第14回 人生はこれからだ
「まだ何も始まっていない。
人生はこれからだ」。
という天の声を聞いた。
あの日私は原宿の「龍の子」にいた。
ひとりお昼を食べに。
「まだ何も始まっていない」。
そうかそうか。そうなのか、と胸のうちで何度も繰り返す。
四川麻婆豆腐が胃に沁みてくると、涙が止まらなくなった。
年配の女性がひとりで来て私の目の前に座った。
白髪のショートカットで、とてもきれいな人だった。
長く仕事をしている女性なのだろう、泣いている私のほうは見ずに手元にひらいた手帖に目を落としながら、あたたかく、そこにいてくれたと思う。彼女には、すべてお見通しな気がした。成功も、挫折も、何もかも。
このとき私ははっきりと、大好きだった居場所を手放す決意をする。
地下にある「龍の子」から表へ、階段を上がると、もう違う自分が始まっている気がした。
これからあたらしい世界がひらけるのだと思うと、目に入るものすべてがまぶしかった。
自分の病を知った日は、ここからそう遠くない。
私は絶望したが、予感があった。
私が死ぬのはずっと先。
病気と寿命は別である。もし今後、再び病をえたとしても、あきらめない。
何度でも復活して、もっと年をとったら、いつか「龍の子」のときのあのひとのように、見知らぬ若者を黙って励ましたい。
