みんなのおむすび

最終回 ブラジルからやって来たシンガーの「梅むすび」

2018.02.13更新

 ほかほかご飯に好きな具材を合わせるだけ。シンプルで安くて、だれにでも作れるおむすび。なのに、 口にすると不思議な満足感が――。そこに秘められた "おむすびの心" を探るべく、創作野菜料理家・宮本しばにが、日本中のおいしいおむすびを巡り、レポートをお届けしています。最終回となる今回は、ブラジル人シンガーであるヘナート・ブラスさんに、おむすびを握っていただきました。

 ブラジルのポピュラー音楽界、屈指のアーティストである、ヘナート・ブラス。ブラジルで権威ある賞も受賞している実力派のシンガーです。音楽プロデューサーである私の夫と親しくしていることもあり、来日中にお話を伺いました。

 5歳から歌い始めたというヘナート。彼の歌声は美しいだけではなく、大地を想わせる力強さと、天を突き抜けるような清らさがあります。
 ブラジル伝統音楽、ボサノバ、ポップス、サンバなど、さまざまな音楽の要素を含み、その声で聴く人を魅了します。
 彼とは10年来の付き合いになりますが、こんなに無垢で純真で、温かさに溢れている人を見たことがありません。その彼の人柄がすべて歌に表現されていると思います。

 あなたにとって音楽とは? という問いに、ヘナートは「救い」と答えてくれました。複雑な家庭に育ち、決して裕福とは言えない環境の中で、音楽は彼にとっての唯一の「ドア」だったと。

 多くの挫折を繰り返し、どんなにつらいことがあっても、彼は決して音楽を諦めませんでした。お金や名声のためではなく、ひたすら音楽を熱望し、追求し続けたのです。

 それこそが本当の幸せであり、幸せになることが唯一の人間としての義務である、ということを彼はわかっていました。
 音楽と正直に向き合うことに徹し、好きな歌以外は歌わないことを貫き通しています。

 しがらみの多い世の中で、真の幸せが何であるかを理解し、それを実践している人はどれだけいるのでしょうか。
 幸せというのは自分の手の中だけに存在するもの。決して容易く手に入るものではありません。いばらの道であっても、ヘナートのように信念を曲げずに突き進んでいくところに本当の幸せはあるのですね。

ブラジルで出会った梅おむすび

 なぜヘナートにおむすびを握ってもらうことになったのか。そのいきさつは3年前にさかのぼります。彼が来日した折に、彼がこんなことを言ったからでした。
 「人生の最後に食べたいものは梅おむすび」

 ヘナートの最初のおむすび体験は、友人がブラジルの日系人街で買ってくれた梅干し入りのおむすびでした。
 これまで出会ったことのなかった日本のファストフード、おむすび。その味に感動し、時々彼も食べるようになりました。その頃は父子家庭で、ヘナートが息子のアントニオ君を育てていました。経済的にも余裕がなく、アントニオ君が大好きな梅おむすびを買うために、日本食レストランまで往復3〜4時間かけて、歩いておむすびを買いに行くこともあったそうです。

 今ではヘナート自身が家でおむすびを握っています。アントニオ君が通う学校のお弁当、そして友人たちを招いたときにもおむすびをふるまいます。
 お話の途中で「手は一番の調味料です。そしておむすびは愛情を伝える手段ですね」と私が言うと、彼は嬉しそうに「音楽もまったく同じです。愛情を伝え、人とつながるためにあるものです」と涙目になっていたのが印象的でした。

 気持ちを伝えること。音楽も食も同じです。どちらも伝えていくことでしか守ることはできません。相手の心に響かせることが大事なのです。

 音楽とおむすび。一見すると全く違う世界も、奥底では同じ源流が流れていることがわかって、何だかいい気分になりました。
 インタビューの終わりに彼はこんなことを言ってくれました。
 「話をする中で自分への気付きがあり、学びがありました。おむすびを手で握ることの意味を見出したような気がします」


歌もおむすびも祈るように

 今回は、こちらで用意した羽釜を使ってごはんをたき、おむすびを握ってもらいました。
まるで祈っているように、おむすびをむすびます。歌うときの表情にそっくり。

 大きなからだ、そして大きな手で、器用に小さな三角おむすびを作るヘナート。食べる人がたくさん食べて楽しめるよう、小さなおむすびにするのだそうです。

 普段は梅おむすびのほかに「わかめのふりかけ」や、沖縄出身でブラジル在住の日本人に教わった「味噌ベーコンおむすび」なども作ります。

 前回ヘナートが来日したとき、私が教えたおむすびの握り方は「硬くぎゅっと握らない」。それをちゃんと覚えていて、このことに気をつけながらブラジルでも握っているそうです。
 私がおむすびのてっぺんに具材を乗せていたのを見て覚え、さっそく今回、梅干しを乗せていました。素直な人は習得が早いですね。

 人の心にダイレクトに響く音楽やおむすびは、何かを伝える表現方法として最適な形ではないでしょうか。
 楽しい、嬉しい、おいしい、温かい、というような幸福感を分かりやすく伝えることができます。そして、おむすびのおいしさは、握る人が日々重ねていく心積もりで決まるのだと感じました。

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おむすびの心 その十九
おむすびで真意を伝え続ける。そうすることで繋がるものや人との絆は、より深く強いものとなる。
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ヘナート・ブラスさん
ブラジル・サンパウロ在住
http://sudadon.wixsite.com/living-music-japan/renato


編集部からのお知らせ

約3年にわたる「みんなのおむすび」の連載は、今回で終了です。
そして!
これまでの連載をまとめたものが、ミシマ社からこの春に刊行となるシリーズ「手売りブックス」より発刊予定です。
また詳細が決まりましたら随時掲載いたします。
どうぞお楽しみに!


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文:宮本しばに 写真:野口さとこ

【文】宮本しばに(みやもと・しばに)
創作野菜料理家。20代前半にヨガを習い始めたのがきっかけでベジタリアンになる。結婚してから東京で児童英語教室「めだかの学校」を主宰。その後、長野県に移り住む。世界の国々を旅行しながら野菜料理を研究。1999年から各地で「ワールドベジタリアン料理教室」を開催。2014年10月には「studio482+」を立ち上げる。料理家の視点でセレクトしたキッチン道具&食卓道具のオンラインショップをスタートさせる。 著書に『焼き菓子レシピノート』『野菜料理 の365日』『野菜のごちそう』(以上、すべて旭屋出版) ほか。日本のソウルフードであるおむすびには日本独特の精神性があると感じている。売り物ではない「家庭のおむすびの心」の部分を、全国を歩きながら探索中。
studio482+

【写真】野口さとこ(のぐち・さとこ) 北海道小樽市生まれ。写真好きな両親の元、幼少期より写真に興味を持つ。 大学在学中にフジフォトサロン新人賞部門賞を受賞し、写真家活動を開始。出版・広告撮影などに携わる。 2011年、ライフワークのひとつである”日本文化・土着における色彩”をテーマとした写真集『地蔵が見た夢』(Zen Foto Gallery)の出版を機に、ART KYOTOやTOKYO PHOTOなどのアートフェアで展示される。2014年12月より、移動写真教室”キラク写真講座”を主宰している。
http://www.satokonoguchi.com/

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