木のみかた

第41回 この木なんの木? 読者さんからの質問編

2017.06.05更新

 森の案内人・三浦豊さんのデビュー作! この連載をもとにした一冊『木のみかた』が2017年3月に刊行となりました。
 
 本を読んでくださった方からさっそくお手紙などたくさんのご感想をいただいていますが、ある日編集部に「本を読んで、三浦さんにこの木がなんの木かどうしても教えてほしい」というメールが。
 おお、まさにリアル「この木なんの木」だ...!

 ということで、三浦さんに謎の木を尋ねるメールをお送りすると、すぐに詳細を微に入り細に入り書いてくださったメールが届きました。
 とっても面白かったので、リアル「この木なんの木」をウェブでもお届けします。

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質問
 京都の、地下鉄丸太町駅の交差点にある「大丸ヴィラ」という西洋建築(京都市有形文化財・ヴォーリズによる設計)の正面に高くそびえている木が、一体何の木なのかずっと気になっています。
 もう4年も前から、この木の名前は何なんだろうと知りたかったのですが、わかりませんでした。大きな実がなります。



 京都御苑、すばらしい木がたくさん生えていますね。僕も大好きな場所です。大きな榎(えのき)の枝下についているセミの抜け殻、あれはまさに圧巻ですよね!

 烏丸丸太町の交差点の北西のコーナー(地下鉄丸太町駅の上)にある、大丸ヴィラという西洋のお城風の建物の正面に高くそびえている、気になられている木ですが、あの木はヒマラヤスギです。
 立派な木で、建物にもよく馴染んでいますね。

 ヒマラヤスギは、名前のとおり、ヒマラヤ山脈の北西部からアフガニスタン東部にかけて自生している木で、日本には明治12年頃に渡ってきました。
 スギという名前が付いていますが、大きな松かさ(松ぼっくりのことです)を付けて、直射日光を好み、針のような葉を茂らせることなどの特性を考えると、スギではなくマツの仲間になります。

 なぜスギと名づけられたのかというと、明治時代に日本へ渡ってきた際に、 himarayan cedar と名づけられていた英名から、cedar を杉と訳したことから。
 cedarはスギを直接指す英語ではないので、明治時代にヒマラヤスギと名づけた当時の翻訳者さんの誤訳ともいえます。

 ヒマラヤスギの近縁種には、レバノンスギという、古代メソポタミア文明やエジプト文明をはじめとした地中海文明を支え続けた木がいます。
 でもレバノンスギの森は大多数が伐採され尽くされて、今は砂漠になっている所が大多数です。
 残っているレバノンスギは千本くらいしかいないというのを聞いたことがあります。レバノンという国の国旗にもなっています。

 またヒマラヤスギは非常に大きくなる木で、ヒマラヤ山脈近くの自生地では、神聖な木とされているようです。
 ただ、その大きな姿には似つかわしくないほど根の張りが浅いようで、台風などで倒れやすいです。

 大正13年に、公立としては日本で一番最初に開園した京都府立植物園。開園当初はヒマラスギの並木がありましたが、室戸台風でその大部分が倒れてしまいました。
 でも、今でもその中の数本が生き残っていて、見事な巨木になっています。
 京都府立植物園の正門近くに数本と、噴水がある西洋ガーデン付近と、針葉樹林内の3カ所に数本ずつ生えています。


 あと、東京の谷中のY字路に大きなヒマラヤスギが生えていて、町のシンボルにもなっています。
 その写真を添付しておきます。

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三浦豊(みうら・ゆたか)

1977年京都市生まれ。森の案内人、庭師。
日本大学で建築を学んで、庭師になるために京都へ帰郷する。
修行を2年間してから、日本中を巡る長い旅に出た。
2009年の春に京都に帰り、現在は京都府城陽市に住んでいる。

今、ホームページの「日本列島の点」を徐々に増やしている。
点は僕にとって「かけがえのない場所で、いつか日本列島が真っ白になったらいい」と願っている。
よかったら見てやってください。

旅が終わったと言っても、方々へ行きつづけている。それはずっと続けたい。
仕事の傍ら、自宅の庭のお手入れを一人で、人工林のお手入れを仲間とやっている。
古今東西の音楽と落語を聴くのが好き。温泉とラーメンも好き。

三浦豊

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