ミルコの六本木日記

第13回 一年検診の日

一年検診の日の朝を、すがすがしい気持ちで迎えた。
6時起床。前の晩は9時に寝た。
腹エコーの検査があるので朝ごはん抜きで病院に向かう。
便は保冷剤で丁寧にくるんで、実家から持ってきた。
私のうちには冷蔵庫がない。

久しぶりの病院、相変わらず人が多い。
ここにいる人々はみな何かしら患っている。
すでに自分とは遠い出来事のような気がする。
抗がん剤をやめて3カ月が過ぎ、私のいったん倒れた細胞たちはぞくぞくと立ち上がってくれている。
そう信じて、病院のなかをぐんぐん進む。
もう病人ではない。だからぐんぐん進む。

受付、採血、便と尿の提出を済ませて、腹エコー、胸のレントゲン、コツシンチの検査のための注射をやって
お昼ごはん休憩、午後にコツシンチをおこなった。
コツシンチは痛くも痒くもない。2、30分寝ているだけである。
レントゲン、コツシンチは地下で、この階には放射線治療の部屋もある。
地上から一階分下がっただけで、シンと暗い。つめたい鉄に囲まれた、光のいっさい入らない場所。
去年の夏、毎日通っていた。

一日1から2分、放射線をガンの患部に照射する。全三十回。
たった1、2分のために、土日をのぞく毎日病院に通う。あいだをあけると放射線治療は効果が出ないんだそうだ。
炎天下の通院でくたくたになったが、毎日決まった時間に行くので、このときたくさんの友達ができた。
「暑い暑い!帽子なんか被ってられない!」と坊主アタマで地下室に集まってくる、ガンの先輩女子たち。
いまではほとんどみんな治療を終えて、それぞれの道に戻っていった。
先日、つま恋村で農業を営んでいる放射線同期生のかおるちゃんから、できたてのキャベツが届いた。
大汗をかきながら、その甘さを噛み締めた。

放射線治療は、名前は恐ろしいが実際受けてみると痛みがなく、いまから思えば手術や抗がん剤に比べると存外にぶじだった。
私の場合はガンのあった場所、右胸の上部と脇のリンパ節を大きく切り取るように照射された。
肌が日焼けする(時間がたてば治る)のと、位置がずれないように赤紫のペンで付けられた印が刺青のようでやや怖いことを除けば、痛みや傷がないというありがたい治療法である。

「乳がんと牛乳」のジェイン・プラント教授によるとタマゴを食べるとよいそうで、
放射線治療中、私は毎日タマゴを食べていた。
それが効いたかどうかはわからない。
そもそも放射線治療がどれほど効いたのかもわからない。
私受けてきた治療、飲んできた薬、勝手に自分で研究し実践した食事療法、すべて何がどう効き、効かなかったのかはわからない。

ただ、いまわかるのは、
病気になるときはなるということ。
起こるときは、起こる。
そのときに何をどう選びとるかは個人の自由で、そこで落ち着いた選択をし、選んだら気の済むまでそれとちゃんと向き合うこと。
なるべくしてなっている。
人生だ。
私は会社を辞めたときと同じように、ガン治療にも悔いがない。
思いっきりやったから、ない。

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プロフィール

山口ミルコ(やまぐち・みるこ)

プロデューサー、編集者として出版社で20年、現在はフリーで芸能、文芸のさまざまな企画にかかわっている。趣味は楽器演奏。「ジャズジャパン」、フリーペーパー「BIGBAND!」、富士通テンの音楽情報サイトKOBE jazz jp などにエッセイを書いている。

http://kobejazz.jp/

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