似合わない服 ミルコの六本木日記リターンズ

第2回 マクドナルド六本木東店

2017.07.03更新

 私が六本木に住んでいた頃、<マクドナルド六本木東店>があった。
 前はあったが、いまは、ない。
 当時私は朝起きると、まず着替え、そして何も食べずに外へ出ていた。
 着替えるといっても、ジャージである。上下ピンクの派手なその恰好のまま、会社に行くこともあった。
 何も食べないのは、家に冷蔵庫がないからである。
 六本木の前に住んでいた麻布十番のときには、冷蔵庫があった。正しくいうと、冷蔵庫をいただいた。素敵な冷蔵庫だった。それを何でいただいたのかは忘れてしまった。とにかくいただきものの素敵な冷蔵庫があったのだが、六本木に移ったら、不要になった。
 マンションの一階にコンビニがあった。さらにその頃海外に出ることが多く、一週間コンセントを抜いて放置していたら、氷が溶けて部屋中水浸しになったことがあり、その後も使わないでいたら、冷蔵庫ナシの生活に慣れてしまった。で、親御さんと同居を始めた友人がちょうどいたので、その人にゆずったのだった。
 冷蔵庫がなくなったら、部屋がガランとした。あるのは、譜面台とサックススタンド、そこにアルトサックスが一本。それだけである。家にサックス一本しか置いていない、その部屋に遊びに来たことのある人は、あまりの生活感のなさに衝撃を受けたと言っていた。

 会社のある日もない日もピンクジャージでおもてに出て、六本木交差点に向かう、その途中にあるファーストフード、なかでもマクドナルド六本木東店に入ることがいちばん多かった。
 となりにスターバックスコーヒーもあったが、そこは女学校のママさん集団に占拠されていることが多く、マクドナルドのほうが集中できた。何に集中するかって、もちろんゲラである。編集者はゲラと友だち、いつもゲラを持っている。朝マックを食べたあと、その日に会う人の原稿を読むのだ。脂っこい朝食のあとは、なぜか仕事がはかどった。
 マクドナルド六本木東店では、いつも同じ人と会った。私と変わらぬ年の頃に見えた女性の店員さんである。彼女に「おはようございます」と出迎えられると、おぅ今日もがんばるよーという気になった。マクドナルド六本木東店はもうないのだから、彼女もいない。どこに行ったか聞いていない。聞くすべもない。彼女はあのあとどうしただろう。
 朝マックをお持ち帰り用にしてもらい、紙袋を提げて、会社に向かうこともあった。
 朝マックを手に出社する私を見ると、近くの席のホバラさんがいつも同じことを言った。
 「ミルコさん、(そういうものを食べ過ぎると)がんになりますよ」

 ある時期から、朝早くに出社することが増えた。
 みんなの出社時間前に私を見かけると社長が、感慨深げにこう言った。
 「きみも年をとったなァ・・・」
 わからないが<若くない人は朝が早い>ということだったのか、だとしたらあたりまえである。出会った頃の社長は30代、私は20代、それから20年近く経っていたのだから。
 ところで社長は昔から朝が早かった。かといって社員が遅く来ることをべつに責めなかった。仕事の中身に関することではものすごくしつこいのに、それ以外のことでは妙にあっさりしていた。
 私に話を戻すと、早く会社に着いてしまう、それは家と会社が近いからである。
 わずか3・5キロほどの道を、私はクルマで通っていた。
 当時の贅沢を、「どうかしていた」といまは思う。
 しかしその頃の自分にとっては当然の行動になっていた。
 足が悪かったことも、理由のひとつにはある。
 十年ほど前に左足を大骨折してしばらく歩けなかった時期があるが、右足は動いたので、運転していた。
 かといって、純白のベンツである必要はまったくなく、ピンクジャージ上下に金髪で朝マックの袋を抱えてそのクルマから降りてくる人(=私)の姿は、なんて怪しげなのだと思われていたふしがある。後輩にあとで聞いた話だ。私のことを当時の若い社員がどう思っていたか? 去年ある雑誌が私を取り上げてくださった時に、編集部の方が取材をしたところ、「ヘンな生き物だと思っていたんじゃないですかねー」と言っていた、そうな。

 純白のベンツをどこに置いていたかというと、家の近所に停めていた。そこには私より少し若いお兄ちゃんがいて、彼が毎月3万円を渡せば停めさせてくれるというので、お願いした。
 お兄ちゃんはいつも駐車場にいた。したがって私は毎朝、その駐車場のお兄ちゃんや、マクドナルドはじめスタバやサブウェイの店員さんたちと「おはよう」と言い合い、彼らに「いってらっしゃい」と見送られて、会社に出かけていた。幸せな朝のひとときだった。 そのほかすべてをここに挙げられないが、さまざまな六本木の人びとに支えられて、あの街に暮らしていたのである。
 マクドナルド六本木東店も、スターバックス六本木五丁目店も、駐車場も、もうない。
 そこで働いていた人たちも、私もいない。
 純白のベンツも、ない。がん闘病中に売却した。いまはマツダに乗っている。日本のクルマはすばらしい。

2015年9月~2016年2月までミシマガで連載されていた、「5年後、」に大幅に加筆・修正した書籍『似合わない服』が、今年8月後半に発刊になります!!本連載は、その発刊を記念した、期間限定連載です。


お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

山口ミルコ(やまぐち・みるこ)

1965年東京都生まれ。出版社で20年にわたり、さまざまな本をつくる。数々のベストセラーを世に送り出した末、2009年3月に退社。闘病を経て作家活動に入る。著書に『毛のない生活』(ミシマ社)、『毛の力 ロシア・ファーロードをゆく』(小学館)がある。

毛のない生活

バックナンバー