞という小さな部屋によって構成されており、その中にも空間が広がっています。なかなか面白そうな街です。
 しかしながら、この一見、魅力的な街に入ろうと思うと、免疫システムという兵隊がやってきて、その侵入者を排除しようとしたり、時には、殺されてしまうこともあります。

 免疫システムの兵たちを、見つからないようにしたり、騙したりしたり、強行突破したりして、見事、このお菓子の街に暮らすことを果たした存在。彼らこそが、「からだのなかの微生物」です。
 私たちにとって、身体の中の微生物とは、目に見えない侵入者ですが、微生物にとっての私たちとは、免疫システムという敵はいるものの、栄養に満ち溢れた広大な住み処なのです。

 身体の中の微生物には、住み処を提供している私たちにとって、善い影響を与えるものもいれば、悪い影響を与えるものもいます。あるいは、普段は特に何も影響を与えず、密やかに暮らしていたと思えば、突然、善い影響や悪い影響を与えてくるものもいます。
 この連載では、私たちの身体を微生物の住み処ととらえてみて、その住み処の中で暮らしているさまざまな微生物について紹介していきます。


※半径が0.01 mm(=0.001 cm)の球状の微生物の体積は、(4/3)×3.14×0.001×0.001×0.001 cm^3 = 約1兆分の4 L。したがって、体積が60Lの人は、その微生物の、60 L÷(1兆分の4 L) = 約15兆倍の大きさとなる。

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早川昌志(はやかわ・まさし)

1987年生まれ。微生物の研究をしながら、微生物に関する教材を作ったり、イベントの企画をしたりしています。

現在は、神戸大学大学院理学研究科生物学専攻博士課程在籍、日本学術振興会特別研究員(DC1)。

Twitterアカウント → @Markchloro

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