第9回 あれから一年がたった 1
私のガンが見つかったのは、出版社の編集者として20年つとめ、退社した矢先のことだった。
右胸の乳ガンで、脇のリンパ節に転移していた。
告知を受けたときは全身から血の気がひいた。
ガンの事実は、ガンは自分からもっとも遠い病いという気がしていた私の、人生最大の驚きとなった。
あらゆる本を作ってきた。
苦痛をともなう検査をへて治療へとすすむ過程にみたさまざまなものを文字に残したいと思ったが、どうしてよいかよくわからなかった。
日記のようなものをつけてみたが、一日のなかで大きく上下する不安定な感情を追うだけで文字がいっぱいになり、自分でも手に負えなくなった。
主治医のもと、昨年の5月に腫瘍切除手術、夏にひと月半をかけて放射線治療、とすすみ、秋からもっとも憂鬱だった抗がん剤治療に入った。これは過酷だと実感した。
髪が抜けて激しい嘔吐に苦しみ、いくら食べても痩せていった。
乳ガンは、多忙な充実期の女性を襲う。
ちっぽけな自分の体験が将来、同じ病気の人の心をほんの少しでも軽くできたらと思い、私はガンを隠さないことにした。
ちょうど一年前の、2009年4月4日。バンド仲間の牧田幸三がつとめる赤羽の東京北社会保険病院で私はガン告知を受けた。
桜が満開だった。
あの頃はまだ長年の稼ぎの名残で白のメルセデスに乗っており、うすいピンクに染まった愛車は病院の駐車場で春の光と風を受けてひときわ美しかった。
この日はガンの疑いが晴れるものだと思っていたので、正式に告知を受けた私は愕然とした。診察室に、検査をしてくれた首藤先生だけでなく牧田さんも待ち構えていたのも合点がいった。
告知と同時に、首藤先生は今後私が受けるべき治療―――手術、抗がん剤、放射線―――をざっと説明した。
その内容は、この一年私がやってきたことそのものだったが、当初は、そんなの絶対に無理、と、聞けなかった。
あのときの感覚をどう言えばいいだろう。末端が冷えて、体の芯だけがそこにいるようだった。
早くひとりになりたかったが、落ち着いていた。
実際私はこのあと、病院を出て環八を南下、チェス教室に向かったのだった。
チェス教室はあやしげなアパートの一室にあり、つるんとした白い顔の、小柄な男の人がひとり、いた。丸い顔。丸い目。さらに丸いめがねをかけている。
和風ハリー・ポッター? 彼のふしぎな風貌は、一時的に私を現実から遠のかせた。ナイト(騎士)やルーク(城)を前に、「ガン」は消えては浮かび、浮かんでは消えた。
<つづく>
