木のみかた

第40回 数百万年ぶりの里帰り

2016.12.01更新

 グーグルマップで街の航空写真を見ていると、並木がよく目立ちます。
 とくに車で走っていると、どんな街の目抜き通りにも並木が植えられていることがよく分かります。
 並木の歴史は古く、1300年以上前に造営された奈良の平城京にもありました。

 並木のコンディションは、その地域の樹木文化の指標の一つになると思います。しかし残念ながら、現在の日本には良くない状態の並木がとても多いです。
 太い幹や枝を容赦なく伐られてコンパクトになっている並木たちを見ると、僕の体の一部も伐られたような気がして、いたたまれなくなります。

 日本全国の並木の中で、もっともたくさん植えられている樹種は、銀杏( いちょう )です。
 2007年に国土交通省が行った調査では、日本全国で並木として植えられている銀杏は、なんと58万本にもなります。

 そんな銀杏( いちょう )は街を歩くと目にする機会が多いですが、他の木とはケタちがいの悠久の歴史を持っています。
 
 銀杏が地球上に現れたのは今から2億年も前のこと。恐竜が闊歩していた頃、北半球で広大に繁栄していました。まさに生きている化石で、これほど大昔から種としてありつづけている木は、世界中を見渡してみても片手で数えられるくらいしかありません。
 他に思い浮かぶとすれば、蘇鉄( そてつ )や1994年にオーストラリアで発見されたばかりのウォレマイパインくらいでしょうか。

 イチョウという名前も不思議なひびきを持っています。
 語源にはいくつかの説があって、中でも最有力とされているのは中国語の鴨脚( ヤーチャオ )が訛ったという説です。
 あまり知られていませんが、じつは銀杏は中国に自生している木で、日本には自生をしていません。
 2億年のあいだ、地球上には数多( あまた )の気候変動が起こりました。大きな隕石も落ちました。
 北半球で広大に繁栄していた銀杏たちは、そんな2億年の大変動の結果、中国の奥地でかろうじて生き残りました。まるで南アフリカのコモロ諸島近くの深海で息をひそめていたシーラカンスのように。

 そして彼らは今から約1000年前に、人の手によって日本に渡ってきました。それが日本人が最初に見た銀杏です。中国から来た珍しい木ということで、寺社などの聖地の、とくに目立つ場所に植えられました。さぞ大切にされたのでしょう。その珍しい木は、中国人たちが呼んでいたヤーチャオと、そのままの名前で呼ばれました。

 今でも、何百才という巨大な銀杏が、北は青森県から南は宮崎県の広範囲に生きつづけています。並木で植えられている銀杏とはまったく異なる、別次元の姿の巨木ばかりです。



 日本に自生していた銀杏が絶滅したのは数百万年前です。それから人の手によって、彼らは日本への里帰りを果たしました。

 並木に植えられるための条件は「 何度剪定しても枯れない。排気ガスをたくさん浴びつづけても枯れない等、とにかく丈夫なこと 」「 街では希薄になりがちな季節感を演出してくれること 」があげられます。銀杏はその条件を見事に満たしています。

 銀杏には雄の木と雌の木があって、雌の木は銀杏( ぎんなん )を実らせます。
 日本が貧しくて食糧難だった頃は、秋になるとみんなこぞって拾っていたのですが、今は拾って食べられることも少なくなって、その独特な匂いが忌み嫌われることも多くなり、役所にはひっきりなしに苦情が来るようです。
 そのために、最近は銀杏の若木を植えるときは、雄の木ばかりが植えられるようになりました。
 銀杏( いちょう )が帰ってきた故郷・日本は、数百万年前とは違う場所になっていました。
 もはや銀杏( いちょう )は森の中では芽吹くことができなくなって、銀杏( ぎんなん )を好んで食べていた動物も絶滅しました。そのために自然度が高い森の中では、銀杏( いちょう )は1本も生えていません。

 ところが街中には、地面に落ちた銀杏( ぎんなん )から芽生えている銀杏( いちょう )の赤ちゃんを見かけることがあります。街の土は、森の土と比べると銀杏( ぎんなん )を攻撃する菌が少ないようです。

 銀杏の赤ちゃんたちが初々しく芽生えている光景は、なかなか神々しいです。

 数百万年ぶりの銀杏の復活は、大自然からではなく、街からすでに始まっているのかもしれません。


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三浦豊(みうら・ゆたか)

1977年京都市生まれ。森の案内人、庭師。
日本大学で建築を学んで、庭師になるために京都へ帰郷する。
修行を2年間してから、日本中を巡る長い旅に出た。
2009年の春に京都に帰り、現在は京都府城陽市に住んでいる。

今、ホームページの「日本列島の点」を徐々に増やしている。
点は僕にとって「かけがえのない場所で、いつか日本列島が真っ白になったらいい」と願っている。
よかったら見てやってください。

旅が終わったと言っても、方々へ行きつづけている。それはずっと続けたい。
仕事の傍ら、自宅の庭のお手入れを一人で、人工林のお手入れを仲間とやっている。
古今東西の音楽と落語を聴くのが好き。温泉とラーメンも好き。

三浦豊

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