ミルコの六本木日記

第8回 毛のない生活 その2

家にこもり、もう何日も外に出ていない。
会社に行っていたころには考えられないが、家にいるのもなかなかよい。
部屋を意味なくウロウロし、作り付けのクローゼットを開けてみる。
ぎゃあ。私が二十年かけて溜め込んだ衣類におしつぶされそうになる。もう私はキャリアウーマンではないのだから、こんなに服はいらないぞ。
着ていく場所もなければ髪もない。大金をつぎこんだベルサーチのスーツもぜんぶダボダボになった。だいたい日本から撤退してしまったではないかベルサーチ。まぼろしだったなあ。すべて終わったことだ、と扉を閉じる。
雨風がしのげて、あたたかいごはんをいただけて、あたたかいふとんで眠れる。なんとありがたいことか。
これ以上の幸せを、やたら求めちゃいけないなァ・・・とつぶやいて、ふとんにもぐる。

黒岩比佐子さんの本によいことを教えてもらった。
「四十歳までは誰でも小児時代勉強時代と心得なければならない」
それまでは不養生で病気になったり事業の上でも無理をして生涯の大失敗を招く人が多い、四十を超えてから初めて社会の大人になれるという。明治のベストセラー「食道楽」のなかで、登場人物に言わせている著者・村井弦齋の考えである。
明治期でいえばすでに「初老」の私であるが、生まれたてのような気がしないでもない。
「親鸞」にも書いてある、人は何度でも生まれ変われると。


注)黒岩比佐子さんはノンフィクション作家。紹介した文は「食育のススメ」(文春新書)より。「「食道楽」の人 村井弦齋」(岩波書店)ほか著書多数、古書界のマドンナとして人気者。「親鸞」は五木寛之さん著、上下巻(講談社)です。

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プロフィール

山口ミルコ(やまぐち・みるこ)

東京都生まれ。角川書店雑誌編集部から94年2月、幻冬舎へ。20年に亘り、文芸から芸能ものまでさまざまな本を編集。2009年3月、幻冬舎を退社。趣味でジャズを愛好、サックス・クラリネット奏者として港区で活動している。

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