新人だった。

第18回 やるせないニュースを読むときに

2014.11.22更新

 こんにちは。
 いよいよ今年も残すところあと一か月となりました。
 電車の中でも咳をしたり、マスクをして予防する人をよく見かけるようになりましたが皆さまは風邪などひいていませんか。
 私は、おかげさまですこぶる快調です。

 さてさて。
 日々多くのニュースに接する立場にいる私ですが、なるべく平静を保とうとしてもどうしても難しいニュースもあります。
 もちろん原稿として自分がニュース担当になっているときに取り乱すことなどはありませんが、やるせない気持ちでいっぱいになっているニュースもあります。
 人間なのでまあ当たり前といえば当たり前ですね。

 どの事例がそうだった、と具体的に挙げることはできませんが、親のこどもへの虐待などがその一つです。
 こどもの虐待は今に限った話ではなく、過去も現在も数多くありますが、自分が親になってからというものの、この種のニュースに接する度に辛くて辛くて涙が出そうになります。
 同じ立場であるがゆえ、目に付きやすくなっているのだと思われます。

 そして、何が悲しいって大概のケースで子は母親や父親を庇うのです。
 たとえどんなに両親に酷い仕打ちをされても、です。
 こどもにとっては頼るべきはもっとも身近な両親しかいないのですから、庇いたくなるのもごく自然なことなのでしょう。
 そのけなげさにまた涙が溢れてきそうになります。
 いや、両親のほかに誰かがいようがいまいが、そんなことは関係なく「自分は親に愛されているのだ」と思いたいとても無垢な存在です。

 それなのに子を大事にしてあげることができない、もしくはそうしない親がいる
 というのはとても悲しいことです。
 そこにどんな事情があるのかはケースバイケースで一概に批判することはできませんが、不幸な立場に置かれる子を一人でも少なくしてあげることに反対する人はいないでしょう。私も強くそう願っている一人です。

 家庭内が後ろめたい状況であればあるほど、親は「これはあくまで我が家の問題です」「我が家流のしつけです」などとして内々に片付けようとするので、行政が他人の家庭に土足で踏み込むことは難しくなり、問題が明るみになるのが遅れがちです。

 でも、こどもの命が危険に晒されているのだとすれば、命を優先する方が大事なのではないかというのが個人的な意見ですが、昨今は行政も一歩踏み込んで対応すべしというムードに変わりつつあるので、ほっと胸をなでおろしているところです。
 もちろんこれだけで済む問題ではなく、困っていることがあれば子どもの救出のみならず、子育てにまつわる人的、もしくは金銭的支援をすべきところはしなくてはなりませんが。

 なんだかだいぶとりとめもないまま、今回の分量に達してしまいそうなのですが、今年のクリスマスも、一人でも多くのこどもたちが幸せなクリスマスを過ごせることを祈っています。

 自分の至らなさもあって、仕事と家事とに追われるような毎日なのでなんとなく日々を過ごしてしまいがちですが、何でもない日々のありがたさと、家族のありがたさを噛みしめながら今年のクリスマスまでカウントダウンしていきたいと思います。
 クリスマスのイルミネーションも心がほっこりしますが、私が何より楽しみにしているのがクリスマス関連の曲の数々です。

 少し古いジャズのクリスマスアルバムを、お茶でも飲みながらのんびり聴く。
 なんて贅沢な時間はなかなか取れなくなりつつありますが、それでも街中からちらほらと聴こえてくるクリスマスの音楽に心を躍らせる時間を大切にしたいと思います。

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倉野麻里(くらの・まり)

上智大学数学科卒。2002年テレビ東京入社。WBS6年、夕方ニュースMC5年担当するなど、入社以来報道畑を歩む。座右の銘は『何かを始めるのに遅すぎるということはない』うどん、鶏肉、奈良漬が好き。趣味は散歩、料理、旅行。

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