きんじよ

第28回 あのまろかりす

2017.01.16更新


 むこうから走ってくる市バスのフロントを一瞥しただけで、
「あ、いすゞ」
「にっさん、ディーゼルの、あたらしいの」
「うわ、ひのの、めっちゃふるいやつ!」
 などとメーカーを見分け、いまもっとも気に入っているミニカーはランチア・デルタ(グループB仕様)という、あいかわらずカーキチぶりを発揮している六歳のひとひが、昨年秋からもうひとつ、乗り物以外にはまりだしたものがある。
 化石だ。
 はじまりは東京、上野の、科学博物館。近くの寛永寺での法事の帰り、僕とひとひのふたりで、サメかクジラの展示でもみようか、といいながら出かけた。「宇宙のはじまり・ビッグバン」のコーナーに、ひとひはまず、衝撃をうけたみたいだった。
「おとーさん...」
「なんや?」
「ビッグバンがなかったら、イルカも、ラッコも、イヌも、なんも、いいひんのん?」
「うん、そやな。なんも、いいひん」
「ふーん」
 と納得顔でうなずき、
「ビッグバンくんて、えらいな!」
 つづいて古生代。
 カンブリア期における、生命のいわゆる「大爆発」。それまで、この天体上に数十種しかいなかった生物が、突如一万種以上に増えた。現在の動物につながるデザインがこの時機に出尽くしたといわれている。そのうちのスター、世間的に、もっとも形が知られている「アノマロカリス」の化石、それに、コンピュータグラフィックスの映像をえんえん見つめたあと、ひとひは、まるで小さな風船を口から浮かべるみたいに、
「...カワイイ!」
 とつぶやいたのだ。
 売店で買ってかえったのは、むろん、アノマロカリスのフィギュアだった(そんなものがあるのだ!)。東京のおばあちゃんにも、オミヤゲに、アノマロカリスのふわふわストラップを買って帰った。その後、図鑑でカンブリア期のことを調べた。アノマロカリスがこの時代最強の生物だったこと、「さんようちゅう」や他の動物をバリバリかみ砕いて食べていたことを知って、ひとひはひどく誇らしげな顔になったが、
「でも、ピッピのアノマロカリスくんは、やさしいよ」
 と笑い、毎晩ふとんにいれて一緒に寝た。もうひとりのパートナーはものすごくリアルなドバトのぬいぐるみ「はとしましま」。六歳児と鳩とアノマロカリスが川の字になって寝ている様は相当キテレツだ。
 友達の「ゆうくん」は、何年も前から恐竜マニアで、十二月の誕生日に、なにかそういう類いのものを贈ってあげよう、ということになった。三条通アーケードの「クリスタルワールド」の前を通りかかり、ワゴンのなかをのぞくと、おお! 「モササウルスの歯」の化石が。しかも2000円と少し。これはプレゼントにぴったりだ。ひとひもいっしょに躍り上がって喜び、そして、
「おとーさん、ピッピ、かせきも、すきになってきた」
 といった。
「かせきかあ! じゃあ、ほんもの、みにいこう!」
 さっそく翌週、御所の西側、KBSのすぐ南にある「益富地学会館」を訪ねた。ウミユリ、サンゴ、アンモナイト。じっと見入るひとひの横顔をうかがうに、石のかたまりに生き物がめりこんでしまっている、という状態がふしぎで、おもしろくてたまらないらしい。
 恐竜の卵、恐竜のうんち。水に浮かぶ石、叩くとふしぎな音がする石。ぜんぜん動かないものに、ひとひがこれほど熱中するのはうまれてはじめてのことだ。いや、ひとひにとってしたら、化石は「動かない」どころか、まだ動いている、活動している真っ最中の状態に、感知されるのかもしれない。この地球という石のかたまりが、とまっているようでいて、時速1700キロのスピードでまわりつづけているのと同じように。
 同じ日の午後、「はしご、はしご」と歌いながら、「京都大学総合博物館」にでかけた。毎土曜日に、エントランスホールで「こども博物館」なる催しがひらかれている。生物、鉱物、考古学など、専門のちがう若い研究者がブースにわかれ、骨格模型や岩石を並べて、クイズをだしたり絵を描いたりしつつ、科学の世界へいざなう。
「お、いいのもってるじゃん!」
 と、声をかけてきたおにいさん。イルカやサメの頭骨がテーブルの上に置かれている。ひとひは手に、愛するアノマロカリスくんを握りしめている。うれしげに差しだすひとひに、おにいさんは、
「あのさ、それのほんものが、ここにあるって、知っててきた? 知らなかった?」
 といった。ひとひは目の前にビッグバンくんが飛びだしてきたみたいな顔になった。
「あ、知らなかった? じゃ、おいで。すぐそこにあるから」
 おにいさんは早足で展示室へ。ひとひは電磁石がはりついたみたいにあとを追う。はいってすぐの、いちばん目立つガラスケース。その上段にアノマロカリスくんの化石が展示されていた。ひとひは、自分のアノマロカリスをそちらへもちあげ、
「おーい、おーい、ひさしぶりー!」
 といった。化石も手を振ってみえた。五億五千万年ぶりの再会だ。
「この博物館の、前の館長が、カンブリア大爆発の専門家だったんで」
 とおにいさんは僕に話しかけ、そしてひとひをふりむき、
「ほら、最初発見されたのは、アノマロカリスの、あの触手だけだったの。なんか、エビのしっぽに似てるっしょ。だからさ、アノマロカリスの「アノマロ」って、へんな、って意味でね。「カリス」は、エビ、の意味。アノマロカリスって、つまり、へんなエビ、って名前なんだよ」
 博物館の売店で、ひとひに拝み倒され、アノマロカリスの主食だった、三葉虫のちいさな化石を買った。やはり、ひさしぶりー、と互いを挨拶させてから、
「おとーさん、このアノマロカリスくんは、さんようちゅうくん、たべへんで。おともだちなんやで」
「ああ、そやろな。わかってるよ」
「な、おとーさん!」
 ひとひは三葉虫のひだひだを見つめながらいった。
「ぴっぴ、すきなん、まず『かせき』。それから、バスとか、でんしゃとか、のりものになったん」
「そらあ、すごいなあ」
 そしてクリスマスの朝。ひとひの用意したワイン、チーズ、生ハムのかわりにサンタクロースが残していった贈り物は、つぎのとおり。
 海上自衛隊のヘリコプターS61Aシーキングの大型模型。
 図鑑「大むかしの生物」。
「カンブリア生物・ミニモデルセット」。アノマロカリス2体、オパビニア、ハルキゲニア、マルレラ、カナダスピス、オレノイデス、ウィワクシア、ピカイア、の全9体。


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いしいしんじ

作家。大阪生まれ。現在、京都のミシマ社の「きんじよ」に在住。2016年 『悪声』で第4回河合隼雄物語賞受賞。6月に新刊『海と山のピアノ』を刊行予定。お酒好き。魚好き。蓄音機好き。

KBSラジオ「いしいしんじのころがるいしのおと」を毎週火曜日午後9時半から放送中。イベント「いしいしんじとコロちゃんの(だいたい)78回転のアルバム」を京都・誠光社にて定期開催中。

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