ローカルメディアのはなし。

第5回 雑誌Re:Sのこと。その1「東京では売れない雑誌をつくりたい」

2017.02.01更新

 そもそも僕が地方に興味を持つようになったのは、2006年に自ら立ち上げた『Re:S(りす)』という雑誌が大きく影響しています。
 『Re:S=Re:Standard』を旗印に「あたらしい〝ふつう〟を提案する」というコンセプトのもと日本中を旅取材しながら作ったその雑誌は、当時「こんなものは雑誌とは言わない」とか、「雑誌ってものをもっと勉強したほうがいい」とか、諸先輩がたに散々な言われようをするほど、世の中にある雑誌とは少し違ったものでした。

 いま思えば、たしかにそのとおりやったなぁ〜と感慨深く頷けるほど大人になりましたが、それでもやっぱり僕にとって大変重要な雑誌でした。

 ではRe:Sが他の雑誌と違っていたのはどの部分なのか?
 僕が当時ローカルメディアの未来を想像し、Re:Sを通して密かに挑戦していたそれらを、ここであらためて明らかにしていこうと思うのですが、今回はまず「全国誌であるにもかかわらず、編集部が大阪という地方にあった」ということから書いてみます。


 地方といっても大阪は、関西という大きな商圏でさまざまなビジネスが成立する大都市。しかし、こと出版メディアに関しては、いまもなおそうであるように東京が中心です。
 しかし僕は、あらゆる地方がその地方の中に向けて発信するのではなく、東京という地方がそうであるように、その地方の外、つまりは全国各地に向けて発信をする、そんな世の中を想像していました。
 だからRe:Sは、リトルモアという在京出版社のチカラをお借りすることで全国流通させながらも、編集そのものは大阪で行い「全国の見知らぬ人たちに届け!」と雑誌作りをしていました。そのスタンスはいまも変わっていません。

 特に地方で紙媒体に携わる人に顕著だと思うのですが、かかるお金と労力を前に、より多くの人たちに届けたいというメディアの初心を、知らず手前のお客さんだけに向けてしまっているのは、とてももったいないことです。
 地方のメディアに関わる人たちのなかに在ってなんらおかしくない、地方にいながら全国に向けて発信するという選択肢を、どうか最初からないものにしないでほしいと僕は思います。授業中にこっそり教室内で回しあった手紙のように、最小単位のローカルメディアとしてのあなたの小さな声は活字になることで流通します。
 それが活字の意義だし、その小さな声を信じ、より拡げることにアイデアと労力を注ぐことがメディアに携わる人々の本分だと僕は考えます。

 たとえば僕が編集長を務めさせていただき、全国のローカルメディア熱を加速させたなどと言っていただくこともある、秋田県発行のフリーマガジン『のんびり』(2012〜2016年)も、全国の地方自治体がフェイスブックだツイッターだとSNSを活用したPRに躍起になっているなかで、秋田くらいは全国に向けて堂々と紙媒体を発信しましょうよと、県庁職員のみなさんにお話したことから生まれたものです。

 少子高齢人口減少とダウンシフトな時代のなかで、それこそ秋田は日本のトップランナー。その足掻きと光を、活字に変えて全国に届けることは、東京を含む多くの地方にとって意味のあることだと僕は思っていました。
 田舎が背伸びして都会然と振る舞うというより、都会が背伸びして田舎然と振る舞うことに必死な時代だと、最近東京に行く度に思います。
 2年ほど前に、秋田県知事の佐竹さんが「高質な田舎を目指す」と言って、やっぱりこの人はすごいなあと感動しましたが、もはやなんでもかんでも都会にお手本がある時代ではないのは明らかです。


 さて、Re:Sの話に戻ります。そんな大阪発の全国誌Re:Sの2007年発行4号目の特集はまさに「地方がいい」でした。
 いまでこそ多くの人が賛同してくれるテーマも、当時は正直あまり理解していただけず、いろいろ苦戦したことを覚えています。そんなふうにまっすぐ販売に繋がらないテーマだとしても、そこに意義があるならばと、自由にやらせてくれた版元のリトルモアの社長の孫さんには、いまもまったく頭が上がらないのですが、当時僕は不遜にも、孫さんにこんなことを言ったことを覚えています。
 それは「東京では売れない雑誌を作りたい」という言葉でした。

 東京を中心に都会の人々に向けた雑誌づくりをするのではなく、その他大勢であるところの、田舎の人たちにまっすぐ向けた雑誌を作りたい。
 それが当時の僕の気持ちでした。都会で売れる雑誌ひとつ作ったこともないのにそんなことを言う僕は、まったくもってどうかしていたと思うのですが、でもそこには、素人独特の突破力があったんだと、いまは思います。
 そして何より、その素人力とも言うべきチカラがローカルにはたくさん溢れているんです。
 次回はそのことについても書きたいと思います。

お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

藤本智士(ふじもと・さとし)

1974年兵庫県生まれ。編集者。有限会社りす代表。雑誌『Re:S』編集長を経て、秋田県発行フリーマガジン『のんびり』、webマガジン『なんも大学』の編集長に。編集・原稿執筆した『ニッポンの嵐』ほか、手がけた書籍多数。自著に『ほんとうのニッポンに出会う旅』(リトルモア)。編著として『池田修三木版画集 センチメンタルの青い旗』(ナナロク社)、近著にイラストレーターの福田利之氏との共著『いまからノート』(青幻舎)など。

バックナンバー