凍った脳みそ

第18回 聞いてみるシリーズ(後編)

2017.08.17更新

(前編はこちら

 ところが、ベースの録音になるとスタッフたちの様子がおかしくなった。

 現場のオペレートを我々が日本から連れてきたエンジニアに任せて、各自、コミック雑誌を読む、居眠りをする、あるいは席を外す、など、思い思いの時間を過ごしはじめたのだ。そのうちのひとりがこっそり鼻クソを食べても、誰も気づかないような無関心がそこにはあった。

 また、よく観察すると、ベースアンプのスピーカーはギターのアンプブースよりも明らかに格式の低いスペースに設置されていた。それはブースというよりは建物の裏の納戸、みたいな感じの部屋で、演奏途中に部屋ごと朽ち果ててしまっても構わないとでも思っているかのような待遇だった。

 なんという落差だと憤ることもできたが、時差ぼけのピークにあたる日程と、時差ぼけのピークにあたる時間帯であったため、そうした義憤とは別に、睡魔との戦いに俺は没頭しなければならなかった。

 そして、このままでは寝てしまうぞと自分を鼓舞しながら試しにゆっくり瞼を閉じ、打ち克ったと喜んで再び開いたときには、残念ながらベースの録音が終わっていたのだった。

 続いては、ギターの録音だ。

 ギターアンプのヘッドやペダル型のエフェクターを並べて設置したボードなどをコンソールルームに運び込み、音作りの準備を始めると、スタジオの空気が一変していることに気がついた。

 スタッフたちが再び集結していたのだった。

 それからの作業は、プロフェッショナルの営みでありつつ、好きでたまらない人たちが集った同好会のような雰囲気で、皆の身体からは活き活きとしたエネルギーのようなものが吹き出し、瞳は爛々としていた。苦々しいベース録音のアフターパーティーといったような様相でもあった。

 俺の所属しているバンド、通称「アカフー」のベーシストはさぞかし悲しい顔をしているだろうと、彼の様子を眺めてみると、時差ぼけと冷遇の影響で気を失ったように眠っているところだった。かわいそうなことだと思った。

 せっかくアメリカのスタジオに来たのだから、本場のギターサウンドの音作りを継承したい。そう考えていたことは前述した通りだ。

 なので、俺は、素直にアメリカ人のエンジニアにギター録音のときの秘訣を聞いてみることにした。

「俺はFoo Fightersのアルバム、特に『Wasting Light』のギターの音色が大好きだ。どうやったら、あのような素晴らしい音でギターを録音することができるのか、それを教えて欲しい。」

 率直に、このような言葉をぶつけてみた。すると、エンジニアは万遍の笑みでこう答えた。

「コツ? いいか、お前はイカしたギタリストだ。リラックスして弾け。」

「......。」

 エンジニアは、聞き返しても何も答えそうにもない笑みを湛えたままだった。任せておけ、というドヤ顔にも見えた。

 仕方がないので、言われたように、リラックスしてギターを弾いた。録音スタッフたちは最初から最後まで盛り上がっていた。

 結果、ギターはこれまでのアルバム制作のなかで、もっとも良いと断言できる音像で録音されていった。世の中には言語化されないまま共有されて、丸ごと受け継がれてゆくものがあるのだと、このときに理解した。

 それに名前をつけるならば、コツというよりは文化と呼んだほうが近いだろう。どんな音を良い音だと考えているのか、ということが技術として、文化として、スタッフたちの身体を通して、「場」としてのスタジオに張りついていた。

 俺は、くよくよと考えることは止して、たっぷりと息を吸い、そこにあるフィーリングを丸ごと感じて帰ることに決めたのだった。

 ベーシストは旅と疲れと冷遇からのストレスで、さらに深く眠っていた。

 ドラマーはスタジオのロビーで鼻クソを食べていたような気がするが、幻視かもしれない。

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後藤正文(ごとう・まさふみ)

1976年静岡県生まれ。日本のロックバンド・ASIAN KUNG-FU GENERATION のボーカル&ギターを担当し、ほとんどの楽曲の作詞・作曲を手がける。ソロでは「Gotch」名義で活動。また、新しい時代とこれからの社会を考える新聞『THE FUTURE TIMES』の編集長を務める。レーベル「only in dreams」主宰。

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