似合わない服 ミルコの六本木日記リターンズ

第3回 ス―マース ペットショップ

2017.07.17更新

 私が六本木に住んでいた頃、<ス―マース>というペットショップが六本木にあった。
 六本木駅の裏にあるビルの一階だった。そのビルにホットヨガのスタジオが入っており、私はそこへ通っていた。いまではまったく興味ないが、ホットヨガは身体によいと思っていた。身体の硬い私でも、身体の柔らかい人になった気がするし、私は左足首に不自由があるのだが、それでも暖められた部屋の中だと多少運動をちゃんとできているようだった。

 ホットヨガのビルにペットショップがあることは認識していた。
 しかし<ペット>を<ショップ>で<買う>なんて。そんな気など、なかった。
 なぜなら私は子どもの頃から父の趣味でいろんな生き物に囲まれて育っていたが、彼らはみんな父がどこからか知り合いにもらってきた生き物たちだったからだ。
 白い雑種犬のしろべえ、ツガイの金(きん)鶏(けい)、チャボ数羽、文鳥のシロとクロ、錦鯉たくさん、ザリガニ数匹・・・などなど。生き物を飼うときは、「買う」のではなく「もらう」のだった。
 そんな私がス―マース ペットショップに足を踏み入れたのはなぜか。

 あのときは、小説家のトードーさんに何かプレゼントをすることになっていた。お礼か、お誕生日か、理由は忘れてしまったが、トードーさんは小型犬を飼っていて、そのワンちゃんを溺愛しており、犬グッズを贈ったらきっと喜ばれるにちがいないと思いついた。首輪とか散歩の綱とかごはんの器とか?なんでもいいけど六本木のペットショップなんて、なんだかおしゃれな物が売っていそうではないか。
 編集者は仕事相手にプレゼントをしょっちゅう贈っているわけではないが、そういう気を遣うこともたまにあった。もちろん逆に本の著者さんから贈り物をいただくこともある。
 そういえば女優のクロキさんからお財布をいただいたことがあった。私は財布を持つ習慣がなく(いまも持っていない)、お札入れには銀行のキャッシュコーナーに置いてあるTAKEFREEの封筒を愛用していた。クロキさんの本を私は何冊か作っていたのでよく一緒に食事に出かけたが、若い女性編集者がヨレヨレの封筒から支払いする姿を見るに見かねたらしく、あるとき「お財布くらい使ってね」とプレゼントしてくれた。クロキさんはレディのたしなみにきびしい人で、レストランでお食事するときは残してはダメなのよ、と言って、いつも細い身体をピンと伸ばして美しく座り、必ずコースをぜんぶ食べ切っていた。

 ペットショップに話を戻す。
 ス―マースには犬しかいなかった。正しく言うと、私が以前チラっと店をのぞいたときには犬屋さんだったのである。それなのに、私が贈り物を買いに行った日に限って、ネコがいた。しかも一匹だけ。これをデステニーと思わずになんとしようか。
 小さくて灰色の、毛のかたまりが、ちょこんとそこにいた。
 お母さんから引き離されたばかりなのだろう、かわいそうに、仔猫はひどく泣いている。
 「・・・か、かわいい・・・」
 するとショップの女の子が近づいてきて、
 「ハイ~、かわいいですよねー!ウチは基本ワンちゃんしかいないんですけどー、たまたま(強調)、ネコちゃんが(強調)、一匹だけ(強調)、今日(強調)、入ってきたんですよ~」
 と言いながらニャンコをスッとすくい上げ、私に抱かせてくれた。
 すると小さな灰色の毛玉は、私にすがりつくように爪を立てて、いっそう泣いた。
 「お客さんのこと、もうお母さんだと思っているみたい・・・♡」
 ・・・・。
 あれが、ペットショップ店員さんの殺し文句だったと、いまならわかる。
 それでも当時の私(40歳・独身)は「お母さん」と呼ばれたことに、ちょっとうわずり、しかも私がこの子をなんとかせねば、という誰からも頼まれてないのにつよい使命感にかられて、連れ帰ることにした。プレゼントの件は、すっとんでしまった。トードーさんに何を贈ったか、まったく覚えていない。

 私はあのときその場でカードを切って、ネコを手に入れた。
 15万円もした。
 それを実家の両親に報告すると、
 「ミルコはとうとうアタマがおかしくなった」と嘆いた。
 私は「お母さん」と呼ばれて彼女を連れ帰ったが、すぐに子育て放棄した。
 赤ちゃんネコには一時間置きに、お湯でふやかした柔らかいごはんをいちいちあげなければいけないことなど、聞いていない。
 私はいそいで実家に向かってネコを乗せたクルマを走らせ、母にネコを預けた。
 それが我が家の二代目ニャンキーだ。
 いまこれを書いている私の足元に、うずくまって寝ている。
 彼女はもうじき11歳になる。
 あのときあの場所で、一瞬だけど私はお母さんになった。
 <ス―マース ペットショップ>は、いまはもうない。
 六本木の町から<ス―マース ペットショップ>は消えた。
 前はあったのに、もう、ない。
 けれどそこで過ごした時間はいまも生きていて、私もこうして生きていている。
お店で働いていた人も、お客さんも、動物たちも、寿命が尽きても、私たちのたましいは消えない。

2015年9月~2016年2月までミシマガで連載されていた、「5年後、」に大幅に加筆・修正した書籍『似合わない服』が、今年8月後半に発刊になります!!本連載は、その発刊を記念した、期間限定連載です。

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山口ミルコ(やまぐち・みるこ)

1965年東京都生まれ。出版社で20年にわたり、さまざまな本をつくる。数々のベストセラーを世に送り出した末、2009年3月に退社。闘病を経て作家活動に入る。著書に『毛のない生活』(ミシマ社)、『毛の力 ロシア・ファーロードをゆく』(小学館)がある。

毛のない生活

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