今月の特集1


 2016年11月25日(土)、山本ふみこさん著、『家のしごと』が発売となりました。
 暮らしのことを綴ったエッセイというのは、実はミシマ社では初めてとなる一冊。

 装丁:名久井直子さん、装画:後藤美月さんによるカバーは、手触り、色味、そして生き生きとした"家のものたち"が印象的です。そして、そのカバーを開いてすぐの見返しと別丁扉(本文とは違う紙で付いている扉ページのこと)がまた、素敵なんです...! ぜひ店頭でお手にとって、見てみてください!

 今回は、著者の山本ふみこさんのお宅に、編集を担当させていただいたミシマとホシノがうかがいました。エッセイの中に登場する家族のみなさんにもお会いできて、「ああ、これがあの台所か」などと、初めてなのに懐かしいような不思議な感覚...。
 美味しすぎるランチをいただきながら、発刊に寄せてうかがったいろいろなお話を、2回にわけてお届けいたします。

(構成:星野友里、写真:三島邦弘)

『家のしごと』山本ふみこさんの"家"にうかがいました!(前編)

2016.12.05更新


ミシマ社で語り継がれる、山本さんおむすび伝説

 お宅訪問レポートの前に、まず読者の皆さんにご紹介したいエピソードがあります。これは、山本さんおむすび伝説として、ミシマ社で語り継がれているものです。それはちょうど5年前のこと。

 とあるイベントの設営をしていた営業ワタナベは、配布物のセッティングをしながら、ほかのメンバーに向かって「今日まだお昼ご飯食べてなくて、このままいくと昼抜きだな~」とボヤいておりました。まあ、そういうこともあるよね、ということで聞き流すメンバーたち。

 そこへ、当時まったく面識のなかった山本さんが登場。ワタナベに対して遠慮がちに「これでよかったら召し上がってください。おむすび専門店で買ったおむすびだけど、冷たくなってあまりおいしくないかもしれないけど」とおむすびを差し出してくださったそうなのです。木枯らし吹く季節、「あんなにあったかいおむすびはなかった」と、その後ことあるごとに何度もワタナベは語り、そこに居合わせなかった新メンバーたちにも、「おむすびの山本さん」は有名なのでした。それから5年。本書をミシマ社から発刊させていただけることは、そのことも含めて、みなにとって嬉しいことなのでした。


娘さんとの名コンビ


 閑静な住宅街にあるお家で私たちを迎えてくださったのは、山本ふみこさんと、長女の梓さんでした。"ボケ担当"(失礼!)の山本さんと、つっこみ鋭い梓さんの掛け合いがとっても楽しく、あっという間に話に引き込まれていったのでした。

 山本さん曰く。「この人(梓さん)が一番恐いですね。しかられますからね」。

 ちなみに梓さんは、本書にもときどき登場して、母である山本さんについて適確な分析をされています。たとえば、山本さんがとつぜんの目眩に襲われ、「過労」と診断されたときには...。

その長女が夜、こう云うのである。「お母さんは、カロー体質だね」
「カロー体質?」
「一週間安静というのを、お母さんがどう受けとめて、どう過ごすか観察して......、そ
れがわかった」と云う。(中略)
観察していてわかったことは......、と前置きをして、長女が判決を下す。
「安静にすると云っても、なまけると云っても、結局お母さんは休む気ゼロね。それに
『省エネ機能』みたいなのがついていない」
云われてみると、その通りだ。わたしはカロー(過労)体質かもしれない。

(p120「カロー体質」より)


通帳の残高70円時代

 ここからはしばし、母娘お二人の掛け合いでお送りします。

梓さん最近は少しだけましになってきたのですが、母は思い立ったら後先を考えずに行動に起こしてしまうタイプなので、なかなか大変でした。たとえば、娘がいるというのに、仕事を辞めるのと離婚するのが同時だったり...。

山本さんそこから話すの?? でも本当にそうで、経済も大変で通帳の残高が70円! なんてこともしょっちゅうだった...。でもしょうがなかったんだよね。

梓さん子ども心にも、うちはいまお金がないんだな、というのはわかっていたのですが、そんな中で母が「外食に行くよ!」と言うので、「やったー!」と思ったらそれが、ベランダ(外)で食事をする、という意味で。でも、お蕎麦に、ゆで野菜や揚げ玉がいろいろトッピングできるようにしてあったりしたのは、ちょっと楽しかったな。「おめでとうごはん」ていうのもありました。

山本さんそうそう、お赤飯みたいな気分でね。トマトピラフというかチキンライスにまっ白のホワイトソースをとろりとかけて食べる「おめでとうごはん」。トマトピラフの赤とホワイトソースの白で、紅白。めでたいの。


やかんの蓋を開けて、なかに向かって「おーい!」って言いたくなるような時期

山本さんでもそのお金もなくて、仕事も安定していなかった頃、やかんの蓋を開けて、なかに向かって「おーい!」ってさけびたくなるような時期もありました。

梓さんそれ、もうちょっと説明しないと...。

山本さんうまく説明できないんですけど、まわりの人がどんどん活躍していくときに、自分も同じように活躍したいというわけではないのに、なんだか取り残されていくようにも感じてしまうというか。31歳とか、独立してわりとすぐの頃。「子連れで取材しほしい」という条件の仕事を請け負って、向ヶ丘公園に行ったり、鎌倉のほうに行ったり。強行軍でね、ばてた子どもたちに、駅前で氷イチゴを食べさせたげるから、バニラアイスものってるやつを、って頼み込んで。

梓さんつらかったけど、うんとたのしかった...。

山本さんその後、晶文社で初めて本を出させていただいたご縁から仲間ができたので、本づくりのことを知りたくて、書籍編集者もしてみたんですけど、ほんとにオタンコ編集者で。それでも晶文社では勉強しました。編集部には持ち込みの原稿がくるんですよね。

 あるとき、「子どもを二人連れてアメリカに留学していた」という方が原稿の持ち込みで来ていたときに、晶文社の編集者の方が「どんなに珍しいことをしていても、それが本になるということはほとんどないんです。たとえば自分の部屋から一歩も出なくても、書けるときには書けるし、本になるときは本になるので」と淡々と話されていて。

 それを聴いて私はひとりでべーべー泣いてしまって。それだよ、私が求めていた言葉は、と思いましたね。珍しい体験が本になるということではないですよね。まわりの人からは「あなた、なに泣いてるの」という感じだったと思うんですけど。

梓さん言葉をもらったんだね。

山本さんそういうふうに、自分がくすぶっていたり考えたりしているときに、ぜんぜん違うところからなにか言葉が降ってくるということはありますよね。だからひとは、読書にずいぶん救われるんだよなと思うんですけど。

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 レポート前半の最後は、本書の中で触れられている、「言葉が降ってきた」エピソードのひとつをご紹介して終わりたいと思います。

このごろわたしたちは、攻撃的になっていやしないか。(中略)
反対意見を持つのがわるいというのではない。伝え方、反対のし方に意味なく攻撃性が帯びるのが困る。......なぜそうなる、と考えこんでいたとき、友人のコウジサンから便りが届いた。そこに「そんなにみんな潔白なのか」という一文をみつけて、飛び上がる。それそれ、云いたかったことは。最近いろいろな場面でおぼえていた違和感を、それは云い当てていた。

(p96-97「そんなにみんな潔白なのか」より)


  

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