なめらかな会社が好き。

第10回 なめらかな網をこれからも

2014.02.18更新

 前回のお話で、会社というのは人間と人間が線の関係で結びつき、総体として網のようにつながった生命体のようなものであり、それぞれの関係を強化するのは礼儀などの行為であるのではないか、というお話をしました。
 それぞれの個人個人が仕事をする理由はさまざまであるものの、個々の点と点が線として結びつく力として人間関係があり、その人間関係を強化する方法として、お金の流れや、組織の指示系統以外に、礼儀がとても重要ではないか、ということを書きました。

 それでは、それぞれの個人はなぜ仕事をするのか。個別の点に注目してみたいと思います。こちらも、経済的な理由、つまり報酬を得て生活するため、であるとか、上司が指示したから、とか、仕事が楽しいから、夢を叶えるため、などいろいろあると思います。

 点と点を線としてつなげる力として、1.経済的な力、2.組織的な力、3.人間的な力、の3つがあるのと同様に、個々人が働く理由にもまた、この3つがあるように思います。

 そして組織と同じように、1つめの経済的な理由と、2つめの組織的な理由はわかりやすいです。さきほども書いた、1.報酬を得るため、2.上司が指示を出したから、という理由です。
 それでは、3つ目の人間的な力、なぜ人は働くのか、という部分はいかがでしょうか。

 この3つ目には、毎日の仕事が楽しくてやりがいがあるから、とか、将来の夢を叶えたいから、などがあると思います。
 この、個人が人間として仕事をする理由の要素として僕が重要だと感じるのが、「物語」の力です。前回の「礼儀」に続いて、今度は「物語」です。

 たとえば「将来の夢を叶えたいから」という理由があるとして、さて、将来の夢とはなんでしょうか。僕の場合は、そんなことなんて考える暇もなく会社を始めて、人から聞かれるようになってはじめて、そもそも自分はなぜ起業したのだろう、そもそもこの会社は何をしたいのだろう、と考え始めたようなふしがありますが、それはそれとしてあとから考えたのはこのようなことです。

 まず、自分自身のことで言えば、たとえば会社が成功して何かしらの財産ができたとすれば、ずっと自分を育ててくれて、起業するときにも支援をしてくれた両親に恩返しをしたい。たとえば古くなった実家の家を建て直して、母親が好きな読書や、父親が好きな音楽鑑賞を存分に楽しめるような家をプレゼントしてあげたい、と思っています。こんなことをわざわざインターネットで公開しなくてもこっそり思っていれば良いんですが、説明上必要なので仕方なく書きます。

 それで、じゃあこれはなんなのか、ということです。親が喜ぶ顔を見たい、という単純なことでしょうか。その一瞬だけのことでしょうか。それだけじゃないと思うのです。もっと長い物語として、自分を産んでくれた、自分を育ててくれた、起業の時に全面的に応援してくれた、お前がやりたいなら好きにやってみたら良いと背中を押してくれた、起業のための資金を惜しげもなく貸してくれた、自分が新聞や雑誌に取り上げられるたびにスクラップしてくれて応援してくれている。そういう長い長い経緯があって、その上でもしも仮に自分が何かしらの経済的な成果を得たのであれば、そのときには・・・という話です。

 たとえば僕はそういうこともひとつの自分の目標として、仕事をしています。がしかし、これをなんと説明したらよいのでしょうか。何かひとつ、具体的に「これが目的である」という要素を取り出すことは不可能です。あえて言うなら、「物語として美しいから」とでもいうよりほかはありません。両親がこれまで自分に対してしてくれた数々の行為に思いを馳せるときに、そこには何か、胸の部分に迫ってくるものがあります。胸に迫るその何かに対して、ちゃんと落としどころを見つけてあげたい。長い長い自分の人生の物語として、そういうストーリーになってくれたらいいな、と思うわけです。

 会社の理念についてもそうです。株式会社はてなの会社概要ページには、学生時代に自転車旅行をしていたときのことを書いています。アメリカ大陸を自転車で横断していて、途中何もない大平原の一本道でたまたまウォークマンを拾いました。あまりに退屈だったので、音楽が鳴らせることが新鮮で、そのときにウォークマンはすごいと思った。この製品によって、人間は音楽を持ち運べるようになったんだな、と。

 はてなの経営理念として、このように、新しい製品を作って、それが人の生活を変えてしまうようなものを作りたいと思っています。それが生まれてしまった以上、その製品がない世界には人類はもう戻れない、というようなものを、インターネットを通じて提供したいと思っています。

 たとえばこれが僕たちの会社がやりたいことだとして、さてどうでしょう。たとえば、「人の生活を変えるような製品を作る」という言葉だけを掲げるのと、自転車旅行の話を書く場合とでは、まるで説得力が違います。何か、自分が追体験をしたような話を聞き、その帰結として言葉がある場合に、初めてその言葉の意味が理解できるのではないでしょうか。

 この理念に近い出来事といえば、ブログがあります。ブログはインターネットが生まれる前はそもそも存在しませんでした。それまでは日記は日記帳に書いていて、人に見せるものではありませんでした。インターネットが生まれてブログを提供し始めるときに、さて日本人の何人がブログをオンラインで書くのか、ということはさっぱりわかりませんでした。

 しかし、いざブログという仕組みが世に出てしまいますと、日本だけでも数百万人の人がブログを更新していますし、もうブログがない世界に戻ることはないでしょう。そういう不可逆な変化が起きるときがあります。そして、そうした変化の中にいること、たとえば日本でブログという仕組みが生まれる瞬間に立ち会い、自分たちが作っているサービスがまさに日本人の生活の変化を引き起こした、と実感できることに、大きなやりがいを感じます。

 たとえばこうしたことが、仕事の大きなやりがいのひとつなのです。ですが、これを端的な言葉で表現するのは難しいのです。「人々の生活に変化を起こす」とだけ聞いても、まったく足りない。まずインターネットがない世界があって、そこにネットが生まれて、あれこれやる間にブログというサービスを作って、そうしたら沢山の人が使い始めて、もう元には戻れなくなって、あとから考えるとその瞬間に世界は少し変わったんだとわかる、という一連の物語がある。それが楽しいのです。

 多かれ少なかれ人間は、「美しい物語」を求めて生きている生物なのではないでしょうか。

 個別の具体的な理由、お金を得るため、指示を受けたから、といったことだけでなく、人には何かしらそれぞれの物語があって、その続きを自分が仕事に打ち込むことで表現していく。人生をかけてストーリーを作っていくような部分があるのではないでしょうか。そして、できればその物語が美しくあってほしい、と思うような、そういう力があるように思います。

 なぜ「物語」にそれほどの力があるのかは、これまたそれ以上のことはよくわかりませんし、ぜひとも科学的にももう少し解明されると楽しいだろうと思いますが、ひとまず会社をやっていく上で必要な理解としては、人が仕事をする上で「物語」がとても重要である、と思います。

 さて、大変唐突なご案内になり恐縮ですが、昨年5月から続けてきましたこの連載は、今回の第10回をもって一旦終了とさせていただきたいと思います。

 ミシマ社の三島さんから、『「へんな会社」のつくり方』の続きが読みたい、というお話をいただき、たしかにあの本を書いてからずいぶん時間も経っていますし、それからのことを毎月書いていくのも良いかもしれない、では10回くらいを目安に、ということでお受けして続けてまいりました。

 いざ書いてみますと、自分自身これまでのことが整理できてよかったと感じる面もあり、また、まだまだ今から会社も変わっていかなければいけない、という現在進行形の内容もあって、具体的にそのことを書けるのはもっと後になってからかもしれないな、と感じる面もありました。いずれにしても、ミシマガジンというとてもユニークな取り組みの中に、こうして自分のお話を書かせていただく機会をいただき光栄でした。三島さん、毎月おつき合いいただいた読者の皆様、どうもありがとうございました。

 この連載は、「なめらかな会社」という言葉をタイトルに使って続けてきました。
 会社の組織とは、人と人が線でつながる網のようなネットワークである、と書きましたが、この「網」は、必ずしも会社の中だけに閉じているものではないと思います。

 はてなのサービスには、サービスを使ってくださっているたくさんのユーザーさんがいます。その中の一部の方々からは、貴重なご要望をいただき、その声を反映して次の機能開発につなげたりしています。また、そもそもサービスを選んでいただく理由として、単純に機能が豊富だから、といったことだけではなく、会社の姿勢や雰囲気、そもそも何がやりたい会社なのか、といったことに共感いただいてお使いいただいている方々もいらっしゃるのではないかと思います。

 たとえば会社のブランドとは、「この会社の製品は買っても損はしない」といった信頼であると思いますし、会社としてその信頼を得るためには、製品の質を上げるだけではなく、それぞれのユーザーさんに対して、しっかりと人間として対峙し、礼儀を尽くすことが大切だと思います。

 また、「この会社を応援したい」と思っていただくには、自分たちが会社という器を使って何をやりたいのか、どういうストーリーを作り上げたいのか、という物語が重要だと思います。

 会社を報酬を支払っている人の集団として見たり、指示系統のある集団として見ると、会社の単位は社員で構成される「内側」と、それ以外の「外側」とがくっきりと別れ、そこに大きな壁があるように見えてきます。しかし、人間的な側面、お互いの信頼関係で結ばれた人と人のネットワークや、同じ物語を共有している集団であると見たときには、組織の壁を超えて広がるより広大なネットワークが浮かび上がってきます。

 はてなという会社がこの世に存在することで、社員だけでなく、ユーザーさんや、会社を応援してくださっている方々を含めた、豊かな「なめらかな網」がひとつ増えたね、と言っていただけるように、これからもがんばっていきたいと思います。

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近藤淳也(こんどう・じゅんや)

1975年三重県生まれ。京都大学理学部卒。2000年同大学院中退後、2001年7月に「人力検索はてな」を開始し、有限会社はてなを京都で設立。2003年「はてなダイアリー」サービス開始、2004年2月に株式会社はてなに改組。現在、京都に本社、東京に本店がある。著書に『「へんな会社」のつくり方』(翔泳社)。

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