みんなのおむすび

第18回 古本屋さんの「本とおむすび」

2017.10.13更新

ほかほかご飯に好きな具材を合わせるだけ。シンプルで安くて、だれにでも作れるおむすび。なのに、 口にすると不思議な満足感が――。そこに秘められた "おむすびの心" を探るべく、創作野菜料理家・宮本しばにが、日本中のおいしいおむすびを巡り、レポートをお届けしています。今回は「バリューブックス」の代表取締役である中村大樹さんに、おむすびを握っていただきました。


長野県上田市にあるバリューブックスは、古本の買取・販売の事業を展開する会社です。インターネットでの販売ができない本を、必要としているところに無償で届ける「ブックギフト・プロジェクト」や、読み終えた本を寄付してもらい、その本の査定額をNPOや大学に贈る「チャリポン」といった社会貢献活動にも取り組んでいます。今回はこの会社が運営する「nabo books & café」でお話を伺いました。

バリューブックスの代表である中村大樹さんのことを知ったのは、nabo books & caféで「おむすび通信」というイベントを何度か開催させていただいたことがきっかけでした。参加者におむすびを握っていただく会ですが、そこに中村さんが参加してくださったのです。最初は参加者と楽しそうにしている中村さんがバリューブックスの代表取締役とは思わず、あとになって知ってびっくり。若くて親しみやすく、いい意味で社長らしさがない。そんな意外性のあるところにとても興味を持ちました。


会社設立から10年。バリューブックスは今では400人のスタッフを抱える企業として成長しましたが、その第一歩は彼自身の挫折が背景にありました。
大学を卒業してこれから就職活動というとき、中村さんはふと想像しました。会社の同僚たちと酒を飲み、上司にカラオケを歌わされている自分を。
「あり得ない」。強い抵抗を覚えました。
「現実問題どうしよう、というところから始まりました。社会に適応できない劣等感と、先の見えない絶望感がありました」と、中村さんは語ります。

切羽詰まった現状から彼を救ったのは、一冊の本でした。自分が使っていた大学の教科書がアマゾンのマーケットプレイスで売れたのです。「最初に本が売れたときの喜びと楽しさは忘れられません。それが今もモチベーションになっています。あのときは自分が初めて社会に認知されたように感じました」
しばらく個人事業主として古本販売をしたのち、高校の同級生4人と共にバリューブックスを立ち上げました。

理念ありきで会社を設立した訳でもなく、優秀な人材を集めた訳でもない。自分たちにできることで何かやってやろうと作った会社でした。売り上げを伸ばすための効率を重視しすぎると本や人と丁寧に関われなくなる。だからと言ってスタッフ全員の思いを尊重し、社会に良い影響を与える事業にしようとすると会社の成長がときに抑制されてしまう。ふたつの両立は困難で、いつも中村さんを悩ませます。

「ビジネスをしていたら矛盾はどうしても出てきます。でも、なるべく矛盾のないようにしたいのです」と中村さん。そんな彼の実直さが、バリューブックスを支えているのでしょう。


nabo books & caféの外観。古い民家をリノベーションしたものです。


店内はこんな感じ。セレクトされた本が1階、2階に整然と並んでいます。まるで図書館のよう。ジャンル別に分かれていて選びやすく、椅子に座って試読しながら、ゆっくりとコーヒーを飲むことができます。


おむすびを握るのは初心者

じつは中村さんがおむすびを握るのは今回が三回目。最初のニ回は私のおむすびイベントに参加したときなので、"おむすび初心者"です。

そんな中村さんに、はじめて握ったときの感想を聞いてみたところ「熱かった」と、じつにまっすぐな答えが返ってきました。
この答えには思わず一笑。思いがけない初々しい答えに、中村さんって、いばらの道でも純一無雑で前に進めるタイプかしら、なんて思ったのでした。
結局その人の歩んできた道や人間性が「おむすび」という形で表れるのであって、握り方のうまい下手は関係ないのだと、いつも気づかされます。

中村さんのおむすびはふんわりとやさしく、口に運ぶとほろほろっと崩れて、じつに良い加減のおむすびでした。おいしかったです。


シャケおむすびの記憶


幼少期、何かのイベントで食べた「シャケ入り海苔巻き」がとてもおいしくて、帰宅してすぐお母さんに「おいしかった!」と伝えた記憶を、今回のおむすびの話をするなかで思い出したそうです。
食の記憶はずっと残るもの。おむすびひとつ、料理ひとつ、おろそかに作らないようにしなければと、改めて思います。


まぁるい手で握る


中村さんの手は丸くてふっくらしていて、おいしいおむすびを握る手をしています。ごはんが熱すぎてなかなか握れない中村さんがぽつんと「お母さんってすごいなぁ」。

中村さんが小学生のとき、ある日お弁当に入っていたおむすびがパリパリだったそうです。それはお母さんが「おにぎりフィルム」でおむすびを作ったからでした。コンビニのおむすびのようにのりとご飯を分けて包むことができるもので、当時は画期的なものだったと思います。
パリッとした海苔を巻いて食べたおむすびは衝撃的だったそうです。


今回は私の愛用している羽釜を持ち込んでごはんを炊きました。ちなみに、中村さんも普段、羽釜でごはんを炊いています。
まずやってみる。すると気づきがある。ときには失敗もする。改善しながら少しずつ次に進む。中村さんのこの姿勢はおむすびを握るときも同じでした。
どんなことも「楽しい、嬉しい」という気持ちを表現することが大切だな、とつくづく思う取材でした。







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おむすびの心 その十八
誰でも「初めて」がある。だから最初から決め込まない。どれだけ楽しく、実直になれるかが大切。はみ出しても不格好でも、心を込めればおいしいおむすびになり、おいしい人生になる。
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中村大樹さん
株式会社バリューブックス
https://www.valuebooks.jp/

nabo books & café
長野県上田市中央2-14-31
http://www.nabo.jp/

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文:宮本しばに 写真:野口さとこ

【文】宮本しばに(みやもと・しばに)
創作野菜料理家。20代前半にヨガを習い始めたのがきっかけでベジタリアンになる。結婚してから東京で児童英語教室「めだかの学校」を主宰。その後、長野県に移り住む。世界の国々を旅行しながら野菜料理を研究。1999年から各地で「ワールドベジタリアン料理教室」を開催。2014年10月には「studio482+」を立ち上げる。料理家の視点でセレクトしたキッチン道具&食卓道具のオンラインショップをスタートさせる。 著書に『焼き菓子レシピノート』『野菜料理 の365日』『野菜のごちそう』(以上、すべて旭屋出版) ほか。日本のソウルフードであるおむすびには日本独特の精神性があると感じている。売り物ではない「家庭のおむすびの心」の部分を、全国を歩きながら探索中。
studio482+

【写真】野口さとこ(のぐち・さとこ) 北海道小樽市生まれ。写真好きな両親の元、幼少期より写真に興味を持つ。 大学在学中にフジフォトサロン新人賞部門賞を受賞し、写真家活動を開始。出版・広告撮影などに携わる。 2011年、ライフワークのひとつである”日本文化・土着における色彩”をテーマとした写真集『地蔵が見た夢』(Zen Foto Gallery)の出版を機に、ART KYOTOやTOKYO PHOTOなどのアートフェアで展示される。2014年12月より、移動写真教室”キラク写真講座”を主宰している。
http://www.satokonoguchi.com/

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