今月の特集1

(左)『断片的なものの社会学』岸政彦(朝日出版社)、(右)『東京を生きる』雨宮まみ(大和書房)

 『女子をこじらせて』(幻冬舎文庫)、『東京を生きる』(大和書房)などの著書を持ち、こんがらがった自意識や女子のあれこれを、やさしい文体でほぐしてくれる、ライター・雨宮まみさん。以前、このミシマガでの連載「石井ゆかりの闇鍋インタビュー」にもご登場いただき、たくさんの反響をいただきました。

 そんな雨宮さんが「ぜひお話ししてみたい」とおっしゃるのが、社会学者・岸政彦さん。5月30日に発刊となる新著『断片的なものの社会学』(朝日出版社)や、前作『街の人生』(勁草書房)でたくさんの注目を集めている、ミシマ社一同もとってもお会いしてみたかった方なのです。

 晩婚化が進み、成人男女の未婚率もどんどん上がっていく昨今。「便所飯」「ぼっち」などの言葉が出てきたりと、恋愛・友人関係問わず、誰かとつながる、ということが難しくなってきているのではないか......。そんな疑問を、雨宮さんと岸さんのお二人に、じっくり話し合っていただきました。
 今回で最終回、第4回をお届けします。

(構成:雨宮まみ、写真:中谷利明)

人とつながるということ 雨宮まみ×岸政彦

2015.06.13更新

個人として生きるのは難しい

雨宮不景気になって、みんなが貧しくなっていくなかで、楽しいことって、もう後は人間関係だとわたしは思うんですよね。
 お金がなくても、誰かが家に来てしゃべっていたら楽しいじゃないですか。何人かでテレビを見ているだけで幸せというか......。

ほんとうにそう思います。けれど、そうはならないんですよ。逆になるんです。

雨宮そうなんですよね。今持ってるものを取られまいとギスギスする世界。

みんなブラック企業でも我慢しちゃうんですよね。一斉にやめればいいのに。

雨宮何かを分け合えば幸せなんだけど、みんなが分け合わないから自分が分け与えたら損だ、みたいになっていって。

意外に僕らは縛られてるし、個人として生きるのって難しいですよ。
 僕、雨宮さんのある本のアマゾンのレビューで爆笑したのがあるんですね。「すごい自虐的な本だと思って期待して読んだのに、最後は自慢話でがっかりしました」と。すげー!と思いました(笑)。 

雨宮はははは!

それも自慢って言っても、「そこそこ口説かれるようにもなって」くらいの一個の記述で「結局この人、口説かれたことを自慢したかっただけじゃん!」ととる。どんだけネガティブやねんと思いましたね。

雨宮「モテなかったとか言ってるけど結局女はやれんじゃん!」とか、女性の方でも「結局処女じゃなくなってるから共感できませんでした」とか、多いですね。ひどい話を期待して読んだら、自分より上だった、騙された、という感想です。


しんどい競争と個人のしんどさ

個人的に、社会学の限界みたいなものがあるんじゃないかなと思っています。とくにマイノリティの研究なんかをしていると、個人のしんどさってすごく聖化されるんですよね。聖なるものになるんです。それを読者は、雨宮さんに対してぶつけてるんだと思うんですね。
 雨宮さんからしたら本当にしんどかったわけでしょう。ボロボロになったわけだし。だけどそれを読者が自分と比べたときに、「私より恵まれてる」「私のほうがしんどいわ」っていう、しんどい競争みたいなふうになってますよね。みんなが自分のしんどさを守るというか、聖なるものとして譲らないところはありますよね。

雨宮その世界だと、「しんどいほうが偉い」ということになっちゃうんですよ。

でもそれもまた微妙なんですよ。たとえば雨宮さんの『だって、女子だもん!!』という対談集。あの対談集に登場されている方たち自体が、社会的には成功してる人ばかりですよね。みんな劣等感と戦っているんだけれど、漫画家や、雨宮さんみたいにライターになろうとしてなれなかった人のほうが大多数ですよね。そこから見ると、同じ女子としてのしんどさを抱えつつも、社会的に成功してる人がいる。本を出せるっていうのも特権ですからね。

雨宮私は自分が一番しんどいとは思ってないです。恵まれてるのはわかるし。どっちがしんどいかという競争だと譲れるんだけど、「しんどくないやつがしんどいとか書くな」と言われると、ちょっと、という感じですね。他人との比較じゃなく、個人でしんどかったのは事実なので。

だけどマイノリティとか、在日コリアンとか部落とか障害者とかで調査とか勉強をしたときに実感するんですけど、自分の個人的な悩みはいったん置いといて、もっとしんどいところに追いやられてる人たちがいるから、そこをもっと見ようっていうのも、それはそれで必要なんです。でも同時に、ひとりの個人がしんどいと思ってるんだったらそれがすべてだっていう考え方もまたあるわけですね。その二つは矛盾してるんですよ。


「持っている」ことをバカにする

僕と連れ合いは不妊治療を5年くらいやって、子どもができなかったんです。「でも子どもいるじゃん」と思うときもあるんです。しんどい経験をした当事者の話を聞いてても、そのひとに子ども、いたりするんですよね。

雨宮はい。

でももっと他のひとから見たら、僕は、結婚しててパートナーがいるじゃないですか。いない人からしたら「子どもくらい何?」って言われるかもしれない。その辺りが今一番重い問題だと思います。僕個人にとっても、社会学的にも、解決不可能な問題。
 たとえばお互いポジティブに、大阪のおばちゃんがやるみたいな、「飴ちゃん」とかの交換して仲良くやろうよっていうのが大事なのはわかるけど、それはそれとしてその次に、お互いのしんどさをどうやったら交換できるのかということを考えると、今のところ無理なんですよ。かなりポジティブな感情が底流にないと不可能だと思う。でも、人間はネガティブな感情のほうが強いって、それこそTwitterが教えてくれた(笑)。
 だからネガティブな感情をどう処理するかっていうのは、いつか雨宮さんに書いてほしいな、と思うんです。ポジティブな気持ちで一言声かけようよ、ということはわかりやすいと思う。だけど大事なのは、その次ですよ。ネガティブな感情をどう処理するのか。

雨宮どんどん湧いてきますもんね。

僕が一番凹んだのが、「差別論」という授業で、いろんなマイノリティの話をしていくんですが、最後に自分の不妊治療の話をしたんですね。僕も手術を受けた話とかをすると、話を聞いて泣いてくれる学生もいる。でも、一度だけですが、授業のアンケート用紙に男の子が「のろけ自慢乙」って書いてきてね。もうすごく泣けてきて、あれだけ辛い気持ちをみんなの前で正直に言ったのに、って。言えるようになるまでけっこう時間がかかったんですよ。だけど連れ合いがいるっていうところだけを聞いて、自慢やと思ってるんですよ。

雨宮昔は、「持ってない」ことを馬鹿にされるのが一般的だったと思うんですよ。
 持っているものが持ってないものを馬鹿にするっていうのが定型だったのに、いまは持ってない人が持ってる人のことを馬鹿にする。「お前なんか持ってるくせに、持ってない人間の気持ちなんかわかんねぇだろ」って。

差別のあり方が逆転したんですよね。昔は「穢れてる」って言っていたのを、最近は「特権を持ってる」みたいな感じの攻め方をするんですよ。
 あと政治の話でも、たとえば安倍総理とか麻生さんって、超大金持ちじゃないですか。でも、そこは妬まないんですよね。他の部分を責めてますよね。

雨宮みんな身近な人しか妬まないんです。ちょっと手が届きそうなところを妬むんですよね。


文字情報では絶対に人はケンカする

でも、ネガティブな反応が全部ダメっていうわけじゃなくて、炎上したほうがいい案件はあるんですよ。たとえばルミネのこの前のCMの件(※)とか。あれはひどいじゃないですか。炎上というよりかは、批判ですね。厳しい批判はやっぱり必要です。あのときに、わりとたくさんの人が声をあげたこと自体はいいことやと思いますね。それ自体はいいことなんですけどね、ただネガティブな感情が増幅されてる感じがする。

雨宮私はルミネのCMの炎上には否定的です。続編があったかどうか、「なかった」と発表されているけど、だとしたらナンバリングがされていて、前後編になってないのは不可解だし、ルミネ自体、愛されファッションを売ってるビルじゃない。個性派の女の子に対応できる服を扱ってますから、やっぱり続きがあったかもしれないと思う。推測ですが、判断を保留にせざるをえないと感じました。
 今の炎上のスピードは速すぎるし、事実関係の確認もなしに反射的に怒るだけでは伝わらないものもあると思う。炎上した側が「面倒だから黙ってただ謝る」という選択しかしなくなったら、意思の疎通はできないですよね。

あと、インターネットで人間が元々持っているネガティブな感情が増幅されるのはなぜかと言うと、インターネットって未だにテキスト情報が主体なんですよね。文字情報がメインなので、絶対ケンカをするんです。僕は、メーリングリストの時代から掲示板、SNSまでずっとネットを使っていますが、だいたいケンカしています。
 文字のやり取りをしていて好意を持つ、いつの間にか好きになっちゃうってあんまりないんですよね。

雨宮ないんですか!?

えっ? あったんですか?

雨宮全然あります。だから、文字のやりとりを多くする人とは、なるべく早めに会うようにしてます。でないと、現実と文字のギャップが埋められなくなるし、信頼できる人なのかどうか会っておかないと、文字だけで心を開いちゃうと危険だから。

それは惚れやすすぎるで(笑)。

雨宮でもケンカになるというのは、すごくわかります。だから普段仲のいい人とはSNSでのやり取りに重きを置かないほうがいいのかな、とは思います。

そうですね。

(※)編集部註:商業施設を運営する「ルミネ」がインターネット上の動画サイトで
公開していた動画CMが、女性に対するセクハラであると批判され、謝罪し撤回に至った件のこと


ネガティブな気持ちを認める

ネガティブな感情との付き合い方って「自分で認めることができるか」ということなのかな、と思うんです。自分のネガティブな気持ちを、どれくらい認めることができるか。
 流石に最近はなくなったんですけど、僕は一時期は、友だちに子どもが生まれると、心から祝福するんだけど、やっぱり子どもが載った年賀状が来ると、「うちの事情も知ってるくせに」と思ってしまっていたんですね。最初はその気持ちをすごく否定して、心から祝福してあげないといけないって思ってたんですけど。
 でもそんなに無理せんでもええわ、と思ったんです。ちょっと一時的にしんどいから距離置きたいって思えばいいだけだから。自分のネガティブな感情を飼いならすことができないと、変な方向に向いちゃうんだと思う。
 ......なんか、社会学とか関係ない、ただの人生論みたいになってるんですけど(笑)。

雨宮いやいや、大事なことですよね。SNSでの振る舞いで悩んでる人、いっぱいいますもん。

妬みの感情とかあるじゃないですか。でもなかなかなぁ。

雨宮でも一回徹底的に付き合うと、認識はしやすくなるじゃないですか。次にイラッと来たときに、自分は何にイラッときてるのか、ということが理解できる。

そういう意味でも言語化するのが大事ですよね。ゼミの中でよくカップルができるんですけど、その中で、男のほうに「彼女が今度コンパ行くって言ってて、めっちゃ嫌やねんけどどうしたらいいかな?」って相談されたんです。「でも束縛してるって思われたくないから、行くなとはよう言わん」って、研究室の外のバルコニーでふたりで話して(笑)。そのときに「コンパに行くなって強制する権利はないけれど、コンパに行ってほしくないという気持ちを伝える権利はあるよ」と。言葉で気持ちを伝えることはできるよ、って言ったら「そっかぁ!」って納得してくれて。


気持ちを、ちゃんと伝える

雨宮その話で今思いついてしまったんですけど、言葉をうまく操ることができる人が上位に立つ、ということが出てきますよね。例えば、「俺は離婚する気はないよ」とか、「俺は結婚願望ないからね」とか。それで相手が結婚話を出してきたときに「俺は最初に結婚しないよって言ったよね」って。

それは違うねんなあ。伝えてるんじゃないねん。押し付けてるだけやねんな。

雨宮関係性についてのことだから、どちらかが決めていいことじゃないんですよね。

そうそう。一方的にあなたが言ってるだけで、私は必ずしも受け入れてるわけではないと言えばいいだけの話であってね。みんながこういうことを言えたらいいんだけどな。

雨宮言えないんだよなぁ。言うと関係が壊れる恐怖があるんですよね。自分の希望は言わないと通らないのに。

『断片的なものの社会学』にも書いたんですが、何十年も前に僕の友人の女の子が家に来て飲んでたときに、彼氏の子を中絶したと言うんです。それで「体大丈夫なん? あいつも金出したん?」って聞いたら「彼氏に言ってない」と。彼氏に知られないように中絶してたんですね。「えーー! まじで! なんで言ってへんの」って聞いたら「バレたらふられるから」って、内緒で堕してるんです。

雨宮あ~~、その気持ちわかるけど......わかるけどきついなぁ。

わかるんだ......。それで、言えないことの帰結がそれなんだということが、強烈に自分の中にあるんです。言えないってそういうことになるんだよ、と。結果として。
 だから結論的には言いましょうってことなんです。ネガティブな気持ちも、好きだって気持ちも、ちゃんと伝えようよって。そういうことを伝えようっていう本を書いてください!

雨宮いや~、自分もできてるかというと微妙なことだから、自信を持って書けない気がします(笑)。でも、伝えるのが大事っていうことは、心に刻んでおきたいですね。


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お二人の対談、いかがでしたでしょうか?
ご著書も素晴らしく面白いものばかりですので、未読の方はぜひ、お手にとってみてください!


    

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雨宮まみ(あまみや・まみ)
ライター。アダルト雑誌の編集を経て、フリーライターに。女性の自意識との葛藤や生きづらさなどについて幅広く執筆。
著書に『女子をこじらせて』(幻冬舎文庫)、『ずっと独身でいるつもり?』(KKベストセラーズ)、『女の子よ銃を取れ』(平凡社)、最新刊は私小説風エッセイ『東京を生きる』(大和書房)。



岸政彦(きし・まさひこ)
1967 年生まれ。社会学者。大阪市立大学大学院文学研究科単位取得退学。博士(文学)。龍谷大学社会学部教員。研究テーマは沖縄、被差別部落、生活史。著書に『同化と他者化──戦後沖縄の本土就職者たち』(ナカニシヤ出版)、『街の人生』(勁草書房)など。最新刊は『断片的なものの社会学』(朝日出版社)。

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