プロに論語

 孔子というと、多くの人が儒教を連想し、孔子は思想家だと思っている人が多いと思うのですが、実はマルチな才能があるという話を、前回のいとうせいこうさんの回でもしました。前回は音楽家としての孔子に注目しましたが、今回は政治家である細野豪志さんをお相手に、政治家・孔子について語ってみたいと思います。孔子は思想家だというのは後世の人たちがつくったイメージで、孔子本人は紛れもない政治家だったのです。

(構成:萱原正嗣)

第9回 政治と論語 細野豪志さん(3)

2016.05.11更新

孔子が言わなくても誰でも言いそうなこと...?

安田ではいよいよ『論語』で政治といえばこれ!という章句を読んでいきましょう。まず素読をしましょう。

子曰はく、千乘の國を道びくに、 事を敬して信、 用を節して人を愛し、 民を使ふに時を以てす 01-05


 この章句は、国を治めるためにもっとも重要なことをひとことで言っているということで、「治国の要諦」とも呼ばれています。また、本文中の「事を敬して信」、「用を節して人を愛し」、「民を使うに時を以てす」の3つを「三事」といい、このなかにある五文字、「敬」「信」「節」「愛」「時」を「五要」といって、あわせて「三事五要」とも呼ばれています。国を治める要諦はこの「三事五要」の中にあるということで、昔の政治家は揮毫を頼まれると、この章句の一部をよく書いたそうです。では、最初に岩波文庫の訳を見てみましょう。

「諸侯の国を治めるには、事業を慎重にして信義を守り、費用を節約して人々をいつくしみ、人民を使役するにも適当な時節にすることだ。」


 最初に白状しちゃうとですね、実は僕はこの章句がよくわからないんです。たしかに、どれも政治にとって大事なんだろうなぁとは思うのですが、こう現代語で読んでしまうと、なんかスルーしちゃうんです。なんだ、当たり前じゃんというか、わざわざ孔子が言わなくても誰でも言いそうなことだよって...。
 ですから、この章句の真意というか、そういうものは、実際に政治に関わっていらっしゃる細野さんの方がよくおわかりになるんじゃないかと...。というわけで、まずはこの章句が孔子の時代にどう読まれていたかということをお話しますので、あとでいろいろとご意見をお聞かせください。

細野たしかに、節約して税金を大事にするとか、人民を愛するみたいなことはありふれた話ですよね。

安田はい。でも、この章句が「治国の要諦」として昔から重視されているのですから、やはり深いはずなのです。ですから、ぐっと深読みをしていきましょう。では、これも白文で見てみますね。

子曰、道千乘之國、敬事而信、節用而愛人、使民以時、


 さらに、この中の「三事」と呼ばれている部分を並べてみます。

敬事
節用愛人
使民以時


細野一行目と二行目で同じ場所に「而(しこうして)」が使われていますね。

安田はい。となると、一行目と二行目は、おそらく対句だろうと思われます。一行目の「敬事」と二行目の「節用」が対応し、「信」と「愛」が対応しています。

細野そうだとすると、二行目の最後の「人」はどう理解すればいいのでしょうか?

安田ですね。ちょっと邪魔ですね(笑)。実は僕はね、ひょっとしたら、この「人」という字は孔子の時代にはなかったんじゃないかと思うのです。衍字(えんじ)ですね。古代の文にはよくあります。後代の人が入れちゃったという文字が。それは「愛」という語からも想像できます。実は「愛」という漢字は孔子の時代にはなかったんです。

細野どういう字だったんでしょうか?

安田それがよくわからないのですが、白川静先生は「愛」の字は、このような字(図。以下、「旡+夊」)と「心」から成っていると書かれています。この字が「アイ」と読みます。


 先にもお話ししたように、「心」という漢字が生まれたのは孔子の時代の500年ほど前のことで、孔子の時代には「心」を含む漢字は今ほど多くはありませんでした。ですから、この「旡+夊」の字が孔子の時代の「愛」の可能性は高いと思うのですが、しかしこの字自体が孔子の時代に使われていたという確証がないので断言はできないのですが...。
 ちなみに、この字だとすると「後ろを振り返る」、あるいは「後ろ向きに行く」という意味になります。で、その「愛(旡+夊)」の字は、あまり目的語を取らない動詞なのです。そうだとすると後ろに「人」がないほうがいい。
 先ほど「信」という字も孔子の時代にはなくて、おそらく「伸」だったという話をしましたでしょ。春秋時代までの文を読むと「伸」も、目的語を取る例があまり多くありません。また『論語』に限っていえば「信」にも目的語がほとんどつきません。そういう意味でも、この「愛(旡+夊)」と「信(伸)」は対応すると思います。
 ですから、この章句は、まず「敬事而信」と「節用而愛(旡+夊)」という対句があって、最後の「使民以時」という句が、その補足として続いているのではないかと読むことができます。
 ということで、まずは最初の二行、「敬事而信(伸)」と「節用而愛(旡+夊)」を詳しく見ていきましょう。


「事」を「敬」い、「用」に「即」す

安田最初に、この二行の頭の文字、「敬」と「節」を古い文字で書いてみます。実は「節」という字は、孔子の時代は「竹(たけかんむり)」がない「即」だった可能性が高いので、それを書きますね。


 この「敬」と「節(即)」、なんか似ている気がしませんか。

細野ああ、たしかに、形が似ていますね。

安田両方とも跪いた人がいます。

細野先ほど(前回)のお話にも出てきた「倦む」人ですね。

安田はい。ただ、「敬」の方は頭の部分が違うでしょ。この字は、漢字が生まれた殷の時代、生贄にされていた「羌族(きょうぞく)」と呼ばれる人たちです。そして、右側は、これは先ほど(第一回)お話した、「政」や「教」にも含まれる「鞭を持つ手」です。ですから、「敬」という字は、生贄にされる羌族の人が跪いていて、その人が鞭打たれるという形を表しています。

細野「敬」っていうのはそういうおどろおどろしい意味なんですね。

安田白川静先生は、「敬」の字を、羌族を生贄にして祈るというのがもともとの意味で、それから神に仕えるときの心の状態をいうようになったとおっしゃっています。加藤常賢先生は、これを羌族と見ずに、ただ跪いて身体を屈曲させている人の姿だと書かれていますが、どちらにしろそんな人を鞭打っているのが「敬」の字です。
 で、もう一方の「即」にも、跪いている人の形がありますでしょ。左側は「食器」を表しています。しかし、これはおそらくはただの食事ではない。神前での食事で、神道でいえば「直会(なおらい)」のような神事でしょう。ご飯の前に跪いて今まさに食べようとしている姿を象っているのが「即」です。食卓に「つく」とか「すぐに」という意味になります。すぐに食べるから即席ラーメンの「即」です(笑)。

細野両方とも人が跪いている姿なんですね。

安田はい。二つの字ともに「跪く人」が入っているところからも、この二文が対句である可能性は高いと思います。
 で、この文は「治国の要諦」といわれていますから、これを政治に当てはめてみると、「即」は「すぐに」ですから、政治的な事項に対してなるべく早く対応するということになります。それに対して「敬」は、『論語』にも、「敬して遠ざく(敬鬼神而遠之)」という言葉があるように、「敬って、すぐには対応せずに遠ざけて置いておく」という意味になります。
 ただ、ここで大切なのは、両方とも跪いているということで、決して上から目線ではないということです。対象、ここでいえば民や政治的な事項ですね、そういうことにへりくだって侍するように対応するということです。

細野跪くということは同じでも、対応の仕方が正反対ということなんですね。

安田はい。そうです。では、次にどのようなことには即、対応し、どのような事項は敬してゆっくり対応するのかを知るために、敬事の「事」と、節用の「用」について見ていきましょう。
 まず、ゆっくり対応する方の「事」ですが、これは先ほど(前回)お話しした「使」とほとんど同じ字で、「神の言葉」を手にする姿を表し、「祭事」を意味します。「史」という漢字もこれと同じ意味なのですが、ただここで使われている「事」の方は「大事」・「王事」という語もあるように、大きな祭事、本質的な祭事を意味しました。

 で、もうひとつの即、対応する方の「用」ですが、この字は形としては生贄を入れておく柵の象形です。でも、孔子の時代にはすでに「以」や「庸」の意味で使われていますので、柵ではなく抽象的な語として考えた方がいいでしょう。さらに、これが「事」の対句であることを考えると、「体用(たいゆう:「たいよう」とも)」の「用」と考えるのがいいと思います。

細野「体用」とはどういう意味なのでしょうか?

安田現代的な言い方にすると「本質」と「作用」です。「体」が「本質」で、「用」が「作用」。
 能を大成した世阿弥は、能の芸についての「体用」を説明するときに、夜空に浮かぶ「月」を例にとっています。「体(本質)」は月そのもの、そして「用(作用)」は月の光です。
 夜空の月を見上げると、僕たちは月を見ているつもりになってしまいますが、そうではありません。僕たちが見ているのは月そのものではなく、月の「光」です。見ているのは本質(体)としての月そのものではなく、作用(用)としての光だけなのです。しかし、本質としての「月」そのものがなければ、作用としての「光」も当然、見えません。どちらが大事というわけではなく、「体」と「用」との相互作用によって、僕たちは「月の光」を見ることができ、それを「月」だと認識することができるのです。

 で、『論語』に戻って、この「事」と「用」とを対句だと考えると、「事」は「体用」の「体」と同じような意味で、「本質」的な事柄と考えることができです。「それ」とははっきり言えないけれど「神の言葉」のようなもの。目には見えないけれども、いま起こっている事項の深奥に存在する、本質的な事項です。まさに「大事」です。これには「敬」、すなわち慎重に当たって拙速な対応はしてはいけない。それに対して、目の前で起きている「用」にはなるべく素早く(即)対応する。そのように孔子がいったように読めます。そして、この対句の行間には、いま起きている事項(用)の中に隠れている、本質(体)を見つけることの大切さも見えてきます。

細野なるほど、すごくしっくりくる説明です。


「三事五要」の本当の意味

安田この二行で「而」以外に残っているのは、「信」と「愛」ですね。

 「愛」は先ほど触れたとおり「後ろを振り返る」、あるいは「後ろに行く」という意味ですが、これも昔の文字で書いてみましょう。実はこの字自体は見つかっていないので、ふたつのものを組み合わせます。


 この字の上の部分(旡)は後ろを向いている人が口を開いている姿です。これをさっきの「即(すぐに食べる)」の左側(食器)につけると「既」という漢字になります。もう食べ終わっちゃって後ろを向いている姿なので、「すでに」という意味になります。
 下の部分(夊)は「足」です。ですからこの字は、「後ろを向く」という意味と、「後ろ向きに進む」という意味になります。
 「信」は先ほど(前回)見たように「伸」につながる言葉ですから、「愛(旡+夊)」との対で考えると「前を向く」という意味と「前を向いて進む」という意味があると考えられます。

細野本質的な「事」に関しては「敬」して慎重に、それによって「信」、つまり「前に」。目の前で起きている「用」に対しては、なるべく早く「即」対応して、「愛(旡+夊)」、つまり「後ろに」ということになり、それが、国を治めるうえで大事なことだとなるのでしょうか。

安田はい。でも、これってちょっと変でしょ。すぐに対応して行動する方が「後ろ向き(愛=(旡+夊))」になっていて、慎重に対応して、すぐには行動しない方が「前に進む(信=伸)」になっています。

細野「信」と「愛(旡+夊)」の「前へ」、「後ろへ」というのは、時間的なことも指すのでしょうか?

安田はい。進むというのも空間的に進むだけでなく、時間的に進むというのもあると思います。「前」は「未来」で、「後ろ」は「過去」ですね。時間の話が出たので、両方の文に共通する「而」の意味を考えてみたいのですが、この「而」は時間に関わる言葉で、僕は「呪術的時間」、あるいは「魔術的時間」と呼んでいます。

細野......「魔術的時間」?

安田スポーツや音楽などの練習をしていると、どんなに一生懸命にやってもなかなか成長を実感できない長い期間があります。それどころかやればやるほどダメになるときというのがあります。で、「もうやめちゃおうかな」と思って、ちょっと休んだ途端に一気にグッと上達したりします。この停滞の時期に、自分の内側では何かが着実に変化しています。このような目には見えないけれど内側で着実に変化する時間を表すのが「而」で、僕はそれを「呪術的時間」、「魔術的時間」と呼んでいます。

 で、そう考えると、「敬事」と「信」、「節(即)用」と「愛(旡+夊)」の間に「而」があるのがすごく重要な意味を持つと思うのです。
 国家を左右する大事(「事」)に対しては「敬」する、すなわち目に見えるような何かを急いでしない。ただ、肝になる点に一石だけ置いて、あとは腹にぐっと据えて待つ。すると、ある程度の時間が経った後(而)に前に進む(信)。

 大事であればあるほど「敬」の度合いも高くなるわけですから、「国家百年の計」といわれるように、その結果が現れるのは百年先、二百年先、あるいは五百年、千年先かも知れない。でも、そのくらいの先を考えて一石を投じるし、「何もしない」ということをするんです。

 それに対して目の前に起きるさまざまな事(「用」)に対しては「即」対応する。すると、そしてまた少し経つと、今度は「愛(旡+夊)」する。これはいろいろ考えられるところですが、ひとつは「後ろを振り返る」、すなわちいま対応した手段と、過去とを比べてみる。「PLAN-DO-SEE」の「SEE」です。

 これをしっかり行わないと、いま目の前にあることに翻弄されて、次々に新しい手を打たなくてはならなくなります。ある程度の時間を置いて、それが効果があったかどうかをちゃんと確かめるという「愛(旡+夊)」をすることによって、常に軌道修正をする。間違った手だったら、ちゃんと改める。それをしないと国家全体が神経症的に、目の前に起きることに右往左往するようになってしまいます。


「変えてはいけないもの」は何か

細野本質的な「事」は「敬」して慎重に扱う(敬事)というのは、「大事なことは変えない」という意味にもなるのでしょうか?

安田とても長い時間の中では変えることもあるとは思うのですが、少なくとも目の前の事象に右往左往して変えてはいけないということですね。千年、二千年くらいは変えないと「決める」ということが大切です。

細野中国は、1912年に中華民国が樹立され、それを受けて清朝の「最後の皇帝」溥儀(ふぎ)が退位することによって「皇帝」が排されてしまったのに対して、日本は今でも「天皇制」がありますね。でも、天皇制がね、どういう理由であるのかとか、どういう効能があるのかということを合理的に説明できる人って、なかなかいないと思うのです。ただ、そこにある種の「おそれ(敬)」を抱きつつ、制度として残すというのは、国民的なコンセンサスになっている。説明せよといわれるとなかなか難しいのですが。

安田たしかに、説明はできないけれども、なんとなくそれがコンセンサスとして受け入れられているというのは、まさに「敬事」ですね。

細野そういう、説明ができない、そして曖昧としているからこそ存続し得るということもあって、これが明治期の天皇制とか、あるいは後鳥羽上皇のように天皇親政のような剥き出しの権力になってしまうと、むしろ危機だったりするのかもしれませんね。

安田日本では聖徳太子が摂政になってからは、まあいろいろと変遷はありますが、だいたいが政治には摂政や関白が関わり、実質的な権力も持つようになります。摂関家から実権を取り戻したあとも、天皇というよりは上皇が権力を持つようになり、そして中世を経て、江戸時代になると天皇はほとんど象徴的な存在となっていたようです。

 明治の天皇制だって、それを規定したのは憲法を発案した周囲の人だし、なんといっても統治権の総攬は「憲法の条規によりこれを行う」という立憲君主で、全権を握っていた中国の皇帝とはだいぶ違います。

 これは神田明神の清水祥彦権禰宜がおっしゃっていたのですが、天皇は「エンペラー(皇帝)」と英訳されることが多いけれども、「プリースト・キング(祭祀王)」のほうがいいのではないかと。

細野いま、沖縄関係もね、難しいじゃないですか。

安田はい。いろいろね。

細野以前は沖縄には琉球王がいたわけですよね。琉球王朝は、中国をはじめとして、アジアと日本をつなぐハブのような役割を果たしていました。江戸時代には薩摩の実質的な支配下に置かれながらも、独立した王朝としての形は保っていたのを、明治の初期にそれを止めさせてしまった。琉球王を復活させようという議論は、沖縄でもありませんが、でも琉球王が残っていたらどうだったか。一国二制度の中でアジアのネットワークの中心のような役割をもっと担えたかもしれないと思うのです。

安田なるほど!面白いですね。琉球王のことは考えたこともありませんでした。これ以外にもいろいろ、明治期に壊したものはすごく大きいですね。

細野曖昧だけれども残ってきたもの、そういうものを大事にする、みたいなのが明治期に薄れたのかも知れません。廃仏毀釈もそうかもしれないし。


「君」と「臣」、「父」と「子」、「先生」と「生徒」

安田今のお話がまさに、「三事五要」の「信」ですね。「信」は、「信じる」という風に使っていますが、「信じる」の「信(シン)」は音(オン)なので中国から入ってきた概念で、昔の日本にはありませんでした。それもあってか、日本人の多くは「信じる」ということが苦手です。僕たちがいま、何かを信じるというときには、それが信じることに値するからとか、あるいは信じる理由があるからとかになりますでしょ。恋人に裏切られたら「もう信じられない」とか(笑)。でも、「信」というのは本当はそんなのは関係ない。「~だから」信じるではなく、「信じるから信じる」、信じる要素はまったくないんだけれど、それでも信じる、『ヨブ記』もそうですね。それが「信」だと思うのです。

細野それが「伸ばす」になる

安田そうそう。時代が変わると価値観も変わるでしょ。能も、目の前のお客さんのニーズに合わるという考えだったら、「こんなの現代人には意味ないんじゃないか」と思って、セリフにしろ、言い回しにしろ、あるいは動きも、わかりやすく変えてしまうかも知れません。でも、そういうことをしなかったからこそ、六百年以上の命脈を守っているといえますし、どんなことがあっても続けると「決める」こと、それが「信」であり「伸」です。

 『風姿花伝』にこんな言葉があります。

家、家にあらず、継ぐを以て家とす。


細野これはどういう意味なんでしょうか?

安田家柄とかなんとかよく言うじゃないですか。でも、そういうことではなく、ただ「継ぐ」こと、それが重要だと。また、面白いから「継ぐ」とか、稼ぎがいいから「継ぐ」とか、そういうことでもなくて、ただ「継ぐ」、それが大事なのです。

 これと同じようなことをいっている文が『論語』にもあります。

齊の景公、政を孔子に問ふ、 孔子對へて曰はく、君君たり。臣臣たり、父父たり、子子たり、 公曰く、善い哉、信に如し君君たらず、臣臣たらず、父父たらずん、子子たらずんば、粟ありと雖も、吾て豈に得てこれを食せんや、 12-11 (斉の景公が孔子に政治のことをおたずねになった。孔子がお答えしていわれた、「君は君として、臣は臣として、父は父として、子は子として[それぞれ本文をつくすように]あることです。」公はいわれた、「善いことだね。本当にもし君が君でなく、臣が臣でなく、父が父でなく、子が子でないようなら、穀物があったところで、わたしはどうしてそれを食べることができようか。」岩波文庫)


細野ここ、面白いところですよね。前半と後半は似たようなことを言っているようでいて、孔子に質問した景公は、孔子の答えをまるで理解していませんよね。

安田『論語』のなかでもっとも難しい文のひとつですね。孔子の答えの「君君たり。臣臣たり、父父たり、子子たり」。「君」は「君」であり、能力があるから「君」になるわけではない。「臣」だって「君」がすごい人だから、「臣」として仕えるのではない。「臣」が、この人が「君」と決めるから「君」は「君」になり、「臣」は「臣」になるわけです。これは現代ではとてもわかりにくい感覚ですね。

細野はい。

安田むろん君は君のすべきことをしなければならない。臣は臣のすべきことをする。しかし、これが相互的になっちゃダメなのです。君が君たることをしてくれるから臣は臣たるべきことをするとか、その逆とかね。御恩と奉公は武家社会的な新しい考え方です。

 とはいえ、この孔子の言葉を、「君」が自分の地位を守るために使ったら大きな間違いが起きます。それがこの景公。彼は、「臣」が「臣」のすべきことをしてくれなきゃ、飯もうまくないという(笑)。

細野うん、うん。

安田これは「君」と「臣」の関係だけでなく、「父」と「子」の関係でも同じですね。「父」が生きているうちは「父」の業績を云々してはいけないと、孔子はいいます。

細野「子曰く、父在(いま)せば其の志を観、父没すれば其の行いを観る。三年父の道を改むるなきは、孝と謂(い)うべし。」(1-11)ですね。

安田はい。「父」が生きているうちに見るべきは、その業績ではなく「志」なのです。「志」というのは、「心」がどこに向かっているかを見るという意味。自分の「父」は、傍目には無茶苦茶なことをしているように見えるかも知れない。でも、そういうことを云々するのではなくて、その「心」がいまどこに向かっているのかを見る。これはただ見るのではなく、「父のしていることには意味がある」と決めて深読みをするのです。そして、父が亡くなったら、今度はその「行」、すなわち歩いてきた「道」を見る。そして、「父はここまで来た、だから自分は行くべきはこちらだ」と決める。そういう子の行為によって、「父」は、自分にとって学ぶべき「父」たる存在になるのです。

 これは、内田樹さんの先生論とも通じますね。内田さんは、目の前の人を「先生」にするのは、「生徒」がこの人はすごい先生だと決めるからだとおっしゃいますよね。まさに「君、君たり」と同じ話なんですね。

細野内田さんの先生論は面白いですね。いちばんいい先生は、人間が不完全であることを教えてくれる人だとか。そういう大事なことを教えてくれる人はなかなかいませんよね。


「継ぐ」べきことを見極める

細野ところで能楽師は、能楽師の子でなくても能楽師になるケースが多いと、以前話されていましたよね。

安田はい。

細野面白いと思うのは、同じ伝統芸能でも歌舞伎は基本、子が継ぎますでしょ。それなのに、能と対照的に、時代とともに演目も演じ方もどんどん変わっていきますよね。能は、外からの人が継ぐことも多いけれども、形は変わらない。

安田たしかに対照的ですね。

細野子ではないからこそ、理屈を超えて師に従うところがあるのかなと。能は徹底的に師を真似ようとするのに対し、歌舞伎は子が継いで、「オヤジを超える」方向に向かう。この違いが面白いなと。

安田世阿弥は、能でも師匠を超えることは大事だといっています。「無主風」ということをいいまして、これはただ誰かのマネをしているだけの主体性のない芸風です。いつか師匠を超えて、自分なりの「有主風」に至らなければならないんです。

 確かにおっしゃる通り、能で変えるというのと、歌舞伎で変えるというのはずいぶん違うかも知れませんね。世阿弥の再来と称された観世寿夫師はギリシア悲劇なども演じられていました。でも、能をされるときには能そのものは絶対に変えない。歌舞伎はどんどん新しいものを取り入れて歌舞伎そのものも変えていますね。
 能を「継ぐ」人は、能をひたすら精進する。ときには戦争があったり、政変があったり、あるいは人に恵まれなかったりで、能楽界が大変な状態になることもあるかもしれない。それでも次につなげていく。継いでいけばどこかでまた人に恵まれて再生する可能性もあります。そのためにも、お客さんのニーズに合わせたりして、下手に変えないことが大事なのです。

細野それにしても、650年もよく変えずに続いてきましたよね。

安田能の継承はある種の奇跡でしょうね。能は徳川幕府に庇護されていましたら、明治になったときには存続の危機にあったようです。能と同じく幕府の「式楽」であった平曲も幸若舞も、現在では細々としか継承されていません。能もそうなっていた可能性もあったわけです。いつ途絶えてもおかしくなかった。それが現在でも隆盛を誇っている。その奇跡を成し遂げたのは、「素人」の力が大きかったんじゃないかとも思っています。

 「素人」はアマチュアではないし、「玄人」もプロではありません。いろいろな色を重ねていって「玄(深い黒)」の糸を作るように、「玄人」になるということは、さまざまな演目を習得して、何でもできる人になることです。それに対して「素人」は、たとえば『高砂』なら『高砂』だけをみっちり稽古して、それを通して自分の中の純白の部分、「素」を磨き出すような稽古をする人です。

 ですから、『高砂』に関しては玄人よりも精通している人もいても変ではありません。明治期には、名人といわれる方が亡くなったり、あるいは能を辞めたり方が多くて、ある演目をしたいのに教えてくれる人がいない。そういうときに素人の方のところに習いに行ったというようなことが、明治期の能楽師の芸談には書かれています。

細野政治の世界でも、変えずに「継ぐ」べきことがありますね。たとえば「内閣法制局」は法案や法制を審査する「政府内の法の番人」のような存在でしたが、突然、長官が変わってしまって、政治的に利用されてしまいました。

先の「安保国会」で「内閣法制局」が憲法解釈を変えたことが大きなニュースになりました。


 いつか最高裁のようなものもそうなるかも知れませんね。憲法という国の根幹に関わることは、「三事五要」の「事」に当たるわけですから、その解釈が時の政権の要請でコロコロ変わるのは危ういと思います。安易に変えることに対して畏れを持ち、時代の変遷や政権の意向、世論とはある種超然として変わらずあり続ける方が、国としての永続性が高まるはずです。

安田それがまさしく「敬事」なんでしょうね。

細野そういうことは政治の世界にかなりいろいろあるはずで、何が「事」で何が「用」なのか、それを見極める目が重要だなと感じています。

安田僕は大学教育もそうだと思うのです。大学の先生は、いわゆる「先生」ではなくて、常に学究にいそしむ「研究者」です。学部の学生は、まだまだ研究の入り口にも入っていない卵です。そんな学生が「わかる」なんてことはないのが当たり前です。そのわからないことを、それでも一生懸命にわかろうと努力する。わからないのは自分の勉強が足りないからだと復習や予習をする。それでもわからず十年くらい経ってノートを読み返したときに、「ああ、こういう意味だったんだ」とはじめてわかる。それが大学の授業です。短期の成果や分かりやすさを求めるようになっているのは怖い。わかりにくいし、めちゃくちゃなんだけれども、そのめちゃくちゃさの中に「先生」を見出して、自分自身の学びの姿勢を発動させときにはじめて、人は何かを学びうるのだと思います。

細野何の役に立つのか分からない学問と格闘すると、それがいつかどこかで生きてくるというか。「用」のもの、「即」使えるものは、ピンチに陥ったときはかえってまるで役に立たないですよね。

安田そうですね。前半で話した、マニュアルの型に嵌め込んでいてはね。

細野そういう意味で言うと、『論語』が金科玉条のマニュアルにされたときが『論語』の危機だったのかもしれませんね。政治も教育も、「倦むことなく」歩み続けなければならないということですね。


   

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安田登(やすだ・のぼる)

1956年千葉県銚子市生まれ。高校時代、麻雀とポーカーをきっかけに甲骨文字と中国古代哲学への関心に目覚める。高校教師をしていた25歳のときに能に出会い、鏑木岑男師に弟子入り。能楽師のワキ方として活躍するかたわら、『論語』などを学ぶ寺子屋「遊学塾」を東京(広尾)を中心に全国各地で開催する。また、公認ロルファー(米国のボディワーク、ロルフィングの専門家)として各種ワークショップも開催している。著書に『能に学ぶ「和」の呼吸法』(祥伝社)、『身体感覚で「論語」を読みなおす。』(春秋社)、『異界を旅する能ワキという存在』(ちくま文庫)『本当はこんなに面白い「おくのほそ道」』(実業之日本社)、『あわいの力「心の時代」の次を生きる』『イナンナの冥界下り』(ミシマ社)など多数。

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