今月の特集1

今年8月に発刊となり、共感の声をたくさんいただいている『似合わない服』。本書の著者、山口ミルコさんは、角川書店を経て幻冬舎の創業に携わり、編集者として20年にわたり、数々のベストセラーを世に送り出してこられました。その頃に担当されていた作家のお一人が、今回のスペシャルゲスト、小川洋子さんです。

ある日、『似合わない服』を読んでくださった小川さんからミルコさんにお手紙が届きます。そこには、当時「似合わない服」を着ていたミルコさんがいなければ、生まれなかった小説があったこと、そして自分も同じように「似合わない服」を着ていたであろうその時代を愛おしく思っていることなどが、綴られていました。今回の対談は、そんなお二人の当時のお話を、ぜひおうかがいしたい、という編集部のお願いに、小川さんが快く応えてくださったことで実現しました。

お二人の出会い、プラハへの取材旅行などをしながら本づくりをしていた頃のこと、ミルコさんをよく知る小川さんならではの、『似合わない服』や前著『毛のない生活』のお話、そしてファンにはたまらない、小川さんの小説の創作のお話まで、3日間にわたり、盛りだくさんでお届けします!

(聞き手:三島邦弘・星野友里、構成:星野友里、写真:三島邦弘)

小川洋子×山口ミルコ 私たちが「似合わない服」を着ていた頃(2)

2017.11.21更新


書くものは向こうからやってくる


小川乳がんの宣告をされた、つらい日に、チェス教室に行ったんですね。

ミルコそうなのよ。私『猫を抱いて象と泳ぐ』を読んで、チェスを習おうと思って。

小川入院したときも、チェス盤を持って行ったって書いてありました。私は直接的には何の支えにもなれなかったけれど、チェスがそばにいたんだったら、孤独じゃないための道具としてチェスが役にたったんだったら、『猫を抱いて象と泳ぐ』を書いた意味があったなと思いました。

ミルコそうなんですよ。そういえば今年に入って、また久しぶりにチェスをやったんですけどね、覚えてました。でもなんか、チェスもそうですけど、数学といい、なんでしょうね、小川洋子が歩くと何かに当たるっていう。

小川いやそれはね、向こうからやってくるんですね。自分の外に書くものを見つけていく。別にフットワークよく海外に取材に行くわけではないんですけど、日常の範囲の中で自分の外側にあるものと出会う。チェスなんて別に普通名詞なんですけど、いざ触れて見たら奥深い世界が隠れている。数学もそうですけど、小鳥だってね。

ミルコそれをああやって物語にね。しかも自分はやっていないくらいの。

小川そうそう、ルールも知らないレベルです。老木ですよ。ただ立っているだけです。そこに寄ってくる。老木の木陰でチェスを指す人がおり、木の実をついばむ小鳥がやってくるっていう感じです。

ミルコ自分は家政婦のおばさんだとか、フロントのおばさんだとかね、博物館の隅に座っているおばさんだとかね、仰ってますよね。

小川動かなくていいんですよ。


自分じゃないということの自覚

小川今思うとやっぱり『アンジェリーナ』が原点だったなって思います。若いときは、自分がどうやって小説を書いているのか、わかってないんです。ある意味本能のままにというか、こういうふうなやり方でしか書けないっていうやり方です。その時代にミルコちゃんと仕事をした。
ここ10年くらいですよね、ようやく、あ、自分はこういう書き方でずっと書いてきたんだ、それで変わっていないんだっていうことがわかってきた。若い時に育ててもらった編集者の人たちのおかげだなと、思えるようになってきました。


ミルコこの10年くらい、小川洋子という作家の自覚、自分じゃないということの自覚が、よりクリアになっていっているという気がします。死者に呼ばれて、自分はいつも一番後から付いて行って、その人たちの言葉とか、生きた痕跡を拾い集めているというのは、以前から仰っていたけれど。それがより、すごく小川洋子なんだけど、すごく自分じゃないというところにフォーカスしていくプロセスが、やっぱり『ミーナの行進』とか『博士の愛した数式』の後ぐらいに。

小川でも、書けば書くほど難しいですね。デビューして30年経ったら、じゃあすらすら書けるようになるかっていうと、逆ですね。余計自信がないというか、疑り深くなるというか、選択肢が増えるというか、迷う時間が長くなる。


神様がすることは予測できない


小川それとね、ミルコさんと出会って本当によかったのは、音楽。佐野さんのこともそうですけど、ミルコさんが非常に音楽に親しい人であったということが、私にとって意味深かった。言葉で「愛している」と書くと、ものすごく嘘くさいんだけど、尾崎豊が「アイラブユー」と歌うと、胸にずしんとくる。音楽家たちがオペラやミュージカルやポップスやロックで、調べに乗せて意味を超えたものを伝えていることを、小説でやらなきゃいけないんだということが、最近わかってきたんです。『ことり』あたりからわかってきた。

ミルコ最近ですね、わりと。『ことり』が2012年ぐらいですかね。

小川で私泣いちゃったんですけど、「死より恐れていたのは楽器が吹けなくなることだ」っていうのが『毛のない生活』のなかにありました。これは、ちょっと見方を変えると、死ぬっていうことよりも大事なことが、ミルコさんには一つある。それは素晴らしいことだと思って、嬉し涙を流したんです。

ミルコありがとう。

小川『似合わない服』のなかにも、編集者時代、生活感のない暮らしをしていた、部屋にはアルトサックスが一本あるだけだった、という記述が出てきます。でもそれが、ミルコさんの背骨になっているんですね。

ミルコまさに背骨みたいな形をしてる。

小川手術した後に手が動きにくくなって絶望も味わうんだけど、結局そこを通り抜けて、すごく大胆な演奏ができるようになったと。

ミルコそう、もうあんまり音数はいらないっていう域に。上手くなってたんですよ。

小川神様がすることって予測できないですね。人間はそこで、一気に絶望してしまう。できなくなるっていうことしか見えなくなるんだけど、そこを通り抜けて、ちゃんと誠実に病に向き合っていると、まったく違う地平が開けてくる。


全体の中の一部分であるということを確認するお題

小川しかも、私がミルコさんの本ではっとさせられたのが、地球の運命について考えるようになるんですね。普通病気をすると、自分の運命に囚われるのに、ミルコさんはそこで、地球の運命っていうとこにまで視野を深める。そこがね、ちょっと普通の人とは違いますよね。

ガンになってよかったとは言わない。 言わないけれど、私はこうなって初めて、地球の運命とつながっている自分というものを、真剣に考えることになった。

体のなかで起こっていることは世界で起こっている。 いいかえれば自分一人でやっててもどうにもならない。 私たち一人一人がまんまるい一個の地球だ。


ミルコ自分でもわけがわからないんですけど、とにかく闘病があったあと、神様はやっぱり思わぬ課題を投げかけるというかね。なんかそういうことになっちゃったんですよね。

小川体のなかで起こっていることは、一個人の体験ではなくて地球で起きていることと一緒で、すべてはつながり合っている。それは自然の摂理として正しい気づきなんでしょうね。

ミルコたぶん洋子さんもね、全体の一部が自分であること、それを確認するための文学だって、考えられているのかな、と。全体の中の一部分であるということを確認するお題が、それぞれにやってくる。それはやっぱり、みんなの仕事なんだと思うんですよ。わりとコツコツした仕事。
コツコツって大事だよなっていうことを、会社時代の後半ぐらいから思っていて、なぜなら、それでしか救われないと思ってやっているところがあった。コツコツという言葉を思うときに、いつも思い浮かべていたのが、小川さんのワープロ原稿。普通に送ればいいのに、わざわざ原稿用紙にプリントしてた。

小川かえって読みにくいと言われながら、コクヨの原稿用紙に。

ミルコこの人にとって原稿用紙のひとマスひとマスをコツコツ埋めるっていうことは、すごく大事なことなんだって、受け取るたびに。小川さんの丁寧さというか、小説に対する扱いっていうのかな。いつも自分のコツコツを思う時に、あの原稿用紙の印字された姿が、セットで浮かぶんですよ。


(つづきます)

    


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小川洋子(おがわ・ようこ)

1962年、岡山生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。88年「揚羽蝶が壊れる時」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。91年、「妊娠カレンダー」で芥川賞を受賞。2003年刊『博士の愛した数式』がベストセラーになり、翌年、同作で読売文学賞と本屋大賞を受賞。同じ年、『ブラフマンの埋葬』が泉鏡花文学賞、06年、『ミーナの行進』が谷崎潤一郎賞、13年『ことり』が芸術選奨文部科学大臣賞を受賞する。来年の1月に『口笛の上手な白雪姫』(幻冬舎)が発刊予定。


山口ミルコ(やまぐち・みるこ)

1965年生まれ。出版社で20年にわたり活躍、さまざまな本をつくる。数々のベストセラーを世に送り出した末、2009年3月に退社。闘病を機に執筆をはじめる。著書に『毛のない生活』(ミシマ社)、『毛の力~ロシア・ファーロードをゆく』(小学館)がある。大学で「編集」を教えた一年半の記録『ミルコの出版グルグル講義』(河出書房新社)が1月中旬刊予定。

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