万字固めがほどけない

第2回 平成便利考

 便利とは何かということについて、世紀をまたいで考える。

 高校の時分、「休校なのに登校」という痛恨のミスを犯したことがあった。台風が過ぎ去ったばかりの朝に、いつもどおり学校へ向かうと、最寄り駅の様子が少しおかしい。電車から降りる生徒の数も少なければ、なぜか反対のホームに突っ立っている生徒の姿も見える。話を聞くと、洪水警報だか暴風警報だかが発令中で、学校が休みなのだという。

 普段に比して、明らかに閑散としているホームの階段を上り、とぼとぼと反対側のホームへと向かった。運ばれてきたばかりの線路を戻る電車を待ちながら、家と学校との往復にかかるこの二時間、本当は今もぐっすりベッドのなかで眠って過ごせたのだ――、と考えただけで、身もだえするほどたまらん思いがした。私は朝が苦手だった。高校の三年間、ぎりぎりの時間まで布団にくるまりながら、「このまま五十年間、寝続けさせてくれ」となぜか、きっかり半世紀を時間指定して、いつも願をかけていた記憶がある。

 それだけに、せっかくの二時間をあたら無駄に起きて過ごしてしまったことを、私は歯がみしたいほどくやしく感じた。我が家は朝食の際、テレビを見る習慣がなかった。台風も過ぎ去り、雨もとうにやんでいるので、警報の可能性などかけらも考えることなく家を出た。結果、このザマとなったわけである。

 では、どうしたら、失敗を回避できたのか。考えるまでもなく、答えはひとつしかない。テレビを観ることである。もしくはラジオを聴くこと。当時、リアルタイムの情報源といったら、このふたつがすべてだった。ざっと二十年前のことである。もちろん、家にパソコンなどなければ、携帯電話もない。そもそもインターネットというものが存在しない。「アマゾン」と言ったら、仮面ライダーのうろこっぽいやつのことだった。

 もしも、あの時代に現在の機能を備えたパソコンが、いや携帯電話が一台でもあったなら、私はきっと無為なあの二時間を過ごさずに済んだだろう。友人から「今日は休みだってよー」というメールが一本くらいは届き、私は制服に袖を通す動きをハタと止める。科学技術の進歩がもたらした便利は、私の二時間を軽々と救い、その後、嬉々として二度寝の世界に舞い戻ったはずなのだ。

 それからときは経ち、世紀の変わり目をまたぎ、今、私の前には一台のノートパソコンが置いてある。

 かたかたと文字を打ちこむだけで、世界中の情報が舞いこんでくる。そういうものがあるのか知らないが、その気になれば、今、リトアニア国内に発令されている警報・注意報の有無だって検索することができる。学校に行く必要がなくなったので実践は無理だが、「休校なのに登校」なんて無様な真似は二度としないだろう。実際に、遠くまで足を運び外食を試みるも、店の前で「うあ、休み」とうめく機会は激減した。事前に定休日を調べてから赴くようになったからである。

 いったい、私はこのパソコンを得たことで、どれほどの便利を享受するに至っただろう。むかしは家で食べたいときは自ら店頭に赴き、お土産を持ち帰るほかなかった美々卯のうどんすきだって、今や通販で五分で注文できてしまう。まったく、二十世紀のみぎりには想像だにできなかったことですよなあ――、とつぶやきつつ、私は机に置いてあったPSPなる携帯ゲーム機を手に取る。新しく買ってきたゲームをちょっとやってみようと、と電源を入れると、

「ソフトウェアを更新してください」

 という表示が画面に現れた。
 最近のゲーム機というのは、よほど複雑にできているらしく、両手に収まる機体のくせにときどき本体ソフトウェアの更新を求めてくる。更新をしないと、新しく発売されたゲームが動かないので、こちらもお付き合いするしかない。でも、どうやるんだったっけ、とそのやり方を完全に忘れていた私は、当然目の前のパソコンですぐさま検索をかけた。

 便利な世の中である。あっという間に解決法が提示される。いくつかある更新方法のうち、一歩もイスから立ち上がらずにできるやり方を私は選択する。すなわち、PSPに入っている薄いカードをノートパソコンに差しこみ、それによりソフトウェアの最新データを取りこむという手だ。

 私はさっそく、PSPから小指の先ほどの大きさしかない薄っぺらなカードを抜き取り、ノートパソコンの側面にある差しこみ口に押しこんだ。

 そのとき、妙な注意書きが見えた。
 差し込み口に貼ってあるシールに、今まさに押し入れようとしているカードについて名指しで、「必ず専用アダプタを装着してから入れてください」と書かれていたのである。

 私はその「必ず専用アダプタを装着してから入れてください」という記述をゆっくりと読みながら、カードをゆっくりと押しこんだ。目と手は神経で直接つながっていない。目の情報をまず脳が処理し、それから脳が手に命令を下す。そのタイムラグをはからずも実感した、などと分析している場合ではない。はっと我に返ったときには、カードを全部差しこみ口に押しこんでいた。

 私はしばし動きを止め、差しこみ口を見つめた。もちろん、注意書きにある専用アダプタなどつけていない。だが、見たところ何も問題なく差しこまれている様子である。
 よくわからないが、ひとまず取り出してみよう、と差しこみ口に指を当てたとき、私はようやく事態を呑みこんだ。

 カードが出てこない。

 普通なら、この状態でいったん押しこむと反動でカードが戻ってくるものだが、まったく手応えがない。どうやら、専用アダプタなるものをつけていないため、差しこみ口の大きさとカードが合致せず、そのまますっぽりカードが奧まで入りこんでしまったらしい。

 落ち着け、落ち着け。

 私は心で繰り返した。これは別に大したことではない。たかが、薄っぺらいプラスチックが狭いところに潜りこんだだけだ。何とでもなる――。

 差しこみ口とカードの間に爪を入れ、引き戻そうとした。動かない。
 耳かきを持ってきて、引き戻そうとした。動かない。
 ピンセットを持ってきて、抜き取ろうとした。カードの上下を挟もうと試みたら、逆にいっそう奧に逃げる結果になってしまった。それからはまったくびくともしなくなった。
 ここにきて、私は思っていたよりも状況がずっと悪いことをようやく認識した。

 そのとき、自分が立ち向かっている相手がノートパソコンであることを思い出した。ノートパソコンの問題なら、ノートパソコンに訊ねればよいではないか。私はPSPに入っていたカードの名前のあとに「取り出せない」と試しに入れてみた。
 すると、どうだろう。
 日本全国津々浦々から報告された類似体験が、ずらずらずらと検索結果に現れたではないか。
 やはり、誰もが通る道なのだと、妙な連帯感、安心感を抱きながら、私は解決法を求め、それぞれの記載に目を通した。

 私の顔は徐々に強ばり始めた。
 相手はたかだか厚さ二ミリ、大きさは小指の爪を引き延ばした程度のプラスチック板だ。にもかかわらず、それを簡単に取り出す術がないらしい。何をやっても駄目で、修理に出したら結構な値段を取られた、というおそろしい体験例に顔が引きつる。いっそのこと、自分でパソコンを分解したほうが早いのではないか、と思ったが、パソコン自体が壊れたら元も子もない。

 いつの間にか、パソコンの前でうなだれる私の前に、ついに一件の解決例が登場した。爪楊枝の先に瞬間接着剤をつけて、カードと連結させて引き抜く、というものだ。だが、我が家に瞬間接着剤などない。

 さらにもう一件、解決法を発見した。カッターの刃に両面テープを貼って、それを隙間に差しこみ、カードに接着させて引き抜けという。なるほど、こちらのほうが成功率が高そうな気がする。されど、家に両面テープがない。

 やはり、ここは便利の結晶、コンビニに行くべきなのか。しかし、現在の時刻は深夜の三時。そもそも、瞬間接着剤やら、両面テープやらをコンビニで売っているか、などと考えると、イスから尻を上げる気が起こらない。ならば、さっさとあきらめて、解決は明日に持ち越せばいいのだが、駄目とわかっている耳かきやらピンセットをまたぞろ持ち出し粘ろうとする。挙げ句が、お気に入りだった耳かきの先端を、力をこめすぎて折ってしまった。

 まるで引きちぎられたような無惨な断面をさらす耳かきを前に、とうとう私は降参した。ああ、寝よ寝よ、とようやく重い腰を上げた。そのとき、ふと文具ケースのなかに、あるものを発見した。セロハンテープである。私はセロハンテープを3センチほど切り取った。それを差しこみ口のカードとの隙間にそうっと入れた。さらにピンセットの片側だけ使って、接着面を上からカードに押しつけた。

 息を止めて、そろりと引き抜いた。

 カードが音もなく、差しこみ口から出てきた。はふっ、と大きな息を吐いて、カードを指で一気に引き抜いた。ようやく生還した、小さすぎる人質をぎゅうと抱きしめた。
 すべてが解決したとき、問題発生からゆうに二時間が経過していた。
 世紀をまたぎ、改めて便利とは、と私は問う。

 もしも、インターネットやパソコンという便利があったなら、二十世紀を生きる高校生の私は、台風後の警報が人知れず発令されていたあの朝にうっかり登校し、大事な二時間を失うことはなかったはずだ。

 逆に、それらの便利がこの世に存在しなかったなら、うっかり差しこんでしまった薄っぺらなプラスチック片の救出に、二十一世紀を生きる私が延々と深夜の二時間を費やす、そのトラブル自体が発生しなかっただろう。

 ここに来て、ようやく私は答えを得る。

 問題は便利の有無ではない。その前に横たわるうっかりの有無である、と。つまり、どれほど便利が発達しようとも、人間のうっかりを超越することはない。どんなに科学技術が進歩しても、人間のうっかりに勝つことは永遠にできないのだ――。

 世紀をまたいだこの発見を、私はどこまでもしかめ面で、あなたにお伝えしたい。

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プロフィール

万城目学(まきめ・まなぶ)

1976年生まれ、大阪府出身。京都大学法学部卒。
2006年、『鴨川ホルモー』でデビュー。
主な作品に『鹿男あをによし』『プリンセス・トヨトミ』『偉大なる、しゅららぼん』など。
また、エッセイ集に『ザ・万歩計』『ザ・万遊記』がある。

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