飲み食い世界一の大阪。

第21回 京都でハモ? それがどないしてん!

2012.10.01更新

 京・大阪では夏はハモを食べる。
 祇園祭も天神祭も、だいたい7月中旬から末の同時期に行われるが、どちらも鱧(ハモと書くよりとても偉そうだ)は欠かせない祭の日の食材だ。

 などと書けば、まるでNHKの「日本の祭」や、毎年その時期になると恒例の新聞の文化欄記事だ。

 昨年の夏に雑誌『大阪人』の8月号増刊で「天神祭の歩き方地図」を編集した。その後半ページの「天神祭と食」というテーマで、実際に大阪天満宮界隈の氏子の方々に取材をした。
 タイトルは「地元の人は何を食べる?」。
 肝心のハモについては「ハモ皮のざくざく」(はも皮とキュウリの酢の物)や「小芋とハモの子を炊いたん」(子に注目)は食べている家があるが、照り焼きやハモの落とし(湯引き)は「ハモは魚屋さんに頼んでましたなあ。今は仕出しをしてくれる魚屋さんがのうなって」(西天満にある食品卸会社の[備菊]の大将。神鉾講々員)という現状だった。

 取材もせずにええ加減な大昔の話を書いてはいけないぞ、記者や編集者のみなの衆。ちなみに天神祭のご馳走は「鰻重」という家が多かったのを報告しておく。

 それと同じなのが「岸和田のだんじりといえばワタリガニです」で、曳行当事者であるオレらは「世話人詰所」で弁当と関東煮、あるいはちゃんこ鍋や。「カニは祭の頃はまだ早い」や。ええか。

 さてそのハモについてだが、「今年もハモをたくさん食べたな」などと言ったり、それに対して「うらやましい」などと反応するのが非関西系(とりわけ東京)の人で、こちらでは「?」というのが地元の人間かと思う。

 ちなみにこれが冬のフグだとかカニとかを「たらふく食べた」となると、「よろしいな」「うらやましい」と返答が帰ってくる。わたしの周りの大阪や神戸の人間には、フグやカニが大好物、あるいはアワビやナマコに目がないという喰い助飲み助が多いが、「好物はハモ」などと言う人間は滅多にいない。

 割烹の板前や料亭の料理人も「夏に魚ないさかいに、まあハモは使うよな」ということで、突き出しにハモの湯引きに梅肉や辛子酢味噌を添えて出したりする。
 岸和田の幼なじみの割烹の板前などは「ハモはあんまりうまいと、オレは思えへん。だしはええけど、身は蒲焼き、棒寿司、フライしかおいしない」と言う。とくにフライは西成系の味の薄い串カツソースが「ええんちゃうか」とのこと。

 事実、新世界や天王寺の串カツ屋には、夏にハモを出す店が多い。
 わたしは谷町線天王寺駅の「あべちか」にある[半田屋]によく行くが、そこの串カツメニューに入れられている「はものフライ」は10センチ×5センチの大きさで150円。「とりあえず生中。それからカツ(牛のこと)2本とハモ、ししとう、玉ネギ」みたいな感じで注文して、串カツと同じようにソースで食べる。

 大阪湾沿岸の旧い街に生まれて育った者にとっては、夏になるとハモの照り焼きが市場の魚屋で売られている光景を思い浮かべる。残った中骨や頭も安価で売られていて、家で味噌汁などのだしに使ってたのが懐かしい。
 スーパーでは骨切りされた活のハモが、「兵庫・淡路産」「大阪湾産」「徳島県産」などと貼られたパック入りで並び、小さなものなら1匹千円以下で売られている。一人あたり1パックあれば十分。買って帰って包丁で適当に切って「うどんのだし」でハモ鍋にする(旬として出回る新玉ネギを入れるが、こちらのほうが「食べてうまい」と思ったりする)。

 ちなみに岸和田の商店街にあるわたしの実家では、このところ夏になると冷蔵庫にはいつも細く刻まれた「ハモ皮」が入っていて、それに三杯酢をかけて食べる。
 冒頭にも書いた薄く切ったキュウリとの酢の物「ハモ皮のざくざく」は夏の居酒屋メニューだが、わたしは家ではハモ皮「だけ」を食べる(キュウリを切るのが邪魔くさいから)。気軽なビールや冷酒のアテである。

 その実家のハモ皮は、外の店で食べるのよりもうまいと思う。
 風呂上がりにパンツ一丁で勝手に冷蔵庫から缶ビールとハモ皮を出して器に盛って三杯酢をかけて飲んでいて、兄に「うまいなあ、どこのんや?」と訊くと、「泉佐野の『こーたりーな』で買うんや。ここのんは香ばしいやろ」と言う。
 「こーたりーな」というのは泉州弁で「買ってやって下さい」という意味で、JA大阪の泉州農産物直売所の店名だ。ラベルを見るとそこの納入している魚屋か地元水産加工業者「永兵」のものだ。
 ハモ皮は蒲鉾や竹輪に使う身を取り去った皮を炙って(揚げているというところもある)細かく切ったもので、地元のスーパーにも普通にある。ちなみ「こーたりーな」のものは50グラム240円。山盛り食べて20グラムなので、値段のほどは推して知るべし。

 ハモに関しての「実際の食文化」みたいなものは、地元漁師の底引き網にもバンバン入る生産地・大阪南部ではそんな感じだ。

 以前『ミーツ』誌の京都特集の際、「京都ブランドって何だ」みたいな座談会をやった。そのひとつとして「京都のハモ」が題材に上がったことがある。

 夏に京都に行ったら、京料理店でハモを食べないと京都は語れない。そのようになっているのはなぜか(嫌な感じだ)。
 地方から来ている大学生までもが、夏休みになって両親が来たからということで、高い店にハモを食べさせに行かせるその選択の余地がない「脅迫観念みたいなもの」はどうしてか。

 大阪ミナミの木津市場の魚屋の娘のライターが述べる違和感は強烈だ。
 京都の割烹で隣の客がハモの落としを梅肉で食べている。「祇園祭の頃が一番美味しいんだよね」という東京弁を聞いて「ええ、ウッソおー」となる。輪をかけてハモ料理を出す側の京都人がそういうことを言うてるのが一番ムカつく。
 要するに「知ったかぶりすな」ということである。「玄人ブリッ子ごっこ」というか、京都の食のことを「わたしは文化程度が高いからよく知っている」というのが、ハモに直結している感があるのだ。

 確かにわたしら大阪勢に言わすと「ハモ食いたいなら淡路。由良とか沼島に行ってこいや。絶対うまいし安いぞ」である。
 そして実際には、その時の座談会に参加していた多くの京都居住者は、夏にハモをそういうふうに必ず食べるかどうかの話になって、「必ず食べる」/「あまり食べない」でちょうど2つに割れた。

 「何で京都で(たいして旨いとおもわない)ハモを食べなあかんのか」は、大阪人の疑問である。
 「地方の田舎もんを騙そう思て、ハモを高級料理として売りつけてるんちゃうんか」
 「脂が乗ってくる秋以降の方がうまいのに」とかさんざんこき下ろすと、錦市場の漬物屋にして酒場ライターのバッキー井上が「京都はな鱧の骨切りにしても技術が全然ちゃうねん」と発言した。

 わたしはこいつはアホかサウス大阪の豊潤極まりない食を知らんのか、と思って「それはパフォーマンスやんけ。ハモの骨切りみたいなもん、オレとこの岸和田とか漁師のおっさんでもやるわい」と言って、座談会を大いに沸かせた。

 事実、日本の食生活全集『聞き書 大阪の食事』(農文協)では、「和泉海岸の食」という章で、岸和田浜地区・大工町の漁家・小藤さん家の日常食が細密に「聞き書き」されていて、アナゴの巻き寿司やイワシのにぎりずしとともに、長袖下着U首シャツに鉢巻き姿のおやっさんが出刃包丁でハモの骨切りをしているシーンが写真で出ている。これは素晴らしくおいしい光景だ。
 
 ちなみに京都・錦市場で包丁や調理道具を扱う永禄3年(1560)創業の[有次]では、鱧専用の「上製骨切り包丁」が尺寸(約30センチ)のもので6万9300円。出刃はもちろんほかのプロ向け専門包丁よりもダントツに高い。この道50年の武田昇店長は「まあ、祇園祭から秋までしか使わへん、とても贅沢な包丁ですわな」と不敵に笑う。
 
 明治以前ならともかく、冷蔵設備や交通輸送手段が発達した今、なんでハモだけをそない奉るんか、京都人は変や。
 それがわたしら大阪勢の疑問だ。

 そういう京都の「ハモ話」を思い出したのは、今年の天神祭の時期にTwitterで北新地のうどん屋[黒門さかえ]の大将と「ハモの湯引きはおいしい思たことない。フライは好きやけど、と今年もハモの旬になって話している」などとつぶやいて、TLがエラいことになったからだ。

 まず反応するのは在関西あるいは京都や大阪に関連する東京人でこんな感じだ。
 A新聞生活文化部記者「ゆうべ、ミチノ・ル・トゥールビヨンでいただいた鱧とたまねぎの一皿、感涙ものでございました。詳細はシェフへお問い合わせを。」
 S潮社編集者「京都(山科)出身の家内は、『落とし』が食べたいという私をバカにして、『ハモはフライに限る。安いし』と言っておりました。」
 ジャーナリスト「ちなみに昔、祇園の芸子さん出身のママさんがいるスナックで聞いたのですが、『梅肉を添えない鱧が新鮮で美味しい』というのは、本当ですか? でも、もう鱧も旬は過ぎましたね。」

 オレは「シロートが何言うてんねん。しっかしこれはおもろなってきた」と思い、即座にRTで「ハモと玉ネギいうたら、ハモ鍋ですやんね」とかを返しながら、例のヤツをドカンといった。
「ミーツの『京都ブランドって何』みたいな座談会で、バッキー井上が『京都はな鱧の骨切りにしても技術が全然ちゃうねん』とべっこに発言したから、『鱧の骨切りみたいなもん、岸和田の漁師のおっさんでもやるわい』と言って、座談会がむちゃくちゃになったことがある。」

 ちなみに「べっこ」というのは複雑な意味をもつ泉州弁で、「身の程知らず」とか「小生意気」「ヘタレなのに偉そう」とかいう意味だ。岸和田の春木漁港の近くで生まれ育っただんじり祭の後輩は「ハモはべっこで美味ないです。(地元泉州でも高級食材になった)シャコはひっこみじあんでええですね(笑)」と正しくFacebookにコメントしてきた。「食う奴の気位が高いんですかね。鱧食うてる自分が好きみたいな」というのが強烈だった。

 そうなると意外や、店好きうまいもん好きで知られる阪大医学部のN野教授(大阪市旭区出身)が、
「バッキーさんに一票。鱧は軽く焼くのと、しっかり焼くのとで味が全然ちがってくるっちゅうことも、京都で知りましたでぇ。つい最近ですけど。RT ‪@kohirok: バッキー井上が「京都はな鱧の骨切りにしても技術が全然ちゃうねん」とべっこに発言したから、・・・」
とつぶやいてきた。ちょっとイケズになったオレは、
「京都でどっさり鱧食うて、泉南や和歌山や淡路の漁業関係者を儲けさせたってください。去年はむちゃくちゃ安かったらしいですから。」
 と即返する。するとこうきた、
「残念ながら、京都のええ店で使われてる鱧は、全部韓国産やそうです。漁場の餌のせいで、サイズだけじゃなくて味も全然違うとか。これも最近知ったのですが、びっくりしましたわ。」
 わたしはそれにはちょっとムカッときて、
「たこ焼き用のタコはモロッコかマダガスカル産が一番うまいと聞いたことあります。」
 と返しておいた。

 同期させているFacebookには、京都を代表する伊料理[イルギオットーネ]の料理長が、
 「実際、祇園祭からこの時期、京都で、ええ鱧とされるのは韓国産。でその味はいわゆる和牛のA5にあたるかと。その味はなくとも骨も柔らかくあたりさわりのない味は・・・。京都で赤身の味の濃い肉が受けずに、一般的にはサシの肉が喜ばれるのとどこか似てる気がしますね。秋の脂ののった内地の鱧は明石の伝助穴子に近いぐらい美味しくなるけれども、その頃は京都ではあまり食べられない。不思議ですよね。」

 と長いコメントを寄せてくれた。正直わたしは「ホンマかいな」と思って、1分と30秒ぐらい悩んだ末に、
「ハモて秋に脂が乗るて知りませんでした。伝助穴子もあんまし食べないです。京都の人はそんな嗜好があるんすね。」と返した。

 とくに面白かったのは、泉南や淡路島の「ハモ生産地」のフォロワーの反応である。
 岸和田高校の後輩でルーツを岸和田浜地区に持つ30代後半女性は、「なんか江さん(‪@kohirok)に宛てた鱧ツイがえらいことになってるwww」とつぶやいた後、
「うちの母、自称京都人ですけど、わざわざ細かく骨切りしてまで鱧食べなあかんほど京都では美味しい魚は食べられへんねん、って身もフタもないこと言ってました^^;」
 さらにうちの町内会の浄土宗寺院の40代の奥さんは、
「私も京都出身ですが鱧は蒲焼きが一番だと思います。岸和田に嫁いで実感致しました!」
「83歳、僧職の父は京都人で食べ物、道具、習慣まで京都を愛しておりましたが今は兵庫の高砂で暮らしております。鱧の照り焼きが好きなのは焼き穴子の美味しさを知った影響もあると思います。」
 
 生産地100%のフォロワーは、
「春木漁港内の[あかい]でハモづくしをたらふく食べても7000円でしたが、これと同じハモ、ここから送ってるけど、京都で食べたら何倍も値段すると言ってました!」
「鱧は、湯引き、鱧すきも旨いですが、淡白な味なので是非フライでお召し上がりください。ウスターソースとからしで、そりゃ、最高に贅沢で旨い食べ方です。」(これは淡路島の街ネタHPライターさん)。

 そうなると拙者とてジャーナリストの端くれ、これは取材である。
 冒頭に出てくる岸和田の割烹の板前に電話をする。彼の家は祖父の代まで春木北浜の漁師をしていた。
 ちょうど今週(9月6日頃)になって岸和田漁港をのぞくことがあった。ハモを見るとたくさん捕れている。けれども「100本のうち、子(卵)入ってんのん2〜3本や。もうあかんやろ」とのことだ。

 ハモは不思議な魚で、雄が少なく雌がほとんどだ(雌しか大きくならない)ということは知られているが、産卵を終えるとものすごく身が痩せてまずくなる。その意味では「梅雨の水を飲んでうまくなる」というのはアタリで、祇園祭や天神祭の頃がギリギリの旬である。
 また彼によると、通常の魚は鯛にしても卵をたくさん抱いた産卵期は脂が枯れていておいしくないが、ハモだけは産卵期のがとりわけうまい。だから「子入っているのんがええ」とのことで、「盆過ぎるとどんどんまずなる」とのことだ。
 「秋はやっぱりあかんやろ」。これは微妙である。

 続いて神戸・三宮の鮨の名店[源平]で約10年活躍し、淡路島に帰って鮨割烹をしている板前に電話をする。
 わたしは20年以上[源平]に多い時で週2ペースで通っている。そこでいつも抜群のオコゼの吸い物(半身は薄造りで食べる)をつくってくれ、わたし専用の焼きアナゴと椎茸の巻き寿司を巻いてくれたコースケくんは、南淡路・由良の出身で実家はウニなどを獲る漁師である。現役の「潜り漁師」であるお父さんより毎日送ってくる[源平]のウニは、食べた客が涙を流すのを何回も見ている。
 ちなみにコースケくんは昨年末独立、奥さんと一緒に淡路に帰って洲本市本町4丁目で[海山]を開店、淡路で早々にぶっちきっている。

「そうやね、江さんハモあんまり食べへんもんなあ。いつうまいかどうか? 今も十分うまいで。そんなこと訊かんと、食べに来てくれたらわかりますわ」と言うコースケくんは、「ハモは目利きと新しいかどうかですわ」であり、「京都で韓国産? 岸和田の人がそんなこと言うてどうしますねん。地元の魚に誇りもってくださいよ」とのことだ。
 こと魚に関しての目利きと包丁は、三宮[源平]で常々本場の度胸千両系男稼業の客を相手にしていただけあって、京都の料亭割烹の板前の骨切りなどまるで相手にしていなかった。

 話をまとめにかかると「ハモは秋の方が脂が乗ってうまい」というのは言い当てているが、「10月はまだ早い」ということである。
 卵を産んだハモが冬眠に入る前、「餌食いまくって、黄金色した主みたいなヤツ。あんまり捕れませんけど。これは何してもうまい」とのことだ。
「こんなん言うたらアレですけど、京都の板前は600〜800グラムのもんを好むでしょ。それは扱いやすいよってですわ。自分らは2キロくらいのヤツ、平気で扱いますけど」と言う。
 
 これをお読みのグルメ読者のみなさん。ほーら、淡路に渡って神戸のその筋の人間が口を揃えて「絶品や」と言う彼のハモの湯引きを食べに行ってください。(オレはハモ皮だけにしとくけどな)

 しっかし、大して旨いと思えへんもんについてがたがた吐かすな、とつくづく思うのである(オレもやけど)。

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江 弘毅(こう・ひろき)

1958年、大阪・岸和田生まれの岸和田育ち。
『ミーツ・リージョナル』(京阪神エルマガジン社)の創刊に携わり12年間編集長を務める。現在、編集集団「140B」取締役編集責任者、神戸女学院大学非常勤講師。2011年4月より『大阪人』編集を担当。
著書に『「街的」ということ』(講談社現代新書)、『岸和田だんじり祭り だんじり若頭日記』(晶文社)、『ミーツへの道』(本の雑誌社)、『街場の大阪論』(新潮文庫)、『「うまいもん屋」からの大阪論』(NHK出版新書)など。

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