きんじよ

第30回 わがし

2017.03.12更新


 五歳の誕生日パーティのさなか、同い年の友達、そのおとーさんおかーさんと大騒ぎしている居間から台所にやってきたひとひは、ケーキ用のローソクを準備している園子さんにむかい、
「あのねえ、おかあさん、ちょっと、おねがいがあんねんけど」
 といった。
「いいわよ、ぴっぴ! ぴっぴのおたんじょうびなんだから!」
 園子さんはいった。
 ひとひはほっと息をついて、
「じゃあねえ、ぴっぴ、ケーキ、たべなくってもいい?」
 自家製ケーキの焼き上がりを待ちかまえていた園子さんの目は、一瞬、金槌で横殴りにされたみたいにモーローとなった。が、なんとか気を取り直し、
「そ、そうか。じゃあ、ぴっぴ、なにがたべたいのかな」
 ひとひはにやり、と微笑むと勢いをつけ、
「わ、が、し!」
 と叫んだのである。
 もともと、渋いものが好きだった。僕が酒飲みなので、結婚した当初から、園子さんの手料理が、もともとアテ系に流れがちだったこともあるだろう。魚は、三浦半島の三崎から、宇宙一の魚屋まるいちの美智世さんの手で、よりすぐりのものが直送される。二歳のころからすっぽん食堂ツバクロから子供用Tシャツを作ってもらえるほどの常連である。いちばん好きなのは、ときくと、
「やまがたの、たまこんにゃくと、おふ!」
 とこたえる。
 去年、回転寿司屋での第一声が、
「えーと、ふぐ、ありますかあ? あったらあ、ちいさくにぎってえ、あかい、からいやつ、つけんとってください」
 だった。
 おおきに屋さんで粕汁を出され「これは、お酒がおいしさはよくわかるけど、よっぱらわへんから、こどももだいじょうぶ」と説明してやると、ひと口すすり、
「おとーさん、ずるいわ。こんなん、まいにちひとりで・・・・」
 とつぶやくや一気にかっこんでしまった。
 といって甘いもの、洋菓子を拒絶しているわけじゃない。世のおっちゃんらは、いま子どもたちのあいだでどれほど豊かな「グミ文化」がひろがっているか、想像したこともないだろう。コンビニで一度しゃがんでみるとよい。ガムより、キャンディーより、いまお菓子コーナーで幅をきかせているのは、ほかならぬグミだ。いつからそうなっているのか見当もつかない。グミってこんなに可能性を秘めていたのか、とその多様さにびっくりする。ひとひはまだガムはかまないしコーラは飲まないがもうずっとグミに夢中だ。
 京都市動物園の北側に、園子さんの愛する洋菓子屋Chekaがある。ここの名物はシュークリームで、注文をきいてから、シュー皮のなかにクリームをぱんぱんに注入してくれたものを、その場で食べられる。ひとひもこのお菓子が大好きだったのだが、こないだ動物園の帰りに寄ったら、
「すんませーん。シュークリームの、クリームぬきで、おねがいしますう」
 と、驚愕の注文をした。
「いや、ちょっとくらいいれてもろたら? 半分くらい、みたいなリクエストもたぶんできるで」
 と諭したのだが、かたくなに拒み、ベンチでシュー皮だけをかじりつつ、
「アー、やっぱり、これにしといてよかったわー」
 と満ち足りた顔を輝かせていた。
 僕がお茶をかじっていたこと、一保堂さんとつきあいがあることなどから、たしかに、和菓子がうちのなかにはいってきやすい環境ではあったかもしれない。鴨川河原での野球や、御所でのBMX遊びのあと、
「おやつ、なにがええ」
 ときくや、最後までいわせず、
「わがし!」
 と即答する。
 いちばんのお気に入りは、木屋町三条下ル「月餅屋」のお干菓子。「りゅうすい」「まつば」「てふてふ」「まつ」など、銘をすべて暗記している。このお店はわらび餅がたいそうおいしいのだが、あんこ嫌いのひとひは、あわ餅のほうが好み。
 寺町御池のアーケードをはいったところの「小松屋」では、麩まんじゅう。玉わらび。お店のおねえさんと顔なじみなので、市役所前広場で遊んだあと、その流れのままこちらに向かうことが多い。
 岡崎公園で遊んだあとは、二条通の「よもぎ 双鳩堂 二条店」で、「はと餅」を。これはあんこがはいっていないため、たいそう好みで、おなかがすいていたら二個たべてしまう。
 京都の和菓子屋さんは「おまんやさん」と「おもちやさん」に分けられるが、ひとひが好きなのは圧倒的に後者だ。
 「たまこんにゃく」といい、「おふ」といい、やわらかない、くにゅくにゅしたものを好む傾向があり、味というよりまだ食感で選んでいるのかも、とおもったりする。が、ここ最近、いちばん食いつきがよかった「くにゅくにゅしたもの」は、お正月にホホホ座三条大橋店のイベントで出た、ツバクロの「すっぽんだしのお雑煮」だったのをおもいだした。つきたてのおもちとすっぽん団子、すっぽんコラーゲンが、絶妙のバランスで浮かぶあのお椀を、ひとひはひとりで四杯おかわりしたのだった。






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いしいしんじ

作家。大阪生まれ。現在、京都のミシマ社の「きんじよ」に在住。2016年 『悪声』で第4回河合隼雄物語賞受賞。6月に新刊『海と山のピアノ』を刊行予定。お酒好き。魚好き。蓄音機好き。

KBSラジオ「いしいしんじのころがるいしのおと」を毎週火曜日午後9時半から放送中。イベント「いしいしんじとコロちゃんの(だいたい)78回転のアルバム」を京都・誠光社にて定期開催中。

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