第1回 出版不況なんてない
出版社をつくる!(1)―― こんな時代に
「悪いことは言わない。やめときなさい」
「これまでの話はなかったことにしよう」
「そいつは酔狂だな」
「正気か?」
・・・・・・
どれもドラマのなかでしか使われないような言葉です。
けど、いずれの言葉も、2006年の夏ごろに僕が実際に耳にした言葉ばかりです。
それも、耳にしただけでなく、僕自身に向けられた言葉でした。
いったい僕は何を言ったのでしょう。
31歳の男が、大の大人たちからドラマじみた言葉を言わせたのですから、よほどのことを言ったにちがいありません。
「男をやめます」
「今日、宇宙に帰ります」
そういうことを言ったのでしょうか。
......まさかねぇ。
(話はそれますが、個人的には、そういう発言を聞いても、「おお、そうか」と言える人でありたいと思っています)。
もちろん僕は、「男をやめます」とも「宇宙に帰ります」とも言ってません。
ただ一言、こう言ったのです。
「出版社をつくります」。
「出版社をつくります」、それで、「正気か」です。
「悪いことは言わない。やめときなさい」って、なんだか悪いことをするみたいですよね。僕としては新たなるチャレンジを祝してくださるかなぁ、というくらいに思っていたのですが(それは甘えすぎというものでした)。ただ、これを口にした多くの人たちがこの言葉の前に、共通の枕詞をつけているのが不思議に思いました。
それは、「こんな時代に」というものでした。
いわく、「今は、出版社冬の時代。大手も老舗も軒並み、ひぃひぃ言っているのですよ。こんな時代に......」。
いわく、「僕ですらあきらめたんですよ。しかもこんな時代に......」。
さまざまな方々に「助言」をいただきながらも、そうした言葉がどうしても腑に落ちてはきませんでした。
「こんな時代」ってどういう時代なんだ?
たしかにデータだけで判断すれば、「出版社冬の時代」と言えなくもありません。
実際にミシマ社が産声をあげた2006年は、倒産した出版社が122社、創業したのが11社。
僕が小学一年生だったとしても、「ああ、このお仕事、たいへんそう」と言うと思います。
はい。事実、「たいへん」です。
「たいへん」ではあるのですが、だからといって「こんな時代"に"」というのは早計ではないでしょうか。
なぜなら、「こんな時代"だからといって"」、全ての出版社がうまくいっていないわけではないのだから。
こんな時代であっても、うまくいっているところはある。
仮にうまくいっている出版社の例がたった一つもなくなったとしても、"だからといって"「出版社をつくらない」理由にはならない。
こんな時代"だからこそ"、これからの時代にふさわしい、やり方をとればいいだけではないか。
僕はそういうふうに考えました。
カテナチオと呼ばれる最強ディフェンスを誇るイタリア代表だって、失点する。
事実、失点しなかった大会は一度もない。
失点率が低いことばかりに目を向けていては、永久に点を取れやしない。
最強ディフェンスにもスキはあるのだ。
むしろ、相手ディフェンダーが強いという状況は、フォワードとして血が騒ぐ場面ではないか。
と、サッカー好きな僕はこんなふうにも考えました。
いま出版社をつくるということは、とてもおもしろいことなのである。
こう思うことには僕なりの根拠がありました。
というのも、出版業界に長く身をおいている方々たちは、「出版不況、出版不況」「本が売れない」と大合唱しますが、僕はただの一度もそんなふうには考えたことがなかったからです。
出版不況なんてない。
僕は実感として確信をもってそう思っていました。
ミシマ社のばあい(1)―― ある夜ベッドの中で
会社をつくろう。
そう決意した日のことは鮮烈な印象とともに自分の中にのこっている。
2006年、ある4月末の夜中のことだ。
その頃、当時所属していた会社とはずっと折り合いが悪く、自分の中で辞めることをほぼ決意していた。ただ、その後どうするか、に関しては完全な白紙。
先がまったく見えない、真っ暗闇の森に迷い込んだような日々を送っていた。
思いっきり働きたい。自分のすべてを編集に捧げたい。
だけど、現状のままでは限界だ......。
思いだけが空回りする現状に苛立ち、悶々とする日が半年以上つづいていた。
会社とはあまりに話がかみあわないため、憤りのあまり眠れない夜も少なからずあった。
その日も、これからの方向性を見出せないまま、暗い顔をして家路についた。
夜11時すぎに帰宅し、お風呂にはいり、布団へもぐりこんだ。
その日は、ふだんと比べれば、なぜか比較的寝つきがよかった。気づけば、うとうと眠りについていた。
そうして何時間がたったころだろうか、急に布団をがばっとまくりあげた。
そうだ、こうすればよかったのだ!
目の前に、一筋の光がまっすぐ伸びていくのが見えた。その光は、暗闇を一瞬にして消し去り、どんどんと太い光の束となっていった。
強烈な感動とともに、ベッドから抜け出し、居間に向かった。
そうだ、自分で出版社をつくればいいんだ。
そうすれば、すべてが解決する。
居間に入るとすぐに、ノートを引っ張りだし、あふれ出るアイディアを書き留めていった。
発刊したい本の企画、資金を集める方法、社名、ウェブとの連動の仕方......。
アイディアはとどまることなく、朝方までノートに書き続けた。
書き続けるうちに、「これはすごい!」と、どんどん確信が深まっていった。
どうしてこんな簡単なことを今まで思いつかなかったんだろう?
答えは足元に眠っていたのだ。
今思えば、足元に落ちているものを見ずに避けていたのだと思う。
できれば、そこを避けて通りたい。無意識のうちにそう思っていたのかもしれない。
それは、経営という100%のリスクをとる行為にふみこむことを避けていたということだ。
だけど、いつしか自分の思いは編集という限られた「箱」の中に収まりきらない域にまで広がっていた。
その自分の思いを吸収する箱は自分自身でつくるしかなかったのだ。
新しい箱の中で、編集という枠を超えて、出版そのものを面白くしていく。
それがもっともシンプルでもっとも納得のいくやり方で、実際には、それだけが唯一の道だった。
この単純な答えを見つけ出したその夜以来、抑えていた力が全身あふれかえってきた。
体中、喜びに満ちあふれた。
これが僕の進む道。
もうなんのためらいも躊躇もなく、思いをぶつけていけばいい。
自分がつくるこの箱は、どれだけ強い思いをぶつけても壊れやしない。避けることもない。壊れたり、避けたりするどころか、どんどんエネルギーを吸収し、成長していくことができる。
まさに血と肉でできた箱。
体温の感じる、やさしく、やわらかい、小さな箱。
今日から僕はそれを形にするために動いていけばいい。
こうして、天啓のような確信とともに、出版社づくりが始まった。
意気揚々、前途洋々。
......のはずだった。が、最初の壁は走って数メートルもないところに待ち受けていた。
お前は編集者だ。だから編集の仕事はできる。本という形にすることもできるだろう。
だけど、その資金はどうするのだ?
印刷代は?
それに本をつくったところでそれが本屋さんに流通しなければ意味がない。
そこはどうするのだ?
「出版社をつくろうと思う」
まわりの知人たちに報告をしたとき、そのような問いを何度も投げかけられた。
そのたびに僕はこう答えた。
「大丈夫。今から勉強するから」
僕は見事に知らなかったのだ。
出版業界のことなんて、「何にも」。
本がどんなルートをとおって書店に並べられるかも。
それがどういう支払いサイト(期間)で取引されているかも(本が出てから現金化されるまで7、8カ月かかることも珍しくなかった!)。
一冊の本をつくるのに、どれくらいのお金がかかるかも!
それに、そのときの僕の貯金は数百万にも満たないものだった。
知識もない。
資金もない。
あるのは、根拠のない自信だけ。
「もともと出版は道楽でやるものだ。お金もないのに始めるなんて......」
「そいつは酔狂だな」
誰かが言ったその言葉は、これ以上ないレベルで正鵠を射たものだった。
