凍った脳みそ

第13回 弟子ケイタ

2017.04.20更新

 それなりの値段のマイクというのは、それなりの方法でそれなりに保管しなければならない。ということは、それなりの人ならば、それなりに分かることだろう。ところが、それなりのミュージシャンであるつもりだった俺は、そうした知識を持ち合わせていなかった。

 鄙びたライブハウス中心の下積み生活が長かったため、マイクといえば先っぽが男爵芋のようにボコボコになるまでぞんざいに扱われてライブハウスや町の練習スタジオに放置されている器具、という認識が骨身に沁みこんでしまっていたのだ。率直に、音楽機材のなかでも、マイクはとりわけて頑丈なものだと勘違いしていた。打たれ強い後輩、的な何かだと思っていた。

 ところが、プロになって大小様々なスタジオへ行ってみると、どこのレコーディングスタジオにも男爵芋のようなマイクは転がっていなかった。メイクイーン、キタアカリ、インカのめざめ、といった品種の馬鈴薯も然り、だった。プロユースのスタジオには今まで見たこともないような美しいフォルムのマイクがたくさんあり、エンジニアたちはマイクの大小や新旧に関わらず、一本一本を丁寧に扱っていた。

 そうした事実は薄らと脳裏に焼き付けていたものの、焼き付けた印ごと冷凍庫の奥に保存した糠床のように忘れてしまって、実際に十数万円のマイクを所有するまで、俺はマイクの保管方法としっかり向き合ったことがなかった。

 そして、ついに「良いコンデンサーマイクはちゃんと保管しないとね」という友人エンジニアの忠告によって俺の脳は表皮から溶け、内部は春爛漫、マイクはちゃんと保管しないとね問題が発芽したのだった。あまりに急速な問題の萌芽、そして成長によって、脳内は一面の花畑になってしまった。

 続いて、友人エンジニアは「マイクの保管用に弟子ケイタを買ったほうが良い」と俺に勧めるのだった。

 はて。弟子ケイタとはなんだろうか。はたまた、誰だろうか。そうした疑問が脳内の花畑を突き抜けるように全力疾走したけれども、弟子ケイタについて知らない人間などいるわけがない、というような友人の語気を思うに、尋ね返してはいけない事柄のように思えた。紛いなりにもエンジニアやプロデューサーを名乗るならば、知っておかなければいけない業界の常識なのだろう。

 そうした自問を見透かしてか、次いで投げかけられた助言は「弟子ケイタは高価なので、タッパーにシリカゲルと一緒に入れて保管してはどうか。僕も若い頃はそうした」というものだった。

 弟子ケイタが物品なのか人物なのかは分からないが、シリカゲルが尻化したゲルでないことくらいは、脳内が花畑の俺だって知っている。

 なるほど、マイクは湿度に弱いのだということを俺は瞬時に理解した。ゆえに、乾燥剤としてシリカゲルを使い、タッパーなどの密封容器に入れて保管せよと友人は言っているのだ。

 ことの本質が分かってしまえば、話は早い。俺は適当に明るく朗らかなメロディの鼻歌を歌いながら、スキップするような心持ちでホームセンターへ向かい、主婦が胡瓜の糠漬けを20本くらい漬けられそうなタッパーと業務用のシリカゲルを買い物カートに放り込み、歌い踊りながら会計を済ませた。ラララー。

 以前は廃墟のように感じたホームセンターも、気がつけばブロードウェイの劇場のようであった。居合わせた買い物客もカートをリズミカルに引き回しながら、賛美歌のような曲を歌っている。ラルラララー。レジ係はターンをキメながら、俺に領収証を渡すのだった。ルルルルルー。

 そんな妄想を突き抜けてスタジオへ戻り、俺はマイクを一本一本丁寧にタッパーに詰め、シリカゲルの小袋をいくつか入れて封を閉じた。とても清々しい気分だった。

 よし。これでコールドブレインのマイクは安泰だ。楽曲制作に戻るとしよう。

 ところが、胸のうちにつかえて、様々な意欲や思考を遮るものがあった。それは弟子ケイタの謎だった。

 前述したとおり、俺はこれまで、いろいろなスタジオでそれなりに録音を行ってきた。ところが、エンジニアやアシスタントがマイクを料理用のタッパーから取り出すところを、ただの一度も見たことがなかった。

 当然だろう。マイクは野菜ではない。料理でもなければ食べ物でもない。精密な機械だ。アマチュアはともかく、それなりのエンジニアたちはタッパーではなく弟子ケイタを買うなり雇うなりして、マイクを大事に保管していると考えるのが妥当だ。

 タッパーでは心許ない。というか、タッパーには、いくらかの滑稽さがつきまとって、そこから逃れられない。例えば、自分のアルバムの録音を頼んだプロデューサーが、おもむろにタッパーからマイクを取り出す姿を想像したらどうだろうか。アルバムの制作の先行きに不安をおぼえるはずだ。

 兎にも角にも、弟子ケイタだ。

 早速、Googleに弟子ケイタと打ち込んで検索してみたが、それらしい情報は何一つ得ることができなかった。画像検索も試みたが、若者、ヒゲのおっさん、ゆるいアニメキャラ、尻、不二家のペコちゃんなど、まったく統一感のない画像が画面を埋め尽くして、途方に暮れる以外に術がなかった。

 迷宮入りだ。もうダメかもしれない。やはり、静岡の片田舎出身の俺には、それなりのミュージシャンになることなど不可能だったのだ。これからは温暖な静岡とは真逆の、年中雪深い山奥の洞窟か洞穴に潜んで、脳がゆっくりと凍って死ぬ、みたいな余生を送ろう。そうしよう。

 それでも最後の悪あがきとして、せめてタッパーではなく、カメラのレンズなどをしまう防湿庫を買って、それにマイクを仕舞おうと俺は考えた。プロユースの弟子ケイタという秘密の機材によって、あるいは人物によって、マイクを厳重に保管するという夢は叶わなかったけれど、せめて、洞穴で俺が朽ち果てた後に、家族たちがタッパーの始末に困らないようにしてあげたい、近隣住民に嘲笑されないようにしてあげたい、そういう気持ちで一杯だった。

 俺は俺の心象とは真逆の、「熱帯雨林」とかいう通販サイトで防湿庫を購入した。前面のドアに内部の湿度が表示される優れものだった。

 タッパーからマイクを一本ずつ取り出し、電源を入れた防湿庫へ丁寧に並べていった。昔からそこにあったような、物事があるべき場所に収まったときのような、安堵に近いフィーリングがスタジオに広がった。巨大なタッパーと大量の業務用シリカゲルが虚しく残ったけれども、後悔のような念は不思議と残らなかった。

 しばらくして、友人エンジニアと仕事をする機会があったので、タッパーでは心許なく感じたため、思案してカメラレンズ用の防湿庫を買った、という旨を伝えた。友人は笑顔で、買ったんだぁ的な身振りで驚き、そして、こう言ったのだった。

「ゴッチ、弟子ケイタ買ったんだね」

 いや、俺は断じて、弟子ケイタは買っていない。俺が買ったのはマイク保管用の弟子ケイタではなく、カメラレンズ用の防湿庫だ。

「どんなやつ買ったの?」

 友人だと思っていた人間が俺を貶めようとしていた。弟子ケイタと間違えてカメラレンズ用の防湿庫を買った馬鹿がいるという話を吹聴して、俺の仕事を減らすつもりなのだろう。恐ろしや、音楽業界。弱肉強食、これが業界の闇か、と戦慄しながら、俺は通販サイトの注文画面を開いて見せたのだった。

「お、いいね、この弟子ケイター」

 な。ぬ。む、むむ。もしや、これこそが。

 俺が当てずっぽうで買った防湿庫は、別名をデシケイターというのであった。

 逆方面からの恥ずかしさが波のように押し寄せてきて、瞬く間に俺はその恥ずかしさのなかに沈んでいった。

 以来、その恥ずかしさの海中で、えら呼吸をしながら生きている。

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後藤正文(ごとう・まさふみ)

1976年静岡県生まれ。日本のロックバンド・ASIAN KUNG-FU GENERATION のボーカル&ギターを担当し、ほとんどの楽曲の作詞・作曲を手がける。ソロでは「Gotch」名義で活動。また、新しい時代とこれからの社会を考える新聞『THE FUTURE TIMES』の編集長を務める。レーベル「only in dreams」主宰。

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