第29回 新しい力
寒くなってウチにいることが増え、曜日の感覚を失い、いよいよ何の人だか不明になっている。
これでは抗がん剤治療中と変わらない。
細々、ご注文頂いた原稿を書いたりはするが、あとは猫の毛玉を取ったり、洗い物をしたり、だ。
会社を辞めるまで家事というものをしたことがなかったが、タワシがこれほど万能だとは。
日本にはこんなスグレモノがあるのだなあと、タワシを使うたび感動する。タワシがあれば洗剤はいらない。
会社にいた頃は仕事でしか見なかったテレビもいまはよく見る。
毎晩見るのはBSフジのプライムニュース。必ず見るドラマは「相棒」で、シーズン9までも遡り再放送でほとんど制覇した。彼らの仕事は素晴らしい。
楽器の練習は夕方に。周りの民家が雨戸を閉めてからだ。
二年半前、乳ガンの手術を受けたとき、もう楽器を吹けないと絶望した。
右胸の上部と腋の下をざっくり切ったため、麻酔から醒めたベッドの上で見た私の右手は巨大に膨れ上がり、細く真っ直ぐだった手指も直視できないほど醜くなっていた。左手で触れてみると、まったく感覚がなかった。
子どもの頃から続けてきた楽器の演奏が、もうできないと思った。
十年前、左足首の粉砕骨折をしたとき、もうエレクトーンを弾けないと絶望したように。
足の次は手か。
どうして私にはこんな試練があるの?
ところが現在、私は楽器を演奏している。
右手の痺れ、だるさ、不自由を感じることもあるにはあるが、ありがたいことに演奏活動できているのはなぜかと考えてみる。振り返ると、それは、怖がらずに、手術後すぐ楽器に触ったからではないかと思っている。
足を悪くした人がずっと松葉杖や車椅子に頼って本当に歩けなくなってしまう。
私は生活面ではゆっくりしたが、演奏に関しては強引に復帰をした。
当然指はまわらないし、思うように楽器を扱えなくなってはいたが、それを超える、何かしら大胆な吹奏力が自分に備わったような感覚をおぼえた。
それに近いことが、きっと大病や大怪我をしたひとにはみんなあるんだろうなと、と勝手に思っている。
闘病は心と体を磨く時間。
乗り越えればそれまでになかった力がつき、あとになってそれが身を助けてくれる。

