プロに論語

 孔子というと、多くの人が儒教を連想し、孔子は思想家だと思っている人が多いと思うのですが、実はマルチな才能があるという話を、前回のいとうせいこうさんの回でもしました。前回は音楽家としての孔子に注目しましたが、今回は政治家である細野豪志さんをお相手に、政治家・孔子について語ってみたいと思います。孔子は思想家だというのは後世の人たちがつくったイメージで、孔子本人は紛れもない政治家だったのです。

(構成:萱原正嗣)

第8回 政治と論語 細野豪志さん(2)

2016.04.24更新

文字がなければ「信」もなかった

安田「徳」や「禮」に続いて、今度は「信」について考えてみたいと思います。「信」も、「徳」や「禮」に関係します。

細野「信」は政治の要諦が述べられているといわれる「三事五要」にも出てきますし、「民信無くば立たず(人民は信がなければ安定してやっていけない。12-07)」も有名な一節ですよね。

安田はい。ただ、孔子の時代に、この「信」という字はないんです。ですから、孔子は何も信じていなかった(笑)。

細野ほお、そうなのですか。じゃあ、孔子の時代の文字に当てはめると、どういう字になるのですか。

安田おそらく「伸びる」という意味の「伸」だったのではないかと思います。孔子よりちょっと後の時代の本になるのですが、『荘子』という本の中に「屈伸」という意味で、「屈信」という字が使われています。孔子や、その少しあとくらいの時代では、「信」と「伸」は同じ意味で使われていたようです。

細野『論語』の中の「信」も、孔子は「伸」として使っていたということですね。

安田はい。先ほどお話ししたとおり、孔子の時代の「徳(德)」の字には「まっすぐ行く方法を教える」という意味がありました。うまくいく道筋を教えるということですね。「まっすぐ行く」のは「伸」につながりますから、「徳」と「信」は似たような意味になります。

細野なるほど、そういうことなのですね。

安田古代の日本語にも「信じる」という言葉はありませんでしたし、実はかなり新しい概念なんです。

 私事で恐縮ですが、子どもの頃から「大きくなったら何になりたいか」という質問をされたことがありませんでした。小さな漁村で育ったので、みんな、漁師になるのが当たり前なので、そういう質問は意味がないんです。だから、勉強をしていい成績を取ろうとか、先生に取り入っていい子と見られようとか、そういう気持ちがまったくない(笑)。先生に楯突いたら、内申書に何を書かれるかわからないから、なんていう考えを持っている人が周囲にまったくいませんでした。

 で、同じようにね、古代中国の人も、そして世界中の文字がない時代の人も、未来のことなんか考えなかったのではないかと思うのです。そこに文字が発明された。文字というのは、本来は消え行く言葉を、いまここに刻んで、しかもそれを将来も見えるようにしようという発明ですから、時間を生み出すし、それによって未来を考える力を獲得するようになります。

 たとえば、ここに家の図面があるとします。図面も広義の文字ですね。これを「信じる」からこそ、資材を発注して、トンカントンカンしながら家を建てる。「こんなの紙じゃん」って言って信じなかったら家はできません。図面を「信じて」、そして「わき目もふらずまっすぐにゆく(徳)」、するとちゃんと家ができちゃう、それが「徳」や「信」の力でもあるのです。


未来はいつも「今」から始まる

細野そうだとすると、少しひねくれた見方になるかもしれませんが、いまのように時代が大きく変化しているようなとき、不連続な変化が起きているようなときは、「まっすぐ行く」ことを是とする「徳」や「信」では未来は見通せないということになるのでしょうか?

安田いや、いや。そういうときこそね、「徳」や「信」が大切になってくるのです。

 「信」は「まこと」とも読みますでしょ。ここでちょっと「誠」の話をしたいのですが、「誠」に関しては、『論語』よりも、同じ儒教の四書のひとつである『中庸』のほうが詳しいので、ちょっと『論語』を離れて、『中庸』の中の「誠」の話をしましょう。

 といっても、「誠」も孔子の時代には存在しない文字で、当時の字としては右側のつくりの「成」だけで「誠」の意味を表していました。この「成」の字が意味するのは、「成るべきものが、成るべくして、成るべきようになる」ということです。

細野はい。

安田たとえば毛虫がいるとしますね。この毛虫は蛹になり、さらには蝶になります。この毛虫が蝶に「成る」ような変化を「誠」といいます。「成」は完成の「成」です。これってアリストテレスの形相論に似ているでしょ。イデアはそのものの中に宿っていて、それが十全に発現した状態が「誠」です。

 ただ、ここでね、いたずらっ子がいて、その毛虫の尻尾のあたりをぶちゅってつぶしてしまったとします。そうするとこの毛虫は蝶にはなれないかもしれない。アリストテレスだったら、これはダメだとなると思うのですが、「誠」はそれもありなのです。毛虫や蛹は必ず蝶にならなければならないという固定的なものではなく、そのときどきの状況に応じて変わってもOKなのです。

細野具体的にはどういうことでしょうか?

安田たとえば、剣道が得意で宮本武蔵の二刀流に憧れている少年がいたとしますね。その少年が、あるとき事故で片手をなくしてしまったとしたら、宮本武蔵のように二刀流の剣士に「成る」ことはできません。しかし、「誠」はその都度その都度更新されるので、それでもOK!。片手を失った少年は、そのときからまた別の何かに「成る」ことができるのです。

 常に現在を起点にして、そこからの「誠」の変化を考えます。現在が常にゼロの状態で、それが「成るべくようにして成る」、それが「誠」です。「徳」や「信」によって見通した未来は、決して固定的なものではなくて、現実が変わればそこから「伸びる」未来も変わってきます。

細野たしかに、未来を見通す力は現実を切り開く原動力になりえますが、それを「あるべき未来」として固定的にとらえてしまうと、それが実現できなくなったときにマイナスにとらえてしまいがちですよね。政治の世界でも、一度与党になって野党になったり、当選したのが落選したりすると、大きな敗北のように受け止めてしまいがちですが、現実をその都度受け入れて、ゼロから歩み続けるしかないということかもしれませんね。


「朝シャン論争」から考える政治の位置づけ

安田今まで徳による治世の話を見てきましたが、しかし現代の政治は「法治」が中心です。基本的に、民を法によってコントロールしなければならない愚民として扱う。また、『荘子』の「朝三暮四」的な政策も、今の自民党はほんと頻繁に行いますが、その都度、国民もだまされるというか...。


注釈)「朝三暮四」猿使いが、手飼いの猿にトチの実を与えるに際し、朝に3つ、夕方に4つとしたところ、猿が「少ない」と怒った。そこで、朝に4つ、夕方に3つにしたら喜んだという故事。結局は同じなのに、目の前においしいものをぶら下げられると、思わずそれに反応してしまい、あとの苦しみを考えないたとえ。当座しのぎの政策に使われ、多用はできないはずだが、この数年、何度使っても国民から声があがらないのは使い方がうまいというよりは、目の前のおいしいものを渇望するほど心身が困窮しているということなのだろう。

細野たしかにおっしゃるとおりですね。

安田これは「政」と「刑」以前の話です。で、この対極にある「徳」と「禮」にする「徳治」は、国民を「格(いた)る」状態に導くことを目指しています。国民一人ひとりが、自分の能力を最大限伸ばすような国家をつくるのが「徳治」の理想とするところです。
 この「徳治」が実現すると、為政者の存在が見えなくなります。でも、現代の選挙制度では、「徳治」を実現させたその人は、次の選挙で勝つことは難しくなっちゃいますね(笑)。

細野今のご指摘、感覚的にすごくよくわかります。政治家は「大きな存在」であるべきか、それとも「小さな存在」であるべきかは、政治の重要なテーマのひとつです。これは実話かどうかわかりませんが、湾岸戦争が起きた1991年にこんな話がありました。自衛隊を海外に派遣するかどうかで、政治家やメディアがひっくり返るような大騒ぎをしていたときに、女子大生が、「湾岸戦争なんて私には関係ないわ、私には朝シャンできるかどうかが大事」と言ったそうです。当時は「朝シャン」が大ブームだったんですね。それに対して、自民党の重鎮・中曽根康弘さんは、「国の一大事にけしからん!」と憤られたそうですが、時の首相の宮沢喜一さんは、正反対の反応を示されました。「国民が天下国家に憂いを抱かず、日々平穏に朝シャンをできるようになるなんて、日本もいい国になった」と言われた逸話が残っています。

安田なるほど、面白いですね。

細野この逸話を元にして、政治家一人ひとりが自分はどちらのタイプを目指すのか、政治家どうしで話題にのぼることがあります。若い時分の私は、中曽根さんと同じく「けしからん!」派でしたが、政治家として年月を重ねて、ある時期から宮沢さんと同じ意見に変わってきました。国の行く末を心配することなく国民が日々の生活を送れるのは、政治がうまくいっている証ではないかと思うようになったんです。

安田おお、「鼓腹撃壌」ですね。


注釈)古代中国の伝説に登場する「堯(ぎょう)」が、天下を治めていたとき、あまりに何事もなくて、本当にこれでいいのかを知るためにおしのびに国を歩いてみたら、老人がいて、腹鼓を打ち、足拍子を打ちながら「陽が出れば耕し、陽が落ちれば休む。井戸を掘って水を飲み、畑を耕して食べる。どうもこの世の中には堯という人がいて、その人がこの国を治めているらしいけれども、自分たちには関係ない」と歌っていた。これを聞いて堯は、「ああ、うまく治まっているな」と思ったとか...

細野はい。それがある意味では政治の理想的な状態ですよね。だからあえて逆説的な言い方をすると、国民が政治に対して高い関心を持っている状態は、政治的には危機的な状態にあるということです。たとえばカンボジアで選挙をすると、投票率が7割とか8割とかものすごく高くなります。それは昔のポル・ポト派の残党が出張ってくると大変だからで、そうならないようにみなが投票に行くわけです。そういう意味では、先の安保法制で政治への関心が高まったのは、それだけ国が大きな危機に直面していることを示しています。

安田為政者の存在を意識しなければいけない状態にあるということですね。


「長い目」で見てこそわかること

細野先ほど自民党の政策は愚民政策だとおっしゃいましたが、国民は目先の利益に釣られがちであるようでいて、実際のところはかなり賢明な判断を下すものではないかと思っています。「一見よさそうだけど、ちょっと待てよ」という冷静な感覚を持ち合わせているような気がするんですね。

安田どこかでブレーキをかけている...。

細野なので、小さな政治でもきちんとした仕事をすれば、長い目で見れば正当に評価されるものだと思っています。小さな成果は目の前の選挙の勝敗を左右するには弱いのかもしれませんが、地味なイメージのある大平政権(1978-1980)や小渕政権(1998-2000)の評価が、最近になって上がっているのもそのいい例でしょう。

安田なるほど。今の時代は、政治も学問もあらゆることがマーケティング的になって、短期間で評価が下されるようになっています。昔の大学の先生って、授業で何をしゃべっているか訳がわからないところがありましたよね。今は毎年毎年評価されて、わかりやすい成果を出すことが求められています。

細野実用性が乏しい学部は廃止すべきみたいな議論もありました。その近視眼的発想は危うく感じています。

安田650年続いている能のいいところは、歴史が長い分だけ、長い目で物事を見ることが当たり前になっていることです。たとえば、能の笛や鼓は、何十年後や何百年後にいい音を出すようにと、吹いたり、打ったりしています。『論語』で理想とされる政治も、そういう長い目も含むということを理解しておくことも重要だと思います。だからこそ『論語』がこんなにも長い間、読み続けられいるわけだし。

細野そういう意味では、政治家が自分の政治家人生をどこで終わらせるかの見極めも大事なことだと思います。長い目で見たときに自分の役割がどこにあるかを見定めて、自分が果たす役割を終えたと思ったらスパっと辞める。最後を潔く終わらせられる人は少ないのが現実だと思います。評価はいろいろ分かれるでしょうが、小泉総理の引き際はなかなか見事でした。

安田『論語』のなかにも「終わりを慎む」という言葉があって、孔子はその重要性を説いています。「終」の原義は「糸(いとへん)」が示すように、糸の端を結び止めることです。「結びの言葉」などともいいますが、自然に何かが「終わる」のではなく、自分で結んで、「終わり」を意志的に決めることをいいます。

 「慎む」も今の言葉の意味とは違って、左のへんの部分を「金」に置き換えると「鎮」という字になります。「文鎮」の「鎮」です。「終わりを慎む」は「終わりを重くする」というような意味で、物事をしっかり、きちんと閉じることをいいます。「功成り名遂げて身退くは天の道」といいますが、何かひとつの功を遂げたら、自ら身を引くこと、それこそが天の道だと考えていました。

細野だからでしょうか。中国の指導者には明確には定年制があります。今の共産党でも、トップの役職に就くのは一定年齢以下の人と決まっています。


『論語』と『聖書』の共通点

安田おお、そうなのですか。だからいい意味でも悪い意味でも、政策がよく変わりますよね。『論語』も、中国では一時期軽視されましたが、いまはまた盛り返していて、中国の書店に行くとたくさんの『論語』の本があります。

細野日本も、『論語』を読む人の人口は日本が一番多いと言われた時代がありますよね。

安田今は中国のほうが多いでしょう。共産党の一党支配で、共産党の理念と『論語』は合わないといわれていますが、しかし今は国家挙げて『論語』を推奨しています。『論語』の研究者が政治家に対する影響力を持っていることもあるようです。

細野日本の政治における『論語』の影響力はどうご覧になりますか?

安田僕は政治の場にいたことがないのでわからないのですが、日本の政治における『論語』と言えば、安岡正篤先生(1898-1983)のイメージが強いですね。実際のところはどうなのですか。

細野ご存命の間はもちろんですが、亡くなられてからも1990年代ぐらいまでは、自民党政治に大きな影響力があったのは間違いありません。政治家は歴史好きな人も多いですし、安岡先生の影響ではなくとも、『論語』を読んでいる人は多いと思います。ただ、現代において政治に影響力のある思想家がいるかというと、あまりいないように思えます。

安田それって戦後の学問界が背負う問題のひとつと言えないでしょうか。

細野靖国参拝や夫婦別姓のような、右と左がはっきり分かれるような個別の政治的マターにおいては、右のイデオロギーを代表するような人はいます。その影響もあって、『論語』というと、ついついそういう右寄りなものだと思われがちですが、本来はまったくそういうものではないというのが安田さんのお考えですよね。

安田『論語』は孔子が生きていたころの話が、後世になって大きく読み替えられています。孔子が言わんとしていたことをちゃんと理解しようとするのはけっこう大変なのですが、それを分かりやすく礼儀作法のような形にして国家宗教のようにしたのが、前漢(紀元前206-8)の終わりごろのことですね。

細野読み替えられた後の話が、半ば教典化して世に広まっているということですね。

安田そういう意味では、キリスト教も似たような運命を辿っています。イエスが発した言葉とパウロが解釈したイエスの言葉はまったく異なっています。イエスが活動したのは中東地域ですから、イエスが話したのはアラム語かヘブライ語のはずですが、『新約聖書』の原典は古典ギリシア語で書かれていて、それがラテン語に翻訳されています。

細野たしかにそうですね。私は幼稚園から中学校まで近江兄弟社学園というミッション系の学校に通っていたので、『聖書』の話もとても興味があります。

安田そうでしたか。じゃあもう少し『聖書』の話を続けると、たとえばよく知られる「悔い改めよ」という言葉は、古典ギリシア語では「メタノエオー(μετανοέω)」といって、「認識を180度転換する」というのが原義に近い意味です。「ノエオー」は「認識する」という意味、「メタ」が「180度転換する」という意味ですから。それがラテン語に翻訳される際に、私たちがよく知る「悔い改めよ」に近い「後悔する」という意味合いが入ってきます。「認識を180度転換する」だけだとわかりにくいと感じた人たちが、自分たちにとってわかりやすかった「後悔する」の意味への置き換えをしたのかも...。

細野そうやってわかりにくいものが都合よく変換されてしまうわけなんですね。


孔子とマックス・ウェーバーの政治への思い

安田『聖書』とも関連し、今回のテーマの「政治」とも関係する重要な言葉が『論語』にはあります。それが「倦む」という言葉です。「政治」において重要なのは「倦むなし」だと、次の2ヶ所で語っています。

子張政を問ふ、 子曰はく、之に居りて倦むなく、之を行ふに忠を以てす、 12-14

子路政を問ふ、子曰はく、之を先んじ之を勞す、
益を請ふ、曰はく、倦むこと無かれ、 13-01


細野「倦むことなく」は「怠ることなく」というニュアンスで現代語訳されることが多いですよね。

安田はい。「政治にたずさわるものは怠らずに」でもいいのですが、同じ怠るでも、現代のそれとはちょっと違うニュアンスがあります。
 日本語の「倦む」を辞書で引いてみると「同じことなどを長く続けていやになる。退屈する。また、あきて疲れる(『日本国語大辞典』)」とあります。
 定義の最後に「あきて疲れる」こととありますが、「飽(飽きる)」と「倦(う)む」とはニュアンスが微妙に異なります。「飽」とは、飽和状態になって「やってられない」気分になることです。食べ飽きるとか、見飽きるとか、そういうのが「飽きる」です。

 で、孔子が使う方の「あきる」の「倦」ですが、この字も実は孔子の時代にはありませんでした。右側の「卷」の字もあったかどうかはちょっと怪しくて、確実にあったのは「卷」の下の部分だけ。昔の文字で書いてみましょう。


 これは、人が跪(ひざまず)いてうなだれている状態を象っています。ですから「倦む」というのは、絶望に打ちひしがれて、うなだれ、屈服して動けなくなっている状態を指します。

細野なるほど、跪いて絶望しているのが「倦む」だと。

安田『論語』で「倦む」が出てくるのは大きく2つの場面で、ひとつは今しがた紹介した「政治」の場面。そしてもうひとつは人を「おしえる」場面です。

細野教育ということですか。

安田実は、「おしえる」には複数の意味があって、「教える」で表記するのは、自転車の乗り方を指導するような、英語で言うと「instruction」に近い意味合いがあります。もうひとつは「誨(おし)える」という字を書いて、これはもともと神事に関する文字で、その人の「神的」な部分、現代的にいうと無意識レベルにまで到達するような教育を言います。その人すらも気づいていない、深い部分を引き出す、英語で言うと「educate」になるでしょう。孔子が得意だったのがこちらの「誨える」の方でした。

 で、この「誨える」と「政治」は、どちらも「倦」みやすいものです。相手がわかってくれない。何度説明しても丁寧に働きかけてもなかなか伝わらない。すぐにわかってくれる人に教育や政治は必要ありません。放っておいても自分でやってくれます。わからないからこそ教育も政治も必要なのですが、しかし挫折感や徒労感は常につきまとう。打ちひしがれて絶望的な気持ちに陥りやすい。だからこそ、「倦むなし」が重要だと孔子は言います。

細野今の話、非常に面白いです。政治を志す人が読む定番中の定番書にマックス・ウェーバーの『職業としての政治』がありますが、そのなかでも最後に似たようなことを言っています。

 「自分が世間に対して捧げようとするものに比べて、現実の世の中が―自分の立場からみて―どんなに愚かであり卑俗であっても、断じて挫けない人間。どんな事態に直面しても『それにもかかわらず!』と言い切る自信のある人間。そういう人間だけが政治への『天職』を持つ」

 こういう言葉で終わるんですね。まさに「倦むなし」そのものです。


人が「君子」になるためには

安田おお、まさにそうですね。ちなみに孔子は「倦むなし」とは言っていますが、しかし同時に人間がそんなに強いものでないことも知っています。

 「倦」は、『新約聖書』の古典ギリシャ語の「プトーコス(πτωχός)」に似ています。

 これはいとうせいこうさんとの会にもお話をしたのですが、「マタイによる福音書」や「ルカによる福音書」には「山上の垂訓」という場面があります。山の上にいるイエスが、弟子や群衆に語りかける長大な説教で、キリスト教の信者の方がされる「天にまします我らが父よ(天におられるわたしたちの父よ)」の祈りも、このときに教えられた祈りの言葉です。

 で、その山上の垂訓で「心の貧しい人(マタイ)」や「貧しい人(ルカ)」は幸いであるとイエスは祝福されます。この「貧しい人」と訳されるのが「プトーコス」です。プトーコスとは、屈服したような身体状態を示す言葉です。迫害され、踏みつけられ、背筋なんて伸ばしていられない、立ってもいられない、跪いて、体も丸くして苦しみに耐えている姿、まさに「倦」の形です。

 マタイ伝の「心(霊)の貧しい人」の「心」は古典ギリシャ語では「プネウマ」、風であり、息であり、霊であり、心であるのがプネウマです。体を屈曲させて呼吸もできない状態、神の霊からも見放された人、それが「心(霊)の貧しい人」です。
 イエスは、そのような人こそ幸いであり、天の国はその人たちのものであるといいます。

細野はい。

安田で、その姿が固定されると、いわゆる「せむし」になりますね。その「せむし」の姿が「君子」の「君」のもとの字である「尹」だという説があります。身体に障害を持った人ですね。イエスが「せむし」のような状態になった人こそ「幸い」で、そういう人のために「天の国」はあると言うように、孔子も、そして古代中国の伝統としても、身体や精神に障害を持った人こそが聖人であり、そして「君子」になり得るといわれていました。

細野なるほど、つながっているわけですね。

安田「君」には「口」がつきますね。この「口」は、古代中国では「神の声」を意味しました。ふつうは聞くことができない神の声を聞くことができるのは、絶望しそうな「倦む」ほどの状態になり、呼吸も苦しく崩れ落ちそうになった人だけです。これは能のワキにも似ています。能のワキは、神や亡霊のいる「彼岸」と、僕たち人間が生きる「此岸」の境界(わき)に生きる者ですが、彼が死でも生でもない境界に生きるようになったのは、何か大きな失敗に遭遇するか、あるいは大きな欠落を得てしまったからなのです。

 そして、このような人だからこそ、神の声と同じく、ふつうならば聞こえない「民の声」も聞こえます。ただ、政治や教育に携わる人が、ただ聞こえるだけではダメ。そんな欠落や苦しみを抱えながら、それでも「倦」の状態から身を起して人のために何かをする、それが大切なんだというのが「倦むなし」です。。

細野今のお話、東日本大震災とその後の福島第一原発事故で、それと似たような感覚を抱いたことがあります。原発がただごとではない状態になっているとわかった3月11日から17日まで、事故対応のため、6日間で合計2時間ぐらいしから寝られない日々が続きました。そこまで極限の状態になると、自分でも異常なまでに嗅覚が鋭くなったのを実感しました。ああいう事態ですから、いろんな人がいろんなことを言います。技術的な細かいことはわからないのですが、どの技術者が本当のことを言っているか、誰が自分の立場を守ろうとして重要なことを隠しているかは直感的に瞬時に見分けられました。

安田おお、なるほど。まさにそうですね!

細野あのときの感覚が、緊急事を過ぎると途端に薄れていったのも驚きました。当面の危機を乗り越えて4月になり5月になると、政府の動きも平時対応に戻さざるを得ませんでしたし、それにつれて自分の感覚も元に戻ってしまいました。「君子」になるのは簡単ではないということなのかもしれませんね。

    

お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

安田登(やすだ・のぼる)

1956年千葉県銚子市生まれ。高校時代、麻雀とポーカーをきっかけに甲骨文字と中国古代哲学への関心に目覚める。高校教師をしていた25歳のときに能に出会い、鏑木岑男師に弟子入り。能楽師のワキ方として活躍するかたわら、『論語』などを学ぶ寺子屋「遊学塾」を東京(広尾)を中心に全国各地で開催する。また、公認ロルファー(米国のボディワーク、ロルフィングの専門家)として各種ワークショップも開催している。著書に『能に学ぶ「和」の呼吸法』(祥伝社)、『身体感覚で「論語」を読みなおす。』(春秋社)、『異界を旅する能ワキという存在』(ちくま文庫)『本当はこんなに面白い「おくのほそ道」』(実業之日本社)、『あわいの力「心の時代」の次を生きる』『イナンナの冥界下り』(ミシマ社)など多数。

あわいの力

イナンナの冥界下り

バックナンバー