K氏の大阪ブンガク論

第5回 黒川博行ブンガク

2016.11.23更新

 黒川博行さんのアウトローを描く作品の中で、一番ラジカルな物語はといえば『迅雷』だとK氏は絶賛する。
 この作品の会話文の台詞の壮絶さは絶品である。おもろすぎる。

 「わしはあれを見て、これや、と手を打った。裏の世界でシノギをしてるやつから金をとったら、被害届なんか出えへんがな」思わせぶりな笑みを浮かべて、稲垣は続ける。「ーーで、わしは極道を誘拐することにした」(文春文庫p51)


 と、冒頭の部分でいきなりこの小説の概要が出てくる。「しっかしなあ、暴力団員を誘拐するて、発想がヤバすぎるな」とK氏。

 「よう考えてみい、極道は金持ってて懐がルーズや。不健康な生活しとるから体力はないし、バッジ見せたら怖いもんはないと思とるから挑発に乗りやすい。おまけにあちこちで恨み買うてるから、身柄(ガラ)をさらわれても相手のめぼしがつかん。身代金をとるには最高の獲物やで」

 「うちの幹部が堅気に身代金とられました、見つけしだい命(たま)とってください......そんな恥さらしな廻状がまわると思うか」

 「しかし、ヤクザに脅しが効くんかい」
 「山の中に穴を掘って、首まで埋める。脅す怖さも脅される怖さも、極道は骨身に染みて分かってる」


 そこから命と引き替えにその次に大切なカネのやりとりの長い物語が始まる。「何から何までスゴい。スジが全部この会話で成り立っている」とK氏は唸っている。

 実際に暴力団幹部を山中に攫って首だけ出して埋め、組員に「カネを用意させろ」と脅すシーンはこういう具合だ。

 「あんたの説明の仕方がわるうて金を受け取れんかったら、あんたはムカデの餌や。いつか白骨死体が発見されるやろ」(p66)


 ムカデが人の肉体を食べるかどうかは知らないが、むちゃくちゃリアルでおもろい台詞だ。考えてみれば埋められるのは拳銃で撃たれるかして殺されてからなわけであるが、 「ムカデの餌」何千匹何百匹のムカデが身体に群がるさまを想像するのは、あまりにもエゲツなおもろすぎる。

 K氏によると、「蜘蛛の子を散らす」「馬車馬のように」といった昆虫や動物などの比喩は「故事熟語辞典に載ってて、学校で習うようなもんでは、おもろない」とのことだ。
 実生活において一番身近な「犬」の登場も当然のように多い。直木賞受賞作の『破門』での敵対する極道同士の会話はこうだ。

 「な、桑原よ。二蝶のハグレが滝沢組に弓引いて、ただで済むと思とんのか」
 「ただでは済まんやろ。指飛ばして詫び入れんとな」
 「へっ、おまえの指なんぞ、犬の餌にもならんわ」
 「そうかい。おどれの指はどうなんや。尻の穴もほじれんど」
 「おもろいのう、おまえ」
 比嘉はゆっくり立ち上がった。(275P)


 一触即発場面の台詞であるが、確かにおもろい。「指飛ばす」という表現は、「指を切る」「指を詰める」ではやっぱりあかんねん、とK氏。なんでダメなのかはよく分からないが、「ほんまに金槌で鑿がコンと叩かれて、指が飛んできそうな気がするやろ」とK氏。この人もなんでこんなこと知ってるのだろう。
 そして「おもろいのう」の後、ほとんど殺し合いの乱闘が始まるのだ。

 『後妻業』はここや、とK氏。
 主人公の小夜子の弟で出所したばかりの元ヤクザとマル暴担当刑事上がりの探偵・本多の会話だ。

 「しょぼいのう。たった五、六人でなにができるんや」
 「おまえはひとりでなにができるんや。前科持ちの元極道が」
 「なんやと、こら。もういっぺんいうてみい」
 「よう吠えるのう。このおっさん」(p313)


 「よう吠えるのう」と弱犬扱いされた黒澤はここで手を出し、逆に本多に「雑巾に」されてしまい、後妻業の手口を吐かされてしまう。
 犬に例えたり犬に食わせたりなんとも自由自在であり、具体的に犬の種類や大きさまで目に浮かびそうだ。

 「雑巾にされ」たり「顔を提灯にされ」たり、確かに昨今の「フルボッコ」といった表現とは「ブンガク的な土壌の豊潤さが違う」のだK氏は熱弁する。
 
 黒川さんが言う、「日頃しゃべっている言葉があんなんです」の大阪的コミュニケーションは、アウトローの世界にとどまらない。
 『後妻業』では小夜子の餌食になった資産家の元校長先生の二人娘、姉・尚子、妹・朋美の会話はこんな具合だ。

 「あんた、確認してよ」
 「どうやって」 
 「小夜子さんに訊けば」
 「姉さんが訊いたらいいやんか」
 「いややわ、そんなん」
 「ややこしいことは、わたしなんやね」
 「ね、このサンドイッチ、不味くない?」
 「不味いからあげたんやんか」
 「ひどいわ」尚子も笑う。(p14)


 確かに普通の大阪人の会話ですらこのように「おもろい」。
 必ず一言多いのであるがそこに俳味(@和田竜)があるのだ。キャッチボールの際、あたり前のように変化球を投げる。タダでは「イエス」とは言わない。文脈をひとつ飛ばす。
 そういう会話は後妻業の女と結託する結婚相談所の所長と北新地のホステスのそれにも現れている。K氏が「最高やのお」とおもろがっている箇所だ。

 繭美は上を向き、前髪を払う。「でも、あの子はラウンジの子に客を寝取られたんやで、と後ろ指さされるのは我慢できへん。わたし、店替わるわ」
 「ほう、そうかい。どこにでも替われ」
 「わたし、『与志乃』にバンスあるねん。精算してよ」
 「なんでおれがおまえのバンスを詰めんといかんのや」
 「慰謝料やんか。いっぱいセックスしたやろ」
 「おまえはそれでも新地のホステスかい。笑われるぞ」
 「お金、ちょうだいよ、柏木さん」繭美は動じるふうがない。
 「金が欲しいんやったら爺を紹介したる。一千万でも二千万でも、おまえの手練手管で稼げや」
 「やっぱり結婚相談所の所長やね。いうことが洒落てるわ」
 繭美は、哄(わら)って「責任とってよ。わたしが紹介した女と寝たんやろ」
 七面倒な女だ。さんざっぱら金をつかわせておいて、まだ金をくれといってくる。
 「なんぼや、バンスは」訊いてやった。
 「百五十万円」
 意外に安い。
 「半分なら払うたる。それ以上は出さん」
 「あ、そう、じゃ払って。七十五万円と二十二万円」
 「なんや、二十二万いうのは」
 「『与志乃』のツケやんか。わたしが立て替えてるんやで」
 「そんな金が手元にあるかい。今週、振り込む」
 「今週て、いつよ」
 「今週は今週や。金曜日まで四日ある」
 「分かった。今週中やで」繭美は立ち上がった。
 「二度と来るな。電話もメールもするな」
 「そんなにわたしが嫌いなん?」
 「厭(あ)きただけや」
 「わたしといっしょやんか」
 繭美は笑いながら出ていった。(p302)


 男女双方横綱クラス、絶妙な金のやりとりの交渉だ。具体的にこのふたりの声質まで聞こえてきそうだし、人相からファッションまで垣間見えそうだ。
 K氏など「この女、時計はブルガリでフェラガモの靴なんか履いてそうやな。絶対そうや」と鼻をふくらませる。かれは相当なアホである。

 こういった会話の台詞こそが、黒川博行ブンガクの白眉であり、「金の切れ目は縁の切れ目」などといった言い方が、陳腐極まりなく思えてしかたがない。
 黒川さんは東野圭吾さんとの『オール讀物』の直木賞受賞記念対談で以下のように語っている。

 「デビュー当時は編集者に、大阪が舞台でもいいから東京弁の小説を書けと言われましたが、その時はなんちゅう安易な発想やと思いました。もちろん本の大半が首都圏で売れるというのは知っていましたが、大阪に住んでいる人間がそんな言葉を喋るわけない。そんな小説は書けません」


 直木賞候補に上がること6度。今回はほとんど引用ばかりの文章になってしまったが、黒川ブンガクは大阪人のエクリチュールの豊潤さに徹頭徹尾焦点を当て続けてきた。
 その「おもろさ」は、『破門』に続き「疫病神」コンビが主人公の『喧嘩(すてごろ)』(12月9日発売/KADOKAWA)でもきっと堪能できるはずに違いない。

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江 弘毅(こう・ひろき)

1958年岸和田市生まれ。神戸大学農学部卒。
1989年京阪神エルマガジン社にて『Meets Regional』誌をたちあげ、12年間編集長を務める。
2006年に編集集団140Bを大阪・中之島に設立、現在取締役編集部長。
著書に『だんじり若頭日記』(晶文社)、『「街的」ということ』(講談社現代新書)、『「うまいもん屋」からの大阪論』(NHK出版新書)、『有次と庖丁』(新潮社)、『飲み食い世界一の大阪〜そして神戸。なのにあなたは京都へゆくの〜』『K氏の遠吠え 誰も言わへんから言うときます。』(以上、ミシマ社)など。近著に『濃い味、うす味、街のあじ。』(140B)がある。

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