凍った脳みそ

第19回 不味い珈琲

2017.09.21更新

 ここ数年、珈琲を豆から挽いて淹れることに凝っている。

 と書くと、焙煎機を自前で購入するような珈琲道の求道者たちから、お湯の温度の高低だとか、ドリップ用の機器の性能と性質だとか、焙煎の浅深だとか、ありとあらゆる拘りを投げつけられたり、作法を一方的に否定されたり、「珈琲とは何か」という面倒くさい問いについて議論を吹っ掛けられて叱られたりしないかと、いろいろ考えてしまってなんだか怖い。

 なので、正確を期してここに書き直せば、俺は求道的な精神で珈琲の淹れ方に凝っているわけではなく、自分の技量の範囲において最大限に美味しい珈琲を飲むこと、に凝っている。しかも、その凝り方も極めて利己的で、例えば、紛争解決に役立ちたいとか、数学界の誰もが解けないでいる数式を解きたいだとか、青色発光ダイオードを発明したいだとか、そういった社会への有用性と結びついた願望とは逆の、きっちり四方の閉じた箱庭的な自己満足のなかで、凝っている、というか執着している。

 簡単に言ってしまえば、「自分が美味しいと思う珈琲を自分で淹れる」ということなのだけれども、これが案外難しい。

 音楽の場合は極端な話、音が出てしまえば何でも音楽だと言い切ることができなくもない。

 ドレミの柵から逃れてしまえば、自宅の納屋のバケツや如雨露、束子、網戸、木戸、木炭、七輪、火鉢、箒などを適当に打ち鳴らして、打音に面白みを感じたり、一定のリズムを反復させて踊ったり、トランスしたりできる。技術がなくても、魂を解放すればよいだけの話だ。

 けれども、珈琲の場合はそうはいかない。

 納屋に放置してあった網戸の網の上にスーパーマーケットで買ってきた豆を挽かずに打ちまけ、シャワー付きのホースで水を上から掛け流しても、一滴の珈琲も得られない。魂を解放しながら、網戸から流れ落ちる水を啜ったところで、美味しい珈琲ですね、という気分にはならないのだ。

 仕方がないので、雑誌などを買って読み、インターネットで検索して、俺は珈琲の一般的な淹れ方を学んだ。

 なるほど、珈琲は奥が深かった。様々な媒体に掲載された有益な情報を読みながら、こうして俺が様々な珈琲情報を読み齧ることができるのも、珈琲道に邁進するマニアたちの努力とサービス精神があってこそだと思った。

 彼らがいくらかのノウハウを俺のような初心者に提供してくれるからこそ、俺は網戸に珈琲豆を打ちまけることなく、手動のミルを適当なメモリに合わせてギリギリと豆を挽き、それをフィルターの上に広げて、それなりに美味しい珈琲にありつけている。

 ありがたや、ありがたや。

 最初のうちは自宅だけで謙虚に楽しんでいた珈琲であったが、段々とコールドブレインでも淹れられないものかと俺は考えはじめた。

 というのも、コールドブレインの近くにはコンビニや喫茶店がなく、作業の合間に珈琲でも飲もうかしらと思った場合、徒歩で五分くらい歩いて行かねばならない。それだと休憩というよりは作業の中断という感じになってしまって具合が悪い。

 さらには、うっかり喫茶店でピザトーストを注文したり、コンビニで唐揚げとビールなどを買ったりして、中断というよりはほとんど終了という気分になってしまう。

 そういうわけには行かないので、珈琲を飲みたい場合には、スタジオ脇の自動販売機で無糖の缶珈琲を買うことにしていた。

 ところが、珈琲を自分で淹れて飲んでいると、不思議なもので、缶珈琲では自分の珈琲欲を満たせないようになっていった。

 別に不味いというわけではなかった。

 メーカー各社の開発担当の努力によって、缶珈琲はどんどん美味しくなっていると思う。けれども、自分の好みの珈琲の味とは違うし、豆を挽いて淹れる珈琲に比べると、様々な部分で若干何かが割り引かれている感じがするのだ。それは実際にライブに参加するのと、ライブDVDを観ることくらい、違うようにも感じられた。

 というわけで、俺は自宅の納戸に仕舞い込んであったホーロー製のポット、ケメックスという会社の珈琲メーカーをスタジオに運び込んだ。どちらもプレゼントでもらったものだったが、自宅用としてはサイズが大きかったため、使ったことがなかった。

 それからというもの、近所にある複数の珈琲豆屋を巡って、いろいろな豆を試した。少しずつ、淹れた珈琲が美味しくなっているようにも感じられたし、好きな豆の産地や焙煎の度合いもわかるようになった。

 ひとりで作業するときだけでなく、来客がある際には珈琲を振る舞うようにもなった。
 ところが、仮に心が歯のような形状であるとするならば、ど真ん中に生えた前歯の真ん中に、爪楊枝を使ってもフロスを使っても取れないような問題が引っかかり続けていた。

 それはスタジオの珈琲が、自宅で飲む珈琲よりも何だか不味い、という問題だった。
 珈琲豆は、いつもの店の、浅煎りの豆だった。

 もちろん、焙煎したての新鮮なものだ。それを飲む直前に挽いて淹れていた。条件としては申し分ないはずだ。

 器具の問題かもしれないと思ったので、美味しい珈琲が評判の喫茶店のマスターに相談したところ、「ケメックス用の厚手のフィルターが若干、旨味を吸うよ」とのことだった。吸われる分は割り引いて考えることにしたが、それにしても、自宅で淹れる珈琲に比べると、すっきりと抜けきらない味に感じられた。

 大きな失敗というのは、失敗の大きさ通りのダメージを精神に受けるかと思いきや、案外に傷が小さく、回復が早いことがある。失敗の程度にもよるので、生きていれば何度でもやり直しがきく、だなんて軽々しくは言えないけれども、気持ちを切り替えて進んで行くことが可能な場合が多いのではないかと思う。

 それに比べて、小さな失敗をコツコツと重ねて行くほうが、後々になって取り返しがつかなくなって危ない。

 小さな失敗は、精神に小さな傷をつける。大きな失敗に比べたら大した問題ではないと本人が気にもとめず、ケアもしないで放置し、同じような失敗を繰り返して行く。これがまずい。

 例えば、自動車で電柱や鉄柵などに衝突し、バンパーが大破するなどして多額の修理費がかかったとする。これは大きな失敗だ。直ちにディーラーや自動車整備工場に連絡してバンパーを直すか、「買ったほうが安い」と助言を受けて、車を買い直すと思う。

 一方で、ガードレールで車の側面を少しだけ擦ってしまったとする。これは小さな失敗だ。そういう場合はオードバックスなどで紙ヤスリや塗料の類を買って、自分で簡易的な塗装をして誤魔化す、あるいは、少しの傷だと開き直ってそのまま乗る、という選択を行う人がほとんどだろう。

 ところが、翌日も擦る。次の次の日くらいにも擦る。オートバックスに行く。擦る。今度は放置。擦る。バックス。擦る。放置。擦る。バックスの駐車場で擦る。放置。擦る。面倒で以後放置。という感じで、擦りまくっていると、当たり前だけれど車が傷だらけになってしまう。ついでに、傷のない車に乗りたいという気持ちも失せてしまう。

 そろそろマズいかなと思った頃には、近所でも有名な傷だらけの車を乗り回す一家として疎まれ、回覧板が回って来なかったり、マンションの会合に呼ばれなかったり、ひどい場合には車に石を投げられるなどして、引越しを余儀なくされることになるかもしれない。

 何より、この場合に比喩として自動車に例えられているのは精神なので、知らぬ間に傷だらけになった精神を、もとのツルツルピカピカにする難しさを考えると、誰もが恐ろしい気分になるのではないかと思う。

 学校での陰湿なイジメの危ないところは、軽めのダメージの連続がいかに人間の精神を蝕むのか、ということに尽きる。それと似たように、スタジオで飲む珈琲が日常的になんだか不味いということは、俺の精神を少しずつ取り返しのつかない状態に追い込むのだ。

 珈琲が不味かったら紅茶を飲めばいいじゃない。そうしたマリー・アントワネット的な言葉を発する人があるかもしれない。けれども、そうやって暴君的な発想で問題を放置すると大変だということは、歴史が証明している。

 そんなことを考えると、俺の脳みそは精神がズタズタになってしまう恐怖感でいっぱいになり、不味い珈琲を飲む度にギリギリと冷えていった。

 冷静になるために、一旦、水を飲もうと思った。

 買い置きのミネラルウォーターがなかったので、蛇口を捻って水道水を珈琲カップに注いだ。

 海外ツアーに行くと「生水は飲むな」という忠告を受けて、水道水を回避することがほとんどだ。けれども、日本の水は美味しい。なんていい国なんだ。ビバ!森と水の国。水道局の人に幸あれ!

 そんなことを考えながら、グビリと水道水を飲んだ。

 脳の頂点からつま先までが瞬時に凍りつくほど不味い水だった。

 誰かが貯水タンクに何らかの薬剤か「マズ味調味料」を放り込んだのかもしれない、と疑ってしまうような、犯罪的な不味さだった。

 以後、水道水を使うことは止して、ミネラルウォーターを使うことで珈琲は普通に美味しくなった。

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後藤正文(ごとう・まさふみ)

1976年静岡県生まれ。日本のロックバンド・ASIAN KUNG-FU GENERATION のボーカル&ギターを担当し、ほとんどの楽曲の作詞・作曲を手がける。ソロでは「Gotch」名義で活動。また、新しい時代とこれからの社会を考える新聞『THE FUTURE TIMES』の編集長を務める。レーベル「only in dreams」主宰。

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