喫茶店入門

第8回 (最終回)これからの時代のお店のカタチ

2009.10.23更新

やりたいこととやってほしいこと。

これまでに「自分軸」と「他人軸」とのバランスの重要性について触れてきましたが、どちらに軸を置いて始めるにせよ、お店を始めて長く続けていくためには、最終的に何らかの差別化要因を持っていることが必要です。
喫茶店のビジネスとしての旬は、すでに過ぎてしまっています。そんな時代に経営を成り立たせていくのは、簡単なことではありません。

自分がやりたいことを突き詰めて、こだわった商品を提供できるお店は強い。
とはいえ今では、有名料理店で何年も修行を積んできた、海外でパティシエとして働いてきた人がカフェを開業したり、美術系大学を出た人が、自分でお店のデザインも内装も料理もセンス良く手掛けたりといったことが、当たり前になりつつあります。これから開業するに当たっては、そうしたお店との競争になるということを意識して、事前に十分な準備をしておくことが必要です。

個人経営のお店では、店主の人間的魅力は、そのままお店の魅力になります。人と話をするのが好き、何でも知っている、物事を前向きに考えられる、人と人とを引き合わせるのが上手。そうした個性を持った店主のところには良いお客さんが集まり、その雰囲気に引き寄せられてさらに新たなお客さんが集まる、そういう好循環が生まれます。

しかし、こういう場を作れる人は、それまでにいろいろな社会経験、人生経験を積んでおり、またお客さんに喜んでもらうために日々努力を重ねています。一人ひとりのお客さんが今何を求めているかに常にアンテナを張り、お客さんの気持ちを察してきめ細やかに対応する。こうした「おもてなしの心」に裏打ちされたサービスも、一朝一夕にできるわけではありません。

いずれにしても、選ばれるお店を目指すのであれば、自分を磨くこと、十分に準備すること、そして覚悟をもって臨むことが必要です。

一方で、今の時代に喫茶店・カフェを始めている人の多くは、"儲かるから"ではなく、"やりたいから"お店を始めています。自分の価値観を大事にして、自分のペースで暮らしていきたい。自分が納得いくものを提供したい。自分がブレないでいられる場所が欲しい。そこで何かを表現していきたい...やみくもに経済を追い求めるのとは違う、豊かで充実した人生を送りたい、という生き方として、お店が選ばれているのです。

そうした人たちは、多くの人に選ばれるお店になるのとは、また別の方法を模索しています。

最近では「二足のわらじ」として、本業を持ちつつお店を経営する人が増えてきています。平日は別の仕事をしながら週末だけお店を開いたり、クリエイターが事務所にカフェを併設させていたり、といったスタイルです。
仕事を辞めて、多額の資金を投じてお店を開業するのは、かなりハードルの高い挑戦です。経営が軌道に乗るまでは本業を辞めないで続ける。そういう方法が一般的になってきています。

また、店舗を持たない、という選択をする人も増えてきています。
一つは自宅でパン教室、お菓子教室から始めるという方法。家賃がかからず、お店にずっと張り付く必要もない、告知はインターネットとメール、リピーターが増え、人気が出てきたら、それからお店を持つという選択もできます。自動車を改造した移動カフェ、手作り市やフリーマーケットに出店、といった人たちもそうです。

誰かがやっているお店の空き時間を借りて営業する、空間をシェアする、という方法もあります。
夜営業のバー空間で昼間に喫茶店、昼営業の喫茶店の夜時間に夜カフェ、お店の定休日を借りて週末カフェ。こういう「二毛作営業」なお店もまた、リスク回避の現実的選択なのです。

また、やりたいことが"サロン的な場づくり"にある人たちは、自宅の一部、事務所やマンションの一室、一軒家などを使って、ワークショップ・セミナー・教室などを開催するようになってきています。出会いの場、学びの場は、カフェ=飲食業抜きでも成立するということに、多くの人が気付き始めているようです。

また、公共空間としてのお店をシェアするという営みも増えてきています。僕自身は2001年から「コモンバー・シングルズ」という形でそうした取り組みを続けてきましたが、「共有地としてのお店」という試みはかなり前からあったようです。

もうずいぶん昔、イタリア・アペニン山脈にほど近いトスカーナの峠で、「CIRCOLO=チルコロ」と書かれた店を見つけた。ポテトチップス、駄菓子、コーラにワイン、どう見ても工場から配達された菓子パンの類。これといって特別なものは何もない普通のバールだ。
少し埃っぽい店には、これまた愛想のない主人がいて、黙ってコーヒーを淹れてくれた。するとその後ろのカレンダーに日替わりで人の名前が書き込まれている。これが、どうしても気になって訊ねてみると、何と黒いチョッキ姿も堂に入ったこの主人、普段は林業に携わっているのだという。くだんの表はバールの当番表で、この日は彼の番なのだという。
つまり、山間部にあるこの村には、バールが一軒もなかったが、コーヒーを一杯飲んで一息つく、バールくらいは欲しい。ところが、個人で営業しても、十分な収益をあげるには村人の数が少なすぎる。というわけで、村中の人が、ほぼ月に一日ずつの当番制でバールを経営しているのだ。それは、町の寄り合い所としてのバールとの劇的な出会いだった。
(中略)仕事から解放されて、ほっと一息つく場。そこで人は、仕事とは違う、コミュニティなどのつながりを見出していく。人と人が、遊び心を介してつながっていく場なのである。
(島村千津「バール・コーヒー・イタリア人」光文社新書より)

最近ではコミュニティカフェと呼ばれる、収益よりも地域における場づくりを志向するお店が増えてきています。喫茶店やカフェは飲食の場というだけでなく、コミュニティの拠点として、文化的な活動の場として、また新たな経済を生み出す場として、大きな可能性を持っている。そうした認識が共有されていくことで、そうした公共的意義を持つお店を、一人の店主だけではなく複数の人たちで支えていくための方法は、今後一般的になってくるのではと思っています。

「ソロバンの時代」が終わった後の「ロマンの時代」に、一生の仕事としてお店を選ぶのは大変なことですが、人生の一時期にお店に関わることは、自分自身を広げる貴重な機会になります。お店をやりたい人たちが、自分がやりたいことを試すだけでなく、お客さんが求めていること、地域が求めていることにも敏感になり、それに応える努力をする。多くの人がそういう経験を積むことは、社会にとっても意味のあることだと思います。

お店をやりたいという人は、今でもたくさんおられます。経済的自立と自己実現、その微妙なバランスの上に乗った、新たなスタイルのお店は、今後いろいろ出てくるでしょう。そしてお店との付き合い方もより多様になっていくでしょう。多くの人たちが、その思いを何らかの形で実現するようになれば、社会全体がより良い方向に向かっていくのではないか。

そんな風に、僕は喫茶店の可能性を信じています。

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山納洋(やまのう・ひろし)

1971年西宮市生まれ。93年に大阪ガスに入社。神戸アートビレッジセンター、扇町ミュージアムスクエア、扇町インキュベーションプラザでの勤務を経て、現在は大阪21世紀協会において文化プロデュースの仕事につく。一方で、トークサロン企画「扇町Talkin’About」(2000~)、日替わりマスターによるバー空間維持活動「Common Bar SINGLES」(2001~)、表現空間としてのカフェの共同維持活動「common cafe」(2004~)などをプロデュースしている。

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