古代文字で写経

ヘブライ語で旧約聖書 第3回

2014.10.04更新

『サウンド・オブ・ミュージック』に出てくる『旧約聖書』の「詩編」

 今回から、いよいよ本格的なヘブライ語聖書の写経に突入です。これから写経していくのは「詩編」の121章です。

 キリスト教やユダヤ教に親しんでいない僕たちが『旧約聖書』といわれて思い浮かべるのは、「天地創造」や「アダムとイブ」、そして「ノアの箱舟」などが載る『創世記』か、あるいは「モーゼの十戒」や海がバーン!と割れての「エジプト脱出」などが載る『出エジプト記』などが多いですね。

 今回写経する『詩編』は、あまり知られていません(あくまでもキリスト教やユダヤ教に親しんでいない人にはね)。『詩編』は、典礼などで読まれることが多いそうです。これから読むものも対話の形式になっていて、『万葉集』や古代中国の詩集である『詩経』との関係でもとても興味深いのですが、そこら辺を話していくと長くなるので控えま~す。

 僕たちのような異教徒にはそんなに近しくない『詩編』ですが、ヨーロッパやアメリカなどのキリスト教国では日常生活の中に入っているようで、僕たちも映画などで知らないうちに耳にしています。今回の「詩編」121章も『サウンド・オブ・ミュージック』の中に出てきます。ただし、日本語字幕で見ているとわからないのですが...。

 マリアたちの家族は音楽祭で歌ったあと、ナチスの手を逃れて修道院に隠れます。その修道院にもナチスの手が伸びたときに、家族は歩いて山越えをしてスイスに行こうと決めます。そんなマリアに修道院長が次のようにいいます。DVDの時間では「02:46:04」、お持ちの方は見てみてください。

 まずは字幕で。

「常に希望を持って。神がいつも見守ってくださいます」

 ここ、実際には次のように言っています。

「常に希望を持って」は「Maria.You will not be alone.」、ひとりじゃないのよ、って感じ。「will」が使われているのがいいですね。これからもずっと、ひとりじゃないのよ。それはなぜなのかというと、次です。

 まず「Remember」。「覚えておいてね」でも、「思い出してね」でもいいでしょう。何を覚えているのか、思い出すのかというと『聖書』の言葉です。

 で、ここで詩編が引用されます。字幕では「神がいつも見守ってくださいます」となっているところです。修道院の院長は次のようにいいます。

"I lift up mine eyes unto the hills from whence cometh my help."

 これが、まさに今日、写経するところです。


絶体絶命のときに口ずさむ

 今日、写経するところの全体を『聖書(新共同訳)』で見ておきましょう。

【都に上る歌。】目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。わたしの助けはどこから来るのか。

「目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。わたしの助けはどこから来るのか。」

 これが『サウンド・オブ・ミュージック』のあの場面で観ると「私は目をあげて、私を助けてくれる方のやって来る山々を仰ぐ」に聞こえ、そしてその山々は、その後にマリア家族が越えるスイス国境の山につながり、そしてラストシーンの「すべての山に登れ(Climb Ev'ry Mountain)」の歌へとつながるのです。

 そういう意味でも「神がいつも見守ってくださいます」と訳しちゃうのは、ちょっと残念ですね。字幕は字数制限があるので仕方ありませんが...。

こ の詩編は、『サウンド・オブ・ミュージック』のように、絶体絶命の境地に追い込まれて、もう自分がダメだと思ったとき、あるいはとてもつらいことがあったとき、そんなときにを口ずさむといい詩編なんですね。前の『般若心経』の「ガテー、ガテー」に似ています。


読みがなも「右」から「左」へ

 さて、話が長くなりました。では、今日の分を紹介しましょう。

 今回からは「読みがな」を振ってみました。ヘブライ語もそうですが、読みがなも「右」から「左」に振りました。

 1行目の右の「ルーシ」と書いてあるのは「シール」と読んでください。なんでこんな面倒な振り方をするかというと、各々だいたい上の文字に対応させているからです。

 あ、それと今回のラ行には「ら」と「ラ」があります。「ら」は「L」、ラは「R」です。

 この方法はミルトスの「ヘブライ語聖書対訳シリーズ」のパクリです。これは素晴らしい本なので、もっとちゃんとヘブライ語を読んでみたいという方はぜひ!

 さて、今回のは前回までの『マイムマイム』に比べるとちょっと長いですね。4つの部分に分けて見ていきましょう。

 あ、このヘブライ語写経でも、サンスクリットと同じく文法に関してはほとんど触れませんので、そちらに興味のある方はヘブライ語の本もたくさん出ていますので、ぜひ勉強してください。


【都に上る歌。】

 では、最初のフレーズです。日本語訳では【都に上る歌。】

 カタカナで書くと「シール・らマアろット」です。本当にしつこいですが、ヘブライ語は右から左に書きます。ですから右側のが「シール」、左のが「らマアろット」です。

 最初(右)の語が「シール」です。意味は「歌」。

 この語には新しい文字がありますね。これです。

 ローマ字で書くと「r(R)」です。ちなみにこの「r(R)」、ヘブライ語のアルファベットでは「レーシュ」といいます。

 この「R」の発音は、喉の奥をぐるぐるっと震わせながらするので、強い「H」に近い音に聞こえたりします。でも、ユダヤの人って世界中にいるので、この発音ができない人も多いし、歌の中ではそこまで露骨に発音しない人もいます。普通の「R」のように発音したり、あるいは巻き舌で発音したりしていますね。

 ラ行には、この「R(レーシュ)」と、次の語にある「L(ラメッド)」があります。発音の細かいところは本連載ではあまり気にしませんが、この区別はしてくださいね。

 では書いてみましょう。これは書き順も何もないので簡単ですね。

 次の語は「らマアろット」です。

 ここには「L(ラメッド)」が出現します。ふたつもあります。ほかの文字は前にやったものばかりですね。

 この字は、上の部分がほかの文字よりもちょっと上が出るのが特徴です。では、書いてみましょう。

 さて、実はこの「らマアろット」という単語は文法的に説明すると、ちょっと混乱しちゃう人がいそうなので、今回は【「ら」と「マアろット」に分かれる】とだけ覚えておいてください。ヘブライ語は動詞が「えっ!」という変化をするので面倒なのです。

 というわけで...

「ら」前置詞(to)と冠詞(the)がくっついた形
「マアろット」登ること、階段

...です。

 で、「シール」が歌でしたから「シール・らマアろット」で「登ることの歌」となります。

「登る歌」って何に登る歌なのかといいますと、『聖書』でここの訳を見ると【都に上る歌。】とありますから都に上るのです。ここでいう都はエルサレムです。

 いま読んでいるのは「詩編」121章ですが、詩編120章から134章まではすべて【都に上る歌。】から始まる「都上りの歌」グループです。エルサレムでの祭礼に参列するために赴く旅人たちの歌です。

 このフレーズはタイトルです。

 さて、いつもはここで次に行くのですが、今回はここまでの「シール・らマアろット」というフレーズを歌ってみましょう。歌うときには、この2語がくっついて「シーラマアロット」と聞こえます。さあ、どうぞ~!

 最初にリズムがないもの、そして次にリズムをつけてあります。字幕は歌いやすいように「シーラマアロット」でいきます。


わたしは目を上げる

 タイトルに続いて、旅人は目を上げます。カタカナで書くと「エサー・エナイ」。

 ここ、いいところですね。つらさ、苦しさにうつむいていた人が目を上げます。『伊勢物語』の東下りを思い出します。伊勢では東に下り、聖書では都に上る。この逆な感じもいいですね。ああ、いろいろ考えてしまいます。が、これも控えて...。

 さ、ヘブライ語ではこうなります。

 今回は新しい文字はありませんね。では、単語を見てみましょう。

 これが「エサー」。「私は上げる」という意味です。この語には「気持ちを高める」という意味もあります。

 で、これが「エナイ」。「私のふたつの目」という意味です。ヘブライ語には単数、複数、双数(ふたつ)があり、目は二つなのでここでは双数が使われます。

 あ、「片目の人はどうするんだ」とか「盲目の人への差別ではないのか」とか、そんなことをいうのは野暮です。肉眼だけではなく心の眼も「目」です。

 さて、この語の最後についているこれ。


 これは「私の」という意味を表します。この詩編では「私の」と「あなたの」が出てきて、この区別が大切です。この、ちょろっていうのが「私の」を表す、とだけ覚えておきましょう。

「エサー(あげる)・エナイ(二つの目)」で「私の目を上げる」となります。では、これもこの部分を歌ってみましょう。最初にリズムがないもの、そして次にリズムをつけてあります。


わたしは山々を仰ぐ。

 目を上げるとそこにあるのは「山々」です。まさに『サウンド・オブ・ミュージック』。

 まずはカタカナ。「エる・ヘハリーム」です。ヘブライ語はこうです。

 今回も新しい文字はありません。では、単語を見てみましょう。「ハイフン」で繋がれている前の(って後ろに見えますが)単語です。

 最初のこれは「エる」。前置詞です。「~に」とか「~へ」という意味です。

 次です。カタカナは「ヘハリーム」。

 これは「へ」と「ハリーム」に分かれます。「へ」は英語の「the」のような冠詞です。「ハリーム」は「山々」

=the  

=山々  

 で、ハリームが「山々」ということはこれは複数形ですね。単数形は「ハル」です。複数形をあらわす「イム」は「マイム」の「イム」と同じです。

=山  

「エレ(to)・ヘハリーム(山々)」で、「山々に」となります。

 では、この部分も歌ってみましょう。つなげて歌うので「エレハリーム」と聞こえます。最初にリズムがないもの、そして次にリズムをつけてあります。


わたしの助けはどこから来るのか

 では、今回の最後の部分です。カタカナで書くと「メアイン・ヤヴォー・エズリー」です。

 最初は「メアイン」です。ヘブライ語ではこうなります。

 これは「どこから?」という疑問詞です。

 次は「ヤヴォー」。これは動詞です。「来る」。

 そして最後は「エズリー」で「私の助け(救ってくれる人)」です。

 この字も最後に「私の」を表す...

...がついていますね。これが付くので「私の」助けになります。

 さて、この語には新しい文字があります。

 ローマ字にすると「Z」です。では書いてみましょう。

 さて、この「メアイン(どこから)・ヤヴォー(来る)・エズリー(私の助け)」は、「私の助けはどこから来るのだろうか」となります。

 では、ここも歌ってみましょう。最初にリズムがないもの、そして次にリズムをつけてあります。


では写経と動画もどうぞ!

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安田登(やすだ・のぼる)

1956年千葉県銚子市生まれ。高校時代、麻雀とポーカーをきっかけに甲骨文字と中国古代哲学への関心に目覚める。高校教師をしていた25歳のときに能に出会い、鏑木岑男師に弟子入り。能楽師のワキ方として活躍するかたわら、『論語』などを学ぶ寺子屋「遊学塾」を東京(広尾)を中心に全国各地で開催す る。また、公認ロルファー(米国のボディワーク、ロルフィングの専門家)として各種ワークショップも開催している。著書に『能に学ぶ「和」の呼吸法』(祥伝社)、『身体感覚で「論語」を読みなおす。』(春秋社)、『異界を旅する 能  ワキという存在』(ちくま文庫)『本当はこんなに面白い「おくのほそ道」』(実業之日本社)、『あわいの力 「心の時代」の次を生きる』(ミシマ社)など多数。

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