ミルコの六本木日記

第10回 あれから一年がたった 2

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私の生活は一変した。
退社のバタバタもすっとんだ。会社を辞めてのんびりするどころか、ガンという新たな課題に全力で取り組むこととなった。
会社は、辞めたらもったいないという人もいたが、一年経ったいま振り返ると、私はまったく気が済んでいたといえる。

何年か前に飯星景子さんがトーク番組で、「気が済む」と書き初めのように大きく書き、それを掲げて語っておられたことをよく思い出す。
私は「気が済んで」いた。悔いも未練もない。
私はガン対策に燃えた。
本を読み、人に会った。
ガンについて学ぶことは、刺激的だった。
放っておけば死ぬのだ。
手ごわい病いの発覚は、私を夢中にした。

ひとまず、ガンに悪いと言われているものを自分の生活から排除した。
禁酒禁煙(煙のあるところにも近寄らない)、化学物質を使わない(化粧品、洗剤などの生活雑貨全般)、肉類、乳製品をひかえる、充分な睡眠時間の確保、などを実行。食事制限は賛否両論あるが、私には合っていたようだ。
以前から悩まされていた偏頭痛がなくなった。肌や歯茎の調子もいい。髪や爪も、と言いたいところだが、これは抗がん剤によってダメージを受けた。しかしじきによくなるだろう。

家では玄米菜食、外食でもマクロビオティックにこだわった。
先日読んだ高城剛さんの『オーガニック革命』が私の気持ちにぴったりで感激したのだが、高城さんが本のなかでマクロビにふれている。

「マクロビでは"食材の旬"という概念も重要視されている。それは「身土不二(しんどふじ)」という考え方で、身体と大地は二つに分かつことの できない同一のものということを意味している。つまり、その土地で穫れた旬のものを、その土地で食べましょう、ということ。マクロビオティックは単なる食事法ではなく、食べ物や環境、身体を「本来あるべき状態」に保つことを理想としているのだ」
(高城剛著『オーガニック革命』集英社新書より)

高城さんは、オーガニックとは、食べ物を個人に取り戻すこと、工業化された作物を食べている現状についてもう一度それぞれが考えなおし、食をめぐる環境を作り直すこと、だと述べている。
効率化を突き詰めれば、質より量になる。
食だけでなく都市システムの問題もしかり。
効率化や便利さを伝える人は、わかりやすさを求める。
この「効率、便利、わかりやすい」の追求がきわめて20世紀的であり、今日ある多くの問題の源泉だとも書いている。
質より量の時代は、完全に過ぎ去った。金融も、都市生活も。
まったく同感である。
私は食事を変え、浪費をやめ、20世紀的生き方と決別した。
 
治療の方針を決めるにあたり、友人がくれた重粒子など最先端治療の資料や代替療法の本も読んだが、現代医学の標準的な治療を受けることにした。
牧田さんの病院には乳腺専門科がなかったので、乳がん専門の先生を探すこととなった。

五木寛之先生の担当仲間だった浅間雪枝ちゃんが体験者の方を紹介してくれるという。ご縁なので会いに行った。縁は大事だ。中曽根康弘元首相(91)がNHKハイビジョンの「プレミアム8」でお話になっていた。縁を大切にし、縁を生かしていくことがあたたかい社会を作ると。

Aさんはフリーの編集者で、病院の選び方から親切に教えてくれた。待ち合わせの指定が犬カフェという変わった場所だったこともいまとなっては懐かしい。
彼女は歳は私より十ほど上と思われるが、ガンのみならずさまざまな病気や手術を経験していた。そのうえ離婚したご兄弟の、障害のあるお子さんを引き取り、家事をやり、仕事もして、一家を支えているというではないか。治療の話はかすんでしまった。

帰りのバスのなかでも雪枝ちゃんと私はAさんの人生をおさらいした。
結局、Aさんはたいへんだということしか覚えていない。
だが、Aさんに会えたことは大きかった。
なぜなら、Aさんは美しかった。

体を切ったり貼ったり、たくさんの恐ろしい目に遭ったに違いなく、それらを乗り越え、病弱なからだをはってご家族のために働き・・・なのに、Aさんはじつに明るく、若々しい。
心身ともにさまざまな問題を抱えながらもひらりとフレアスカートを翻す彼女の可憐な姿は、不安でいっぱいだった私の心にくっきりと刻まれ、その後まる一年かけて治療していく私を、励まし続けてくれた。

(つづく)

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プロフィール

山口ミルコ(やまぐち・みるこ)

東京都生まれ。角川書店雑誌編集部から94年2月、幻冬舎へ。20年に亘り、文芸から芸能ものまでさまざまな本を編集。2009年3月、幻冬舎を退社。趣味でジャズを愛好、サックス・クラリネット奏者として港区で活動している。

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