セトウチを行く

第8回 物の剥落――熊本へ

2016.04.22更新

 4月17日の夜。東京出張から戻り、車に食料と水を積めるだけ積んで熊本に向かった。

 岡山インターから高速道路を西に走る。災害救援の白幕を掲げた自衛隊のトラックや装甲車の車列に追いつく。その前には、数台の機動隊のバスが赤色灯を回転させながら走っている。警察車両を追い越すわけにもいかず、一般の車もその前後を並走する。Go Westという言葉が頭をよぎる。同時に、まったく別のイメージも浮かんできた。

 古代、熊本から海を渡って岡山を目指した人びとがいた。日本で4番目に大きい前方後円墳の造山古墳には、熊本の宇土半島から産出する阿蘇溶結凝灰岩の石棺が置かれている。形態も熊本の家形石棺に似ているそうだ。船に石棺をのせ、有明海から島原半島を回って、玄界灘、瀬戸内海へと運んできたのだろうか。どんな船旅だったのか。海に漕ぎ出す古代人の姿にぼんやり思いを馳せる。

 眠気防止のために、AMラジオをつける。昭和50年代の歌謡曲特集。「番組の途中ですが、ここで地震の情報です」。何度も番組が途切れる。八代亜紀の「愛の終着駅」は、二度、かけ直しになった。震度3を超える余震が続く。

 福岡で従兄弟をピックアップする。夜が明け始める。福岡最後の広川サービスエリアで給油。スタンドの前に、ずらりと車が並ぶ。そこまで車の流れは順調だった。通子止めになっている植木インターの手前で大渋滞にはまる。ひとつの出口に集中する車がさばききれないのだ。

 1時間以上かかって高速をおりる。すぐ目の前のガソリンスタンドはふつうに営業している。隣の熊本名物「いきなり団子」の店からも湯気があがっている。ちょうど店主の男性が「営業中」の看板を出すところだった。熊本市内でも震源から遠い場所では、地震の影響があまりないようだ。コンビニも開店しているところが多い。おにぎりやお弁当の棚は空っぽだが、飲み物などはありそうだ。駐車場に避難者と思われる車が停まっている。

 市内中心部に向かう国道3号線も渋滞が激しく、遅々として進まない。裏道を進もうと細い路地に入ると、そこがまたびっしりと車で埋まっている。南下するにつれ、地震で倒壊した建物や地面のひび割れが目立ちはじめる。店は、どこも閉まったままだ。ただ、ユニフォームを着た店員が開店準備をしているコンビニもあった。

 従兄弟の父親が住職をつとめる熊本駅近くのお寺に着いたのは、9時半過ぎだった。ちょうど岡山をたって12時間が経過していた。境内の墓石がばらばらに崩れ、本堂の本尊も観音像も倒れてしまった。電気はすぐに復旧した。水道も濁った水が昨日から出はじめたが、朝には再び止まったという。刻々と状況が変化している。時折、ギシギシという不気味な地鳴りとともに地面が短く揺れる。震源が浅く、距離が近い地震の揺れ方だ。

 市内東部の実家を目指す。東西を結ぶ産業道路は車が少なく、すいすい走れる。道路脇の公園の広場に避難者の車が並ぶ。近くのホームセンターの前に人垣ができている。炊き出しでもやっているのか。紅白の垂れ幕のかかったパイプテントがなんとも場違いだ。南北に走る東バイパスを越えて住宅地に入る。と、景色が一変する。

 塀が崩れ、道に瓦やコンクリート片が散乱する。いつも通る道は、がれきに塞がれて通れず、迂回して実家に着いた。母親が家の前で近所の人と立ち話をしている。みんな余震が続くなか外に出て、淡々と「がれき」となった物を片付けていた。

 「これでも手伝ってもらって、だいぶ片付いたとよ。靴のまま上にあがって」

 「片付いた」という部屋のなかは、映画のセットか何かのように物が散乱していた。棚の中の物はすべて下に落ち、あらゆる物が傾いている。壁には、いくつもの亀裂が走る。屋根の瓦は剥がれ落ち、庭に散らばる。エアコンの室外機も吹き飛ばされている。「物の剥落」。そんな言葉が浮かぶ。

 生活を成り立たせてきたさまざまな物が、もとあった場所からことごとく引き剥がされ、粉々に壊れ、意味を喪失している。旅の思い出がつまった母親お気に入りの伊万里焼の皿も、父親の還暦祝いに贈った記念カップも、エチオピア土産のコーヒーポットも、すべて「がれき」となった。

 家のなかをひと通り見て回り、二階の窓から外を眺める。どの家の屋根も瓦が剥げている。道の脇に「ごみ」となった大量の物が並ぶ。「もののけ」という言葉があるように、日本語の「もの」には、霊力をおびた存在という意味がある。「物」が壊れると同時に、それに付随した「もの」も剥落したかのような光景だ。

 近所では、誰もがそれぞれの情報網や人脈を駆使して、この非常事態を乗り切っていた。ある人は、どこからか大量の水のペットボトルを調達してきた。別の人は、知り合いが湧き水をタンクに汲んで運んでくれたと、お風呂にいっぱいの水をためていた。また別の女性は「ブルーシートが被害の大きなとこに集中して、手に入らんみたい」といいながら、真新しい2袋のブルーシートを手にしていた。近くの社長さんの家には、さっそく工務店の担当者が家の検分に来ていた。

 どれほど幅広い人的ネットワークがあるのか、どんな社会的立場で、どういうリソースにアクセスできるのか。行政機能が破綻するなか、表向き平等に見えていた個々人の「社会関係資本」の格差が白日のもとに晒される。地震の激しい揺れで、「法の下の平等」という「もの」もまた、無残に剥げ落ちてしまった。

 車から荷物を下ろし、親戚に配る荷物の仕分けをする。家族構成や小さい子どもがいるかなど、それぞれの事情を考慮して仕分けする作業は、手間がかかる。「あそこは、これいるかな?」「これは?」という矢継ぎ早の私の問いかけに、母は右往左往するばかりだった。

 電気だけは昨日から復旧した。床に落ちて画面の1/3しか映らなくなったテレビをつけたまま、サービスエリアで買ったおにぎりを母と食べる。国会中継のやりとりが流れてくる。「店頭に70万食を届けるという指示を出しました」。そんな政治家の言葉がむなしく響く。被害の大きな地域では、どこも店は閉まったままなのだ。

 二度目の「本震」のとき、母は近所の人に声をかけてもらい、近くの中学校に一緒に避難した。建物のなかに入るのが怖いので、運動場にビニールシートを敷いて寝たそうだ。
 
 「星空を眺めながらね、みんなで寝転がって。なんかキャンプでもしとるみたいだった・・・・・・」

 日頃はともに時間を過ごすことなどない近所の人と夜を明かし、心強かったようだ。ただ、そのあと、どこでどう生活を送るべきか、難しい判断を迫られた。天気予報では雨が予想されていた。

 体育館のなかは、人でごった返していた。運動場に敷いたシートを上にあげ、靴のまま歩く人もいたため、砂埃がひどかった。トイレも水が流れず、自発的にプールから水を汲んで流そうという人が出てくるまで、放置されていた。最初の二晩ほどは、災害時の避難所に指定されているはずの中学校にも物資は届かず、きちんと組織だって運営する人もおらず、避難所として機能していなかったようだ。

 二日目には、やんちゃそうな中学生の男子グループが、トイレへの水の運搬をかって出た。「先生に、まじめに働いとったって、言っとってよ」。母にそう言ったそうだ。夕方には、近くの居酒屋が店に残っていた食材全部を提供して炊き出しをしてくれた。やっとあたたかいものを口に入れることができた。母と数人の近所の人は、祖母の鉄筋の家の二階を片付け、雨の一夜を明かした。

 ぼくらはつねに匿名の「システム」に依存して生きている。その「システム」が壊れたとき、頼りになるのは、それぞれがつながってきた顔の見える社会関係だけだ。その関係から切り離されて孤立すれば、生存すら脅かされることになる。

 空腹を満たすと、突然、眠気に襲われる。空っぽになった車の後部座席で仮眠をとる。ミシミシと小さな揺れが続く。安心して眠れない。20分ほどであきらめ、外に出る。新聞受けには、数日分の朝刊がたまっている。混乱のさなか、自分の仕事をこなし続ける人たちがいるのだ。

 母と外壁の状況を確認していると、隣に住む女性が声をかけてきた。「トイレに流す水、困ってるでしょ。うちは水が確保できたから、どうぞ使ってください」。私の記憶では小学生くらいの女の子だったのに、立派なお母さんになっている。こうして、災害で露わになった「格差」が平準化される。母も「これ、もっていって」と、仕分けたばかりのお菓子の包みを渡す。近所のあいだで「おすそ分け」の交換がはじまっていた。これもまた、次なる「関係」を築く土台となる。

 熊本でこれほど大きな地震があるなど、地元の人間は誰も想像していなかった。でも実際には、100年以上前の明治22年に大地震があった。過去の記憶は薄れ、よその土地の経験は「ひとごと」になる。自然の脅威は、人間社会の未熟さを繰り返しえぐり出す。そして、ぼくらに何が大切なのかと問いを突きつける。帰りの長旅が控えている。剥げ落ちた「もの」の片付けは先送りして、実家をあとにした。







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松村圭一郎まつむら・けいいちろう

1975年、熊本生まれ。岡山大学文学部准教授。専門は文化人類学。エチオピアの農村や中東の都市でフィールドワークをしてきた。富の所有や分配、貧困や開発援助、海外出稼ぎの問題などを研究。主著に『所有と分配の人類学』(世界思想社、2008)、『基本の30冊 文化人類学』(人文書院、2011)。2015年4月から岡山で暮らしはじめる。

2017年9月、「みんなのミシマガジン」での連載「<構築>人類学入門」をもとに大幅に書き下ろした、『うしろめたさの人類学』(ミシマ社)が刊行。

岡山大学文学部松村研究室

うしろめたさの人類学

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