K氏の大阪ブンガク論

第6回 関係性の「口語」表現

2016.12.08更新

 前回、黒川博行さんのことを書いていたK氏に、ずばりのタイミングでとある文芸誌
から黒川さん×朝井まかてさんの対談の進行役の依頼があった。

 お二方とも直木賞をとられている。
 朝井さんは2013年。黒川さんは2014年、なんと6回目の候補作『破門』での受賞だ。

 あらかじめその『破門』に続く「疫病神」シリーズの6作目、12月9日発売予定の『喧嘩(すてごろ)』のパイロット版を出版社から送られたK氏は、午後7時ぐらいから夜中まで半日でそれを読み、「これもまたすごい。会話の台詞がおもろ過ぎるやんけ」と思いながら対談に備えた。

 黒川さんは対談で「前作で『破門』された桑原ですが、どうなっていくのでしょう?と思ってました」との質問に、
「そやから、賞を獲ったから、また続けた...。どっちでもよかった、ほんまに。もう終えてもよかったし」と答えて、大いに笑いを取った。

 新作『喧嘩』は、仕事が減った建設コンサルタント業の二宮に、高校の同級生だったという長原から仕事が来る。
 「おれ、いまこんなことしている」と渡された名刺には《光誠政治経済談話会 理事 長原聡》と書いてあった。
 大阪九区選出の代議士の私設秘書であるが、「すごい字面やなあ。もうすでにここからが黒川さんや」とK氏は感心している。その感心の仕方が「おもろくてしゃあない」」というふうだ。

 「この話は金になる」と思った二宮が、またぞろ桑原にサバキを頼む。桑原は組を破門されている。
 そこからが泥沼。悪徳代議士に、その弱みをネタに党公認を取った政治記者あがりの府議会議員、ヤクザをあやつる秘書...。またまた「悪」のデパートメントストアに入っていく。

 そして桑原、二宮コンビは、その悪を脅しにかかり、かれらのバックにいる暴力団との全面戦争に入る。もちろん目的は金である。

 見事なのは桑原、二宮コンビの関係性が微妙に変わってきたことだ。第一回の『疫病神』では主従関係がなかったが、回を重ねるごとに二宮が桑原に従属的になってきている。
 
 K氏によると、黒川さんがそういうところに編集者から「桑原がヒーローになりすぎていますよ」と言われたそうだ。「あ、そうか」と思った黒川さんは、『破門』で「すごい困らせたろと思て、変えた」とのことだ。
 
 その続編『喧嘩』では代紋を捨てた桑原になおも寄生虫のように金をねだる二宮になっているが、こういう会話の台詞もあって、絶妙におもろいのだ。

 「いったい、なんですねん。朝っぱらから」
 「飯や。腹減った」
 「ひとりで食うたらええやないですか」
 「狐食はあかんやろ。わしが独りで行くんは、朝の喫茶店と図書館だけや」
 「図書館......。変わったとこ行くんですね」 
 「おまえは知識に対する敬意と欲求がないんか」
 「図書館へ行ったら、知識と敬意が身につくんですか」
 「森羅万象、世の中のすべてのことがらは本の中にある」


 玄関ドアが叩かれ、「起きんかい、こら」と声がする。立って、錠を外した。
 「なんべんも電話したんやぞ」
 桑原は靴を脱いであがってきた。「おまえの携帯は不携帯か」
 「マナーモードにしてたんです」
 「マナーのないやつがするな」


 K氏は膝を打ちながら、「いちいち、おもろいやろ。台詞が。ヤクザはこういうこと言わな、ええヤクザ違うんや」とのたまう。
 が、ヤクザに良いも悪いもあるとは知らなかった。

 黒川さんはそんな台詞について、パソコンの前で、ぶつぶつ言いながら一人芝居の練習のように何遍も何遍も書き直しているそうだ。

 「僕の小説読んで、スイスイ台詞が流れてるから、楽そうに書いてると思うけども、アヒルの水かきと一緒で、あれの五倍ぐらい考えてます。どんどんどんどん削っていって。そやから、一時間に一枚ぐらいしか書けない。僕の小説って台詞で転がす小説ですから、台詞が死んでしもたら、もうダメなんです。それで、一時間に一枚ぐらい。地の文よりも台詞考えてる時間のほうがずっと長い」

 そうおっしゃる黒川博行さんは流石である。「そういうのをほんまの洗練、と言うんや」とはK氏の弁である。

 大阪弁のブンガク作品は、そのような人と人の関係性を描き出す「口語」の表現こそが醍醐味で、それは詩人であり小説家であり随筆家である富岡多惠子さんが喝破した「学校で習ったコトバや本でおぼえたコトバは、このひとたちには役に立たぬ」(「略歴」富岡多恵子詩集/思潮社)ということにつきる。

 詩人の島田陽子さんは、1970年に大阪で開かれたの日本万国博覧会のテーマソング『世界の国からこんにちは』の作詞者だが、詩集『大阪ことばあそびうた』を見ると、人と人の関係性を表す口語表現のみで、大阪(弁)ブンガクを創作している。

 「好っきやねん、大阪」は、こうしてキーボードで叩き出すのも恥ずかしいぐらい、まるでブンガクではない(ポエムにもなっていない)が、地下鉄に貼られていた迷惑防止条例のポスターの「チカンアカン ーチカンは犯罪やで/絶対に黙ってたらアカン/見て見ぬふりはアカンー」は確かにおもろい。

 これは、わかるひとにはわかりすぎるぐらいわかる一種の詩的感覚だ。

 頑なな自我や自己の表現、追求よりも、人と人との関係性を表現するスタンス。すなわち「じぶんじぶん言うてなんぼのもんやねん」という、ある種の質のいい大阪人が希求する「自意識の小ささ」に由来することからうまれ出すものなのだ。
 
 ひらがなばかりの連打でつくられた詩集『大阪ことばあそびうた』の「いうやんか」を読むとそれがよく分かる。

 いうやんか

 いうやんか
 やさしい かおして
 いうやんか
 やんわり きついこと
 いうやんか

 いうやんか
 やきもち かくして
 いうやんか
 やたらに べんちゃら
 いうやんか

 いうやんか
 やつしの くせして
 いうやんか
 やらしい いけずを
 いうやんか
      べんちゃら...おべっか。おせじ
      やつし...おめかしや。おしゃれ
      やらしい...いやらしい
      いけず...いじわる


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江 弘毅(こう・ひろき)

1958年岸和田市生まれ。神戸大学農学部卒。 1989年京阪神エルマガジン社にて『Meets Regional』誌をたちあげ、12年間編集長を務める。 2006年に編集集団140Bを大阪・中之島に設立、現在取締役編集部長。 著書に『だんじり若頭日記』(晶文社)、『「街的」ということ』(講談社現代新書)、『「うまいもん屋」からの大阪論』(NHK出版新書)、『有次と庖丁』(新潮社)、『濃い味、うす味、街のあじ。』『いっとかなあかん店 大阪』『いっとかなあかん神戸』(以上、140B)、『飲み食い世界一の大阪〜そして神戸。なのにあなたは京都へゆくの〜』『K氏の遠吠え 誰も言わへんから言うときます。』以上、ミシマ社)など。津村記久子さんとの共著『大阪的』(ミシマ社)も大好評発売中。

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