凍った脳みそ

第23回 顔面ハゼの半魚

2018.01.12更新

 言葉には不思議な力があって、それを俺たちは言霊と呼んでいる。

 こうしたスピリチュアルなことを書くと、スピってますね、という回転数の少ない鈍い直球のような言葉を投げつけて、霊的なエネルギーを信じる俺を馬鹿にする人たちが集まるのかな、と思いきや、あらゆるネット記事に「エビデンスを出せ」とセミ海老のような平たい顔をして定型文を連呼している人たちも、割と言霊はあるよね的なスタンスであることに驚く。

 言葉の不思議な力を信じないまま方々で暴言を吐いていると、暴言によって呪いたい相手ではなく、真っ先に自分自身が呪われてしまう。こうした感覚は、もしかすると日本人に広く共有されているのではないだろうか。

 例えば、圧倒的な市場占有率によって高価格をキープしている音楽ソフトに対して、「ダボハゼ」なる呪詛を送り続けるとどうなるか。音楽ソフト会社が自分たちの高圧的な商売を改めるほどの効果はないのに、送り手であるロックミュージシャン自身が誰より呪われて、ダボハゼのような顔になってしまう。

 当然、近所の人たちからは半魚のような容姿を気味悪がられたり、回覧板が回ってこなくなったり、場合によっては村八分のような状況に追いやられたりして、河口付近や運河などの汽水域の水中への移住を余儀なくされるだろう。

 あれ、塩っぱいな、海の水かなと思ったらいけね、おいら泣いてらぁ、みたい感じでドボドボと無遠慮に川の中へ入って行くと、今度はハゼたちが水中で怒り狂っていた。

「私たちのことをダボハゼと呼ぶのはやめてほしい」

 そうした真っ直ぐな主張を掲げて、様々なハゼたちが押し寄せ、半魚である俺はハゼの側には混ぜてもらえなかった。確かに彼らの主張は正しい。多種多様なハゼたちをダボハゼという言葉でまとめ、そこにネガティブなフィーリングを付け加えて呪詛として使用していたのだから、怒るのは無理もない。

 ところが、俺としては、このまま村に戻るわけにはいかなかった。もとの住居に戻りたくても、長い間住んでいた木造家屋は村人たちの焼き討ちにあって跡形もなく、奇怪な蔓植物が繁茂する荒地に変わり果てていた。

 仕方がないので、河口付近の波消しブロックの隙間に住みつくことにした。主食は釣り客たちが忘れていったオキアミ。人が来れば海中に忍び、ハゼたちが通りかかると陸にあがるような生活だった。フナムシのような節足動物との諍いが絶えなかったが、元の村に戻るよりはマシだった。

 が、こうした生活も長くは続かない。海の中では急進的なハゼたちが自警団を結成して、「人間ハゼは出て行け」と大声をあげるようになり、ここには書けないような差別的な言葉も浴びせられるようになった。

 ハゼのなかには魚権派という一派もいて、「顔面がハゼである以上、彼にも基本的魚権を認めるべきだ」と擁護してくれたけれど、昨今のハゼ釣りブームで仲間を失ったハゼたちの憤りが人間全体に向けられて、ハゼ社会には排外的な空気が充満していた。干潮時に相談に乗ってくれていた「半魚見守り隊」の人たちの姿も、次第に見かけなくなっていった。

 ハゼ顔のまま、腹ばいで人間界に戻った。

 そして、元は魚屋の水槽置場だったというコールドブレインの片隅で、ブルブルと震えながら、エラ呼吸をして静かに過ごした。いつまでたっても割り引かれる様子のない「プロ技くん」のことを考えると、脳がキリキリと音を立てて凍ってしまいそうだった。

 そうした状況から俺を救ってくれたのは、若手エンジニアKであった。

 Kは作業中に城や戦国大名などがビッシリと掲載されている雑誌を盗み読む変わったヤツだが、機材に詳しく、録音技術に対する高い研究心と向上心を持っていた。

 ところが、あまりにも強い向上心が体内で単独活動しているらしく、三秒前に録音した俺のお気に入りの音色をKの向上心がKの脳に「改善せよ」と勝手に命じてしまう。だから、Kは向上心に支配されて、ひっきりなしに機材の設定を変えるのだ。やめてくれと懇願するまで、向上心による独善的な調整が続いた。ほとんど落ち着きのない小学生、もしくは泳ぐのをやめると死ぬマグロのようでもあった。

 また、録音機材のアップデートも常に行わないと死ぬらしく、Kは会うたびに新しいマイクやプリアンプ、プラグインなどを購入していた。

 そんなKに「プロ技くん」の導入を相談したところ、自前のスタジオの機材をアップデートし続けているうちに余った機材がいくつかあり、下取りに出さないと死ぬところだったので安価で譲っても良いとのことだった。

 ありがたい話だったので、「プロ技くん」用の機材を買い取ったついでに、コールドブレインの機材のコーディネートをKに頼むことにした。

 機材にまるわる様々な悩みを相談するうちに、俺の顔面のハゼ感はみるみる薄れていった。すると不思議なもので、運河の底に沈殿したヘドロのような精神も浄化されて、快活に外洋を泳ぎまわりたいというような心境になるのだった。

「プロ技くん」が不当に高価であるという思い込みが俺の不平不満に火をつけ、その不平不満が負のエネルギーとして燃え上り、次第にライフスタイルや精神を侵食して俺は顔面ハゼの半魚になった。ほとんどの妖怪人間はこうして、身のうちに生じたネガティブなエネルギーの暴走によって生まれるのだろう。

 ところが、マグロのような精神でもって「プロ技くん」のことを考えてみるとどうだろう。太平洋や大西洋の広さに比べればあまりに些細だし、地中海と比べても取り上げるに値しない小さな問題のように思えた。

 そんなことよりも、もっと大きなことを考えないといけないと俺はマグロ顔で考えるようになった。

 連綿と続くロック史について思いを馳せれば、極東の島国のうらぶれた弁当屋の地下階は、辺境のなかの辺境、誰も近づかない洞穴か何かのように感じてしまう。数十年も昔ならば、確かに辺境の洞穴だったかもしれない。

 だが、時代は変わった。

 以前ならば、レコードをプレスしたり、CDを作ったりするのはレコード会社の仕事で、当然ながら、音源化するかどうかの判断はレコード会社が下していて、それすなわち権力だった。また、レコード会社にも経済力や宣伝力によって序列があったように思う。そこが洞穴かどうかは私たちが決める、と言われたら目を剥いて反論したいけれど、レコード制作において最初に玉石を仕分けるのは彼らだった。

 インターネットが登場し、音楽ソフトが安価になり、音楽を収録するメディアとしてレコードやCDを選ぶ必要がなくなった。レコード会社に選ばれなくても、自由に世の中に作品を発表できるようになったのだ。本当に革命的な変化だ。

 現在では、ありとあらゆる洞穴の出口が、そのまま豪奢なレッドカーペットにつながる可能性を持っている。

 ということは、洞穴をどうせ洞穴だからと卑下して、安価で質の低い機材を買い集めてはいけないということだ。作った音楽の行き先が無限であることを思うと、預金残高とは関係のない藪から棒な意欲が漲ってくるのだった。 

 俺はKと相談して、コールドブレインにミキシング・コンソールを導入することに決めた。

 マグロのような顔をして、ふたりで代理店や楽器屋を巡った。
 

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後藤正文(ごとう・まさふみ)

1976年静岡県生まれ。日本のロックバンド・ASIAN KUNG-FU GENERATION のボーカル&ギターを担当し、ほとんどの楽曲の作詞・作曲を手がける。ソロでは「Gotch」名義で活動。また、新しい時代とこれからの社会を考える新聞『THE FUTURE TIMES』の編集長を務める。レーベル「only in dreams」主宰。

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